[過去ログ] マルティン・ハイデガー5 [無断転載禁止]©2ch.net (1002レス)
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10: 2016/07/09(土)20:51 ID:0(10/973) AAS
純一くん、波平がコテを名乗れっていってるよ?
どうするの?また逃げるのかな?
11: 純一 ◆eaZWoouTcNJi [ppp] 2016/07/09(土)20:56 ID:0(11/973) AAS
運知思想なのかね?
12: 2016/07/09(土)21:09 ID:0(12/973) AAS
幻聴の症状で印象的だったのは、母国語(日本語)以外でも話しかけられることを体現してくれた点です。
それを体現し確認させた上で、それ以降はずっと母国語で話しかけてきていました。
症状を発症するまで、国家という概念そのものが全く理解できませんでした。
換言するならば「日本国に居ながらも入国している気がしない、無国籍感があった」。
国籍は何も出生届けを提出したり大使館に連絡する事で手に入るものとは限らないでしょう。
ですが警察・教育機関・裁判所・メディアなどの情報発信で、私は聴力をおかしくされてしまった。
今はめっきり幻聴はなくなりましたが、貴重な体験だったと思います。
13: 2016/07/09(土)21:11 ID:0(13/973) AAS
ドイツ語でSterbehilfeは安楽死という。
発音だけを見ると「スターをヘルプする」に近い。
日本語でスターといえば、警察が犯人の事を「ホシ」と呼ぶことがあるけれど、
果たして警察に捕まることは本当に安らかな死を意味するだろうか?
いや、しないだろう。死者を鎮魂する除霊行為にもならないしな。
私がこの国を追われているから亡命しようとしていても、
それを全力で阻止するのが警察と学校制度だ。ああ、はやく帰化したい。
14: 2016/07/09(土)21:12 ID:0(14/973) AAS
赤貝を開いて具を見せなさい
15: 2016/07/09(土)21:16 ID:0(15/973) AAS
>>3
翻訳家の意見の相違は興味深いですね。
そういう私は最近、「water entry speed」を「溺死」と訳してしまいましたよ。
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(1): 第三のなみへい 2016/07/10(日)13:37 ID:0(16/973) AAS
倫理は経済性を抜きに考えられない。
だから現代なら、近代合理性、効率が中心になっているが、
それで補えないところとして、近代前からの倫理で補完される。
世界的には、宗教教義や、階級制、一族が中心だと思うが、
日本人の倫理の特徴は、職を中心に考えられてるところにある。

これは世界的に珍しい。
例えば、プロテスタントの天職概念が有名だが、
これも近代はじめだけのもので、プロテスタントの本質とは言えない。

この日本人の職倫理を始めて体系的に語ったのが、江戸時代初期の鈴木正三。

鎌倉時代以降は、現代につながる日本ができた時期と言われている。
省4
17: 名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote! 2016/07/10(日)18:08 ID:0(17/973) AAS
中本裕之(なかもと ひろゆき)元弁護士(新62期)=長文=奈良県について(2016年2月)

性別: 男、未婚
年齢: 36歳以下(昭和54年4月2日以降生れ)
国籍: 日本人?(本人談: 2012/03/26 パスポート取得)
住所: 奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)?
最寄駅: 近鉄・生駒線 竜田川駅?
実家: 不動産を所有する資産家の分家
家族: 実家で母親と同居、兄、弟、妹?、父親と確執?
母親: 世界真光(まひかり)文明教団の信者
宗教: 聖書は半分くらいしか読んでいない ←←←←←←←←New!
省21
18: 名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote! 2016/07/10(日)18:27 ID:0(18/973) AAS
純一って4年も前からixtlan=波平説を唱えていたのだな
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(1): 名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote! 2016/07/10(日)18:29 ID:0(19/973) AAS
ixtlanといえばyahooの哲学トピでは昔から有名人だし波平と同じ頃から
ネットで活動している人で見ればすぐに別人だと分かるのに
20: 2016/07/11(月)12:34 ID:O(1/27) AAS
>>16
晩年の小室直樹がそういう日本はもう終わるって予言して現状その通りになったやで 一流企業が法律を破ってもバレなければという行動をするようになった
今の日本人は倫理の迷子なんや
21: 2016/07/11(月)21:03 ID:0(20/973) AAS
>>19
波平とixtlanには共通点がある
  
二人とも物凄く馬鹿だということ
  
波平が中年ヒキニートでixtlanは阿含宗のキチガイ信者
 
いい勝負だよ
22: 現象学の根本問題作品社 2016/07/16(土)00:29 ID:O(2/27) AAS
序論
世界観批判→世界観は既に存在者を定立している、世界観が端に相対主義というのではなく存在に対する無批判な態度がまずい
存在者が存在者としてそこにあることと存在者が存在することは違う→哲学はポジティブな事実定立的なかたちで存在者に関わるものではない
→存在者と存在は違う=存在論的差異→哲学は存在についての学で存在者についての学ではない
太陽や鉄道、人間。個々の存在者を思い浮かべることはできても存在を思い浮かべることはできるか?ヘーゲルの言うように「存在と無は同一」でないのか?存在への接近は慎重な態度を必要とする
以下本論で探求する四つのテーゼ
・カントのテーゼ「存在はレアールな述語ではい」
・アリストテレスに遡る存在者の存在構造には何であるかという、つまり本質存在と事物的な眼前存在、つまり事実存在が属する
・近代存在論のテーゼ「存在の根本様態は、自然が事物的に眼前に存在するという意味での存在と、精神が存在するという意味での存在である」
・論理学の前提、全ての存在者はそのつどの存在様態には関わりなく<である>によって語られうる
省6
23: 現象学の根本問題作品社 2016/07/16(土)01:26 ID:O(3/27) AAS
本論一章
存在はレアールな述語ではない
カントがレアリテートに与える意味、それは事象規定と訳している「純粋理性批判」→事象性は質のカテゴリーで事実存在、現存在は様相のカテゴリーに属する
可能的な百ターラーと現実的な百ターラーは事象性は区別されない、しかし存在するということは区別する→事象内容に還元されない
存在はレアールな述語ではない→存在は事象内容を表す述語ではない
カントは存在論的差異に気づいていた、存在は事象内容としての存在者には還元されない
しかし、カントは存在を主観による定立に還元する、客観としての存在者から主観としてのコペルニクス的転換、定立作業が存在になってしまった
しかし、志向性の本質から言って心的主観と物的客観がそれぞれバラバラに存在するのはおかしい→主観が志向的な関係抜きに孤立して存在するわけではない
→幻覚に囚われてこの教室の中に象がいると感じたとして、それは現実にはありえなくても何らかの志向対象があることは疑いない
志向性の誤った客観化、志向性は主観と客観という事物的存在の二つの存在者の関係ではない→現存在による関わりかたである
省3
24: 現象学の根本問題作品社 2016/07/16(土)03:22 ID:O(4/27) AAS
ニ章から四章まで
第ニ章アリストテレスにまで遡る中世存在論のテーゼ
結論→
本質存在と事実存在は共通の起源をもっているということ、つまり、制作的なものとしての存在理解
事物的眼前存在者の他に現存在という意味での存在者もまた存在している→現存在はそれが存在するかぎり自分自身を知っている
第三章近代存在論のテーゼとしての眼前存在と精神存在→広がりあるものと思考するもの
結論→
現存在は事物的眼前存在者とはまったく別な存在様態をもっている→自分を自分自身に対してあらわにしている自己言及的存在
カントは人格を目的であり手段としてはならないと言った→現存在のメタ性→思考するものと広がりあるもののデカルト以来の区別
世界内存在思考するものと広がりあるもの主観と客観を無理に分けてそれから一致させる手品を手間かけてする必要はない
省3
25: 現象学の根本問題作品社 2016/07/16(土)12:12 ID:O(5/27) AAS
第二部第一章存在論的差異の問題
・時間と時間性
アリストテレスの時間論考の概略→時間とは運動の数である→時間とはある数である
通俗的時間理解と、根源的時間への遡行
時間を一連の<今>と見られている→通俗的な時間理解の例、時計使用→時間を<今の連続>とみなす→しかし、〜までには今はまだ時間がある、そのためにそのための志向性、
事物的眼前存在ではない存在者ではない存在→点的な今、線形としての今ではない予期、把持、現前化の統一としての根源的時間→存在の了解を与えるもの
→時間の四つの構造契機、有意味性、日付可能性、伸長性、公共性→存在と時間での世人批判、頽落、匿名性、大衆性批判→きれいなファシズム
それらの無差別性とは違う=根源的時間は存在する→時間は脱自的である
→目の前の事物的存在と関わっているがそれに還元されない、自ら抜け出している、脱出する、脱自的なもの
志向性は脱自性からくる、それを頽落が通俗的時間が覆い隠す
省4
26: 現象学の根本問題作品社 2016/07/16(土)12:43 ID:O(6/27) AAS
第二部第一章存在論的差異の問題続き
・テンポラリテートと存在
手元に存在する手元に存在しない→客観的には同じものでも主観的には別なもの、視点によるそれぞれのものとしてしかない→脱自的におのれを超えでる超越による
・存在と存在者(存在論的差異)
存在者の対象化(事実定立的な学)と存在の対象化(哲学)→哲学も哲学以外の学も現存在の理解によって解明できる
事実的な現存在はいわば存在について勘違いをしている→目の前の存在者だけが周知でそれに囚われて頽落している
あるいは自分も他者と同じ一般的なものと思い根源的区別をしていない
以上未完
27: 流行通行止め 榎並重行・三橋俊明 2016/07/16(土)13:51 ID:O(7/27) AAS
ジャック・デリダがニーチェを語るすべての言説は、「どうしてハイデガーの読解なしですますことができようか?」の言い換えにすぎないが、
ニーチェを読むとはハイデガーなしですますということだ→ニーチェの異質性をハイデガーの同質性で解釈し直してしまうことがデリダの奇術
ニーチェの系譜学の異質性を消去して形而上学のゲーデルにしてしまう

ハイデガーが形而上学の官僚であることは、存在と時間とその失敗によって明らかに知れる。存在を存在者から規定するためには内在論(内ー世界性)が必然的な論理形式となるが、
時間はカントが述べ、ショーペンハウアーが繰り返したように超越(先験)論なしには規定しえない。そして、内在論と超越論は万有の超越者たる神によってしか統合できない論理上の誤謬だ
神学の人間学化、神の量子力学化を試まずにはいられない近代形而上学の官僚ハイデガー
神を抜きにして神学の権力関係を維持することが賭けられていた
28: 形而上学の根本問題 2016/07/16(土)14:47 ID:O(8/27) AAS
上の辛辣な意見はともかくハイデガーが何故、内在論と超越論を、全てを自分なら統合できる、自分は特権的と考えたか謎が残る
→存在と時間の姉妹篇たる形而上学の根本問題(内容の整合性と射程の深さからは存在と時間などを問題にしないほとんど主著)を読むだけで次の疑問が残る
・存在者と存在を何故、差別化図ったのか→実存よりも実存者の方が根源的としたレヴィナスのような思考も可能なのに
・凡庸な存在者、一般の凡庸な他者にとどまらずに何故、存在者と存在を差別したのか、存在論的差異の思想を残したのか
・通俗的な時間理解、存在了解に対抗し上回る根源的な先見性を特権的な立場を確保したか、それは公共的な一般的なものではなく私だけにとっての根源的なものである
・凡庸な数に対して根源的な私の特権性を何故、維持したか
・存在、時間、それを了解する私の図式自体が他者を前提にするものではないか、
道具が道具であることは端的に与えられるものではなく、それをそれとして活用する他者との共同性、凡庸な使い使われを前提にするのではないか
・他者と共に生きる人間において、根源的な私などないのではないか、私が私であるのは他者との差異が根源にあり、他者との比較のない、凡庸でない私などいないのではないか
29: 形而上学の根本問題 2016/07/16(土)15:01 ID:O(9/27) AAS
何故、存在者に対して存在を自分の哲学なら捉えられる根源的に差別できるとしたのかは、
凡庸な存在者にまみれた大衆社会に対抗する、特権的なファシズム、連帯性を根源性を前提にする
それなしにはあり得ない、論理構成から言って

存在論的差異の思想は他者を、凡庸な社会という現実を排除した、凡庸な現実を排除したきれいなファシズムに基づくわけで、それなしには成立しない
汚い民主主義や大衆社会の拒絶によるきれいなファシズムなしには成立しない

ハイデガー思想はナチズムそのものではないにせよ、きれいなファシズムを前提にしている
→だからこそナチズムに参画した、支持し戦後も民主主義を批判しナチズム支持した自己を批判しなかった
アメリカニズムされた現代社会も存在忘却だとし自己を正当化し続けた

ナチズム荷担にしろトラークル誤読による他者の排除にしろハイデガー哲学の根本構図に基づく

これらのハイデガー思想の本質を抜きにしたハイデガー読解には意味はない
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