[過去ログ] 【腐女子カプ厨】巨雑6495【なんでもあり】 [無断転載禁止]©2ch.net (321レス)
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195: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:29:50.78 d AAS
 だったらどうしてあんな優しく、壊れ物を扱うように触れるのか。
 そんな風に女も抱いているのか。そう思うと堪らなく嫌だった。
見つめる視線も、その指も、女と比べているんじゃないかと不安になる。
 固いばかりの体が女よりも勝っているところなんてない。
 比べるくらいなら、女とセックスしたほうがいいに決まっている。
 エレンとリヴァイの関係はエレンが一方的に手を伸ばしているようなものだ。
 リヴァイはその手をとることも、遠ざけることもできる。
 だからこの関係はエレンがリヴァイに手を伸ばし続け、リヴァイの愛想がつきないよう適度に距離を保たなければすぐに終わってしまう。
 終わらせたくない、とエレンは思う。
 どうして、と問えば今まで気付かないふりをしていた感情はすぐに答えをくれるかもしれない。
 けれど、この薄っぺらな関係にその感情は重すぎる。
 のせればのせるほど歪んで、終いには壊れてしまうかもしれない。
 エレンはそれが怖かった。
 女のようにされたこの体はもう女を抱くことはできない。
 他の男に抱かれることを望まないエレンはリヴァイとの関係が壊れてしまったら、どうなってしまうのだろう。
196: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:30:07.40 d AAS
・・・
                                     
「あー!エレンくん!」
「お疲れ様です」

 リヴァイと時間をずらして会社を出る時、ちょうどエレベーターで一緒になった年上の女性社員二人に挨拶をする。
 金曜日だからか、気分の良さそうな二人はこれから飲みに行くらしい。

「エレンくんも行かない?」
「女二人じゃつまらないし、エレンくんが来てくれたら嬉しいな」

 細い手がエレンの腕に巻きついて、ぐっと寄せられる。
 もはや抱きつかれているのと同じくらいに近い距離に、エレンは少し眉を顰めた。

「…すみません。これから予定があって、すぐに行かなくちゃならないんです。また機会があれば御一緒させてください」

 そう言って頭を下げると、えーつまんない!という高い声を聞きながら、早足でホテルへと向かった。
 スーツに少しだけ残る女の匂いを消したかった。
 女に触れられたのが不快だったわけではない。
 女に触れられた体をリヴァイに差し出すのが嫌なのだ。

「動くぞ、」
「あ…っ、はぃ、突いて、奥、いっぱい突いて…っんっ、ああっ、」

 背中越しにリヴァイの荒い呼吸が聞こえる。
 リヴァイの性器が動かされる度にぐちゅぐちゅと聞こえる音は自分の体の中で出されているのだとは到底思えなかった。

「あっ、ん、ふ…っ、ぅ、」

 中が擦れる。気持ちいい。
 エレンは熱に浮かされたような頭でぼんやりと考える。
197: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:30:12.00 d AAS
 今リヴァイはどんな顔をしているのだろう。
 しかし、振りかえることも、正面からリヴァイを受け止めることもしたくはなかった。
 その顔を見てしまったら、絶対に彼に縋ってしまうと確信していたからだ。
 リヴァイを求め、その体に腕を回して引き寄せて呼吸を近くて感じたい。
 離したくない、離して欲しくないと口走ってしまいそうになる。
 それを耐えるようにエレンは枕に顔を押し付けて、リヴァイに縋りつきたい衝動をシーツを握りしめて耐えるのだ。

「んっ、…っ、ぅ、はぁっ…あ、」

 無防備な背中をリヴァイの指が滑る。優しくするな、まるで大切だとでも言うように触れるな。

「あっ、もっと、ひどくして…っ、んぅ、はぁっ、アッ、アッ中に、中にだしていいからぁっ…もっと、してっ…ひああっ」

 エレンは「ひどくして」と乞う。
 そうでないと、好きになってしまうから。

 もう、限界だ。
 リヴァイに優しく触れられるのが、女のように触れられるのが辛くて堪らなかった。
 そうじゃない。
 アンタがオレを抱くのはそういうことをしたいからじゃねぇだろう。
198: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:30:28.51 d AAS
 エレンは決めつけて、リヴァイに当たった。
 終わらせたくないと思っていたのに、一度口にしてしまえば止まらなくなった。
                  
「オレは男なんですよ…っだから、女みたいに抱くんじゃねぇよ…っ」
「そんな風にするなら、他を当たってください」
「女みたいにするなら、女とセックスした方がいいに決まってる」

 ああ、終わりだ。
 こんな面倒な事を言う奴はセフレに必要ない。
 だったら、捨てられる前に自分から離れた方がマシだ。
 けれど、リヴァイはエレンの腕を掴んだ。
 強引にベッドに組み敷かれて、視界に映ったリヴァイは明らかに苛立っていた。なんで、どうして。
 アンタはオレを引きとめる程オレを想ってはいないだろう。
 他の女を抱いていいと言う程オレを想っていないくせに。
 ただのセフレとしか思ってないくせに。
 どろどろになっているくせにきつく締め付けてくるエレンの後孔に自分の欲望をねじ込んでから、一体どのくらいの時間が経ったのだろう。
 優しくするな、と言って嫌がるエレンに思考が鈍るくらい甘い愛撫を続けた。
 何度射精したかもわからないし、何度かは出さずに、中で達していたと思う。
 エレンの腰にはもう力が入らずに、リヴァイの手によって支えられているようなものだった。
 こちらに背を向けているエレンの体が可哀想な程に震えていた。

「ぁ…、はぁ、…っ、」

 熱い吐息と小さな喘ぎ。
 挿入してから一度も動かしていない性器はもうエレンの中で溶けてしまったのかと思うくらい馴染んでいた。
 リヴァイも頭がぼうっとしてきていた。
 体中が熱くて、痺れて、神経がむき出しになってしまったみたいに、少し動いたり、呼吸が体に触れるだけでゾクリとした快感が走った。
                  
「…っ、」
「あっ…っ、…っ」

 熱くて熱くて堪らない。
 額をつたった汗が白く震える背中にポタリと落ちる。
 エレンの体がビクッと跳ね、内側の肉がリヴァイを締め付けた。
199: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:30:32.53 d AAS
 熱い。苦しい。動きたい。
 悪戯をするみたいにきゅんきゅんと締め付けてくる後孔を叱りつけるようにめちゃくちゃに突いて、擦って、泣かせてやりたくなる。
 しかし、エレンが自分から手を伸ばし縋りついてくるまでは動いてやる気はなかった。

「ゃ…、動いて…っ動いてくらさ…ぁ、はぅ…っ」
「駄目だ…っ」
「ああっ…、ゃめ…っ」

 体に力が入らず、自ら動かすことのできないエレンは顔を真っ赤にし、回らない舌でリヴァイにねだる。
 可愛い、堪らない。
 我慢できずに項にちゅうっと吸いつけば、エレンの口から甘い声が上がった。
 リヴァイの性器を締め付けるのはもはや反射だった。
 エレンは腹の奥からじわじわと全身に広がり犯すような快感から逃れるように必死にシーツを掴み、枕に頬を押し付けていた。
 もうだめ、やだ、うごいて、あつい、とうわ言のように喘ぐ。
 気持ちいい。
 でも、あと一歩のところで手が届かない。
 快楽という水に溺れ続けているような感覚だった。
 この苦しさから引き揚げられて安心したい。
 そうでなければ、もういっそ力尽きて気を失ってしまいたい。
 でも、リヴァイはそのどちらも許さなかった。
                                         
「っ、は…な、なんで…っ動いてくれな…っぁ、」
「なんで?お前がひどくしろって言ったんだろうが」

 文句は言うなって言ったよな?
 そう言って、耳の裏を舐めしゃぶる。
 たっぷりと唾液を絡めた舌で、じゅるっと音を立ててそこを吸うと、またきつく締め付けられた。
 油断すれば持って行かれそうになる。リヴァイとて限界に近かった。
200: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:30:50.98 d AA×

201: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:30:54.91 d AAS
 強引にこんな体にしてしまったエレンの自由を奪いたくはなかった。
 エレンはリヴァイには抱かれるが、男を好きなわけではない。
 もちろん女とセックスしたくなる時だってあるだろう。
 これから先、一緒に生きていきたいと思う相手も見つけるかもしれない。
 だから、女とセックスすることは許したし、気持ちを告げることもしなかった。
 線を引かれて、心までも渡すつもりはないと思っているのならばそれでも構わなかった。
 だったらせめて、体だけは。セックスしている時くらい恋人のように甘やかして、恋人のように抱き合いたいと思っていた。
 けれど、エレンは決してリヴァイに縋りつこうとはしなかった。
 エレンからメッセージが来る度にホッとして、もっと、とねだられると求められているようで嬉しかった。
 いい歳した男が、年下の男の一挙一動で嬉しくなるし、辛くもなる。
                  
 今だって、エレンが自分の指をちょっと握ってくれただけでぶわりと心の底から沸き上がる何かがあった。
 好きだ、と言ってしまいそうになる。
いっそ告げて、エレンがもう自分の所へこないと言うのならばそれでもいいのかもしれない。
 だったら、最後くらいはエレンが泣いて止めろと言ったって、気を失うまで甘やかしてやりたいと思った。
幸い、エレンは今、今まで散々線を引いてきたリヴァイに縋ってしまう程余裕がないし、もう思考もままならないだろう。
 もしかしたら聞こえていなかった、なんてこともあるかもしれない。
 そんな都合のいいことを考えてしまうくらいにはエレンを手放したくはなかった。
 無理矢理エレンを襲った奴が何を言っているんだ、とリヴァイは自嘲する。
 いくら強い人間でも、弱い部分はある。
 それがリヴァイにとってはエレンだった。
 エレンを自分のモノにしておきたい。でも、縛りつけたくはない。
 この葛藤がリヴァイの判断を鈍らせる。
202: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:31:12.10 d AAS
「ひっ…!?〜〜っ!」
                  
 掴まれた指を放りだすように離して、ぷっくりと固く尖る乳首を指先で刺激する。
 二本の指で挟んで潰すようにねじれば、エレンの体が一際跳ねて、達してしまったのがわかった。
 性器が痛いほどに締め付けられる。その締め付けに性器がさらに大きくなった。
 ゆっくりと、あまり刺激しないように性器をずるりと抜く。
 性器の先端と、ぱくりと開いたままの後孔が粘りのある糸を引いていた。
 頭がくらくらする。少し擦れただけで出してしまいそうになった。

「アッ…っ、ぁ!」

 その小さな刺激でさえエレンは耐えきれずまた達してしまったようだった。  ビクビクと跳ねる性器が先走りと自身の出した精液でどろどろ濡れている光景はなんともいやらしい。
 その力の入らないエレンの体を気遣うようにして仰向けにさせる。
 瞳を潤ませ、とろけた表情を見せるエレンに、さらにリヴァイは興奮して、性器を固く猛らせた。
 はぁ、はぁ…と震えた呼吸が聞こえる。リヴァイは正面からエレンを抱きしめる。
 直に抱きしめたのなんて、初めてかもしれない。

「エレン…、頼むから、俺に触れてくれ…」

 情けない、縋りつくような声だった。
 耳元で、戸惑うように息を呑んだ音が聞こえた気がした。
 まだエレンの手はシーツを弱々しく握っている。

「今日はお前を絶対に縛らない」

 今度こそ、エレンがヒュッと息をしたのを聞いた。

「ゃ、やです…っア!まっ…うぁ…っ」

 エレンの制止の声も聞かず、体の力が入らないのをいいことに太ももを掴みあげると、まだ熱くぬめるそこに性器を押し付け、腰を進めた。
「アアッ!…ぁ、っ…あつ…っま、待ってくださ…っ奥が、熱くて…っあ、んっ…びりびり、する…っ」
                  
 ぬちゅぬちゅと粘りのある液の泡立っている音が聴覚を刺激する。
 今までで一番気持ちが良い。
 女の中のように柔らかくなった後孔がリヴァイを欲しがって締め付ける。
 やっと与えられた快感に体が喜んでいるのがわかる。

「だ、だめ…っア、縛っ、て…っお願い…っああ!ん、ひぁっ」
「縛らないと、よくねぇか?そうじゃないよな?エレン、」
203: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:31:16.02 d AAS
 もちろん、リヴァイが好きだと告げたって素直には信じない。

「どうして駄目なんだ?」

 まるで子供に聞くような声音だった。

「アッ、だって…っセフレ、だから…っん、ひどくしてくれないと…っ優しく、されたらっ、あっ、好きに、なっちゃう…っ」

 エレンは涙をぽろぽろ零しながら必死に言葉を紡いでいた。
 そうか、エレンはセフレだと思っていたから、この関係には体以外はいらないと思っていたのか。
                  
「あっ…!?や、奥…っあ、んあっ、ああっ」

 エレンの体に腕を回し、その体を抱き起こす。
 リヴァイの足の上に跨る姿勢になったことで体重がかかり、エレンの中の性器がもっと奥まで埋め込まれた。
 こうなるともうエレンが掴むものは何もなくなる。
 エレンはその衝撃と快感に無意識にリヴァイの体に腕を伸ばした。

「エレン」

 背を丸め、リヴァイの首元に顔を埋めるエレンの耳に小さく囁いた。
 その体が怯えたみたいにビクッと跳ねた。

「縋っていい、好きになっていい。俺は初めから、お前をセフレだなんて思ってねぇ」
「う、や、聞きたくな…っひ、」
「お前以外を抱きたいとも思わないし、興味もねぇ」

 震えるその背中を撫でた。
 リヴァイは言葉が足りないよ、不器用すぎる。

 そう言われたのを思い出した。気持ちをつたえるのは得意じゃない。
 だったら回りくどいことは言わずにはっきり言えばいい。

「俺はお前が好きだから、お前もそう思ってくれるなら、嬉しいと思う」

 一瞬戸惑うような気配がした。
 そして、ゆっくりと背中に回されたエレンの両手が震えながらリヴァイの体をきつく抱きしめた。

「…女を抱いていいとか、言わないでください…オレはアンタが他の人とセックスするのは嫌です…っオレが好きだって言うなら、最後まで、手放さないでください…!」
 
 オレも好きです、と小さく、微かに震える声がリヴァイの耳を擽った。
                                         

ちからつきた(糞大笑)
204: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:31:34.33 d AAS
 指先で人差し指の腹を擽られる。
 そのまま上って、指と指の間を擦られ、掌を滑った。
 愛撫にも似た触れ方に、エレンは顔を俯け、静かに息を吐いた。
 そして掌が重なると、指を絡められてぎゅうっと握られた。
 手に触れられただけなのに、繋いだだけなのに、嬉しいと感じる。
 だが、同時にもっと触れて欲しいと欲張りにもなった。
 エレベーターが目的の階に着いたと音を告げる。
 今日は会う約束も何もしていなかったから、ドアが開き、リヴァイが一歩足を踏み出せば繋がれた手は離れてしまうのだろう。
 まさか帰りが一緒になるとは思っていなかったから、嬉しくて、余計に離れがたくなってしまう。
 一緒に帰りませんか、飲みに行きませんか、なんて誘うのは簡単だけれど、男同士の恋人という世間的には白い目で見られてもおかしくない関係を気にしすぎて、エレンをさらに躊躇わせていた。
                  
「あ…」

 何と声をかけたらいいだろう、と悩んでいるうちにリヴァイの手がするりと離れた。
 リヴァイはただ、「お疲れ、また明日」と言ってこの箱を自らの足で出た。
 もしかしたらリヴァイの方から誘ってくれるかもしれないと思ったのに、その様子が全くないことにエレンは淋しくなった。
205: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:31:38.24 d AAS
 リヴァイは自分のことを好きだと言ってくれたけれど、エレンがリヴァイを想う程は想ってくれていないのかもしれない。
 エレンもリヴァイもいい大人だ。
 中学生や高校生の頃のように好きだけではいられない。
 それはわかっているけれど。
                 
「また明日も会えるかなんてわかんねぇのに」

 エレンは課長であるリヴァイが周りに期待され、色んな仕事を任されていることを知っている。
 だから頻繁に連絡することも、誘うこともしなかった。
 でもそれは、それでエレンが大丈夫というわけではないのだ。
 もちろん会いたい、もちろん淋しい。
 リヴァイが言ってくれればいくらでも一緒にいるのに。
 少し離れたリヴァイの背中を見ながら、エレンも歩き出した。
 周りには有名な課長と、他課の社員にしか見えないだろう。

「イェーガーさん!」

 高い女性の声に呼びとめられて、ハッとした。
 リヴァイの課のいつもの女性社員だ。
 彼女はビルの玄関の所でエレンを待っていたらしく、先にそこを出たリヴァイにも「お疲れ様です」と挨拶をしていた。
                  
「お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ。…オレに何か用事?」

 いつもはオフィス前の廊下で話していることが多いから、社内ではなく外でこうして待ち伏せをされていることに少し違和感があった。

「はい!今日はイェーガーさんのお誕生日だって聞いたので、何かお祝いできないかなと思って」
「あ、そっか…誕生日」

 はい!と嬉しそうに笑う彼女を見て驚く。そうか、今日は誕生日か。
 エレンは完全に忘れていた。
 相変わらず仕事は忙しいし、それ以外はほとんどリヴァイのことを考えていたような気がする。
 今日が何日かをわかっていても、今日が何の日かなんて考えてもいなかった。

「お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう」
「この後何か予定ありますか?なかったらご飯食べに行きませんか?もちろん私が出すので!」
「いや…そんな気にしなくていいよ。おめでとうって言ってくれただけで充分嬉しいから」

 彼女の誘いをやんわりと断る。
 異性であれば、一緒に食事に行くことも何らおかしくはないのに、と思いながら。
206: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:31:56.39 d AAS
 少し落ち込んでしまった彼女は「そう言うと思ってました」と言って困ったように笑った。
 断られることを予想していたのだろう。

「じゃあまた今度、合同で飲み会でもしましょう!」
「…うん、そうだな」

 彼女が自ら大勢で、と言うのは初めてだ。
 いつもエレンが皆で、と言えば渋い顔をしたのは彼女だったからこの提案は意外だったけれど、なんとなく、彼女から二人でご飯食べに行きませんか、と誘われることはもうないような気がした。

 誕生日だと、彼女に言われるまで気がつかなかった。
 今日一日を振り返れば、確かに先輩が少し優しかったり、同期がお昼におかずをくれたりしていた。
 あれはもしかしたらそういうことだったのか、と思い当たる。
 おかげでおかずは一品多く食べることができたし、定時で仕事を終えることができたけれど、彼らが予想していたようなロマンチックな誕生日はおそらく過ごせないだろう。
 恋人であるリヴァイはエレンの誕生日を知らないだろうし、エレン自身も今さら言ったりしない。
 約束を取り付けていないエレンは、仕事が早く終わろうが、残業しようが、今夜を一人で過ごすことに変わりはないのだ。
 晩ご飯はいつもよりも豪華なものを買って行こうか。
 例えば何千円ってする焼き肉弁当だとか。いやあれは予約しないといけないのだった。

「エレン」

 だったら、せめて小さなケーキくらい買って行こうか。
 この時間に残っているかはわからないけれど、この際コンビニのケーキだって構わない。
 …そこまでしなくてもいいか。自分の誕生日なんて一年に一回は必ずやってくる日だ。
 そんなことよりも、一緒にいたい人といられる日の方が何倍も、

「エレン!」
「ぅおっ!?は、はい!」

 ぼんやりと考えながら歩いていたら、急に腕を後ろに引かれて体がグラついたのを何とか踏ん張って振り返る。
 その犯人が誰なのかを認識すると、一瞬にして掴まれた腕が熱くなったような気がした。

「リ、リヴァイさん…!?」
「二回呼んだ」
「え?す、すみません」

 ぼうっとしてて、と言うとリヴァイはわかりやすく溜息をついた
207: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:32:00.59 d AAS
 晩ご飯はいつもよりも豪華なものを買って行こうか。
 例えば何千円ってする焼き肉弁当だとか。いやあれは予約しないといけないのだった。

「エレン」

 だったら、せめて小さなケーキくらい買って行こうか。
 この時間に残っているかはわからないけれど、この際コンビニのケーキだって構わない。
 …そこまでしなくてもいいか。自分の誕生日なんて一年に一回は必ずやってくる日だ。
 そんなことよりも、一緒にいたい人といられる日の方が何倍も、

「エレン!」
「ぅおっ!?は、はい!」

 ぼんやりと考えながら歩いていたら、急に腕を後ろに引かれて体がグラついたのを何とか踏ん張って振り返る。
 その犯人が誰なのかを認識すると、一瞬にして掴まれた腕が熱くなったような気がした。

「リ、リヴァイさん…!?」
「二回呼んだ」
「え?す、すみません」

 ぼうっとしてて、と言うとリヴァイはわかりやすく溜息をついた。
 次にちゃんと話せるのは当分後かもしれないと思っていたから、こうして会えたのは嬉しかったが、先ほどエレベーターで会った時よりも明らかに不機嫌な雰囲気を出しているリヴァイに少し戸惑った。
 呼んでいるのに無視されたら嫌なのはわかるが、さっき「また明日」と言ったのはリヴァイの方なのに、と思ってしまう。

「何か急ぎの」
「今日お前が乗るのはこっちだ」
「はっ?」

 何か急ぎの用ですか、と聞く前に掴まれた腕をそのまま引かれて、エレンが乗る電車とは別の電車のホームに連れて行かれる。
 そっちはリヴァイの家へ向かう電車だ。

「あのっ、どうしてそっちに…今日は何の約束もしてないし、明日だって仕事が…!」

 朝一から昼を跨いで行われるそれに、課長であるリヴァイは出なければいけないはずだ。

「あと腕!離してください!」

 周りからの視線を感じる。
 慌てて、黙ったまま腕を引くリヴァイの手をパシパシと叩いた。

「ちゃんとついていきますから!」
「…、隣」
「はい…」

 ようやく腕を離してくれたリヴァイは、それでもまだ機嫌が悪そうだった。
 後ろをついてくるのではなく、隣を歩けと言われて大人しく従った。
 そんなに疑わなくても、もう逃げないのに、と思う。
208: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:32:17.42 d AAS
 リヴァイと一緒にいられることを嫌だと思うはずがない。
 ただ、リヴァイの迷惑にはなりたくないと思っているだけだ。
 ちょうど到着していた電車に乗り込む。
 この路線はいつもエレンが乗る路線よりも比較的乗客が少ないように思えた。
 吊革を掴むリヴァイの隣に並んで同じように掴んだ。
 リヴァイは元々、口数は少ない方だと思うけれど、今日は不機嫌が相まってもっと少なくて、何だか居心地が悪い。
 オレ何かしたかな、と考えてもピンとくることは思いつかなかった。
                  
「リヴァイさんの家に行くんですか?」
「ああ」
「そ、そうですか」

 会話が続かない。
 リヴァイはそれを口にしたきり自分から話すことはなく、眉を顰めながら、時折、何か考えているようだった。

 駅に着くとすぐ、リヴァイは「先に家に行って風呂でもためてろ」と言って逆方向へ歩いて行ってしまった。
 何がしたいんだ、と思いつつもリヴァイのマンションへと向かう。
 エレンのマンションよりも広く、部屋数も多い綺麗なマンションだ。
 エントランスのパネルに部屋番号を入力して開ける。
 部屋へと繋がる玄関の鍵は以前もらっているから問題はない。
 リヴァイが残業だという時は行かないようにしていたし、勿論アポなしできたこともないので、最初の一回以来この鍵はあまり使ったことはないけれど。
「お邪魔します…」
                                       
 鍵を開けて部屋へ入ると、暗く、静かな部屋が出迎えた。
 電気をつける。
 相変わらずゴミ一つ落ちていない、モデルルームのような部屋だ。
 春らしくなってきたとは言え、まだ少し夜は肌寒くなるので弱めに暖房をつけておいた。
 リヴァイがすぐに帰ってくるのかは分からないけれど、あの口ぶりだとそんなに時間はかからないのだと思う。
 もう少ししてから風呂に湯を張ろうと決めて、ふかふかのソファに腰を下ろした。
209: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:32:21.66 d AAS
 今日はラッキーだと思う。
 エレベーターで一緒になっただけでなく、リヴァイの意図はわからないが夜は一緒に過ごせるらしい。
 誕生日だから、神様が気まぐれでプレゼントしてくれたのかもしれない。
 そんな子どものようなことを考えて、ふ、と笑った。

「秘密にしよ」

 秘密にして、自分だけの誕生日の思い出にしよう。
 リヴァイの誕生日はいつなのだろう。その時まで恋人という関係が続いていたらいいな、と思う。
 もうエレンもリヴァイも誕生日を喜ぶような歳でもないけれど、それでも祝ってもらえるなら嬉しい。
 それが好きな相手なら尚更。
 部屋も暖まった頃、風呂をため始めた。
 リヴァイが帰ってくるまで何もやることがなくてぼうっとして、風呂が溜まったという知らせと玄関を開ける音が耳に入ったのは同時だった。
 すぐにお湯を止めに行って、その足で玄関先を覗く。
 両手にスーパーの袋を持ったリヴァイが靴を脱いでいるのが見えた。

「あの、先にお邪魔してます。風呂もためときました」

 言うと、少し目を丸くしたリヴァイがじっとエレンを見つめている。

「どうかしましたか?」
「…ただいま」
「はい」
「ただいま」
「? お、お帰りなさい」

 その場を動かず何度もただいま、と言うリヴァイに戸惑いつつもそう言えば、彼は満足そうにしてリビングへ消えていった。
 その後ろを追いかける。

「いっぱい買い物してきたんですね。仕舞うの手伝いますか?」
「いい。お前は風呂に入ってこい」
「え、でも」
「ゆっくり浸かって来い」
 キッチンにスーパーの袋を置いて、着替えもせずスーツの上着だけを脱いで何やら作業を始めたリヴァイの有無を言わせない態度にエレンも折れた。
 着替えは以前ここに来た時に揃えたものがあったから、それを寝室のクローゼットから出してきた。
 スーツも皺にならないようにハンガーを借りて掛けさせてもらった。
 おそらく今日は自分の部屋へは帰れないだろうし、朝一で家に帰るにしたってまたこのスーツを着なければならないだろうから。
210: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:32:40.55 d AAS
 キッチンではリヴァイが何かを切っている音が聞こえてくる。
 なかなか手際が良かった。
 リヴァイが料理をするなんて想像もしていなかったけれど、コンビニの弁当などを食べている方が想像できなかったから意外ではなかった。
 何を作ろうとしているのか興味はあったが、聞いてはいけないような雰囲気が漂っていたので見つめるだけにしておいた。
                  
「シャツは洗濯機にいれておけ」
「わ、わかりました」

 視線は手元からはずことはなかったけれど、見つめていたのがバレてしまったようで少し恥ずかしい。
 早足で風呂に向かい、羞恥を晴らすようにして脱いだシャツをバサリと洗濯機の中に放り投げた。
 今日のリヴァイは調子が狂う。
 夜はきっとセックスするのだろうと当然のように思ったので、手が勝手に体を隅々まで綺麗にしていた。
 そして髪も洗って湯船に浸かった後はずっとぼんやりとリヴァイのことを考えていた。
 次第に視界もぼんやりとし始めて、逆上せる寸前だと気がついて急いで上がった。
 少しふらつくような気がするけれど、結果的にリヴァイの指示通りゆっくりはできたと思う。
 脱衣所で少し落ちつくまで蹲っていると、扉が開いた。
                  
「…まさか逆上せたのか?」
「はい…あ、いや、いいえ」
「ほら」

 顔を上げると、額に冷たいものが当てられた。
 冷えたミネラルウォーターだった。

「すみません…ありがとうございます」

 それを受け取ると、リヴァイがエレンのまだ濡れて水滴の垂れる髪をタオルで優しく拭ってくれた。

「落ちついたら、ちゃんと髪乾かしてから来い」

 そう言ってリヴァイは脱衣所から出ていった。
 どのくらい風呂に入っていたのだろう。
 リヴァイが様子を見にくるくらいだから相当時間が経っていたのかもしれない。
 はぁ、と溜息をつくと、ミネラルウォーターを煽る。
 少しだけホッとした。
 そしてしばらくしてから髪を乾かして、リビングへ戻る頃にはすっかり体調は良くなっていた。
211: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:32:44.93 d AAS
 リビングへ続くドアを開けると、いい匂いがしてきた。
 途端に空腹なことにも気が付く。
 空腹で、しかも熱い風呂に長時間入っていればそりゃあ逆上せるな、とエレンは情けなくなった。

「もう平気か?」
「はい、すいません。ちょっと目眩がした程度なのでもう大丈夫です」
「そうか」

 座れ、と促されて椅子に座ると、テーブルの上にはこの短時間に作ったのかと驚くほど綺麗な料理が並べられていた。
 エレンはあまり料理をしないから簡単なものなのか難しいものなのかはわからないが、丼料理じゃないことだけはわかる。

「これ全部リヴァイさんが作ったんですか?」
「急だったからそんなに手間がかかるものは作ってねぇ」

 そうは言いつつも自分では作りそうもない鮭とほうれん草のクリームパスタに、鯛のカルパッチョ、きのこのたくさんのったチキンソテーはガーリックのいい香りがして食欲をそそった。
 レストランで出てくるように綺麗に盛られている料理にエレンは少し感動した。
 いただきます、と手を揃えてさっそく料理を口にすると見た目通り、味もとてもエレン好みで美味しかった。
 食後にはデザートまでついてきた。
 手作りだと言う苺のパンナコッタはとろけるような食感で、苺の酸味がまた爽やかだった。
 リヴァイがこんなに料理ができるとは知らなかったし、好きなのも知らなかった。
 これまで自分たちはセックスするためだけに会っていたから、恋人にならなければ一生知ることもなかったかもしれない。
                                  
「すごく美味しかったです。ご馳走様でした」
「こんなモンしか作ってやれなくて悪かったな」
「いえ全然!美味しかったです」
「もっと前から知ってたらちゃんと準備していた」
「?どうしても今日じゃなくちゃダメだったんですか?」

 首を傾げると、リヴァイが眉を顰めてこちらを見ていた。

「…何ですかその顔」
「お前…今日誕生日なんだろう?」
「どうして知ってるんですか?」
「さっきおめでとうって言われてただろうが…」
「あー…なるほど」
「そういうことは先に言っておけ」

 リヴァイは今日が誕生日だと言うことを教えなかったことに対して少し拗ねていたらしい。
212: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:33:01.89 d AAS
 でも、誕生日だと知って慌ててエレンを連れて来て、料理を作って、祝おうとしてくれていたのか。
 ふは、と思わず笑ってしまった。

「すみません、オレ今日誕生日なんです」
「もう知ってる。…おめでとう。何か欲しいものはあるか?」
「ありがとうございます。美味しい料理作ってもらったんで、それだけで嬉しいです」

 今日という日を自分だけの思い出にしようと思っていたけれど、リヴァイはちゃんと祝ってくれた。
 毎年一回は必ずくるこの日を自分の特別な人と過ごせたことはとても嬉しいことだと思う。
 それだけで今日と言う日が特別になる。

「あ、でもリヴァイさんの誕生日も教えてください」
「…十二月二十五日だ」
「クリスマスなんですか?」

 そうだ、と頷くリヴァイを見ながら結構先だなと思う。
 それまで一緒にいられるかはわからないけれど、今度はエレンが祝ってあげたい、と思った。

「じゃあその日はオレが料理を作るので、それまでしっかり料理教えてください」

 これは、これから先も一緒にいたいというエレンの願いだ。

・・・
                  
 風呂上がりのリヴァイから自分と同じ香りがする。
 正確には、今日はエレンがリヴァイと同じ香りを纏っているのだけど、近すぎて、もう境界線なんてわからない。
 全身を隅から隅まで舐められて、吸われて、とにかく泣きだしたくなるほど甘やかされた。
 そのせいでどこに触れられても体が跳ねてしまうし、シーツに擦れるだけで声が出てしまいそうだった。

「んっ、ぁ、…っも、いいって…っ」
「まだだ」
「ああっ、ぅ、…舌で、ぐりぐりって、しないで…っんあ」

 もうぐずぐずになっているはずの後孔にリヴァイの舌がにゅるりと入ってくる。
 そのまま固く尖らせた舌に内側の肉をぐりぐりと押されて、それを押し返すように締め付ける力が強まった。
 自分の後孔が開いていくのがわかる。リヴァイの優しい愛撫で緊張を解いた後孔が、その指と舌によってどんどん柔らかくなっていった。

「う、んぅ…っリヴァイさん…っも、いれてください…っあ、もう充分、だからっ…ぁ、」

 砕けそうになる腰に頑張って力をいれて、向きを変える。
213: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:33:06.11 d AAS
「ここっ…はやく、ぃれて…ください…っ」

 枕に頭をのせ、腰を少し浮かせて散々解された後孔を自身の指で広げて見せると、ローションがくちゅりと音を立てた。
 自分の指がそのぽってりとした入口に触れただけで体がビクンッと跳ねる。
 ここに早く入れて欲しい。
 その熱くて固い熱を埋め込んで、奥まで激しく突いて欲しい。
                  
「ぁ…っ、」

 そこに、ぴとりとリヴァイの熱が宛がわれる。
 後孔が期待してその先端に吸いつくようにキスしているのがわかった。

「はやく、…っリヴァイさん、いっぱいしてください…っいっぱい、ぎゅってしてください…っん」
「エレン、」

 リヴァイが腰を進めると同時に体を少し前に倒す。
 エレンの大好きなリヴァイが、その体がこんなにも近くにある。
 エレンは腕を伸ばしてリヴァイの背中に回すと、そのままぎゅうっと抱きついた。
 ずっとずっと、こうしたかった。
 でも、好きになってはいけないと、好きになるのが怖いと思ってずっと手を伸ばさないようにしてきた。
 でも今はそんなことしなくてもいい。好きなだけ抱きしめていい。
 もうリヴァイはエレンのもので、エレンはリヴァイのものなのだ。

「アッ、ん、好き、です…っリヴァイさ…っひぅ、」
「…俺もだ、エレン」

 疲れてしまったのか、体を丸めて眠るエレンの顔を見て、はあ、と息をついた。
 エレンが可愛くてたまらない。
                  
 与えてやれるものは何でもしてやりたいと思うのに、どこか遠慮するエレンは今日が誕生日だと言うことも教えてはくれなかった。
 それは単に自分でも忘れていただけだと言っていたが、きっとリヴァイがこうして言わなければずっと言わなかったに違いない。
 渡してあった合鍵もめったに使うことがないのだ。
 ただいま、と言って多少は言わせた感があっても「お帰りなさい」と言ってくれたのは正直嬉しかった。
 リヴァイもエレンも我儘なんて言うような歳でもないし、男だから大体のことは何でもできてしまうけれど、それでも我儘を言って欲しいと思う。
214: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:33:22.37 d AAS
「迷惑なんて、考えなくていい。お前は我慢しすぎだ」

 エレンがリヴァイに迷惑をかけてはいけないと思っていることを知っている。もっと会いたいという願いはリヴァイしか聞いてやることができない。
 リヴァイはただ待っているのだ。エレンが自分から一緒にいたいと望んでくれることを。
「リヴァイさん、起きてください。オレ一旦家に帰るので先に出ます」

 隣でまだ眠っているリヴァイを揺り起す。
 ぐっすり寝ているからこのまま起こさずに帰ろうかとも思ったが、以前、帰る時はいくら寝ていても絶対に声をかけろと言われたのだ。
「…いっしょにいけばいい」
「でもオレ着替えが…」

 昨日勢いでシャツを洗濯機の中に入れてしまったから、着ていくシャツはないし、人の少ない朝の電車でならまだ今着ている服でもあまり人に会わずに帰れる。
 だからできるだけ早く家を出たかった。
 このままじゃ寝ぼけたリヴァイに引きとめられて、帰れなくなってしまう。
 仕方がないから無視して出るか、とベッドを降りようとした。
が、枕に顔を押し付けたままのリヴァイに手首を掴まれてしまった。
 離してください、と言っても全く離す様子もないし、寝ているくせに力が強くて全然外せない。
 このままじゃ本当に、とエレンは焦り出す。

「シャツならある」
「は?オレ、リヴァイさんのは着れませんよ?」
「ちがう、お前の、きのうかってきた」
「え?」

 安いので悪いが、と続けられる。
 昨日、買いものに行った時に一緒にエレンのサイズのシャツを買ってきてくれていたらしい。
                                         
「だからまだ寝れる」

 そう言ってまた布団の中に引きずり込まれて、がっちりと抱きつかれてしまった。
 リヴァイが案外朝に弱いことを知った朝だった。

 二度寝して、さすがにもう起きないとやばいと思ってリヴァイを起こして適当に朝食を食べた後、買ってきてくれたシャツを着てスーツに着替えた。
215: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:33:26.30 d AAS
「あ、」
「どうした、サイズ合わねぇか?」
「それは大丈夫です、ありがとうございます。いや、昨日と同じスーツなのは構わないんですけど、ネクタイも一緒ってのは…って思って」

 スーツもネクタイも昨日と同じなんて、自分の家に帰っていません、と背中に張り付けて歩いているようで少し気が引ける。
 そんなに気にする社員もいないだろうけれど、あの同期ならきっとからかってくるに違いない。

「これやってけ」

 リヴァイがクローゼットからネクタイを一本取り出してくれた。

「え…ありがとうございます」

 落ちついた、少し暗めの青色のネクタイだった。
 触った感触が普段自分のつけているようなものとは少し違っていて、ずっと触っていたくなるような生地だ。

「それお前にやる」
「え!?これすごい高そうなんですけど!?」
「俺が一番気に入ってるやつ」
「そ、そんなん貰えませんよ!」

 つっ返そうとしてネクタイを差し出すと、正面に立ったリヴァイがそれを手にしてエレンの首に回した。

「昨日誕生日だったろうが。使ったやつで悪いが、貰ってくれ」

 そう言って、手際良くきっちりとネクタイを結ばれてしまえば、もう貰うしかない。
 嬉しくないわけがないのだ。

「あ…りがとう、ございます」
「誕生日おめでとう。今度はちゃんと何か買ってやる」

 赤い顔は俯いても隠せない。
 リヴァイが、ふ、と笑う声が聞こえた気がした。

番外編・おわり

エレンちゃんお誕生日おめでとう!

 実は同じ会社でリヴァイともエレンとも違う課にいたアルミン曰く

「あれ、エレン。今日はいつもより大人っぽいね」
「いや大人なんだけど」
「えーっとなんて言うのかな、リヴァイ課長っぽい?」
「!!」
「そうだ、誕生日おめでとう」
「…ありがと」
                
 
ファーーーーーーーーーwwwww
216: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:33:41.53 d AAS
 女を抱くことしか知らなかった体が男に抱かれることを知ってしまった。
 内側を抉られるような刺激は思考も快感に染まり、何も分からなくなるほど気持ち良かった。
 これまでにないほど乱れてしまい、こんなのは違う、オレじゃない、と何度思ったかわからない。
 それでもこれ以上の快感を得ることはこの人意外にはあり得ないとわかっていた。
 繋がりは、体以外に何もない。
 だからこそ、彼を見かけた時はいつもセックスしている姿としか結び付かなくて、体が勝手に疼いて期待しまう。
 そして、その事実にやはりセフレでしかないのだと落胆した。
 落胆してしまう理由には気がつかないふりをした。
 そして、いつかこの関係が終わってしまった時、自分はおかしくなってしまうかもしれないと不安になって、これ以上は踏み込まないように線を引いた。
 心の中にいつの間にか生まれていたリヴァイへの恋心は、エレン自身によって無視されることで迷子になり、孤独になっていた。
 けれど彼に、リヴァイに、縋っていい、好きになっていい、と言われた時、とてつもなく安心した。
 やっと救われたような安心感、幸福感。
 同時に、もう二度とこんな思いはしたくないと思った。

 エレンは心配してくれていた同期に「社食で悪いけど」と言って昼飯を奢ることにした。
 この会社の食堂はなかなか美味しくて、軽食からボリュームのあるものまで、メニューも豊富だから女性社員にも人気だ。
 同期に「一番高くてもいいの?」なんて聞かれて、若干顔をひきつらせ頷くと、冗談だと笑われた。
 まだ時間が早いのか、食堂は席を選べるほどには空いていた。
 結局、同期が選んだボリュームのあるカツ丼と、特に食べたいものがなかったエレンは日替わり定食を頼んで、窓際の席へと座った。近くに座っている者はいなかった。

「解決したっぽい?なんか吹っ切れたっつーか、落ちついた…?いや、ホッとしたような顔してるな、最近」
「…そんな顔してるか?」
「してるしてる。前は毎日不機嫌って感じだったし、一時期戻ったかと思えば今度は背中に闇背負って、無理してます、って感じだった」
217: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:33:45.49 d AAS
 なんだそれ、と言ってしまいそうになったが、まぁ…間違いではないかもしれない。
 訳も分からずリヴァイに強引に抱かれ、そのくせ放っておかれて頭にきていたし、自分のところへ来てくれたリヴァイに少しだけ満足もしたが、その後の関係を維持しようと無理をしていたのも事実だ。
 やっぱり、この同期はふざけていそうに見えて案外人のことをちゃんと見ている。

「…悪かったな、気遣わせて」
「気なんか遣ってねーよ」

 そうは言うけれど、話を聞いてくれようとしたり、食事に誘ってくれたりしてくれていたし、エレンに無理矢理聞くこともせずにいてくれた。
 しかし、それを言ってしまうのは野暮というものだ。
 何があったのかを話すことはできなかった。
 ただ「たぶん、もう大丈夫だと思う」と言えば、彼は「そっか」と笑っただけだった。
 午後は外に出ないといけないからと言って先に食堂を出た同期を見送って、エレンはまだ随分と残っている手もとの昼飯をゆっくりと食べ始めた。
 具合が悪いわけでも、気分が落ちているわけでもない。
 何と言うか、実感がわかないような感じで、気がつけばぼうっとしている。
 急に肩の荷を下ろされて、楽になるどころか何が起きたのかわからない、という感覚なのだ。
 リヴァイに好きだと言われたのは二日前だった、と思う。
 金曜の夜にホテルで会う約束をして、そのまま次の日の朝まで気が狂う程セックスをしていた。
 肉体が溶けたかと思うくらい全身が熱くて、思考もぼんやりとして、体に力が入らなくなった。
 眠る、というよりは気を失いそうになる時に、リヴァイに電話がかかって来たのを覚えている。
218: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:34:20.84 d AAS
 そして、そのやり取りを辛うじて視界に入れていると、ペットボトルのミネラルウォーターを煽ったリヴァイが口移しでその水を飲ませてくれた。
 そういえば喉もカラカラだった。
 冷えた水が体内に流れて少しだけ思考がクリアになる。
「トラブったらしいから行ってくる」と言いながら髪を撫でられて、その心地良さにまた目を閉じた。
 目が覚めた時にはリヴァイはいなくなっていた。そういえば呼び出されていたと思い出して、休日なのに大変だな、とぼんやりと思った。そして、シャワーを浴びて戻ると、スマートフォンに『そろそろ起きたか。
 部屋はそのまま出て構わない。また後で』とメッセージが届いていた。そのメッセージには『お疲れ様です。わかりました』と返したが、また後で、と返さなかったのは無意識だったと思う。
 そして休日が開けて今日まで、連絡は一度も来ていない。リヴァイの課は今日も忙しそうだった。
 好きだ、と言われた。好きです、とも言った。でも、果たしてこの関係は本当に変わったのか、エレンには自信がない。
 気がつけば、昼休憩に入った社員が増えてきたようで、ちらほらと食堂に入ってくる人が増え始めていた。早く食べて出ないと、と食べるペースを速めた。
 エレンの後ろの席に誰かが座った気配がした。椅子の背もたれが、コツリとぶつかる。

「あ、すいません」

 幅を取りすぎていたかもしれないと思って謝ると、背中にドン、と何かがのせられたような重みが増した。
 はぁ…と深い溜息が聞こえる。ああ、この匂いは。

「お…お疲れ様です、…リヴァイさん」
「…ああ」

 椅子を合わせ、エレンの背中を背もたれにするようにして寄りかかられている。
 頭ごと預けるようにするリヴァイの声は疲労に染まっていていつもよりも低かった。
 寄りかかられていて体を動かすことができない。
 食事をすることも躊躇われて、疲れたリヴァイの体が楽になるよう、ひたすら背もたれなりきろうとした。
 食堂にはどんどん人が増えていくが、だからと言って離れてください、なんて言うこともできなくて困ってしまった。
 きっと以前までのエレンであれば言っていたと思うけれど。
219: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:34:24.87 d AAS
「お前今日、定時であがれるのか」
「そうですね、たぶん」
「そうか。じゃあ駅前のカフェで待ってろ」 
「え?仕事終わってからですか?」
「ああ。俺も比較的早く帰れる予定だ…というかそろそろ帰らせてもらわねぇとさすがにきつい」

 珍しく弱音を吐いているような気がする。
 今まで普通の会話らしい会話はほとんどしてこなかったから、聞いたことがないのは当たり前かもしれないけれど。

「そろそろって、もしかしてあれから家に帰っていないんですか?」
「…まあな」

 風呂に入りてぇ、とうんざりしたリヴァイの声を聞いて、だから今日はいつもよりもリヴァイの匂いが濃いのか、と考えて急に恥ずかしくなった。
 自然に体が熱くなる。興奮にも似た高揚に頭を振ると、背中の重さがなくなった。
 立ち上がったらしいリヴァイを振りかえる。

「いくら早いって言ってもお前の方が早いだろうから、待っていてくれ」
「でも、お疲れなんじゃ」
「だからだろ。じゃあな」

 何が“だから”なのか。
 見上げたリヴァイの顔には疲労が浮かんでいたが、そう言って肩に手を置かれてしまえば何も言い返すことができなかった。

 定時を迎え、リヴァイに言われた通り、駅前のカフェに入る。
 仕事終わりの時間帯の店内はそれなりに客がいた。
 ホットコーヒーを頼んで席を探すと、運良く外がよく見える席が一つだけ空いていたのでそこに座った。
 土曜日の朝、休日出勤していた社員によって発覚したミスはかなりひどいものだったらしい。
 それでも他課に影響が出なかったのは課長であるリヴァイの働きによるものだと聞いた。
 さすがだと思ったが、あんなに疲労しているところを見てしまうと、働き過ぎなのではないかと思ってしまう。
 そんな状況で休む時間をエレンが奪ってしまうことは尚更躊躇うし、自分なんかと会うよりもゆっくり休むべきだと思う。
 リヴァイの顔を見たら早く休むように言って帰ろう。
 …言ってもいい立場にいるよな?と不安になったが、たぶん、おそらくだがもう体だけの関係ではないのだと思う。
 はっきりしないな、と思う。
220: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:34:41.06 d AAS
 それにしても、リヴァイからこうして約束を取り付けてくるのは初めてだったから、少し変な感じだ。
 普通の恋人みたいだ。
 だが、これまでセックスしかしてこなかったから、リヴァイとすることと言えばそれぐらいしか思いつかない。
今日だって当然のようにセックスをするのだと思っている。
 ただ、リヴァイからも誘ってくれるようになっただけでやることは今までと変わらないのかもしれない。
 好きだとは言われたけれど、果たしてそれで恋人になったと思ってもいいのだろうか。
 これまでの自分では考えもしなかった男同士の恋人。
 男同士の友情以上を経験したことがないのだから実感がわかないのも当たり前なのかもしれない。
 好きになった女を男として守り、支えていきたいと思うのは当然のことだと思う。
 けれど、リヴァイとの関係の中で男であるエレンはどちらかと言えば守られる側なのだろうし、現にセックスでは抱かれる側なのだ。
 だが、エレンもどうしたって男だから、当たり前のようにそうなってしまうことに抵抗があるのも当然のことなのだ。
 エレンは女のように弱い存在ではないのだから。
 一緒にいる時に女のように扱われていい気はしない。
 それがエレンを好きだと言うリヴァイからの愛情だとしても、男であることを忘れたくはない。
 だから、それを素直に受け止められるのは女側になるセックスの時だけなのだ。
 そう思うと、今まで散々体だけの繋がりだと言っていたセックスこそが自分たちを恋人たらしめるものなのかもしれないと思った。
 考え過ぎだと、思うかもしれない。
 自分が好きだと思った相手も自分のことを好きだった。それならそれでいいじゃないか。
 エレンはまた悩みすぎてしまう思考を掻き消すように首を振った。

「エレン。待たせて悪かったな」

 ハッとして顔を上げる。
 外が見える位置に座っていたというのに全く気がつかなかった。
 腕時計を見ると、リヴァイが来たのはエレンがこのカフェに入ってから一時間経った頃だった。
221: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:34:44.88 d AAS
「お疲れ様です。そんなに待っていませんよ。仕事の方はもう大丈夫なんですか?」
「ああ、何とか。今日の仕事が間に合わないところだったが、あいつらが頑張ってくれたおかげだ」
「そうですか、良かったです」

 いつの間にかエレンの隣が空いていたらしく、リヴァイがそこに座る。
 はぁ、と重い溜息が聞こえた。
 何か飲みますか、と聞くと少し考えた後に、いらない、と返って来た。

「今日は早く帰って休んだ方がいいんじゃないですか?」
「…そうだな、帰ろう。俺の家に行くぞ」
「は?」

 ぽかんとするエレンを無視して立ち上がり、当然かのようにエレンの飲んでいたコーヒー代を払おうとするリヴァイを何とか抑えて自分で会計を済ませると、二人でカフェを後にした。
 どんどん先を歩いて行ってしまうリヴァイの後を慌てて追いかけて、いつもとは違う電車に乗り込んだ。

「リヴァイさんの家に行ってもいいんですか?」
「駄目だったら言ってねぇ」
「でも、疲れてるだろうしオレがいたら休めないんじゃ」
「問題ない」
「でも、」
「しつこい」

 聞き入れないのはそっちだろう、と思いつつも、そういえばこの人ははじめから強引だったと思い出して早々にエレンが諦めた。
 ざっと車内を見ても空いている席はなくて、二人並んで吊革に手を伸ばした。
 窓から見える景色がいつもと違う。
こんな風に並んで電車に乗るのは初めてで、リヴァイのいる右側が妙にむずむずした。
 降りるぞ、と言われて降りたのはたぶん乗ってから五つ目くらいの駅だったと思う。
 綺麗な街で、リヴァイに似合うな、と思った。
 道のわからないエレンはリヴァイのあとをついていくしかなくて、疲れている彼に煩わしいと思われないようにと、一歩後ろをただ無言で歩いた。
 途中でコンビニに寄ってミネラルウォーターなどを買ったが、リヴァイの住むマンションは駅から歩いて十分ほどで、うるさくなりがちな駅前から程良く離れた位置にあった。
 さすが優秀なリヴァイ課長と言いたくなるようなマンションに、エレンは何度も瞬きをした。
222: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:35:16.48 d AAS
「…お邪魔、します」

 玄関を開けた瞬間にリヴァイの匂いがふわりと香った。
 本当にリヴァイの部屋に来てしまったのか、と信じがたいような気分になってしまう。
 今まで会うのはいつものホテルの部屋だったから、リヴァイの家に来るのはもちろん初めてだ。
 彼のことを知っていくのが怖くてセックスする以外で一緒にいることをできるだけ避けていた。
 だから、一緒にいる時間が長くなればなるほど、どんどん新しいことを知っていく。
 例えば吊革を掴むのは左手。
 エレンは電車が揺れる度にぶつかりそうになる手にいちいちドキドキした。
 それと、見かけによらず甘いものが好きらしい。
 コンビニでプリンを買っているのを見てしまって、少し笑いそうになった。
 そうやって一つずつリヴァイのことを知って行けるのは、良いことだと、嬉しいことだと思う。

「道は覚えたか?」
「えっと、はい。たぶん。ほとんど一本道でしたし、それほど駅から離れてないですから」

 リヴァイに促されてソファへと座る。広いリビングは綺麗に片付いていて、少し落ちつかない。

「じゃあ次は一人でも来れるな」
「はあ…」

 ぼんやりとした返事をすれば、リヴァイは何を気にすることもなく隣の部屋へと消えた。
 リヴァイは当然のことのように言ったけれど、一人でここに来るようなことがあるのだろうか。
 今自分がここにいることすら未だに不思議でならないのに、一人で?
 戻って来たリヴァイがリビングのテーブルにコトリと何かを置いた。

「エレン、鍵はここに置いておく。俺は先に風呂に入ってくるからお前は好きにしてろ」

 ソファから振り返ると、確かにテーブルの上に銀色に光る鍵が置かれている。
 わかりました、と答えると、リヴァイは風呂場へと早足で向かった。

「…帰る時は掛けて帰れってことかな」

 エレンはリヴァイのいない部屋でやっと肩の力を抜いた。

「ん、…っ」

 風呂から上がって来たリヴァイが隣に座ったと思えば、すぐに唇を塞がれた。
 やっぱりするのか、と冷静に考えながらも体はどんどん熱くなって、休んで欲しいと思うのにその手を拒むことはできなかった。
223: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:35:20.39 d AAS
 後頭部に回った大きな手に引き寄せられて、口付けが深くなる。
 まだ少し濡れているリヴァイの髪から水滴がぽたりと落ちて、エレンのシャツを濡らした。

「っ、ふ…ぁ、リヴァイさ…っぁ…、は、あの…っ」
「…なんだ」
「その、手、を…」

 今まで伸ばせなかった手を。
 恐る恐るリヴァイの肩に手を伸ばすと、リヴァイが驚いたように何度か瞬きをして、ふ、と笑った。

「どうぞ?」
「…っ」

 腕を持ち上げられて、リヴァイの肩にのせられた。
 その余裕に、おじおじしていた自分が少し恥ずかしくなったけれど、また深いキスをされてしまえばその腕でリヴァイに抱きつかずにはいられなくなった。

「ん、んっ…ぁ、」

 エレンの体はリヴァイに触れられればすぐに反応してしまう。
 体は熱くなって、キスをして舌を絡ませただけでどうしようもなく興奮した。
 現にもうすでにエレンの中心は固くなりはじめているし、リヴァイの指がシャツの裾から入って肌を撫でる度に腰が揺れてしまう。
 もっと、いっぱい触って欲しい、そう欲張りになればなるほど、ぎゅう、と無意識にリヴァイに縋った。

「エレン…腕、少しゆるめろ…」
「え、ぁ…ごめ、なさ…っ」

 ハッとして慌てて腕を解くと、リヴァイの体がぐらりと傾いて、エレンの胸にぽすりと落ちた。

「え?リヴァイさん?」

 すう、と静かな寝息が聞こえてくる。
「寝てる…?」

 やっぱり相当疲れていたんだ。
 軽く背中を叩いてみたが、起きる様子は全くない。
 おそらく、エレンとホテルで会っていたあの日からずっと休まず駆けまわって、眠る暇もなかったのだろう。
 しばらくどうしようか考えたが、寝ているリヴァイを寝室へ運べるほど力はないので、このままソファに寝かせることにした。
 許可もなく入るのは躊躇ったけれど、風邪を引かせるわけにはいけないと、寝室に入って布団を何枚か持ってくる。
 布団からはリヴァイの香りがして、体の熱を取り戻しかけたが、ぐ、となんとか堪えた。
224: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:35:36.49 d AAS
 ちゃんとベッドで横にならないと疲れはとれないだろうけれど、仕方がない。
 エレンは自分の非力さを悔やんで筋トレしようかな、なんて考えてみる。
 いくら鍛えてもリヴァイには勝てそうもないけれど。
 テーブルの上に置いてあった鍵で玄関に鍵をかけると、玄関ポストにそれを落とした。
 終電には十分間に合いそうだ。
 迷わずに駅まで来ると、あと少しも待てば電車が来そうだった。
 スマートフォンを取り出してメッセージアプリを開く。

『鍵はポストに入れておきました。ゆっくり休んでください。』

 すぐに既読がつくことはないだろう。
 セックスもせずに帰ったのは初めてだ。
 リヴァイの寝顔を見るのも初めてで、眉間の皺がなくなって少し可愛く見えた。
 それに、あんな風に人に寄りかかって寝てしまうなんて意外だった。
 それほど疲れていたのかもしれないけれど、他人にはあまり無防備なところは見せない人なのだろうと思っていたから。
 エレンはスマートフォンを仕舞うと、ホームにゆっくりと到着した電車に乗り込んだ。

・・・

 起きてスマートフォンを見ると昨日のメッセージに既読のマークがついていたから、朝はちゃんと起きられたのだと思う。
 少しでも疲れがとれていればいいけれど。
 しかし、会社でばったり顔を合わせて、疲れ云々というよりかは不機嫌そうなことにエレンは首を傾げた。
 明らかに先を急いでいるリヴァイに頭を下げ、その場を去ろうとした腕を掴まれ、人気のない所まで連れて来られた。
 壁に追い詰められ、リヴァイの腕に囲われて、ジロリと睨まれた。
 逃げられそうもない。

「え、と…あの、オレ何かしました…?」
「…帰るなら起こせ」
「でも、ゆっくり寝て欲しかったんです、けど」

 疲れて寝てしまったリヴァイを起こすようなことはしたくなかったし、彼のことを考えての選択だったのだが、ただ起こさなかったことを怒っているのか、勝手に帰ったことを怒っているのか、エレンにはわからなかった。
 リヴァイが、はぁ、と大きな溜息を吐く。
225: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:35:40.22 d AAS
「…次からはいくら寝ていても起こせ」
「わ、わかりました」

 リヴァイが離れる。
 これまでこうして強引に腕を引かれた時は何かされることが多いから、何事もなく体が離れたことに少しホッとした。
 昨日は、キスはしたのにセックスできなかったから、今ここで体にそういう意味で少しでも触れられたら我慢が出来なくなりそうだった。

「それと、お前あの鍵の意味、わかっているか?」
「掛けて行けってことですよね」
「…違う」
「え?」
「まぁいい。次渡した時はそれ使って家で待ってろ。あと返さなくていい」

 時計を見ながらそう言って去っていくリヴァイの背中を見ていた。
 鍵の意味。
 返さなくていい、と言うのはつまりエレンにくれるということなのだろうか。
 もしかして、あれは合い鍵だったのだろうか。
 確かにリヴァイが使っていた鍵はキーケースについていて、エレンに渡したものとは違った。
 あれは合い鍵だったのか。
 だとしたらそう言ってくれればよかったのに。
 でも、合い鍵なんて大事なものは信用のおける人にしか渡すものじゃないと思う。
 例えば、恋人、だとか。

「……、恋人」

 口に出した瞬間、ぶわわ、と顔が熱くなる。
 はっきりしない、実感が沸かない、なんて言ってきたのに、リヴァイが自分のことを恋人だと思っているかもしれないと考えただけで急に恥ずかしくなった。

「なんて単純…」

 エレンはその場に座り込み、思わず笑った。
 うだうだ考えていた。
 自分は女じゃないから守られたくない、なんて意地を張って、そんなことを考える自分はリヴァイの恋人ではいられないのではないかと思っていた。
226: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:35:55.26 d AAS
 だけど、やっぱりそんなのは考えすぎていただけだった。
 男だ、女だ、なんて関係ない。
 エレンはリヴァイという人が好きで、好きな人に恋人だと思ってもらえただけでこんなにも嬉しくてたまらない。
 自分よりも弱い存在だから守るんじゃない、好きな相手だから守るのだ。
 エレンだって好きな相手を守りたいと思うし、心配だってする。
 それはきっとリヴァイだって同じことで、お互いにそう思って、気持ちのうえで対等になれるのが恋人なのだと思う。
 いつかも言ったかもしれない。
 エレンは長らく、恋というものをしていなかった。

「はは、久々すぎて忘れてた」

・・・

 忙しい日が続いて、リヴァイともなかなか連絡がとれなかった。
 それも一段落して、社食で少し遅い昼食を食べ終え、一息ついているところだった。

「イェーガーさん、お疲れ様です!ここいいですか?」
「ああ、お疲れ。どうぞ」

 正面の席に座ったのはリヴァイの課の子だ。彼女は休憩しに来たのか、手には甘い匂いのするカップを持っていた。
 彼女と話すのも久しぶりだ。楽しそうに話すのをエレンはただ合槌をうちながら聞いていた。

「イェーガーさんもしかして恋人できました?」
「…え、なんで?」
「なんか…うーん、落ちついたっていうか…いや前から落ちついた感じではあったんですけど、うーん、とにかく前と何か違う気がします、いい方向に」
「そうかな」

 どう言ったらいいのかわからなくてはっきりしない彼女はいつかの同期の姿と重なるものがあってエレンは、はは、と笑った。
 変わったのかどうか、自分ではわからない。
 でも、あの日から心がすっきりしたような気はしている。
 いつもどこかで抱えていた不安はいつの間にか気にならなくなっていた。

「じゃあ今日ご飯行きませんか?恋人いないならいいですよね?」

 ぐ、とこちらに身を乗り出して言う彼女に「えっと、」と戸惑った声を出してしまった。
227
(1): (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:35:59.35 d AAS
 すると肩にトン、と手が置かれて反射的に顔をそちらに向けた。

「仕事しろ」
「課長!」

 リヴァイだった。
 エレンの肩に手を置いているくせに、その言葉は彼女に向けて言っているものだった。
 そしてそのまま自然にエレンの隣へと座る。

「今休憩中です。って課長、また邪魔する気なんですか?」
「ああ?別に」

 言いながら、ちらりと横目で見られた。

「予定がねぇなら付き合ってくれるんじゃねぇか?」
「え、」

 女と二人でご飯を食いに行っても構わない、と言われているようでエレンは少しショックだった。
 リヴァイはエレンが女とセックスすることも構わないと言っていたし、こうやって時折、手離すようなことを言うのだ。
 好きだと告げた日にそんなことを言うのは止めて欲しい、と言ったのに、未だにそれを許す真意がわからない。
 ふと、どうしたいんだ、と少し苛立つエレンの手に何かが触れた。

「っ、」

 リヴァイの指だ。
 まだ二人はエレンの前で会話を交わしていると言うのに、テーブルの影に隠れて何食わぬ顔で触れてくる。
 ああ、もう。口では「付き合ってくれるんじゃねぇか」なんて言っておいて、行かせる気なんか少しもないではないか。
 掌に冷たい、金属の感触。それは紛れもなく、リヴァイの部屋の鍵。

「もう!冷やかしにきたんですか?」
「ちゃんと用事があってきたが、もう済んだ」

 立ち上がったリヴァイがエレンを見下ろして、少し笑った。

「課長もちゃんと仕事しないと最近できたって言う恋人に愛想つかされちゃいますよ!」
「ああ…それはねぇだろ。お前もそう思うよな?エレン」
「えっ、そ、そうですね…」

 ああ、ああ、もう、本当に。
 エレンの返答を聞いて満足そうに去っていくその背中に飛びついてやりたくなった。
 クソ、とエレンは心の中で呟く。
じわじわと顔が熱くなっていくのを止めるのに躍起になった。
228: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:36:14.30 d AAS
「それで、今日どうですか?」
「ご、ごめん…予定、できたから…」
「なんだ、残念です」

 次渡した時はそれ使って家で待ってろ。
 そう言われたことを、エレンは忘れていなかった。
                                         

 リヴァイがいつも使っているのとは違う、何もついていない鍵で中に入った。
 リヴァイが帰ってくるまで何をしていたのか思い出せないけれど、玄関が空いた瞬間に中に引きずり込んでキスをしたのは覚えている。
 珍しくリヴァイが驚いたような顔をして、体勢を崩していた。
 どうしてか、堪らなく触れたくなった。
 今までずっと触れて欲しいと思うばかりだったのに、今日は自分からリヴァイに触れたくて頭がくらくらした程だった。
 寝室に連れて行かれて、両手を握られたままベッドに座ったリヴァイがこちらを見上げてくる。

「冷や冷やしました。あんなこと言って、オレを試して面白がってるんでしょう?」

 リヴァイの上に乗り上げるようにして跨った。
 自然と腕は彼の頭を抱きこむ形になる。

「リヴァイさんは、まだオレが女を抱いてもいいと思ってるんですか?」
「お前は俺とセックスするが、男が好きなわけじゃねぇだろう?男なんだから女も抱きたくなって当然だ」

 そう言いながら背中に回った手が骨をなぞるように撫でられて、反射的に仰け反った。
 リヴァイはわかっているのだ。
 抱かれる側のエレンが自分で男であることを忘れたくないと、ただ女のように扱われるのが嫌だと思っていることをちゃんとわかっている。
 だから、こうしてそのチャンスを与えるようなことを言うのだ。
 …そんなこと言うから、セフレだと思われるんですよ。
小さく呟いた声はリヴァイの耳にも届いていると思う。

「リヴァイさんはオレ以外も抱きたくなるんですか?…ぁ、」

 首筋をれろりと舐められて、小さく喘ぐ。

「俺はお前しか抱かない」
「でもオレは女とセックスしていいって?」
「男はひっかけるなよ」
「…オレだってリヴァイさんだけです」
229: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:36:18.13 d AAS
 リヴァイだからセックスしたいと思う。
 抱いて欲しいと思う。
 それは間違いなくリヴァイを好きだからで、好きな人に他人とセックスしてもいいなんて言われたら嫌に決まっている。
 本当は自分のことを好きじゃないのかもしれない、と思ってしまうのは当然だ。
                                          
「リヴァイさんはそうやってオレに選択肢を与えようとするけど、そんなの必要ない。もっと縛ってください。…じゃないとオレはどうしていいかわからなくなる…」
「お前を全部、俺のものにしていいのか?」

 じっと顔を見上げられた。

「…好きな人には全部あげたいと思うし、好きな人は誰にも渡したくないって思うのが、普通なんじゃないんですか」
 男同士で好きだ何だ、と言い合うのはどうしても恥ずかしくて顔を背けてしまう。
 けれど、恋人同士であるならどうだろう。
 無償に好きだと言いたくなるし、触れていたくもなる。

「お前はすんなり帰っちまうし、合い鍵を受け取らねぇからその気はないんだと思っていたが…」
「それはリヴァイさんの言葉が足りないんですよ…!」
「……まぁいい。もうお前は俺のものでいいんだな?」

 はい、と言おうとしたその唇を塞がれて、それに応えるようにリヴァイにぎゅうっと抱きついた。

 唇が腫れてしまうかもしれないと思う程にキスをして、自分よりも分厚いリヴァイの手で肌をなぞられ、敏感な部分を擦られて何度も達した。
 今までシーツを掴むしかなかった手でリヴァイに目一杯抱きついて、抑えなくなった声で何度も「好き」とこぼす。
 やはりリヴァイとのセックスは気持ちが良い。
 思いが通じたとなれば、尚更、気持ちが良かった。

「あ、ああっ…ん、んぅ、リヴァイ、さん…っ」

 もう下半身はローションや体液でぐちゃぐちゃで、あんなにきつく閉じていた後孔もリヴァイの舌と指に翻弄されてだらしなくヒクつき、開いたままになっていた。
 すぐに熱いリヴァイのモノで塞いでくれると思ったのに放っておかれて、もの欲しそうに疼いてしまっている。
230: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:36:33.54 d AAS
 仰向けに寝かされ、赤く熟れた乳首に吸いつかれた。
 じゅう、っときつく吸い上げられて背中がビクビクと跳ねあがる。
 快感を押さえつけるように、リヴァイの頭を抱え込めば、また吸い上げられて、カリッと噛まれた。
                                          
「ああっ…んっ!…、はぁっ…、ぁ、噛まな、で…っ」
「でも今のでまたイッただろう、エレン」
「ん、ゃ、…も、おかしく、なりそ…だからっ、入れてください…っ」

 何度もイかされたし、寸止めにもされた。
 もう乳首だけでも達してしまうほど、体中が敏感で、脳が痺れている。
 このままじゃ気を失ってしまいそうだった。
 自ら足を上げて、リヴァイを見上げる。
 余裕をなくして歪むその顔に興奮した。

「アッ…、すご、い…ぐちゅぐちゅ、してる…っ」

 後孔の窄まりに指を伸ばして、ぐずぐずに蕩けてヒクつくそこを見せつけるように開いた。
 我慢できずに少しだけ中に入りこんでしまった指に、粘着質な液体がくちゅりと絡みついた。

「ここ、リヴァイさんので、奥まで、いっぱいにしてください…っ」

 はぁっ、と切羽詰まった呼吸が聞こえて、熱くぬめった後孔に熱く、固くなった性器が押し付けられる。

「ぁ、っ、んっ〜〜〜……っ!」
 
 そのまま躊躇いもなく、ぐ、と腰を進められて、リヴァイの性器が根元まで内側にぐぢゅんっと突っ込まれた瞬間、全身に電気が走ったみたいにガクガクと震えて、大きすぎる快感に、たまらずリヴァイの背中に爪を立てた。

「あっ、あ…、ぁ…ゃ、すご、い…入れただけ、なのに…っ気持ちいい…っはぁ、」

 体に力が入らないのに、後孔はリヴァイの熱をぎゅうっと締め付けて離さない。

「あっ、ん、リヴァイさん…っ熱い、オレの中でびくって、してる…っは、ぁ…っ」
「お前…っ、そりゃわざとか?」
「な、何…っアッ!…ぁ、まだ、奥っ…」
231: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:36:37.14 d AAS
 足を抱えられて、折りたたまれるようにされると奥まで入ったと思っていた性器がもっと奥まで入り込んできた。
 熱い、大きい、固い。
 隙間なくぴったりと埋まる熱は少しの動きでも敏感に反応して、締め付けてしまう。
 耳元で、「悪い、動く」と余裕のない声が聞こえて、え、と思った瞬間には媚肉を強く擦られた。

「アアアッ…〜〜〜っ、っ、ぁ、く、ぁ…っ」

 全身がスプッスプッと震え、中でイッてしまったのがわかった。
 リヴァイにしがみついていないと、自分が今どこにいるのかがわからなくなってしまいそうで、必死にしがみついた。
 ああ、気持ちいい、すごい、死んじゃいそう。

「アッ!あっ、ん、は、あぁっ…!リヴァイさ…っリヴァイさん…っすき、です…っ」
「ああ、っ俺も好きだ」
「い、いっぱい…っしてくださ…っ…ぁ、んぅ、あ、はぁっ」

 性器を出し入れする度に、ぐぢゅ、ぢゅぶ、と恥ずかしい音が聞こえてくる。
 でも繋がっているのだと実感できて興奮した。
 顔を近づけて、キスをせがんだ。

「ん…、食べちゃう、みたいなキス、してください…」
「は、なんだそれ」
「ん、好き、です…っ」

 思えば、あの最初のキスでエレンはもうリヴァイのことを好きになっていたのかもしれない。
                                          

おわり (笑)

内容ごちゃごちゃで本当すいませんでした
ありがとうございました!(大爆笑)
232: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:38:54.15 d AAS
かみやゆすら

「…探している資料があるんだが、調べてもらえるか」
「あ、はい。何の資料ですか?本の名前とか、解りますか」
「本の名前、というか…ウォール時代のことが書いてある文献を探しているんだ」
漠然としたリヴァイの要求をどう受け取ったのか、図書委員は目をぱちりと瞬かせる。そうしてこてんと小首を傾げた。
その動作を困惑と受け取ったリヴァイは、遠慮なしにまた溜息を吐く。やっぱり一年坊主には荷が重たかったか。
「ああ、いい。自分で探すから」
彼に頼るのは諦めて、今の時間内で出来る限り探してみようとリヴァイは踵を返しかけて、くいと袖口を引かれる感覚に足を止める。
振り返れば、遠慮がちに、だがしっかりとリヴァイの制服のジャケットを握り締める手。
潔癖のきらいがあるリヴァイにとっては余り好ましい動作ではなくて、多少の不快感が袖口でざわめいた。
「…てめえ、何しやがる」
「先輩、ご案内します」
リヴァイがぐっと睨みつけてやっても、図書委員は小首をこてんと傾けて少しも怯まなかった。
凛とした声がはっきりと告げてきた言葉に、リヴァイはくいと片眉を上げる。
検索システムを使うような素振りはなかったし、まさか一年のくせに蔵書の場所を覚えているとでもいうのだろうか。それとも当てずっぽうか。
「…場所、わかるのか」
「はい」
リヴァイの問いにひとつ頷いてカウンターから出てきた図書委員は、迷いなく足を図書室の南側へと向けた。
そうして振り返ってこちらの様子を窺ってくるから、一瞬の戸惑いはとりあえず置いておくとして、リヴァイは彼についていくことにする。
リヴァイより少し背の高い、細身の背中。僅かに頭頂部に残った寝ぐせがひょこひょこと揺れるのを何となく眺める。柔らかそうな髪だから、寝ぐせも付きやすいんだろうか。
そんな風にとりとめもなく考えていたら、前を歩く彼はどんどんと図書室の奥の方へと進んでいく。リヴァイにとっては初めて足を踏み入れる領域だ。
ただでさえ静かな空間なのに、奥まったこの場所では更に音は遠ざかって、何だか世界から切り取られたような錯覚を抱く。
棚が並べられた間隔は狭く、譲り合ってようやく人がすれ違える程度の幅しかない。
隙間なくびっしりと並べられた本が左右から迫ってくるように感じられて、リヴァイは思わずごくりと息を飲んだ。
「先輩、ここです」
涼やかな声が前方から静かに届いて、リヴァイは周囲に散らしていた視線をそちらへと戻す。
233: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:39:00.92 d AAS
おいおい図書委員としてそれはいいのか、と多少気になったけれど、午後の授業がもうすぐ始まろうという今、図書室にはもう自分達以外いないことを見て取って、リヴァイは肩を竦めるだけでそれを流すことにした。
「せんぱーい、学生証貸してください」
先程より随分気安くなった口調で、図書委員がリヴァイを呼ぶ。制服のポケットから取り出して渡すと、男にしては華奢な指が丁寧にそれを受け取った。
慣れた手つきでカードリーダーに通せば、パソコンの画面にリヴァイの情報がぱっと表示される。
画面をちらり、そうして手元の学生証をちらり、小首をこてんと傾けた図書委員の視線の動きが気になって何となく追いかけていると。
「リヴァイ、せんぱい」
小さな、小さな声で彼に名を呼ばれてはっとする。
彼の視線は既にリヴァイが借りる本に移ってしまっていて、きっと自分の呟きをリヴァイが拾ったことにも気づいていないんだろう。それでも、聞こえてしまったその響きがどうしようもなくくすぐったい。
いよいよ自分の頬の熱さを自覚して、リヴァイは慌てて彼から目を逸らした。
「貸し出し期間は一週間です。忘れずに返してくださいね」
手続きを終えた図書委員が重ねた本の上に学生証を乗せて、すっと差し出してくる。もごもごと口の中で了解の返答を呟いて、本を受け取った。
腕に伝わる、四冊分の重み。これがあれば課題はどうにかこなせるだろう。
リヴァイの用件はその時点で終わってしまって、だからさっさと教室へ向かえばいいのに何だか立ち去りがたくて、リヴァイは呆然とする。何だろう、この感覚。
「…先輩?」
こてんと、小首を傾げて彼が不思議そうな声を出した。何か、何か言わなければ。
「…名前、」
「…はい?」
「お前、名前、教えろ」
自分の口から飛び出した言葉の余りのたどたどしさに、リヴァイは言った瞬間に頭を抱えたくなった。もうちょっと言いようがあっただろうに、何を緊張しているんだ俺は。
今すぐ消えてしまいたいリヴァイの心境など知る由もない目の前の彼は、一瞬の間の後に、ふんわりとまた花の咲くような笑みを浮かべた。
「…エレン、エレン・イェーガーです。…また来てくださいね、リヴァイ先輩」
エレン、と舌の上で聞いたばかりの名前を転がしてみる。それが何だか癖になりそうな響きで脳に焼き付いて、リヴァイは腕の中の本をぐっと抱き締める。
きっと自分はまた図書室を訪れるだろう。
234: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:39:20.20 d AAS
図書委員としての仕事もそっちのけ、予鈴も聞こえなかったくらい本選びに没頭しているエレンに声を掛けるのが躊躇われた結果、授業には完全に遅刻してしまいそうだ。
けれど、今のリヴァイにとってそんなことは些細なことだった。
「うわっ、わっ、昼休み終わっちゃう!手続きしちゃっていいですかっ」
「ああ、頼む」
確か一週間前も似たような台詞を聞いたなあなんて思い返しながら、リヴァイは何となく満たされた気持ちで小首をこてんと傾けたエレンの作業を眺める。
並べられた三冊の本はどれもリヴァイがまだ読んだことのないものだった。完全にエレンの好みが反映されたそれ。
本の中身そのものよりも、それを読めばエレンの内面に迫れるような気がして期待が膨らんでいく。エレンは、本を通してどんな世界を見たんだろうか。
「おい、エレン」
「へ、あ、はい」
忙しく手を動かすエレンに遠慮なしに声を掛ければ、やや上の空の返事があった。
顔を上げてこてんと小首を傾げる仕草はもう何度も見たことのあるもので、きっとエレンの癖なのだろう。
「お前、受付当番はずっと水曜なのか」
「えっと、その予定です、けど」
「じゃあ来週も来る。その次も。…来るから、本を用意しておいてくれるか」
お前が好きな本をもっと知りたいから。リヴァイの言葉に、エレンはぼんと音がしそうなくらいの勢いで頬を赤らめた。――おいおい、なんだその反応。
予想外のエレンの様子にリヴァイは少しばかりうろたえるけれど、それはやっぱり顔色には表れない。
「今度は一週間猶予があるからな。…期待してるぞ」
内心の動揺を抑えつつ、にやりと笑みを浮かべてリヴァイがそう言うと、エレンは上気した頬のままこくりと頷く。
「…先輩が来てくれるの、待ってますね。本と一緒に」
柔らかな笑みとともにそっと呟かれた言葉は、ちょうど鳴り響いた午後の授業開始を告げるチャイムに掻き消されることなく、リヴァイの耳に届いて甘く響いた。
                                         

続く(大爆笑)
235: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:39:23.79 d AAS
それはイケナイ愛情表現♡

by かみやゆすら

 本当にツいてない。
 ツいてない日は徹頭徹尾ツいてないもんだと思い知らされた。
 エレン・イェーガー十六歳。
 この世のなにもかもが極彩色に見える、花の高校二年生である。
 それなのに、だ。今日は最初からまったくもってツいてなかった。不運ばかりに見舞われた。
 今日ほどツいてないことなんて、一生のうちにそうそうあるものではない。
 エレンは押しこめられた病院のベッドの上で、真っ白い天井を見上げながらふうと嘆息した。
そもそも発端はなんだったか。朝からの己を振り返る。
 朝、寝坊した。登校するため慌てて自転車に乗って家を出たら、五分もしないうちにみるみる空模様が変わり、あっという間に真っ暗になったかと思うと、嘘みたいな土砂降りの夕立になった。
 朝なのに夕立ってなんだそれ、ありえんのかよ、なんて悪態を吐きつつも、自転車を漕ぐ脚は止めなかった。
 雨宿りなんかしてたら完璧に遅刻するからだ。
 生活指導に釘を刺されていて、これ以上一日だって遅刻してみろ、進級できんからな、などと脅されていたことを思い出す。
 進級できないとなると、母カルラが角を出して怒り狂うのは目に見えている。母ちゃんには弱い。世の男どもの常に、エレンも当て嵌まる。
 仕方ねえな、着いたら体操着にでも着替えるか、なんてびしょ濡れのまま学校を目指していたら、今度は目の前に猫が飛び出してきた。しかもひょろくて小さい仔猫である。
「嘘だろ?!」
 絶対に! 何が何でも! 轢きたくない!
 キュッと急操作したハンドルは、間一髪のところで仔猫を避けた。
 けれど、濡れたアスファルトは細いタイヤをするすると滑らせる。
 ずしゃあっっと横滑りした挙句、乗っていたエレンごと吹っ飛ばして盛大に倒れてしまった。
「いってえええええ!!」
 気づいた時には地面とお友達。
 もうすでにびしょ濡れだったから、自分の身は諦めがつくものの、前かごに入れていた通学かばんもずっぽりと水たまりに浸かってしまった。
236: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:39:39.43 d AAS
「ああああああ! チクショウ、母さんの弁当!!」
 慌てて拾いにいく途中で、さきほど自分が避けた仔猫に気づく。
 生後間もないキジトラは、豪雨のせいでびっしょびしょになっていた。
 冷えてしまったのか小刻みに震えている。
(やべえ、これ病院連れていかなきゃ死んじゃうフラグか?!)
 仔猫は冷えることに大層弱い。エレンも昔、猫を飼っていたことがあるのでわかる。
 こんなチビのうちに体温を奪われてしまえば、あっという間に儚くなってしまう。
 そっと抱き寄せると、案の定仔猫は抵抗する気力もなく、エレンの腕のなかに収まって丸まった。
(進級か! このちっこい猫か!)
 エレンは本当に本気で悩んだ。とてつもなく重い二択だった。
 しかして、うんうん唸りながら悩んでいたエレンの耳に、別方向から小さな鳴き声が聞こえてくる。
 にゃう、と掠れた微かなそれは、チビ猫が蹲っていたのとまったく逆の車道側。
「は?!」
 声のする方へバッと目をやると、そこには同じような大きさのキジトラがもう一匹。
 兄弟なのかもしれない。
 そう悠長に考える間もなく、そのもう一匹は車道へぴょこんと飛び出してしまったではないか。
「ばっかやろ!」
 そこからはもう、考える余地もなく身体が動いていた。
 地面を蹴る。
 身を躍らせて腕を伸ばす。
 どうかこの手が届きますように、と強烈に願ったところで、エレンの意識はブラックアウトした。
237: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:39:42.99 d AAS
(痛え……)
 ふ、とそう思いついたところで、エレンの意識はふわり浮上した。
 なんだかよくわからないが、身体のあちこちが痛む。
 肘や肩、背中のあたりがじわりと痛い。それから下半身。
 どうも足の感覚がない。
 どこかに寝かされているらしいことはわかったが、頭もぼーっとしているためいまいち状況はわからない。
 そのうちに足音が近づいてきて、見知らぬ女性の声があがった。
「先生、患者さんの意識戻りました!」
 バタバタっと離れていく気配。そのすぐ後に、今度は人数を増やして近づいてくる足音。
 なにやら近くで機械を操作するような音がして、エレンはうっすらと瞼を開けた。
(男の……人……)
 じわじわと開けた視界で、こちらを覗きこんでいる男の姿。
 すっきりと撫でつけた髪。汚れひとつない眩しいほどの白衣に聴診器。
 小柄で少し目つきの悪いその人は、ふ、と安堵の溜息を漏らして見せた。
「生きてて良かったな、死に急ぎ高校生」
「……は?」
 ぱちぱち、と瞼をしばたかせる。少しずつ見えてきたのは、自分が真っ白な部屋へ寝かされているということ。
(病院か)
 あー、そっかそっか。やっぱりなー。なんて暢気な感想が巡る。
 仕方ない。車道に飛び出したのは自分だ。車に轢かれてお陀仏、なんて結果にならなかっただけマシだ。
 生きてるだけで儲けもん。そんなフレーズが頭に浮かんで消える。
「イェーガーさん、左足の腓骨骨折、並びに右手指基節骨骨折で入院決定です」
「え?」
「聞こえなかったか? 左足の膝下と、右手の指が折れてるって言ったんだ。ぽっきり。見事に」
「はあ……」
「とりあえず今日はこのまま入院してもらう。お前の意識が戻らないうちにお母さんがいらしたが、ついさっき入院用の準備をするために帰宅なさった。詳しい説明はまた後で、お母さんが戻られた時にさせてもらう」
「はあ……、そうですか」
「なんだ、素直だな。まだ麻酔が効いてるか?」
 ぼんやりするのは麻酔のせいなのか、と納得する。効果が切れたらきっと痛みに悶えるのだろう。
238: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:40:14.78 d AAS
「俺、足と手、骨折したってことですか?」
「そうだな」
「車に轢かれた?」
「いいや、それは免れた。居合わせたドライバーのテクニックに感謝しろ。お前は自分から幹線道路の中央分離帯に突っ込んで、反射板に激突して怪我したんだ」
「マジでか」
「まったく、運動神経がよくても判断力がないと困るな」
 腕を組んで呆れたように嘆息する。
「で、入院すんの?」
「そうだ」
「そっかー」
 仕方ねえな、と苦笑すると、白衣の先生は驚いたように瞠目した。眇められていた目元が和らぎ、印象が柔らかくなった気がした。
「それでいいのか、お前」
「だって仕方ないじゃん。怪我しちゃったもんは」
 でも先生には面倒かけてごめんなさい。
 そう言って首だけぺこりと動かしたら、先生はまるで珍しいものでも見るかのように目を見張った。
「……」
「あー、先生」
 はっきりしない頭で、ひとつだけ気になることを思い出す。
「なんだ?」
「猫は?」
 あいつらは無事だったのか。そこだけは確かめておきたい。あんなちっちゃい猫たちだ。俺なんかの無駄に丈夫な体とは違う。
 俺の言葉を聞くと、先生はさも可笑しそうに片眉を跳ね上げた。
「骨折して死にかけた自分より猫の心配か?」
「悪いかよ」
「いや、面白い」
「はあ?」
 面白がられる筋合いはない。ムッと唇を尖らせると、先生は手をのばしてふわふわと俺の頭を撫でた。それも至極優しい手つきで。
「お前が意識を失ってもまだ猫を抱いて離さないもんだから、駆けつけた救急隊員が二匹とも保護をして警察へ渡したそうだ。いまのところ拾得物で預かってくれているそうだぞ」
「そっか」
 いまも寒さに震えているのかと思っていたから、これでひとまず安心できた。ふう、と安堵の嘆息をつく。
 母さんに相談して、うちで引き取れないか頼んでみよう。それから忘れていたけど進級を逃した件も正直に白状しよう。
239: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:40:18.79 d AAS
 こっぴどく叱られる覚悟をしつつも、自分が守りたかった命の無事を聞き、ほっと安心する。
「今夜は熱がでるかもしれん。薬は出しておく。遠慮せずに具合が悪くなったらいつでもナースコールするように」
 ぽんぽんと頭の天辺をあやすように撫でられる。
(優しい先生でよかった)
 ありがとう、と呟くと、白衣の医師は目尻を細めた。
「ああ、お大事に」

 などという、まったくツいてなかった昼間の回想をしながら、エレンはひとり痛みと闘っていた。
 時間は真夜中。病棟はすっかり静まり返っており、時折廊下をひたひたと歩くナースだか警備だかの足音しか聞こえない。
(うう……痛え……)
 全身が熱を孕んでだる重く、折れた足に至ってはずきずきと派手に疼く。
 昼間、医者の先生が言っていたことは本当だったな、と妙なところで納得する。
 あともう少しだけ我慢してみて耐えられないようなら、恥ずかしいけどナースコールしようと思った時だった。
 個室の引き戸がするりと開いた。と、同時に小さく声がかけられる。
「イェーガーさん、入りますよ?」
「……っ?」
 暗闇に姿を見せたのは、昼間の医師だった。
「ああ、起きてたのか」
 ぱっちりと目の開いたエレンを認めると、やっぱりなという顔をした。
「せんせ……いたい……」
 ふにゃりと弱音を吐いたエレンに寄り添うと、額の汗を拭ってくれた。ひやりとした掌が気持ちいい。
「ああ、そうだろう。ナースコールがないと聞いたから眠れてるのかと思ったが、やっぱり違ったか。耐えてもいいことなんかなにもない。さっさと俺たちを呼べばいいものを」
「……まだいけるかと思って」
「馬鹿。つまらん我慢大会なんかするな」
 そう呆れつつも、医師はてきぱきと処置をしてくれた。最初からこの状況を見越して準備してきてくれたのだと思う。
「あと少しだけ待て。薬が効いてきたら楽になる」
 うん、と頷いたら、いい子だというようにまた頭を撫でられた。
 なんだろう。これ、とても安心する。
「痛みが引いたら眠れるだけ眠れ。明日の朝、また看てやるから」
「先生、名前教えて」
「俺のか? リヴァイだ。外科医のリヴァイ。お前の担当医だ、覚えとけ」
「うん」
 胸の中で、いま聞いたばかりの名前を反芻する。
240: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:40:33.83 d AAS
 リヴァイ先生。
 優しくて頼れる、俺の担当の先生。
 今日は朝からまるでツいてない日だったけれど、良かったことがあったとしたら猫たちが助かったこととそれから――。
(リヴァイ先生に担当してもらえたことかもな)
 そんなことを考えながら、エレンはうとうとと眠りの世界へ引き込まれて行った。

(安心したって、そう思ったばっかなのに!)
 詐欺かよ! と脳内で叫んだエレンは、急転直下の事態に混乱していた。
 入院三日目の夜。エレンの様子を看るために病室を訪れたリヴァイが、とんでもないことを言い出したのだ。
「やりたい盛りの高校生なのに、右手がそれじゃ不自由だろ。手伝ってやる」
 白いギプスに包まれたエレンの右手を差し、真顔でずいと迫ってきた。
「はあ?!」
 なにを言っているのだろう。なんのことだろう。なんとなく薄ぼんやりと想像はついたが、はっきりと形にして考えてはいけないと頭の中で警鐘が鳴る。
「なに? なんなの、先生!」
 また具合を悪くしているのではないかと、心配して様子を見に来てくれたのだとばかり思っていた。この三日あまりの検査や処置の丁寧さで、すっかりリヴァイに心を許していたエレンだったから、この混乱は凄まじい。
「なにじゃねえよ、言葉通りだ。溜まってるんじゃないかと心配してるだけだろ」
「たまっ、たまってるって……!」
「違うのか、病室でそんな雑誌見てるくせに」
 そんな、と言いながらエレンの枕元にあったグラビア誌を指す。
「これは! そういうのじゃなくて……!」
 昼間、見舞いに来てくれたクラスメイトのジャンとコニーが、面白がって置いて行ったものだ。
 その右手じゃ抜けるもんも抜けねえな、とかなんとか笑いながら。
241: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:40:37.67 d AAS
「水着のグラビアか。お前、このアイドルが好きなのか? 乳でけえな」
 ペラと捲られて、カーッと赤面した。
「違う! 好きじゃない!」
 いや、これは嘘だ。
 おっぱいに憧れるのは、あらゆる高校生男子の通る道ではないだろうか。
 昼間、その写真集を捲りながら、股間に感じるものがあったことは絶対に言えない秘密である。
 確かに抜きたいと思った。エレンだって、骨折をしている以外は健康な男子なのだから当然だ。
 けれど思いとどまった。
 いまは怪我に障るかもしれないと思ったからだ。
 それなのに、このわけのわからない担当医は「抜いてやる」などとほざいている。
(冗談じゃねえ!)
「ほう、乳は好きじゃないのか。じゃ、なんだ。ケツか」
「うるせえな! 俺の嗜好がなんだっていいだろ!」
「いや、よくない」
「え?」
 そういうことが治療に関係するのか? と一瞬だけ思ったが、いや、そんなはずはない、と頭を振る。
「っいや! とにかく先生には関係ないから!」
 無事に動く左腕をバリケードのようにして身を守る。
 夜中の病室でする攻防では絶対にないけれど、いまは自分の身を守るのが最優先だ。
「関係ある」
「へっ? なんで?」
 大真面目に言われたから、毒気を抜かれた。つい普通に聞き返す。
 すると目の前の男は、薄く形の良い唇をすうっと引いて楽しげに笑んだ。
「俺はお前に一目惚れしたんだ。好きなヤツの好みくらい把握しておきたいだろ」
「……はあっ?!」
 いまなんと言われたのだろうか。嘘か、冗談か、さもなくば新手のギャグか。
 聞き間違いでなければ、一目惚れなどと頭の湧いた単語が耳に入った気がする。
(なに、なんなのこれ、からかってんの、正気なの、詐欺なの、この先生アタマ大丈夫かよ!?)
 ベッドに横たわって寝ているはずなのに、背中に冷たい汗が伝わった気がする。
(そうだ! 俺、こんな身体で逃げらんねえ!)
 走って逃げようにも、足はこの有様。立派なギプスにガチガチに固められ、挙上されている。
 これでは逃げ場などどこにもない。
(マズイ! ヤバい!)
 危険を察知する赤いランプがエレンについていたなら、きっともう忙しなく点滅しているのだろうと思った。
242: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:40:53.40 d AAS
「先生、マジで! なに言ってんのかわかんないから!」
「まあそう言うな。大丈夫だ、ちょっと手伝ってやろうってだけだから」
「ちょっとってなんだよ!」
「ちょっとって言ったらちょっとだ。お前の気持ちいいことしかしねえよ」
 ベッド脇に立ったまま、薄がけの布団をさらっと剥がす。
「ちょっ、待って! なに!」
 慌てている間に、パジャマの腰からするりと手を挿し入れられた。骨ばった男らしい掌にぎゅっと股間を握り締められ、急所を押えられたショックで硬直してしまう。
「っ!」
 下着の上からガシッと掴まれたそこを、次にはやわやわと揉みこまれる。
「ぁッ!」
 小さく声が漏れた。
「ほう、いい声出すじゃないか」
 リヴァイの瞳がキラリと光ったように見えた。
「違う! 脊髄反射!」
 枕の上で頭をほとほとと振り乱し、やめろ、いやだと繰り返す。するとリヴァイは耳元に直接口をつけ、言うにことかいて「すらっとして形のいいペニスだな」と吹き込んできた。
 かあっと顔に血が上る。日常ではあまり耳にしない直截な単語。それだけで己の股間を凄まじく意識してしまう。
ついには下着の上から押さえられていたそこが、ぴくりと反応してしまった。
「おい、いやなんじゃなかったのか? 硬くしてるぞ」
「……ッ!」
 幹を辿るように、根元から先へ向けてにゅくにゅくと扱きあげられる。
 そうしているうちにもどんどん血液がそこへ集まり、芯を持って首を擡げ始めるのがわかる。
 違う。これは自分の意思じゃない。そう反論したいけれど、いま口を開けば不本意な嬌声が漏れそうで怖かった。
(先生の手、なんでこんなに熱いんだよ!)
 じわりとした熱と、驚くほど巧みな指捌き。
 下着ごしに根本の叢をすりすりと擽られて、身悶えるほど焦れったい。
 撓り、完全に勃ちあがったそれを悦ぶように、今度は裏筋から辿られる。
243: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:40:57.53 d AAS
 ねっとりした指の動きに、電流のようなビリッとした痺れが背中を伝わった。
(やべ……気持ちいい……っ)
 正直な腰がぶるりと震える。
 すっかり臨戦態勢になってしまったエレンのエレン自身も、これ以上ボクサーパンツの中に収まっているのは窮屈だと訴える。
 悔しいけれど、もう後に引けないところまで引きずり出されてしまったと悟った。
(チクショウ、イキたい、もっと強く触って欲しい)
 絶対に口には出したくない恥ずかしい欲求と攻防する。ここまで来てしまったら、下腹部に溜まった熱を吐き出してしまわないことには治まらない。
 乱暴なまでの衝動が湧きあがる。下唇を噛んで耐えていると、リヴァイはもう一方の手を伸ばし、やっている行為とはかけ離れた優しい指先でそこに触れた。
「噛むな、傷つくぞ」
 それは最初の夜、薬を飲ませてくれたときと同じ手つき。優しい人だと思った、最初の印象を思い出す。
(酷くは……されないかな……)
 ふいに舞い降りた思考が、エレンをがっしりと捕らえる。
(酷いことや痛いことされないんなら、このまま流されちゃっても……)
 若い身体は熱の出口を求めていた。理性の糸はいままさに焼切れようとしている。
 一回だけなら、抜いてもらうだけなら。気持ちいいし。もう戻れないし。このままイキたい。イカせてほしい。
 拒絶の言葉ばかり考えていた脳内が、快楽でぼんやりと霞みはじめる。
 そこへ来て、リヴァイの指先が少し強めにエレンを刺激した。
「……ッア!」
 腰が引けるほどの快感。体内を電流のように這い上がる。
 あと少し。あともう何回か強く扱いてくれれば、この荒れ狂う欲望から解放される。
「ぁあ、……っく!」
 はやく、と思わず口に出しそうになったところで、エレンのペニスを弄んでいた手がいきなりゆるゆるとした緩慢な動きに変わった。
「えっ」
 残念そうな声が漏れる。発した後でしまったと思ったがもう遅い。
 目の前の男は、にやりと悪い顔で笑った。
「イキたいか?」
「……ッ」
「睨むなよ。ちゃんと責任もってイカせてやるから。それもいままでで一番、最高に気持ち良かったって言わせてやる」
 ゆっくり横へ引いた唇の端で、柘榴色の舌がぺろりと顔を覗かせる。
 あまりに艶めかしく見えて、エレンはもう目が離せなくなった。
244: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:41:13.63 d AAS
 リヴァイの片手はゆるゆると股間を刺激し続けている。
 そして空いていたもう一方の手を使い、パジャマの前ボタンをプチプチとひとつずつ開けていく。
 露わになる素肌。開けたそこへ、リヴァイは躊躇なく顔を伏せた。
「アッ……!」
 ねろり、と熱くて滑った感触が肌を滑る。舐められているのだ、と理解したときにはもう、彼の舌はエレンの胸の上をぬ、ぬ、と卑猥な仕草で辿っていた。
「っ、……ッつ!」
 声を殺さねばならないほど、官能的な感触。
 肉厚な舌は、エレンの胸の真ん中を躊躇なく進むと、今度は喉元から左の鎖骨へと移動する。
 骨の真上を辿られたとき、ぞわぞわっとした震えが走った。
(ヤバい、なに、なにこれ……っ)
 下肢を直撃するような快感。くすぐったいのとも少し違う、動悸が一気に跳ね上がるような熱が生まれる。
 鎖骨を辿った舌は、ぴちゃ、と淫らな水音をたてながら首筋を這い上がる。
「あっ、あっ、やっ」
 皮膚の薄い場所を攻められ、本能的に首を竦めて逃げようとするも、それは許されなかった。
 ぬかるむ舌だけではない。それと同時に、彼の鼻先で表皮を擽られる。
 進む先に耳朶を見つけたリヴァイは、ふふっ、と息だけで笑った。それを耳から直接吹き込まれ、エレンはとうとう泣きそうになる。
「あっ、んんっ、せん、せ……っ」
「力抜いていい。痛いことも、お前が嫌がることもしない。約束する」
「んっ、んう、う、ほん……と……っ?」
「本当だ。大丈夫。気持ちよくなればいい、エレン」
「う、う……あ、んっ」
 にゅくり、と耳殻から尖らせた舌が挿し入れられた。その先の小さな穴を、舌の先端で抉るように動く。
「ああぁぁぁ……っ」
 ぐちゅ、じゅっ、にゅ、と、はしたない水音が頭いっぱいに響き、まるで脳ミソそのものをいやらしく舐められているかのように錯覚した。
「あっ、あっ、あっ」
 穴を十分探った後には、耳殻の軟骨をこりこりと味わうように唇で食まれた。痛くはない絶妙な力加減で。
「お前はいい匂いがする」
245: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:41:17.44 d AAS
 耳の裏に鼻を埋め、すうと深呼吸をしたあとでそんなことを言われる。
 もう頭がおかしくなってしまったのではないかというほどの酩酊感を味あわされる。
「エレン、こっちの腕あげてみろ」
「ん……」
 ぐったりした身体は、もう彼の言葉に逆らう気力がなかった。
 言われるがまま、怪我をしていない左手を枕の方へ移動させる。
片腕だけ万歳をさせられたような、そんな奇妙な格好になる。
「薄いな」
 脇の下の茂みを見てそう言ったのだろうか。
 リヴァイは目を細めて嬉しげな顔をし、次の瞬間にはそこへ顔を埋めた。

「んんんんん〜〜ッ!」
 さり、という感触の後で、ぬろ、と熱が追いかけてくる。
「ああああんっ、い、やっ、いやぁ……!」
 窪みにそって執拗に舐めあげられた。何度も何度も伸ばされた舌がそこを行き来する。
 敏感な皮膚は、縦横無尽に動き回る舌の感触を逐一拾い上げる。
 ぬるぬるする熱。ぴちゃぴちゃと卑猥な水音。
 あげた腕をリヴァイががっちりと固定しているから、エレンには感覚を逃がす術はない。
 震えて悶える。ゾクゾクする。気持ちいい。
 滴るほどの唾液にまみれた後で、薄生えごとぢゅっと吸われたときには、エレンの下肢でとぷっと熱が溢れた。
 そこを握ったままのリヴァイが目を細める。
「少し出たな」
「……っはあ、あっ、うう……」
「でもまだ足りないだろう?」
 慣れない快感に溶け、すっかり考える力を失ったエレンは、欲望のままコクンと頷いた。
「可愛い。可愛いな、エレン」
 リヴァイのブルーグレーの瞳がきらりと輝く。
 もうすっかり従順な獲物に満足しているのかもしれない。
 薄く整った彼の唇が唾液でてらてらと濡れているのを目にした時、エレンは逆らうというコマンドを捨て去った。
「こっちも可愛がってやる」
 そう言って彼の舌が伸ばされたのは胸。
 お飾りのようについていた小さな乳首を、まるで美味だと言わんばかりにしゃぶられる。
246: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:41:35.69 d AAS
「んあああっ、あっ、あう、そこっ(笑)」
ビリビリした刺激が下腹を直撃する。
 口腔内でころころ転がされぷっつりと勃ちあがったそこの先端を、舌でこそぐように弄ばれる。
 生まれて初めて体験する感覚。
「……は、あんっ、ああ……せんせ、そこ、や、なに……っ(笑)」
「気持ちいいか? 男の乳首も性感帯だ、覚えとけ(笑)」
「う、んんっ、あっ、あぁ、……もちい……ぃ(笑)」
 じゅるっと吸いあげられた。もっと、というようにエレンの背がびくびくと撓る。
 充血した乳首が薔薇色になるまで堪能される。
 リヴァイはその後で薄い腹をぬらぬらと舐め辿り、臍へも舌を挿し入れた。
「あぅ……は、あ……(笑)」
 腹の内深く。内臓までしゃぶられているような錯覚。皮膚の薄い腹を何度も舐め啜った後で、リヴァイの頭はエレンの下生えへと移動した。
「エレン、まだイクなよ(笑)」
 そう言ったかと思うと、次の瞬間には熱く滑った口腔内へ迎え入れられていた。
「〜〜ッ!(笑)」
 身悶えするほどの快感。
 火傷しそうなほどの熱に包まれ、エレンはあまりの衝撃に呼吸を止める。
(なにこれぇっ!(笑))
 狭くてぎゅうぎゅう圧迫される洞。体験したことのない感触。
 瞼の裏で快感の火花がチカチカと点滅する。
 ずっぽりと咥えこまれていた。
 やわやわと動く彼の唇が、そして舌が、エレンの欲望を丸ごと深く包み込む。
 彼の鼻先が腹に当たっている。それほど深くまで飲み込まれ、エレンは背を弓のように反らせて震えた。
「……アアアアア……!(笑)」
 じゅっ、じゅぽっと水音をたて、彼の口がエレンの勃起を上から下までくまなく愛撫する。
「あっ、あああっ、せんせっ、それっ、あっ、イっちゃう、イっちゃう!(笑)」
 追い上げられるような悦楽に、内股が痙攣する。
 もう出してしまいたい。いますぐにでも白濁を放ってしまいたい。
 なのに、意地悪なリヴァイの指に根元を戒められている。
 堰き止められた熱が、出口を求めて身体の中で荒れ狂う。
「イ、きた、ぁいっ、せんせぇ、ねっ、も、もっ、やだぁ……!(笑)」
 下腹に伏せるリヴァイの後頭部を、左手でぐっと掴んだ。
247: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:41:39.22 d AAS
 けれど彼は動くのを止めてはくれない。痛いほどに嵩を増したペニス。
 その皮膚の張りを楽しむように、何度も何度も幹を舐めあげる。
 そして、幹に走る血管を舌先で執拗に舐め辿る。
 粘る音は彼の唾液なのか、エレンの先走りなのかもう判別はつかない。
 彼の頭が卑猥な上下動をするたびに、綺麗に撫でつけられていた前髪がはらりと落ちてエレンの皮膚を擽る。
 まるで底なし沼だと思うほど奥深くまで飲み込まれて、エレンは自分の腰が浮くような錯覚を覚えた。
 いや、事実浮いていたのかもしれない。痛いほど張った先端が、こつんこつんと行き止まりを突いていたのだから。
 本能の欲求が、エレンのすべてを支配していた。
「うううう、もっ、むりっ、せんせえっ、イキたい! イカせてっ!」
「ん、もう、少し」
 泡立つほどにぐじゅぐじゅとこねくり回され、終いに先端の丸みをざらりとした舌の表面で撫でられたときには腰が砕けてしまうかと思った。
「あああ、んっ、やだっ、むりっ、も、ダメだからぁ!」
「もうちょっと」
 まだ舐めたい、と聞こえてきた時には、エレンの顔はいまにも泣き出しそうに歪められた。
 舐められすぎて、充血したペニスはもう痛いほどだ。
 彼の口の中で揉みくちゃに捏ねまわされ、まるで感電したかのようにビリビリと疼いている。
 気が狂う。このままでは、焦らされすぎて発狂してしまう。
 とろりと蕩けたエレンの瞳には、生理的な涙が溢れた。
「せんせっ、お願いっ、あああ、あんっ、も、うっ、むりぃ……イキたっ、イキたぁいぃ……!」
「ん、む……あともうちょっと……」
 ちゅぽ、と唇を外し、リヴァイはさも楽しそうに薄く笑う。
 その瞳と視線が絡まった瞬間、エレンの中の何かが爆発した。
「う……うえ……え……」
 ぶわっと盛り上がった涙を止める術はなかった。
「えっ、ック……うえ、ええぇぇっ」
 まるで幼児のように、手放しでしゃくりあげる。
「ふえええぇ、んん、や、だぁっ、も、やだって、言ってるのに……ぃ!」
 えっく、ひっくと喉が鳴る。取り繕う余裕もなく、真っ赤な顔で泣きじゃくる。
「もうさきっぽ痛いからぁ……! せんせっ、イキたいぃ……!
248: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:41:54.36 d AAS
 それを見て、リヴァイはさも楽しそうに片眉を跳ね上げた。
「限界か、よくできたな」
 根元を戒めていた指を緩める。反射的にびゅくっと滴が溢れ出す。
 でもまだ足りない。もっと出したい。最後の最後、枯れてしまう一滴まで。
「ああっ」
「イけ、エレン」
 リヴァイはもう、意地悪をしなかった。先端にキスをしながら搾り取るように即物的な動きで扱き上げる。
「ああああっ、クるっ、すごいのっ、クるよぉっ! あああアアアッ……!」
 えも言われぬ絶頂感が身体の中を雷のように駆け抜ける。
 爪先までビリビリと痺れる。ナイアガラの滝へ身を躍らせたような、どこまでも落ちていく浮遊感。
 エレンの放埓は、一滴も余さずにリヴァイの中へ消えて行った。
 残滓ですら惜しいというように啜られ、エレンはビクビクと四肢を震わせながら、恍惚とした顔のまま意識を手放した。

「救急に運び込まれたお前を見て、好みだなと思った」
 数秒か、数分か、数十分か。
 しばらくして意識を取り戻したエレンを確認すると、リヴァイは幾分ホッとした顔を見せた。
 そして悪びれもせず、こんなことをのたまった。
「最初は顔が好みだなと思っただけだったんだが、その後で言葉を交わしたら、ますます俺の好みだと思った」
「はあ……」
「可愛いなと思ったら、もう駄目だった。お前を舐めたくて舐めたくて……」
「……先生ってだいぶキワいんですね」
 呆れる以外の感情が見当たらない。
 ベッドの上から彼を見上げる。涼しい顔をしている医者が、まるで宇宙人のように思えてくる。
(好みだからってあんなことするヤツはそうそういないと思う)
 ついさっきまでの自分の痴態も思い出し、エレンは目元を赤く染めながら唇を尖らせた。
 怪我をして動けなかったとはいえ、ナースコールを押すなどと逃れる手段はあった。
 けれど、途中で理性を押し流され、性欲に負けてしまった自分もはっきりと覚えている。
 気持ち良く抜いてもらった。
 この事実だけを考えれば、リヴァイひとりを糾弾するには後ろめたさが残る。
249: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:41:57.98 d AAS
 行為の最中エレンはこのままここで犯されてしまうのかと思った。
 男同士のあれやこれやを、知識としては知っている。
 そういう話題に事欠かない高校生だ。
 あんなとこ使うセックスなんて無理に決まってる、なんて笑いながら同級生と雑談をしたこともある。
 一生使う予定のなかったそこを開かれてしまうのかもしれないという怯えはあった。リヴァイはそうしなかった。
(なんなんだよ…)
 彼に呆れると同時に、自分にも呆れている。
 目を覚ましたとき、エレンのパジャマはきちんと直されていて、その下の素肌にも違和感は残っていなかった。
 意識を失っている間にきっとリヴァイが始末をし、清拭までしてくれたのだろうと思う。
 この人なら酷いことはしなさそうだ、と最中に思った。
 そもそも、最初の印象が「優しそうなお医者さん」だった。
(ヤバい、なにこれ……)
 頬が火照る。意味がわからない。
 エレンは左の掌で、熱い顔半分をぺちりと覆った。
「せんせ……」
「なんだ」
「先生は……いいの?」
「なにがだ?」
「その……抜かないで……」
 彼の股間をちらりと見やる。男の欲望は身を持って知っているつもりだ。
 自分を気に入ったというのなら、彼にもそういう欲求を向けられても不思議ではない。
「俺だけで、いいの?」
 おずおずとしたエレンの申し出の意味を察し、リヴァイはふっと笑った。
「お前だけでいいって言ったろ」
「でも……」
「気にするな。ああでも、どうしてもお前が気になるって言うなら……」
「言うなら?」
 なんだろう、と鸚鵡返しする毒気のないエレンの顔を見て、リヴァイは目を細める。
「お前の怪我が治ったら、さっきのをもう一回したい」
「っ!」
 うぐ、と喉が詰まる。
 さっきの、と言われて、エレンの頭は反芻してしまった記憶のあれやこれやで沸騰寸前になる。
「あんな……っ!」
「ああ、あんな、だ。俺は死ぬほど楽しかったぞ」
「〜〜っ!」
「エレン、舐めたい」
「せんせっ!」
「舐めさせてくれるよな?」
 リヴァイは赤く艶やかな舌を覗かせ、薄い下唇をゆっくりと擦り舐めて見せる。
「!!」 
 さも満足げに笑むリヴァイの前で、エレンは自分の身体の奥深い場所がジンと痺れるのを自覚した。
250: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:42:13.55 d AAS
続・銭湯へようこそ

by かみやゆすら

「リヴァイさんの腹筋、まじチョコモ○カジャンボだった」
 しみじみとした口調で吐露する男子高校生は、深い溜息を吐いて肩を落とした。
 哀しい訳ではない。悔しい訳でも。
 ただ、人間はあまりに深い感銘を受けると、手放しで喜ぶようなことにはならないのだと、齢十五にして悟ってしまっただけ。
「はあああああ」
 牛乳パックから伸びるストローを浅く咥えたまま、エレンは校舎の屋上から青い夏空をふり仰ぐ。
 そのなめらかな頬は、熟れた林檎のごとく真っ赤に染まっている。アーモンドのような形の良い瞳はうるうるに潤み、まるで恋する乙女のような風情。
 悩ましげな嘆息を何度も繰り返しながら、行き場のない感動に身悶えていた。
「…深刻なんだか笑っていいんだかわからないんだけど」
 持参した弁当をつつきながら、向かい合うアルミンが苦笑する。
 幼馴染とのランチタイム。屋上の一角を三人で陣取り昼食を取るのがエレンたちの恒例となっていた。
 この高校には冷房設備がない。熱気の籠もる教室にいるより屋上にある大きな時計塔の下で日陰に入り、風に吹かれている方が断然涼しい。
 グラウンドからは野球部が練習している声。吹奏楽部が練習するヘタクソな楽器の音も聞こえてくる。
 夏休み真っ最中のいま夏期講習に参加しなくてはいけない鬱屈もあるにはあったが、それよりもエレンは「理想の肉体」に出会った感動をいまだ引き摺っていた。
 母の作ってくれた弁当を前にしながら、今日何度目かの溜息を吐く。
 エレンの事情をよく呑み込めていないアルミンは小首を傾げつつ苦笑している。
 そしてもう一人の幼馴染ミカサは、仁王もかくやという憤怒の表情のまま、漆黒のオーラを撒き散らしながら静かに特製タマゴササミサンドをもっしゃもっしゃと咀嚼していた。
「そんなにすごかったの、リヴァイさんて人の筋肉?」
「ああ。アルミンもあの腹筋を目にすればわかる。すげえものに出会っちまったんだ、俺は。あんな理想的な人間が存在するなんて、夢にも思わなかった」
 すごい、とんでもない、信じられない、とひたすらうわ言のように繰り返すエレンを、アルミンは珍しいものを見るといった表情で眺めていた。
 筋肉フェチではないアルミンには、理解しがたい世界である。
251: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:42:17.08 d AAS
「チョコモ○カジャンボって、表面ボッコボコじゃない。そんな人間、本当にいる?」
「いるよ! アルミン、いるんだよ!」
 見せてやりてえ! と拳を握ったすぐ後に、いやでも迂闊に見せるのはもったいない! と、まるで宝物を独り占めしたい幼児のような台詞を放つ。
 くねくねと身悶えしたかと思うとまたも空を仰ぎ、悩ましい溜息を吐く。いまどき小学生でも、こんなにわかりやすい憧憬の表し方はないのではないか。
 しかし残念なことに、エレンが大好きなリヴァイさんのチョコモ○カジャンボとやらは、アルミンに対してはまったくもって無価値だった。
「いや、いいよ。別に見たくないし」
「俺もさあ! 最初は信じられなかった!」
 差し込まれたアルミンの冷静な感想は黙殺された。完全に無視である。
「ちょ、エレン……」
「信じられなかったけど、俺はこの目で見たんだ!」
 すっかりリヴァイの肉体に魅了されているエレンの勢いは止まらない。
 呆れる友人をよそ目に、その思考は理想の筋肉への賛辞で埋め尽くされていた。オーバーなくらいの身振り手振りを交えて、その感動をなんとか伝えようとする。
「アルミンは見たことないだろ。完璧なバランスの人間を!」
「は? え……っと……」
「大体、筋肉ってものは動いてるうちについてくるってのが理想なんだよ。一部分だけ無理矢理バルクアップして、不自然に強調したりするもんじゃない。スポーツや力仕事で自然と培われた肉体! これこそが本来の筋肉の在るべき姿だと、俺は思う!」
 エレンの熱弁に、アルミンはよくあるボディビルダーの姿を思い浮かべた。曰く、リヴァイさんとやらの肉体は、そういうものたちとは種類が違うらしい。
 幼馴染の筋肉マニアっぷりはよく知っているつもりだったが、その中にも好みというものがあるとは想像したこともなかった。
 新しい発見をした、という意味で「へえ」と感嘆の声を漏らすと、なにを勘違いしたのか友人は語りの熱量を上げた。うっかり火に油を注いでしまったのだ。
252: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:42:32.51 d AAS
「そういう意味で、俺はリヴァイさんの肉体は最高だと思う。まず無駄がない。主張しすぎない大胸筋も理想的だし、三角筋から上腕二頭筋の流れの美しさも文句なしだ。それから僧帽筋と広背筋の繋がり方と言ったらもう……!
 ほら美術室にあんだろ。デッサンに使う真っ白い石膏像。ああいう芸術的な美しさがあるっていうかさ、ほんとに全体が完璧なバランスなんだよ!」
 立て板に水のごとく、すらすらと賛美の言葉が流れ出る。
 エレンの美術の成績を知っているアルミンは、その口から「美しい」という単語が出たことにまず驚いた。
「はあ……そうなんだ……」
「そう! そうなんだよ! わかってもらえるか、アルミン!」
「う、うん、……多分」
 迫る勢いに気圧されながらもかろうじて笑顔で答えたが、多少引き攣っていたのはご愛嬌。心許ない返答にもエレンが満足気な顔をしてくれたのだから、ここはそれでよしとしよう。
 アルミンは大人しくこの話を聞くことが一番早く解放される道なのだと、直感的に悟っていた。触らぬ神になんとやらだ。
「俺が見たリヴァイさんの身体ってのは、そういうものなんだ。いままで見てた筋肉が農薬バリバリで品種改良された野菜だとしたら、リヴァイさんは自然なままのものってことだ。わかるだろ!」
「へ、へえ、そっか」
「それにあの人の腹直筋ときたらさあ! ガチガチに硬いだけじゃない。柔軟さも兼ね備えてんだよ。マジすげえ!」
「柔軟って……エレン、もしかして触ったの?」
「柔らかさなんて触ってみなきゃわからない。なら、触ったってこと? エレンのその指で、どこのだれかもわからないオッサンの汚い腹を直接触ったってこと?」
「ミカサ、お前なんてこと言うんだ! 汚くねえよ! リヴァイさんの腹筋は綺麗だよ!」
「いいえ、汚い。絶対。そうに決まってる」
「風呂入った後だったし、汚くなんかない! そんでリヴァイさんのことを悪く言うな! 俺、誘惑に負けてついガン見しちゃったのに、あの人『気にするな』って許してくれたんだぞ!」
 覗いたんだ、という嘆息混じりの感想は、アルミンの胸の内だけに消えた。
「それに、そんなに筋肉好きならって、触らせてまでくれる優しい人なんだ。あの時の腹筋の感触、マジ神がかってた」
「……ちょろイェーガー」
 ボソッと漏れたアルミンの本音を、ミカサは黙殺した。
253: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:42:36.17 d AAS
「腹筋なんて、私だってついた。エレン、そんな汚い男の腹よりも、こっちのトレーニングの成果を見て」
 セーラー服の裾を躊躇なく捲り上げようとするミカサを慌てて制止するのは、必然的にアルミンの役目になる。
「ちょっと! 落ち着いて、ミカサ!」
「止めないでアルミン。エレンの目を覚まさせないと」
 ギャーギャー言い合うふたりをよそに、エレンはその場ですっくと立ち上がる。
「ミカサの腹筋がすごいのは俺も知ってる。でもな、あの人は腹筋だけじゃねえんだよ。大胸筋も上腕二頭筋も、それに……だ、だ、大臀筋も……!」
 言っちゃった、恥ずかしい、と顔を両手で覆う。
 赤らめた頬を確認するやいなや、ミカサがもう我慢ならんと立ち上がり、飲みかけの牛乳パックをぐしゃりと踏み潰した。
「ダメ、絶対。エレンはそのチビともう会ってはダメ。二度と。永久に。金輪際。銭湯のバイトも辞めるべき。すぐに。いますぐ。たったいま」
 エレンが言い難いなら私が言う、とポケットから携帯を取り出し、いまにもハンネスにコールせんばかりの勢いを見せる。
「バカ! やめろ、ミカサ!」
「エレンに悪い虫がつく前に、打てるべき手はすべて打つ」
「はあ?! なに言ってるのかわかんねえよ! とにかくやめろ! リヴァイさんは虫なんかじゃねえ!」
「エレン、あなたは筋肉に弱い。弱すぎる。精神的な意味でも、物理的な意味でも」
「物理ってなんだよ」
「細すぎるってこと」
「はあっ!?」
「もしも、その汚い中年腹筋男があなたに邪な気持ちを抱いていたとしても、あなたは自分の力では逃げられない。いいえ、むしろ仮説なんかじゃない。
もうすでにそのオッサンはエレンをそういう目で見ていると考えるべき。そうでもなければ、自分の腹筋をわざわざ触っていいなんて言う人間はいないと思う」
 アルミンは胸の中で、「ごもっとも」と頷く。
「邪な腹筋男にあなたが捕らわれたとして、抵抗して勝てると思う? 押さえつけられたりした時に、腕力で敵う? 無理でしょ。負けるに決まってる。だから弱いと言った。私は間違ってない。絶対に」
254: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:42:52.05 d AAS
 だってあなたは、私にも勝てないから。
 涼しい顔でそう続けたミカサを見つめ返し、エレンはぐぬぬと口をへの字に曲げた。
 言い返せなかったのだ。
 実際、格闘技を始めてからのミカサは強い。
 並みいる同年代の男性陣も、もうミカサには勝てないほど強い。
 何度も試合を応援しに行ったのだから、エレンもそれはよくわかっている。だからミカサの言うこともよく理解できる。
しかし理解できるからこそ、とてつもなく悔しかった。
 自分のことを弱いと言われたことだけではない。リヴァイという人間をそんな風に言われたことが、心底悔しかった。
 あの人はそんなんじゃない。そんな風にこき下ろされていい人じゃない。
 ふつふつと負けん気が湧きあがる。
「クッソ! 見てろよ! 俺が強くなりゃいいんだろ?! お前にもリヴァイさんにも負けないくらい鍛えれば文句ないんだろ?! なら、強くなったうえで証明してやるよ。リヴァイさんはいい人だって!」
 覚えとけ! と、まるで某新喜劇のチンピラのような台詞を残し、エレンは肩を怒らせて屋上から走り去った。
 熱情の滾りにまかせて突っ走ってしまったことで弁当の残骸を残したままにしてしまい、代わりに片付けさせられたアルミンに小言と拳骨ひとつ食らうというオマケつきの昼下がりになった。

「リヴァイさん、お願いがあります!!」
 男湯の暖簾をくぐった顔を見るや否や、エレンは座っていた番台から声を張り上げた。
「は?」
 風呂屋に足を踏み入れた瞬間名前を叫ばれた男の方は、驚いたようにぴたりと動きを止める。
 脱衣所にいた他の客たちも、何ごとかと入口を注視する。
 皆エレンの顔は知っているので、またあの元気な坊主がなにかやらかし始めるらしい、と興味津々の顔つきである。
「いらっしゃいませ、お待ちしてました! どうぞどうぞ、今日もゆっくり風呂入ってってください! でもその前にお願いがあります!」
255: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:42:55.88 d AAS
 いそいそと番台から降りたエレンは土間で固まったままの男の前に立ち、きっちり腰を九十度に曲げて頭を下げた。
(断られて元々だ)
 その覚悟を胸に、今日一日考え続けてきたことを口にする。
「俺に筋トレつけてください!!」
 言った。言ってやった。人知れぬ達成感に胸がすく。
 そんな清々しい気持ちを味わうエレンとは対照的に、困惑を浮かべる男がひとり。
「……はあ?」
 暖簾をひらりと押し上げた手もそのままに、リヴァイは形の良い唇から気の抜けた声を漏らした。
「なんだって?」
「俺に! 筋トレ! つけてください!」
 勢い込んで言ってしまったから、聞き漏らされたのかもしれない。
 そう思ったからもう一度ゆっくり区切って一語ずつ繰り返したのだが、リヴァイはますます訝しげな顔をした。
「ちょっと待て、言ってることはわかる。いや、日本語はわかるって意味だ。が、内容がさっぱりわからん」
「俺、リヴァイさんみたいな身体になりたいんです! いますぐ! で、腕っぷしも強くなりたくて! 無理なお願いだとわかってますが、そこをなんとかお願いします!」
 再度の最敬礼。
 断られては話にならないと、切実に懇願する。
(理想の肉体を持つリヴァイさんにこそ、指導してもらわねえと!)
 ミカサに対する一方的な宣言の後、エレンは考えに考えた。
 自身の肉体を鍛えあげるために必要なのは、なによりもまず適切な指導を受けることであると。
 細いと酷評された己の身体を一から作り直すためには、自己流なんかでちんたらやっている場合ではない。
 そして一番に思いついた指導者こそ、他でもないリヴァイ本人だったのだ。
256: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:43:11.59 d AAS
「どうしても! お願いします!」
 完全に体育会系のノリで声を張り上げる。
 しかして勢いだけは一人前だが、いろんなことをすっ飛ばしている。
 案の定、面食らったリヴァイは困惑したように目を眇めた。
「おいおいおい、ちょっと落ち着け。説明になってない」
 深々と下げられた頭の天辺をぺちりと叩く。
 そして土間から一段あがると、ポケットを探り小銭をエレンに握らせた。
「ほら、まず入浴代」
「あ、こりゃ毎度どうも」
「で、なんだって? 鍛えたいだ?」
「はい! ぜひリヴァイさんに指導してもらいたくて!」
 脱衣所へ移動する間もリヴァイの後ろをぴったりと追い、きゃんきゃんとそればかり繰り返す。強くなりたい、もっと鍛えたいと訴える姿はまるで仔犬のようである。
 リヴァイ以外の入浴客たちは早々に状況を察し「エレンの筋肉好きがまた始まった」と苦笑した。
「俺、どうしても見返したいヤツがいるんです。だからそいつより強くなりたいんです」
「ほう。しかしお前、それなりにトレーニングしてるって言ってたじゃないか。それじゃ駄目なのか」
「駄目なんです! そいつキックボクシングやってて、俺なんかよりもよっぽどできあがった身体してるから、ちょっとやそっとじゃ追いつけない! お願いします! 俺の理想の肉体であるリヴァイさんならきっと、効果的なトレーニング指導してくれると思ったんです!」
 必死に訴えるエレンの話を聞いていたリヴァイは、そのうちひとつフム、と頷いた。
「なんだかよくわからんが、とりあえずお前の要望はわかった。だがな、俺はまず風呂に入りたい。お前もまだバイト中だろ」
 脱衣所の籐かごに持参してきたタオルを引っかけ、リヴァイはそのままシャツの裾に手をかける。
 いまにも上半身のシャツを脱いでしまいそうに見えた。
 それを見て、エレンの頭も幾分冷える。
 入浴の邪魔をしてはならないと、雀の涙ほど残っていた番台としての理性が働いた。
「あ、はい。そうでした。すみません」
「営業終了後にもう少し詳しい話を聞かせてくれ。時間あるか?」
「はい、そりゃもう! よろしくお願いします!」
 一刀両断に断られなかった。彼がお願いを聞いてくれる可能性はまだ残されている。それだけでもエレンの胸は躍る。
257: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:43:15.26 d AAS
 営業終了まであと一時間ほど。
 時計の長針が一回りするのを、エレンはそわそわしながら待った。
 あまりに待ちきれず、リヴァイの衣類が残された籐かごの前を無駄にうろうろする。
 その光景は他の常連客たちに、「エレンに飼い主ができたらしい」と思わせるには十分な仔犬っぷりであったという。

 暗い夜道をふたり並んでそぞろ歩く。
 下町の住宅街だ。
 夜十時を過ぎれば人通りもほとんどなく、町内の道は時折横切る猫くらいにしか出会わない。
 風呂上りのリヴァイと並んで、エレンは自宅方面へと向かっていた。「家まで送るから、その間に話をしよう」と彼が提案してくれたからだ。
 高校生である自分へ配慮してくれたリヴァイが、ますます慕わしく思える。そして憧れの人とふたりきりで話ができるというシチュエーションにも単純に喜んでいた。
「で、エレン。鍛えたいとか言ってたが本気か?」
 リヴァイは面白がるような顔をしていた。さっきの訴えを、まだそれほど真剣に受け止めていないのかもしれない。
「本気ですよ。本気じゃなかったらこんなこと頼まないです。俺、マジで鍛えたいんです」
 決意を込めた瞳でリヴァイを見る。彼はそれに感心したようにふむと頷いた。
「ほう、悪くない」
「マジでお願いします。リヴァイさん、前にアドバイスくれたじゃないですか。俺の腹筋の仕方とか。そういうのでいいんで、効果的な筋トレ教えてください。サボらずちゃんとやりますから」
「サボらずやるのは当たり前だが……、アドバイスだけでいいのか? それだけでお前は一人でこなしていけるのか?」
 畳みかけるように言われ、ウッと言葉に詰まる。
「や、ります」
 多分、と続けそうになった弱い心を叱咤し、エレンはぐっと顎を引いた。
(やるんだ。やらなくちゃ勝てない。なんとか結果を出してミカサを見返してやらないと、このままじゃリヴァイさんの名誉も守れない!)
 自分が弱いと言われたことは事実だから仕方ないとしても、こんなに優しいリヴァイを誤解されたままというのはどうしても納得がいかなかった。
 ぐっと握り締めた拳に気づいたのか気づかなかったのか、リヴァイはしばらく考え込むように沈黙した。
 そして次の角を曲がればエレンの家が見える、というところまで来て、「提案だが」と口を開いた。
258: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:43:30.32 d AAS
「最初だけ、俺と一緒にトレーニングするってのはどうだ。やり方さえ覚えちまえばあとはひとりでもできるだろう。だが、最初に間違った方法を覚えるのだけはまずい。その後に続くものの意味がなくなっちまうからな」
 願ってもない申し出である。一も二もなく飛びつく。
「お願いします! てか、いいんですか?! ほんとに?!」
「ああ、そのくらいなら俺にも協力できる。自宅にいくつかマシンもある。それでよければ使うといい」
「自宅にマシン!? なんだそれすげえ! いつ行けばいいですか! 明日ですか!」
「別にすげくはねえが……、お前本当にいいのか、それで」
 こちらの勢いに押されたのか、リヴァイは呆れたように片眉を跳ね上げた。
「いいのかって、なにがですか?」
 あ、明日はまずかったですか、と続けると、彼は苦虫でも噛み潰したような顔をした。
「危なっかしいってよく言われないか、お前」
「はあ?」
 いったいなんのことを話しているのか見当がつかなくて首を捻ると、リヴァイは小さく嘆息してそれ以上を言葉にすることはなかった。
「まあいい。次の土曜にでも来い」
 そう言って携帯を取り出し、アドレスを交換した。
 この番号の先で彼と繋がれるのだと思うと、エレンの心は軽やかに踊る。
(リヴァイさんが直接稽古つけてくれる! やった!)
 喜びで頭がいっぱいになる。
「よろしくお願いします!」
 嬉しさを込めて叫ぶ。気合を入れ過ぎたエレンの声は夜の街に響き渡り、ご近所さん数軒の電燈が灯ったとか灯らなかったとか。

 かくして土曜。
 リヴァイの自宅マンションへ招かれたエレンは、玄関で開口一番「つまらないものですが!」と叫んだ。
 エレンが両手で捧げ持つのはメロン。白い紙箱に入った、少々お高いやつだ。
「なんだこれは」
「メロンです!」
「いや、メロンはわかる。箱にそう書いてある。そうじゃなくて、なんでこんなもん…」
 困惑するリヴァイにメロンをぐいと押しつけ、エレンは深々と頭を下げた。
「近所の八百屋のおっちゃんに、一番甘そうなやつ選んでもらいました! 今日はご指導よろしくお願いします!」
「は? あ、ああ……それはいいが……」
「これはほんの気持ちです! あ、ちゃんとシガンシナ湯でバイトした給料で買いましたから、気兼ねなさらずに!」
259: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:43:34.04 d AAS
 どうぞ、どうぞ、と勢いよく言うエレンに押され、リヴァイはメロンとエレンを一緒に招き入れることとなった。
 シガンシナ湯から徒歩五分に位置する真新しいマンションの一室。
 リヴァイの自宅は2LDKで、エレンの家と比べると飾り気のないシンプルなインテリアだった。
 それがとても新鮮で、「大人の男の部屋って感じだな」とついそわそわしてしまう。
 リビングダイニングと寝室、そしてもう一部屋がマシン専用の筋トレルーム。わざわざ床や壁を補強して設置したと聞いた時には、贅沢ですね、とエレンは感嘆の声をあげた。
「贅沢かと言われたらそうかもしれんが、独身で他にはこれといった趣味もないおっさんだからな。まあこのくらいはできる」
 案内された筋トレルームの扉を開けるや否や、エレンは驚いて叫んだ。
 八畳ほどの部屋にマシンが数台並んでいた。まるでどこかのスポーツジムと錯覚するほど本格的だ。
 シットアップベンチ、フィットネスバイク、床に転がっているのはダンベル。角柱の骨組みにラックやベンチが装備してあるマシンの名前はわからないが、バーベルシャフトに大きなプレートが設置してあるからにはベンチプレスを行えるものに違いない。
 個人宅にある設備としては夢のような豪華さで、エレンはアーモンドのように大きな瞳を零れんばかりに見開いて興奮した。
「やべえ! すげえ! かっけえ!」
「……落ち着け」
「落ち着いてられませんよ!すごい! これでリヴァイさんのあの肉体が作られてるのかと思うと、俺!もう…!」
 言葉にならない感激を、小刻みに震えて表す。
 気持ちを素直に体現するエレンを、リヴァイがますます好ましく思っているとは露ほども想像していない。
「リヴァイさん、どれから使うんですか?」
「どれ、じゃねえよ。最初からマシンなんぞ使わせるか。まずは柔軟だ、柔軟」
「へ?」
 部屋にあるマシンには目もくれず、リヴァイは細長いヨガマットをフローリングの床へ敷いた。
「ストレッチすっ飛ばして筋トレなんかやってみろ、早々に怪我をする。ストレッチで身体を解したら、次は身体を温めるためのウォーミングアップとしてジョギングや縄跳びだ」
「へえ」
「今日は基礎中の基礎からやるぞ。お前のペラい身体を見る限り、先は長そうだ。せっかくやるからにはそれなりの効果があるように教えてやる」
260: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:43:49.11 d AAS
 リヴァイが本気で指導してくれようとしている。
 それがひしひしと伝わり、エレンは背筋をびしりと正した。
「はい! よろしくお願いします!」
 己の体力の限界を知る土曜は、こうして幕を開けた。
 すっかり床に伸びたエレンに、「今日はここまでだ」とリヴァイが告げたのが午後四時。トレーニングを初めて約二時間後のことである。
「はあっ、はあっ、はあ……っ!」
 まだまだ息の荒いエレンとは対照的に涼しい顔をしたリヴァイは、汗だくになったエレンの頭をポンと撫で、「よく頑張った」と労ってくれた。
「初日にしちゃやれた方だ。お前、ガッツあるな」
「はあっ、はあっ、ありっ、が、とうっ、……ざまっ」
 大の字に寝転がったまま、指一本も動かせない。それほどみっちりとしたトレーニング指導を受け、エレンはいま充実感を味わっていた。
(すっげえ辛かったけど、すっげえ楽しかった!)
 身体はあちこち痛むが心は弾んでいる。
 宣言通りストレッチから始まったメニューは、まず軽いウォーキングをこなし、息が上がるほどの縄跳びを経て、柔軟体操へ移行していった。「まだ若いくせに案外硬いな」などと言われながら、これまで意識したこともなかったような関節をぐいぐい刺激されて悲鳴をあげた。
 筋肉の作りや繋がりを説明されながら受けるトレーニングはとてもわかりやすく、そのすべてをいちいちメモに控えることも忘れなかった。
(しっかり覚えて忘れないようにしねえと!)
 手取り足取り教えてもらえるのはいまのうちだけ。
 リヴァイもそう言っていた。
 覚えられるだけ吸収して、文字通りしっかりと身に着けていきたい。
 熱心に受けた基礎メニューレッスンがみっちり二時間。
 着ていたTシャツはすっかり汗にまみれ、濡れそぼっている。
 疲れ果ててはいるが、充実感が凄まじい。
 やりきったという達成感とともに、リヴァイからの思わぬご褒美を受け取ることができたからだ。
(あ〜、やっぱリヴァイさんの身体ハンパなかった……)
 トレーニングの終盤、自宅でもできる腹筋運動について指導を受けていたときだ。
 リヴァイは唐突にトレーニングウェアを脱ぎ捨てた。
 上半身裸となってエレンの前で動きの見本を見せてくれたのだ。
261: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:43:52.65 d AAS
「この運動によってどこの筋肉が動いてるのか、しっかり確かめておけ」
 裸体となった自分の身体を一部分ずつ指し示しながら、身体を動かして見せた。
「ただ闇雲に動いてるだけじゃもったいねえ。必ず頭も使え。その運動がどこの筋肉のどの部分に作用しているのか、そこを意識しながら動くことは重要だ」
「はい!」
「たとえば腹直筋。一概に腹筋と言っても範囲は広い。肋骨の真ん中あたりに始まり、終点は恥骨まである」
 そう言いながら自分の胸の真ん中あたりから臍の下までを指ですすっと撫で下ろす。
 エレンがチョコモナ○ジャンボと表現した八つの隆起。その真ん中を彼の指が通る。
(リヴァイさんの腹筋リヴァイさんの腹筋リヴァイさんの腹筋…)
 その完成された肉体を見て、思わず生唾を飲み込んだエレンはまったくもって正直な人間であると言わざるを得ない。
「いいか、エレン。腹筋てのはな、上の方では呼吸に働き、下の方では腹圧に係わる」
「へえ」
「まず自宅でクランチをやる場合、手伝ってくれる人間がいなければシットアップは無理だろ?」
「あ、はい。足首を押さえててもらうやつですね」
 一般的な腹筋運動をイメージする。
「そうだ。だからひとりでやる場合はこういうやり方が有効になる」
 そう言ってリヴァイは床にあおむけになり、膝下だけを低めのベンチの上へ乗せた。
「両手は腹の上でも頭の下でもいい。まずはこの状態で、自分の腹を覗き込むように身体を丸める」
「丸める」
「間違っても上体をがっつり起こそうとするなよ。顎や首から動かし始めるのもNGだ。ゆっくり息を吐きながら自分の腹直筋を丸めるように刺激する。これが正しい基本のクランチだ」
 そう言いながら、エレンの目の前で実践して見せる。
 それは確かに彼の言う通り上体を丸める運動。
 けして派手な動きではないのに負荷がかかるたびリヴァイの腹直筋がぐぐっと収縮して盛り上がる。
 確実にそこへ効いているのだということが目で見て理解できエレンは感嘆の溜息を吐いた。
「丸められる限界まで来たら、そこで息を吐ききって体制をキープする。身体を戻す時は息を吸いながら、なるべくゆっくりやるといい。
それから繰り返す場合は背中を床にべったりとくっつけるなよ。自分で決めたセット数をこなすまで、床すれすれで浮いた状態にしておけ」
262: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:44:08.23 d AAS
「エレン……」
「俺、いまだからほんとのこと言いますけど、幼馴染にリヴァイさんのこと悪く言われて悔しかったんです。だから見返してやろうと思って、俺も鍛えたかったんだ。なのに、そのリヴァイさん本人からそんなこと言われると……」
 ぐっと唇を噛んだ。
 なにをそのくらいのことで、と笑われるかもしれない。
 けれどエレンは本気で悔しかった。
 自分が好きになった人のことを、たとえ本人であろうとも卑下するようなことを言ってほしくなかった。
「リヴァイさんはすげえ人だって、俺は思ってます」
 真っ直ぐ見つめる。
 床にへたばったままで格好がつかなかったけれど、それでも気持ちを伝えたい一心で真っ直ぐに彼の目を見あげる。
「こんな風呂屋のバイトにも優しくしてくれるし、一円の得にもならねえのにこうやって筋トレ教えてもくれるし、面倒見がよくて真面目でカッコイイ人です。俺の……俺の憧れの人だから……リヴァイさんは」
 自信をもって欲しかった。
 誰かわからない他人に評価されなくても、自分はこんなに慕っているということを知って欲しかった。
 リヴァイは虚をつかれたかのように、しばし無言でこちらを見返していたが、しばらくしてふっと頬を緩めた。
「まいった」
「へ?」
「お前に言われると、俺みたいなおっさんにもそれなりの価値があるかのように思えてくる。不思議だな」
「だから! リヴァイさんに価値がないなんてそんなことねえって言ってるのに!」
 聞いてました? と唇を尖らせる。不服だ、と顔で表すと今度は声を漏らして笑われた。
「はは、エレン。お前すげえな」
「え?」
「勘違いしちまいそうだ」
「え……?」
 なんのことかと聞き返す前に、リヴァイはすっと立ち上がる。
「そろそろお前の持って来たメロンが冷えてるころだぞ。食うか?」
「あっ、はい。でもあれはリヴァイさんにお土産で……」
「一人暮らしのおっさんがあんなもん丸々一個消費できるか。半分に割って真ん中にバニラアイス入れてやる。食ってけ」
「っ、はい!」
 慌てて身を起こし、部屋を出る彼を追いかけた。
 リヴァイの背中が、なんとなく嬉しそうに見えた。
263: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:44:12.27 d AAS
 そう思いついてしまったら、急に気持ちがそわそわ浮足立つ。
 今晩、彼が銭湯にやってきたらチラシを見せよう。
 もし風呂に来なかったならメールすればいい。
 予定を聞いて、一緒にどうかと誘ってみる。そして彼が、
「いいぞ、付き合ってやる」
 と応えてくれたら――。
 そこまで想像して、エレンは突然耳の辺りがカーッと熱くなるのを感じた。
 首筋から頬、耳にかけてじわりと熱を持つ。
「なんだ、これ」
 頭の中で彼の答えを想像しただけだ。いつもの彼の声で。彼の口調で。
 なのに、なぜだか突然羞恥心が湧きあがった。
 おかしいな、あっ残暑ってやつか、あはは、と独り言ちて手のひらで顔をパタパタと仰ぐ。
 身の置き所がなくて咄嗟に壁時計を見る。
 午後四時。風呂は開いているが、客はまだ常連のじいさんたちだけだ。
「あ、い、いまのうちに飲み物の補充しとくか……」
 そそくさと在庫の箱を手に取る。
 十分後、どう見ても内容の偏ったドリンクケースが完成していた。
 スポーツドリンクがやたら多く見えるのは、きっと気のせいに違いない。

 異種格闘技フェスティバルとやらは、シガンシナにある公立体育館を貸し切って行われた。
 近所にあるジムやら道場やらが何軒も集まり、夏休み最後のお祭り騒ぎとしてこのイベントを企画したらしい。
 体育館内では試合が行われているが、体育館の外では本物の夏祭りさながらに出店が並び賑わっていた。
 親子連れも多い。輪投げやスーパーボール掬いの店の前には、小さいながら列もできている。
 イベントのタイトルにそぐわない、かなり長閑な雰囲気だ。
「リヴァイさん、腹減りませんか? 牛串売ってますよ」
 隣に歩く男の服をちょいと引っ張り、エレンは出店の方を指差した。
「あっ、チョコバナナもある! あっちは焼きそば。やべえ、いい匂い」
 体育館の入口へ辿り着くまでに、何度となくエレンが足を止める。
 必要以上にきょろきょろしてしまうのは、リヴァイとふたりきりなのが妙に落ち着かないからだ。
「食い物は後だ。先に観戦席に収まらねえと、お前の知り合いの試合も終わっちまうぞ」
「そうなんですけど」
 つい、と頭を掻いて笑う。
 リヴァイも釣られたように頬を緩めた。
 きっと呆れているに違いない。
264: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:44:27.91 d AAS
 毎週土曜日は筋トレの日。
 面倒見のいいリヴァイは、結局毎週末ごとにエレンを自宅に招いてくれた。
 そのたびに新しいトレーニングを教えてくれたり、一緒になって身体を動かしてくれる。
 一人黙々とするトレーニングよりも、ふたりでメニューをこなす方が楽しい。
 それに気づいてからは、エレンも毎週土曜を心待ちにするようになっていた。
 すっかりそれが定着した頃。シガンシナ湯でのバイト中、ミカサに一枚のチラシを渡された。
「異種格闘技フェスティバル・イン・シガンシナ…?」
 躍動感のあるフォントでイベントタイトルが打たれている。
 試合での対決を煽るように、いかにもな赤い炎の演出つきだ。
 小首を傾げると、ミカサは気のせいか頬をうっすらと染めて「エレンに観に来てほしい」と言った。
「え、お前が出んの?」
「うん。ジムで出場選手を選んで、その中のひとりに入った」
 まるで学園祭の芝居でヒロインに抜擢されたような、そんな恥じ入った顔をしながら、ミカサはモジモジと頷いた。
「へえ、すげえじゃん」
「面白い組み合わせの試合も多い。きっとエレンも観て楽しい」
「ふうん?」
「私だけじゃない。エレンが気に入ってたキックボクシングの先生も出る。だから、良かったら…」
 言われて思い出した。ミカサの通う道場に見学に行った時、好みの体つきをしたトレーナーがいたことを。
 いまの自分はリヴァイ以外の筋肉に興味がない状態が続いているため、そんなことはすっかり忘れていたのだが。
「ああ、あの人か」
「そう。土曜だからちょうどいい」
「は?なにがちょうどいいんだ?」
「チビとの予定が潰せ、いや、週末の昼間だから。シガンシナ湯のバイトの邪魔にもならないかと思って」
「そっか、うん。じゃあ行ってみる、かな」
 エレンが来てくれるなら十倍頑張る、と拳を握り、心なしか弾んだ足取りで女湯の掃除へ戻っていった。
 その背中を見送りながら、ふうんとチラシの日付を確認する。確かに土曜日だ。
(リヴァイさん、格闘技が趣味って言ってたけど、こういうのも好きかな)
 いつもなら土曜は彼とトレーニングをする日。
 嫌いでなければ誘ってみてはどうか。もしも彼がOKしてくれたら、一緒に出掛けられるのではないか。
265: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:44:32.73 d AAS
 勇気を出して格闘技イベントへ誘った日、なんと風呂屋の暖簾をくぐったリヴァイも同じイベントのチラシを手にしていた。
 彼曰く、出場するジムの友人から回って来たらしい。
 エレンを誘ってみようと思っていた、と言われ、またもムズムズするような落ち着かなさを味わった。
 同じチラシを突き合わせ、番台横でふたり一緒に噴き出す。
 気が合うというのかなんというのか、まさしくグッドタイミングだったと言わざるを得ない。
 かくして待ち合わせた当日。
 予定としては試合を観戦した後でリヴァイの自宅へ行き短いトレーニングに勤しむことになっている。
 最近ではエレンもそれなりにスタミナがついてきた。リヴァイのペースにも食らいついていけるようになってきたし、トレーニング負荷も最初より少しずつ大きくしている。
 結果的なことを言えば、まだリヴァイほどの肉体ができあがるには程遠いのだが、それでも初心者から初級くらいにはクラスアップできたと思う。
(このまま続けて、計画通りペライ身体とおさらばだ!)
 夢の実現まであと少し。
 隣を歩く男をちらと見る。目標としているのは他ならぬ彼。
 出店にはあまり興味のなさそうな顔で、ゆったりと会場入り口へ向かい歩いている。黒い半袖Tシャツから伸びる、恐ろしく整った腕が眩しく見えた。
(前腕筋までバランスがいいってリヴァイさんマジ神がかってる)
 逞しい上腕二頭筋はもちろんのこと、鍛える人間が多くない前腕までが男らしいバランスで伸びている。筋の流れがわかるラインがあまりに理想的で、エレンは「半袖の夏、万歳」と心の中で涙ながらにサムズアップした。
「空いてる席を探せ」
「はい!」
 会場内はそこそこ混みあっていた。階段状になっている観客席の約七割が埋まっている。
 ふたり並んで落ち着ける場所を探し、エレンは早々に陣取った。
 会場の中央にはリング。約六メートル四方の四角いマットの隅にはコーナーマット。
 そこへ四本のロープが渡され、かなり本格的な闘技場が作られている。
 小さな子ども同士の試合から始まり、出場者の年齢がだんだん上がって行くプログラムになっているらしい。
 中学生同士の試合が終わり、次は高校生の出番となる。
「あっミカサ!」
 リングサイドで上着を脱ぎ去った選手の顔を見て、エレンは思わず声をあげた。
266: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:44:49.14 d AAS
 ジムの名前が入ったユニフォームに着替え、もういつでも戦いに臨めると言わんばかりの闘志を見せている。
 コールがかかればリングへあがり、試合開始となるのだろう。
 対して、試合相手としてリングに上がろうとしている選手は、女子ながらも上背がありかなり強そうに見える。
 ミカサが負けるわけがないとわかってはいても、思わず声援が口をついた。
「頑張れ、ミカサ!」
 広い体育館にいる大勢の観衆の中から、たったひとつの声が届いたとは思えないが、ミカサは二、三度首を巡らせると、視線をぴったりとこちらへ合わせた。
 バンテージを巻いた白い手をひらりと振って、心なしか嬉しそうな顔を見せる。
 が、次の瞬間、ミカサの顔は鬼の形相に変わった。
「えっ?」
 剣呑。不穏。物騒。そういう言葉がぴったり当てはまるような、凄まじく険しい表情。
 幼馴染の自分であっても、これまで見たことのないような顔だ。
(なんだ?)
 一瞬で様変わりした理由に思い当たる節がない。えっと、と困惑したまま隣の男に視線をやると。
「ひっ?!」
 こちらも負けてはいなかった。これまでに見たことのないような深い縦筋を眉間に寄せたリヴァイが、腕組みをして前方を睨みつけていた。
 ふたりとも、いまの一瞬にいったい何があったのか。
「ど、ど、どうしたん、ですか?」
「エレン、お前をこの試合に誘った友人というのはあの女か」
「えっ? え、はい、そうですけど……」
「ミカサ・アッカ―マン……、間違いないな?」
「は、はい……」
「なるほど」
 リヴァイの口からミカサのフルネームが出たことに驚く。
 えっと、お知り合いで?と続けたエレンの手のひらを、リヴァイは唐突に握り締めた。
「はっ?!」
 何の前触れもなく、右手が熱にぎゅっと包まれる。
 リヴァイさん、体格に見合わず手はおっきいんですね、などと暢気なことを考えている間に、繋がれた手はすっと胸の高さまで持ち上げられた。
 まるで誰かに見せつけるように。
「えっ、なにっ、えっ?」
 動揺している合間になにやらのアピールがあったらしい。
 リヴァイの視線の先で、ミカサが心底忌々しそうにリングサイドのパイプ椅子を幾つか蹴り倒した。会場に物騒な音が響き渡る。
267: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:44:53.14 d AAS
 帯同していたジムのスタッフかが、慌てたように彼女を宥めている。
 ミカサはまるでいまにもリングサイドを駆け出し、どこかへ行こうとしているように見えた。
「えっ?! なに、あいつ何して……っ!」
「エレン、この試合が始まったら逃げるぞ」
「はあ?」
「ゴングが鳴ったらあいつも観念するだろ。さすがに試合放棄まではしないはずだ。そしたらすぐに立つ」
「へ? ええぇえ?」
 もうなにがなんだか訳がわからない。
「リヴァイさん、ミカサと知り合いなんですか?」
「知り合いもなにも、あいつと俺は従兄妹の間柄だ」
「えっ?! えええええええ!?」
 親戚! マジでか……、と呆然と呟く。
「合点がいった。お前があいつの言っていたエレンなんだな」
「言ってたってなんですか?」
「俺はな、エレン。お前に会う前からお前のことを知っていた」
「はあ……?」
 もうわからないことだらけだ。頭の中にはハテナマークが無数に飛び交っている。
「ちょっともうよくわかんないんで、俺にもわかるように説明してください!」
 軽いパニックを起こすエレンを宥めるように、リヴァイは繋いだままだった手にじわりと力を込めた。
 逃がさねえぞ、とでも言っているように。
「わかった、とりあえず俺んち来い」
 いつもより少しだけ熱っぽい声。膝の触れあう至近距離。そして繋がれた手。
 まるで口説かれているようではないか。
 はた、とそう思い至り、エレンの頬は途端にカアッと熱を持つ。
 そのタイミングで、体育館内にはカーン! と小気味いいゴングの音が鳴り響いた。
 高らかに試合開始である。
268: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:45:08.16 d AAS
 自宅へ帰りつくや否や、リヴァイは玄関に施錠した。
 それもドアガードまでご丁寧に倒すという念の入りようで。
「ちょ、リヴァイさん!」
「このぐらいしとかねえとゆっくり話もできん。エレン、奥へ入れ」
「えっ、はい」
 背を押された先はリビング。仕方なしにソファーへ腰かけると、リヴァイも迷いなく隣へ座る。
(近い……)
 ついさっき妙な意識をしてしまったからか、距離が気になって仕方ない。偶然だとわかっていても、気持ちがそわそわと落ち着かない。
 反射的に身を少し引くと、なんとリヴァイは離れた分の距離を自分から詰めたではないか。
「へっ?!」
「エレン」
 たった一言。名前を呼ばれただけなのに、なぜだかいつもと違う。違って感じる。
 まるで大事なものを呼ぶような、そんな柔らかい声で囁かれると……。
(理由もないのに、ものすごく恥ずかしい気分になるじゃんか!)
「ちょ、あの……、リヴァイ、さん」
「逃げんな。話したい」
「は、い、えっと、逃げてない、です、けど」
「違う。こっち見ろ」
「え!」
 えっと、あの、その、としどろもどろになる。そう言われても、リヴァイをまっすぐ見ることがどうしてもできなかった。
 視線の行方に困り、意味もなくうろうろと部屋中を彷徨わせる。
(なんだ。なんなんだ。どういう空気、これ!)
 ミカサとリヴァイが従兄妹、というのはわかった。彼らが仲良しこよしではないことも何となく察した。
 でも、それがなんでいまこの現状に繋がるのだろう。
 ちら、と盗み見たリヴァイは、至極真面目な顔をしてこちらを見つめていた。
 困る。いや、なにが困ると聞かれても理由はうまく説明できないからもっと困る。
 エレンがいま一番困惑しているのは、リヴァイの態度よりも自分自身の羞恥心だった。
(なんで俺、こんな恥ずかしいんだ!)
 わからない。けれど、いまこの状況で逃げるのもおかしい。
「エレン?」
 窺うように呼ばれたのをきっかけに、よし、と腹を括った。
269: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:45:12.00 d AAS
 俺も男だ。
 うじうじするのは性に合わない。
 ぐっと奥歯を噛み締める。
「あのっ、話っ、話をしましょう。えっと、説明、してくれるんですよね?」
 思い切って視線を合わせると、リヴァイは幾分かほっとしたような表情を見せた。
「ああ。ミカサの話な」
「あいつ、リヴァイさんの従兄弟だって」
「間違いない。歳の離れた俺の従兄弟だ」
「そうだったんですか。知らなかった。ミカサの口からリヴァイさんの話題が出たこともねえし……」
「そりゃそうだろ、あいつは俺のことを毛嫌いしてるからな」
「え?」
 嫌われている、という言葉がとても似合わないと思った。
 ミカサは身体を鍛えることが好きだ。ジムにも通うし、トレーニングだって喜んでこなす。
 身近にリヴァイのような肉体の持ち主がいたとしたら、嫌うどころか憧れを抱いてもおかしくないと思うのに。
「あいつはな、俺みたいな人間が心底嫌いだそうだ。ミカサが小学生のころにはっきりそう宣言された」
「そりゃまたどうして……」
「俺の身体が気に入らんらしい」
「冗談。リヴァイさんなら、ミカサの理想になってもおかしくないと思いますけど」
「完璧すぎて腹が立つ、そう言われたぞ」
「……」
 その気持ちはなんとなく察することができた。
「後から知ったが、思うように肉体改造できなくて悩んでた時期だったらしい。子どもの、ましてや女が身体を鍛えるのは難しい。嫌でも身体が成長する時期があるからな」
「ああ、そっか。そうですね」
「俺のようになりたいのに上手くいかない、これではエレンに振り向いてもらえない、と言われた」
「へ?」
 唐突に出てきた自分の名前にどきりとする。
「ミカサは昔から言っていた。自分が鍛えるのは『エレン』のためだと」
「……」
「友達であるその『エレン』とやらが逞しい身体が好きだというから、自分もそうなりたいんだと。俺はまた、変わった趣味の女子小学生もいたもんだと聞いてたんだが」
「女子……」
「すまん。ミカサの友人というからてっきり。名前の響きからも、疑いやしなかった。可愛いもんだと思ってたくらいだ」
「か、かわ……」
 ぐ、と喉元が詰まる。
(いやいやいや、なんで動揺するんだ、俺)
270: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:45:27.48 d AAS
 誤魔化すように、ごほんとひとつ咳払いをする。
「俺、ミカサの前でリヴァイさんの話をしたことあります。でもあいつ、そんなことなんにも言わなかった」
 それどころか、こき下ろすような発言ばかりしていたように思う。
 だからこそ自分は発奮し、リヴァイに筋トレを頼むようなことになったのだ。
 自分が話題にする「リヴァイ」を、ミカサは従兄妹の「リヴァイ」と認識していたのだろうか。
 本人に聞いてみなければわからないことだが、「エレンが好みそうな体つきのよい」「名前がリヴァイ」とくれば、薄々勘付いていたのかもしれない。
「あ、だから俺に『もう会うな』ってしつこかったのか、あいつ」
 いつだったか学校の屋上で交わした会話が蘇る。
 もしかしなくても、ミカサは自分とリヴァイを近づけたくなかったのではないか。
 ぽろりと零した言葉を聞いて、リヴァイは苦い溜息を吐いた。
「そのへんは察してやってくれ」
「あ、はい」
 これでなんとなくふたりの関係性は理解できた。けれど、まだわからないことがある。
「でも、リヴァイさん。なんで俺の、えっと、手を……、手を握って?」
 まるでミカサに見せつけるような仕草だったと思う。
 あれを見て、ミカサの怒りがさらに燃え上がったような気がしたのだが、そのあたりがいまいち理解できない。
 どうして自分の手をリヴァイが握ることで、ミカサがブチ切れることになるのか。
 説明してほしい、と目で問うと、リヴァイはぐっとなにかを喉に詰まらせたような顔をした。
「それはな、エレン……」
 真剣な話を始める、という雰囲気になったところで、エレンの尻ポケットから高らかにロッキーのテーマが流れ出す。
 軽快な電子音が部屋の空気を一変させた。
「わ!」
 慌ててスマホを確認すると、ディスプレイにはミカサの名前。
「で、でんわ……」
「いまは出なくていい」
「でも」
 手の中の携帯はじゃんじゃんエレンを呼び出している。
 出るなと言われても電話は鳴るばかり。どうすりゃいいんだ。
 そのうち留守電に切り替わるんだったっけ。
 あ、音だけでも消せばいいのか?
271
(1): (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:45:31.17 d AAS
 あわあわと持て余していると、リヴァイがそれをすっと取り上げ、プツッと応答拒否をした。
「あ!」
「いい。後でかけ直せ」
 そう言っているそばから、またも呼び出し音が鳴る。発信者はもちろんミカサ。
 鳴る。リヴァイが拒否する。
 それが四度ほど繰り返されたあと、「めんどくせえ」と言って、リヴァイはとうとう携帯の電源を落とした。
「チッ、時間がねえな」
「時間がない?」
「あいつのことだ、あっという間にここへ来る」
「ええ?」
「その前に、エレン。話しておくことがある」
 リヴァイの声は、いたって真面目なものだった。エレンもつられて背を正す。
「さっき俺がお前の手を握ったのはな」
「は、はい」
「宣戦布告だ」
「宣戦、布告?」
 それはリヴァイからミカサへ、という意味だろうか。
 考えているうちに、リヴァイはまたもエレンの手をそっと取った。
「!」
「お前がミカサの言っていた『エレン』と繋がったことで、合点がいった。それがわかった瞬間、俺はお前をあいつにやりたくないと心から思った」
「え……?」
 やりたくない、と。彼はいまそう言ったように聞こえた。
 意味を測りかね、ぱしぱしと瞬きをする。
 するとリヴァイはすっと視線を逃がした。どうにもその目元が赤いような気がしてならないのだが、これは目の錯覚なのだろうか。
「このところ俺の目はどうにもおかしくなったと思っていたが、独占欲を覚えるなんざ、もう決定的だ」
「へ、それ、は……」
「たいした取り柄もないこんな男に、無邪気に懐くお前が可愛いと思う」
「?!」
「ミカサには譲りたくない。言っている意味がわかるか、エレン?」
「えっ? えっ、あの、それは、えっと、もしかして……」
 好きとか嫌いとか惚れたとか腫れたとか、そういった話のことだろうか。
 いや、でもそうじゃないかもしれない。
 そうかもしれないけど違うかもしれない。脳内で否定と肯定が目まぐるしく乱舞する。
(リヴァイさんが、俺を、いやそんなはずは、ない、とは言い切れなかったら、じゃあありえたりするのか? だって元々は俺がリヴァイさんを、ってちょっと待て、俺がリヴァイさんをなんだっていうんだ!)
「……っ!」
272: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:45:46.55 d AAS
 そうに違いない。リヴァイが憎からず思ってくれているとしても、きっと筋トレ仲間として可愛がってくれる気持ちからに決まってる。
 だって、彼の言葉を借りるなら、自分の方こそなんの取り柄もないただの高校生なのだから。
「リヴァイさんは俺みたいな初心者に付き合ってくれててあんまり楽しくなかったかもしれないけど、俺は毎週土曜日がすげえ楽しみでした。
 リヴァイさんと一緒にトレーニングするの楽しかったから。だってやっぱり理想の形が目の前にあるとモチベーションも違うし、リヴァイさんの組み立ててくれるメニューは頑張ればちゃんと成果も出たし」
 心配する必要はない、と伝えなければ。言葉を選びながら、エレンはさらに言い募る。
「だから、俺、ミカサが駄目だって言ったとしても、これからもリヴァイさんと一緒に筋トレしたいです!」
「お前…」
「ミカサが反対しても関係ありませんから。あいつは自分でジムに通ってるわけだし、俺のやることに口を出される筋合いはない。俺が一緒に筋トレしたいって思うのはリヴァイさんだけなんです」
 だから従兄妹と必要以上に険悪になる必要はないのだと、そこまで言い切ったところでエレンは目の前の男の異変に気づいた。
 まるで苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 いや、銀紙の塊を奥歯で噛んだようなとでも言おうか。
「へ? ど、どうしたん、ですか?」
「……よくわかった」
「なに?」
「俺が悪かった。遠回しすぎた。お前のその筋肉に埋め尽くされた脳ミソをもうちょっと考慮すべきだった」
「リヴァ……ッ」
 名前を呼び終わる前に、エレンの視界はぐるっと天地がひっくり返った。
「えっ?!」
 見上げて気づく。
(あ、天井)
 それから覆い被さるようにして自分を見ているのは。
「リヴァ、イ、さ」
 まるで風のような早業だった。
 やっぱり筋力のある人は動きが違う、などと呆けたことを考えている間に、リヴァイは繋いでいた手を握る角度を変えた。
 そしてそのまま、エレンの手のひらを自分の腹筋へと押し当てる。
「あ、ひっ!」
 ゴツゴツとした感触。Tシャツ一枚を隔てた向こうに、リヴァイの神がかった腹直筋の存在をありありと感じる。
「かてぇ……」
 思わず感嘆を漏らすと、次の瞬間には容赦ない頭突きが降ってきた。
「いってえ!」
273: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:45:50.19 d AAS
 瞼の裏にちかちかと星が舞う。
「いまのはお前が悪い」
「なんで!」
「そんなうっとりした顔でなんてこと言いやがる」
「はあ?」
 リヴァイの言っていることがよくわからくて首を捻る。そのうちに彼はエレンの上でゴホンとひとつ咳払いをした。
「エレン。さっきの話な、お前にもわかるように言ってやろう」
「え、はい」
「お前は俺との筋トレを楽しいと言ってくれたが、俺もお前と会える土曜をいつも楽しみにしていた」
「リヴァイさん」
「お前と一緒にいて楽しかったからだ。自宅の風呂が直っても、変わらず銭湯に通ってただろ。それも同じ理由だ」
 わかるな、と言われてコクンと頷いた。
「ミカサはお前が俺といるのをよく思わないだろう。だが俺は、これからもお前と一緒にいたい」
 今度は、わかるか、と問われ、エレンはまたも頷いた。
 リヴァイと一緒にいたいのは自分こそだったから。
「いい子だ。じゃあエレン、選べ」
「選ぶ?」
「そうだ。ミカサと俺と」
「えっ?!」
「正確に言おう。ミカサに反対されるままあいつの言いなりになって俺と離れるか、ミカサの言うことには耳を貸さず、これからも俺と一緒に週末の筋トレを続けるか」
 筋トレを、と言ったところで、リヴァイはなぜかエレンの手をより強く自らの腹部へ擦りつけたような気がした。そのゴリゴリした感触が心地良すぎて、うっかり喉がごくりと鳴る。
「お前、好きだろ?」
「え」
「俺の腹筋」
「あ……」
 わかってる、と言わんばかりにリヴァイがうっすらと笑う。
「お前が俺の身体目当てでも構わん。目的の齟齬は後々修正すればいい。どうだ、エレン。……俺を選ぶだろう?」
 俺を選ぶならこの身体は好きに触れ、と言わんばかりに、彼はエレンの手を腹筋から胸筋の上にまで滑らせた。
 なんという硬さ。なんというフォルム。
 これだ。これがまさしく自分の追い求めた筋肉。
(チョコモ○カジャンボとか言ってごめんなさい! やっぱお筋肉様だったっ!)
「俺っ、最初から言ってます! リヴァイさんがいい。リヴァイさんがいいです! ミカサがなんと言って反対しても、リヴァイさんと筋トレ続けたい。リヴァイさんと一緒にいたい!」
「エレン!」
274: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:46:05.94 d AAS
by かみやゆすら

仲直りの方法は 

 むっつりと不機嫌な顔が、夜の暗い窓ガラスに映り込む。
 その顔に重なるようにして、ガラスの向こう側に輝かしい夜景が広がっている。
 宝石箱をぶちまけたような、とは使い果たされた陳腐な表現だが、いま見えているものにはまさにその言葉が相応しい。
 だがおそらく、キラキラと瞬く見事なまでのこの都会の夜を、世界中で自分だけが苦々しく見下ろしているのだと思う。
 そんなことを考えながら、エレンは唇をへの字に曲げた。
「いつまでそうやってぶすくれてるつもりだ」
 低い、こちらもまた不機嫌を露わにした声が聞こえる。
 それを投げかけられているのが自分だということはわかる。だってこの部屋には、自分と彼しかいないのだから。
 焦点を少し変えると、鏡のような窓ガラスには背後の様子も見えた。
 ホテルの一室。ラグジュアリーなインテリア。こんな豪華な場所、滅多に足を踏み入れられるもんじゃない。
 そしてその部屋の真ん中で仁王立ちをし、エレンの背中を見つめている男が一人。
 窓際の一人掛けソファーに身を沈めたまま動かなくなってしまったエレンを、どう扱うものかと思案している様子の恋人だ。
(リヴァイさんめ、こんな部屋で機嫌取りやがって)
 そう。ふたりは高級なスイートルームには似つかわしくない、痴話喧嘩の真っ最中なのである。
(こんなことじゃ許さねえんだからな)
 エレンは窓の外を見つめたまま動かなかった。もちろん返事なんてもってのほか。
「エレン」
「……」
 聞こえないふりを続けていると、背後の恋人は疲れたようにひとつ嘆息した。
「わかった。気が済むまでそうしてろ。俺は風呂へ入るからな」
 スーツのジャケットを放る音が聞こえた。そして、どこかのドアがぱたんと閉まる音。
 それを聞き届け、エレンは強張っていた肩の力をふうと抜いた。
 喧嘩なんかしたくてしてるわけじゃない。自分が少々意地を張りすぎているのもわかってる。
(でも絶対に許したくない。あんな名刺を持って帰ったあげくワイシャツにキスマークなんかつけられて帰りやがって!)
 会社の飲み会で遅くなると言った日、リヴァイは終電で帰宅した。エレンが出迎えた時にはいつになく酔っており、千鳥足の身体を支えてベッドまで連れて行ったほどだ。
275: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:46:09.67 d AAS
 そこには丸っこい手書き文字で、「またキスしてくださいね! 気持ち良かった!」と。
(…………っ)
 エレンの理性が保ったのはここまでだった。
「なんっ……、なんっじゃ、こりゃああぁぁっ!!!」
 真夜中の絶叫は、マンション内にさぞ響いたことであろう。しかし肝心のリヴァイは目を覚まさなかった。
 その夜から今日まできっちり三日、エレンはリヴァイと口をきいていないのだった。

 濡れ髪を拭きながら、風呂上りのリヴァイは途方に暮れていた。
 理由は明白。誰よりも大事にしている恋人が、口をきいてくれないからだ。いや、口をきいてくれないどころか、まるでいないもののように存在を無視されている。
 いまも自分に背を向け、ただひたすらに窓の外を眺めるばかり。
(クッソ……なんでこんなことに……)
 三日前、身に覚えのない浮気を疑われ、朝起きた瞬間からブリザードのような冷たい視線にさらされた。
 ただテーブルの上に、赤い染みがついたワイシャツと呑み屋の名刺を並べられ、実に虫けらを見るような目で冷ややかに睨まれた。
(誤解以外のなにものでもねえって、どうしたら伝わるんだ。クソが)
 確かに名刺の店へ行った。同僚たちと飲み会の流れで、二次会と称し入った事実は認める。
 だが、エレンの想像しているようなことは断じてなかった。
 ワイシャツの赤い汚れは、口紅でも化粧品でもない。ラズベリーのソースを取り落した際についたものだ。
 あの日、飲み会メンバーの一人が誕生日だった。
 それを聞いた店側が機転を利かせ、小さなケーキを用意してくれた。
 酔っぱらっていた自分は手元を滑らせたらしく、あの染みができたという訳だ。
276: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:46:25.28 d AAS
 横になるとすぐに寝息を立てはじめたパートナーの寝顔を、エレンは手のかかる子供を見るような顔で苦笑して眺めた。
「あ〜あ、珍しい。今日はちょっと飲み過ぎですねえ」
 脱力した身体からスーツを脱がす。皺になってはいけないから。
 そうやって重い身体をひっくり返しながらジャケットを脱がしたところまでは、優しい気持ちでいられたのだ。
「……なんだこれ」
 エレンには珍しい、地を這うような低音が零れた。
「もしかしてキスマークじゃねえの、これ?」
 リヴァイの白いワイシャツには、見事なまでに真っ赤な染みが残されていた。
 それも左胸の上に。
(いや、落ち着け。なんかのノリと勢いなんて、飲み会にはよくある話だ)
 深呼吸をしながら、他の異変がないかどうか目を配る。
 そしてワイシャツの胸ポケットに見つけてしまった。一枚の名刺を。
 それには明らかに女性が接客するタイプの店名が印字してあり、源氏名であろう名前が入っていた。
(クラブ……。リヴァイさん、そういうお店で飲んできたのか)
 エレンだって、頭ではわかっている。これがすぐに、イコール浮気ではないことくらい。
 社会人には付き合いだっていくらでもあり、リヴァイの希望でなくともそういう店に行くことがあるということも。
 でも、どうしても気持ちはもやもやとしてしまう。
 それはエレンのコンプレックスを刺激するには十分だった。
(女性にはどうしたって勝ち目がないのに……)
 リヴァイのパートナーになって何年経ったか。
 彼は「お前とは生涯を共にしたい」とまで言ってくれたけど、エレンはひとつだけ恐れていることがあった。
 やっぱり子供が欲しい。
 いつか、そんなことをリヴァイが言い出さないかと。
 人の気持ちは変わるものだ。いまはエレンを望んでくれているかもしれないが、リヴァイの気持ちがいつまでも変化しないとは誰も言いきれない。
 それだけが、酷く怖い。
(いや、リヴァイさんにも事情があるはずだ。こんなことで取り乱さずに、明日ちゃんと話を聞いて……)
 少なからず動揺している気持ちを落ち着けるように、深呼吸をした時だった。手にしていた名刺を、何の気なしにひっくり返した先にあったもの。
277
(1): (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:46:29.00 d AAS
 それからあの名刺。あれこそ濡れ衣というもの。
(ありゃ俺じゃねえ。ナイルの野郎がもらった名刺だっつうのに)
 酔って調子づいたナイルは、一人のホステスを気に入ったようで終始デレデレとイチャついていた。
 まあ相手の女も満更ではない様子だったので放っておいたが、解散する時になってナイルが正気づいたらしく、「こんなもん持って帰ったら離婚の種になる」と青い顔をしながら、リヴァイのポケットに突っこんできたという顛末なのである。
(途中で捨てようと思いながら、すっかり忘れてた俺にも非がある。確かにあるが……)
 翌朝になって事態を把握し、リヴァイは青くなった。
 そして事細かに説明をし、迂闊だったこと、嫌な思いをさせてしまったことをエレンにひたすら謝ったのだが、こちらがどんなに弁解しようとも、聞く耳も持ってもらえなかった。
(強情すぎんじゃねえのか、あいつ)
 心を尽くして謝ったつもりだった。だがそれも受け入れてもらえないとなると、だんだん諦めが浮かんでくる。
 もしかしたらこれで終わりになるかもしれない。
 そんな嫌な想像も頭を過ぎる。
 元はと言えば、自分がエレンに参って始まった関係だった。
 十以上も歳の差のある美しい青年を、口説きに口説いてようやく一緒に暮らすまでになった。
 自分の気持ちは考えるまでもなくエレンにある。恥ずかしながら、首ったけと言ってもいい。
でも、おそらくエレンはそうではない。
(こんなうだつのあがらんオッサンを、あいつがいつまでも好きでいてくれる保証なんてなんにもねえ)
 心は移ろう。
 ただでさえ非生産的な男同士だ。
 世の男女のように、結婚なんていう確たる繋がりを与えてもやれない。
 口でいくらパートナーだと言っても、そんなものは泡と消えるシャボン玉のように儚く頼りないもの。
 エレンが自分に愛想を尽かしてもおかしくはない。
(クソ……)
 別れたくない。
 その一心で、リヴァイは最後にこの部屋を用意した。
 日常とは離れた場所で、もう一度ゆっくり話し合いをしたいと思った。
 それと同時に、ここ最近は仕事の忙しさにかまけ、エレンとふたりの時間をろくに過ごしていないことを思い出したのだ。
278: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:46:44.08 d AAS
 環境が変われば、頑なな恋人も少しは軟化してくれるかと思ったのだが……。
(ダメか)
 エレンはこの部屋へ入ってからも、口をきこうとはしなかった。
 話しかけても答えない。
 ソファーへ身を沈めてからは微動だにもしない。
 ただ、一緒にはいてくれる。
(いまはこれまで、か……)
 リヴァイは濡れたタオルを椅子の背に放り、窓際へと歩み寄った。
 背を向けたまま、石のように座るエレンがいる。
「もう遅い。お前も風呂に入ってこい」
「……」
「エレン」
「……」
 やはりというか、反応はなかった。
 胸が痛む。
 ここまでさせるほど、自分がエレンを傷つけたということなのだ。
 突きつけられた現実に、リヴァイは目の前が暗くなった。
(もしも……、もしもこれでエレンが別れたいと口にしたら、受け入れてやるしかないか……)
 最悪の想像に頭痛がする。
 とにかく今日はもう遅い。なにもかも明日にしようと諦め、エレンに声を掛けた。
「先に寝る」
 それにすら、返事はなかった。
 リヴァイは嘆息し、ベッドルームに移動した。
 朝起きたらエレンが隣にいてくれるといいと願いながら、キングサイズのベッドを半分使って横になった。

(あったかい……?)
 ふわふわと柔らかいものに包まれている。
 深い眠りの底にいた意識が、だんだんと浮上する。エレンは長い睫毛を震わせながら、ゆっくりと瞳を開けた。
(ベッド……いつの間に……)
 昨夜は意地を張ったまま、リビングからベッドルームに移動することがどうしてもできずに、そのままカウチソファーで横になったはずだ。
 ホテルの部屋などセントラルヒーティングだから、その程度で風邪をひいたりすることもない。
 そう思って目を瞑ったはずなのに。
 目が覚めてみたら、ベッドに横になっていた。
 ご丁寧に、肌触りのよい毛布まで掛けてある。
(リヴァイさんか)
 他にいないのだから、そう考えるのが自然である。
 おそらくエレンが寝入った後、ここまで運んでくれたのだ。
279: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:46:47.81 d AAS
 さっきまでの焦燥感をポッキリ根元から折られ、エレンはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 無駄に引き摺っていた毒気も抜かれ、促されるまますとんと椅子に座る。
 カリッと焼いた薄めのトーストと、ドライフルーツの入ったシリアル。
 エッグスタンドには眩く白いポーチドエッグ。カリカリベーコンとマッシュルームソテー。
 瑞々しいグリーンサラダは彩りも良く、フルーツボウルまでついて、まるで完璧なイングリッシュブレックファーストだ。
 エレンの側にはオレンジジュースとミルクのグラス。リヴァイの席にはティーコゼーを被ったポット。
 そしてテーブルの真ん中に、ひときわ光る金色の――。
「どうした、腹減ってないのか」
 一点を見つめたまま固まってしまったエレンに、リヴァイは訝しげに声をかけた。
「お前、昨夜もろくに食ってねえだろ」
 ちらと見る。リヴァイの眉間には深い皺が寄っていた。
(心配してくれてる)
 そのくらいの感情は手に取るようにわかる。
 これでも自分は、彼の恋人なのだから。
 まるでハンストでもしているみたいに心配されて、エレンは気持ちが温かく浮上していくのを感じた。
(リヴァイさんが、俺を……)
 そうすると、まるで条件反射のように腹が鳴る。
 現金なほどグウと鳴った音を聴いて、リヴァイは安堵したように唇を引いた。
「お前が怒る気持ちもわかるが、とりあえずいまは置いとけ。飯食ったら……」
 話をしよう、とでも続けるつもりだったのか。
 リヴァイも自分のカトラリーを手にしようとして、エレンの反応に気がついた。
「……」
 エレンはナイフもフォークも手に取らない。
 それどころか、ぱかりと大きく口を開けて見せた。
「エレン」
 困ったような妙に照れたような、そんな顔を一瞬だけ見せて、リヴァイはさっとカトラリーを手にした。
 次にはわざと、むっと怒ったような表情をし、
「どれだ」
 と、テーブルに並ぶ皿を睨みつけた。
280: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:47:02.82 d AAS
by かみやゆすら

五日間の英雄

 学校から帰ったらランドセルはチェストの上、学帽はウォールフックの定位置に。
 外遊びで服が汚れていたらすぐに着替え、汚れ物は脱衣所のランドリーバスケットに入れておく。
 それから手洗いうがいをして、ようやくオヤツ。
 オヤツはダイニングテーブルで食べる、というルールがある。食べ終わったら手を洗い、今度は宿題に取り掛からなくてはいけない。
 宿題が終わったら、洗濯物を畳もうと計画している。そのあとで時間があれば、掃除にも挑戦したい。
 今日エレンがやりたいこと、やるべきことは山積みだ。
(リヴァイさんが帰るまで、ちゃんとやらなきゃな!)
 自分一人だってできる。なにひとつ、心配はないと証明しなくてはいけない。
 いまのエレンにはその理由がある。
 まずはこいつをやっつけねば。
 エレンはランドセルから引っ張り出したプリントの束を睨みつけ、鉛筆を握り締めて宿題との戦闘を開始した。

「エレン。四、五日留守にするぞ」
 誰より大好きな同居人がそんなことを言い出したのは、一週間ほど前のこと。
「なんで? どこ行っちゃうんですか?!」
 まるで今生の別れかと言わんばかりに取り乱すエレンを、リヴァイは「落ち着け」と宥めた。
「出張が決まった。一応、小学生のお前を一人置いて行けるかと抵抗したんだが、今回は仕事の内容的にどうしても俺が行かなきゃならんらしい」
「そんな! 誰がそんなこと決めたんですか!」
「エルヴィンだな。采配してんのはアイツだから」
 知った顔を思い浮かべ、『アイツ、俺が大きくなったらふくしゅうしてやる』と物騒なことを考えるエレンに、リヴァイは面白そうな顔で鼻を鳴らした。
「四、五日くらい大丈夫だろう? お前ももう来年は四年。高学年の仲間入りだしな」
「やだ! 俺も一緒に行きます!」
「馬鹿言え。学校があるだろ。平日だぞ」
「うう……」
「俺の留守中、夕方にはハンジが来るように手配してある。飯の心配はないし、夜も泊まって行くように頼んであるから、お前は普段と同じ生活をしてりゃいい」
 そう言って、リヴァイはこの出張を不動のものだと宣言した。
 エレンとリヴァイが一緒に暮らし始めて五年。
 それは実に初めてのことだった。
281: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:47:06.50 d AAS
 双子の妹であるミカサが、生まれた時から重病に侵されていたという不幸が事の発端だった。
 エレンが四歳になったころ、日本では行えないという手術を受けるため、ミカサと両親は渡米を決意した。
 ただ、いつ現れるかわからないドナーを待つ日々にもなる。
 幼い子供ふたり、しかも一方は病人を抱えて、無事に成し遂げられるだろうかという不安に、両親は悩まされていた。
 そこへ名乗りを上げたのがリヴァイだった。
 エレンの母の弟、つまりエレンたちの叔父であるリヴァイは、エレンを預かろうと言ってくれた。
 いつ終わるかわからない不安定な生活を異国で送るくらいなら、エレンの将来のことも考え、日本で継続的に生活をさせる方がいいと主張してくれた。
 いまになれば少しはわかるのだが、それには経済的な問題も含まれていた。リヴァイはそれも含め、自分が預かると提案したのだ。
 エレンが両親の手元を離れれば、それだけ両親の負担も減る。
 ただでさえ、ミカサの手術費を工面するだけで精一杯だった両親たちだ。
 下げられるだけの頭を下げ、苦渋の決断でエレンをリヴァイに託した。
 そこから始まった新しい生活。
 エレンは呆れるほど呆気なく、リヴァイとの日々に馴染んだ。
 それどころか、両親たちよりもよっぽどリヴァイの方に懐く始末。
 それも仕方ないことだった。
 生まれてこのかた、両親は病弱なミカサを優先してきた。
 それが当たり前だと、兄である自分は我慢しなくてはと、幼いエレンなりに理解もしていた。
 でも寂しかったのだ。
 自分だって、父や母の腕に抱かれたかった。
「我慢できるわよね、お兄ちゃんなんだから」
 そんなことを言われない生活をしてみたかった。
 リヴァイと暮らしてみてわかったことは、彼の目に入る子供は自分だけだという事実。
 話をするときも、食事をするときも、いつでも自分とだけ向き合ってくれる。
 そんな当たり前のことがひどく嬉しくて、エレンはあっという間にリヴァイに夢中になった。
 リヴァイの言うことはなんでも聞くし、幼いなりにリヴァイになにかしてやりたいとも思い、いじらしいまでに尽くした。
 そんな健気なエレンを、リヴァイも可愛がらないわけはない。
 両親と離れて約五年、エレンとリヴァイの二人きりの生活はそうして穏やかに過ぎていた。
282
(1): (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:47:22.03 d AAS
「ごちそうさまでした!」
 ぱちん、と両手を合わせ、深々と一礼をする。
 向かい合って食事をしていたハンジは、驚いたようにパチパチと目を瞬かせた。
「おやまあ、これまた綺麗に食べたもんだね」
 エレンの前に並んでいる皿は、主菜も付け合せも見事に平らげられている。
「生野菜、平気だった? サラダのレタス、ちょっと多かったかなって思ってたんだけど」
 ハンジの心配をよそに、エレンは首を振って見せた。
「大丈夫です!」
 リヴァイが出張に出かけた最初の夜。
 夕方にやってきたハンジは、エレンの好物であるハンバーグを作ってくれた。
 ハンジとはもう何度も一緒に遊んだことがある。
 リヴァイの腐れ縁だというこの人は、叔父と甥の奇妙な二人暮らしにも適度な距離で寄り添っていてくれる。
(リヴァイさんはハンジさんと仲良しだ。だから俺も仲良くするんだ)
 エレンは並々ならぬ決意の元、今回の留守番生活を開始していた。
「ハンジさん、ハンバーグおいしかったです!」
 自分の使った食器をそっと重ね、慎重な手つきで流しへ運ぶ。
 そして食卓へは戻らず、そのままリビングを飛び出した。
「俺、お風呂掃除してきます!」
 パタパタと軽い足音が遠ざかり、ハンジは箸を手にしたまま苦笑した。
「え? おやおや……」
 ついさっきまで食事の支度を手伝ってくれていたのに、今度は風呂掃除か、と感心する。
 ハンジが夕方ここへ到着した時にはすでに、乾いた洗濯物はきっちりと畳まれていた。
 その少し不格好な折り目は、エレンがやったものだと物語っていた。
283: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:47:25.72 d AAS
 それだけではない。
 リヴァイ仕込みの掃除の腕で、家中がピカピカに磨き上げられていた。
 その上、聞けば宿題も明日の支度もすべて終わっているという。
 十にもならない子供が、こうもきっちりと物事をこなすことができるだろうか。
 ハンジの目から見ても、エレンが小さい彼なりに無理な努力していることは明らかだった。
(リヴァイとこんなに離れてることって初めてだっけ)
 幼い彼なりに、成すべきことに立ち向かおうとしているのかもしれない。
 エレンのそのいじらしさは、ハンジの庇護欲を掻きたてる。頑張ろうとしている少年の後方支援ができるように気を配ろう、と期間限定の保護者は相好を崩した。
 時計の針が午後八時きっかりを指す。
 風呂掃除を終えて戻ってきたエレンがリビングに戻ると同時に、ローテーブルに置かれていた子供用の携帯が鳴り始めた。
 飛びつくようにして手にしたのはエレン。
「もしもし!」
「エレンか?」
「リヴァイさん! お疲れ様です!」
 出掛ける前、毎晩必ず電話をすると言ってくれた。約束を守ってくれたことが嬉しくて、心が弾む。
「お仕事終わりましたか?!」
「ああ、いま引き上げてホテルに向かってるところだ。飯は食ったか? 風呂は?」
「ハンジさんの美味しいハンバーグ食べました! いまお風呂掃除も終わったとこです!」
「そうか、今日の宿題は?」
「終わりました! 明日の準備もすんでます!」
 まるで新兵が上官に答えるような勢いだ。
 思いのほか張りのある声を聞き、リヴァイも安堵したのだろう。
 電話越しに、ふっと笑う息遣いが聞こえた。
「やりゃできるじゃねえか。偉いぞ」
「えへへ」
 日焼けした少年らしい頬を桃色に染めながら、エレンは破顔した。
 褒められることは嬉しい。
 大好きな人に認めてもらったような気持ちになるから。
284: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:47:40.59 d AAS
 今日一日を頑張って良かったと、そう思ったのだが――。
「俺がいなくても問題ないようだな。その調子であと四日、留守を頼むぞ」
「!」
 エレンは一瞬の間ののち、はいと元気よく答えてみせた。
(……問題なくないのに)
 内心ではそう思いながら。

 翌日も、エレンはせっせと動いた。
 朝はハンジに起こされる前にベッドから出たし、身支度も自分一人で整えた。
 朝食のあとには片付けを手伝い、登校前の忘れ物チェックも自分でやった。
 学校から帰宅すれば、昨日と同じように手際よく明日の支度もした。
 まるで文句のつけようのない完璧な小学生だ。
 ただ常日頃、リヴァイが在宅している時のエレンがこうであるかと言えば、実はそうではない。
 時々寝坊もするし、それなりに忘れ物もする。
 特に朝は、ぼんやりしすぎてうっかり歯磨きを忘れることもあり、何日かに一回はリヴァイに雷を落とされながら支度するという毎日だ。
 そんなエレンがこれだけ頑張る理由。
 それはひとえにリヴァイのために他ならない。
(リヴァイさんは俺に『留守を頼む』って言った。俺は男だ。俺はやる!)
 本当は、リヴァイのいない生活なんて考えられない。
 リヴァイがいなければ、いい子でいる意味などない。
 でも彼がそう望むなら、そういう子供でいたい。
 リヴァイが「留守番のできる子供」を望むのなら、自分はそれを成し遂げたい。
(だって、それがリヴァイさんの『必要な子』なら、俺はそうなれる)
 彼が喜び、満足してくれるのなら、エレンにとってもそれ以上嬉しい事はない。
 大好きな人の願いを叶えることなんて、お安い御用というもの。
 少々の寂しさなど、オヤツのドーナツと一緒に飲み込んでしまえばいい。
 胸の中でもやもやしているものなんて、サイダーのシュワシュワがきっと溶かしてくれるはず。
285: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:47:44.22 d AAS
「俺はやれる。……うん」
 グラスを両手でぎゅっと包み込みながら、ひとりきりの静かなダイニングテーブルでエレンは唇を噛んだ。

 二日目の夕飯はエビフライだった。
 見たこともない大きなエビに、エレンは顔を輝かせて喜んだ。
 もちろん昨日と同様に、率先してハンジの手伝いもしたし、自分がやるべき宿題なども完璧に終わらせた。
 そして夜八時の定期連絡にはことさら力を入れて、「俺は大丈夫。リヴァイさんはお仕事がんばってください!」と言った。
 三日目。
 朝、学校に出かけるまでは問題なく済んだ。一人で起床できたし、忘れ物もしなかった。
 ただ、学校でクラスメイトと些細な喧嘩をしてしまったことだけが誤算だった。
「お前、親に捨てられたんだってな」
 両親と離れて暮らしていることを、どこからか耳にしたらしい。
 日頃からエレンが気に入らなかったのか、クラスメイトのそいつは殊更勝ち誇ったように大きな声で言いやがった。
 悔しかった。言い返したかった。
 できるなら、拳を振り上げて仕返しをしてやりたかった。
 でも、できなかった。
(もし、俺が喧嘩したってリヴァイさんが聞いたら……)
 振り上げた小さな拳は、半ズボンのポケットに乱暴に突っ込んだ。
 そしてそのまま、振り返らずにダッと走り出す。
(我慢だ、我慢!)
 心配をさせてはいけない。リヴァイはいま遠い場所で一人、仕事を頑張っているのだから。
(離れてても俺は平気だからって、リヴァイさんに証明してみせなくちゃ!)
 子供ながらも矜持がある。
(大切な人を悲しませるなんて、男のすることじゃねえ!)
 全力で走るエレンの小さな胸には、ただリヴァイの顔だけが浮かんでいた。
286: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:47:59.74 d AAS
 四日目。
 ハンジはなんとなく、エレンの異変に気づいていた。
(そろそろ限界かね)
 元気とやる気の塊だった初日に比べ、いまはその勢いが削がれたように、時々ぼんやりとした顔を見せる。
 いまも夕食に向かいながら、苦手な人参を前にして食事の手を止めてしまっていた。
「エレン、お腹いっぱいになっちゃった? 多くよそいすぎたかな、残してもいいんだよ?」
「! だっ、大丈夫です! 食べられます!」
 はっと驚いたような顔をして、シチューの中に残っていた野菜をせっせと口に運び始める。
 ハンジはそのエレンを眺めながら、後でメールでもしてやるか、と考えていた。
 リヴァイ、あなたの可愛い子は食べちゃいたいくらい可愛いよ、と。
 それを受け取った友人が、眉間に皺を寄せるのを想像するだけで笑いが込み上げる。
 ささやかな親切として付け加えるなら、小学生にはこのあたりが限界みたいだよ、と書いておいてやろう。
 五日目。
 エレンは、それはもう風のような速さで学校から帰宅をした。
(今日はリヴァイさんが帰ってくる!)
 心が躍る。朝から気が逸って仕方がなかった。
(リヴァイさんが帰ってくる前に掃除機をかけて、乾燥機の洗濯物を畳んで、お風呂も掃除して……)
 やらねばならないことは山のようにある。
 昨夜の電話では、六時に帰宅すると言っていた。
 ハンジはもう来ないらしいから、一緒に夕飯を作ろうとも言ってくれた。
(リヴァイさんが帰ってくる!)
 小さな頭の中は、もうそのことだけで一杯だ。
287: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:48:03.26 d AAS
 エレンはその勢いのままオヤツを頬張り、宿題を済ませた。
 四時半、部屋と言う部屋に掃除機をかけた。五時、洗濯物を畳み終えた。
 五時半、ギリギリ風呂掃除を済ませることができた。
 時計の針と睨めっこしながら、玄関の開く時をいまかいまかと待っている。
(他に、しとかなきゃいけないことは?!)
 可能な限り完璧な状態で、リヴァイを迎えたい。
 なんせ五日ぶりの帰宅だ。
 「任せた」と言ってもらったのに、「やっぱりリヴァイさんがいないとなんにもできませんでした」なんてカッコ悪いこと言えやしない。
 好きな人に喜んでもらいたい。
 そして、好きな人に褒めてもらいたい。
 シンプルで純粋な欲求こそが、エレンの原動力になっていた。
(そうだ!)
 時計の針がもう少しで六時を指すと言う頃、エレンはハッと思いついた。
 リヴァイはきっと紅茶を飲みたいと言うに違いない。
 いまならまだ間に合う。お茶の用意もしておこう。
(いつものティーポットとティーカップ、棚から降ろして……、お茶の葉の缶も出して……)
 キッチンの食品庫の前に脚立を運び、紅茶の缶を取ろうと手を伸ばした時だった。
 気持ちが急いたのか、指先に力が入りすぎたのか。
「あっ!」
 シルバーの四角いアルミ缶はエレンの手をすり抜け、まるでスローモーションのようにして床へ吸い込まれていく。
 ガッシャン! と派手な音を立てたと同時に缶の蓋が開き、中身がザザザと零れてしまった。
「ウソ!!」
 キッチンの床一面が茶葉で溢れている。
「そんなっ」
 さーっと血の気が引いた。
 よりにもよって、リヴァイが特に好きだと言っていた茶葉なのに。
「あ、あ……」
 ショックのあまり、身体が動かない。
 さらに追い打ちをかけるように、玄関ドアの開く音が聞こえてきた。
(ウソ! リヴァイさん帰ってきちゃった!)
 脚立の上でおろおろとする。床に降りれば茶葉を踏む。
 茶葉を踏んで歩くと部屋が汚れてしまう。でも降りないと片付けられない。
(どうしよう!)
 混乱のあまり指先が震えはじめたタイミングで、とうとうリビングのドアが開いてしまった。
「ただいま。……エレン?」
 それは、五日ぶりに見るリヴァイの姿だった。
288: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:48:19.10 d AAS
(あ……リヴァイさん……)
 唐突に、鼻の奥がツンとした。
 出て行ったときとは違うスーツ、両手にはブリーフケースとボストンバッグ。
 たった五日しか離れていなかったのに、彼の姿がこんなにも懐かしい。
 失敗に混乱する中、会えて嬉しいという感情も上乗せされて、エレンは更にパニックになり硬直した。
 リビングを見まわして不思議そうな顔をしたリヴァイが、次にこちらに顔を向けるのは自然なことで。
 キッチンカウンター越しに目が合い、エレンは盛大に肩を揺らした。
「エレン? そんなところでなにやって……」
「こないでください!」
 それはあまりに悲壮な叫びだった。泣き出さないのが不思議なほどに。
 すべてが片付いた後で、リヴァイに「こっちが泣きそうだった」と言わしめるほどに全力な拒絶だった。
「……」
 くるなと言ったのに、リヴァイはお構いなしに歩を進める。
 そしてキッチンに一歩踏み入れた時点で、すべてを把握したらしかった。
 ピタリと止まり、床とエレンを交互に眺める。そしてしばしの沈黙。
「……っ」
 失敗してしまった。完璧にしたかったのに。
 リヴァイに喜んでもらいたかった。
 紅茶の用意まで気を回せたのかと、褒めてほしかっただけだった。
(なのに、失敗した!)
 悔しい。悲しい。情けない。
 いろんな感情が入り乱れて、みるみるうちにエレンの瞳を潤ませていく。
「〜〜っ!」
 この世の終わりかと思うほどの絶望感を味わっているのに、目の前のリヴァイはなぜかふっと頬を緩めた。
「エレン、そのままストップだ。できるか?」
「っ!?」
「動くなよ? 動いたらおしりぺんぺんの刑だからな」
289: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:48:22.96 d AAS
 まるで冗談のように笑いながらそう言い残すと、リヴァイの姿は廊下に消えた。
 次にリビングに入ってきた時には、その手には掃除機が携えられていた。
 そしてガーッという機械音とともに、キッチンの入口からエレンの立つ脚立の足元にまで、みるみるうちに一本の道が出来あがったではないか。
 茶色い茶葉の海を割るようにそこを通り、リヴァイはエレンの目の前まで来た。
 脚立の上に立ったままだから、リヴァイと同じ高さで目線が合う。気まずくて俯こうとしたエレンを、リヴァイは優しく許した。
「ほら、こい」
 両腕を広げて差し出す。穏やかに笑いながら。
「お……怒ってないですか……」
「怒るわけねえよ。ほら、来るのか来ねえのか?」
「……っ! リヴァイさん!」
 脚立から、彼の胸へ飛び込む。
 ぎゅっと力強く抱き締められて、目眩がするほどの幸福感に包まれた。温かい。
「ごめっ、……ごめっ、なさ……っ!」
 漏れたのは鼻声。
 リヴァイのスーツに顔を埋めながら、エレンは小さな身体を震わせた。
「泣くな」
「泣いてっ、ませ……っ」
 少年の痩身を軽々と抱き上げたままリビングへ移動し、リヴァイはソファーへ身を沈めた。胸にはコアラのようにくっついて離れないエレン付きだ。
「紅茶を淹れてくれようとしたのか?」
「……はい」
「ありがとう。後でもう一回チャレンジしてくれ。エレンの淹れる紅茶が飲みたい」
 すん、と鼻を啜る音がした。
「ハンジから聞いたぞ。俺が留守の間、ずいぶん頑張ったみたいだな」
 ぽんぽんと頭を撫でられ、全身の力の抜けるような安堵感を覚えた。
(リヴァイさん……帰ってきてくれた……)
 それだけでこんなに幸せになる自分はどこかおかしいのかもしれない。子供心にも薄ぼんやりとそう思う。
 こんなにも安心できて、あっさりと自分を甘やかしてくれる腕なんて他にはない。なんて特別な人だろう。
290: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:48:38.20 d AAS
「家のことから学校のことまで、お前一人で頑張ったらしいじゃないか。ハンジも褒めてたぞ」
「……」
「エレンがこんなに頑張れるとは思ってなかった。これなら俺も安心して出張に出られるな」
「……嫌です」
「エレン?」
「もう、置いてかないで」
 ぽろりと本音が零れる。
 五日ぶりにリヴァイの顔を見て味わった安堵の前に、もう貫き通す意地の欠片も残っていなかった。
「……じゃ、次は一緒に行くか」
「はい!」
 リヴァイはなにが可笑しいのか、声を出して笑う。
 その振動が逞しい胸からくっつけている頬へと伝わり、エレンもようやく少しだけ笑うことができた。
「お土産あるぞ。バッグの中に」
「……いらない」
「おいこら、せっかく俺が選んでやったのに」
「ウソ、いります。でもいまはまだ」
 リヴァイさんの抱っこがいいです、と甘やかに囁く。
「仕方ねえな」
 そう言いながらも、リヴァイもエレンを抱き締める腕を緩めようとはしなかった。
 細い身体を力いっぱい抱き、エレンの頭頂部を顎でぐりぐりと弄ぶ。
「痛いです、リヴァイさん」
「うるせえ。こっちも五日ぶりなんだぞ。……黙ってされてろ」
「はは」
 リヴァイの胸に顔を埋め、幸福な体温を胸いっぱいに吸い込む。
 うっとりと瞳を閉じながら、エレンは考えていた。
 次に口を開いたらこう言おう。
 もう絶対絶対、二度と離れたくないです、と。

リヴァエレ糞小説はほんと似たり寄ったりな終わりかたばっかりでサーセンwwwww
291: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:48:42.08 d AAS
by かみやゆすら

今晩匿ってくれませんか

「今晩匿ってくれませんか」
 大真面目に言ったつもりだったけれど、俺の台詞を聞いた彼はまるで異世界の言葉を耳にしたと言わんばかりの不思議そうな顔をした。
 リアクションに困るんだが、とその精悍な頬に書かれている。
「一晩だけ。ダメですか?」
 顔の前でぱちんと両手を合わせ、拝む仕草をする。
 横に並んで歩きながらなので、その効力のほどはわからないが、これでも俺は真剣なのだ。
「……いったいなにに追われてるんだ」
「それは言えません。言ったらリヴァイさんの身にも危険が及ぶかもしれないんで」
「ほう、そりゃまたなんとも映画のような展開だな?」
「そうなんです。だからお願いします、リヴァイさん」
 珍しく俺の話に興味を持ってくれたようだったから、もしかしたらOKしてくれるのではと淡い期待を抱いたのだけれど。
「なにやら切羽詰っているらしいお前を案じる気持ちはあるが、こんな長閑な朝、どう見ても部屋着で、のんびり歩いて、コンビニに向かいながら、そんなこと言われてもな。エレン」
 スーツの男は呆れたように、横目で俺を一瞥した。
 やっぱり駄目か。がっくりと肩を落とすと、そんな俺を見て彼はさらに不思議そうな顔をした。
 母さんに叩き起こされ、開口一番「牛乳きれたからちょっと買ってきて」と言われたのが約十分前。
 頼む、と断る、の押し問答を繰り返すこと約二分。
 母さんに逆らうとは百年早い、と玄関からつまみ出され、同じタイミングでこの隣家の住人と顔を合わせたのが約五分前だ。
 ちょうど出勤のタイミングだったらしいマンションのお隣さんと肩を並べ、俺はコンビニへ向けて歩き出した。
 目的地は最寄駅までの途中にあるから、必然的に道中を共にすることになる。
 邪見にするでもなく同道を許してくれた彼を優しいなと思ったら、冒頭のような突拍子もないお願いが口をついて出ていた。
 今晩、この人の部屋に行きたい。
 まったく衝動的にそう思ったのだ。
292: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:48:57.17 d AAS
「次はもっと面白い理由を作るんだな」
「ちぇ、ダメなんですか?」
「春休みで暇な学生と一緒にすんな。社畜はそんなに暇じゃねえんだよ」
 ガキは呑気なもんだ、と言う横顔は少し笑っていた。
 朝から笑いを提供できたのだとしたら、それはそれで結果オーライか。
 彼の部屋に行けないのは残念だけど、結果は薄々わかっていたからこのくらいで傷ついたり落ち込んだりはしない。
 片想いのメンタルは、そこそこ強くなければやっていられないのだ。
「リヴァイさん、帰り遅くなる? 忙しい?」
「まあな。年度末だから、それなりにやることはある」
「ふうん……」
 ではきっと、今日もそこそこの残業をするのだろう。
 彼の生活スタイルはだいたい把握している。
 エレンが生まれたころからお隣さんで、長く続く付き合いはもう家族とも言っていいかもしれない。
それくらいの親交はある。
 この感じだとこれ以上のワガママは言えないと察した。
彼の部屋へ行きたいのは山々だけど、決して煩わせたいわけじゃない。
 残念、と笑って見せる。これでこの話は終いだ。
「どうせ、うちにあるゲーム目当てなんだろ」
「あ、バレてる? リヴァイさん、鋭いから困る」
 俺はいつもの顔をして笑った。
 そう受け取られてるならそれでいい。本当のことなんて言えやしないから。
「リヴァイさんの言う通り、春休みで暇なんですよ。遊んでよ」
「もうすぐ高校生になるってのに、こんなオッサン相手にしてないでもっと楽しいことしろ」
「どんな?」
「そりゃお前……」
 と言ったきり、次の台詞が出てこない。
 多分彼は頭の中で、いまどきの男子中学生がなにを楽しむのか、などと考えているに違いない。
 歳の差がある。それもダブルスコアくらい。
293: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:49:00.94 d AAS
 それこそオムツの時代から俺を知っている人だ。
 越えられないジェネレーションギャップがあり、家族同然であり、同性でもある。
 そういう如何ともしがたく、世界最強に手強いこの人に、俺はもう随分長い間片想いをしていた。
 もうラスボスと言ってもいい。この人を攻略できる最強魔術や必殺技などがあるなら、なんとしてでもその攻略法を手に入れたいところだ。そのためならお小遣い一年分をつぎこんだって構わない。
 肩を並べて歩きながら、横目でチラと彼を見る。
 社蓄、社蓄、と彼はよく口にするけれど、俺の目には今日も小ざっぱりと爽やかでかっこいい大人の男に見える。疲れ果ててクマがあるとか、やつれてよろよろしているとか、そんな姿はついぞお目にかかったことはない。
 濃紺のスーツには皺ひとつない。毎日変わるネクタイも歪みなくビシッとしているし、彼本人にも三十路とか嘘じゃねえのと疑うほどの張りがある。
(今日もカッコイイだけじゃんか、チクショ)
 いっそこの人が、本当に冴えないおじさんだったらどんなに良かったか。
 いつか、自分の知らない女性を連れて帰宅するのだろうか、とか。壁一枚隔てて隣り合わせてる彼の寝室から、あらぬ声が漏れ聞こえてきたらどうしようとか。
 もしも彼が冴えない、野暮ったいだけの男だったなら、そういう心配をしなくて良かったかもしれない。
 会うたびにこっそり彼の薬指をチェックすることも、実は心臓に負担がかかっているのだ。男子中学生の傷つきやすいメンタル舐めんな。なんて、一度くらい直球で吐きだしてみたいものである。
 今夜日付が変わると、俺はひとつ歳をとる。
 ついさっき俺を叩き起こした母さんに、「おつかい行ってくれたら、明日は一日王子様扱いしてあげるから」なんて言われたことが頭の隅に残っていた。
 さらに朝からリヴァイさんと鉢合わせたことが相まり、いつの間にか「匿ってくれ」なんて突拍子もない台詞が口をついて飛び出した。
 誕生日になにか特別なことがしたいと思ったわけじゃない。でも誕生日を口実に、願いをひとつ叶えられたらとそう思った。
 好きな人と一緒にいたい。一緒に過ごしたい。好きだから。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 初恋は実らないとか、そんなことはよく知ってる。長年続く俺の不毛な恋バナを聞くたび、ミカサがそう繰り返すからだ。
294: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:49:16.71 d AAS
 そんなことは知ってるし、実のところ期待もしていない。
 けれど今年の誕生日くらいは、許されるかなと思った。 
 カレンダーを一枚めくると、俺は高校生になる。
 新しい環境。
 新しい友人。
 新しい人間関係。
 きっと、これまでとは違う俺になる。
 そういう節目に、誰より彼と一緒にいたかった。
「あ、着いちゃった」
 目当てのコンビニの看板が見えた。
 大好きな人と偶然肩を並べることができた、棚ぼた的な朝のひと時もここでお終い。
(さっさと牛乳買って、帰ったら二度寝しよ)
 じゃあね、いってらっしゃいと彼を見送ろうとしたのだが、どういうわけだか隣の男も一緒にコンビニへ入る。
「あれ、リヴァイさんも買い物?」
「まあな」
 彼は勝手知ったるなんとやらでスイスイと店内を歩き、籠の中へぽんぽんと商品を放り込んでいく。
 ポテチ、チョコスナック、みたらし団子、それから牛乳と棒つきアイス。
「はあ? これから電車乗るのにアイス食べながら行くつもりですか?」
「違ぇよ」
 さっさとレジを通り会計まで済ませてしまった彼は、膨れたビニール袋をこちらにずいと突き出した。
「おら、これ持ってさっさと帰れ」
「は? え、これうちの?」
「牛乳はカルラさん。あとは春休みで暇してるお前のオヤツ」
「え、うわ、ほんと? いいの?」
 やったぁ、と素直に声をあげると、彼は器用に片眉をあげて満足そうにした。
「アイス溶けるから真っ直ぐ帰れよ」
「はぁい」
「今日はこれで我慢しろ」
「え?」
「明日はちゃんとしたプレートのついたケーキ買ってやるから」
「え、あ……」
 彼の台詞の意味が咀嚼できるまでに時間がかかってしまった。
「あ、えっと、その…………覚えてたの?」
295: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:49:20.51 d AAS
 なんとなく罰が悪くなって、微妙に首を竦める。
 目の前の大人は、ますます満足そうにして唇を引いた。
「じゃあな、遅れるから俺はもう行くぞ」
「あっ、はい。うん、行ってらっしゃい。ありがとう」
 駅へ向うために一歩踏み出そうとした彼は、唐突に振り返る。
「いくら誕生日だからって、ガキの夜の外出は賛成できんな、エレン」
「あ、やっぱバレてましたか、あはは」
 気まずいのと気恥ずかしいのを誤魔化すように笑う。
 そんな俺を見て、彼は優しいのか意地悪なのかわからないような微笑を浮かべた。
「その代わり、日付が変わるころに電話してやる」
「!」
「いい子にしてろ、エレン」
 それだけを言い置くと、彼はもう颯爽とスーツの裾を翻して行ってしまった。
 取り残されたのは、茫然とする俺。
 それから、疼いて仕方ない恋心。
 大好きな背中が米粒になるまで見送りながら、俺は今晩ありったけの勇気を振り絞ることを心を決めていた。

 無防備な部屋着であんまりうろうろさせたくなかったので、わざとアイス買ってさっさと帰らせよう作戦をとったリヴァイさんなのでした。おしまい。

お〜わりっと(笑)スプー♡
296: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:49:36.19 d AAS
カウントダウン

by かみやゆすら

 俺の担任は人気がある。
 それも、「とても」という副詞がつくほどに。
 リヴァイ・アッカ―マンというその人は、強面だし、背は小さいし、言葉遣いも結構乱暴。
 風紀の担当でもあるので、軍隊式かよ、と思うほど厳しい指導をする時もある。
 なのに、だ。
 まず、情に篤い。面倒見がいい。生徒の話は最後まできっちり耳を傾けてくれるし、一方的な意見を押しつけたりすることはない。
 理由に納得がいけばそれなりに融通してくれる柔軟さも持ち、些細なことでも親身になってくれるから人望がある。
 下手に生徒に媚びたりもしない。
 逆に俺の背中を見ろ、という硬派なタイプでもないが、身を持って礼節を教えてくれる。
 静かで凛としたその姿勢は尊敬に値し、多くの学生の模範となっている。
 そういった人柄もさりとて、担当教科のわかりやすさにも定評がある。授業は明瞭明快。
 無駄な部分はできる限り削いで必要な個所だけを際立たせてくれるから、内容を整理しやすい。
 万が一テストで上手くいかなくても、救済措置を取ってくれる。追試も補講も丁寧だ。
「テストは点数がすべてじゃねえ。理解できていない自分を理解するためにある」
そう言って。
 正義感も強い。いや、どちらかというと陰湿や陰険、そういったものが嫌いらしい。
 学生の時分なんてなんでもカラッと清々しくあるべきだと公言し、陰ながらいじめや嫌がらせの類を見つけた時には、大きな声では言えないようなペナルティを科すという噂だ。
 女子に告白されているところを目撃したことがある。
 あれはバレンタインだったか。
 上級生の女子だったと思う。
 小さな赤い包みを彼に向けて差し出し、俯き加減にぼそぼそとなにかを告げていた。
 教科職員室の前で扉から半分身を出した彼は、彼女にひとつふたつ返事をしたように見えた。
 女子生徒からの包みは受け取らなかった。
 それから生徒相手にきっちりと頭を下げた。
 その光景はひどく印象的だった。
 すまない、と言ったのだろうか。それとも、ありがとうと言ったのか。
297: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:49:39.90 d AAS
 なんにせよ、彼は人の心を弄んだり、手酷く傷つけるような人
 間ではないということがよくわかった。年齢が違っても、立場が違っても、きっと誠実に受け答えしてくれる人なのだ。
 そんな場面を見たしばらく後、新しい学年へ移るとともに彼は俺の担任になった。
 一年、二年と、彼が自分の教科担任だったことはなかった。エレンは委員会活動に精を出すようなタイプではなかったし、風紀で咎められるような覚えもなければ接点などないに等しい。校内で見かけても、ああいるな、くらいにしか思わなかったものだ。
 それが目の前の教壇に立っている。
 不思議なもんだな、と思ったのを覚えている。
 鼠色の冴えない背広が、その日に限ってはしゃっきりと見えた。いつ見ても着崩したりしないそれは、まるで彼の生き方を映したようで生真面目だ。
 四月の風が心地よく窓から吹き抜ける中、彼は黒板へ自分の名前を書いた。白く浮き上がったそれは、とても几帳面そうな右上がりの字だった。
 初日のホームルームが終わり、三々五々生徒たちがばらけた後で、エレンはこっそりスマホを取り出し、黒板に残された彼の名前を写真に収めた。
 どうしてそんなことをしたのか自分でもよくわからない。けれど、彼の名前があっさり塵と消えてしまうのが惜しかった。
 三年ともなると受験戦争が本格化する。特別に進学校なわけでもないけれど、いまどきはほとんどの人間が大学ないしは専門的な学校への進学を選ぶ。
 エレンも御多分に洩れず、中堅どころの大学に焦点を絞り、それなりの勉強をしていた。
 高い志なんてものはない。こうなりたいとかいう具体的な将来の夢もない。
 多分珍しくもないような会社へ就職し、どこにでもいるような平凡なサラリーマンになり、好きなことや嫌いなことやどうでもいいことをしたりしなかったりしつつも生きていくのだろうと思う。
 平凡で平坦、それでいい。安定していれば尚いい。
 行ってみたい場所へ旅行に出かけられる程度の余裕があると文句なしだ。
 そんな面白くもつまらなくもない将来のために、学校と予備校を行ったり来たりする。
 受験対策用の勉強は主に予備校で賄えるから、学校では息抜きも兼ねて比較的のんびり過ごす。
 そういう俺を「危機感がなさすぎる」と評する教員もいる。
 でも彼は、そういう俺を知っても変わらなかった。
298: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:49:55.80 d AAS
 手元の書類にボールペンでなにかを書きこむ。
 面談終了のチェックなのかもしれない。
 もう終わるのか。短いな、と思った。
 もっと話したいわけじゃない。
 そもそも話したいことなんて思い浮かばない。
 でもなぜか、いまのこの時間を手放しがたかった。
「……なあ」
 それは幾分砕けた口調に聞こえた。彼の目はこちらを真っ直ぐ見据えている。感情は見えない。
「はい」
「将来の夢とか、聞いてもいいか」
 彼は走らせていたボールペンをかたりと置き、机の上でゆっくりと指を組んだ。
「特にありません」
「ねえのに大学行くのか」
「……ないから行くんじゃないですかね」
 俺の答えをどう受け取ったのかは知らないが、彼は少し考えるような素振りをして小さく頷いた。
「そうか……そうだな」
 さっきまで誰もいなかった廊下に、人の気配がした。次の順番を待つ誰かが来たのだ。
 途端に口をついた。
「先生は夢が叶ったから先生になってるんですか?」
 どうしても聞きたいと思っていたことではなかった。けれど、いま聞いてみたいという衝動に駆られた。
 彼は唐突な質問に驚きもせず、ふむと小さく頷いた。 
「夢だったわけじゃねえな」
「へえ」
「どうしてかって聞きたいのか?」
「いえ別に……いや、聞いてみたい気もするけど……」
 もしも言いたくなかったりするなら無理強いしたいわけじゃない。
 そう伝えたかったのに、上手く言えない。言葉を探す俺を見て、彼は少しだけ笑った。
299: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:49:59.35 d AAS
「どっちなんだ」
「えっ、と……」
 どっちでも。消えそうな声で続ける。
「……お前、面白い奴だな」
 机の上に投げ出された書類。
 彼の指がその一部をなぞる。節の高い人差し指で。つうっと。
 それから彼はもう一度俺を見た。
「お前らの背中を見送るこの商売も、存外悪くねえといまは思ってる」
 もらえた答えはそれだけだった。
 それからすぐに、教室の引戸が薄く開いた。次の生徒が顔を出す。
「先生順番まだぁ? 俺、部活あるから早く終わらせてほしいんだけど」
「ああ、わかった。……じゃあイェーガー、残り一年頑張れよ」
「……はい」
 なにかに浮かされたように席を立つ。その後はもう振り返らずに教室を出た。
 彼の指がなぞっていたのは、俺の名前だった。

 エレン・イェーガーは人気がある。
 それも老若男女問わず、と言っていい。
 均整のとれたプロポーション。
 いまどきの若者らしく小顔で手足が長い。
 顔は言わずもがな。
 印象的な大きな瞳を輝かせれば、どんな女子たちだってあっという間に頬を染める。
 飛びぬけて勉強ができる方ではない。得意不得意に波がある。
 校内の図書館へはよく通っているようで、おそらく興味のあることだけを追求していく性格なのだろうと思う。
 運動はよくできる。身体能力は高い。
 持久走など、根気の必要なものは途中で飽きてしまうらしいが、球技や瞬発力の必要な陸上競技などは嬉々として取り組んでいるようだ。
 しかし部活には所属していない。
 運動部連中から引手数多だろうに、彼は一つのスポーツに集中して精を出すということには興味がないらしい。
300: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:50:14.39 d AAS
 その光景を見るだけで、彼が愛された子どもなのだということが手に取るようにわかった。
 なんということはない、ごく普通の光景だ。
 高校という場所柄、そんなものは彼らだけに限った話ではない。
 それでも印象的だった。
 邪気なく笑う彼の顔が澄んでいたからかもしれない。
 彼らは受験生である。
 これまでなら楽しく長期休暇を過ごしていたのだろう夏が、一転して闘いの季節になる。
 受験は彼らの生活を一変させる。大半の生徒が目の色を変え、勉強優先の生活を始めることになるからだ。
 夏休みだからといって教員たちも暇になるわけでもない。
 授業はなくても臨時の講義はあったし、部活の指導もそれ以外の雑用も腐るほどある。
 八月のある日、教科指導室にある効きの悪いエアコンに辟易し、一時退避のつもりで購買部へと足を向けた。
 あそこには校内で唯一の自動販売機がある。冷えた緑茶が飲みたい気分だった。
 コンクリ打ちっぱなしの渡り廊下を歩いて、三つに分かれている校舎の南館へ向かう。
「先生」
 不意に後ろから呼ばれた。
「……イェーガー」
 今日ここにいるはずのない人間が、そこにいた。
 たったひとりで。人気のない廊下に佇んでいる。あのいつもの飄々とした顔をして。
「なんだ、来てたのか」
「もう帰るとこですけど」
「補講か?」
「いいえ」
 じゃあなんでここにいる。
 そう聞く前に、彼の方がスクールバッグを僅かに持ち上げてみせた。
「図書館に返し忘れてた本があって」
 呼び出しがかかってしまったのだと、決まり悪げに白状した。
「……忘れんな」
 月並みな言葉しか出てこなかった。正直言って、注意するほどのことでもない。
「すみません」
 はは、と声を漏らして笑う姿が眩しく見えた。真っ白な半袖のワイシャツから、健康的に日焼けした腕が伸びる。
 確か、彼は自転車通学だったと思い出す。
 それ以上、どんな会話をすればいいのかわからなくなった。
 受験勉強は順調かとか、夏バテをしていないかとか、世間話の類は浮かぶ。
 けれどそのどれもが彼との会話には似合わないような気がして、普段からたいして饒舌でもない口が、いつも以上に重くなった気がする。
301: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:50:18.17 d AAS
「先生、俺ね」
 不自然な空白を埋めたのは、彼の方だった。
「つい最近、生まれて初めて思ったことがあるんですけど」
 切り出したのは自分のくせに、少し言いためらうように小首を傾げる。
 その仕草がこれまでの彼らしくなくて、子どもっぽいのか大人びているのかよくわからなくなる。
「……なんだ」
 聞いてやる。言外に促すと、彼は目尻に綺麗な皺を寄せた。
「夏休み、嫌いだなって」
 なにかが吹っ切れたみたいに、からりと笑う。真夏の向日葵のように。海面の煌めきのように。
 それがクソみたいに眩しくて、俺は微かに目を背けた。その時彼がどんな顔をしたのかはわからなかった。
 季節が過ぎる。緩やかに。
 進む時間はなにかを育む。枯れるなにかもあるだろうし、また芽生えるなにかもあるのだろうと思う。
 エレンは受験生という一年が収束を迎えようとしているのを感じていた。
 今年が終わる。年が明ければいよいよ入試当日がやってくる。
 すでに推薦で受験を終えたクラスメイトたちは、幾分すっきりとした顔をして机に向かっていた。
 終業式を、ついさっき終えた。
 ひとりひとりに成績表が配布された。
 その他の配布物も手元で束になっている。あとは担任が「終了する」と言えば、今年最後のホームルームは恙なく終わる。
 彼は教室内をぐるりと見渡し、
「今年は年末年始の連休も気が休まる時がねえだろうが、なによりまず体調に気をつけてすごせ」
 そう言って、教壇の上の名簿をぱたんと閉じた。
 自由の合図を感じ取った生徒たちは、途端に緩む。
 ガタガタと椅子を曳く音、後ろを振り向いてお喋りを始める声、そんなものが雑然と鳴りはじめる。
 今年が終わる。また長い休みに入る。
 彼が言ったように、入試はこれからが本番だ。呆けている時間はない。
 けれどどうしても、埋められないなにかが自分を蝕んでいた。
 カレンダーを思い浮かべる。
 明日から十日ほどの冬休みだ。十日か、とはっきり数字にしたところで微かな寒気を覚えた。
 慌ててマフラーを首に巻いた。
 気休めにしかならないとわかっていたけれど。
 これは物理的な寒さじゃない。もう知っている。
 あの夏季休暇で、俺は知ってしまった。
302: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:50:49.31 d AAS
 たいした用もないのに学校に顔を出し、当てもなく校内を彷徨う自分を。
 そして自分にそうさせた感情の名前を。
 荷物を纏めて教室を出る者たちが現れるころ、廊下から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「エレン!」
 半開きになった引戸から顔を見せたのはミカサ。その後ろにアルミンもいる。
「なんだよ」
 廊下へ出ると、ミカサは手にスマホを握り締めていた。
「エレン。急いで帰るのでなければ、ひとつお願いがある」
「お願い?」
「そう。」
 なにやら思いつめたような顔でずいと迫りくる。
「写真を撮って欲しい。一緒に」
「写真?」
「そう、エレンとアルミンと私で」
「いまさらそんなもん、なんに使うんだよ?」
 写真なんか、あらためて撮影しなくてもこれまでに何度も撮ってきた。フォルダを覗けばきっと幾枚も見つかるはず。
 そう思って首を傾げると、ミカサは真剣な顔で携帯を強く握りしめた。
「入試に向けてお守りにする」
「お守り?」
「そう。写真があれば、追い込みが辛くなっても癒される。エレンたちも頑張ってると思って私も頑張れる」
「ふうん」
 そんなもんかな、と言うと、アルミンが後ろで「気持ちの問題だよ」と笑った。
「ミカサは寂しいんだ。明日から冬休みでエレンに会えないから」
「アルミン違う、私はただお守りに」
 そうだ、そうじゃない、などと言い合いを始めたふたりを眺めながら、どっちでもいいんだけどと呆れはじめた時、タイミングよく背後の扉が開いた。
「先生……」
 教室から出てきたのは名簿を携えた彼。これから職員室に戻るのだろう。
「どうした、イェーガー。こんなところで」
「あ、えっと」
 説明が難しい。咄嗟に口を噤むと、彼の姿を見つけたアルミンが嬉々として声をかけた。
「あっ、リヴァイ先生! お願いがあるんですけど、シャッター切ってもらえません?」
「シャッター?」
「はい、この三人で写真撮りたくて」
 先生にそんなこと頼むなよ、と思った。どうせ断られる。
 遊んでないでさっさと帰れ、そう言われるのが関の山だと。
 けれどそんな予想を彼はあっさり裏切った。
「構わんが」
「やった!じゃ、これでお願いします」
 差し出されたミカサの携帯を受取り、慣れた手つきでカメラのピントを合わせる。
303: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:50:53.70 d AAS
 それを見て、胸が僅かにもやっとした。生徒のこういう頼みに、きっと彼は慣れている。
「三人ちゃんと入れてくださいね。受験のお守りにするんですから。ほらミカサ、エレン、早く並んで」
 促されるまま窓を背にして立つ。
 両側からミカサとアルミンに挟まれ、ぎゅうと身体を押しつけられた。
 彼はカメラのフレームに三人を入れたのだろう。画面を見ながら角度を変えたりしているように見えた。
「あ、もしかして逆光だったりして?」
「いや、大丈夫だ。……撮るぞ」
 パシャリと電子音が鳴る。
「そのまま続けて何枚か撮ってほしい。全部保存で構わない」
 ミカサの勝手な言い分にも気分を害することなく、「わかった」とシャッターを切り続ける。
 撮っては保存、を繰り返しながら、どことなく彼が楽しそうに見えた。
「団子になられるとクソみたいに可愛いな、お前ら」
 あとでこの写真俺にも送れ、そう言いながら薄く笑っている。
「先生、なんかいつもとキャラ違いません?」
 アルミンが茶化すと、彼は至極真面目な顔を見せた。
「馬鹿言え。俺は元々けっこう生徒を可愛いと思ってる。特に担当したことがある奴らは余計に」
「僕たちの教科担任だったの覚えてるんですか?」
「当たり前だろ。お前もミカサも優秀な生徒だった。入試も頑張れよ」
 これがお守りになるというなら写真くらいいつでも撮ってやるから、そう続いた台詞が決定打になった。
 もう顔をあげることができなくなった。作り笑いもダメだ。
 駄目だ。駄目になってしまった。
 自分の欲求がはっきり形になった。いまそれが見えた。
(この人の特別になりたいだなんて……)
 馬鹿だ。阿呆だ。つける薬もない。
 どこからどう見ても、なにをどうやって考えても、俺は大勢いる生徒の中のひとり。
 それ以外でもそれ以下でもなく、一対数十の構図の中、群衆に埋没するチンケなひとり。
304: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:51:10.89 d AAS
 そんなことはわかっている。
 わかっているのに、幼馴染たちにまで嫉妬した自分が、どうしようもなく惨めに思えた。
 もう平気な顔なんかできはしなかった。
「……クソ」
 俯いて、消えそうに微かな声で漏らす。
「エレン? ……どうかした?」
 異変に気づいたミカサが訝る。首元のマフラーに顔を埋めるようにして、ふる、と首を振った。
「……もういいだろ、俺トイレ行きたいんだ」
「そうだったの、引きとめてごめん」
 絡められていた腕が離れる。それを合図に踵を返した。
 ミカサもアルミンも俺を止めなかった。それが唯一の救いだった。
 振り返らず、一目散に廊下を歩く。言い訳に使ったトイレを通り過ぎても足を止めることはない。
 あの場所から離れて冷静になりたかった。
 長期休暇が嫌だと、初めて思ったあの夏。夏休みが長すぎるなんて、生まれて初めて感じた。カレンダーを眺めながら、次に学校へ行くのはなんて指折り数え、どうして学校へ行きたいのかに気づいた時はひとり頭を抱えた。
 休暇なんかクソだと開き直り、勝手に登校したあの日。幾日かぶりに彼の顔を見たら、その日までのもやもやした気持ちなんてすべて綺麗に吹き飛んだ。
 先生。
 リヴァイ先生。
 他に大勢いる生徒のひとりじゃ嫌だ。
 彼の目に映る、たったひとりになりたい。
 シンプルな心の欲求が浮かび上がる。浮かび上がったそれに、俺は自分で答えを出して呟いた。
「そんなの無理だって……わかってる」
「なにが無理なんだ?」
「ッ?!」
 文字通り、飛び上がった。
 踵も爪先も、地球から一瞬離れた。それくらい驚いた。
 唐突に聞こえた声。振り向いたそこには、彼が立っていた。
 ついさっき、シャッターを切っていたときと変わらない顔で。
 追いかけてきたのだろうか。いつの間に。
「……」
「……なんだ、その顔は」
「……」
「そっちにはもうトイレねえぞ」
「……」
「漏れそうなんじゃねえのか」
「……」
「なんか言え」
 固まったまま動けなくなった俺を興味深げに眺めている。
「なんで……ここに……?」
「さあ、なんでだと思う?」
305: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:51:14.69 d AAS
 質問に質問で返すのは意地悪だ。
 そう思って睨むと、彼は可笑しそうに片眉を跳ね上げた。
「で、なにが無理なんだ?」
「……先生には関係ない」
「そうか」
 拒絶したくせに、あっさりと引いてしまわれると、少し寂しい。
 そんな自分がつくづく嫌になる。俺はいつの間にこんな強欲な人間になってしまったのだろう。
 そんな自己嫌悪にまみれているこちらを知ってか知らずか、彼はおもむろにジャケットの内ポケットから携帯を取り出した。
「なあ、イェーガー。……俺と写真撮らねえか」
「は?」
「携帯で。さっきみたいに」
「誰が?」
「俺とお前が」
「なんで」
 混乱していた。
 何故この人がこんなことを言うのか。
 目的がわからなくて動揺する俺を、彼は有無を言わさずに引き寄せた。自分で聞いたくせに、返事も待たないで。
「わ、ちょ」
 強引に肩を抱かれる。少し身長差があるから、肩を組まれるというよりは二の腕をがっちり引き寄せられるという感じに。
「え、あの」
「撮るぞ」
 彼は器用に、並んだ俺たちを自撮りした。パシャ、パシャ、と何度か電子音が続けて鳴る。
「笑え」
「そんな、無理」
「なんで無理だ。笑え。お守りにすんだから」
「え?」
 少なくとも十回以上はパシャパシャとやったあとで、彼はようやく俺を解放した。すぐに携帯を覗き、写真を確認している。
「チッ、お前一枚も笑ってねえ」
「あ、当たり前ですよ、あんな突然……」
「お前の携帯だせ」
「え?」
「ほら、早く」
「は? はあ……」
 言われた通りに差し出すと、赤外線を使い勝手に写真を送りつけられた。
 たったいま撮ったふたりの写真だ。
306: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:51:29.06 d AAS
 オレには憧れている人がいる。
 違う学校の上級生だ。
 前に絡まれているところを助けられてから、オレはすっかりその人のファンになってしまった。
 とはいえ、オレとは違う学校なうえに上級生となったら接点など無きに等しく、オレはその先輩と同じ学校に通う幼馴染に、先輩の情報を流してもらうので精いっぱいだった。

***

 オレはエレン・イェーガー。
 根子学園に通う一年生だ。
 属性は猫。
 根子学に通うのは、ゆくゆくは猫仙人になるか猫神を目指すためである。
 猫なんて上級十二神はもちろん、稲荷校の連中の足元にも及ばないけれど、それでも仙籍か神籍を得れば、あの人に少しでも近づけるんじゃないかと考えた末のいじましい努力の末である。

 先輩と幼馴染が通っている干支校は、この世界きっての超エリート校だ。
 そこに入学出来るものは限られていて、それも生まれたときから決められているというのだから堪らない。
 どんなに努力したって、成績が良くたって、そこには入れないのだ。
 あの馬面でさえ入学を許可されたのに。

 干支校に入れるのは、、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二種類だけ。
 生まれたときの姿でそこに入れるかどうかが決まる。
 幼馴染のアルミンは子組だ。
 昔から頭が良かった。
 猫と戦ったってネズミはいつだって知恵で切り抜けるんだ。解せぬ。
 もう一人の幼馴染のミカサは寅である。
 虎女怖いと言ってたのはオレの父さんだ。
 父さんは狐だ。狸顔だけど狐だ。
 そして母さんは虎だった。
 父さんはいつだって母さんには頭が上がらない。
 そんな二人の間から生まれたオレは何故か猫だった。
 なんで、どうして、と思うよりも先に、父さんと母さんは『可愛いは正義』をモットーに文字通りオレを猫かわいがりしてくれた。
 それは有難いと思ってる。
 たとえヒエラルキー上では下の上くらいなのだとしても、親の愛情はとてもうれしいものだ。
 そんな二人の愛情を受けて育ったオレの自慢は、つやっつやの毛並と手入れの行き届いたぷにぷにふわふわの肉球である。
 先輩に出会うきっかけになったのも、つやっつやの毛並と手入れの行き届いたぷにぷにふわふわの肉球のおかげだった。
307: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:51:32.70 d AAS
 近隣でも美人猫として有名だったオレの毛並は光の加減によってまるで金粉でも散らしたようにきらきらと輝いて見える。
 長い手足にすらりとした細い尻尾。
 毎日母さんと父さんに毛繕いしてもらってるから、さらさらのふわふわで、肉球だって風呂上りにクリームを塗ったり朝起きてマッサージしたりで、綺麗な桃色のふにふに肉球だ。
 母親譲りの金眼も、きゅっと切れ上がった眦も、自分で言うのもなんだが確かに美人猫の条件を満たしていると思っている。
 そんなオレが良からぬ連中に狙われるのも当然で、遊びの帰り道、公園の植え込みに引きずりこまれたオレは複数人によってたかって甚振られた。

「にゃっ……! にゃあ! やめろよ! 離せよ!」
「いいじゃねえか少しくらい! 触らせろよ!」
「あー、いいわー、この肉球のにおい……いつまでも嗅いでいてえ……」
「腹毛もっふもっふー♪」
「にゃああああああっ!!!!!」

 父さんと母さんが愛情込めて毛繕いしてくれているのに、こんな獣たちに好き勝手触られて、オレは気持ち悪さに毛を逆立てさせた。
 それでも抑え込まれては、思うように爪も出せず、あれよあれよと服を剥かれて抵抗を封じられる。

「なあ、発情期まだなんかな?」
「シャンプーのにおいだけだよな」
「あー……くっそ、こんな美人猫、めったにいねえのに」

 あ、こいつら交尾する気だ。
 そう思ったら我慢が出来なかった。
 にゃあにゃあととにかく暴れて叫んで、誰でもいいから助けを呼ぶ。
 その瞬間だ。
 ふ、と体が軽くなった。
 え、と思って目を丸くしていたら、オレを押さえつけていたやつらが全部吹っ飛んだ。

「……え?」
「大丈夫か」

 その声にオレは跳ね起きた。
 毛を逆立てて威嚇の声を上げる。

「おい、助けてやったのにその態度か」
「…………」
 見れば、彼は有名な学校の制服を着ていた。
 黒光りする綺麗な鱗。銀色の瞳。
 つやつやさらさらの綺麗な黒髪はすっきりと刈り上げられていて、服を着ていても分かるその肉体の厚みに、オレは目を奪われたんだ。
308: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:51:48.26 d AAS
「おい」
「ぴゃっ!?」
「大丈夫か、と聞いている」
「え? あ、は、はい!」

 そうだ、オレは襲われそうになっていたんだった。
 それも貞操の危機だ。
 慌てて脱がされかけていた服を着て、改めて彼に向き合う。
 オレを襲った連中は公園の隅で山積みになっていた。

「あの……ありがとうございました。助かりました」
「いや。あいつら確か、伊達イタチ校のやつらだろ。あいつら柄悪いからな。気をつけろ」
「は、はい! あの!……お名前、を聞いてもいいですか……?」
「……リヴァイだ。リヴァイ・アッカーマン」
「リヴァイ……さん……」

 これがオレとリヴァイさんとの出会いだった。

 リヴァイさんは干支校の巳組だった。
 アルミン情報によると、父親はアナコンダで母親はサンゴヘビだという。
 なんだよそれ、最強の組み合わせじゃねえか。
 それを実証するかのように、あの人は干支校最強って言われてる。
 それもそうか、剛力+強毒じゃな。
 本当は辰組なんじゃないかってくらい、学校でも恐れられているそうだ。

 因みに腹立たしいんだけど、幼馴染以外での友達はほとんどが干支校である。
 馬面のジャンは午組、ヒストリアは卯組、ユミルは酉でライナーは丑、ベルトルトが未で、こいつらが一番納得いかないんだけど、あのコニーとサシャまでもが干支校だ。
 ちなみに申と亥である。
 マルコは戌だった。
 もう一人の仲間のアニは、稲荷校で、現在稲荷神になるための修行中だ。
 成績もいいらしく、ゆくゆくは伏見に籍を貰えるらしい。すげえ。

 そんなこんなで、オレはあの時以来ひっそりとリヴァイさんに恋をしている。

「おい、エレン」
「にゃっ!?」

 思わずピンと尻尾が立った。
 驚いて振り返れば、そこにいたのはリヴァイさんだ。
「リヴァイさん! どうしたんですか?」
「ああ、もうすぐ卒業だからな。試験対策に参考書買いに来たんだ」

 掲げられた本に、オレは納得がいった。
 ここは本屋だ。
 本を買う以外に用事なんかないだろう。
309: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:51:52.02 d AAS
 そうか、もうそんな時期か。
 少しさびしくなる。
 干支校に入った者は、卒業試験に合格後官庁に入ることになっている。
 この人もどこかの部署に配属されるのだろう。
 どこか気になる。
 近いところがいいな。
 遠いと、会えなくなるから。

「お前は?」
「あ、オレも参考書を……」

 苦手な教科が足を引っ張り、先日の実力テストの結果がよろしくなかった。
 このままでは進級も危ういと先生に言われ、自助努力することにしたのだ。
 いつまでも子組のアルミンに頼ってばかりではいられない。

「どんなだ?」
「えっと……社会、と物理……」
「歴史?」
「地理です」

 あれはイケナイと思う。
 合併だ戦争だ独立だで、毎年いろんな地名が変わってるのだ。
 あと記号。
 あんなの覚えられるか。字で書け。

「そんなもん暗記だろうが」

 そういいながらもリヴァイさんは幾つか参考書を抜き出して、オレの手に載せてくる。

「試験だろう? この辺丸暗記すれば大体どうにかなる」
「……暗記……」
「なんだ、猫は覚えるのが苦手か?」

 なんたって三日で忘れるもんな、と言われてオレはむっとした。
 失礼な。
 リヴァイさんに助けてもらった時のことは死んだって忘れませんよ。

「冗談だ」

 そういいながら、彼の少し冷たい指先が首の下をくすぐってくるので、オレは思わずゴロゴロと気持ちよさげに咽喉を鳴らした。

「……ちょっと時間あるか?」
「はい」

 こしょこしょ。
 擽られながら囁かれたら、断れないじゃないか。
***

 リヴァイさんに助けられたとき、なんとかして連絡先だけは聞いておいたんだ。
 オレは猫だから、逆立ちしたって干支校には行けないけど、幼馴染が二人干支校に行くんだと言えば、色々教えてやると言われて連絡先を交換した。
 けれども立ち入ったことは聞かない。幼馴染のためだというスタンスを崩さない。
 あくまで先輩と後輩。
 その立ち位置はずっと変わらない、変わっちゃいけないと思ってた。
 なのに。
310: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:52:08.55 d AAS
「あ、あんっ……にゃんっ……」

 服の中を這いずる手に、オレは思わず啼いた。

「いい匂いさせやがって……」
「にゃあ……」
「気づいてなかったのか?」
「にゃ、にゃにを……?」

 頭がぼんやりする。
 体がぽっぽと熱くなって、リヴァイさんの肌の冷たさにうっとりしちゃう。

「発情期だろ」
「にゃあん…………」

 へにょ、と尻尾が垂れた。
 力なく二本のしっぽが交互にリヴァイさんの身体を叩く。
 あれから誘われたリヴァイさんの部屋で、オレはベッドに押し倒されて、身体に触れられている。
 好きで、あこがれてて、恋してる人に触られて、オレはここのところずっと身体の内側に燻っていた熾火が燃え上がったのを自覚した。

「は……発情……き……?」
「本当に気付いてなかったのか?」
「ちょっと……身体、おかしいなって思ってたけど……」
「……まあ、とにかくよかった。間に合って」
「間に……?」
「あそこで会わなかったら、他のやつらに手を付けられてたのかと思うとな」
「リヴァイしゃん……?」
「結構待ったぞ、エレンよ」
「にゃあん……」

 薄毛の間にちまっと存在する乳首を吸われて、オレはたまらず甘えた声を出した。
 そんなとこ、吸ったってメスじゃないんだからミルクなんて出ないよ?
 けれどリヴァイさんの長くて先が二つに割れた舌が、くるくると絡みつくようにそこを虐めてくるから、気持ち良くてくすぐったくて、にゃんにゃん啼くしかないんだ。
 そのうちにズボンも脱がされて、気が付けば素っ裸。
 根子学に通うようになってから漸く二股に割れた尻尾にも、リヴァイさんの綺麗な胴が絡みついて、鱗がじょりじょり、気持ちいい。

「なあん…………にゃあ……いやあん、ああん」

 シーツの上でごろごろ身悶えるオレの身体を絡め取るように、リヴァイさんの長くて黒くて綺麗な身体が巻き付いてくる。
 気持ち良くて思わず耳がぴくぴくしちゃう。

「エレン……エレン、この時を待ってた……お前に発情期が来るのを、どれだけ待ちわびたことか……」
「にゃあん……? リヴァ……にゃん…………?」
「お前を、俺のものにすると決めていた」
311: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:52:12.34 d AAS
 助けたあの時から。
 耳元でそう囁かれて、オレはぶわりと毛が膨らんだ。
 目がかっぴらいて、髭がふるふる震える。
 伸ばした四肢がぴぃんと強張って、まるで走るトラックの前に放り出された状態になってしまった。

「う、うそ……だって、だってリヴァイさん、そんなそぶり一つも……」
「仕方ねえだろ。好いた惚れたつったって、お前はまだ発情期も来てねえネンネだったんだ。手ぇ出したら、いくら干支校でもただじゃ済まねえ」
「にゃっ……ら、らって…………でも、オレ……」
「好きだろ? 俺のこと」
「…………っ!」
 
 ぼん、と顔から蒸気が噴き出すようだ。
 知られてた。
 オレの気持ち。
 どうしよう、恥ずかしい。
 死んじゃう。
 猫なのに、巳の人に恋をしてしまったなんて。
 立場も種族も違いすぎるのに。

「馬鹿。気にすんな。俺もお前を気に入ったと言っている」

 この綺麗な毛並みも、いい匂いのする肉球も、きらきら光るでっかい目も、実に俺好みだ。
 すりすりと黒曜石のような鱗を擦り付けられて、体中に巻き付かれて、オレは逃げ場をなくしてしまった。
 恥ずかしい。
 ほんとに恥ずかしい。
 でも、嬉しい。

「にゃ……にゃあ…………?」
「いやか?」

 嫌じゃないです。
 嬉しいです。
 初めての発情期で、リヴァイさんに相手をしてもらえるなんて。
 でも、オレ。

「……オレ……牡です…………」
「知ってる。ついてるもんな」
「にゃあ! しゃ、しゃわらないで!」

 思わず尻尾がピンと強張った。
 リヴァイさんの長い尻尾の先がそこに絡みついてきたから。
 そのままぐじゅぐじゅと扱きあげられて、オレは猫特有のみっともないペニスを曝け出すことになってしまった。
 濃桃色の、小さなとげのついた小さなちんこに、リヴァイさんの硬い鱗が当たって気持ちいい。
 思わず腰が揺れちゃう。

「ああん……にゃあん…………にゃうう……」

 ぐるりと巻きついた長い身体が、ずりずりと微妙に動いてオレの性感を刺激してくる。
 やだ、気持ちいい。
 鱗、当たって、リヴァイさんの、長い舌があちこち触って、耳の中とか、口の中とか、気持ちいい。
312: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:52:28.93 d AAS
 かぷ、と項を甘噛みされて力が抜ける。
 あ、これ知ってる。
 ここ噛まれると力抜けちゃうんだ。
 あれ、もうすぐオレ、リヴァイさんに種付けされちゃうの?牡なのに?
 そう思ってたら、お尻の穴に何か挿入ってきた。

「なああああああん!!!」

 びっくりして逃げようと思っても、身体はリヴァイさんにぐるぐる巻きにされてるし、項を噛まれて力は入らないしで、なあなあと情けない声を上げるしかない。

「心配するな。お前の家には連絡してある」
「い、いつの間に…………」
「当たり前だろう? お前を貰い受けるんだから」
「にゃっ…………ああ、ああん!」

 ごりごりと中を刺激されて、ぷしゅっと射精してしまう。
 やだ、お尻に入れられてイっちゃうなんて、オンナノコじゃあるまいし。
 でも、気持ちいい。
 猫同士の交尾は、オンナノコがとげとげに刺さって痛いって聞くけど、リヴァイさんのはちっとも痛くない。
 そりゃ、形状が違うから当たり前なんだろうけど。
 でも、お尻ぬこぬこされて、気持ちいい。
 また勃ってきちゃった。

「あ、あん、あん、にゃん!」
「何度でも吐き出せばいい……俺も……」
「にゃああん」

 身体の奥に熱いものが広がった。
 リヴァイさんに射精されちゃった。
 どうしよう、熱い。
 これで終わりかな、って思ってたら、一度抜かれてまた入れられた。
 その都度長い身体がギリギリ締め付けてきて、気持ちいいのと苦しいので気が遠くなる。

「寝るな」
「だって…………気持ちいいです……あん……あと……くるし……」
「悪い。ちょっと加減ができなかった」

 思わず蛇の力で巻き付いてしまったといったリヴァイさんは、今度は反対方向にゆるりと絡まってきて、また身体のあちこち触りながら挿入れてきた。

「にゃ…………」
「耐えろ。蛇の交尾は数日続く」

ん?

「……にゃっ!?」
「猫のお前にはきついだろうがな。まあ許せ」
「にゃにゃっ!? や、ああっ……ああああっ!」
313: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:52:32.97 d AAS
 そんなの、聞いてない……。

 何度も何度も吐き出されてお腹がパンパンになって、お日様が昇るのを三回見たくらいでオレはやっと解放された。
 起き上がるととろりと尻からリヴァイさんの精液が零れる。
 それを勿体ないって思ってても、どうしようもないことだ。だってオレは牡だもの。
 子種を宿す部屋は持っていないから。

「身体、大丈夫か?」
「は……はい……怠いですけど、少し休めば……大丈夫だと思います」

 長いこと絡みつかれていたからか、全身がギシギシ言ってる。
 疲労感も半端ない。
 でも、それ以上にオレは満たされてる。
 幸せだ。
 オレの初めてを貰ってもらえたし、好きだって言ってももらえた。
 この三日間は、オレにとって最高の思い出だ。
 これだけできっと、生きていける。

「あの、リヴァイさん」
「なんだ」

 暖かく濡らしたタオルを持ってきてくれたリヴァイさんは、それでオレの毛繕いをしながら返事をしてくれる。
 優しいリヴァイさん。
 大好き。
 でも、オレは所詮猫で、この人は巳。
 いずれもっと上のクラスに行く人だ。
 猫は猫らしく立場を弁えよう。

「オレ、頑張って根子学卒業して、立派な猫仙人か猫神になりますね!」
「……は?」
「そしたら、オレを使役してください!」

 上級十二神の一に入るリヴァイさんなら、猫でも狐でもイタチでも狸でも、神籍か仙籍を持つ他の種を使役することができる。
 オレはそれで満足しておくべきだと思った。
 この人には、そのうちとてもきれいな蛇のお嫁さんが来るはずだ。
 きらきら七色に光る鱗の人かもしれない。
 水の中を優雅に泳ぐトロピカルな蛇かもしれない。
 どちらにせよ、猫のオレは隣にいることは許されない。
 だったらせめて、リヴァイさんの配下の末席にでも加えてもらえたらと、根子学に通っているのはそんなささやかな野望もあったからだ。
 オレの尻尾は順調に2本に分かれてる。
 順調に履修すれば、二年後にはオレも卒業だ。
314: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:52:50.40 d AAS
 肉球を拭おうとしてぴたりと止まったままのリヴァイさんの手を、ぺろりと舐める。
 忠誠を誓うのって、こうするんだよな?

「リヴァイさん?」

 返事のないリヴァイさんにちょっと不安になったオレは、その銀の目を覗き込む。

「なあん?」
「……いや、なんでもない」

 何やら複雑そうなリヴァイさん。
 もしかしたら、オレ呆れられたのかな?
 不安になったのを察したのか、リヴァイさんの手がまたオレの顎をくすぐってくる。
 ヤメて、ほんとにそれ、気持ちいいから。
 ゴロゴロ言っちゃうから。

「……ほんとにお前、かわいいな……」
「……にゃあん……」

 ごろごろ、ごろごろ。

「心配しなくても、ちゃんと貰ってやる。だから卒業しろよ、根子学」
「はあい……にゃあん…………」

 オレはこのとき知らなかったんだ。

 まさか、蛇の精子が二、三年もお腹の中で生きてるなんて。

***

 それからオレは無事、根子学を卒業した。
 卒業後すぐに、結婚した。
 所謂、デキ婚ってやつだった。
                                          

くっそこーん(大爆笑)
315: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:52:54.19 d AA×

316: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:53:10.32 d AAS
 体が熱くなって頭がふらふらする。
 早退するにしても、どの道あと一時間。
 それならば保健室で少し横になりたい。

「養護の先生はどうしたんですか?」
「今日は午後から休みだ。俺が養護教諭の資格も持っているから代わった、俺は今日はもう授業がないしな」

 ペトラ先生は優しいけれど、この人はどうだろう?

「放課後まで寝かせてほしいんですけど…」
「それを決めるのは俺の仕事だ。熱はどうだ?」

 そういいながらリヴァイが手のひらをエレンの額に当ててきた。
 今時こんな方法が当てにならないことぐらいエレンでも分かる。
 けれども、その手に触れられてゾクゾクと悪寒が走った。
 これはかなり重症に違いない。

「熱があるな」

 手を離しながらリヴァイが言う。
 だからそう言っただろうに。

「そっちのベットに横になれ。…そうだ、何なら5時まで待ってくれれば家まで送るが?」

 奥のベットに腰掛け制服のジャケットを脱ぎながら、エレンはぽかんとした。
 また意外な一面を発見した。

「辛そうだぞ」

 確かに。
 横になって掛け布団をかけた、その布の感触だけで何かざわざわとする。
 こんな症状は初めてだ。

「でも…良いんですか?」
「別に車なら多少の寄り道も苦じゃねえ」
「ありがとうございます。じゃあ…おねがいします」

 このまま満員の電車に乗って、更に歩いてなんてできそうもない。
 その返事を聞いてリヴァイがベットのカーテンを閉めた。
 その表情は逆光になっていて分からない。
 そうこうしている間にも、体が熱くて汗が出るのにゾクゾクと寒気がする。
 どんどん熱が出てきているみたいだ。
 それから…それから体の芯が妙な具合に火照って……その、えっちな気分になる…。
 荒く息を吐きながら、エレンはぼんやり思出だした。
 以前クラスメートが風邪を引いたとき、体が妙に熱くて、それをムラムラしているのだと脳が勘違いしてどうしようもなかったということを。
 これもきっとそんな感じなんだろう。どうしよう、一度トイレに行って…そう考えていたときだ、カーテンが少し開けられた。
317: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:53:13.98 d AAS
「ずいぶんと息が苦しそうだが、大丈夫か?」
「はい寝てれば大丈夫です…あの…ちょっと便…」

 そこまで言いかけて、大きな手がぬっとこちらに向けられぎょっとする。
 嫌だ、怖い。
 何故だろう触れられたくない。
 大きな手のひらがエレンの額に触れる。
 じくっ。
 エレンの中に新たな熱が生まれる。

「本当だ、また熱くなったみたいだな」

 何故この教師はいちいち触れて確かめるんだろう?
 心なしか額に触れる手がいたずらに髪をもてあそぶ。
 弄られた毛先の根元がくすぐったいような気がする。

「襟元を緩めたほうがいいんじゃないのか?」

 体がだるくて、かろうじてジャケットは脱いだけれど、制服のネクタイもボタンもきっちり留めたままだということに気がついた。
 そのネクタイに手を伸ばされてあわてる。

「じ、自分でできますから!」

 手を避けようとして半身を起こして、ゾワッとした。
 衣服が体にこすれる感触、普段は少しも気にかけないその感触が、今刺激としてエレンの体を取り巻いている。

「どうしたイェーガー、おとなしく横になってろ」
「あ…!」

 胸を押されて思わず声が出た。

「?どこか痛かったか?」
「!!」

 男の大きな手がエレンの胸元をまさぐってくるのを、唇をかんで耐える。
 ゾワゾワゾワゾワ。
 肌は粟立つのに、その奥に熱があるのは何故だろう?

「ん…大丈夫…だから離して…」
「だが辛そうだ」
「あん!」

 声を上げて、頬がかっと熱くなる。
 胸の粘膜に大人の指先が触れ、思わずあられもない声を上げてしまったのだ。
 こんな声出したことがない、なんだろうこの感覚は。
 その時、リヴァイの喉がごくりと鳴り、瞳が恐ろしい色を浮かべるのをエレンは目撃した。
 この人は、何だか危険だ。
 この状態は風邪とは違う、何かがおかしい。
 この男から、何かもらった…。

「ぜ、先生、さっきの飴って本当にただののど飴なんですか?」
「そうだが。何だと思うんだ?」
「だってあれをもらってから体が…おかしい、です」
「ほお、どんな風に?」

 リヴァイは楽しむようにエレンのわき腹を撫でる。
318: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:53:51.39 d AAS
「あ…それ止めてください…」
「なあ、イェーガーどんな風におかしいんだ?俺から何をもらったと思う?」

 さわさわさわさわ、くすぐったいような感覚がわき腹から全身に広がってゆく。
 つま先までがむずがゆく、足指に力がこもる。

「やめ…ろ」
「なあ、イェーガー言ってみろよ」
「や…止めろって言ってるだろう!」
「ほお、生意気だな」

 不意に硬さを持ちつつあった両の乳首を、シャツの上からつままれ、エレンは背中をのけぞらせて悲鳴を上げた。

「んあああああ」

 リヴァイの手が容赦なくくにくにと乳首を揉む。

「や、止めて!それ」
「止めてくれって言ってるような顔じゃねえな」

 どうしてこんな場所が敏感になるんだろう…。
 リヴァイが指を動かすたびに、エレンの体が揺れてしまう。

「乳首で感じるなんて、女みたいだな」
「!!か、感じてない。嫌な…だけ…」

 リヴァイの手を退かそうとその腕をとっても、存外しっかりとした体躯の男はびくともしない。

「ほお、本当に嫌か?」

 もはや声も出なく、エレンはこくこくと頷く。
 リヴァイの手が離れ、エレンはほっとした。
 そうしてすぐキッと睨みつけた。
 この男、とんでもない。
 絶対弾劾してやる。

「あ!あんた、教師のくせに生徒にこんなことしていいと思ってんのか!?」
「まずいな」

 だがリヴァイは顔色一つ変えず、言い放つ。

「だがお前が何も話さなければ大丈夫だ、イェーガー」

 リヴァイの白衣のポケットから、真っ白な包帯を出されたとき、エレンは本能的な危機を感じた。
 ベットから飛び出そうとするが、体にうまく力が入らない。
 あっという間に捕らえられ、白い柵に腕が固定されてしまう。

「!な!!」
「その声も抑えてもらわねえとな」
319: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:53:55.45 d AAS
 口の中にガーゼが詰め込まれる。
 これからもっと恐ろしいことが始まるのだ、エレンは体全体で抗おうとするが、両腕を捕らえられていてはそれもままならない。
 もともと両腕が自由でも力がかなわなかったのだ、いまやリヴァイはエレンのささやかな抵抗などものともせず、ネクタイが締められたままなのに、胸元のボタンだけが外されてゆく。
 リヴァイがその外したボタンだけシャツを広げれば、ツンととがったエレンの色づいた乳頭が顔をのぞかせた。
 はっと息を呑む。
 恥ずかしい。
 屈辱だ。
 こんな場所を性的な意味合いで覗かれるなんて思ってもいなかった。
 それなのに首もとのネクタイがそのままなのが余計に意味を深めている気がして、いっそこれも取って欲しいと思う。
 チュッとそこを吸われ、エレンは身悶えた。

「んー!んん――!!」

 びりびりと体を刺すような快楽に貫かれ、エレンは身悶えした。
 口をふさがれていて良かったのかもしれない、さもなければどんなはしたない声を上げていたことだろう。
 男の乾いた唇の感触を、その場所が鮮明に感じ取る。
 そこだけ神経をむき出しにされてしまった気がする。

「気持ちいいか?こんなに敏感になっちまいやがって、布越しじゃ物足りなかっただろう?」

 そう言うとリヴァイは笑いながら、赤い舌を出し見せ付けるようにチロチロとそこを舐める。

「ん"ん"ん"ん"ん"!!」

 片方の手でもう一方の乳首も弄られ、快楽を逃がそうとエレンの足が独りでにばたついた。
 胸で受けた快楽が、体の中心に集まりだす。

「そんなに好いか?ここだけでイケるんじゃねえのか?」

 わざとぺちゃぺちゃと音を立てながら、リヴァイがそこをねぶる。
 唾液で濡れた乳首は蛍光灯の下で淫靡に光を反射した。

「んふ……」

 たまらずに熱い吐息が口の端から漏れる。
 ガーゼで塞がれた口の中は息苦しくて仕方がない。
 きっとあの飴には、何かおかしなものが入っていたんだ。
 苦しい…体中の熱が一箇所に集まってゆく。
320: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:54:13.70 d AAS
 もうやめて、そんなところばかり弄らないでと情けなくも懇願したくなる。

「んん…んふ…ふ…」

 エレンから漏れる声も随分大人しくなっていった。
 もう頭の中がどろどろになりそうだ。
 ただ息遣いだけが荒くなってゆく。
 それなのにリヴァイはチュッチュと音を立ててエレンの聴覚まで犯そうとしている。

「こっちももうイッパイイッパイだな」
「−−−−−−−−−!!!!」

 リヴァイの膝が、熱く張り詰めたそこに触れた瞬間、エレンの下肢に爆発したかの様な衝撃が走った。
 …達したのだ。
 エレンの表情で、体の痙攣で悟ったのだろう、リヴァイがにやりと笑う。

「初めてのくせに、乳首だけでイッたのか?淫乱な体だな」

 重く怠い頭を振り、エレンは抗議する。
 けれどもリヴァイは小さく笑い、ポケットから更に桃色の何かを取り出した。
「え〜今日、ペトラ先生休みなんですか?」

 カーテンの向こうで半分ふざけて、半分本気で落胆する男子生徒の声がする。
「いいから黙って腕を出せ」
「はい」

 話の内容から察するに、バスケット部の上級生二人が怪我をした下級生を連れてきたらしい。
 もう部活動の時間なのだ。
 エレンは必死で声をかみ殺す。
 けれども時々鼻にかかった声が漏れてしまう。

「奥のベット、誰か寝てるんですか?」

 その言葉にびくっと体が震える。
 続けてリヴァイが答えた。

「ああ、熱がある。魘されてるんだから構うなよ」

 絶対、絶対にこんな姿を見られるわけにはいかない!今やエレンの脚は大きく開かれ、腕と一緒に包帯で固定されている。
 さっきまで口をふさいでいたガーゼはもうない。
 そして、エレンの開かれた脚の間からは、桃色のコードが延びている。

「寝てるの男?女?」
「お前らには関係ない」

 上級生らしい二人が下卑た笑いを漏らした。
 カーテンのこちら側に漂う青臭い匂いは、向こうには届いていないらしい。
321: (スププ Sdb8-xdvH) 2016/09/28(水) 06:54:17.65 d AAS
「なあ、なんかこの声って…」
「言うなよ、おい」

 二人の会話が聞こえてくる。
 その途端、エレンの体の中に埋め込まれた玩具がひときは強く震えた。
 このモーター音はエレンの胎内でだけ響いているらしい。

「ふっ…!」

 リヴァイがポケットに入れたリモコンで、振動を一瞬強く変えたのだ。
 なんて悪趣味な
 カーテンの向こうの二人が、動きを止め息を呑んだのが見える。
 彼らに発見されれば、この苦しくて痺れるような地獄から開放される。
 思い切って、エレンから助けを求めればいい。
 そう、エレンは被害者なのだから。

「んあっ」

 けれどもエレンは唇を嚙み、どうしようもない責め苦に耐える。
 こんな姿を人に見られるのだけは絶対に嫌だ。
 その時、カーテンの隅に指が入り込むのが見え、息が止まる。
 こいつら覗くつもりだ!熱くなっていた体が一気に冷える。
 ゆらゆらと布地が揺れ、そっとカーテンがめくられてゆく。
 …ああ…何か言ってやりたいが、今はまともな声を出せない。
 カーテンをめくる上級生の、押し殺した笑い声が気配で伝わる。

「何してる!構うなと言ったろう?」

 鋭い声が飛んできて、すぐさま指が引っ込められた。
 リヴァイの冷たい怒りに二人が縮み上がっているのが分かる。

「休んでいる生徒を保護するのも俺の役目だ。怪我の手当ては終わった、とっとと出て行け」

 すみませんとぽつんと呟く声がして、扉が開く音とともに少年達は出て行った。
 エレンはほっとしたが、同時に絶望もする。
 これからもっと恐ろしいことをされるのだ。
 カチッ。これは扉を施錠した音…。
 シャッ!勢いよくカーテンが開かれると、笑顔のリヴァイが現れた。

「休んでいる生徒を保護するのも俺の役目…か。今の言葉どう思う?」

 この男、面白がっている、言葉で嬲る気なのだ。
 エレンはキッと睨みつけてやった。

「なあ、イェーガー。この姿を見せてやってもよかったかな?」
「この…変態教師!犯罪者!!…あんっ!!」

 玩具の振動を最強にされ体が震える。
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ぬこの手 ぬこTOP 0.257s*