戦国時代における騎馬武者の実像とは 2騎目 [無断転載禁止]©2ch.net (982レス)
1-

154: 2016/09/09(金)16:46 ID:zylLaXUR(1/2) AAS
奔売るための逆説ブームのおかげで
戦国ロマンが汚されたね。。。><
155: 2016/09/09(金)16:47 ID:zylLaXUR(2/2) AAS
奔 ⇒ 本 すいません
156
(1): 2016/09/09(金)23:02 ID:HGFU4uH1(1) AAS
まだやってるの?w
だから騎馬隊の突撃なんて空想だっての
騎馬は高価なものだから旗本クラスじゃないと維持できないんだよ
鎌倉時代の騎馬武者の騎馬隊の数とか多くて数十人の集団だった
源平の合戦とか両軍合わせて5000いるかも怪しい。下手したら3000程度。
つまり日本の歴史で数千騎馬隊を運用したとかありえないから
騎馬はあくまで旗本の移動手段と荷物の運送手段
157: 2016/09/10(土)08:31 ID:XsvohDCy(1/2) AAS
ふーん。次
158: 2016/09/10(土)09:52 ID:sv3nYiaT(1) AAS
>>156
これらの数は具体的にはどういった根拠によって確定したんだろうか?
159: 2016/09/10(土)20:19 ID:XsvohDCy(2/2) AAS
自分で調べろよ。
160: 2016/09/10(土)23:16 ID:Hcrz6RCx(1) AAS
勝手な数字を出しておいてその根拠は出せないとか面白い人だなw
161
(1): 2016/09/11(日)05:03 ID:c9ScvbRd(1/2) AAS
じゃ自分も数字出せばいいんじゃないの?w
出せないってことはこの数字が正しいことになる
162: 2016/09/11(日)07:42 ID:wnjKrJ1P(1) AAS
本当に足がつく馬はこれ、
動画リンク[YouTube]
163
(1): 2016/09/11(日)15:02 ID:sNovD8la(1) AAS
>>161
最初に勝手な数字出しておいてその根拠は出せません
でも相手が数字出してこないので正しいってどんな理屈だよ

根拠はどうしたんだって聞いてるんだよ
ここで出せないんならもうないってことだからな
164
(1): 2016/09/11(日)22:28 ID:c9ScvbRd(2/2) AAS
>>163
だからおまえも数字もってきて反論すればいいだけなんだよ
数字がおかしいと思うのなら自分で調べて反論すればいい

文句だけならアホでもできる
反論するなら根拠となる数字をだして叩けばいいだけ

おまえのレスはスレを汚しているだけ
もうソースだせとかもう飽きたんだよ
省3
165: 2016/09/13(火)08:59 ID:TpMIdp4R(1) AAS
馬ナシのままだったら、立派なよろいかぶとを付けた武者が
徒歩で移動しなければならなくなる。見栄えが悪い。
戦闘の最前線ぐらいだったら降りてもいいが。
166: 2016/09/15(木)08:34 ID:UYTefg22(1) AAS
指揮をするなら味方から見やすい位置にいる必要もあるしな
167: 2016/09/19(月)07:19 ID:6pd5ka0f(1) AAS
動く台座だな。
168: 2016/09/23(金)00:00 ID:yeAroypA(1) AAS
鈴木の主張を鵜呑みにするとこういうイメージを抱く
画像リンク[jpg]:amd.c.yimg.jp

<愛馬の日>ポニーとともに直線ダート疾走 東京・馬事公苑
外部リンク:headlines.yahoo.co.jp
169
(1): 2016/09/23(金)09:48 ID:qsYU9wHo(1) AAS
>>164
結局最後までソース出せないところに本気で笑ってしまったww
170: 2016/09/23(金)10:45 ID:3dXI7QLT(1) AAS
>>169
そもそもソースが必要とするほどの内容か?
ほとんど出尽くした情報でしょ
171: 2016/09/24(土)06:14 ID:MebFjYs2(1) AAS
長篠の戦いで有名だな。
織田の馬防柵と、武田軍の陣地は300メートルほど離れて向き合っていた。
鉄砲の有効射程距離は100メートルほど。
武田軍の背後から、鳶の巣砦を攻略した織田の迂回部隊が鉄砲を打ちながら接近していき、
武田軍は前に押し出されていく。
1番隊、2番隊、と突撃が開始されるが、これまた馬で乗り入れようとかかっていったので、
300メートルの距離のうち200mぐらいは馬上のまま、供回りの足軽とともに突進した。
省3
172: 2016/10/24(月)12:01 ID:iJlt5tTq(1) AAS
騎馬隊の突撃があったのは事実

たった30の騎馬が、2000に横から突っ込んで行き
横からブチ当てられた部分の崩壊を基点として一気に瓦解していった
173: 某研究者 2016/10/24(月)15:29 ID:sY3IU1vc(1/3) AAS
>>129
足軽も装甲は
Twitterリンク:katchusi
上の物な佩楯が装備された物も有るが
戦国末期には軽量化されているだろうが
騎馬武者が落馬してもやられないのは
装甲の重量差や動作性の差故なのかだが
174: 某研究者 2016/10/24(月)15:55 ID:sY3IU1vc(2/3) AAS
画像リンク[jpg]:images.metmuseum.org
上の室町初期の秋夜長物語絵巻の
陣笠の様な兜の有る兵は足軽的な兵なのかだが
画像リンク[jpg]:images.metmuseum.org
上の陣笠的な兜の有る兵の脛当は
大立挙式であるから
こちらは下位の騎馬武者の可能性も有るのかだが
省6
175: 某研究者 2016/10/24(月)23:22 ID:sY3IU1vc(3/3) AAS
外部リンク:webarchives.tnm.jp
上の15世紀末に書かれた結城合戦絵巻の左側の
小型の袖を装備している兜の無い兵は
足軽なのかだが
下位の騎馬武者の可能性も有るのかだが

画像リンク[jpg]:blog-imgs-47.fc2.com
上の1524年成立の真如堂縁起絵巻の
省10
176: 2016/10/25(火)16:57 ID:KFsiPSQH(1) AAS
陣笠は、確か鉄製のはず。

煮炊きにも使ってたような。
177: 某研究者 2016/10/25(火)17:56 ID:A/MN8TmB(1/2) AAS
Twitterリンク:tanomin
上の様な立花家の古い桃形の貸し兜が有る様だし
画像リンク[jpg]:images.metmuseum.org
これは上の秋夜長物語の一枚シコロの兜にも似ているが
桃形では無い一枚シコロの古い貸し兜も有った可能性も有るのかだが
陣笠は果たして大阪の陣前に有ったのかだが
178
(1): 2016/10/25(火)21:24 ID:91b9HNsk(1) AAS
173-177
何だこの人は軍事板のコテさんか
179
(1): 某研究者 2016/10/25(火)23:14 ID:A/MN8TmB(2/2) AAS
画像リンク[jpg]:images.metmuseum.org
画像リンク[jpg]:images.metmuseum.org
上の室町初期の秋夜長物語絵巻の
陣笠の様な兜は
画像リンク[JPG]:commons.wikimedia.org
上の山中鹿介の兜に似ているが
果たして同様の物なのかだが
180: 某研究者 2016/10/26(水)11:15 ID:PcXf5+Wz(1/2) AAS
>>179
陣笠の様な兜は
外部リンク:webarchives.tnm.jp
上の平治物語絵巻のカルタ金の様なシコロの有る兜や
外部リンク[html]:blogs.yahoo.co.jp
外部リンク:photozou.jp
外部リンク:photozou.jp
省2
181: 2016/10/26(水)11:39 ID:LuM/CjkR(1) AAS
>>178
今までは軍板で隔離スレみたいのがあって、そこで延々一人でブツブツ言ってるだけだったんだけど
そのスレを削除人がスレストしたせいで、軍板を飛び出してあちこちに迷惑かけてるのが今の状態
182: 2016/10/26(水)13:34 ID:1+VsbzHs(1) AAS
かれこれ15年くらい前に見たな
その名前と喋り口調
183: 某研究者 2016/10/26(水)18:20 ID:PcXf5+Wz(2/2) AAS
外部リンク:photozou.jp
上の14世紀の法然上人絵伝には
吹返の無い下散じころの有る兜が書かれているが
此れも帽子兜の一種なのかだが
184: 某研究者 2016/10/27(木)17:12 ID:SRJCY61S(1/2) AAS
外部リンク:iiwarui.blog90.fc2.com
>法光にしても著者は数回手にしているが、その重量は一四キロ近いものの、実際に
>持ってみると、見かけの豪壮さに反し、意外と持ちやすい。 むろん振り回すことは
>難しかろうが、「三度逢三度別」という記述からも察せられるように、打物戦とは
>一撃戦であり、一撃戦ならば使用は十分に可能である。

一撃離脱と言うのは馬上打物戦の話なのかだが
下馬時に14kgの刀等は使用したのかだが
省6
185: 某研究者 2016/10/27(木)18:37 ID:SRJCY61S(2/2) AAS
外部リンク[html]:blogs.yahoo.co.jp
永禄12年(1570年)の武田軍には
既に指物は有ると言う事なのかだが

1570年の姉川合戦時には指物は何処でも有るとすれば
外部リンク:photozou.jp
現実に上の姉川合戦図の様に
真柄直隆等が指物を装備している可能性は有るだろうが
省2
186: 某研究者 2016/10/28(金)11:27 ID:1czvN0F9(1/2) AAS
馬鎧も薄い革であるなら
近距離では矢でさえ馬が致命傷を負い得ると言う事なのかだが
Twitterリンク:katchusi
銃が出る前から上の様な馬鎧は有るが
遠距離からの矢を止めるのが主目的なのかだが
騎射戦等での近距離の矢を受ければ致命傷と成るか或いは
馬の動きは相当に鈍る可能性は有るのかだが
187: 某研究者 2016/10/28(金)14:22 ID:1czvN0F9(2/2) AAS
外部リンク[html]:petitclimber.blog69.fc2.com
真田幸村の銃は発射速度を早めたと言うが
ホイルロックを使用しないのは遅発式で精度が低いからなのかだが
此れの馬上での射程は50mも有るのかだが
188: 某研究者 2016/10/29(土)18:28 ID:Tk2fnH4P(1) AAS
外部リンク:detail.chiebukuro.yahoo.co.jp
南北朝期の園太暦には
女騎馬武者の大集団(此れは最大数百人規模か)が
存在した可能性も記述されていると言う事なのかだが
こうした例は多くは無いと言う事なのかだが
189: 某研究者 2016/11/01(火)13:07 ID:/YqtXsbl(1/2) AAS
外部リンク:photozou.jp
右の様な騎馬武者の銃の馬上の装填迄は
戦国期に有るのかどうかだが

外部リンク:photozou.jp
右の騎馬武者の手盾も此れで銃弾を防ぐと言うのは
現実的なのかだが

外部リンク:photozou.jp
省8
190
(1): 某研究者 2016/11/01(火)15:40 ID:/YqtXsbl(2/2) AAS
Twitterリンク:katchusi
馬上筒より大きいこのサイズの銃を
騎乗走行中に射撃していた可能性も有るのかだが
近距離かつ騎馬武者限定と言う事なのかだが
191: 2016/11/05(土)09:53 ID:hKXlrjBb(1) AAS
>>190
馬が小さすぎでは?
普通の馬=一馬身3m、その馬=一馬身は人間の身長と同じくらい。
大人が乗ったらかわいそうな子供専用ミニポニーみたいな代物。
192: 2016/11/05(土)11:37 ID:fAfIaz2G(1) AAS
ただの絵画表現だぞ
193: 某研究者 2016/11/10(木)14:55 ID:BHVZ5rgd(1/2) AAS
ssl-stat.amebame.com/pub/content/8265872137/user/article/unknown/unknown/236094271617875166/f91561e8e254da57a28eebc88e64b71b/cached.jpg?option=crop&width=700
上の真田丸の幸村の馬に有る様な布の様な装具は
現実の戦国期には無いと思ったが

外部リンク:photozou.jp
上の1524年成立の真如堂縁起絵巻の
左下の騎馬武者の馬に似た様な物が有る様にも見えるが
厚総は真田丸の物の様に少ない様に見えるが
省7
194: 某研究者 2016/11/10(木)17:56 ID:BHVZ5rgd(2/2) AAS
外部リンク:photozou.jp
>上の1524年成立の真如堂縁起絵巻の
>左下の騎馬武者の馬に似た様な物が有る様にも見えるが

この馬は良く見ると頭部の房が2色(赤・灰)に成っているし
赤い厚総の下に灰色の布が有るのでは無く
厚総が2色であると言う事の様に見えるが果たしてどうなのかだが
他に2色の厚房が書かれている江戸期以前の絵は有るのかどうかだが
195: 2016/11/11(金)19:48 ID:+gdWRlGW(1) AAS
某研さんまだ生きてたのかw数年ぶりに見たわw
196: 某研究者 2016/11/11(金)23:38 ID:R9s7hnlV(1/2) AAS
外部リンク:matsu-reki.jp
上の松平正直の変わり兜は結城秀康考案の物なら
1607年には有ったのかだが
外部リンク[html]:blogs.yahoo.co.jp
上の猿面の兜も大阪の陣には有るなら
此れ等と同程度の複雑さの変わり兜は
同時期に多数有ったのかだが
省2
197: 某研究者 2016/11/11(金)23:46 ID:R9s7hnlV(2/2) AAS
外部リンク[html]:ameblo.jp
>六十二間小星兜、室町時代。  

此の蛇の前立は江戸期の物なのかだが
こうした物は他に見ない訳だが
198: 某研究者 2016/11/12(土)14:04 ID:/qHkGKwk(1/3) AAS
外部リンク:iwiz-chie.c.yimg.jp
外部リンク[html]:www.city.nagaoka.niigata.jp
上の上杉謙信の具足の飯綱権現等の複雑な形状の前立は戦国期にも恐らく有り
画像リンク[jpg]:ja.wikipedia.org
上の益田元祥の龍の前立も現実に恐らく有る訳なら
同程度に複雑な形状の前立も戦国期に有るのかだが
Twitterリンク:boukenkyuu
省4
199: 某研究者 2016/11/12(土)22:14 ID:/qHkGKwk(2/3) AAS
精鋭長巻兵や力士隊と言うのは
騎馬武者の可能性も有るのかだが
200: 某研究者 2016/11/12(土)23:49 ID:/qHkGKwk(3/3) AAS
外部リンク:photozou.jp
津軽屏風の家康付近に書かれる長巻兵は
籠手・脛当が無いから騎馬武者では無いだろうが
具足は装備しているから槍足軽以下の雑魚兵では無く
精鋭歩兵の可能性も有るのかだが
201: 某研究者 2016/11/13(日)17:07 ID:gYsWIfik(1) AAS
津軽屏風の家康の付近に居る歩兵は籠手・脛当が無いから
徒武者と言う事なのかだが
黒田屏風だと籠手・脛当・袖・兜迄装備しているが
兜以外全員ほぼ同じ格好であるから
騎馬武者では無く高級品の貸具足を装備した徒武者と言う事なのかだが
秀忠の周囲の歩兵は袖は無いし全員同じ胴・篠籠手
兜もほぼ全員同じであるから
省1
202: 某研究者 2016/11/15(火)13:48 ID:V1dNKDEb(1/3) AAS
外部リンク:p.twipple.jp
槍や薙刀等の鍵の形状は上に有るが
上が全てなのかだが
鍵の登場は十文字槍が出る1550年代以降と言う事なのかだが
四方に鍵が出ている武器は西欧にも無いと言う事なのかだが
実用性はどうなのかだが
ポールアックスでスパイクが側面にも出ている物等は有るが
省18
203: 某研究者 2016/11/15(火)14:02 ID:V1dNKDEb(2/3) AAS
外部リンク:kotobank.jp
14世紀の明徳記に
金鎖の馬鎧と言うのが有るが
外部リンク:photozou.jp
上の物の様に馬の全体を覆う様な物では無いのかだが
弓が止まる様な物では無いなら
厚総の下或いは
省4
204: 某研究者 2016/11/15(火)14:51 ID:V1dNKDEb(3/3) AAS
外部リンク:webarchives.tnm.jp
外部リンク:webarchives.tnm.jp
外部リンク:webarchives.tnm.jp
17世紀の雑兵物語の騎馬武者の馬には
全て銃とホルスターが装備されるが
この銃は通常の馬上筒より小型に見えるし
西欧のピストルを模した短筒なのかだが
省2
205: 某研究者 2016/11/21(月)19:58 ID:z9//9B/c(1) AAS
外部リンク:tukitodora.exblog.jp
>この時 島津軍はみな 腰さし鉄砲を用意していた その数 数千挺

此の銃は
外部リンク:webarchives.tnm.jp
左の雑兵物語に有る騎馬武者用の左の銃の様な腰に差される物なのかだが
この銃も
外部リンク:webarchives.tnm.jp
省2
206: 某研究者 2016/11/26(土)12:02 ID:4NTNr3NO(1) AAS
画像リンク[JPG]:ja.wikipedia.org
合戦図等に有る白い弓は現実には無いと思ったが
一応白が多い物は有るのかだが
207: 某研究者 2016/12/01(木)20:36 ID:ab9wbXNX(1) AAS
photozou.jp/photo/photo_only/1849954/243659117?size=1024#content
外部リンク:photozou.jp
鈎縄は騎馬武者自身が装備する物なのかだが
此れが忍者の様に騎馬武者や歩兵の戦闘用に使用された可能性は有るのかだが
208: 某研究者 2016/12/04(日)11:54 ID:oSzeIz83(1) AAS
Duplex bulletproof armour | Royal Armouries
外部リンク:royalarmouries.org
佐竹義宣の30kgの二重胸甲は一枚板の西欧鎧より耐弾性は低い等と言う意見も有ったが
果たしてどうなのかだが
209: 某研究者 2016/12/21(水)19:25 ID:EEjUp7GL(1/3) AAS
外部リンク[html]:www.photo-make.jp
左の国芳の山本勘助の絵では
太刀は鞘から先端部が出ている様に見えるが
こうした物は戦国期には有るのかだが
山本勘助の舌が出ているのは何か意味は有るのかだが
210: 某研究者 2016/12/21(水)19:40 ID:EEjUp7GL(2/3) AAS
歌川芳勝 甲越武勇伝のうち 山本勘助
外部リンク:pin.it
兜の上に僧頭巾がこうした形で
装備される例は戦国期には有るのかだが
211: 某研究者 2016/12/21(水)20:51 ID:EEjUp7GL(3/3) AAS
pin.it/GFIFRbL
この歌川国芳の上杉謙信も兜の上に僧頭巾が有るが
江戸初期の合戦図にはこうした物は無い訳だろうか
212
(1): 某研究者 2016/12/23(金)22:10 ID:srQoP5sI(1/2) AAS
Twitterリンク:boukenkyuu
此れは江戸期の洛中洛外図・船木本だが
左のかぶき者の肩から出ているのは孔雀の羽根なのかだが
此れは実戦用甲冑には有る物なのかだが
右の甲冑の肩も妙に張り出しているが此れは装甲では無く布製の物なのかだが
具足の下の満智羅の大型の肩部と言う可能性も有るのかだが
213: 某研究者 2016/12/23(金)22:20 ID:srQoP5sI(2/2) AAS
>>212
Twitterリンク:boukenkyuu
リンクは上の間違いだが
画像リンク[JPG]:commons.wikimedia.org
画像リンク[JPG]:en.wikipedia.org
画像リンク[JPG]:en.wikipedia.org
上の様に肩の巨大な満智羅と言うのも有るから
省1
214: 2017/01/13(金)15:59 ID:Nfe0NVCj(1) AAS
相変わらず知恵袋には騎馬戦術否定論者が蔓延っているな。

・馬は甲冑武者を乗せて走れません(>人<;)
・馬は貴重なので実戦には参加しません(>人<;)
・馬上で得物は振り回せません(>人<;)
・そもそも騎馬武者は指揮官なので突撃しません(>人<;)
…などなど。
フゥ〜…見ていて呆れるわ。
215
(1): 某研究者 2017/01/17(火)10:45 ID:f/C2rTRM(1/2) AAS
>馬は甲冑武者を乗せて走れません(>人<;)

短距離なら高速突撃も騎士の馬(此れも体高は140程度以下と言うが)同様に
可能と言う事だろうか

>馬は貴重なので実戦には参加しません(>人<;)

外部リンク:detail.chiebukuro.yahoo.co.jp
大型の南部馬の高級な物では無く
体高130cm前後の馬なら
省13
216: 某研究者 2017/01/17(火)15:09 ID:f/C2rTRM(2/2) AAS
外部リンク:webarchives.tnm.jp
上の春日権現験記絵が成立した1309年には少なく共
馬上で長物は使用されていたと言う事なのかだが
蒙古襲来絵詞に下馬してだが薙刀を使用する騎馬武者が書かれているが
この時点での馬上での長物利用は
大太刀以外は無いと言う事なのかだが
217: 某研究者 2017/01/18(水)15:52 ID:6QnyMGYg(1) AAS
Twitterリンク:boukenkyuu
蒙古襲来絵詞には沢瀉縅の鎧が複数有るが
右下の物だけ草摺が逆沢瀉縅に成っているが
こうした形式の物も現実に有るのかだが
肩部は此処に有る様な逆沢瀉縅の物しか
鎌倉期には無いと言う可能性も有るのかだが
218: 2017/02/26(日)08:35 ID:rDSL63Lm(1) AAS
>>215
>>馬は甲冑武者を乗せて走れません(>人<;)
こんなのこそ、評価次第/言い方次第/実験次第
分速150mで10分でバテるが仮に事実であったとしても、
これで「走った」と評価する人と
これでは足軽に追いつかれる-->とても「走った」うちに入らないと評価する人に分かれるのは当然

馬の調教も問題。
省7
219: 2017/03/01(水)12:30 ID:B/PEA2di(1) AAS
そこまでやっても馬に備わるのは人を乗せて走るだけ
軍馬にするには、合戦での人の声や鉄砲の音に慣れさせないといけないから、それが一苦労
220: 2017/03/04(土)01:49 ID:7KPtKl4I(1) AAS
去年あたりにBSでやってたけど
例の木曽馬に総重量102キロの重しをつけて50m6秒78
ぬかるみで8秒46かな

ちょっとメモしただけなので詳細は忘れた
221: 某研究者 2017/03/11(土)23:47 ID:g7mTzi9E(1) AAS
騎乗しては具足を外しても足軽に追い付かれる程に
木曽馬・南部馬の長距離移動能力は低いのかどうかだが
222: 2017/03/12(日)08:38 ID:mFeXZWmL(1) AAS
「具足」は戦国期になれば30?以下くらいしかなく、全体の重量の中に占める割合はそんなに大きくないので支配的とまでは言えない。

具足がなくても、ヒト と ウマ の種としての能力差がそんなに(思ったほどは)大きくない。
大きな馬は力はあるが、自分の体も運ばねばならないので、長距離走は思ったほど速くない/航続距離が短い(すぐ電池が無くなるようなイメージ。電池が無くなって足軽に追いつかれてしまう)。
騎手がどんなに軽くても長距離走はあまり(思ったほどは)得意ではない。朝青龍が乗っていてももはや五十歩百歩でしかない。
おまけに、この種の話は 選りすぐった名馬ys精鋭足軽 や 平均的な馬ys平均的な人 の比較ではなく 色々な馬ys精鋭足軽(忍者など) の比較だから、
追いつかれてしまう馬もでるのは当然の話でしかない。
※凡人は、馬と人間を比べるときに自分の脚を基準にせず一流マラソンランナー(世界記録級)とかを基準にするものである
223: 2017/03/12(日)13:26 ID:b2oy7thr(1) AAS
そもそも長距離走で人間に勝てる四足獣なんていないんだよなあ・・・
224: 2017/03/14(火)21:06 ID:1BfDBLR9(1) AAS
人と馬の競走は、(本当は)馬の辛勝位だったように思う。

・人間のランナーはしんどいのは自分だからぶっ倒れる前にリタイヤする
・馬は自分の意志ではリタイヤできない。下がすごくしんどそうに走っているのを意地でもリタイヤせず乗り続けるのはすごい快感…なんてことにすぐなる。
これではかわいそうだから(人間のランナーには医師の診察はないにも拘らず)馬には獣医検査を設けて馬をいじめすぎると失格…の如くなっているのが平均的な競走。これでは馬は勝てない
225
(1): 某研究者 2017/03/15(水)15:47 ID:1zbSY+n7(1/3) AAS
外部リンク[cgi]:www.jahou.net
ウマは、最大gallop速度7.8 m/sを持ち、10km走ではヒトより速い。しかし、10-15分以上ではgallop速度は劇的に減少する。
長距離にわたる繰り返し走では、速度は5.8 m/sになり、1日に約20kmしか走れない。それ以上走ると、回復不可能な損傷を筋肉骨格系に受けてしまう。
ヒトと同程度に長距離を走る哺乳類はいるが、暑い条件下で高体温症にならずに長距離を走ることができない。

とは言え馬も低速なら一日20kmと言う事は無いだろうし
外部リンク[html]:www6.atwiki.jp
モンゴル帝国の馬は換え馬を利用し一日で100km移動も出来ると言う事だろうが
省1
226: 某研究者 2017/03/15(水)16:04 ID:1zbSY+n7(2/3) AAS
外部リンク[html]:www6.atwiki.jp
>戦国時代の歩兵の軍勢の1日あたりの移動距離は20〜25kmだそうですが。

外部リンク:togetter.com
>江戸時代の東海道だと成人男性で40〜50km/日、参勤交代でも30〜40km/日だそうですから、
>46km/日は道路と天候がよくよく統制された精鋭隊の行軍なら強行ってこともないかと
>最盛期のローマ軍団で平均20〜30km、大休止をいれない強行軍でほぼ60kmを24時間で走破した記録もあるので、
>携行荷重の適正化と行軍隊列、あと路面状況次第ではあると思うけど40kmはけして無茶ではないかもとは
省2
227: 2017/03/15(水)22:18 ID:Jn9phLIl(1) AAS
>>225
ウマは、最大gallop速度7.8 m/sを持ち…では、普通の競馬の半分以下のスピード。
木曽馬とかだとサラブレッドよりは遅いが、いくらなんでもこれよりは速い。
どんなウマで実験したのか?よほど小さいポニーに大人が乗ったのか?
>長距離にわたる繰り返し走では、速度は5.8 m/sになり、1日に約20kmしか走れない。それ以上走ると、回復不可能な損傷を筋肉骨格系に受けてしまう。
は、可哀そうだからこれくらいでやめておきました・・・という意味に他ならないです。
自分なら、完全に動かなくなるまで叩いたに決まってる・・・なんて思えてしまうような文章。
省1
228
(1): 某研究者 2017/03/15(水)23:52 ID:1zbSY+n7(3/3) AAS
外部リンク:detail.chiebukuro.yahoo.co.jp
木曽馬は最大時速50kmと言うから秒速は13m程度だろうが

>長距離にわたる繰り返し走では、速度は5.8 m/sになり、1日に約20kmしか走れない。それ以上走ると、回復不可能な損傷を筋肉骨格系に受けてしまう。

此れは果たして事実なのかだが
229
(1): 某研究者 2017/03/16(木)00:00 ID:H+aiJSuI(1) AAS
騎兵は替え馬を使えば一日100km移動出来るが
歩兵は50km程度が精々と言う事なら
騎兵を歩兵が追撃するのは現実的なのかだが
騎兵が敗走時等で替え馬を使えない状況ならどうなのかだが
230: 2017/03/16(木)21:29 ID:BLMcltn1(1/2) AAS
>>228
ウマというものの一般論としてなら、かなりダウトと言わざるを得ないです。

マズ、
「長距離にわたる繰り返し走では、速度は5.8 m/sになり、1日に約20kmしか走れない。」には
騎手が下手なだけではないか?というツッコミが入ります。
5.8m/sというは馬術の普通の駈歩です。
上級者(というほどではなくても、ある程度乗れる人)なら、この速度なら楽で気持ちよいですので、力を抜いてドスンと乗って20kmくらいノンストップで乗り通すに決まっております。
省13
231: 2017/03/16(木)21:31 ID:BLMcltn1(2/2) AAS
>>229
一日当たりの移動距離なら、駅馬なら確かに速いが、並走の替え馬では大差がないのでは?
馬はカラ馬でも自分の体重を運ばねばならないので、騎手が乗っていても差は小さくなるはず(騎手が下手であればこの限りではない
本来並走の替え馬は、一か所にとどまって何日も戦争をつづけるとき毎日乗る馬を換えられる…というものであったはず。
232: 某研究者 2017/03/18(土)18:51 ID:onRlXHt9(1/4) AAS
外部リンク[html]:www.gachi-kaccyu-kassen.com
>人間の体重を60kgとし、装備や甲冑などで40kgとしても100kgである。

戦国時代では男の平均体重は50−60kg程度かも知れぬが
木曽馬の体重は350ー420kgであるから
馬の体重の最大2割程度は重くは成るだろうし
具足や馬鎧を装備して行軍すれば更に重く成ると言う事だろうが
馬鎧以外の装備は当世具足+刀槍なら20kg程度では無いのかだが
省2
233: 某研究者 2017/03/18(土)19:02 ID:onRlXHt9(2/4) AAS
外部リンク:news.livedoor.com
>しかし、出土した馬はその骨格から、まさに当時としては異例なほどの大型で、高さが170センチメートルはあるアラブ系の馬と推定された。

アラブ馬も此処迄大型の物は戦争用では無く
乗馬・試合用かも知れぬし
通常は150−160cm程度だろうが
197cmと言う豊臣秀頼の体格に合わせた軍馬の可能性も有るのかだが
アラブ馬では無く大型の南部馬等の可能性も有るのかだが
234: 某研究者 2017/03/18(土)19:27 ID:onRlXHt9(3/4) AAS
外部リンク[html]:www.gachi-kaccyu-kassen.com
>鎌倉時代末期の遺跡から128 頭の馬骨が出土した。
>この馬骨の調査結果では平均体高は約130cm で、最も高いものでも140cm であった。
>推定体重は280kgから360kg。

此れは可成り小型の馬も含まれる様に見えるし
荷馬や
外部リンク:blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp
省2
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