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ガロア第一論文及びその関連の資料スレ (1002レス)
ガロア第一論文及びその関連の資料スレ http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1615510393/
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32: 132人目の素数さん [] 2022/02/01(火) 07:42:57.35 ID:Ru413sIu メモ https://www2.tsuda.ac.jp/suukeiken/math/suugakushi/ 第8回数学史シンポジウム(1997.10.25?26) 所報 16 1998 https://www2.tsuda.ac.jp/suukeiken/math/suugakushi/sympo08/ 第8回数学史シンポジウム https://www2.tsuda.ac.jp/suukeiken/math/suugakushi/sympo08/08takase.pdf 不定域イデアルの理論と多変数代数関数論への道 評伝「岡潔」のための数学ノートI(未定稿)高?正仁 http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1615510393/32
181: 132人目の素数さん [sage] 2023/02/04(土) 09:51:44.35 ID:pd0mp3jW 森田検索君へ >>180 その薬 自分につけたら http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1615510393/181
198: 132人目の素数さん [sage] 2023/02/04(土) 21:32:30.35 ID:FXdrMrMW >>197 つづき https://www.math.kyoto-u.ac.jp/~yukie/ 雪江明彦 代数の教科書について https://www.math.kyoto-u.ac.jp/~yukie/yougo.pdf 教科書の 用語について (2012/7/7更新) 代数の教科書を書いたとき,用語については大変迷った. 自分なりの結論をここで 書いておく. 1. 「単元群」か「単数群」か「乗法群」か A が環のとき,乗法に関して逆元をもつ元の集合を A× と書くが,これを何と呼 ぼう? 論理的な結論はもちろん「単元群」である. しかしこれは都合が悪いことがあ る. それは整数論でいずれ「ディリクレの単数定理」が出てくるから. これを「ディ リクレの単元定理」と呼ぶ選択肢はない. これがあるので,A が代数体の整数環のと きには A× のことを「単数群」と呼びたくなる. ではなぜ「単数群」で統一しないの か? それは A が多項式環のとき A× の元を「単数」と呼ぶのに抵抗があるからであ る. 森田の代数概論では「単数群」で統一しているが,やはり多項式のことを考える と「単数群」と呼ぶ気にはなれなかった. そこで「乗法群」とした. 2. 「可除環」か「斜体」か 最初に代数の教科書を書いたとき,3 巻全部書いて出版社に送ったのだが,最初の 2 巻が出た後,3 巻目を出すときになって,これだけの量を書いて「ヴェーダーバーン の定理」について書いてないのはおかしいと思って書き足した. それまでは可換体し か扱うつもりがなかったので,「体」,「可換体」で, しかし可換体のことを「体」と呼 ぶことにしたが,3 巻で「必ずしも可換でない体」の呼び方が必要になったので,1, 2 巻を増刷したときにここで用語を変えなかったらもう変えられないと思って初版第 1 刷を買われた方には申し訳ないと思ったが用語を変えることにした. つづく http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1615510393/198
404: 132人目の素数さん [] 2023/02/13(月) 21:11:15.35 ID:4U3ZM/VM >>400 >これ、”topologically a sphere with 4 tubes sticking out out of it.”は、下記のファインマンダイアグラムですね >英の.png図を、ご参照 下記 超弦理論の魅力 ご参照 P2 図 2: 1-loop の Feynman 図 左が場の理論の図で、黒丸が頂点(vertex)ですが この右の図が弦理論の図で、浮き輪を膨らませたトーラスになる このトーラスは、ご存じ図3,4 で、楕円関数では頻出です これ、2003年で20年前です。これらは、20世紀末から散々見てきました この図が、頭にうかばないと、>>400の説明は分からないでしょうね https://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~shigeki.sugimoto/ 杉本茂樹 京大 https://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~shigeki.sugimoto/YITP50.pdf 超弦理論の魅力 杉本茂樹2003 P2 図2、3、4 1-loop の Feynman 図を例にとって、その様子を絵的説明すると次のようになります まず通常の場の理論の場合、1-loop の Feynman 図で loop をまわる運動量の積分を loop の長さの積分で置き換えたとき、この loop がつぶれる(長さがゼロになる)ところの寄 与が一般に紫外発散を生じます。これに対し、弦理論の場合、点粒子がひもに拡張される のに対応して Feynman 図における線が面に置き換わり、図 2 の右図のような形になりま す。ここでトーラスを図 3 の右図のように対辺が同一視された平行四辺形で表すことにす ると、場の理論のつぶれた loop に対応するのは図 3 で実線で書いた cycle がつぶれて図 4 の左図のように平行四辺形が横長になった状況であることが分かります。ところが、こ の平行四辺形の形を変えずに横に倒すと、図 4 の右図のように実線で書いた cycle が長く 伸びたようなトーラスになります。こちらは場の理論におけるつぶれた loop に対応する Feynman 図ではなく、紫外発散は生じません。弦理論は、このようにトーラスを縦に見る か横に見るかという見かけ上の違いにはよらずに振幅が定義されるように作られているた め、その結果として紫外発散が除去されることになります https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007709042-00 基礎物理学の展望2003 基研創立50周年記念行事実行委員会 出版2005 超弦理論の魅力 杉本茂樹 https://researchmap.jp/sgmt 杉本茂樹 http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1615510393/404
541: 132人目の素数さん [] 2023/02/18(土) 00:12:44.35 ID:dtkuCIRJ >>540 ついでに書いておくが、 下記のen.wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Quadratic_reciprocity Quadratic reciprocity にも記載があるけど reciprocity:相互律(相互法則) という用語は、ガウスは使っていない reciprocityは、現代風のルジャンドルの記号で書いたときに pとqとの入れ替えで不変になっていることから来る ガウスがDA中で言い訳書いているけど のルジャンドルの出版物を見たのは 自分が原稿を書き上げた後、ずっと後で (だから、ルジャンドルの記号は使っていない) 但し、ルジャンドルの証明にはダメだししている ガウスは、相互法則の部分を、「基本定理」(高瀬訳)と称している http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1615510393/541
975: 132人目の素数さん [] 2023/03/03(金) 11:36:18.35 ID:6VMl6vj6 >>974 つづき 1967 年頃にTIFRで行われたマンフォードのアーベル多様体に関する講義の場合も同じでした。マンフォードは彼の本の序文で、ノートが彼の研究を改善し、アーベル多様体に関する彼の現在の研究を改善したと書いています。彼とラマヌジャムの共同作業でした。 Illness and death In 1964, based on his participation in the International Colloquium on Differential Analysis, he earned the respect of Alexander Grothendieck and of David Mumford, who invited him to Paris and Harvard. He accepted the invitation and was in Paris, but for a brief period. He was diagnosed in 1964 with schizophrenia with severe depression and left Paris for Chennai. During one of the attacks, he tried to take his life, but was rescued in time. However, late one evening on 27 October 1974, after a lively discussion with a visiting foreign professor he took his life with an overdose of barbiturates. (google訳一部修正) 1964年、微分の解析に関する国際コロキウムへの参加で、彼はアレクサンダー・グロタンディークとデビッド・マンフォードの尊敬を集め、彼らは彼をパリとハーバードに招待した. 彼は 1964 年に重度のうつ病を伴う統合失調症と診断され、パリを離れてチェンナイに向かった。 一度彼は自殺しようとしましたが、間に合って救出されました。しかし、1974 年 10 月 27 日の夜遅く、外国人教授との活発な議論の後、バルビツレートの過剰摂取により命を落としました。 (引用終り) 以上 http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1615510393/975
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