SSスレ (980レス)
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895: 始末記 2017/07/15(土) 07:35:28 ID:7.L4Yce.O携(73/149)調 AAS
新城は直ぐに連絡を取ろうとするが繋がらない。

「花村、応答しろ・・・、花村・・・応答しろ・・・」

無線機は雑音しか出さない。

「新城さん、『括り』が次々と反応を。
囲まれてます。」

もう一人の武装警備員三村の報告に新城は舌打ちする。
実験農場では様々な農作物を育てている。
それを狙い、モンスターから鹿や猿のような動物までが、収穫物を漁りに来る有り様だった。
その為に害獣を狩るトラップにセンサーを付けた物を農場の周囲に多数設置していた。
転移前から日本では、ハンターの高齢化と後継者の不足は深刻な問題となっていた。
狩る者が少なくなり、害獣が田畑を荒らす事件が相次いだ。
減少するハンターに代わり、関東の警備会社は捕獲事業に乗りだした。
警備業務で培った遠隔地からの監視や緊急出動のノウハウを生かして、農作物被害に悩む地方自治体や集落から業務を請け負ったのだ。
そのノウハウは、転移後も植民都市の農場を護るのに生かされている。
先程、三村が口にした『くくり罠』とは、踏み込み部に獲物が脚を踏み入れるとワイヤーが閉まる原理の罠だ。
当然侵入者にも有効で、これにセンサーが反応して、警報が発報したのだ。

「4基が反応してます。
監視カメラにも・・・、連中もう包囲を隠す気は無いみたいです。」

他にも内部に米ぬかを仕込んだ箱罠も多数用意していたが、さすがに人間は掛からなかったようだ。
モニターには迷彩服を着た兵士達が、括り罠に足を取られて、苦闘している姿が映し出されている。

「何だ、こいつら?」

里谷がモニターを眺めている間に、エドガーの巡回隊の兵士達と交戦が始まっていた。
一方的な銃撃でやられていく兵士達を見て、新城が驚愕する。

「地球人?
バカな・・・、大陸の兵士の戦い方じゃないぞ?」

大陸人を訓練して、迷彩ぽい格好なだけたなのだが、新城と三村には区別がつかない。
全員が大陸製の小銃を持っている。
里谷実験農場では、武装警備員の二人が豊和の散弾銃、里谷が拳銃を持っている。
エドガー達も小銃で応戦しているが、まるで戦いになっていない。
幸い、里谷実験農場は高い塀に囲まれているので、櫓台からは武装警備員の二人が牽制の銃弾を発砲する。
しかし、接近する兵士達は地面に伏せたり、木の陰に隠れながら進んでくる。
一発、或いは数発撃ったらすぐに場所を移動する。
まるで地球の軍隊の様な戦いかただが、使っている武器は王国軍の制式小銃の前装式弾込め銃だ。
自衛官でも警察官でも無い武装警備員達は、銃撃戦におけるスキルが不足している。
また、弾薬の量にも差があった。敵の人数も30人以上確認出来る。

「あいつら戦争をしに来やがった・・・」
「ぐあっ!?」
「三村!!」

銃弾が三村の肩に当たったようだが、防弾チョッキを来ていたから出血は見られない。
それでも衝撃で気を失ったのか、ピクリとも動かず、エドガーの兵士達に引きずられて後送されていく。

「新城さん、もちそうですか!?」

里谷がヘルメットを被って匍匐しながら聞いてくる。

「ダメだ、時間の問題だ。」

状況は絶望的かと思われたが、遠方から聞こえてくるローター音に二人は口笛を吹いた。
農場の空を2機のヘリが飛来する。
1機のMi-24Vハインドが、12.7mm4銃身ガトリング機銃を森林に向けるが、ローター音が聞こえたと同時に敵が森の奥に引き下がっていく。

「おいおい、訓練が行き届いてるな・・・」

もう1機のハインドは、農場の敷地に着陸して自衛官達が完全武装で降りてくる。
あまりの引き際のよさに指揮官の水谷一尉は呆れてしまう。

「陸上自衛隊エジンバラ分遣隊の水谷一尉です。
総督府からの命令を伝えます。
里谷実験農場は現時点を持って、放棄、破壊します。
農場の人員はヘリに乗って退避して頂きます。」

エジンバラ自治領は、この西部で唯一日本の拠点がある領地である。
自治領主も日本人が就任しており、自衛隊の分遣隊も派遣されている。
だが里谷は水谷から伝えられた総督府よりの命令に抗議の声を上げる。

「おい、ここは民間施設だぞ、命令とは何だ!!」
「この施設の放置は、技術流出規制法に抵触すると判断されました。
御理解のほどをお願いします。」

絶句する里谷に代わって、新城が疑問を口にする。

「ここを放棄するということは、この侯爵領を見捨てるのか?」
「ここは王国領です。
奪還は当然王国軍が行うべき、というのが総督府並びに本国政府の見解です。」

西部は王国貴族の影響力が強い地域であり、東部の開発に手一杯の日本としては構ってられないのだ。
あわよくば、帝国残党とぶつかりあって弱体化を望んでいた。
この時点で総督府も日本政府もホラティウス侯爵領が攻略された経緯を正しく把握してない。
896: 始末記 2017/07/15(土) 07:39:56 ID:7.L4Yce.O携(74/149)調 AAS
元アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイトがこの件に絡んでいたことを掴んでいれば、対応も違ったものになっていただろう。

「部下がまだ砦にいるのだが、救出はどうなっている?」
「残念ですが、我々が到着した頃には砦は焼け落ちていました。
生存者はいない模様です。」
「そんな・・・」

里谷実験農場の各所に隊員達が爆弾を仕掛けてまわっている。
必要な者を持ち出す為に里谷と新城も荷物を積めていた。
エドガー達も人夫代わりにこき使わている。

「エドガー様、我々はどうしたら・・・」

兵士達が不安そうにエドガーを頼ってくる。

「新京屋敷の若様や姫様に事態を報せてお仕えするしかあるまい。
我々も乗せて行ってもらおう。」

領主一族は王都ソフィアや新京に構えている屋敷に留守居として派遣されている。
彼等の判断を仰ぐしかなかった。
やがて必要な物や人員を搭載したヘリが飛び立つ。

「点火。」

水谷一尉がマイクを握って呟くと、里谷実験農場は大爆発と共に炎に包まれた。
念の為にハインドからも対戦車ミサイル9M17P ファラーンガ-Mや57mmS-5ロケット弾用 UB-32A-24も投下される。

「さすがにそこまでする必要も無いと思うけど。」

あまりの爆発ぶりに里谷は呆れる。

「取り敢えず、エジンバラ自治領に向かいます。
そこから各々判断を仰いで下さい。」

水谷の言葉に今後のことを考えて、里谷もエドガーもうんざりしていた。

大陸西部
新香港統治地域
第3植民都市窮石市

中国人第三の植民都市窮石市は、横浜からの同胞移民の受け入れて建設されていた。
既に東京から移民した中国人達は、第二の植民都市陽城市で生活を始めている。
すでに新香港の人口が50万人を越えたことから認められた処置だ。
新たな植民都市は人口を12万人としたことから、早々に窮石市の建設が始まったのだ。
新香港から東に約100キロの位置に存在する。
日本に居住していた中国人達だけあって、飲食関係の仕事に従事していた人間が大多数なのが悩みの種である。
飲食店街が無数に建ち並び、他同盟都市との観光を主産業と考えられている。
町の住民のバランスを調整すべく新香港からも人材を派遣し、約5万人がすでに生活を始めていた。
市建設の陣頭指揮を執っていた林主席は、新京の大陸総督府から押し付けられた難題に頭痛を覚えていた。

「自衛隊の監視部隊の受け入れは許可すると伝えろ。
しかし、我々に討伐の戦力などあるのか?」

新香港、陽城、窮石の防衛に、西方大陸に派遣した部隊と手持ちの戦力に余裕は無い。

「日本も余裕が無いのでしょう。
新浜の市長選挙と開港、六浦の設立、猫の手も借りたいのでしょう。
せめて海上に面していれば、艦隊を送れたのですが・・・」

常峰輝武警少将は申し訳なさそうに答える。
ホラティウス侯爵領は西部の内陸部に存在する。
鉄道の線路も通っておらず、行軍するだけで一苦労するのが目に見えている。

「日本は忙しいというより、関わり合いになりたくないだけじゃないかな?」
「間違いないでしょう。
しかし、我々も傀儡とはいえ、王国内での事件です。
彼等の面子も立てる必要がありますから、王国軍に任せてはいかがでしょう?」

その提案に我が意を得たりと、林主席は指を指す。

「それがスジというものだしな。
まあ、こちらの面子も守る為に最低限の支援部隊を自衛隊の監視部隊に同行させよう。
こっちも忙しいんだから手を煩わせないで欲しいな、まったく・・・」

新香港は第三植民都市の完成とともに『建国』を予定している。
日本、北サハリン、高麗に続く四番目の地球系国家となるのが目標だ。
その為にも日本との関係を拗らせる気は毛頭無かった。

「新国家華西共和国。
早く宣言が出来る日が待ち遠しい。」
897: 始末記 2017/07/15(土) 08:09:41 ID:7.L4Yce.O携(75/149)調 AAS
これで日本異世界始末記のまとめ未記載分を張り終えました。
今後もよろしくお願いします
898: 始末記 2017/07/30(日) 01:04:11 ID:7.L4Yce.O携(76/149)調 AAS
ではこちらにも投下します
899: 始末記 2017/07/30(日) 01:07:32 ID:7.L4Yce.O携(77/149)調 AAS
大陸東部
新浜市

「海だあ!!」

むさ苦しい海パン姿の男達が砂浜に繰り出している。
7月になり、新浜の砂浜でも海開きが行われた。
海開きは月初に就任した初代市長がテープカットに参加する盛大なものだった。
男達はこの地に駐屯する陸上自衛隊第16師団、第33普通科連隊の若き隊員達だ。
この海開きに合わせて休暇を取り、水着美女との心と体の交流を謀るべく、有志による部隊をビーチに展開したところだ。
何故か市や海の家から大量の割引券等が、寄贈されたことも部隊が動員された動機にもなっている。
彼等の誤算は、水着姿の人間はむさ苦しい彼等くらいしかいなかったことだろう。

「な、何故だ・・・」
「俺達はこの日の為に厳しい訓練を・・・」

砂浜には潮干狩りに興じる家族連れしか見当たらない。
あるいは砂浜で釣糸を垂らしている釣り人か。
家族連れの妙齢の女性達もいるにはいるが、誰も海に入らずに波打ち際で遊んでる程度だ。
大陸での早婚率が高いのも一因となっている。
そもそも家族連れなどナンパとしては対象外もいいところだ。
新浜市の人口は今月50万人に達したことが、朝のニュースで報じられていた。

「単純な試算として、人口の半分が女性。
平均寿命が70代として、最低でも三万人のうら若き妙齢の女性が新浜にはいる筈じゃないか・・・」

隊員の一人の屁理屈っぽい愚痴を後ろで聞いていた制服姿の海上保安官の猿渡二等海上保安士が、彼等の希望を打ち砕く言葉を口にした。

「去年は海洋モンスターや海棲亜人の襲撃が各地で続いたからね。
誰も怖がって海に入ろうとしないんだよ。」
「そんな!?
あんなに頑張って、自衛隊や多国籍軍が駆逐したり、降伏させたりしたんじゃないか・・・」
「イメージはなかなか拭えないのですよ。
この海岸だって、我々や海自が定期的に掃討したのだが、この有り様だよ。」

海岸で潮干狩りや釣りに来ている客も単純に遊びに来ているわけではない。
少しでも食卓を豊かにしようと真剣な眼差しで作業に当たっていた。

「遊びに来たのって、あんたらだけじゃないのかな?
まあ、それより海で泳がないのかい?」
「それを聞かされて泳げるか!!」
「やだなあ、割引券とか大量に貰ったり、休暇の調整が妙にやりやすかったろ?
市は君達に期待しているんだよ。
誰も海で泳いでくれなかったら外聞が悪いからね。」
「え?
なぜ、それを知っている・・・」

猿渡の言葉は若き隊員達の心を抉っていた。
悲痛な叫びをあげている隊員達が、笑顔をひきつらせながら海で游ぎ始める。
海で泳ぐ隊員達の姿を見て、波打ち際に留まっていた市民達も少しずつ海水浴を楽しみ始めた。
賑わい始めた砂浜を尻目に、猿渡は冷房の効く海保パトカーに戻っていった。
海保パトカーには同僚の鵜島二等海上保安士がアイスティーを魔法瓶から紙コップに注いで渡してくれる。

「お疲れ~
どうだったあの連中は?」
「さすがは市民に愛される自衛隊員ですね。
自分達の役割を理解して、率先して海に飛び込んでくれましたよ。
彼等の努力次第で、若いリピドーを発散させる対象が増えてくれることを祈りましょう。」
「わかった、本部には異常無しと報告しておく。
しっかし、どうしてこんなとこで海開きなんかしてるのかな?
湾内なら安全も確保されているのに。
去年までは向こうが海水浴場だったろ?」

新浜市の港は周囲を陸地に囲まれた湾に沿って造られている。
大型船も寄港出来るように桟橋や岸壁が建設された。
防波堤も設置され、移民管理局や海上保安署、税関や検疫所が設けらた。
現在も埋め立てや陸地の掘り込み、浚渫などの拡張工事が行われている。
湾の入り口には堤防が造られ、監視カメラやセンサーがモンスターの侵入を監視し阻んでいる。

「開港して船舶の出入りが激しくなるからだそうですよ。
ほら、今日も来てる。」

猿渡の指差す方向、水平線の向こうから巡視船に護衛された巨大な客船が新浜に向かって航行しているのが視界に入る。
新浜港の開港により、移民管理局新浜市が新設された。
新浜市は一日に250名の移民を受け入れが可能となったことを意味する。
もちろん移民先は、新浜市ではなく、第三植民都市である六浦市だ。
一家総出、家財道具一式を持ち込んで来ている者がほとんどだ。
移民たちの荷物は想定より多くない。
移民対象者は第二・三次産業従事者だった者達が大半だ。
転移後はその大半が無職となった者達だ。
配給だけでは足りない食料を得る為に家財道具を第1次産業従事者に売り付けた為に引っ越し荷物が大幅に減ったのだ。
この後はそのまま列車で六浦市に運ばれていく。
今の新浜市は新生児による住民増加で、定数を満たしている状態だ。
パトカーで港湾に戻ると、客船と巡視船が停泊していた。
900: 始末記 2017/07/30(日) 01:12:39 ID:7.L4Yce.O携(78/149)調 AAS
客船から移民達が船体の側面に装備しているスロープから、持ち込んだ車両を降ろしている。
この港では毎日のように見られる光景となったが、隣に停泊している巡視船に猿渡は怪訝な顔をする。

「あれ?
うちの巡視船じゃないのか?」

猿渡が困惑した様に、巡視船の船体は白いが赤いラインが入っている。
ルソン沿岸警備隊の証だ。

「噂に聞く、ルソンに供与される巡視船だな。
完成してたんだな。」

鵜島が端末から情報を引き出していた。
巡視船『マラパスクア』は、日本がルソンに供与した40m型多目的即応巡視船の三番船である。
処女航海ついでに日本からの移民船を護衛してきたのだ。

「海保の巡視船も充足したとはいえ、数が足りないからな。
同盟都市の海洋戦力の充実してきたから駆り出したのだろう。」
「巡視船の供与は転移前からの約束でしたからね。
向こうにも受け入れの余裕が出来たからですが、パラオやジプチの巡視艇は埃を被ったままですよ。」

転移前の対中国、対海賊を見越した海賊を念頭に置いた巡視船供与を東南アジア各国と取り決めていた。
転移後もその取り決め通りに後継組織たる同盟都市に供与された。だがいまだに同盟都市を建設する為の人口に達しておらず、他国との連合が合意に達していないジプチやパラオの巡視艇は横浜のドックで保管されている。

「王国も欲しがってるらしいぞ。」
「まあ、今無償で無ければ支払い能力があるのは王国だけでしょうしね。
売らないでしょうがね。」

巡視船の売却など技術流出防止法に抵触しまくりで話にならない。二人はそのまま移民船から降りてくる日本人達の整理に駆り出されて奔走することになる。

客船から家族と荷物を降ろした新島晴三は移民先の大陸の大地を踏みしめていた。
元々は父親が横浜の商社の重役だったが、海外との取引先が転移により消滅して収入が途絶した。
それまでの蓄えや配給で食い繋ぎ、小学生だった徹也も家庭菜園や近所の畑へのバイトに奔走して、家計を支える毎日だった。
兄の新島晴久が陸上自衛隊に入隊して、大陸の六浦市に赴任することになって、移民の優先権を手に入れたのだ。
幸い、転移前に購入していたワゴン車が残っていたことから、他の移民達よりも大量の家財道具を持ち込むことが出来た。
大陸上陸した初日は移民局が用意した宿泊所に泊まり、簡単な書類の申請や検疫を済ますことになっている。
風土病に対する予防接種も行われる。
主要な健康診断や書類の作成は、航海中に行われているので、上陸後のものは最終確認程度のものだった。

「本国を離れる時もあれだけやったのに・・・」
「まあ、タダで健康診断をやって貰えてると思えばいいじゃないか。」

夕方には大食堂で移民局から無償で提供された。

「親父見たか?
鍋の中身はカレーだぜ・・・」
「ああ、たっぷりと野菜や肉が入っていたな。
あんな豪華なカレーは何年ぶりにみるか・・・」

転移で輸入先が消滅したことにより、牛肉を初めとする肉は全く手に入らないものになってしまっていた。
本国内の畜産農家も生産の拡大に努めてはいたが、飼料の不足から僅かな成果しか上がっていなかった。
近年では大陸から安価な飼料を献上させることで、それなりに効果は出てきたらしいが、それでも国産肉の高騰化に歯止めが掛からない状態であった。

「大陸にくれば餓死の心配は無いって本当なんだな。」

晴三は豊富な具材が入ったカレーを食べながら、横浜で自警団に参加していた時のことを思い出す。
転移前はエリート商社マンだった一家が餓死していた事件だった。
遺体の放置によりグール化する事件が相次いだことから、自警団は各家の住民の安否を確かめる巡回を行っていた。
遺体で発見された一家を空き地に移送し、警察官の立ち合いのもと荼毘に伏したのは苦い思い出であった。
十分な食事と睡眠を取り、翌朝には六浦市に向けての出発の準備に取りかかる。
移民達も車両を持ち込んでいない者は、汽車に乗って現地に向かうことになる。
7両編成の汽車だが客車は二両だけで、二両は貨物車だ。

「機関車と炭水車はわかるけど、最後尾の車両は何だろう。」

晴三の疑問に野戦服を来た自衛官がその言葉を聞いて、答えてくれる。

「あれは装甲列車だよ、俺達自衛官や公安鉄道官が乗り込むんだよ。
ほら、屋根にも銃座とか付けられてるだろ?
まだまだ、帝国残党やモンスター、山賊なんかが出るからな。
だいぶ掃討したんだが、どこから沸いて出てくるやら・・・」

呆れ顔の自衛官がそのまま装甲列車に戻っていった。
晴三も護身道具として持ってきた金属バットだけでは心細く感じている。
叔父もせいぜいスパナ程度らしい。
列車に伴走する民間の警備車両の武装警備員達もライフルを持っていることから、銃器購入の必要性を感じた。
901: 始末記 2017/07/30(日) 01:14:39 ID:7.L4Yce.O携(79/149)調 AAS
「なあ親父、俺達民間人もこっちの大陸でも銃とか持てるのかな?」
「新京の方にメーカーが工場造って直販してるらしい。
途中で立ち寄るから買ってみるか?」

六浦でも割り当てられた農地を貰うことになっているので、害獣、害虫対策に必要になることもあるらしい。

「害虫対策って、どんだけデカイ虫が出るんだ?」
「城壁を崩すくらいのが出るらしい。
怪獣だよなそれは・・・」

汽車には300名の乗客が乗れるが、乗用車を持ち込んだ移民達は乗り込む訳にはいかない。
可能な限りの家財を積み込み、警備車両や他の移民の車両と一団を形成し、幹線道路で六浦に向かうことになる。
新浜市から六浦市までは、途中の新京特別行政区を挟み約百キロの幹線道路が通っている。
安全運転で三時間もあれば着くはずだった。

「じゃあ晴三、家族を頼むぞ。」
「ああ、ここから百キロも先だから運転気をつけてくれよ親父。」

父と祖父は一足先にワゴン車で六浦市に向かうことになっていた。
六浦市では、兄の晴久一家が割り当てられた住宅の掃除をしながら待ってくれているらしい。

駅のホームでは新浜市のボランティアによる炊き出しが行われていた。

「現地に着くまでのおにぎりを持って行って下さい。
一人三個までです。」

初老の男性からおにぎりを貰い、晴三は頭を下げる。

「ありがとうございます。」
「我々も新浜を造る時はそれなりに苦労したが何とかなった。
君達にも出来るさ。」

一から全てを造り上げねばならなかった新京の連中から比べれば恵まれていると言えよう。
移民達を乗せて発車する汽車や車両群をボランティア団体を率いていた新浜武道連盟の理事長の佐々木は感慨深く見送っていた。
902: 始末記 2017/07/30(日) 01:15:04 ID:7.L4Yce.O携(80/149)調 AAS
では、終了します
903: 始末記 2017/08/14(月) 10:11:18 ID:7.L4Yce.O携(81/149)調 AAS
ではこちらでも
904: 始末記 2017/08/14(月) 10:13:26 ID:7.L4Yce.O携(82/149)調 AAS
大陸東部
京浜道

新島一家は長男の晴三が汽車に乗り、女子供達と六浦市に向かっていた。
その間に晴三の祖父利光、父晴利、晴光の弟晴史の免許のある男手3人は、大陸に持ち込んだ車で中継地点である新京特別行政区を目指すことになった。
移民達の車両は31両に及び、98名が一団となって京浜道を進む。
制限速度は時速30キロ。
約80分程で、新京特別行政区に入ることが出来る。
新京特別行政区でもこちらに寄港した移民船から降ろされた車両が合流する手筈になっている。
そこからほぼ同じ速度、距離を走行し六浦市街地に入る予定だ。
途中休憩を挟み、約5時間ばかりの行程だ。
また、先導する車両は自衛隊の軽装甲機動車であり、最後尾には高機動車二両と73式中型トラックが張り付いている。
これらの車両は移民達の車両を伴走警備する為のものだ。
動員された自衛隊の規模は普通科1個小隊。
彼等にとっては定期的な日帰りパトロール任務の一環である

「東部地域ではあまり活動が見られませんが、帝国残党軍によるテロを警戒しています。
他にも日本人を狙った山賊や盗賊とか・・・
一度に大量の人間が動くことを嗅ぎ付けたモンスターとか・・・
結構、掃討したのですがたまに現れるんですよ。」
「帝国軍が壊滅して王国軍の規模の演習では駆逐出来ないらしく、各領地で行われていた領主による狩猟も小規模化して、モンスターが増えちゃったんですよね。」

説明してくれる自衛官達は気軽に言ってくれるが、大陸に到着してまだ1日程度の移民達には壮絶な光景が頭に過っている。
実際のところスタンピード現象における各地の被害は軽視できるものでは無い。
王国軍や貴族の私兵、自衛隊をはじめとする地球系同盟都市の各治安部隊まで駆り出されて駆除にあたっている有り様であった。
特に大陸の農村部の民達に被害が出ると、賠償金代わりの年貢に響くのだ。
とにかく自衛隊の護衛は有難いのだが、自衛隊の警備に便乗する形で、都市間市営バスや荷物を積載したトレーラー、新京、新浜市民の乗用車も後に続く。
これらの民間人が72名。
総勢200名からなる一団は、予定から少し遅れて出発する。

「線路と幹線道路が並行になっているのは助かるな。」

運転している晴利が感慨深そうに呟いている。
線路は道路より外側の海に面して張られている。
道路沿いの防音壁は、大森林からの野性動物の侵入を防いでいた。
そのせいなのか、ところどころに破壊されている場所や補修箇所が見受けられる。
幹線道路も安全では無いことを示していた。
新島家の男達にはコンクリートの外壁を破壊できるモンスターとはどんなのなのか想像が出来ない。

「見ろ、交通誘導の警備員だ。」「工事でもしてるのかな?」

サンルーフから周囲を警戒していた晴史が双眼鏡で捉えた方向を指差している。
確かに道路の片側車線を塞ぐように制服を着た警備員が旗を振っている。
先頭を走る自衛隊の軽装甲機動車が停車し、警備員から事情を聞いているようだ。
もう一人の自衛官が拡声器で注意を促している。

『この先で、モンスターによると思われる防音壁の破壊が確認されました。
現在、道路公団による補修工事が行われております。
各車両は誘導に従い徐行で通過をお願いします。』

この間にドライバーの腕や自動車の性能、荷物の過多により伸びていた車列も修正されていく。
交通誘導員の誘導に従い、工事現場が行われている車線の横の反対車線を車列が通過していく。
その後方には道路公団の黄色い車両の姿が見受けられる。
本国にいるノリで交通誘導員を軽視して、悪態を吐く若者もいた。
しかし、交通誘導員達が一様に刀や拳銃で武装していることに驚き、それらを手を掛けながら若者に指示に従う様に詰め寄っている。
激昂した若者が唾を吐くと、一斉に刀や拳銃を突き付けて威嚇する。
よく見てみれば警戒に為に槍まで持たされている交通誘導員までいる。
交通誘導員が武器を持って、民間人に詰め寄っているのに、それを自衛官達は止めようとはしない。

「お、おい、何みてるだけなんだ!!
助けろよ、コラッ!!」

悲鳴を上げた若者に助けを求められ、ようやく一人の自衛官が彼等の間に割って入る。
ほっとした顔の若者の期待を裏切り、自衛官は一言だけ若者に言った。

「後がつかえてます、誘導に従って下さい。」

ここは本土とは違うことを再び実感させられる。

「あれ・・・、大丈夫なのか?」

晴利が付近で交通整理を手伝っていた自衛官に聞いてみる。

「ああ、実際に発砲したり、斬り付けなければ威嚇の範囲で始末書にもならないでしょうね。」
「いや、本国なら鉄砲向けただけでも始末書じゃ済まないでしょう?
威嚇だけでも新聞沙汰だぜ。」
905: 始末記 2017/08/14(月) 10:18:59 ID:7.L4Yce.O携(83/149)調 AAS
自衛官は不思議そうに首を傾げ、急に何かを思い出したように柏手を打つ。

「ああ、本国ではそうでしたね。
帰国した際には我々もうっかりやらないように気を付けないと。」

自衛官達もやっているらしい言葉に、晴利はドン引きしつつ誘導に従い車を前進させる。
暫くして京浜道の中間地点に設置している京浜監視所が姿を見せる。
それは一見すると、要塞化されたサービスエリアであった。
普通のサービスエリアと違うのは、強固な外壁とタワー状の監視塔の存在である。
自衛隊の車両や大砲、ヘリコプターが置かれている。
警察や各治安機関の連絡所もあるらしく、広い駐車場には様々なパトカーも駐車している。
道路公団も事務所を置いており、黄色い車両や工事用の重機の姿も見える。

「給油や車両修理の施設もあるらしい。」
「レストランやお土産コーナーまで完備か・・・、足湯にマッサージコーナー?」
「異世界の大陸に来てまで土産物が饅頭に煎餅か・・・、武器屋?」

新島家の男達は案内の看板を見ながら苦笑を禁じ得ない。
まだ、土産を買う余裕や食事をする空腹感は無いが、トイレタイムで予定通りに一行は立ち寄ったのだ。
先を急ぐ便乗組の車両は立ち寄らずに先に進む。
3人はせっかくだからと足湯に浸かっている。
湯に浸かりながら晴史がカタログに目を通している。

「さっき武器屋を覗いてみたんだが、刀剣に槍、弓矢に拳銃、手裏剣とバラエティーに富んでいたよ。
でも気軽に手に入る値段じゃないな。」
「街中ならともかく、こんなところで買いに来る人達がいるのか?」

利光が疑問を口にしていると、駐車場に3台の軽トラックが入ってきた。
移民団とは別口の車両だ。
公団のクレーン車が軽トラの荷台から何かを吊り下げて宙吊りにしている。
利光がその光景に感嘆の声を挙げる。

「でかいイノシシだなあ!!」
「いや、でかすぎだろ・・・」

晴利は呆れた声をあげている。
全長四メートルを越えるイノシシなどは見たこともない。
それが三匹。

「あいつが外壁を破壊した奴らしい。」
「ワイルドボアか、でかいな。
600キロは有りそうだ。」

見学に来た自衛官達の声が聞こえる。
本国でもイノシシの被害は転移前から報告されていたが、大陸のは桁が違うようだ。
ワイルドボアとは日本語だとイノシシのことだが、大陸ではイノシシのモンスターの名前として定着しつつある。
大陸の人々は単に『でっかいイノシシ』としか呼ばない。
ワイルドボアの名称は、日本人学者が勝手に命名したのが登録されたものだった。

「あの怪獣みたいの自衛隊が倒したんですか?」

晴史が彼等に声を掛けている。

「いやあ、あれは俺達じゃなくて・・・」

自衛官達は手首を振って否定して指を指す。
獲物の側で写真撮影をしている一団がいる晴利達の目からはコスプレイヤーの撮影会にしか見えない。

「この付近で活躍している冒険者のパーティーだよ。」
「全員日本人?
いや、大陸の人もいるのか。」

パーティーに白人がいるので、逆に安心した気分になる。

「いや、あれロシア人のアンドレセンさん。
転移前は格闘家で確かに強かったけど・・・
仕留めたのはリーダーのあの弓と薙刀持ったおばさんの市川さん。」

袴姿の恰幅のよい女性がピースでカメラに応えている。

「あのおばさんが・・・」
「日本人冒険者では有数の実力者だ。
新浜の剣豪佐々木会長とどちらが強いか話題になっている。」
「佐々木会長って?」
「出発時に炊き出ししているお爺さんがいたでしょう、あの人。」「あの爺さんそんなに凄い人なんだ!!」

とんだ買い被りである。
盛り上っている中、吊り下げられたワイルドボアの血抜きが行われている。
その濃厚な臭いに、先ほど交通誘導員に悪態を付いていた男が口を抑えてトイレに駆け込んでいく。

「ああ、移民さん達にはキツかったかな?
ごめんね。」

市川女史が困ったように謝罪を振り撒いている。
他にも10人ほど移民達が血や肉の臭いに具合を悪くしたので、暫くこの監視所で休憩することになった。
暫くして移民達が落ち着きを取り戻すと、市川女史のパーティーからお詫びと称してワイルドボアの肉が切り分けられ、移民達に御裾分けが行われていた。
軽トラでも無いと運べない獲物だったので、通常は討伐対象の確認部位や一部の肉を食料、素材に使える部位を切り取るだけで投棄するだけだった。
今回は運良く防音壁工事の軽トラックが空荷で近くを通ったから乗せて運ぶことが出来たらしい
勿論、監視所にいた自衛隊の衛生科の隊員や保健所職員による検査済みの肉だ。
新島家もクーラーボックスにビニール袋に包んだ生肉を入れて保存する。

「母さん達、イノシシの肉なんて調理できるかな?」
906: 始末記 2017/08/14(月) 10:23:56 ID:7.L4Yce.O携(84/149)調 AAS
「や、焼けばいいんじゃないかな?
焼肉とかステーキみたいに。」

新島家の兄弟達は額に汗を浮かべる。

「そもそもイノシシの肉と同じ様に考えていいのか?」
「いや、でかいだけでイノシシなんでしょ?」

利光も首を傾げる。
貴重な食料は無駄には出来ない。
携帯電話で先行している列車組に遅延と土産の肉を手に入れたことを連絡して出発する。
京浜監視所から新京までは何事もなく順調に進み、新京港から上陸した移民達の車両が合流してくる。
すでに先発隊は出発しているらしく、合流組は第三陣にあたる。
規模は新浜市上陸組と同規模だが、全体的には四倍の数になる。
新京特別行政区から六浦市への幹線道路は、京六線と命名されている。
移民団はすでに大都会化している新京の光景に驚きを隠せない。
ところどころに大陸風の御屋敷が見受けられる。

「あれが大陸貴族の屋敷らしいな。
ちょっとした観光名所になっているらしい。」

利光が監視所の売店で購入したガイドブックを見ながら解説してくれる。

外壁や路面も工事中の場所も多い。
六浦市の新しい市民達にはこの工事の為の労働力としても求められている。
晴利や晴史もそういった仕事に従事することになっている。
京六線の監視所たる京六監視所と休憩後、六浦市の光が見えてくる。
六浦市も新京や新浜と同様、城塞都市の形が取られている。
重装備の警官が警備するゲートを検問の後に通過し、割り当てられた住居に向かうことになる。

「おっ、いたいた。」

晴史が携帯電話で連絡を取り、ゲートまで迎えに来ていた晴三を車に乗せて案内してもらう。
案内された家は屋敷のようにでかい住宅だった。
自衛官をしている長男一家のお陰で、優遇された結果だった。
最も新島家と長男の細君一家合わせて13人で住めばすぐに手狭になるかもしれない。

「今日は疲れたでしょう。
荷物は明日からでいいから先にお風呂にでも入っちゃいなさいよ。」

妻の明美に言われて、晴利は『大浴場か?』とツッコミたくなる風呂に浸かる。
そのうち、ややクセのある匂い肉を焼いた匂いが漂ってくる。
例のイノシシの肉なのを察して、ため息をはく。
風呂から揚がると明美に御近所迷惑にならないか聞いてみる。

「私も気になったけど、御近所さんの大半が同じメニューみたい。」

と、言われて深く考えることをやめた。
907: 始末記 2017/08/14(月) 10:34:49 ID:7.L4Yce.O携(85/149)調 AAS
では終了
908: 始末記 2017/09/24(日) 20:45:06 ID:7.L4Yce.O携(86/149)調 AAS
では1日に1話レスずついきます
909: 始末記 2017/09/24(日) 20:51:11 ID:7.L4Yce.O携(87/149)調 AAS
大陸南部
呂栄市

人口24万人を誇る旧フィリピン人による地球系都市で開かれた地球系国家首脳会議は無事閉幕した。
ニーナ・タカヤマ市長の肝煎りで、昨年の百済襲撃のような愚を犯さないように徹底した警備が行われていた。
現在も完全武装の軍警察一個連隊が市内や郊外を巡回し、警戒を怠っていない。
港湾から沿岸までは、40m級多目的対応巡視船『トゥバタハ』、『マラブリコ』、『マラパスクア』、『カポネス』、『スルアン』、『シンダンガン』が海上警備を担当し、同盟国・都市の海上部隊と守りを固めていた。

「本国も呂栄沿岸警備隊の充足に力を入れてるなあ。」
「転移前からの約束ですからね。
あと4隻が予定されていますが、供与が早すぎて呂栄側が船員を揃えるのに苦労してるみたいですよ。」
「十年遅れですが・・・」

総督府一行が宿泊する日系ホテルのテラスから港湾を眺め、秋月総督と秋山補佐官はサミットの間に山のように溜まっていた書類を些か現実逃避ぎみに処理していた。
わざわざ呂栄まで持ち込んだ書類だけあって呂栄絡みの物が多い。
呂栄沿岸警備隊の整備事業の書類を見て意見を交わしあっているところだ。

「あ、これがエウローパから提出された旧構成国別のリストです。
分類がなってないな。」

秋山補佐官からの愚痴混じりの言葉を聞き流しながら、リストを受け取る。
エウローパは、ヨーロッパ39ヵ国の国籍保有者と彼等の配偶者となった日本人約6万人で建設された新たな地球系同盟都市である。名称はヨーロッパの語源となった女神のラテン語読みから名前から取られている。
その構成は

フランス13000名、ドイツ6200名、イタリア4000名、ベルギー3600名、ウクライナ3100名、スペイン、ルーマニア各3000名、スウェーデン2700名、ポーランド2000名、スイス1600名、オランダ1300名、ポルトガル1200名、オーストリア1100名、ブルガリア、デンマーク各1000名、フィンランド、ノルウェー、リトアニア各800名、ルクセンブルク750名、エストニア700名、ハンガリー、セルビア、スロバキア各600名、チェコ400名、ギリシャ、クロアチア各300名、ラトビア、モルドバ各200名、スロベニア、アイスランド各100名、グルジア、アルメニア各50名、マルタ20名、リヒテンシュタイン10名
他少数サンマリノ、バチカン、アンドラ、キプロス、モンテネグロ

「細かいな。
しかし、よくまとまったものだな。」
「ヨーロッパ系キリスト教国で固まりました。
ボスニア、アルバニア、コソボといったヨーロッパ系イスラム国家は態度を保留しつつ、外務省の仲介で教徒同士の住民交換も行われました。」

宗教、文化は均一な方が争いは少ないと、外務省が仲介に奮闘した結果である。

「次はどこが有力なんだ?」
「単体の人数ではモンゴルですが、ボリビアが南米、中南米系をまとめ始めました。
年内には決まると思います。」

在日外国人の処遇も大半が片付き、目処が見えてきた感がある。
最終的には全部まとめて押し込む気だ。
地域的に孤立したモンゴルやヨーロッパ系イスラム三か国はその対象となっている。

「そうそう北部デルモンドに派遣している第10分遣隊より、現地の鉱物資源の調査結果が出ています。
ウラン、クロム、鉄鉱石、マンガン、なかなか有望ですな。」

大陸最北端の北サハリン領ヴェルフネウディンスク市と王都ソファアを繋ぐ大陸鉄道北部線。
そのちょうど大陸中央と大陸北部の境界線にあるデルモンドの町の砦を接収して分屯地の建設が行われた。
まずは砦を改修し、駅の建設、インフラの確保が行われ、周辺地域の資源の調査が実施された。
調査の結果は上々で、特にクロムは日本の支配領域では初めての算出だ。
現在はサイゴンからの輸入に頼っているが、この量を減らす事が出来る。

「来年のサイゴンサミットでは議長国を困らせることになるな。」
「供与予定の船舶で我慢してもらいましょう。
すでに漁業取締船6隻や退役した巡視船を2隻供与してるのです。
呂栄に次ぐ優遇ですよ。
他の同盟都市からの需要も伸びてる筈ですから、問題は無いでしょう。」
「他都市からの依存度が減らせるのは優先すべきだな。
ここ数年は騒動続きだったからな。
そろそろ落ち着いて欲しいものだ。」

秋月総督の期待を裏切るように新たな書類が机に積み上げられた。持ってきたのは総督府で軍務を補佐する高橋陸将だ。

「何か問題が起きたか?」
「スコータイのウラン鉱山が襲撃を受けました。
スコータイの連中は秘匿していますが、警備に当たっていた軍警察の一個分隊は全滅。
鉱道が爆破され、鉱夫にも少なからず死傷者が出てるので、現地の大使館が情報を掴みました。
敵の正体は不明です。」

銃器で武装したスコータイの軍警察を全滅に出来るとはただ事では無い。
910: 始末記 2017/09/25(月) 22:52:49 ID:7.L4Yce.O携(88/149)調 AAS
スコータイの軍警察は転移後に即席で創られた為に練度に不安があったのは間違いない。
それでも装備も軽歩兵程度の物は揃えてある。
銃火器やテクニカルで武装した分隊がムザムザとやられるだろうか?
サミット開催中であり、現地が手薄だったことも一因ではあるが、全滅の上に敵の正体もわからないとは遅れを取るにも程があった。

「おそらく奇襲だったのでしょう。
通信も出来ないほどに敵の連携も巧みだったことが予想されます。
ウラン鉱山はこの世界の住民では活用出来ないことから、狙われたのは偶然と思われます。」

高橋陸将の分析にも腑に落ちない点は拭えなかった。

「ソムチャイ市長には私が直接話を付ける。
自衛隊は調査部隊を至急派遣する準備をしておいて下さい。」
「アンフォニーの第6分遣隊から小隊を出させます。」

地図で確認すれば一番スコータイに近い部隊だ。

「物が物だけに各同盟都市にも警戒を促すようにしましょう。」

スコータイ市市営病院

同盟都市の中では比較的人口が豊かなスコータイではあるが、転移当時は医療関係者はほとんど存在しなかった。
これは他の同盟都市も同様である。
当初は在日外国人を伴侶にした日本人医療関係者とたまたま観光で来日していた外国人医療関係者を中心として各都市は病院を創設し、運営する状態となっていた。
近年では日本で学んだ外国人の医者や看護師の若者が病院に勤めだして改善の傾向はある。
しかし、その数は少なく少数の病院に集約せざるを得ないのは致しか無かった。
その為に殉職した軍警察の隊員10名達の遺体もこの病院に安置されていた。

「こちらです。」

在スコータイ日本大使館駐在武官重留康之二尉は、日本人医師福永に霊安室に案内された。
線香の匂いの強い霊安室の中には十人分の遺体がベッドに寝かされていた。

「報告書は目を通させて頂きましたが、実際にみるとひどいですなこれは・・・」

いずれの遺体も惨憺たる有り様で、通常の弓矢や銃火器、刀剣で殺されたのとは違う有り様を呈していた。

「見てください、この苦悶の表情・・・
苦しみ抜いて死亡したことが伺えます。」

福永が遺体の顔に掛ける白い布、打ち覆いを外すと夢に観そうな苦悶の顔をした軍警察隊員が現れた。
報告書には死因は溺死と書かれている。

「はい、どうも水筒の水を一気に飲んで溺死のようですが不自然すぎます。
次の遺体は焼死です。
火炎放射器でも浴びせられたのでしょうかね?
熱量は大したことは無さそうですが、全身に火傷を負って死亡しています。
魔法でも火炎球を飛ばすのが有りましたからその類いかと。
次の遺体は・・・」

シーツを剥がされた遺体は全身に湿疹が出ていた。

「これは?」
「協力な花粉症によるアレルギーによるショック死です。」
「か、花粉症・・・」

次の遺体は植物の蔓に首を巻かれた状態発見された。
鋭利な何かで全身を切り刻まれたり、石が多数飛んできて死亡した遺体もある。

「他の遺体は・・・仮眠中に同じ刃物、おそらく同一人物に殺されてます。
誰一人暴れることも起きることも出来ずに。
こんなことが訓練を受けたとはいえ、人間に可能なんですかね?」

現状では魔法による攻撃に間違いない。
それも導士級の魔術士が兵士の訓練を受け複数人。
高名な魔術士は公安調査庁を初めとする各情報機関が不完全ながら監視対象としている。
現状では有り得ないとしか、重留二尉には思えなかった。
現地に調査に向かった部隊からも鉱山の爆破も火薬が使われた形跡が無かったとの報告があった。
警戒を各方面に促す必要があった。

ガンダーラ
ウラン鉱山

ガンダーラ軍警察第一グルカ・ライフル部隊は、周辺領域を圧倒的なスピードで鎮圧したことで、近隣にその名を轟かせていた。
他の同盟都市と同様の銃火器で武装しながら、森林戦では残党軍もモンスターも歯が立たない。
そんな強者揃いの彼等だが、ガンダーラの都市建設が目処が立ち始めると、同胞となるインド、ブータン、ミャンマーの民達を兵士として鍛え上げることを新たな目標に掲げた。

「見込みが甘かったな。
ブータンの連中はともかく、ミャンマー、インドの連中は話にならん。」

そう嘆くグルカ兵の教官パン曹長の評価は些か厳しい部類にはいる。
子供の頃からスカウトされて訓練を受けていた彼には、転移に兵士として徴兵された彼等は頼りなく見えるのだ。
今日もウラン鉱山基地の施設までの山岳訓練を実施していた。
だが少し前から山道を進む自分達が追尾されているのを感じた。
しかし、何度振り返っても相手の姿が確認出来ない。

「全員に安全装置を外させろ。
そのまま音がするまで振り替えるな。」

インド人の分隊長に指示して、藪に身を潜める。
追尾者の気配は感じるが、ひどく薄い。
911: 2017/09/26(火) 00:10:19 ID:7.L4Yce.O携(89/149)調 AAS
姿は相変わらず見えないが、パン曹長は己の勘を信じて、日本の包丁鍛冶に造って貰ったグルカナイフを藪の中から投擲した。

「きゃあ!?」

女の声がしたかと思うと、何も無い空間から血が噴き出し、金髪の小柄な少女が姿を現す。
誰何をしなかったことを責任問題として、追及されるかを考えた直後に植物の蔓がパン曹長に巻き付いた。

「ぐあっ、魔法か!?」

パン曹長の声を聞き付け、行軍を続けていた訓練部隊が少女のいる方に発砲する。
たちまち少女は銃弾の雨に曝されて血飛沫をあげるが、同時に少女の回りで姿を消していた連中にもあたり、金髪の若い男達が地面に倒れ伏す。
パン曹長も蔓に巻き付かれながらもホルスターから拳銃を取り出す。
例え魔法による攻撃でも、こちらを視界に捉えられる範囲に敵はいるはずだった。
少女の周辺、訓練部隊の火線から外れた位置に銃弾を叩き込む。
二人に当たったらしく、金髪の若い男が姿を現すが、魔法を掛けてきた当人では無いらしい。
締め付けてくる蔓に意識が朦朧としてきた頃、火線の範囲を広げた訓練部隊が術者を仕留めたことで命拾いした。

「助かったよ、やるじゃないかお前ら。」

労いの言葉に訓練部隊の兵士達はいい笑顔で応えくる。

「俺達に基地までの道案内をさせる気だったのかな?
どれ何者か顔を拝んでやるか。」

転がっている死体は4つ。
そのうちの血溜まりに伏した少女の頭を掴み、顔を確認する。
白人のようだが北欧のモデルのような美少女だったが、今は物言わぬ死体である。
武器は細剣や弓矢だけ、銃火器や爆弾の類いは持っていなかった。

「帝国の残党か、貴族の私兵か・・・」

パン曹長が思索していると、同じように倒れていた男達を調べていた訓練部隊の隊員の一人が口笛を吹いて、死体をパンの元に引き摺ってくる。

「教官、こいつらはエルフです。
見てください、この長い耳を。」

実物にお目にかかるのはパン曹長も初めてなので判断に迷った。
だが明確な敵対勢力がこの山中にいるのは確かだった。
他にも敵はいないか探るが、足跡や草木が踏まれた痕跡は一切無かった。
唯一の痕跡は数人分の負傷時に流血したと思われる血痕だけだった。

「本部に通信。
我が隊はエルフによる襲撃を受けたがこれを撃退。
なお、掃討の必要ありと認む。」

連絡を受けたガンダーラ軍警察本部は、グルカ兵による中隊をこの山に投入を決定し、エルフとグルカ兵が2日に及ぶ山岳戦に突入することになる。
また、アンフォニーからの調査隊がガンダーラにも派遣されることが決定していた。

大陸南部
アンフォニー男爵領

この地に駐屯する自衛隊第六分屯地司令柴田一尉は、大陸南部の同盟都市ガンダーラがエルフの小部隊と交戦したとの報告を受けていた。
ガンダーラにも自衛隊部隊の調査隊を派遣する命令を受けて苦い顔をする。

「昨日もサイゴンに小隊を派遣したばかりなんだがな・・・
ここが手薄になるぞ、全く・・・」

第六分屯地には204名の陸上自衛隊隊員が、任務に携わっている。
海自や空自の隊員もいるが、連絡官かオブザーバーの役割でしかない。
第六分屯地の任務は主に近隣の鉱山や年貢を納めてくれる農地、農民の保護である。
普通科2個小隊を送り出して、日々の任務にローテーションにも支障が出てしまう。

「司令、領主代行閣下が一連の騒動のことでお話があると・・・」

幕僚の一人が報告してくる。

「どっから掴んで来たんだその情報。
・・・応接室にお通ししろ。」

応接室に移動して待っていると、この地を治めるハイライン侯爵家令嬢兼アンフォニー男爵領主代行ヒルデガルドとアンフォニー男爵領代官斉藤光夫が入室してきた。
軽い挨拶の後に本題に入る。

「正直なところ、日本はエルフについて、どの程度ご存じで?」

ヒルダに言われて柴田一尉は考え込む。
日本はエルフとの交流はほとんど無い。
冒険者の中にはエルフやハーフエルフの存在が確認されている。
資源探索に総督府も依頼したりもするが、エルフ達が帝国に与えられていた本拠地である大陸北部にある大公領とは接触出来ていない。
だが概ね日本人達がイメージするエルフ像と大差が無いことで知られている。

「大公領は北部の大森林奥深くに有りますものね。
陸路では『迷いの結界』も張られてますから、到達はほぼ無理かと。」
「まだ、試しては無いので無理かどうかは判断は付きかねますね。
それに『帝国』はどうやってか連絡は取り合ってたのでしょう?
ジェノア事件の時のケンタウルス自治伯とシルベール子爵のような取次役がいるのかこちらも調べてはいるんですよ。」

エルフ達がケンタウルス達より高い爵位を与えられているのも気になる点だった。
912: 始末記 2017/09/27(水) 22:18:18 ID:7.L4Yce.O携(90/149)調 AAS
「取次役はいたんですけど、帝都と一緒にふっ飛んじゃいました。
貴族では無く、皇族でしたから・・・」

公安調査庁の調査では皇族の生き残りはいない。
臣籍降下した者も含めてだ。
また、エルフ大公領が日米との戦争の際に大公領の治安組織である『森林衛士旅団』を参陣させて皇都大空襲で全滅させている。
エルフ達の帝国との連絡所たる大公屋敷も跡形も残っていない。
唯一の例外が、皇弟だった現アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスだけだが、かような些事に関わらせるわけにはいなかった。

「では、エルフとの接触方法は空路で直接乗り込むか、俗世に出ているエルフに伝言を頼むしかなさそうですな。
今回の事態の説明を求める必要が出てきました。
今回出てきた死体は何れもエルフのみ。
総督府並びに同盟都市政府は、今回の事態をエルフによる組織だったテロと見ています。
襲撃を受けた場所も些か問題があります。」

地球人達が規模は小さいがウランという鉱物に神経を尖らせている理由はヒルダも斉藤達に聞いている。
日本くらいしか使い道や活用出来ないが、莫大なエネルギーを産む鉱物とは理解している。

「そういえば、今日こちらに来たのは何か有益な情報を頂けるので?」
「人間に残る最後の取次役が出来そうな人物への紹介状をお売りしようと思いまして・・・」
「つい先ほど取次役は全員死んだとお聞きしましたが?」
「公的にはです。
現在の王家も大公領とは連絡を取り合っていません。
ですが私的には貴族にも連絡手段を持っている人物がいるのです。」

ヒルダは紹介状の代金代わりの利権を記した書類を柴田一尉に渡す。
目録に目を通した柴田一尉は眉を潜めてため息を吐く。

「小官の一存では決められません。
総督府の判断待ちになりますが、よろしいですか?」
「えぇ、互いに喜ばしい判断をお待ちしておりますわ。」

ガンダーラ近郊山中

エルフのクラクフは、額に汗して山中を逃げ惑っていた。
人間達が掘り起こした醜悪な鉱山を襲撃する為に30人からなるエルフが集まり、幾つかの組に別れて目標を進んでいた。
エルフは森林では身が軽く、溶け込みやすい習性を持っている。
人種に気づかれる様な事はこれまでは無かった。
だがどこかの組がヘマをしたのか、地球人の軍と交戦したことから作戦が早められた。
鉱山に砦を築いていた地球人の兵士達は警戒を強めていたが、クラクフ達の弓矢や精霊魔法に次々と倒れていった。
森の中からの攻撃は優位に進んでいたが、砦に空飛ぶ機械が飛来してからは状況が変わった。
自衛隊のセスナ 208 キャラバンの主翼下6箇所のハードポイントから発射されたヘルファイア対戦車ミサイルが、クラクフ達の隠れていた森林を爆発させた。
無差別な爆発は数人のエルフを吹き飛ばした。
たちまち姿を隠してくれていた精霊が逃げてしまった。
もう2機、飛来したUH-60Jと旧インド海軍のウエストランド、シーキング Mk.42B哨戒ヘリコプターが着陸し、2つの軍隊の兵士達が展開した。
ウエストランド、シーキング Mk.42B哨戒ヘリコプターは、インド海軍シヴァリク級フリゲート『サハディ』に搭載されていた機体である。
ガンダーラの虎の子といえた。
鉱山基地の正面に布陣した自衛隊の隊員達は、AK-74小銃とKord重機関銃を森林に向けて無差別に掃射した。
逃げ惑うエルフ達がたちまち血飛沫を上げて薙ぎ倒されていく。

「退けぇ!!
森の奥なら我等が有利だ!!」

クラクフの張り上げた声に生き残っていたエルフ達が森の奥に退き消えていく。
しかし、森の奥にはヘリコプターから降り立ったグルカの兵士達が先回りして待ち構えていた。
森の精霊が危険を伝えてくれるが、その動きや射撃に体が着いていけない。
グルカナイフで切り裂かれ、警告の外から小銃で狙撃される。
エルフに取って有利な筈の森での戦いが一方的な殺戮の舞台と化していく。
クラクフは風の精霊の力を使い、味方と敵の位置を把握している。
しかし、敵の銃撃は把握出来る距離の外側からも行われる。
近くにいたグルカ兵を弓で射るが、肩口に刺さっただけでは怯まずに射撃してくる。
矢や王国の小銃なら反らす事が出来る風の精霊も彼等の銃弾を反らすには不十分だった。
数発の銃弾がクラクフを貫く。
自衛隊の隊員達も森に入ってきて掃討を始めている。

「捕虜になるわけにはいかない。」

クラクフは囲まれる前に自ら首をナイフで掻き切った。

「くそっ、生け捕りは無理か!!」
「スコータイの鉱山基地を襲ったのもこいつらか?」
「襲われたのは一昨日だろ?
距離的に無理だ。
別動隊がいるんだろう。」

薄れゆく意識の中で地球人達の会話から、別動隊のヴァンダ組は上手く逃げ延びたことを悟り、クラクフは息を引き取った。
913: 始末記 2017/09/28(木) 23:32:50 ID:7.L4Yce.O携(91/149)調 AAS
アンフォニー男爵領

翌日、総督府からの解答を持って柴田一尉は領館を訪れていた。

「総督府は利権を売ることに同意しましたよ。
詳しいことはこちらの封筒に。
朱印状も入ってるからお確かめ下さい。」
「はい、確かに。
しかし、せっかくの朱印状を下賜されるとしたら堂々とした式典を開いたらよかったですね。」

礼服を着て赤絨毯の上で、ドレス姿のヒルダに朱印状を渡す自分の姿を想像して柴田一尉は頭痛を覚える。

「そ、そういうのはもう少し上の方がいる時にお願いします。
さて、本題の取次役になりうる御仁ですが・・・」
「はい、私の父のノディオン前公爵フィリップです。
若い頃は家を飛び出して冒険者として活躍していました。
そのパーティーにいたエルフの精霊使いが現大公領森林衛士旅団団長ヤドヴィガ殿なのです。」

意外な人選に柴田一尉が感心するが疑問も残る。

「しかし、物理的な接触は不可能な筈ですが。」

ヒルダはこの質問に少し顔を赤らめながら、言いにくそうに答える。

「父はその・・・ヤドヴィガ殿と冒険者時代に肉体関係にあったらしくて・・・
パーティー解散時に個人的に通信用の水晶球を贈られて、逢瀬を重ねてたらしく、私に腹違いのハーフエルフの姉までいるらしいのです。」

ハイライン侯爵家の黒歴史らしいので、対価を得ねば割に合わないのは理解出来た。

「こちらから特使を送る旨をお伝え下さい。
詳しい日時は・・・代官殿に電話で連絡します。」

大陸東部
新京特別区大陸総督府

「そういえば疑問なんだが、ケンタウルス自治伯、エルフ大公領とか何で種族名がそのまま領地名になってるんだ?
大陸の他の地域にはかの種族達は住んでいないのか?」

秋月総督の疑問に秋山補佐官が資料をめくる。

「驚くべきことに帝国初代皇帝陛下は、大陸中の亜人を一地域に移住させて、代表者を貴族として叙勲し、領地を封じたようです。
その為に種族名がそのまま領地名となってるようです。」

なるほどと秋月総督は頷く。

「爵位の格付けは各種族の規模と帝国に対する貢献度が反映されているのか。
しかし、大公という地位はさすがに度が過ぎてないか?」
「初代大公は当初公爵だったようですが、そのまま初代皇帝の第3后妃を兼ねていたようです。
初代皇帝の崩御後に大公として陞爵した模様です。」

二人がこんな会話を続けているのは、特使として派遣される杉村外務局長に聞かせる為だ。
ジェノア事件の失態がある杉村としては、今回の会談が不首尾に終われば進退を伺う状況であった。

「デルモントの街に駐屯する蒲生一等陸尉には、全面的に協力するように言ってある。
必要なら援軍も派遣しよう。」
「はい、必ずやエルフとの会談を設けて見せます。」

杉村の熱意に秋月総督は、困ったような顔をする。

「一連の襲撃でウラン鉱山が立て続けに襲われたが、日本及び各同盟都市はこの大陸に5ヶ所のウラン鉱山を確認している。
スコータイ、サイゴン、新香港・・・・
そして日本が管理する2つのウラン鉱山、そのうちの1つがデルモントだ。
エルフの本拠地たる北部にあることもある。
安全には十分に気を付けて行ってくれ。」

少し顔をひきつらせた杉村に脅かしすぎたかと後悔した。
杉村局長が現地にヘリで向かうと同時に、新香港のウラン鉱山が襲撃を受けたとのニュースが飛び込んできた。
総督府のヘリポートで、見送りに来ていた秋月総督は顔をしかめる。

「大陸南部から西部へとか。
ずいぶん広範囲だな。
被害状況は?」
「武警の隊員が八名、鉱夫が四名死亡。
エルフの死体は13体確認。
鉱山も爆破されて、林主席は怒り心頭で机を蹴飛ばしたそうです。
常峰輝武警少将が陣頭指揮を取って、新香港から特殊警察部隊一個連隊も投入して山狩りの実施中です。」

新香港武装警察は首都の新香港と衛星都市である陽城、窮石防衛の為に、武装警察第一師団を組織した。
そして、将来的な正規軍設立の為に重武装の特殊警察部隊が政府直轄部隊として設立させた。
その新香港の最強戦力を投入していることから、怒りの本気度が理解できる。

「本気なのは新香港だけじゃないのだよな・・・」

秋月総督が頭を抱えるのを秋山補佐官は不審に思う。

「本国が何か言ってきましたか?」
「エルフ共が邪魔するなら、特戦大を派遣するか、巡航ミサイルの使用を許可しようかと乃村大臣が・・・
本国もこの件に大変関心がおありのようだ。
だが我々としては本国の介入は最低限に留めたい。」

転移後に規模を大隊にまで拡大させた特殊作戦群と在日米軍の倉庫から引っ張り出した巡航ミサイルを装備した部隊は防衛大臣の直轄部隊だ。
総督府や大陸方面隊の意向を無視する可能性があった。

「何より、大陸において3番目に人口の多い種族との戦争は避けるべきなんでしょうな。」
914: 始末記 2017/09/28(木) 23:33:28 ID:7.L4Yce.O携(92/149)調 AAS
さて、とりあえずここまで
915
(1): 2017/09/30(土) 19:06:43 ID:.oaUBxuE0(1/2)調 AAS
乙です
でも避難所は過疎ってさみしいですね

そして本家は相変わらずのアラシ状態
916
(1): 2017/10/01(日) 17:09:28 ID:aw5hTIw60(1)調 AAS
投下乙です

流石にエルフを狩るモノたち(巡航ミサイルの雨)は見られそうもないか
917
(1): 2017/10/01(日) 17:39:18 ID:R4KaE.iE0(1)調 AAS
 乙です。
 しかし、エルフは何でウラン鉱山を襲撃したのやら?
 ウランに何かしらの恨みを持っているのかな。
918
(1): 2017/10/03(火) 22:36:51 ID:.oaUBxuE0(2/2)調 AAS
ウランは売らん

なんつってww
919: 始末記 2017/11/14(火) 22:23:06 ID:7.L4Yce.O携(93/149)調 AAS
だいぶ間を開けてしまいました。
投下再開します
920: 始末記 2017/11/14(火) 22:26:37 ID:7.L4Yce.O携(94/149)調 AAS
大陸北部
エルフ大公領
タージャスの森外縁

深い霧が常に森全体に立ち込め、侵入者が必ず行方不明なるタージャスの森。
森全域がエルフ大公領であり、その面積は関東平野に匹敵する。
そのエルフ大公領を求めて、侵入する者が稀にだか現れる。
商人、冒険者、密猟者・・・
後日、エルフ達に連行され、戻ってくるが全員ではない。
この霧はエルフ達が張った魔法による結界と言われている。
そんな怪しげな森に陸上自衛隊の大型ヘリコプターが接近していた。

「外務局長、見えました。」

そう声を掛けられた杉村外務局長は、CH-47J大型輸送ヘリコプターの窓から地面を眺める。
即席で造られたヘリポートには、デルモントの第6分屯地から派遣された部隊がテントや陣地を構築して展開している。
降下したCH-47Jから降りた杉村と外務局スタッフを部隊長の佐久間二等陸尉が敬礼で出迎える。

「デルモントより派遣された佐久間二等陸尉以下、隊員21名。
外務局の護衛を勤めさせていただきます。」

一応は外務局からも警備担当官を二名連れて来ているが、重武装の自衛隊の協力は有難い。

「お忙しいところお世話になります。
しかし、デルモントにもウラン鉱山はあるでしょう?
そちらは大丈夫なのですか?」

敵の目標が明確なのだから警備は厳重なのだろうが、人手をこちらに割いてしまったことに負い目を感じていた。

「以前に龍別宮捕虜収容所の襲撃時に透明化した敵を判別したサーモグラフィを投入していますので、これまでとは同じにはいかないと思います。」
「ならよいのですが・・・
こちらも『迎え』が来るまで時間はありますので、考えられる事態を想定しておきたいのですが。」

付近に駐車されている自衛隊の車両に不安を覚えた。
普通科部隊の持ち込んだ73式中型トラックと高機動車は理解できる。
問題は緑色の自衛隊カラーに塗り替えられた赤色灯が付いた車両だ。

「あれ、警察の化学防護車ですよね。」
「正確にはNBC災害対策車ですね。
我々も予算の問題で割りを食ってまして・・・
自衛隊の車両よりは入手しやすいので・・・」

佐久間二尉も苦笑しながら答える。
すでにこのNBC災害対策車で霧の解析は行ったが、何もわからなかった。
後は直接隊員かヘリコプターを突入させるくらいだが、相手が迎えに来てくれるというなら待つしかない。

「ではそろそろ連絡しますか・・・」

杉村は携帯を懐から出して、登録してある番号に掛けてみるのだった。

「杉村です・・・
はい、準備が出来ましたのでよろしくお願いいたします。」

大陸西部
ハイライン侯爵領
侯爵館

新香港や日本との商取引で多大な利益を得たハイライン侯爵は、ようやく城の建設に取り掛かることが出来た。
ハイライン侯爵ボルドーは感慨深く普請を監督していた。
縄張りを父のフィリップがしていたことは不安を覚えるが、アンフォニーから妹のヒルダから日本の技術者を呼び寄せてくれたのは助かった。
現在建築されているハイライン城は、星形城塞となる予定だ。
完成予想図を見せられた時のフィリップのはしゃぎぶりは脳裏に焼き付くほどだ。
その光景を思い浮かべてると、軽快な音楽に思索を中断される。

近くの陣幕からだ。

「父上、何か音楽が・・・」

陣幕を潜ると、フィリップが携帯電話を片手に水晶をいじっていた。
そばにはアンフォニーから派遣された黒川という言葉が右手を奇妙な形に挙げて、こちらの言葉を遮ってくる。

「妖精の森に連絡を取るところだ、邪魔をするな・・・」

仮にも侯爵である随分高圧的な言い種である。
黒川は大陸語は流暢に話せるが、同じ日本人同士で会話すると難解な論調で話すと相手を困惑させる傾向があるらしい。
何故かフィリップはあっさりと理解し、コミュニケーションはスムーズに進んでいる。
ちなみにフィリップが会話している携帯は黒川のものだ。
黒川の目にはフィリップがいじっている水晶の操作が、転移前に流行ったスマートフォンみたいに見えていた。
転移当時のスマートフォンのシェアは20パーセントに届いた程度だった。
しかし、転移後は新機種が出るわけでもない。
海外サーバーから切り離されたことにより大半のインターネットのサイトも消え去り、電池が長持ちしないスマートフォンは一気に無用の長物となり廃れてしまった。
本国では倉庫や廃棄待ちだった公衆電話や固定電話が再び普及し始め、携帯電話も通話とメールが出来ればよいとガラケーに戻っていった。
今でも本国の電力事情は良くない。
現在の電力生産量は転移前の半分程度にしか満たしていない。
転移により、輸入に頼っていた石油やLNGを使用していた火力発電所は軒並み停止してしまっていた。
921: 2017/11/14(火) 22:30:06 ID:7.L4Yce.O携(95/149)調 AAS
石炭系の火力発電所は転移前から三割以上の電力生産を可能としており、大陸から採掘が可能になった現在は本国の電力を支える主力となっている。
水力発電も転移前から1割程度の電力生産を担っていた。
ここに北サハリンや新香港の東シナ海からの石油や天然のガスの輸入により持ち直して来たばかりなのだ。
原子力発電は、転移後に激減した電力生産を支える為に全力稼働の方向となっていた。
しかし、転移から十年以上も経つと、備蓄されていたウランやプルトニウムも枯渇し始め、再び停止する原発も増えていた。
大陸からウランが採掘出来るようになると、柏崎原子力発電所がようやく再稼働が可能になっていた。
本国も省エネやリサイクルが進み、電力消費も下がっている。
このような状況では、携帯電話の充電にも苦労する有り様だ。
根本的な問題として、電池の生産に必要なリチウムをはじめとしたレアメタル等の採掘量が需要に追い付かないのだ。
一番肝心のリチウムにしても、吹能等町近郊にしか鉱山を発見出来ていない。
現在の黒川達が使っているのは、都市鉱山で資源をリサイクルされた携帯電話ばかりだ。
年配の者達が

「時代は30年は後退したな。」

と、ボヤいていたのが印象的だ。

「ギーセラーの奴が出てくれればいいんだが・・・
向こう側の水晶球の側に誰かいてくれないと気がついてもらえないのだ。」

ギーセラーというのが冒険者時代のフィリップが浮き名を流したエルフの女性の名であることに、ボルドーは頭痛を感じていた。
ハーフエルフの姉サルロタまでいるという話も昨夜に聞かされたばかりで、心の整理が追い付いていないのだ。
すでに一昨日に連絡が取れているので、向こうも水晶球の側にいるはずだった。

「おっ、繋がった!?
ギーセラーか、一昨日に話した件だが、日本側の準備が整ったそうだから回廊を開いてくやってくれ。
ああ、何か不自由は無いか?
必要な物があれば送るが・・・
ワシも行きたかったのだが、離れられなくてなあ・・・」

フィリップの喜色を隠そうともしない姿にボルドーも黒川も苦笑する。
ボルドーもまだ会ったことが無い姉とやらに会って見たかった。

「いずれ客人として呼べばいい。
その為にもこの城の完成を急がせねばな。」

珍しく黒川の言うことにボルドーは頷き、その日が来ることを楽しみに思えていた。

エルフ大公領
タージャスの森付近

「霧のトンネル?」

杉村局長の言葉に誰しもが納得していた。
深い霧に包まれたタージャスの森に、ぽっかりと回廊のように霧が晴れていく。

「ここを通れと?
車両では無理ですな・・・」

回廊の広さは車両でも十分に通れる。
問題は獣道に毛が生えた程度の道だ。
普通科部隊なら問題は無いが、杉村達をはじめとする官僚達にはきついだろうと、佐久間二尉達は眉をしかめる。
杉村達もある程度の徒歩は覚悟しており、全員が登山ルックだ。

「佐久間二尉、とにかく行くしかない。
途中のポイントに発信器を置いて、ヘリにフォローしてもらいながらマッピングして行こう。」

霧の回廊に自衛隊の隊員15名と官僚5名が霧の回廊を進む。

「霧を操ることが出来る。
魔法なのか、魔道具なのか・・・
これは脅威ですね。」

杉村はキョロキョロと警戒しながら歩くが、佐久間二尉は前だけを見ていた。

「普通科部隊には脅威ですが、いざとなれば特科で吹き飛ばせば問題はありません。
空爆という手段があります。」

自衛隊だって煙幕くらいは使う。
対抗策は幾らでもある。

「それでも気象兵器なのか、自然現象なのか区別がつかないのかわらかないのは問題ですね。
初動が遅れそうだ・・・」

一見すると真っ直ぐ歩いているようだが、微妙に方向がずらされてるのがわかる。
時間の感覚もわからなくなってきた。
コンパスも狂わされてるのか、回転している。
マッピングしずらくてしょうがない。
森林の木も一本一本の樹齢が想定出来ないくらいの巨木なのも距離感を狂わせる。
それら巨木から伸びた枝葉が日の光を遮り、昼間なのに明け方くらいの暗さになっている。
訓練を積んだ隊員なら惑わされることもないが、同行している官僚達はつらいだろうと佐久間二尉は気になりはじめた。

「二時間で4キロですか、あんまり進めてないですね。」

驚いたことに佐久間二尉に指摘されて柴田は驚く。
よく見てみれば官僚達は平気な顔で隊員達に着いてきており、疲れや焦りの顔も見せていない。

「意外に元気そうなので驚きました。」
「もう慣れましたよ。
交渉の度に大陸各地に派遣されました。
航空機は燃料が高いのと滑走路の問題で余程の有事でなければ使わせてもらえない。
車両だって舗装された道ばかりじゃないですからね。
最近は鉄道である程度は近場まで移動出来るだけ楽になりました。」
「なるほど・・・新人とか来たら大変そうですな。」
922: 始末記 2017/11/14(火) 22:34:42 ID:7.L4Yce.O携(96/149)調 AAS
足手まといにはならそうだと安堵していると、霧の彼方から蹄の音が聞こえてくる。

「どうやらお出迎えのようです。」

隊員達が互いの姿を見失わない範囲で散開して警戒にあたる。
官僚達に同行している外務省警備対策官の二人は、ホルスターに手を掛けながら杉村を護るべく前後に立ち塞がる。
現れたのはユニコーンに美形の妖精族だった。

「エルフ大公領森林衛士隊所属のサルロタと申します。
日本の使節団のお出迎えにあがりました。」

責任者とおぼしきハーフエルフの少女に一行は戸惑いを覚えるが、他種族は見た目で年齢を判断してはならないと肝に命じているので顔には出さない。
人数は30人程度。
騎乗しているのは六人。
平兵士と思われるエルフは軽鎧だけを纏い、頭部には縁の周りの広い鍔と円形かつ浅いクラウン部が特徴の地球側がブロディヘルメットと呼ぶ物を被っていた。
武器もレイピアこそ腰に挿しているが、全員が小銃を肩に担いでいる。
明らかに大陸の王国軍が制式採用しているものより先進的だ。

「リー・エンフィールド・・・?」

背後で隊員が呟くのが聞こえたが、杉村も佐久間も今は挨拶と相手の観察に重点をおいていた。
エルフの森林衛士を率いていたサルロタに若い隊員達は笑顔を隠しきれていない。
だが彼女の着ている服装に違和感を覚えて笑顔も消えていく。
全員がズボンを穿いているのは理解できる。
しかし、上着はブルゾンっぽい服でネクタイが首に巻かれている。
また、頭部はベレー帽を被っている。

「礼服なのです。
あまり見たことが無い格好でびっくりしますよね。
私もあまり着ないのですが・・・」

サルロタも照れ臭そうに言ってくれるが、現在のブリタニアの軍服に酷似している為に自衛隊側は困惑を深めるだけだった。

「ようこそエルフ大公領へ。
すでに貴方達は『街』の中に踏み込んでいます。」

よく見てみれば巨大樹の幹や枝に、鳥の巣箱のような家が多数見受けられる。
枝から枝には橋も掛けられている。
身軽なエルフ達には、木の上での生活も苦労はしないようだ。
しかし、もっと森の奥深くに町なり拠点があると思っていた日本人一同は、森の外縁から約二時間程度で目的地についてしまった事に拍子抜けしてしまっていた。。

「遠いと何かと不便じゃないですか。」

エルフ達に対するイメージはあまり変えて欲しくは無かったゆえにサルロタの答えにどこか釈然としないものを感じていた。
923: 2017/11/14(火) 22:40:42 ID:7.L4Yce.O携(97/149)調 AAS
では投稿終了です

>>915
もう本家はわけがわかりませんね
>>916
今は、巡航ミサイルまで出てるんですか?
魂は何を?

エルフはやはり脱がさないとダメですかね?

>>917
まあ、私の作品だから理由はしょうもないことかもしれません

>>918
異世界で買い手はいますかね?
924: 始末記 2017/11/27(月) 21:34:46 ID:7.L4Yce.O携(98/149)調 AAS
では投下します
925: 始末記 2017/11/27(月) 21:38:19 ID:7.L4Yce.O携(99/149)調 AAS
大陸北部
エルフ大公領
リグザの町

日本の使節一行が案内されたリグザの町は、基本的には鎖国体制を取るエルフ大公領の唯一の開かれた町である。
何百年も霧に包まれた大森林ではあるが、かつての帝国の領邦となってからは、儀礼的に帝国の使者を受け入れる拠点が必要があって作られた。
最も帝国が崩壊し、新たに勃興した王国は一度もこの地に使節を派遣していないし、大公領からも忠誠を誓う為に王都に出向いたりはしていない。
最早、実質的な独立国と言ってよかった。

「王国などと言っても、帝国時代は我らと同じ大公領に過ぎなかったソフィアの軍門に下る必要は感じなかっただけです。
ソフィアにもこちらに討伐軍を派遣する余裕は無かったでしょう。」

そう説明してくれるのは、森林衛士旅団で、小隊を預かるサルロタであった。
彼女はハーフエルフでありながら、エルフの高官の娘という立場から外から来る招かぜらる来客を迎え討つ、もしくは保護する部隊の指揮官となっている。
ユニコーンから降りて、杉村や佐久間達にと共に徒歩で案内してくれている。
人間種だからと高貴なエルフに見下されるのでは無いかと懸念していた杉村達は、内心で反省を試みていた。
町の建物の大半は木の上に小屋が建てられ、大樹と大樹を繋ぐ縄橋が掛けられている。
佐久間達は不安定で脆そうな縄橋に不安を覚えるが、身軽で小柄なエルフ達は問題なく渡っている姿を見て、種族的特性を感じずにはいられなかった。
しかし、それ以上に気になる点があった。

「あのサルロタ殿。
エルフの皆さんはその・・・、随分好奇心が旺盛のようですな。」

杉村が他の官僚や自衛隊隊員の疑問を代表して質問する。
小屋という小屋の窓、縄橋、大樹の陰から無数のエルフがこちらの様子を伺っているのだ。
その問いにサルロタも些か困った顔をする。

「え~と、皆さんがエルフをどのように考えているかは、理解しているつもりです。
ですが、おそらく彼等彼女等は、あなた方の想像より、好奇心が旺盛で、奔放なのです。」

明らかに言葉を選んでいるサルロタに、杉村も佐久間も先が思いやられる気がした。
エルフ達は何れも妖精的な美しさであり、大森林の外の人間に比べれば小綺麗にしているので、魅力的に見える。

『日本人は女に興味が無いのか?』

と、言われるほどに大陸の日本人は大陸の人間と性的なトラブルは少ない。
それどころか、娼館にも行く者は少ない有り様だ。
それは大変な偏見であるが、日本人から見れば大陸の平民の小汚ない格好や臭いは、マイナスのイメージとなっていることは間違いない。
また、栄養に問題があるのか肉体的魅力にも乏しさを感じている。
未知の風土病や性病の恐れもあり、二の足を踏むのは十分とも言える。
現に日本の統治地域に来た良家の女性はこの問題からは、解放されており、アイドルのように扱われている大陸人女性も多数存在するのだ。
しかし、エルフ達は痩身だが栄養には問題の無い生活を送っているようであり、花の香りがして若たい隊員達を魅了している。
やがて一行の前に地上に建てられた迎賓館が現れた。
帝国の施設一行が宿泊する為に建てられたもので、歴代皇帝も宿泊した由緒正しい建物らしい。
出迎えてくれたのはこれまた20代後半に見える美人な女性エルフだった。

「この町の町長ユシュトーに御座います。
使節御一行の御世話を任されております。
部屋は有り余っていますのでそれぞれ個室を用意しております。
長旅お疲れでしょう。
先にお食事にしますか?
湯編みにしますか?
それとも・・・」

急にユシュトーが流し目で杉村を見つめてきた。
見れば隊員達にもメイド姿のエルフ達が、色目を使っている。

「さ、先に広間をお借りしたい。
こちらも話し合うことがあるので、軽食を用意して頂くとありがたい。
アルコールは無しで・・・」

ユシュトーは残念そうに頷くと、メイド達に目配せして準備をさせる。
長年の外交官人生で遭遇したハニートラップに誘われた状況と同じだった。
あんな失敗は三度で十分である。
広間に集まった日本人一同は、美しいエルフ達に完全に舞い上がっていた。
佐久間二尉を除いて。
杉村が泰然としている佐久間に感心していた。

「さすがですな佐久間二尉。」
「いや、私に色目を使ってきたのが執事のエルフだったので・・・」

ゲンなりした声で言われて杉村も肩を落とす。
サルロタが退室する前に一つ忠告してくれた。

「明日にはこの大公領を取り仕切っている公子殿下が到着します。
正式な会談はその時に・・・
それと、御家庭に不和を招きたくなければ
彼女等の誘いを受けないでください。
大公領のエルフはこの十年男日照りなので・・・」
「じゃあ、あの執事は何なんだ・・・」
926: 始末記 2017/11/27(月) 21:40:52 ID:7.L4Yce.O携(100/149)調 AAS
佐久間二尉は自分に熱い視線を送ってくる執事エルフに体を身震いさせている。
いつまでも消沈してもいられないので、状況を整理することにする。

「まずあのエルフ達の格好はなんだ?
昔の英国軍みたいだったぞ。」

窓から外を見ていた上坂三尉がそれに付け足す。

「ここの警備の兵もです。
赤い上着に熊の毛皮の帽子、まるでバッキンガム宮殿の近衛兵です。
メイド達もヴィクトリアンメイドとか言ったかな?」
「ふむ、毛受一曹。
先ほど連中の銃について何か言ってたな。」

毛受一曹は転移前から自衛隊に所属していたベテランだ。
古い銃器についても含蓄がある。

「はい、エルフの兵士達の兵装は第一次世界大戦の時の大英帝国のものに酷似しています。
銃もリー・エンフィールド小銃に似ていますね。
手に持たせて検分させて貰ったわけでは無いので、はっきりとは言えませんがあれがリー・エンフィールド小銃と同じなら、10発入りの着脱式弾倉。
これだけで大陸の王国軍の小銃を遥かに凌駕しています。
独自のボルトアクションによる素早い再装填が可能です。
有効射程も900メートル以上もあります。」

色々と説明されたが、杉村にはエルフ達は王国軍や帝国残党より厄介なことは理解できた。

「ブリタニカの連中が密かに供与したのか・・・
いや、不可能か。」

如何にブリタニカとはいえ、そこまでの生産力は無い。
各同盟都市の兵器の生産は、公安調査庁の監視下にもある。
しかも、森の外のエルフ達からはそのような武器を持っていると報告されたことはない。
今回の一連の事件でも使用されていない。
エルフ達が鍛冶に長けているようにも見えない。。
ここのエルフ達は明らかにおかしい。
それと気がついたが、エルフ達の男女比率も女性に片寄ってる気がする。
公式記録によると、エルフ大公領の人口は55万人。
全部の人口がエルフでは無く、半数以上がハーフエルフとのことです。
まあ、実際にはかなりの領民が領地から出て旅をしたりしてるらしいですが・・・」

それには佐久間二尉が答える。

「杉村局長。
その記録は帝国が十年前に取った戸籍のものです。
皇都大空襲のおりにエルフ大公領は五個の森林衛士旅団を派遣しており、約二万人のエルフが灰となりました。
男女比率の歪さはそこから来てるのでは無いでしょうか。」
「だとすると寿命の長いエルフは遺族として我々を恨んでるかもしれません。
寝首を掻かれないようベッドに彼女等を招き入れることは勘弁して下さいよ。」

杉村の言葉に舞い上がっていた隊員達の顔は引き締まる。
相手は敵かも知れないとわかれば彼等には十分だった。
しかし、情報が不足していた。
もう少しエルフのことを知る必要がありそうだった。

サルロタは仲間達の色情ぶりにうんざりしていた。
長い寿命を持つエルフにとって、退屈は天敵だった。
概ね六百年ほど生きるが、三百年も生きてくると、何事にも無感動になってくるのだ。
そのうち考えるのも面倒になり、瞑想に耽りながら朽ちていく。
初代皇帝の孫娘である現大公もそうであり、この百年は眠ってばかりいる。
退屈をまぎらわす為に執着するものの探求はエルフにとっての課題になっている。
冒険や研究に走る者はよい方で、性的に倒錯に走る者も少なくない。
そのくせ出生率は高くないのだが、長い寿命の中で他種族との子供を宿す者も出てきた。
だが帝国と日本、アメリカとの戦争で年長で能力のある男性エルフは多数戦死する事態に陥った。
エルフは基本的に年功序列であり、年長の者が大公軍に所属していた。
その穴を埋めるべく女性エルフが大公領の要職を占めるようになった。
サルロタも再建された大公軍だからこそ、隊長までに昇進出来たのだ。
そうでなければ大公家に血が連なるとはいえ、年若いハーフエルフの自分は昇進などは無縁だったろう。

「余計なことを言ってくれたわね。
おかげで彼等は私達を警戒して廊下に見張りを着けたわよ。
近よれはしない。」

ユシュトーの抗議にもうんざりしてきた。
彼女達にとっては一連の騒動も刺激的な娯楽に過ぎないのだ。

「少しは自重してください。
日本とのトラブルは起こさないように大公家からも元老院からも指示が来ていたでしょう!!」
927: 始末記 2017/11/27(月) 21:45:34 ID:7.L4Yce.O携(101/149)調 AAS
「自由を愛するエルフを縛るには、どっちも物足りないわね。
まあ、いいわ。
機会は今夜だけではないから・・・、それよりどう?
今夜一緒に寝ない?」
「結構です!!」

そのまま自室に戻ることにした。
明日にはアールモシュ公子殿下が母のギーセラーとともにリグザの町にやって来る。
日本の使節達を例の場所に案内する役目があるのだ。
アールモシュはサルロタの従兄にあたる。
今夜はゆっくりと湯船に浸かり眠りたかった。

大陸北部
南北鉄道
よさこい11号

黒煙を上げながら、多数の貨車を牽引して汽車は進んでいた。
線路の脇には、日本管理するデルモントの町を経由し、北サハリン領ヴェルフネウディンスク市に続く街道が存在する。
機関車に乗車していた機関士達が前方の街道に不穏な土煙を発見した。

「あれは自動車が何台も走っている土煙だな。
自衛隊かな?」

北部地域で車両を何台も走らせることが出来るのは、自衛隊か北サハリン軍だけだ。
接近してみればわかるが、日本製の車両ばかりだ。
問題は車両に『新香港武装警察』と書かれていることだろう。
三菱パジェロ4両、トヨタ・コースターGX、三菱キャンターの一団だ。
キャンターが牽引するトレーラーの屋根には銃座が2基設置されている。
パジェロにもサンルーフから銃架が設置されている。
よさこい11号はその一団を追い抜いていくと、30分後に同じ編成の一団と遭遇する。
よさこい11号の車掌と鉄道公安官が対応を話し合っている。

「分屯地に通報は?」
「出来ました。
こちらからは刺激するなと・・・」

新香港武装警察の部隊を追い抜き、距離を取るしか無かった。

デルモントの町
陸上自衛隊第10分屯地

「よさこい11号からの通報により、三個小隊規模を確認!!」
「デルモントの北部の街道、オーロフ男爵領近辺の線路補修中の工員が四個小隊規模の新香港武装警察部隊を確認。」

報告を聞いて分屯地司令の蒲生一尉は困惑を深めている。

「海路でヴェルフネウディンスクから来たな?」

デルモントにいる第10分遣隊も中隊規模の約200名の隊員がいるが、先日1個小隊をタージャスの森に派遣している。
さらにウラン鉱山の警備とパトロールに2個小隊割かれている。
分屯地の防衛を考えれば動かせるのは1個小隊しかなく、南北から接近する新香港武装警察を食い止めるのは論外である。

「だが新香港も我々と事を構えるのは本意では無いだろう。
総督府を通じて止めてもらうしかない。」

政治的圧力で止められなければなす術が無い。
大陸中央からの援軍はまず間に合わない。
だが新香港の目的地はデルモントでは無いだろう。

「第5小隊をタージャスの森に派遣して合流させろ。
対応は追って沙汰する。
ここの警備には海と空の連中にも手伝ってもらう。」

戦力をここに置いて置いても今がない。
連絡官として来ている海自や空自の隊員が少数だがいる。
彼等にも小銃でも持たせておけば飾りにはなる。
事態をややこしくすることは避けて欲しかったな。
928: 始末記 2017/11/27(月) 21:46:23 ID:7.L4Yce.O携(102/149)調 AAS
投下完了、ではまたいずれ
929: 2017/12/02(土) 19:41:51 ID:ZqrZSx6Q0(1)調 AAS
もしも検索 ⇒ bit.ly/2kJFRlx
930: 始末記 2017/12/31(日) 23:05:32 ID:7.L4Yce.O携(103/149)調 AAS
年内にはこの話は終わらせたかった
では投下
931: 始末記 2017/12/31(日) 23:13:12 ID:7.L4Yce.O携(104/149)調 AAS
大陸北部
タージャスの森南側外縁
自衛隊キャンプ

大森林に向かった部隊の留守部隊として、陸上自衛隊の隊員六名が自衛隊キャンプに残っていた。
彼等は留守番の最中も陣地構築を行っていた。
問題は陣地が森側からの攻撃を想定されていて造られていることだ。
これから迎え撃たないといけない相手は街道からやって来るのだから意味が無い。

「新香港の部隊が?」
「やりあわずに足留めってどうしろというんだ。」
「無理に決まってんだろ!!」

連絡と命令を受けた隊員達は頭を抱える他無い。
まともに使える車両はNBC災害対策車と高機動車くらいだ。
銃火器も小銃や拳銃くらいしか残っていない。
こんな装備で二百名近い新香港武装警察とやりあえる筈もない。
ましてや地球人同士の交戦は、神戸条約により禁止されている。
地球人による植民都市が増えた結果に結ばれた条約だ。
逆に言えば彼等自身が人間の盾になれるのだが、そんな立場は御免蒙りたかった。

「森の中の佐久間二尉との通信はまだ取れないか・・・」

どのような作用か、電波による通信は本隊が町に入るとの通信を最後に取れなくなっていた。
増援の第5小隊の到着も3日は掛かる見通しだ。
彼等留守部隊六人がとれる選択肢は少ない。

「森の中に隠れよう、車両もテントも全部だ。
痕跡を残すな。」
「命令は足止めでは?」
「ようするにここを通すなという意味だろ?
見つからなければ時間も稼げる。」

反対する者はいなかった。

「森の奥まで行かなければ迷うことはないはずだ。
後は霧が隠してくれる。」

幸いなのは新香港も森の入り口はわかっていないことだ。
関東平野に匹敵する広さの森の周囲探索に時間が掛かるのを望むしかなかった。

「隠せるかな・・・」

今さら造り続けていた塹壕を埋め戻したり、鉄条網の撤去など6人で出来る時間があるのかは疑問だった。
結局のところ、彼等は盛大に霧の中を迷子となった。
そして、新香港武装警察の部隊は自衛隊が構築していた陣地跡まで来ることは無かった。
森の中に隠れた彼等がエルフ達に発見され、保護されて解放されたのは一ヶ月後の話になる。

大陸西部
新香港
主席官邸『ノディオン城』

日本大使相合元徳と駐在武官である渡辺始一等海佐は、大陸北部に部隊を進めた新香港に事態の説明を求めに訪れていた。
ノディオン城は主席官邸と同時に新香港政府の政府庁舎を兼ねている。

「説明も何も事態は明白でしょう。
我々はウラン鉱山の被害と死者を出しているんですよ。
報復か謝罪を要求するのは当然では無いですか。
そして、我々にはエルフとの外交チャンネルを持っていない。
わかりやすい示威的行動或いは実力行使が今回の動員の理由です。
貴国が対応したケンタウルスの時と何ら変わらない。」

武装警察の常峰輝武警少将が応対に出て会談に応じている。
普段は友好的な対話をしてくる常武警少将の高圧的な態度に、二人は顔には出さないが動揺していた。

「ケンタウルスの時は明確な敵対勢力による攻撃でした。」
「今回は違うと?」

そう言われると些か苦しいが、ここで退く訳にもいかなかった。

「詳しいことはまだ何もわかっていない。
現在、我々がエルフとの外交交渉を行っています。
今少し御待ちいただけませんか?」
「失礼ながら、我々は全て日本に任せている現状を憂いている。
貴国には、同盟都市としてこれまでの援助は感謝している。
それゆえに我々は日本の負担を分かち合う準備がある。」

常武警少将の言葉に二人は身構えて聞く羽目になっていた。

「それはどういう意味で?」
「地球人による五番目の国家の建国ですよ、大使。
これからも友好国としてよろしくお願いします。」

現状は日本、アメリカ、北サハリン、高麗の他は国ではなく、独立都市の扱いだ。
所謂、保護国のような扱いだ。
新香港は人口も北サハリンやアメリカよりも多く、石油の採掘や独自の軍事力、衛星都市の建設など他を凌駕している。
武器も銃火器程度なら生産も可能となった。
そろそろ自分達の国を建設してもいい頃だと常武警少将も信じていた。
これこそが新香港に住む民の総意であると。

大陸北部
エルフ大公領
リグザの町迎賓館

早朝、大公公子アールモシュとその叔母で大公領の軍事を司るサルロタの母のギーセラーが町に到着した。
驚いたことに二人は飛竜に乗って現れたのだ。
932: 始末記 2017/12/31(日) 23:20:10 ID:7.L4Yce.O携(105/149)調 AAS
大公領でも八匹しか飼い慣らせていない貴重な生き物だ。
アールモシュは、颯爽と飛竜から飛び降りると、出迎えの為に待機していた杉村達に爽やかに微笑み挨拶をしてきた。

「お待たせしました。
大公領公子アールモシュです。
大公の代理として全権を委任されています。
日本とは実りある交渉を期待しています。」

意外に低い物腰のアールモシュに杉村外交局長達は気圧される。

「こちらこそ、貴方方との交流は我々も夢見ていました。
今後の友好関係の構築に向けて問題点の解決に努力したいと思っています。」

互いに握手を交わす。
第一印象はまずまずだったが、エルフは何の躊躇いもせずに握手を交わしてきた。
これまでの大陸人には無かったことだった。
エルフ達との交流を夢見ていたことも嘘では無い。
地球から転移して、エルフが実在したことに日本人達が如何に歓喜していたことか。
実に妄想を昂らせたりしていたものだった。
だが接触の機会は少なく冒険者として現れるエルフに依頼をする時くらいに限定されていたのだ。
杉村達が軽く興奮していたことも仕方がないことだろう。
さて、軽く互いを紹介し、親好を温めた一行は飛竜が降り立った広場から迎賓館へと移動する。
会談に用意された部屋に入室すると、会談に携わる者達が席に着いた。
会談はアールモシュが口火を切り始まった。

「まず最初に疑問に思われるでしょうが、我が母であり現大公ピロシュカのことです。
彼女は現在長い眠りに付いていて、もう30年ばかり起きてきていません。」
「30年!?」

思わず叫んでしまった。
エルフは長い寿命の中で、やりたいことや考えることが無くなると、眠りに付いたまま起きてこなくなるらしい。
野外で寝ていて何十年も放置され、大樹と一体化してしまう者までいるらしい。

「なんとも凄まじい話ですな。」
「はい、母は初代皇帝の孫にあたります。
その初代皇帝の教えが、貴方方の鉱山が襲撃された原因です。
初代皇帝はあの悪魔の石を病気をもたらす危険な物と考えていました。
学術都市が採掘して研究中に多くの研究者が健康を害し、原因不明のまま死亡したことに端を発しています。
その結果、採掘場所を隠蔽しそれを暴く者を討伐せよ、と。」

悪魔の石とはウランのことだとは理解は出来る。
地球でもウラン鉱山による環境、健康被害は問題となっていた。
ウランを採掘する際に、放射能を含んだ残土がむき出しになっていた。
これが乾いて埃となり、周辺に飛散して大雨が降ると川に流れ込み、放射能による深刻な環境汚染が引き起こされたのだ。
ウランを含む土には他にも放射性物質が含まれ、肺癌や骨肉腫などの原因になっている。
鉱夫のなかにもこれらの埃や水を体内に取り込み、肺癌になった者が多数存在する。

「なるほど悪魔の石ですか・・・、その為に兵を派遣したと?」
「時代は変わるものです。
長い年月を生きてきた我々にはそれが判る。
貴君等があの悪魔の石を利用する術を持っていることも把握している。
だが若者は原則に拘り、教えを守ろうとした。
それが今回の事件の発端です。」

千年も昔の教えに引っ掻きまわされていたとは、襲撃された同盟都市は納得はしないだろう。
だが事態を終息させる必要はある。

「公子閣下から、外界のエルフに襲撃を辞めるよう命令を下して頂けませんでしょうか。」
「宣言は出しましょう。
ですが彼等が言うことを聞くかは別の問題です。
勿論、彼等を諌める使者も出しましょう。
それでも手を引かない者達に付いては・・・、大公領としては追放処分とします。」

煮るなり焼くなり好きにしろということだ。
現状ではこれ以上は大公領からは望めそうも無かった。
大公領は現時点では誠意は見せている。
エルフ個人によるテロならば、責任は問えそうにも無い。

「もう一つ疑問があるのですが、大公領軍の兵装は我々に取って見覚えがあるものなのですが・・・」
「はっきり言って貰って大丈夫ですよ。
我々の兵装は地球の第一次世界大戦時の大英帝国軍のものを模倣しています。」

あまりにあっさりと言われたので、杉村をはじめとした日本側は誰もが言葉を失っていた。

「ち、地球の歴史をご存知で?」
「貴殿方は最初の転移者と言うわけでは無いのです。
まあ、貴殿方ほど大規模な転移は初めてだが、過去にも何度か転移してきた者達がいました。
最初の頃はこちらと技術や文化の差はそこまでなかったのです。
1200年くらい前から産業革命とかいうのを体験してきた転移者から状況が変わってきましてね。」
「1200年前?」
933: 始末記 2017/12/31(日) 23:26:25 ID:7.L4Yce.O携(106/149)調 AAS
「そちらとは時間の流れが多少ズレがあるようです。
彼等の知識は当時はほとんどが再現不可能でした。
しかし、時の流れが少しずつ問題を解決し、大陸の発展に寄与してきました。
初代皇帝は我等に彼等の保護と知識の調査を命じました。
我々は長命の種族だから、そういった活動は我々の退屈を解消させる格好の役割となりました。
そして、そちらの暦で1915年に転移してきた者達がこちらの世界で500年ほど前に転移してきましてた。
彼等は大英帝国軍、ノーフォーク連隊と名乗っていました。
彼等の装備や知識を模倣し、エルフ大公領軍は再編されて今に至るわけです。」

突然のことに杉村も佐久間も理解が出来ない。

「一度、総督府に問い合わせる必要がいりそうです。
事実ならノーフォーク連隊とやらの同胞もこの大陸に来ています。
彼等にも話を聞く必要があるでしょう。
森の外に一度、出たいのですが?」

ノーフォーク連隊についてはオカルト関連ではそれなりに知られた話だ。
だがこの場の日本側の人間には、それを知っている人間はいなかった。
問題は外部との連絡が取れなくなっていることだった。

「ご案内しましょう。
私も久しぶりに森の外に出たい気分ですから」

日本とエルフ大公領との最初の接触は、好感触のうちに終わった。

タージャスの森
西側外縁
新香港武装警察部隊

新香港武装警察派遣部隊の指揮官劉文哲武警少佐は、いつまでも続く森の入り口の探索にうんざりしていた。
そして、部隊を牽制するように周辺貴族が私兵を差し向けて来ていた。

「少佐、また貴族共の軍勢が・・・」

周辺貴族が私軍は距離を取りながら、代わる代わる接近と離脱を繰り返してくるのだ。

「うっかり蹴散らす訳にもいかないからな。
うっとおしい・・・」

警戒の為に部隊の一部を割けざるを得ないのも癪に障る。
私兵軍もそうだが、自衛隊とも遭遇しても厄介なのだ。
地球人同士の不戦を誓った神戸条約に抵触して、責任問題となってしまう。
それなりの規模の部隊を用意してもらったのはいいが、食料や燃料、弾薬といった物資も手持ち分だけで補給は要請出来ない。

「まだ、我々には遠征は早いんじゃないかな・・・」

だんだんイライラしてきた劉武警少佐は、目の前の大森林を見渡して暗い衝動的な作戦を思い付く。

「よし、燃やそう。」

エルフどもが出てこないなら引きずり出すのに、これほど効果的な手は無いだろう。
焚き火をしている隊員達から燃えた薪木で、大森林の樹木していく。

「今晩は放火に徹するぞ。
薪になる木をたくさん持ってこい。
街道沿いに移動して、火を着けながら拡大していく。」

複数の箇所から引火させた炎は燃え繋がり、森林火災を拡大させていく。
この規模の大火災は日本の消防隊でも鎮火は難しいだろう。

「あとで問題になりませんかねぇ?」

部下に言われて冷や汗を掻き始めるが、今さら退くに退けなかった。

「け、結果さえ出せば問題は無い。」

貧乏クジを引いた気分を劉武警少佐は味わっていた。
934: 始末記 2017/12/31(日) 23:27:09 ID:7.L4Yce.O携(107/149)調 AAS
とうかしゅうりょう
ではよいおとしを
935
(1): 2018/01/03(水) 17:33:55 ID:ltLdW.lY0(1)調 AAS
始末記さん乙です
そしてあけおめことよろです
936: 始末記 2018/01/31(水) 23:26:10 ID:7.L4Yce.O携(108/149)調 AAS
>>935
おくればせながら、新年あけましておめでとうございます

今年も細々と活動させて頂きます
さっそく投下
あいかわらずのグダグダです
937: 始末記 2018/01/31(水) 23:28:21 ID:7.L4Yce.O携(109/149)調 AAS
タージャスの森

リグザの街を出発した日本特使一行と同行するエルフ大公領公子アールモシュの元には、次々と伝令が舞い込んでいた。
おかげで一行の歩みは遅々として進まない。

「申し訳ない。
また、火事のようだ。」

アールモシュが申し訳なさそうに杉村達に陳謝してくる。

「こうも複数の箇所での火災が起きるなど、明らかに人為的なものです。
兵を派遣したりはしないのですか?」
「森を焼いて、我らを誘い出す。
この数千年の間に何度も使われた手ですからね。
姿を消させての偵察は出してますよ。」

どうやら想定内の出来事らしい。
「敵の戦力や位置が把握出来次第、包囲して殲滅するつもりです。
それに森の権益は我々の物だけでは無いですからね。」

タージャスの森周辺の貴族達にはエルフの愛人を代々送り込んである。
いざというとき時に様々な便宜を計らせる為だ。
今回、新香港武装警察部隊を牽制しているのも、そういった貴族達だ。
日本人やその同盟国・同盟都市に送る必要があるなと、アールモシュは考えていた。

タージャスの森外縁

新香港武装警察部隊
派遣部隊本部

「ポイントBに貴族の私兵軍が押し寄せ、書簡と口頭による厳重な抗議を受けているそうです。」
「ポイントDからもです。」

派遣部隊の指揮官劉少佐は、手回しのいい貴族達の行動に頭を悩ませていた。
大森林から漏れでる恵みを受けとる権益を持った彼等と領民からみれば、大森林が焼けて無くなることは死活問題なのだ。
私兵軍だけで無く、武装した民衆が殺到している場所もある。
彼等の抗議は正当なものだけに、その声を無視することも出来ない。
劉少佐に出来ることは、相手をたらい回しにして時間を稼ぐことだけだ。

「抗議は新香港の外務局が取り扱うので、そちらに回してくれと伝えろ。」

それでも対応に人が割かれるのは痛い。
早くエルフに出てきて貰わないと、受け取った書簡だけで司令部に使っている車の車内が埋まりそうだった。

「劉少佐、ポイントCの森から動きが。」
「ようやく出てきたか・・・
2個小隊を増援に・・・」

敵の出現を懇願している自分が笑えてくる。
だが無線から声が悲鳴に変わり、劉少佐の希望を打ち砕く。

『少佐、こいつはエルフじゃありません。
モンスターです!!』

タージャスの森
放火ポイントC

ポイントCで森に火を付けていた新香港武装警察の分隊は、森の奥から出てきた巨大な青黒いビーバーの群れに襲われていた。

「アーヴァンクだ!!
近寄られたらひとたまりも無いぞ!!」
「手榴弾を使え!!」

エルフ達を引きずり出す前にとんでも無いモノを引き当ててしまい、弾薬を消費する羽目になっていた。
それでも分隊だけでは支えきれなくなる寸前、本部から派遣された小隊が戦闘に加わってくれる。
現在の新香港武装警察が使用しているのは、日本が北サハリン向けに製造していたAK-74だ。
小規模だが中国人第二の植民都市陽城市で生産工場の建設も完了している。
車両を盾にして射撃を続けて撃退したが、アーヴァンクの体当たりに些かの損壊が生じていた。
部隊を直接率いてきた劉少佐は疲れた顔でため息を吐く。

「走行には支障は無いと思いますが・・・」
「武警の虎の子だぞ?
始末書は確実だよ、参ったなあ・・・、誰か変わってくれよこの任務・・・」

最悪戦争して来いと言われてるのに、車両の傷やへこみで責められる未来図に劉少佐もへこみそうになる。
大森林の火災は尚も拡大しつつあった。
938: 始末記 2018/01/31(水) 23:30:17 ID:7.L4Yce.O携(110/149)調 AAS
そのエルフ達は、初代皇帝の教えを守る皇帝派の面々である。
だがそれ以上に人々や自然に呪いを振り撒く悪魔の石と、それを採掘しようとする者達が許せない正義感に溢れる男女だった。
そんな彼等が、地球人の手によって燃え盛る大森林を見て憤りを感じるのは当然の帰結といえた。

「大公軍は何をしているんだ。
大森林が燃えてるんだぞ!!」
「日本と交渉中だから、放って置けとのお達しが届いてるようだ。」
「あの臆病者共め!!
仲間を集めろ。
あの地球人共を皆殺しにする。」
「もう大森林にはほとんど残っていない。
50人がいいところだ・・・」

大公軍で無い彼等は銃器等は持っていない。
さすがに弓矢と細剣、精霊魔法だけでは勝てないのは理解は出来ている。

「大公軍にも同志はいる。
彼等に武器庫の鍵を一つ閉め忘れて貰えばいい。」
「なるほど、それなら奴等に一矢を報いれるかもしれん。」

大公軍の保有する武器は、かつての帝国軍の武具を遥かに凌駕する性能を持っている。
さすがに地球人達が使う武器程では無いが、最初の一撃くらいは大きなダメージを与えれことが可能な筈だ。

「一撃加えて、大森林に退く。
追ってくればしめたもの。
留まるなら時間を置いて、もう一撃して退く。
あわよくば、仕留めた敵の武器も奪う。
この作戦でいくぞ。」

森の中では風のように動ける彼等は、さらに精霊魔法の風の声で遠距離の仲間と連絡を取り合い準備を進めていく。
その迅速な動きは、無線や携帯電話で連絡を取り合う地球系の武装組織を凌駕していた。
彼等は大公軍の同志が、うっかり閉め忘れた武器庫の前に集まり、小銃や弾薬を持ち出していく。
持ち出される武器は、かつてのこの地に転移してきた英国軍の装備を500年近い歳月を掛けて複製したものだ。
転移してきた英国軍兵士や将校から原理を学び、ドワーフの協力を得てそれなりのものが出来上がり、大公軍だけの制式装備として数も揃えられた。
持ち出された武器は、廃棄された筈の武器とすり替えられて、書類上の帳尻を合わせていく。
複製された銃火器のうち、リー・エンフィールド小銃はほぼ完全な再現を達成した。
ルイス軽機関銃はいまだにエルフが持てる重量に軽量化が果たせず、車輪つきの砲架や三脚に固定せざるを得ないのが現状だ。
No 1手榴弾はオリジナル程の爆発の威力を出せていない。
火薬の精製に難があるようだ。
拳銃のウェブリーMk IVも、構造が簡単なことからドワーフの職人が再現に成功した。
火薬を造る為の硝石も大規模な鉱床でドワーフ達が採掘している。
帝国でも歴代皇帝と一部皇族しかこのことは知らない。
今の王国では知る者はいないだろう。
生産された武器は、タージャスの森の各地に点在する町の武器庫に大公軍の管理のもとに保管されている。
この武器庫のある町は、住民や町長、大公軍には皇帝派の支持者も多い。

「地球から来た軍隊は自らの兵器の質が大陸とは何百年も先をいっていることに驕っている。
その差をせいぜい百年程度に縮めてやるのだ。」
「しかし、勝てるのは最初の一回だけだ。
いま、こんな小競り合いで使うのは正しいのか・・・」

それは今は亡き帝国に固執したエルフ達にもわかっていた。

「今、燃えているのは我らの森なんだぞ!!
今、使わなくていつ使うのだ!!」

激論が彼等の間でもかわされている。
納得できない者は協力はするが、戦いには参加しない。
戦闘に参加する者達の数はみるみる減っていた。
彼等の間に明確な指導者がいない為である。
自由な気風を大事にするエルフならではではある。
最終的に新香港武装警察を相手に集まった皇帝派のエルフ達は街からの志願者も集まり、80人ほどの男女に減っていた。

新香港武装警察の派遣部隊は、小隊規模の部隊を、大森林から時計回り、逆時計回りに移動させて放火作業を行わせていた。
火災がモンスターを発生させたことから、部隊を小隊規模にまで拡大させた。
939: 始末記 2018/01/31(水) 23:32:01 ID:7.L4Yce.O携(111/149)調 AAS
同時に五つの分隊に貴族の私兵軍とそれぞれ対陣させている。
本隊も放火を続けつつ、陣地構築を続けていた。
前方には焔が大森林を侵食している。
こちらから敵が来ることは無い。
街道は三菱キャンター2両を使って封鎖した。
キャンターが牽引するトレーラーの屋根に設置された銃座が2基、目を光らせている。
敵が透明化してくる事も予想の範囲内で、各種センサーも張り巡らせている。
例えエルフだろうと、王国の銃火器を使用しても突破出来るものではない。
だがトレーラーに刺さった矢を見て、銃座に座っていた武警の隊員は叫びながらトレーラーから飛び降りた。

「敵襲!!」

隊員が飛び降りた瞬間、トレーラーの屋根で爆発が起こり、もう1基の銃座に座った隊員が爆風と破片に巻き込まれて負傷してトレーラーから転げ落ちる。

劉武警少佐がパジェロから出てきて、地面に転がった隊員に駆け寄る。

「何があった、報告しろ!!」
「矢に手榴弾が・・・」

劉武警少佐の頭が些か混乱する。
矢に手榴弾を括りつけて放つ等可能なのかと。
実際に第一次世界大戦では、クロスボウを使用した実例があるのだが、劉武警少佐にはそこまでの知識は無い。
続けざまにキャンターに、手榴弾が括り付けられた矢が複数命中し、キャンターは大爆発を起こして吹き飛んでいった。
ここまで来ると、武警側も小銃を構えて、塹壕や車の陰に隠れて応射を始める。
街道の誰もいないはずの場所から悲鳴が上がり、蜂の巣にされたエルフが三人、地に伏したまま姿を現す。
その途端、大森林の火災が所々消火される。
エルフ達の水の精霊魔法による消火だ。
消火された焼け跡の向こうから、銃弾の雨が武警隊員達を襲う。
この奇襲に幾人かの武警隊員達が倒れるが、回避した武警隊員達も応戦し、たちまち銃撃戦が巻き起こる。
双方に被弾して倒れる者が続出して、距離がとられはじめて膠着状態となっていく。

「おかしい、大陸の連中の火力じゃない。」

劉武警少佐の疑問は最もで、小銃の練射速度がこれまでと段違いだ。
さらに森の中から機関銃のような銃撃が武警隊員達を襲う。

「いや、これ機関銃だろ!!」

先程の手榴弾らしき爆弾もそうだが、大陸の住民が機関銃を使うのは衝撃的な事実だった。

「こっちも撃ち負けるな。」

反対側の街道を封鎖するキャンターのトレーラーの屋根に設置された重座から機関砲が森の中に隠れたエルフ達を凪ぎ払う。、
武警本隊の半数が既に地面に倒れている。
また複数の手榴弾が投げ込まれて、キャンターのトレーラーが爆発に巻き込まれて銃座も傾いて使えなくなる。

「後退、後退!!
別動隊に本隊に合流するように連絡しろ。」

負傷者をパジェロやトヨタ・コースターGXに乗せて応戦しながら後退する。

大森林とクロチェフ男爵領は街道を挟んで境としている。
近隣の村の住民が集まり、大森林に放火している新香港武装警察の分隊と対時していた。
住民達に取っては、大森林は獣の狩猟や森の恵みをもたらす神聖な場所であった。
また、住民達のまとめ役はエルフ達に肉体的に懐柔されている。
ほとんどは大公家の紐付きだが、例外的に皇帝派のエルフにまとめ役が懐柔されたのがこの男爵領だった。

「お願い、森を守って・・・」

涙目の美しいエルフに懇願されて、まとめ役の男は奮い立ち、周囲にいる民衆を煽動する。

「まかせておけ・・・
おい、みんな!!
余所者に好きにさせていいのか!!
大森林をみんなの手で守るんだ!!」

その言葉に憤りを感じていた民衆が呼応してしまう。

「大森林の火を消すんだ!!」
「神聖なる森に火を着けた連中を許すな!!」

農具や自衛用の武器を持って、武警隊員達に民衆が殺到する。
10人程度の分隊ではもうどうすることも出来ない。
また、この分隊は本隊に一番近い距離に有り、本隊からの増援要請に焦っていたことも災いした。

「蹴散らせ!!」

武警隊員達の小銃が民衆に向けられて発砲し、民衆が凪ぎ払われる最悪の事態に発展した。
領民を守る為にクロチェフ男爵領軍が両者の間に割り込んで終息したが、分隊は暫くこの場に拘束されることとなった。

偵察に出した兵から報告を聞いたアールモシュ公子は、眉をしかめ杉村や佐久間二尉に一つの提案を行った。

「我々は事態の鎮静化の為に、王国傘下からの離脱と日本との同盟を提案させてもらいたい。」

クロチェフ男爵領との境にいた分隊からの通信を受けた劉武警少佐は、一つの決断を下した。

「近くに自衛隊の部隊がいる筈だ。
同盟の規約に則り、我々の撤退支援を要請しろ。」
940: 始末記 2018/01/31(水) 23:32:44 ID:7.L4Yce.O携(112/149)調 AAS
では投下完了
また、いずれ
941: 始末記 2018/03/01(木) 21:50:43 ID:7.L4Yce.O携(113/149)調 AAS
ではひさびさに
942: 始末記 2018/03/01(木) 21:53:44 ID:7.L4Yce.O携(114/149)調 AAS
タージャスの森外縁

ようやく通信が出来る場所に辿り着いた日本の外交官と自衛隊の特使一行は、デルモントの分屯地や新京の総督府への通信を試みていた。
すでに大森林外縁で、民衆や皇帝派エルフは、新香港武装警察と交戦状態に入っている。
アールモシュ公子からの同盟の提案は、ようするに日本の保護下に入ることを意味しているようだった。
一介の外務官僚に判断できる内容では無い。

「まあ、説得出来る材料はあるか・・・」

エルフ達は異世界転移に関する情報を持っていた。
これは地球系国家・独立都市が喉から手が出るほど欲しい情報のはずだった。

佐久間二等陸尉が指揮する自衛隊隊員達は、大森林に出発前に設営した自衛隊野営地に赴いた。
しかし、留守を任せた部隊はおらず、杜撰だが野営地を撤去した跡が残されている。

「よほど慌てて離脱する事態に遭遇したか・・・」

周辺を捜索していた毛受一等陸曹が戻ってくる。

「車両のタイヤの跡が綺麗に残されていました。
跡を辿ると、事前に取り決めていた場所に車両は隠されてました。
ですが、肝心の留守部隊六名がいません。」

毛受一曹からの報告に苦虫を潰したような顔をしてしまう。
だがようやく繋がったデルモントの分屯地との通信から状況は理解できた。
案内として、同行していたサルロタが口を挟んで来た。

「おそらく留守居の方々は、迷いの霧に囚われて大森林をさ迷っているのでしょう。
我々エルフの血をひく者には効果の無い霧なので、捜索は我々が引き受けましょう。」

これ以上の捜索は二次災害を引き起こす可能性があると判断し、佐久間二尉は、彼女達に任せることにした。

「ならば我々は大森林の消火活動に参加しましょう。」

NBC災害対策車や73式中型トラック、高機動車はいずれも問題無く動く。
隊員達が車両に乗り込み、近隣の火災現場に向かった。

野営地に戻った杉村外務局長は、総督府と連絡を取り、エルフ大公領の事情やノーフォーク連隊についてを報告したことをアールモシュ公子に伝えた。

「新香港にはエウロペやアメリカ、ブリタニカが圧力を掛けてくれることが決まりました。
特にブリタニカはあなた方に興味津々のようです。
総督府もテロリストによる事件を地方の自治体に責任を負わせる行為については疑問に思っているようです。
何より我々はエルフ大公領との交流を望んでいます。」

北サハリンもだ。
今回は新香港の顔を立てて協力してきたようだが、日本とエルフが交流を持ちそうだとわかると、手のひらを返してきた。

「それは我々もです。
若者達に外の世界との交流は必要だと思っていました。
しかし、外の世界との交流の再開は、再び王国との軋轢を産み出します。
日本さえよろしければ、我々を日本傘下の公国として認めて頂けませんか?
確か、海棲亜人達にはそれを認めた前例がある筈ですよね。」

どこまでこちらの事情を察しているのか、油断がならないと杉村は思わず舌打ちしそうになる。
確かに日本は海棲亜人達を傘下に治めて東京に大使館まで作らせたが、アールモシュ公子提案は総督府の権限を超えているので即答は出来ない。

「本国に御意向は迅速に伝えさせて頂きます。
それと事態の沈静化の為にソフィアに駐屯していた日本国陸上自衛隊第34普通科連隊1200名がこちらに派遣されています。
三日後には到着する見込みです。」

援軍の到着は嬉しい限りだが、エルフ大公領の同盟締結と新香港からの同盟による支援要請という難題は頭の痛い話だ。
車両を回収して戻ってきた佐久間二尉も同じ様に頭痛を感じた。

「撤退の支援自体は問題ありません。
ですがエルフ大公領と同盟を結ぶか微妙な時期に、テロリストとはいえエルフと交戦してよいのか御墨付きが欲しいです。」

責任問題になることは御免被りたい佐久間二尉だが、一応は出来ることを考えてはいる。
今、出来ることは新香港武装警察の部隊を大森林から引き離すことと火災の消火活動だけだ。

「アールモシュ閣下、出来れば大公領の旗をお借りしたいのですが・・・」
943: 始末記 2018/03/01(木) 22:02:49 ID:7.L4Yce.O携(115/149)調 AAS
新香港武装警察本隊

元々、新香港武装警察隊は人数と武器の質で皇帝派エルフに勝っている。
最初の奇襲を凌げれば、徐々に火力で皇帝派エルフを圧倒しつつあった。
機関銃を掃射して来る射手は一人で厄介なことこのうえなかった。
しかしそれもトレーラーに設置した銃座からの機関銃による制圧射撃で圧倒して沈黙させた。
指揮を取る劉武警少佐は、好転する状況に胸を撫で下ろしていた。

「援軍はいらなかったか?
いや・・・」

戦死した隊員が12名、負傷者は20名を越えている。
まともに応戦しているのは二個小隊程度にまで落ち込んでいる。
エルフ達の抵抗は弱まりつつあるが、実数がわからないので判断がつかない。

「少佐、エルフ達が火蜥蜴(サラマンダー)とか、ノームとかいった精霊を使った魔法で抵抗を始めてきました。
射程は短いので、問題はありませんがおそらくは・・・」
「なるほど、連中弾が尽きたか。
これ以上の犠牲は出したくないから、前線には近距離を避けて術者を仕留めるように指示しろ。」

地球のような大規模生産工場の無いこの世界では、大抵の物は職人が生産していた。
それでは大量消費が行われた場合に補充が間に合うものではない。
大自然を武器に変える精霊魔法は確かに厄介だ。
だがその精霊魔法により、発生した風や炎の効果範囲はせいぜい術者を中心に数メートル程度とは研究結果が出ていた。
上位の術者なら数十メートルを効果範囲にすることも可能なようだが、近寄らなければどうということは無い。
一度に複数の精霊魔法は使えないらしく、精霊魔法による攻撃に切り換えて来たということは姿を消す魔法は使えなくなるということだ。
銃弾で実態の無い精霊は倒せないが、突き抜けることは可能だ。
精霊のいる範囲に弾丸をばら蒔けば、高確率で後方にいる術者にも当たる。
また、手榴弾などの爆風で吹き散らすことは可能だ。
再生するまで時間が掛かるので、その間に術者を撃てばいい。
日本の囚人を使った第一更正師団が多大な犠牲を払って得た戦訓の一つだった。

「連中の底が見えたな。
いっそ姿を消されたまま刃物で襲われた方が厄介だったな。
慎重に片付けていけよ。」

一時の混乱から立ち直った武装警察隊は、皇帝派エルフを次々銃弾で容赦無く排除していった。
召喚されたサラマンダーのサイズは二メートル程度。
今回の襲撃に参加した皇帝派エルフ一番の腕利き術者が召喚した者だ。
サラマンダーが吐く炎の吐息は、数メートル先の武警隊員を一撃で消し炭に変えた。
武警隊員達は木々を盾にしながら、サラマンダーや術者を遠巻きに半包囲しながら射撃をしていく。

サラマンダーの熱気と体内の熱が、銃弾が突き抜ける際に、大幅に速度を減速させてしまう。
それでも後方の術者を蜂の巣に変えるには十分な威力だった。

タージャスの森外縁
ビィルクス伯爵領境の街道

タージャスの森とビィルクス伯爵領の境界線もこの大森林を囲む街道となっている。
燃える大森林を背景に、新香港武装警察の小隊と押し掛けてきた民衆が睨み合い、伯爵領軍が間に入って民衆を押し留めていた。

「とにかく、火災を直ちに消させて頂きたい。
これ以上はエルフどころか、我が領の民衆を煽る行為だ!!」

伯爵領軍の使者の剣幕に、武装警察隊の小隊長も困り果てていた。
伯爵領軍は街道を越えての活動は基本的に出来ない。
だが民衆はタージャスの森の恵みを生活の糧にしている。
関所等で遮られていないので、民衆からすれば森の恵みが得られないのは死活問題なので、殺気だっているのだ。
しかし、このまま暴動となれば、民衆は新香港武装警察隊の銃弾の前に屍を晒すことになる。
それだけは絶対に避けねばならないのが伯爵領軍の思いであった。
睨み合いが続くなか、大森林の火災は拡大していく。
焦燥に駆られた一人の木こりが、斧を両手に持った時、水の塊が一本の線になって大森林の消火を始めたことに誰もが驚いていた。
それは街道の先から新香港武装警察隊とは趣きが違う車両から放たれていた。
誰しもがポカーンとするなか、新香港武装警察の隊員達だけがその車両の正体に悔しそうな顔を見せる。
元は日本国警察のNBC災害対策車 の陸自仕様車は、屋根に設置されている放水銃から放たれた水が、大火災の火勢を幾分か和らげていく。

「日本・・・、自衛隊か・・・」
伯爵領軍や民衆も新香港武装警察の援軍かと警戒するが、車両にはためく日の丸とエルフ大公領の旗を見て安堵する。

「道を開けろ!!
あの水を放つ車を通すんだ!!」

伯爵領の騎士達が民衆や車両を誘導する。

「水だあ!!
タンクに水を片っ端から持ってこい!!」
944: 始末記 2018/03/01(木) 22:05:10 ID:7.L4Yce.O携(116/149)調 AAS
NBC災害対策車から出てきた上坂三等陸尉の声に、消火をしてくれると希望を持った民衆が家に戻り、井戸や川から桶やバケツに入れた水を持ってくる。
隊員はバケツリレーの要領を民衆に教えながら効率化をはかる。
数人の隊員は、車両から持ち出した消火器を噴霧して消火にあたっている。
正直なところ高圧放水でも無いので、たいした水量を搭載も放つことも出来ない。
巨大な火勢にたいして、焼け石に水もいいところだ。
火勢の反対側でもエルフ大公領軍が、水の精霊を召喚して消火にあたっている。
しかし、各勢力の衝突が避けられたことを伯爵領軍も胸を撫で下ろして消火に参加している。
自衛隊の車両や隊員は、自然と伯爵領軍と民衆を新香港武装警察を引き離す形になっていく。
お互いの問題が物理的に遠ざかっていくはずだったが、新香港武装警察の隊員が上坂三尉に抗議の声をあげる。

「これは対エルフの作戦行動だ!!
作戦の妨害は同盟の規約に対する違反行為だ!!」
「そのことだが・・・
先ほど自衛隊の無線機を通じて、今回のテロ行為に対して大公領は一部暴徒による被害を受けた都市に対しての謝罪が通達された。
事情と事実の確認の為に我々はまだ残るが、事態の沈静化の為に貴官等はお引き取り願いたい。
正式な謝罪が行われるまでは、我々が停戦を監視する。」

新香港武装警察本隊

各都市からの圧力を受けた新香港は停戦に合意した。
派遣部隊を率いていた劉武警少佐は、無線機を叩き付けて撤収を部下に命じる。

「戦死15名、負傷者42名。
車両四両大破。
これだけの損害を出してこのざまか・・・」

攻撃してきた皇帝派エルフは殲滅したが被害も甚大だ。
陸上自衛隊の部隊が停戦の監視のために到着した頃には、本隊を攻撃してきた皇帝派エルフは皆殺しにしたところだった。
このまま部隊を集結させて、エルフ大公領軍も撃破するはずが、中途半端な結果に終わってしまった。
さすがに自衛隊が日本国旗とエルフ大公領旗を掲げて来た時は驚きを隠せなかった。
日本が交渉をまとめて来るとは、夢にも思わなかったからだ。
停戦の為に新香港武装警察の本隊を訪れていた陸自の高機動車を忌々しげに見つめる。
負傷した武装警察隊員は自衛隊の衛生科の隊員に治療を施して貰っている。
だがそれでも悪態をつかずにはいられなかった。

「くそったれ・・・」

大森林の火災は停戦後の10日後まで続いた。

大陸東部
新京特別行政区
大陸総督府

年の暮れにエルフ大公領は、正式にエルフ公国としてアウストラリス王国からの独立を宣言した。
同時にエルフ公国の西側の山脈に領地を持つドワーフも独立を宣言し、日本の傘下に治まることとなった。

「ノーフォーク連隊の武器を模倣、量産する為にドワーフも多大に貢献していたようですね。
エルフ達の皇帝派は今回の件で掃討、或いは捕縛されたようですがドワーフにも皇帝派はいるようです。」

秋山補佐官の説明に秋月総督はうんざりした顔をする。

「初代皇帝は厄介な種を遺してくれたものだ。
千年も前から我々に祟ってくるとわな。」
「幸い、ドワーフはエルフほど行動的では無く、精霊魔法も使えないので脅威とはならないというのが公安調査庁の分析です。」

その分析に安堵しつつ、同席していた北村副総督が語りだした。

「ところで、ノーフォーク連隊とやらはこちらでも調べてみた。
第1次世界大戦のオスマン・トルコとの戦いで行方不明になったとされる270名余りの英国兵のことなんだな。」
「はい、英国軍がその後の調査で実はオスマン帝国の攻撃にあって戦死していたり、捕虜になっていたと報告書を出されてはいます。」

その調査報告が正確なものであったかは今となっては調べようがない。

第一次大戦中の1915年8月28日、オスマン帝国の首都イスタンブールを制圧すべく、ガリポリ半島に連合軍を展開した。
その最中、英国陸軍ノーフォーク連隊三百余名が、通称アンザック軍団の目の前で、奇妙な雲の塊の中に将兵が消えていくのを目撃したのだ。
雲が晴れ、アンザック軍団の前には、無人の丘陵地帯があるだけだった。
戦後、英国はオスマン帝国に将兵の返還を要求するが、そのような部隊との交戦記録は無いと要求を否定した。

これが事件の顛末である。

「他にも都市伝説として語られている失踪事件も見直す必要がありそうだな。
えっと・・・バミューダトライアングルとか・・・」

さすがに北村副総督はそこまでは詳しくないらしい。

「3000人中国兵士集団失踪事件、フライング・タイガー・ライン739便失踪事件などは注目に値しますが、正直なところ資料も現地調査も出来ないのでどうしようも無いというのが本音です。」

都市伝説やオカルトの類いの話を公的に調べないといけないとは冗談が過ぎる話だった。
945: 始末記 2018/03/01(木) 22:10:00 ID:7.L4Yce.O携(117/149)調 AAS
秋山補佐官の言葉に秋月総督も北村副総督もお手上げのポーズを取る。

「ドワーフとエルフは例によって東京に大使館を設置してもらうが・・・、エルフの方が揉めてるんだって?」

秋月総督の質問に秋山補佐官も眉を潜める。

「大使に相応しいエルフで、性的に倫理観に問題の無いエルフの選定に手間取っているようです。
エルフの社会問題になっている性の乱れが酷いらしくて・・・
どうも我々が考えていたエルフのイメージとは些か違うようです。」

エルフにあった高慢で閉鎖的なイメージは想定していたが、奔放で淫蕩で存外に交渉がうまいとは想定出来なかった。

「我々の幻想を打ち砕かないで欲しいな・・・」

北村副総督も呆れ顔だ。

「それでドワーフ侯国大使館は、旧カナダ大使館が用意してくれるとして・・・エルフ公国大使館はどうなった?」
「旧シンガポール大使館が売却を予定しています。
宝石や宝物を大量に呈示されて担当者はひっくり返ってましたよ。」
「そして、シンガポールはそのまま新香港に合流か・・・
売却利益はそのままエルフ大公国の賠償金も含まれていると・・・」

在日シンガポール人は七割以上が華人であることから、在日シンガポール人約八千人が新香港に合流することになった。
その際の旧シンガポール大使館の膨大な売却利益が、新香港への賠償金になる。
日本が仲介した新香港とエルフの落とし所である。

「よく王国の連中が黙ってるな。」

北村副総督の指摘通り、エルフとドワーフの独立は宗主国であった帝国の後継を名乗るアウストラリス王国の面子も潰す行為である。
最もエルフもドワーフも王国を帝国の後継国家として認めていない。
王国の宗主国となった日本に遠慮して文句を言ってこないだけである。

「文句を言ってしまうと、統治の為に軍を送らないといけないらな。
連中も余裕が無いのだろう。
渋々認めざるを得ないから無視を決め込んでる。」

北村副総督の言葉に二人は頷く。
そこに青塚副総督補佐官が部屋に飛び込んでくる。

「そろそろお時間です。」

言いながらリモコンを操作すると、画面には新香港主席林修光の顔が映し出される。
林主席は壇上で演説をしている。

『我々は今回の自体に独立都市としての権限の弱さを痛感した。
新香港に移民して丸七年。
植民都市も陽城、窮石と建設は順調で、第四都市の建設も来年には始まる。
シンガポールの民が我々に合流するかはすでに皆も知っていると思うが、このほどモンゴルの民八千人も合流することになったことをここに報告させて頂く。
我々は十分に力を付けた。
日本、米国、北サハリン、高麗に続く第5の国家として、我々はここに華西民国の建国を宣言する!!』

秋月総督も北村副総督も新香港政府からの予め通達を聞いてはいたが、面白くなさそうな顔を浮かべている。
予定通りとも言えるので、総督府に動揺している者はいなかった。
問題が無いわけではない。
残っている在日外国人最大多数のモンゴル人を持っていかれたことで、新独立都市の建設が困難になったのだ。

「独立都市は残った在日外国人をまとめて放り込むべきでしたかな?」
「争いの火種を撒くだけですよ。
他の独立都市に草刈りの規制緩和に動くべきでしょう。」

華西にしても第四植民都市の建設には日本の協力が必要なのは理解しているから、停戦に応じたのだ。
しかし、相当な不満を溜め込んだことは間違い無さそうだった。

その日の夜。
総督府幹部職員や自衛隊の将官の邸宅にエルフの女性たちが全裸で現れて騒動となったことは、厳重に箝口令が敷かれて隠蔽された。

ただある写真週刊誌が『秋月総督は、総督府にエルフのハーレムを作る』との見出しの記事を載せて、総督府が数日昨日停止に陥った。
だが世間の反応は、

「また総督がコレクションを増やしたらしい」

と、薄い反応しか示さなかった。
946: 始末記 2018/03/01(木) 22:10:46 ID:7.L4Yce.O携(118/149)調 AAS
ではグダグダ終わります
947: 始末記 2018/03/22(木) 13:25:01 ID:7.L4Yce.O携(119/149)調 AAS
では投下
948: 始末記 2018/03/22(木) 13:28:03 ID:7.L4Yce.O携(120/149)調 AAS
日本国
府中刑務所

日本が転移して13年目の年が明けていた頃、マディノ元子爵ベッセンは新たに立川市からも魔力と才能のある子供達を招聘し、魔術について教えていた。
立川市から招聘されたのは仏教系一人、神道系が二人、大陸魔術系が1人。
弟子の数は36人となった。
パソコンを打ちながら作製した弟子達への教科書を読み上げながら思いに吹ける。

「日本人もこの世界に馴染んできたかな?」

それが喜ばしいことかベッセンにはわからない。
移民の増加のせいもあるが、日本本国の人口は1億1500万人を割り込んだ。
その反面、転移後に産まれた日本人は1284万人を越える。
日本本国の死者の増大は、大陸に移民した者達には影響は及んでいない。
日本本国を守っている海の結界が、転移してきた日本人達に悪影響を与えているのではとベッセンは考えている。
日本人が転移後の世代に入れ替わる頃には、自分の生徒たちが指導者層になれると確信もあった。
最低でもあと10年、いや20年は必要だった。

「そうなると大陸の日本人達が邪魔だな。
まあ、今は出来ることも無いか。」

日本人達には海の結界の悪影響を秘密にしておきたいが、海棲亜人やエルフやドワーフが旧港区に大使館を構えて居住を始めた。
彼等も魔術に精通した者を連れて来ている筈だから、日本人にバレるのは時間の問題と言えた。
また、日本自体が魔術に関する知識を蓄積すれば、相対的に自分の価値も低下、弟子たちを増やすことも出来ない。

「今は余計な戦力の浪費だけは控えてくれるといいな。」

帝国の残党や日本を面白く思っていない貴族や教団、亜人達が日本の技術を学び、力を付けてくれるのがベストだ。
ベッセン自身は戦犯の汚名を着せられ、主君、地位、爵位、領地、一族、家臣、名誉、財産、自由全てを奪われた。
だが持って産まれた魔力と知識は残っている。
今は大人しく日本に従ってはいるが、何時かは全てを取り戻してみせる。
ベッセンの中の野望と復讐の炎は消えていなかった。
その為には時間が必要だった。
弟子達の教育や必要な栄養等を摂る時間以外はほぼ肉体を凍結させて寿命と若さを稼いでいる。
問題は他にもある。
弟子達の教育に人手が足りないのだ。
年長の弟子達が弟弟子達の教育を幾らか携わってくれるので、今はどうにかなっているが、そろそろ限界だとは感じていた。

「と、言うわけで優秀な魔術師で導士級の者をここに派遣してもらえいかな?」

相談を受けたベッセン担当の公安調査官の福沢は、眉を潜めて聞き返してくる。

「導士級じゃないとダメなのか?」
「もうすぐ二クラス分になりそうだしね。
年齢も修行期間もバラバラだから効率は良くないのは理解できるだろ?
それに私自身が自由に動けない身だから、スカウトに使える人材が欲しい。
導士級が欲しいのは、簡単に言うと魔術を使う為には肉体にある魔力の扉を開く必要があるんだ。
前に私が大月市の僧侶にやったようにね。
まあ、あの時はうっかり仏の力をこの世界に招いてしまったのは誤算だったけど。」

嬉しい誤算であった。
あれでこの日本人にも魔術が使えると、よいデモンストレーションになったし、弟子の増大にも繋がった。

「その扉を開くことが出来るのが、導士というわけさ。
まあ、30年くらいの修行が必要だけど。」

ベッセンは十年くらいだった。
代々宮廷魔術師の家系で貴族だったことが大きい。
一族の理解と蓄積された血統による才能と蓄積された知識による効率的な英才教育。
それらを可能とする資産と地位があったことが大きい。
通常は30年以上の修行をしてからなるものだから、老齢の者が多いのが実情だ。

「魔術師達が我々に非協力的なことは知ってるだろ。
それにそれだけの実力者達なら当然・・・」
「ああ、大半が灰になったろうね。
弟子達も含めて。」

導士やそれになれる実力のある者達は、そのほとんどが帝国の支援を受けていたので有事の際には宮廷魔術師団に召集される。
その閲兵式の最中に空襲を受けたのだ。
生き残っている者などはそれほどいないだろう。
期待できるのは、遠方や任務の為に閲兵式に参加していなかった者や独自の結社にいた者達だがどれほどいるかはさすがに把握出来ていない。

「エルフ達では駄目なのか?
彼等なら高い魔力と長い寿命で期待できるのでは無いか?」
「種族が違うと相性が悪くて危ないんだよね。
それに彼等は産まれながらに扉を開いてるから、その方面の修行はしてなかったりする。
ん~、そうなると各教団の司祭長級の人間か・・・
まず地元を離れたがらないな。」
「総督府に一応は問い合わせてみる。
期待はしないでくれ。」

やはり10年、20年は待たないとダメだなと、ベッセンは落胆する気持ちを抑えられなかった。
949: 始末記 2018/03/22(木) 13:38:11 ID:7.L4Yce.O携(121/149)調 AAS
東京市市ヶ谷
防衛省

旧東京都の住民が移動したあと、防衛省も施設の大拡充をおこなっていた。
寺社と警視庁第四方面本部以外の東京都新宿区市谷本村町全域にまで拡がっている。
その中には防衛大臣官邸も建築され、大臣のオフィスも官邸内に存在する。

「これが元子爵様の御要望かい?」

防衛大臣乃村利正は秘書の白戸昭美から、公安調査庁から届いたベッセンの報告書を読み漁っている。
日本政府はベッセンは有用だが危険人物と見ており、心理学者やプロファイラーなども動員して監視を怠っていない。
まだ、彼の弟子達にも後援者たる寺社を通じて紐付きにする計画も進行している。

「魔術には精通していても、我々のことを甘くみてもらっては困るな。」

監視者達の報告は、ベッセンに反抗の心と能力は決して衰えていないというものだった。
こちらもいつでも府中刑務所ごと破壊できるように戦闘機やミサイルも配備済みなのだ。
刑務所内にも公安調査庁の実働部隊が配備されているし、警視庁も調布や立川の機動隊並びにSATの任務にベッセン排除を加えている。
神奈川県警SAT1個小隊を全滅にしたベッセンの実力は決して低くは見積もっていない。
唯一の問題は、ベッセンが外部と連絡を取ることを防ぐ手段が無いことだった。

「総督府に奴の要望を聞かせよう。
なるべく裏切らない導士や司祭長をな。
単身赴任してくれる家族持ちが最適だ。」

白戸が頷くと、関係各所に送る書類の作成に取りかかる。
その間に乃村は他の報告書にも目を通す。
防衛装備庁からは、転移後の装備の一新が第9師団まで完了の報告書が来ている。
従来の第9師団の装備は老朽化されていない物が厳選されて第11師団に移管された。
今年は第10師団から第12師団に装備が引き渡される予定だ。

「第16師団は・・・、前線は消耗が激しいな。
高価な在日米軍の武器ではもう限界か。」
「現米軍も自衛隊と同じ装備に移管しつつあります。
安価で工場が完成したロシア系とは比べられません。」

大陸における日本の権益を守る主力であった第16師団の活躍の程が知れる話である。

「あと四年持ちこたえてくれれば自衛隊装備を回せるんだが・・・。」

そこに入室を知らせるインターホンが鳴り、白戸が受話器を手に話し出す。

「大臣、第17旅団長久田正志陸将補がおいでになりました。」
「通してくれ。」

久田陸将補は入室とともに敬礼をしつつ、着席を勧められて席に着く。

「久田陸将補、これは内示だが貴官が大陸に帰還後に三等陸将の辞令が総督府から発令される。
現在、訓練中の第17後方支援連隊とともに帰還して貰い、第17師団が正式に発足する。
今後の第17師団の展開予定を聞かせてくれ。」
「はい、現在王都を中心に展開している各普通科連隊を各分屯地の3領に移動、駐屯させます。
まずは南部アンフォニーに第17普通科連隊。
西部エジンバラに第34普通科連隊。
北部デルモントに第51普通科連隊。
各分屯地の分屯隊は各連隊に復帰させます。
また、王都ソフィアの駐屯地には、第17師団本隊並びに第17特科連隊、第17後方支援連隊が駐屯します。」

王国や貴族に対する布陣だが、同時に地球系同盟国や同盟都市に対抗する為のものだ。
特に建国宣言したばかりの華西民国や北サハリン共和国は警戒が必要だった。

「政府もようやく重い腰をあげて、海自の新造艦や空自のF-35の生産の予算が降りたばかりだ。
陸自がその恩恵に預かれるのはまだ数年先だが耐えてくれ。」

政府が重い腰を上げた理由はそれだけではない。
エルフ達からの情報により、今後も地球からの転移が有り得ることが否定できなくなったからだ。
しかもこの世界では一年でも地球では五年経過した対象の転移だ。
個人や小規模な転移ならいいが、国単位で未来技術を持ってくる対象が転移してきたらどうなるか?
答えは日本自身がこの世界に証明してみせてしまった。
多少はその差を補うべく、停滞させていた新兵器の開発に動き出したのだ。
久田陸将補が退出したあと、現在は第一師団の所属となっている第18普通科連隊の連隊長上田翔大一等陸佐が訪ねてきた。

「現在、我が連隊と各陸自部隊からの異動希望ならびに志願者のリストです。」

第18普通科連隊も現在の任地から二年後に大陸に進駐する。
トラブルを少なくする為に隊員の希望を聞いてやる為のリストだった。

「予想通りだな。
年内に大阪市の移民が開始されるから、それを見越した志願者が多いな。
まあ、こちらにも都合がよいから無理の無い範囲で配慮してくれたまえ。」

移民庁からの報告書によると、横浜市民による六浦市民の移民は6月後半に終了する見通しだった。
その後は、大阪市平野区、東淀川区の住民の移民をもって六浦市への移民が完了する。
そして、大阪市民が中心となる第4植民都市の移民が始まることになる。
950: 始末記 2018/03/22(木) 13:40:50 ID:7.L4Yce.O携(122/149)調 AAS
「六浦の港も開港すれば、送り出せる移民の数も増える。
現地ではすでにインフラの工事も始まっている。
ゼネコンの連中は仕事が無くならないと左団扇だ。
羨ましい限りだ。」

都市建設や街道の整備、鉄道の敷設。
材木や鉱物による資源の採掘など、日本や地球系同盟国や都市の労働力だけでは人員を賄うことが出来ない。
住民にとって何より大事なことは食料の確保だ。
都市の外での活動にはあまり積極的ではないのが現実だ。
代わりの人材として、各領地から派遣された賦役の領民が動員されている。
王国や貴族に日本に対する敗戦賠償として年貢の半分や採掘された鉱物を差し出す政策が大陸全土で行われている。
最も輸送や保存の問題もあり、辺境の領土では、現金で日本の輸送ルート沿いの領地から作物を買い取り、支払うことも認められている。
問題は現金で支払うことも出来ない貴族達で、彼等は農村や町から余剰の労働力を賦役として差し出してきた。
奴隷扱いは流石に不味いと、最低賃金で雇用したが、大いに活用されることとなった。
労働力の低下は食料の生産やや鉱物の採掘に響くのではと懸念はされた。
しかし、農村や鉱山には日本の指導のもとに知識や技術の提供が施されて、生産量は寧ろ増加の傾向にある。
しかし、日本や華西によるインフラバブルが終われば大量の失業者が大陸に溢れることになる。
もちろん日本の支配領域からは、物理的に叩き出すのは大前提だ。
それ以前に遠方に『最後の餌』が用意されて釣りだす計画となっている。

「閣下、外務省からです。旧南米、中南米諸国18ヵ国が、アルベルト市への合流を決定しました。
日本人等の外国籍配偶者も含めて、約二万人。
スペイン語圏でほとんどがカトリック教徒という共通点を持っています。」

秘書の白戸の報告に乃村は口笛を吹いて答える。

「独立都市の建設はもう無いとみて諦めたか。
ここまで粘ってた連中にもこの風を感じてくれると助かるな。」

昨年の独立都市の建設を決める調整会議の惨憺たる有り様を浮かべて、乃村は肩を竦める。
ペルー人を主体とするアルベルト市の規模ならば二万人程度含めても新たな植民都市が造られる可能性はほぼ無いと言っていい。

「もう13年も立つのに定住先を得られなかった者達への草刈りが始まったな。」
951: 始末記 2018/03/22(木) 13:42:24 ID:7.L4Yce.O携(123/149)調 AAS
では今回はここまで
952
(1): 2018/03/22(木) 22:54:26 ID:thaQ5bZk0(1)調 AAS
更新ありがとうございます。
市谷本村町全域に広がる防衛省のくだりに吹きましたw
でもそれくらい必要なんだなーと改めて納得
953
(1): 2018/04/15(日) 00:24:41 ID:7.L4Yce.O携(124/149)調 AAS
>>952
あそこも移動が大変ですからね

桧町の頃より手狭な気がしてたんですよね

では投下
954: 始末記 2018/04/15(日) 00:26:16 ID:7.L4Yce.O携(125/149)調 AAS
大陸北部
呂栄市
アキノビーチ

フィリピン系を中心とする呂栄市の郊外にある海岸、通称アキノビーチでは、呂栄軍警察隊と日本国自衛隊による合同演習が行われていた。
敵の対象が大型モンスターであり、呂栄軍警察が重火器をあまり持っていないことを前提とした演習だ。
呂栄軍警察のテクニカルやパトカーといった車両から、拳銃や小銃を発砲しながらモンスターを海岸に誘導する。
海上には沿岸警備隊の日本から供与されたパローラ級巡視船七番船『ケープ サン アグスティン』と八番船『カブラ』が待ち受けていて、JM61-RFS 20mm多銃身機銃の掃射で退治を完了する。
モンスター役は、海上自衛隊特別警備大隊隷下の水陸機動中隊であった。

「なかなか様になって来たじゃないか。
そろそろ人数も増えてきたし、陸自に戻った暁には駐屯地でも欲しいところだな。」

感慨深げに自らの部隊の連度を演習本部から語るのは陸自から海自に出向させられている長沼一等陸佐だった。
ようやく政府から水陸両用車の増産を受けて、原隊に戻れそうだと機嫌も良いのだ。
水陸両用車もAAV-7水陸両用強襲車の人員輸送型4両、指揮通信型1両、水陸両用車回収型1両に増え、国産試作車両と合わせて8両になった。
隊員も225名と大所帯になってきた。
転移前の計画と比べれば一割にも満たない人員だ。
先の海棲亜人との戦いで『叡智の甲羅』なる者を確保する突入作戦で高評価を受けたのも大きい。
長い年月を生きてきた海亀人数万年の歴史と技術の記録の保管庫らしい。
幾つかの者は機密扱いを受けて、在日米軍から返還された旧横須賀海軍施設内に密かに造られた研究所で保管、研究されてるという。
転移の謎についても解明されるか期待されている。

「そういえば連中と海保の共同調査が実行中だったな。
うまくいってるのかな・・・」

対馬海峡

海上保安庁と新たに日本と国交を結び、傘下に入った栄螺伯国は共同で、日本本土周辺海域の海洋結界の範囲調査が行われていた。
派遣された巡視船『やしま』のブリッジで、船長の河野は双眼鏡を片手に目標海域を視界に納めていた。
共同で作業に当たっていた『食材の使者の息子』号が掲げた鋏が摘まんだ旗を確認し、微妙な感覚を覚えつつ船員に指示を出す。

「『食材の使者の息子』号の調査が完了した。
ブイの設置の準備をせよ。」

ここが最後の調査対象だった。
地図にブイの設置場所を書き込み、定規で地球時代の地図と照らし合わせる。

「やはり地球の大陸陸地から26キロ地点までは海洋結界の効果範囲外となってるな。」

対馬はまだ大丈夫だが、高麗主要3島や北サハリン西海岸の旧間宮海峡沿岸の一部はほぼ効果範囲となることになる。
対馬までは約26キロまでは安全圏だがそれも何年保つかは今後の調査次第となるだろう。

「あとは我々の作業になります。
『食材の使者の息子』号には浮上航行の指示を。」

同乗していた大使館付き連絡官である栄螺の女騎士ミドーリ(日本名)が頷く。

「心得た。」

彼女がブリッジから甲板にでて、法螺貝を服出すと、『食材の使者の息子』号が浮上してくる。
ヤドカリ型水陸両用艦と日本では呼称される『食材の使者の息子』号は、先年日本の客船『いしかり』を襲撃した『食材の使者』号の子供であるらしい。
船体というか、身体や宿の栄螺殻も『食材の使者』号より一回り小さい。
栄螺伯国は巨大ヤドカリを艦船として利用しているが、遠洋での活動は向いていない。
『食材の使者の息子』号も大使館付きの艦として、小さいことを生かして途中から日本の艦船に牽引して貰ったくらいだ。
この対馬沖にもその低速ぶりから、海自や海保の艦船に牽引されて来たのだ。
栄螺伯国は、先年の襲撃と百済サミット襲撃事件の顛末を知り、日本とは対立よりも国交を結ぶことが得策とし、巻貝系諸部族を統一して使節団を派遣していた。
日本で捕虜になっていた女騎士ミドーリ(日本名)が両国の橋渡しになり、その地位と所領は安堵されることになった。
『いしかり襲撃事件』で日本側に死者が出なかったことは幸運と言えたろう。
栄螺伯国は旧オランダ大使館に居を構えて、活動を初めてこの共同調査に参加した。

「そういや、あの坊主の親御さんは今はどうしてるので?」

ミドーリ(日本名)はいったい誰のことが理解できなかったが、河野船長が『食材の使者の息子』号を指さす方を見て合点がいった。
『食材の使者の息子』号の親である『食材の使者』号は、護衛艦『いそゆき』の97式短魚雷を三発も食らって宿の貝殻部と鋏を破壊されている。
本体も衝撃で幾分か傷付いていた。
それでも本国まで辿り着いたのはたいしたものだった。

「本体が入れる殻がまだ育ってないので、現在は専用の入江で療養中です。」
955: 始末記 2018/04/15(日) 00:31:14 ID:7.L4Yce.O携(126/149)調 AAS
艦船に対しての言葉とは思えないなと、話を振った自分のことを棚に上げて河野船長は考えていた。
設置されたブイは、海上保安署がある港を基準に設置されている。
一年後にもう一度を観測を行い、『海洋結界』の縮小範囲を調べることになっている。

「日本はこの世界に同化しつつあるか・・・
誰が言ったか知らないが、」

千島道
占守島

日本の北東端にあたるこの島でも、『海洋結界』の調査は行われていた。
この島には自衛隊の第308沿岸監視隊と海上保安庁の海上保安署、警察の交番が2ヵ所が置かれている。
民間人は漁師を中心として、500名程度しかいない。
この島の北側海岸に自衛隊と海保の隊員が調査、監視にあたっていたが、上陸してきた海亀人の重甲羅海兵達と目を合わせて困った顔をする。
彼等は等間隔に散らばり、上陸してきたのだ。
その範囲は広く、『海洋結界』がこの島では機能していないことを証明してしまった。

「上陸、出来てしまいましたな・・・」

海上保安署署長の言葉に第308沿岸監視隊隊長の的場三佐は二の句を継げないでいる。
日本本土で唯一の『海洋結界』の穴が見つかったのだから当然だろう。

「防衛省並びに北部方面隊総監部に報告。
択捉の第五師団司令部もだ。
海亀人の皆さんには申し訳ないが、島内の上陸可能範囲の報告を急がせてくれ。」

上陸可能な地域は、占守島の東側の沿岸全域に及んだ。

「範囲の広がりかたから、今年、去年の話じゃないな・・・
サミットの時に君らに見付からなくてよかったよ。」

的場三佐は海亀人の重甲羅亀海兵の隊長ドーロス・スタートにそう声を掛けるが、呆れたような反応をされた。

「こんな戦略的に無意味な島を制圧したって、あんたらの怒りを買うだけじゃないか。
見付けれなくてよかったよ。」

この占守島の片岡村にも700名ばかりの日本人が住んでいる。
安全が確保されていない以上、本土に島民を撤収させるかが問題となった。
夜になって、村長と村議会は避難せずの結論をだした。
今後はどこに逃げても『海洋結界』が狭まるのは明らかだ。
十三年の歳月を掛けて、開拓したこの島を離れる住民は誰もいなかったのだ。

「今後は周辺海域でのモンスターとの遭遇や上陸にも備えないといけない。
壁とまでは無理かも知れないが、金網で村を囲うくらいは検討しなければならないな。」

的場三佐の指摘に村長は溜め息を吐く。

「巣でも造られては堪りませんからな。
村かも監視の為の自警団から人をだしましょう。」

言われて気がついたが、確かに巣でも造られたら一大事だ。
しかも『海洋結界』の恩恵が陸地に及ばなくなって数年たっていると考えられる。
本当に巣は無いのか?
不安に狩られた的場三佐は、択捉島の第五師団司令部に応援を要請し、島中の探索を始めることとなる。

高麗国
珍島市
観梅島近海
国防警備隊太平洋三号型巡視船『太平洋9号』

『海洋結界』の加護が無くなった高麗国の主要三島だが、近隣の諸島ではまだ結界の加護は維持されていた。
そのうちの観梅島も同様で、リゾート地で知られた島も食料確保の為に漁港が拡充されて人口が増えた。
しかし、今年に入ってから若い男性の行方不明者が増えて問題となっていた。

「政府はブリタニカにタイド級給油艦『タイドレース』の納入に合わせてピリピリしている。
その矢先に行方不明者が拐われる瞬間が携帯カメラからだが撮影された。
敵の正体がこれだ。」

ブリーフィングルームで船長がスクリーンに映った存在を指差す。
頭と胸が人間の女性で、それ以外の部分が鳥というモンスターが、足の鉤爪で若い成人男性の胴体を掴み飛び去るところだった。

「ハルピュイア、通称ハーピーだ。
山岳地帯や海岸に住み着き、人を拐うことがあるそうだ。
理由はほとんど雌しか産まれない種族で、牡は稀にしかいない。
つまり生殖に他種族の男性を利用しているそうだ。
『海洋結界』によるモンスターの上陸は警戒していたが、その前にそらから侵入されたことに気がついてなかったわけだ。」

集まられた海兵隊員達は微妙な顔となる。

「女は拐われないので?」
「識者の話によると、雌が圧倒的に多いから間に合ってるそうだ。
ちなみに人間との言語的コミュニケーションは現在のところ不可能。
他の亜人のように王国との交流も無ければ、交渉出来るような文明的組織も見当たらない。
よって地球系同盟国並びに独立都市は、ハーピーを害獣として駆除することに決定した。」

識者ってなんだよ、という呟きは質問では無いので船長は無視する。
956: 始末記 2018/04/15(日) 00:35:20 ID:7.L4Yce.O携(127/149)調 AAS
「奴等の巣は鳥島群島の加沙島と推定されている。
住民が800名ほどいて、危険に晒されていると考えられる。
念のために他の有人島も警備隊と自警団が現在も捜索を行っている。
諸君らは加沙島のハーピーの駆逐後、諸鳥島群島の無人島を一つ一つ捜索する為に召集された。
長丁場になるが、諸君等の健闘を期待する。」

鳥島群島が所属する珍島市の無人島は185に及ぶ。
それを海兵一個小隊で捜索しろというのだから、隊員達はうんざりとする顔を隠そうともしない。

「そう腐るな。
有人島の捜索が終わった警備隊もこれに加わるし、自衛隊の西部普通科連隊もこの作業に加わる。
そう長くはかからないさ。」

先程の長丁場発言と矛盾するが、船長としてはこう言うしかない。

「ハーピーどもが大陸から遠いこの地にどうやって渡ってきたのか、日本も興味を示してるからな。
それに現実問題として、国防警備隊はイカ共の攻撃から再建出来たとは言い難い。
背に腹は代えられないってな。」

ハーピーの巣の根絶自体は問題は無い。
加沙島の港から海兵隊が上陸すると、住民の避難活動が始まっていた。
海兵隊達は近隣まではバスで移動し、徒歩で巣になっていると思われる南部の金鉱跡に向かう。
夜目の効かず、眠りに入っているハーピー達にいちいち隠密行動は取らない。
最短距離で巣になっている南部の金鉱跡の洞窟に侵入する。

「臭いな・・・」
「アレの臭いか・・・
ガスマスクでも持って来るんだったな。」

壁にはペリッドで塗り固められた男達が気を失っている。
さらに地面には悪臭が漂うなか憔悴仕切った男達が複数倒れていた。
数人はすでに事切れている。
洞窟の中のハーピーは30匹近くいたが、色々と満足したのか多少の物音でも起きてこない。
藁で造られた鳥の巣のような物には卵が複数入っている。

「この数が繁殖されたら溜まらんな・・・」

遺体の回収は諦め生存者の救出を優先し、洞窟にC4プラスチック爆弾を仕込んで脱出する。
だが救出された男達の悪臭と物音にさすがに気がついたのか、森からも複数のハーピーが飛び上がってきた。
海兵達が小銃による射撃で急降下してくるハーピーを迎撃しながら海岸を目指す。
鳥目の為か狙いが甘く、ハーピー達は蜂の巣になっていく。
しかし、数が多く鉤爪に隊員や生存者が捉えられそうになるが、拳銃でハーピーを射殺して難を逃れる。
隊員達や要救助者がバスに乗り込むと、車体をハーピーの鉤爪が激しく叩いてくる。
バスを走らせ港まで来ると海上の『太平洋9号』による40mm連装機銃やブローニングM2重機関銃による援護射撃も始まり、上空のハーピーを餌食にしていく
乗員や島の警官達も小銃や拳銃で応戦する。

「待て、待て、ちょっと待て!?」

急降下してくるハーピーより、撃墜され墜落してくるハーピーの死体の方が危険となる一幕もあった。
十分な距離が取れたと、隊員の一人が洞窟のC4プラスチック爆弾の起爆用の無線スイッチを押すと洞窟が爆破された。
その爆発に呼応したように森や周辺の小島から無数のハーピーが空を覆った。
ハーピーは単体ではさほど強くはない。
危険を察知したとたんに群れで安全圏まで避難し始めたのだ。

「おいおい、何匹・・・
奴等どこに行く気だ?」

ハーピーの群れは『太平洋9号』からも進路が観測された。
進路は南。
日本しか有り得なかった。
その数は千を越えていた。
957: 始末記 2018/04/15(日) 00:36:45 ID:7.L4Yce.O携(128/149)調 AAS
投下完了

>>953で名前書き忘れてた
958: 始末記 2018/05/03(木) 21:13:19 ID:7.L4Yce.O携(129/149)調 AAS
では再び投下
959: 始末記 2018/05/03(木) 21:15:14 ID:7.L4Yce.O携(130/149)調 AAS
北サハリン船籍貨物船『ナジェージダ・アリルーエワ』

貨物船『ナジェージダ・アリルーエワ 』は、大陸から高麗に鉱石を運ぶ仕事に携わっていた。
と、言うのは表向きの話で、北サハリン船籍に偽装したチャールズ・L ・ホワイト元米軍中佐が強奪した船だった。
船長のナルコフは元ロシアマフィアで密輸に携わり、主要な船員達も指名手配犯ばかりだ。
その中には訓練を受けた帝国軍残党まで混じっていた。

「高麗に密かに運んでたハーピーの卵の孵化が予想より早かったな。
騒動を起こして、国防警備隊に嗅ぎ付けられた。」
「どうしやす?
この船も臨検を受けたら一発でバレますぜ。
中佐の魔法で眠らせていたハーピーが目を覚まし始めてますし。」

最初のうちは卵を運んで、高麗本国に大量発生させて混乱を狙う気だったが、卵が見つからなくなり、ハーピーそのものを輸送する羽目になっていた。
ナルコフ達船員は、モンスター避けの護符を、チャールズ中佐から貰っているがハーピー達はコンテナに閉じ込めて使わないようにしていた。

「とにかく中佐からの連絡を待て。
幸いハーピーの群れが日本の群れを引き付けてくれるから、まだ時間はあるさ。」

東京
市ヶ谷
防衛省
統合司令部

統合司令部は陸海空3自衛隊の運用を常時、一元的に指揮する目的で創設された。
元々は転移時の混乱を乗り切るための統合任務部隊司令部を常設化したものだ。
この統合司令部による指揮のもと、日本国は帝国との戦争に勝利するになる。
構想自体は転移前からあり、研究もされていたが、転移前との最大の違いは外征部隊や海外領土の派遣部隊の指揮も任されていることになる。
役割の増大から市ヶ谷の防衛省の拡大が求められ、新庁舎に居を構えることになった。
その統合司令部は、高麗国によるハーピーの群れの駆除失敗と、その群れが日本本土に向けて南下しているとの報告に大あらわになっていた。

「陸自、西部方面隊に防衛出動を指示。
第13、14、15師団にも駐屯地に隊員を召集させろ。
海自の報告はどうした!!」

統合司令の哀川一等陸将の怒号に、海自の担当者が資料を手渡してくる。

「駆除任務の増援の為に珍島に向かっていた第4護衛隊が間もなく群れと会敵します。
また、五島列島には佐世保から第12護衛隊。
壱岐島にも佐世保から第4掃海隊が防衛ラインを敷いて、駆除にあたります。
念のために呉からも第二護衛隊を派遣しました。」

人クラスの大きさで、時速80キロでの飛翔が確認されハーピーには、ミサイルの有効性が信用できない。
機銃や艦砲程度なら掃海隊でも務まるとの判断の派遣だった。

「また、第4護衛隊並びに同行の『くにさき』には、西普連が同乗しており、群れを引き付ける任務に任せます。」
「おう、それなら・・・唐津市方向に引き付けてくれ。
陸自の久留米の第4高射連隊と小倉の4普連を展開させる。」
「間に合うでしょうか?」
「間に合わせるんだ。
念願の79式の実戦経験も積ませれるしな。」

79式自走高射機関砲は、日本が帝国との勝利後に完成させた新型対空車両だ。
北サハリンのツングースカを参考に90口径35mm対空機関砲KDAを4門設置されている。
従来の地対空ミサイル中隊とは別に、増員されて創設された第3中隊の配備された。
名称には西暦が意味をなさないこの世界では、皇歴が採用されている。

「追い込んだら壱岐や五島列島の部隊も移動させて包囲し、殲滅させる。
また、包囲を待つまでなく殲滅できるならそれもよしだ。」
「空自の第6飛行隊のF-2六機が、ハーピーの群れの背後に回り込みました。
また観測の結果、ハーピーの数は2400に修正。」
「くそ、思ったより大いな。
高麗の連中はどこに目玉付けてたんだ。
ハーピーどもがどこから日本や高麗に飛来したのか、早急に調べる必要があるな。」

会敵の時刻が迫っていた。
960: 始末記 2018/05/03(木) 21:17:46 ID:7.L4Yce.O携(131/149)調 AAS
福岡県福岡市
博多駅

小倉から到着した新幹線から、小倉駐屯地に所属する第4普通科連隊の隊員が降車して駆け出していく。
普通科隊員達を誘導している地元の地方連絡本部の隊員が叫ぶ。

「走れ!!
ハーピーどもは待ってくれないぞ!!」

博多駅の新幹線改札を抜けて、地下鉄のホームに向かっていく。
地下鉄に乗り込み、満員電車もかくやという段階になったら順次発車していく。
緊急の地下鉄は途中で地上に出て、ノンストップで西唐津駅に向かう。
ここからは、民間のバスが徴用されて唐津市沿岸に配備される予定である。
緊急事態であり、唐津市並びに糸島市には戒厳令が施行されている。
住民は沿岸部の住民は避難を、その他の住民は屋内での待機が命じられる。
また、両市内への交通も制限された。
海上でも海上保安庁の巡視船の『まつうら』、『いなさ』が警戒にあたり、神集島や姫島住民の避難に作業に従事している。
第4普通科連隊連隊長の鶴見一佐は、唐津城に司令部をおくことにする。

「あれだよな。
城って階段長いからやだよなあ・・・」

山城の山頂まで伸びる石段にうんざりした声をあげる。
西唐津駅からは部隊の展開を優先させる為に連隊司令部の隊員は徒歩で唐津城に向かう羽目になっていた。

「いえ連隊長、本丸まで行く直通エレベーターがありますのでそれで・・・」

幕僚の一人が気まずそうに指を指している。

「・・・こういうのは風情がどうかと思うよな。
さて、展開をいそがせろ。
間もなく会敵予想時刻だ。」

自衛隊だけでなく、福岡県警第12機動隊は糸島市に、佐賀県警機動隊やパトカーに乗った警官達も唐津市に集結している。

「ここに到着する前に殲滅してくれればなあ・・・」

海上自衛隊
第4護衛隊

ひゅうが型護衛艦『いせ』

飛行甲板に西部普通科連隊の隊員や『いせ』の立入検査隊員達が小銃を構えて待ち構えている。
『くにさき』の甲板でも同様の動きを見せている。

「来るぞ!!」

先行している護衛艦の『あけぼの』、『さざなみ』、『ふゆつき』の艦砲の発射音が響く。
これにCIWSの発射音もだ。
海面にハーピーが次々と落下していく影が見える。
だがハーピーの群れは次々と分離し、護衛艦にまとわりついて接近する。
各艦の立入検査隊や同乗する西普連の小銃や銃架に設置されたM2重機関銃も火を吹いている。
そちらの銃弾は自由自在に飛ぶハーピーに対して、あまり効果は上げられていない。

「殲滅戦とは厄介だな。」

ブリッジから双眼鏡で覗いていた艦長の窪塚一佐はため息を吐く。
人間大のモンスターが自由に飛行し、数百も同時に攻めてくると護衛艦でも対処が困難になってくる。
幸いハーピーの爪では、護衛艦の装甲に傷も付けれない。
ただひたすら鬱陶しいだけだ。

「艦を反転させ、唐津湾に誘導する。
弾薬が尽きるまではハーピーが追い付ける速度に留める。」

ただ『いせ』や『くにさき』の甲板には数百の男性隊員がその姿を見せている。
ハーピー達はその男達の姿や臭いに魅せられて押し寄せてくる。
『いせ』と『くにさき』のCIWSの発砲が始まり、甲板の隊員達もこれに加わる。
『くにさき』の場合、現地で使う予定だった車両を甲板に駐車しており、車内や銃架から発砲している隊員もいる。
こちらの銃弾の密度は、護衛艦の比では無く、ハーピー達が次々と海上に落下していく。
海上に落下したハーピー達は、『海上結界』の餌食となっているのか、息のある者も暴れ狂い浮かんで来なくなる。

「艦長、『あけぼの』から小銃弾が尽きたと連絡が。」

『いせ』や『くにさき』ならともかく、通常の護衛艦に分乗しただけの西普連の隊員は、持ち込み分以上の弾薬は持っていない。
海上で戦うなど想定しないからだ。
それでも現在の海上自衛隊の艦艇は乗員数分の拳銃は支給されている。
それを借り受けて抵抗は続いているが、それも時間の問題だろう。

「『さざなみ』から報告、近接を許したハーピーが歌のようなものを発し、それを聞いた隊員や乗員が放心状態で動かなくなる事態が発生!!」
「歌だと?」

『くにさき』や『いせ』では銃声が鳴りやまずに全く聞こえない。
それでも海面スレスレから急上昇して、接近してきたハーピーの一部が同様に歌を歌い、隊員が戦闘不能になる事態が相次いだ。
戦闘不能になった隊員や乗員は艦内に引きずり込んで保護する。
それでも装甲が薄い区画では、歌が聞こえてしまい艦内で放心状態となる者が続出した。

「全スピーカーで何でもいいから派手な音楽を最大音量で鳴らせ!!」

『いせ』の艦内に『軍艦マーチ』が鳴り響き、『くにさき』ではメタルバンドの派手な曲が流れ始める。
後続の『あけぼの』がアニソン、『ふゆつき』がアイドルソングを流している。
961: 始末記 2018/05/03(木) 21:22:26 ID:7.L4Yce.O携(132/149)調 AAS
だが『さざなみ』は何も流さないどころか、速度が低下していた。
その『さざなみ』には無数のハーピーがまとわりつき、大合唱の形をなしている。

「『さざなみ』のブリッジ並びにCIC沈黙・・・
『ふゆつき』が救助に残ると。」
このままでは囮の役が果たせない。
焦燥に刈られるブリッジだが、爆音が彼等の士気を取り戻す。

「空自です!!
空自の第6飛行隊がハーピーに攻撃を開始しました。」

第6飛行隊のFー2戦闘機6機が、『さざなみ』の周囲のハーピーを機銃で掃射していく。

「当艦も速度を落とし、歌の壁を『さざなみ』に張る。

「神集島を通過!!

ハーピー達が離れていきます。」

ハーピー達も羽を休める必要があるのか、艦隊から離れていきます姫島、鳥島、神集島、高島などに集まっていく。
海上保安庁の巡視船『まつうら』か神集島、『いなさ』が姫島近海で警戒にあたっており、両船も無数のハーピーに発砲を開始している。
唐津湾にいた自衛官や警察官も各地で発砲している。

「九州本島に渡ろうとする奴を優先して叩け!!」

唐津市唐津城
第4普通科連隊臨時司令部

「沿岸部で散発的な駆除作業は行われましたが、概ね九州本島へのハーピーの到達は阻止できました。
駆除作業の際に歌を聴かされて行動不能になった隊員が48名。
占拠された鳥島、高島は避難が終了しており、第4並びに第12戦隊が唐津湾を塞ぐ形で展開。
但し、護衛艦『さざなみ』は乗員並びに同乗した西普連の隊員30名が放心状態で戦闘不能と判断されて市内の病院に搬送されました。
残ったハーピーは500足らずと想定されます。」

幕僚の木村三佐の報告に、連隊長の鶴見一佐は渋い顔をする。

「接近戦はやばいか。」
「王国大使館に問い合わせたところ、歌の効果範囲は概ね半径50メートル。
夜は歌わない傾向があるようです。」

鶴見一佐は考え込む顔をして夜襲を検討している。

「西普連に夜襲を要請しよう。
うちの隊員はまだ無理だ。」

新型の装備は与えられたが、現在の普通科隊員の練度では夜襲を任せるには不安があった。
自衛隊は転移後に失業対策と帝国との戦争、占領統治に合わせて増員を掛けていた。
実戦経験のあった隊員は必然的に昇進し、アウストラリス大陸に派遣された第16師団や第17師団や西方大陸アガリアレプト派遣され、旅団化された第1空挺旅団、富士教導旅団、第1特科旅団、第1高射旅団等に配属された。
本国の普通科隊員達の大半がその後に入隊したものだ。

「ここは我々の庭です。
レンジャーの資格保有者を集めて参加させましょう。」

連隊の面子は何者にも代えがたい。

「それにしても歌だと?
資料には無かったな。」

自衛隊は交戦したモンスターをライブラリー化し、日本の保有するファンタジーモンスターの知識を注釈として書き込んでいた。

「どうやらセイレーンの知識と混在化していたようです。
もともとセイレーンも古代ギリシャでは半人半鳥だったのですが、中世ヨーロッパでは、人魚のような半人半魚の怪物として記述されています。」
「ヨーロッパの連中も適当だな。
この世界ではセイレーンとハーピーは同種と考えるべきか。」

放心状態になったことにより転倒し、負傷した乗員も多い。
死者が出なかったのは奇跡だといえる。

「連隊からも夜襲が出来る者を中隊規模で選抜し・・・歌?
しまった!!」

それは鳥島や高島に集まったハーピー達の大合唱だった。
夜になる前にまわりの生物を眠らせて安全を保つためだ。
その歌は風になり、沿岸部で警戒にあたっていた隊員や夜襲の為に待機していた西普連・・・
そして、唐津城で監視に当たっていた隊員と司令部の幕僚達が次々と倒れていく。
鶴見一佐は咄嗟に手のひらで耳を塞ぐが、城内で無事だった隊員はほとんどいない。

「合唱か・・・、くそ、甘く見てた・・・」

東京
市ヶ谷
統合司令部

唐津の惨状の報告に、哀川陸将は頭を抱え込んでいた。

「それで・・・、損害は。」
「第4普通科連隊の隊員450名。
西部普通科連隊900名が戦闘不能に陥り、夜襲は中止になりました。
また、四名ほどの隊員が倒れた際の打ち所が悪かったり、海に転落するなどして殉職しました。
現在も放心状態の隊員の回収作業が行われています。
海保の巡視船も2隻とも行動不能と報告が来ています。」

ハーピーは夜になって動きを止めた。
本来ならここで夜襲を用いて叩いておきたかった。
神集島や姫島は島民こそ避難しているが集落もあり、民間資産の破壊を恐れた政府によって、空爆や艦砲による攻撃を禁じられたのが仇となった。
962: 始末記 2018/05/03(木) 21:23:53 ID:7.L4Yce.O携(133/149)調 AAS
「放心状態の隊員の容態は?」
「王国大使館に問い合わせたところ、大陸の冒険者なら強い刺激を与えればすぐに目覚めたそうですが、我々のように半日も状態異常が続くことは無かったそうです。」

最近では当たり前のように受け入れられようになった『地球人は魔法に対する耐性が無い』という説がある。
哀川陸将も半信半疑に聞いていたが認めざるを得なかった。

「規模は小さくなったが、夜襲はまだ有効な手のはずだ。
いや、いまやらねば被害は拡大する。
残存の隊員に回収作業が一段落したら夜襲を強行させろ。」

大分や長崎からも部隊を呼びよせているが、4普連と違い準備万端の車両移動なので間に合いそうにない。
西普連と四普連の800名余りの隊員を両島に上陸させることが決定した。
但し、政府から追加された要望書からは手榴弾や摘弾の使用も制限が書き加えられていた。
963: 始末記 2018/05/03(木) 21:24:35 ID:7.L4Yce.O携(134/149)調 AAS
では今回はここまで
964: 始末記 2018/05/15(火) 22:05:17 ID:7.L4Yce.O携(135/149)調 AAS
では投稿
965: 始末記 2018/05/15(火) 22:08:42 ID:7.L4Yce.O携(136/149)調 AAS
佐賀県
唐津市鳥島

陸上自衛隊第4普通科連隊第3中隊の隊員が、手漕ぎのキス釣りボートを徴用して、この無人島に上陸する。
水谷三曹は三人掛かりで、ボートを海岸に引き上げる作業を行っていた。
徴用した品なので、なるべく無事に返却しなければならない。

「疲れた・・」

佐賀県ヨットハーバーから約一キロ程度の距離だが、4普連の隊員達は二人乗りや三人乗りのボートで海上を走破したのだ。
中には慣れないカヤックで島に渡った猛者もいる。
平時はボートやカヤックで渡る客も普通にいるそうだが、隊員達は寝不足と疲労で困憊していのが災いした。
ただでさえ昨日は、早朝に小倉から唐津に駆けつけ、昼間は唐津湾の避難誘導、警戒と散発的な駆除作業に駆り出された。
ようやく交代して休めると思ったら、ハーピーの歌声で放心状態となった隊員の回収作業にと叩き起こされた。
鍛えぬかれた隊員と装備は本当に重かった。
それも一段落する頃には日付が変わっていた。
そして、そのまま徴用した手漕ぎボートで海上一キロの距離を渡り切れと命令されたのだ。
文句の一つも言いたくなるだろう。
すでに鳥島にはヨットの心得がある隊員によって、操作されたヨットに乗船してきた隊員が警戒にあたっている。
小隊長の加山二尉が、こちらに静かにしろというハンドサインを送ってくることには多少ムカつく。
先行した隊員は80式小銃に着剣した銃剣やナイフ、個人購入した刀剣で、眠りについているハーピを一匹一匹、刺突して始末している。
89式小銃の後継80式小銃は、カービン型ライフルに変更したことにより銃身の短縮並びに軽量化を達成した。
また、想定する敵が人間だけでなく、モンスターが追加されたことによる3点バーストの廃止も盛り込まれている。
個人購入の刀剣は大陸では自由に購入、携帯できる。
しかし、『海洋結界』に囲まれた日本本国では緩和されたとはいえ、まだまだ厳しい条件の元でしか許されていない。
自衛隊や警察などの武官では購入が奨励されるどころか、制式装備として採用しようかとの動きまであるくらいだ。
その任務に刃物は最適な獲物だった。
ハーピーが眠っている間に可能な限り始末する。
大抵のハーピーは樹木に寄り添って寝ていた。
隊員達には疲労と寝不足、そして夜の闇があるのが幸だ。
モンスターとはいえ、人の顔をした生き物を殺すのだ。
そのことに想いを馳せる余裕も無く、躊躇いや罪悪感も見せずに機械的にハーピーを駆除してまわっていた。
もちろんハーピーが飛び立っても、対岸の79式自走高射機関砲が唐津神社、全農唐津石油工場、唐津ヨットハーバーの駐車場に一両ずつ陣取り待ち構えている。
高島にも島を囲うように、東の浜海水浴場、虹の松原に79式自走高射機関砲が置かれている。
鳥島も高島も79式自走高射機関砲の射程距離内だ。
鳥島は無人島なので、ロクに家屋も無く、地面に巣を作ろうとしていたハーピーの駆除は、思いのはか順調に進んでいった。

唐津市
高島

高島は宝くじ関連の島興しに成功した島で、唐津港と陸続きの大島から西に約1.5キロ程度の距離にある。
西部普通科連隊は本来なら夜明け前に各島に上陸して、圧倒的隊員数によって、ハーピーどもを殲滅する筈だった。
その為に海岸で船舶を徴用したり、港や海岸で船舶が着岸するのを待機させていたのが災いした。
ハーピーの歌の効果で半数以上の隊員が放心状態に陥るのは、とんだ失態であった。
唯一無事だった中隊長の窪塚一尉の指揮のもと、FRP製のカッター型短艇で隊員達がオールを使って島に上陸した。
島の北部は山になっており、民家はは南部の海岸沿いに集まっている。
ハーピー達は集落が避難が済んで無人となっていた集落の建物に巣を造りだしていた。
人口400人程度の集落があり、ハーピーはそれらの建物瓦屋根で眠りに付いている。
よって西部普通科連隊の猛者達は、いちいち梯子で屋根に登ってハーピーを仕留めないといけないという難事に遭遇していた。

「参ったな、梯子が足りないぞ。」

ボートに可能な限りの隊員を乗せる為に不必要だと思われた装備はあまり持ち込んでいない。
今なら一網打尽に出来るのだが、重火器の使用は禁じられ、小銃では狙いにくい場所だった。
家屋を破壊するのも避けたい事態だった。
何より銃声で起きられて、空に逃げられるのは避けたいところだ。
どのみち今の隊員には実戦で発砲したことがある者は少ない。
それは精鋭足る西普連ともいえど同様だった。
梯子を使わずに登ろうとして、物音で起きられて逃げられる事態が幾つか発生した。
ようやく梯子がまわってきて、よじ登る隊員は屋根の上でまだ起きていたハーピーと目が合ってしまった。

「 キェェェェェェェェェ~~ 」

猿叫のような叫び声を上げられて隊員は硬直する。
周辺家屋にいたハーピー達は一斉に目を覚まして、目についた西普連の隊員に襲いかかる。
966: 始末記 2018/05/15(火) 22:13:51 ID:7.L4Yce.O携(137/149)調 AAS
梯子を昇る途中だった隊員は、梯子を倒されて地面に落ちていく。
屋根でハーピーを刺突していた隊員も他のハーピーが飛来して体当たりを食らい屋根から叩き落とされる。
窪塚一尉はもはやここまでと発砲を許可した。

「飛び上がったハーピーに発砲を許可する。
負傷者は小学校に運べ!!」

真っ先に発砲を始めたのはやはり大陸帰りの隊員達だった。
許可さえ下りれば彼等に躊躇いは無い。
彼等に触発されて、初めての実戦を経験する隊員も射ち始める。
窪塚一尉も89式小銃を撃ちながら負傷して後送される隊員を援護する。
西部普通科連隊は第4普通科連隊と違って、転移後の新装備はあまり配備されてない。
しかし、使いなれた銃器の方に隊員は信頼を置いていた。
ハーピーの数は決して多くはない。
銃弾が使用できれば、西普連の敵ではなかった。

唐津城
第4普通科連隊臨時司令部

「鳥島の駆除が完了との報告がありました。」
「第4中隊が神集島にて、少数のハーピーを確認、交戦中!!」
「湾岸防衛の第5中隊も三ヶ所でハーピーを確認。
追跡の上、駆除します。」
「79AW、発砲開始!!」

壊滅した第1・2中隊から無事だった者を集めて再編した司令部はどうにか機能を回復した。
湾岸の防衛には久留米から呼び寄せた教育隊まで動員してカバーしている。
連隊長の鶴見一佐は予備の第6中隊も動員するか考えていた。

「高島の西普連はどうか?」
「負傷者を出しつつも順調とのことです。」

島からは銃声も聞こえる。

「刃物だけではやはり片付かんかったか。」

その銃声も少なくなってくる。
唐津における殲滅はうまくいきそうだった。

「姫島の方に福岡県警SAT一個小隊が、警備艇三隻で突入。
あちらはしょっぱなから、銃器を使用している模様です。」
「長年、暴力団相手にしる連中は違うな。
他のSATでもあそこまで思いきりはよくあるまい。」

福岡市や北九州市に配備されていた分隊を集めた部隊だ。
姫島は福岡県に属するのでかき集められた。
他の戦闘となった3島に比べれば姫島は遠隔にあるが、そのぶんハーピーの数も少ない。
県警警備艇『げんかい』、『ほうまん』、『こうとう』の3隻に分乗した。
エンジン音に気がついたハーピー達が殺到するが、船上から発砲しつつ排除しながら桟橋に停泊して上陸した。
各県警警備艇も自衛隊から供与された89式小銃を銃架に設置して発砲している。
その後は隠れ潜むハーピーの掃討にあたっている。

歌による放心や鉤爪による負傷者は増えたが、唐津・糸島におけるハーピーの掃討は概ね夜明けまでには完了した。
鳥目だったハーピーは夜間での行動範囲が狭かったせいもある。

だが夜明けと同時に平戸市から救援要請が届くことになる。

市ヶ谷
防衛省統合司令部

ようやく唐津、糸島のハーピー殲滅に成功したと思ったら今度は平戸からの救援要請である。
徹夜で事務処理や増援の調整を行っていた統合司令の哀川陸将は不機嫌な声を隠そうともせずに問いただす。

「どういうことだ?」
「はっ、平戸市田助町の港に夜明けとともに旧イラン船籍の大型貨物船が田助港の桟橋に激突するよに停船。
船内から大量のハーピーが田助港を襲撃し、多くの住民が被害にあっています。」

旧イラン船籍の船は独立の決まらないイラン人船長が大陸に放置して逃亡したものということが判明した。
何者かがわざわざ日本まで航行してきたようだが、そこは貨物船を制圧して調べてみないとわからない。

「現地の動きですが、鏡川駐在所の警官が発砲するも数匹倒すのが限界と、近くの中学校に住民を避難させながら増援を要請。
平戸警察署は全署員に出動を命じますが、70名程度の署員ではカバーしきれないとの報告が来ています。
また、平戸城並びに城下の高校に住民が避難しています。
平戸港の防衛は平戸海上保安署と巡視艇『かいとう』があたります。」

すでにハーピーの動きは平戸島全域に拡がる下手に避難するより、家屋の中で籠城した方が安全と思われた。

「長崎県警は近隣の警察署にも出動を命じました。
また、県警機動隊とSATも現地に向かっています。」

残念ながら県警主力の車両では三時間以上も掛かると見られ、即戦力としては期待できそうもなかった。
幕僚達の報告に、哀川陸将は自衛隊各部隊に命令を下す。

「佐世保の相浦駐屯地の部隊は動けるか?」
「駄目です。
現在は呂栄との合同演習の為に大陸にいます。」

他の長崎県内の陸自部隊は何れも遠く、疲弊した唐津から送り込んだ方が早いくらいだった。

「それでも事後処理には必要になる。
大村の21普連に向かわせろ。
第4施設大隊もだ。
佐世保の特別警備隊と護衛隊も向かわせろ。」
967: 始末記 2018/05/15(火) 22:15:14 ID:7.L4Yce.O携(138/149)調 AAS
佐世保の特別警備隊は、呉にあった特別警備隊を元に転移後に創設された。
同様に横須賀、舞鶴、那覇にも創設され、規模は各々中隊規模の200名となっている。
もともとは転移により創設が見送られた水陸機動団の訓練が施された隊員達が中核になっている。

「佐世保の第4護衛隊は唐津に、第12護衛隊は五島列島にいます。
両護衛隊が平戸に向かってますが、佐世保に残った第8護衛隊は整備中ですのは第4ミサイル艇隊しかいません。
傭船契約を結んだ民間フェリー『かもづる』がいますので、特別警備隊の輸送を委託するのが妥当だと思います。」

『かもづる』は防衛省が傭船契約を結んだ高速民間フェリーである。
民間フェリーとしては破格の30ノットの船足を有し、定員500名、トラック120両、乗用車80両と、おおすみ型輸送艦を上回る車両輸送力がある。

「よし第4ミサイル艇隊に護衛させて、平戸港に向かわせろ。」

平戸市

鏡川駐在所の警察官佐藤巡査部長は、避難をさせていた住民とともに田助港の郵便局に立て籠っていた。
すでに拳銃の弾丸は尽きており、警棒でハーピーを殴り付けて奮戦している。

「お巡りさん、バリケードが限界だ。
他のお巡りさんはまだこれないのか?」

たまたま巡回中に自転車で港をまわっていた為に騒動に巻き込まれた。
突然桟橋に貨物船が激突したかと思うと、中から大量のハーピーが貨物船から現れたのだ。
港の漁船は朝早くから出払っており、男手はほとんどいなかった。
「駐在所の連中は小学校の方に防衛線を張ってるらしい。
署の連中はコンビニの所まで来たらしい。
せめてパトカーで来てればなあ・・・」

パトカーにはショットガンが積んであった。
双方から激しい銃声がしていたが今は途切れている。
平戸警察署には1200発の銃弾が保有している。
田舎の警察署でこれだから、全国の警察署に支給された弾丸の数は計り知れない。
銃器メーカーの高笑いが聞こえるようだった。
無線機ではそこまで話して貰えなかったが、それでもハーピーがここを襲い続けてるということは、それが途切れたということだろう。
郵便局の窓を塞いでた机が弾け飛び、ハーピーが侵入してこようとする。
立て籠っていた女子供が棒切れで殴り付けるが、その後ろにいたハーピーの歌により数人が放心状態となって侵入を許した。

平戸警察署

田助町の救出に向かわせた警官隊からは、銃弾の欠乏が報告されている。
署長の田所はさすがに連絡役として婦警達と署内に残っていた。
男性警官は総出で田助町の救出に向かっている。

「江迎警察署の警官隊が平戸大橋で避難する市民と襲撃してきたハーピーと交戦状態に入って阻まれています。」
「くそ、そっちもか」

平戸港でも海保の署員や巡視艇の発砲が聞こえる。
まだ、数はそんなに多くなく、消防団や青年団も斧や博物館の刀や槍を奮って町の各所で抵抗を続けている。

「まったく、いったい何匹いるんだあの化け物は!!」

北サハリン船籍貨物船『ナジェージダ・アリルーエワ』

ナルコフ船長は船を大陸に向けて、帰還の途に着いていた。
大陸の同志達が航行してきた貨物船は、大陸の海岸に座礁していたものを回収したものだった。
貨物船にもコンテナに大量のハーピーの卵が積載されていた。
『ナジェージダ・アリルーエワ』に積載されていた分も積載し、無人にしてから日本本土に向けて、自動操縦で解き放った。
ラジオからの情報では平戸市の港に激突したらしい。

「無人地帯ならもう少し繁殖の時間が稼げたんだかな。」

唐津市では自衛隊を手こずらせたようだが、対策も研究されただろう。
もともとはスタンピードで全滅した村で、冒険者が発見した大量の卵を奪い取ったのが始まりだった。
地道に高麗まで運ぶと勝手に増殖していた。
今回の2隻で追加した卵は900にも及び、田助港に突入させた時には半数近くが孵化していた。
このまま日本を脅かすよう土着してくれれば幸いと考えられていた。

「まあ、せいぜい日本を引っ掻き回してくれれば十分だよな。」

最後のコンテナにはお土産も置いてある。
そいつの奮戦に期待すこと大であった。
968: 始末記 2018/05/15(火) 22:15:41 ID:7.L4Yce.O携(139/149)調 AAS
では終了
969: 始末記 2018/05/27(日) 12:44:08 ID:7.L4Yce.O携(140/149)調 AAS
では今週も投稿します
970: 始末記 2018/05/27(日) 12:44:39 ID:7.L4Yce.O携(141/149)調 AAS
長崎県
平戸市田助港

轟音をあげながら海上自衛隊のミサイル艇『しらたか』が港内に侵入する。

「目標の貨物船を視認!!」

双眼鏡で確認する艇長の角田一尉は、ハーピーが溢れでてくる貨物船の甲板に積載されたコンテナや船内の扉から出てくるハーピーの姿を捉えていた。

「主砲はコンテナを狙え。
SSMは燃料タンクをだ。
この近距離で外したならおお恥だぞ。」

命令通りに主砲が旋回し、発砲を開始する。
まだ、船内には無数のハーピーが残っていると思われ、その発生源だけでも叩こうという作戦だ。

「SSM発射、準備完了!!」
「一番、二番、撃て!!」

発射された2発の90式艦対艦誘導弾が貨物船の横っ腹に命中する。
すでに『しらたか』の主砲の連射を浴びて、甲板を炎上させていた貨物船は内部からの爆発により三つに割れて沈み始めた。
廃棄直前に見える貨物船にはひとたまりもなかっただろう。
まだ卵だったり、生まれたてで飛ぶのもおぼつかない幼体。
幼体に餌を持ってきていた成体が炎と海水に飲み込まれて息絶えていく。
任務を終えた『しらたか』だが、港の各所を飛ぶ回るハーピーに備え付けの12.7mm単装機銃M2 2基が火を吹いた。

「露払いは済んだと後続船団に連絡!!」

防衛フェリー『かもづる』が、海自のミサイル艇『おおたか』に先導されて、田助港に入港してくる。
どの船舶も『歌』対策にスピーカーから大音量で、景気のよい音楽を流しながらの入港である。
ハーピー達がそれらの艦艇に殺到するが、船内各所から89式小銃を発砲する佐世保基地特別警備隊の隊員に打ち払われる。
『かもづる』の両脇には巡視船『あまみ』、『ちくご』が固め、多銃身機銃を唸らせている。
田助港の桟橋に停船した『かもづる』の船体右舷のサイドランプが展開し、特別警備隊の隊員が小銃を構えながら飛び出していく。
隊員達を目敏く見つけたハーピー達は彼等に襲いかかるが、互いの死角をカバーしあった特別警備隊隊員達に返り討ちにあう。
彼等が目指すのは港からも見える小さな建物。
この漁港で唯一のハーピー達が群がる郵便局だ。
ハーピー達を追い散らし、先頭切って突入した田口一等陸曹が見たのは警察官の制服を着た無惨な遺体であった。
最後まで抵抗したであろう手には警棒が握りしめられたままだった。
鉤爪で切り裂かれ、貪り食われたのが伺い知れる。
他にも数人の局員や老人や女性の遺体が発見された。
殉職した佐藤巡査部長に手を合わせていた田口一曹は、微かな物音や声がしたのを聞き逃さなかった。
郵便局のロッカーや金庫に押し込められていた子供達だ。

「生存者発見!!」

遺体に毛布を被せ、子供達には見せないように外に連れ出していく。

「お爺ちゃんは?
お巡りさんもいないよ・・・」

子供達の疑問を田口一曹は答えることが出来ない。
急かしながら『かもづる』から降ろされた73式中型トラックに乗せていく。
同時にすれ違っていく、73式中型トラックと軽装甲機動車、高機動車が一両ずつ、郵便局から一キロほど離れた小学校に向かう。
小学校には田助町の住民が避難しており、佐藤巡査部長の所属していた駐在所の警官達が自警団と総出で防衛に徹している。
特別警備隊一個小隊もいれば簡単に蹴散らせるはずだ。
郵便局を制圧した第1小隊は、そのまま港周辺で逃げ遅れた住民の救助やハーピーの掃討を命じられた。
その3分後には銃声が聞こえ始め、十分後には散発的にしか聞こえなくなった。

「第二小隊が小学校の救援に成功したそうだが・・・
駐在所の警官達は小学校の正門でバリケードを張って、玉砕したそうだ。
民間人に死者はいない。」

同僚の隊員から聞いた報告に田口一曹は、舌打ちを禁じ得なかった。
民間人は防火扉や頑丈な体育館の用具室等の内部に立て籠って難を逃れたらしかった。

平戸市
国道153号
供養川防衛線

一方、一時は田助町近郊まで進出した平戸警察署の警官隊は、防衛線を供養川バス停まで下げざるを得なかった。
パトカーによる大音量のサイレン音と惜しみ無くバラ蒔かれた銃弾により、殉職者こそいないが負傷者を多数出していた。
971: 2018/05/27(日) 12:48:36 ID:7.L4Yce.O携(142/149)調 AAS
戦えない負傷者はパトカーの後部座席に放り込まれ、後退しながら残った銃弾を叩き込んでいく。
銃弾は少なく、前進することは出来ない。
しかし、警官達の士気は高い。
すでに無線機から田助港に自衛隊が上陸したことは伝わっている。
ここを凌げば攻勢に出れる。
パトカーの周辺では警棒や警戒杖による白兵戦に押し込まれている。
急降下するハーピーに、平戸では盛んな心形刀流の使い手で、剣道4段の生活安全課の警部が横合いから警棒で殴り付ける。
また、別の年配で身体が軽い総務課の警部補が鉤爪に肩を掴まれる。
防刃チョッキにより、鉤爪が肉体に刺さることは避けられた。
しかし、ハーピーは警部補をそのまま空中に連れ去ろうした。
パトカーの屋根からジャンプした防犯課の若い巡査がハーピーに飛び掛かり、諸ともに地面に落ちていく。
負傷者をパトカーに放り込んだ少年課の巡査部長は、低空飛行で突入してきたハーピーをパトカーの後部座席のドアパンチで弾き飛ばした後に、弾の切れた散弾銃で殴り付ける。
負傷して地面に倒れていた交通課の巡査長が助走を付けて飛び立とうとするハーピーの足に手錠を掛けて、転ばして柔道の寝技を掛けていく。
署員達の奮戦ぶりに、指揮を執っていた副署長は頭が下がる思いだった。
副署長も折れた警戒杖を捨てて、警棒に持ち変える。
しかし、空中から様子を伺っていたハーピー達が突然の銃声と共に次々と地面に落ちていった。

「援軍だ!!」

副署長は声を張り上げるが、サイレンの音で署員達には聞こえない。
それでもみるみる減っていくハーピーの様子に歓喜の声を張り上げている。
海上自衛隊佐世保基地特別警備隊第3小隊は、ハーピーを蹴散らしながら警官隊の救助を始めた。

「衛生班をまわしてくれ、負傷者多数!!」

佐世保基地特別警備隊の司令部小隊は、田助港に停泊していた防衛フェリー『かもづる』内部に置かれていた。

「不謹慎な話ですが、ハーピー達が人間に狙いを定めていたおかげで、森の中に隠れたり、その上空を迂回する行動を余り取っていません。
おかげで集中的に掃討が可能となりました。」
「それ公の場では言うなよ?
民間人にも死者が出てるんだから。」

佐世保基地特別警備隊隊長の金杉三佐は部下の発言嗜めながら机の上の地図に目を通す。

「第二小隊は小学校を拠点に大久保町北部の掃討にあたれ。
第3小隊は供養川防衛線を中心に大久保町南部が担当だ。
第4小隊は平戸港に向かわせろ。」

避難民は『かもづる』に運ばれてくる。
負傷者も多く、特別警備隊の衛生科の隊員だけでは足りない。
市内の医療関係者の安全を確保しつつ、動員する必要があった。

「長崎県警からです。
警備艇『ゆみはり』、『はやて』、『むらさめ』の三隻が県警SATを乗せて、間もなく平戸大橋を通過すると・・・」

こちらと足並みを揃えて欲しかったが貴重な戦力には違いない。
海保の巡視船にはハゲ島等の近隣の島の探索にあたってもらっている。

「平戸大橋も交戦中だったな。
そちらを任せよう。」

平戸大橋防衛線

平戸大橋は同市の中心市街地がある平戸島と九州本土を繋ぐ全長 665mの橋である。
この大橋には避難民が放置した車両が大量に駐車されており、援軍に駆けつけた江迎警察署の警官隊の行く手を阻んでいた。
そして、逃げる避難民を追ってハーピーが飛来してくる。

「構え・・・、撃て!!」

放置された車両を盾に、警官達は一斉に拳銃と散弾銃を発砲する。。
弾倉が空になるまで撃つが、数匹のハーピーが落すのみだ。
空を飛ぶ敵に拳銃では効果が薄い。
なお数十匹のハーピーが、橋の上空と下から襲い掛かってくる。
橋の下部からの敵には対処が難しい。
しかし、佐世保から派遣された県警警備艇3隻が平戸大橋の下を通過する。
警備艇に分乗した県警SATが、橋の下を通過しながら一斉に小銃による射撃を敢行する。
県警SATは分隊規模の10人しかいないが、正確な射撃で半数以上のハーピーが海に落ちていく。
たまらず橋の上に逃げて姿を見せたハーピーは江迎署の警官隊の銃弾の餌食になる。

「このまま平戸港に向かう!!」
県警SAT隊長宮迫警部の指示に、『ゆみはり』艇長が聞き返す。

「大橋の化け物はいいのか?」
「後続の機動隊や陸自の部隊も直に来るから問題はない。」

宮迫警部は平戸港の陥落は心配してはいなかった。
平戸港の南部を占める岩の上町は、平戸警察署、平戸海上保安署、平戸消防署、平戸市役所という平戸市の主要機関が置かれている。
それぞれの署は散発的なハーピーの攻撃なら十分に対処出来る。
岩の上町の住民はそれらの署の南に位置する平戸城に避難している。
港の北側にはすでに自衛隊が戦闘を開始している。
972: 始末記 2018/05/27(日) 12:54:05 ID:7.L4Yce.O携(143/149)調 AAS
港湾内では、海保の巡視船『かいどう』や平戸警察署の警備艇『ひらど』が睨みを効かせている。
平戸港の南側はちょっとした要塞の体をしていた。
平戸城の避難民を先に保護すべく、港湾入り口にある平戸図書館近郊の岸壁から県警SATが上陸した。
警備艇はそのまま平戸港の警備艇と合流するべく岸壁を離れていく。
県警SATは目に付くハーピーを銃撃し、図書館の裏側にある平戸城が鎮座する亀岡山を駆け上がる。
そこで宮迫警部は驚きのものを目にする。
鎧甲冑を着た30人ほどの男達が刀や槍を持って、ハーピーと戦っているのだ。

「お、兵隊さん・・・、いやお巡りさんか?
やっと来たか!!」

男達の大半は老人であった。

「その格好はどうしたんです?」
「平戸くんち祭りの武者行列のメンバー、平戸藩武将隊だよ。
武器は城内の展示品だが、街を守る為だ。
御先祖様達も誇りに思ってくれるさ。」

頼もしい話だと、宮迫警部は呆れてしまう。
平戸くんち祭りは、平戸城下の秋祭りである。
武者行列もあって、市民が甲冑を来てパレードに参加する。
半分は張りぼてだが、無いよりはマシと持ち出して戦いに参加していた。

「半分は本物なのか?」

銃声まで轟いている。
はじめは地元警察の銃や猟友会の猟銃の類いかと思ったが、よく見てみると火縄銃だった。
城内に展示してあった火縄銃を、使用可能にしてあるのだ。
城壁の鉄砲狭間から本当に発砲している光景は苦笑を禁じ得ない。
勿論、銃規制緩和で使用可能になった銃で法律には違反していない。
城下の高校からも有志の学生が弓矢や木刀を持ち込んで応戦している。
モンスターや海賊がいる世界では、武道系の部活が実戦を意識した傾向に全国的になりつつある。
また、彼等の中には大陸で冒険者に憧れ、夢見ている者も少数ながらいて嬉々として参戦していた。

「やりすぎだろう
いつの時代だよ、まったく・・・」
「地域によっては、大筒まで再現したところもあるそうですよ。」
「マジか?
・・・我々が来た意味無くなりそうだから早く参戦しよう。」

宮迫警部は市民の自警ぶりにドン引きしながらも県警SATを率いて、平戸城に群がるハーピーの駆除に加わった。
すでに掃討は時間の問題だった。

北サハリン船籍貨物船『ナジェージダ・アリルーエワ』

福岡、佐賀、長崎3県で起きた騒動はラジオで逐一、状況が報道されていた。
ナルコフ船長はこのまま日本の領海に留まるのは危険と判断し、船を外洋に向けて航行させていた。
死者は高麗で12名、日本で28名と発表された。
負傷者は両国で3800名を越える。
大半が自衛官や警官というから大変な戦果と言えた。

「まあ、今回は上手くいった方かな?」

今回は実験的な意味が強く、モンスターを使ったテロでは効果的だった。
モンスターを輸送するには、ホワイト中佐による時間凍結の魔法が必要なのは難点だ。
合流した帝国軍残党にも魔術の使い手はいるが、ホワイト中佐の魔法は大陸の魔術とは系統が違うらしい。
ホワイト中佐一人に支えられる現体制は不安定だった。
ナルコフや残党軍の指揮官達はどこかで、落とし所を望んでいるが、ホワイト中佐は違う。
どこかでホワイト中佐を切る必要はあると思うが、ロシアマフィアの幹部だったナルコフも地球側同盟国並びに都市に帰属を望めば投獄は免れない身だ。

「まあ、もう少し付き合ってはやるがな。」

感慨に耽っていると、レーダーにこの船を追跡してくる艦影が映し出されとの報告に眉を潜める。

追跡艦はこちらに停船せよと、無線で警告を送ってきている。

高麗国のフリゲート『大邱』であった。
『大邱』、転移前の巨済の大宇 造船所で起工されていた艦だ。
高麗国独立まで建造が凍結され、最近までは西方大陸派遣艦隊で活躍していた。
しかし、百済サミット並びに高麗・北サハリン襲撃事件を期に、高麗国防衛の穴埋めとして呼び戻されたばかりだった。
速度で老朽貨物船の『ナジェージダ・アリルーエワ』が振り切ることは無理だった。

「『海洋結界』はすでに抜けている。
13番コンテナを海中に投下しろ。」

コンテナは国際規格の三倍の大きさだ。
いざという時の切り札はまだ残してある。

「しっかし、あんなものどっから拾って来たんだ?」

フリゲート『大邱』

『大邱』のブリッジでは緊急接近する物体に、Mk 45 5インチ砲で狙いを付けるべく待ち受けていた。

「敵は海中か?」

艦長は近くまで来ている筈なのに姿を見せない敵に苛立ちを見せている。
小型の水中生物の相手はやりずらい。
その生物に至近距離まで接近され艦の真下を通過された。
水柱が艦の後方に立つと共に後部の飛行甲板に『ソレ』が降り立った。
臨検の乗員が小銃を構えて、『それ』に狙いを定めるが、あまりの悪臭に嘔吐する者が続出した。
全長9メートル程の個体は一見小型の竜に見えた。
973: 2018/05/27(日) 12:57:20 ID:7.L4Yce.O携(144/149)調 AAS
しかし、その肉体は明らかに腐食していた。

田助港

炎上する貨物船の鎮火をすべく、巡視船からの放水が始まっていた。
すでに市内のハーピーは駆逐し、港に到着した消防車も消火に参加している。
貨物船は巨大な船倉に幾つかのコンテナが積載されていたらしく、そこにハーピーや卵が積載されていたと、推定されていた。
だが同時にコンテナでは無く、船倉に直接眠らされていたモノが目を覚ました。
脆くなった甲板をぶち破り、頭部を外に覗かせたそれは、巡視船の姿を見た瞬間、咆哮を放った。
魔力の籠められた咆哮を聞いた人間達は、その場に立ち尽くして気の弱い者は意識を失っていく。

「防衛フェリー『かもづる』通信途絶!!」
「特別警備隊、第1から4小隊も連絡が取れません!!」
「ミサイル艇『しらたか』、『おおたか』、通信途絶!!」

混乱は自衛隊だけではない

平戸警察署

「現場に派遣した警官、誰も連絡が取れません!!」
「無線機、個人携帯、何でもいいから連絡を取ってみろ!!」

署に残った婦警達が、知ってる限りの現場に派遣された警官達の個人携帯に電話を掛けているが誰も出ない。

「署長、海保からも田助港の巡視船『ちくご』が連絡が取れないと。
ハゲ島を探索していた『あまみ』が向かってますが、こっちの警官も向かわせて欲しいと・・・」

それどころでは無いのだが、警察にはまだ手駒があった。

「県警SATと水上警備艇を田助港に向かわせろ。
それと江迎署の警官隊を平戸港まで移動する様に要請しろ。」

ようやく事態が終息したと終わったらまだ一波乱が起きそうな展開に、署長はうんざりとしていた。

「署長、大村の陸上自衛隊の第21普通科連隊。
県警機動隊が平戸大橋を通過しました。」

それだけでは無い。

「目達原の第3対戦車ヘリコプター隊が作戦行動を開始する為に、住民の避難活動を要請して来ました。」

避難活動はとっくに終わっている。
それよりも強力な火力を持った部隊が、続々と到着したことに署員達は色めき立つ。

現地ではかろうじて意識を失っていなかった警官や海上保安官、自衛官達が抵抗を続けていた。
貨物船から出てきたモンスターは、いつの間にか識者がアンデット・ドラゴンと命名されている。

「識者って誰だよ!!」
「知らん!!」

田口一曹は、遺体収容の為に『かもづる』船内の冷凍倉庫にいたのが幸いした。
竜の咆哮は届かず、冷凍倉庫で他の隊員や乗員が倒れていたのに気が付いた。
タラップから船外に出ると、外も同様な状況の様だった。
そして、貨物船の甲板には巨大なモンスターがいる。
桟橋に倒れている隊員達を保護しつつ、同様に無事だった隊員とモンスターに対して発砲する。
他にも無事だった自衛官、警官、海上保安官も港や船から銃火器を発砲してそれに続く。
アンデット・ドラゴンの名称は、ヘッドフォンをしていて無事だった報道関係者から聞いたものだった。
特別警備隊は船内の活動が本来の任務なので、重火器を装備してないのは痛かった。
幸いなことに、アンデット・ドラゴンは手近なハーピーの死体を食い漁っているので、歩みは遅く人間に被害はまだ無い。
肉体が腐っている為か、翼をはばかせて飛ぶことは出来ないようだ。

「ここを通すな!!」

田口一曹は銃を持った者達を桟橋に集めて、前進を阻止すべく攻撃する。
その中には89式小銃を拾ってきた平戸署の副署長も混じっている。
だが頑健な鱗は健在であり、銃弾では貫くことが出来ない。
絶望的な戦いだが彼らの耳にはヘリコプターのローター音が届くと希望が湧いてくる。
戦っている者達だけでは無く、竜の咆哮で恐慌に陥っている者達が再び銃を手に取り始めた。

8機のAH-1 コブラは田助港に向かい、識者に命名されたアンデット・ドラゴンを包囲するように飛行する。
桟橋では車両でバリケードを作り、銃器で抵抗が続けられている。

『騎兵隊の到着だ。
味方に当てるなよ?
全機、攻撃を開始せよ。』

M197旋回式3銃身20mm機関砲から合計6480発が撃ち込まれ、アンデット・ドラゴンは細切れになり、桟橋まで粉砕されていた。

「や、やり過ぎだ・・・」

機関砲による弾雨を背後に、港に走りながら退避していた田口一曹は叫びながらも事件が終わったことに安堵していた。
974: 始末記 2018/05/27(日) 12:58:06 ID:7.L4Yce.O携(145/149)調 AAS
では終了
975: 始末記 2018/06/09(土) 23:57:23 ID:7.L4Yce.O携(146/149)調 AAS
平戸市田助港

事態が解決した平戸では、援軍の到着した第21普通科連隊や県警機動隊の隊員達が街中で打ち捨てられたハーピーの死体の回収が行われていた。
同時にハーピーの歌やアンデット・ドラゴンの咆哮で、心身喪失した隊員や警官達の回収もだ。
唐津からの報告では、同様の状態に陥った者達が回復しているとの報告もあがっている。
平戸の回収者達も直に回復すると、安堵の空気が漂っていた。
佐世保特別警備隊の田口一曹は。戦い続けたこともあり、休憩を兼ねて桟橋を散策していた。
粉砕されたアンデット・ドラゴン周辺を見て違和感に気がついた。

「ハーピーが喰われてる?」

アンデット・ドラゴンとの戦いの最中にハーピーが食われているのは何度も目撃した。
落ち着いて思い出してみると、アンデット・ドラゴンは海上に漂うハーピーの死体も喰っていたのだ。
海上には『海洋結界』が存在したはずだ。
海上に墜落したハーピーは、『海洋結界』に触れて狂死している。
その死体が喰われているのだ。

「アンデットだからか?
いや、実験は行われたからそんな筈はないはずだ。」

アンデットに『海洋結界』が効果があることを横須賀の研究所が行い、実証された筈だ。
食い散らされたハーピーの数は無数に打ち捨てられている。

「『海洋結界』が効かないモンスターがいる?」

自らが辿り着いた答えに戦慄し、上官の元に具申すべく駆け出していった。

翌日の東京市ヶ谷
防衛省

「最終的な自衛官の殉職者は13名。
警察官、海上保安庁も23名の殉職者を出してしまいました。
また、民間人の死者も28名。
負傷者は官民合わせて五千人を越えます。」

統合司令の哀川陸将が、乃村利正防衛大臣に報告する。
会議室には防衛省、自衛隊、警察、海上保安庁幹部が集まっていた。

「『歌』や『咆哮』で意識を失っていた者達の容態は?」
「一晩寝たら概ね回復の傾向にあります。
最も王国や子爵の話によると、この世界の人間なら30分もあれば回復するものだとか。
やはり我々はこの世界の人間より魔力に対する耐性は無いようです。」

その反面で、民間人の中でもこの世界に来てから生まれた子供達には影響は少なかったことが実証された。

「ハーピー達は『海洋結界』に守られる我が国の海からは餌が調達出来ないことから、避難の完了した地域に展開した警官や自衛官が狙われました。
武器を持った者に優先的に襲いかかったおかげで、被害は最小限に済んだと言えるでしょう。」

哀川陸将軍の言葉に警察幹部が反発を覚える。

「最小限ですと?
うちは平戸署が死傷者多数で、機能停止。
海保も巡視船2隻が港の突っ込んで中破だぞ。
あの帝国との戦争以来最大の被害なんだ。
だいたい自衛隊は高麗にハーピーを討伐に向かったんじゃなかったのか!!
なぜ、日本に奴等が飛来する羽目になったんだ!!
そして、あの貨物船はいったいなんだったんだ!!」

確かにハーピーやアンデット・ドラゴンを積載した貨物船には謎が多かった。
その点に関しては海保の幹部が立ち上がる。

「あの貨物船は海保並びに全国の港湾局に日本に立ちよった記録がありませんでした。
つまり、転移当時日本領海或いは近海の公海を航行中に転移に巻き込まれた1隻と考えられます。」

転移当時、日本政府は日本近海を飛行、或いは航行していた船舶に国籍問わずにあらゆる通信体で、日本に留まるように呼び掛けた。
自衛隊や海保も総動員でエスコートに参加していたので、覚えている者も多い。
このエスコート任務には在日米軍も加わっている。
しかし、人工衛星が全て失われ、通信や捜索可能な範囲に大きく制限が掛かってしまった。
また、異世界転移を戯れ言と日本政府の警告を無視した船舶も多かった。
脛に傷を持つ船などは、むしろ速度を上げて逃げ去っていった。

「そうした船の1隻か・・・
なるほど、『長征7号』の例もある。
我々が把握している以上に多いんだろな、そういった行方不明船は。」

乃村大臣の言葉に海保と警察の両幹部が席に座る。

「貨物船の詳細については、各捜査機関に任せるとしてだ。
最後に出てきたアンデット・ドラゴン、あれはまずい。
ハーピーもだが、船舶にモンスターを積載して日本や大陸領土に突入させてくるテロは絶対に防がないといけない。
それとな、気になる報告だが、こいつは海上に墜ちたハーピーの死骸を食ってたそうだ。」

会議室の面々は驚愕の声をあげる。

「今、子爵殿と王国大使館で検証してもらっているが、どうやら竜種には『海洋結界』が効果が薄いという結果が出そうだ。」
「そんな・・・、だから隅田川に水竜の群れが侵入出来たのか・・・」

警視庁が総力を結集して退治した『隅田川水竜襲撃事件』を思いだし、警察幹部は冷や汗を垂らす。

「『海洋結界』は年々、範囲が狭まっている。
976: 始末記 2018/06/10(日) 00:00:09 ID:7.L4Yce.O携(147/149)調 AAS
いずれその効果が消滅することを前提に我々は防衛体制を整えなければならない。
今回の責任問題を我々に追及してくる声もあるが、我々の予算要求に尽く抵抗してくる財務省に今回の件を被ってもらう。
関係各機関はその方向で情報統制を進めてくれ。」

与党右派と野党日本国民戦線の主張通りに軍備増強の口実になるだろう。
会議の結論を述べて、解散となった。
それぞれの担当者には被災地域に対する支援や地元組織の再建など、仕事が山積みなのだ。
大臣秘書の白戸昭美が執務室で資料を渡してきた。
白戸は既に乃村の次男と入籍を済ませているが、夫婦別姓で名字は変えていない。

「高麗側の被害です。
民間人の死者48名、国防警備隊の殉職者19名。
御自慢の新鋭フリゲート『大邱』が中破してドック入りしました。
不審船の『大邱』にも小型のアンデットドラゴンが襲いかかったようです。
どうにか始末出来たようですが、甚大な損害が出ていたそうです。」

冗談抜きで帝国との戦争以来の損害だった。
実際のところ、日本本国ではともかく、高麗国の鳥島諸島において、ハーピーの駆除作戦はいまだに続いている。
幾つかの無人島に巣を作られた形跡があり、住みつかれたようだ。
ハーピーが空を飛んで、無人島から無人島にと、逃げ回っているので、人員の足りない国防警備隊だけでは手に負えないのだ。

「こちらに来るほど数が増えなければいい。
連中にも少しは苦労してもらおう。」
「海棲亜人による襲撃事件も加えると、ろくな目にあってないから少し可哀想な気がしますが・・・」

息子の嫁の言葉に話題を変えることにした。

「府中の子爵様の報告も来てるな。
あのアンデット・ドラゴンの作成には、人間の魂千体以上必要だそうだ。。
いったいどんな奴の仕業だろうな。」
「会議の場では、誰もテロリストの正体に付いて口に出しませんでしたね。」

テロ集団が従来の帝国残党軍と違い、高い技術力を有していることから、地球人の集まりであることは明白だ。
その事の公表は地球系同盟国並びに独立都市の足並みを乱す可能性がある。
薄々は誰もが勘づいており、はみだし者達の行き着く先となっている。

「今はまだ泳がす。
連中も地盤固めの為に王国と度々衝突してるようだからな。
王国を消耗させ、手に負えなくなった時に、一気呵成に叩き潰す。
精々我々にとっての良い当て馬になってくれることを望むよ。」

国民を満足に食べさせられない日本は、その敵意を向けれる外敵を欲している。
西方大陸で活躍する派遣隊が活躍するニュースだけでは足りないのだ。

「それは亡国への道かも知れませんよ?」

白戸の言葉に乃村は肩を竦める。

「ああ、だから我々も第二の日本を造るまでの時間を稼ぐ必要があるのだ。」

大陸西部
ブライバッハ子爵領

現ホラティウス侯爵に成り済ました元アメリカ空軍チャールズ・L ・ホワイト中佐は、解放軍兵士たちともに、ホラティウス侯爵領から幾つもの領地を経由して、ブライバッハ子爵領の海に面した崖道を歩いていた。
ブライバッハ子爵は、帝国残党軍を支援する門閥貴族の一人で、有るものを何年も王国や日本から隠していた。

「この地域は十数年も立入禁止にしている。
領民でもほとんど知られていない。」

案内を自らがするブライバッハ子爵にホワイト元中佐は、興味深く尋ねる。
偽装された崖にある洞窟に入るのだから、警戒も怠っていない。

「乗員が何百人もいた筈だが?」
「500人ほどいたかな?
大多数は歓迎の宴で毒殺したよ。
立て籠った連中も人質をとって、投降したところで始末した。
その後に日本との戦争が始まったので隠蔽して沈黙を守っていたが、帝国が滅んだ以上、あれはとんだ不良物件だ。
持ち去ってくれると助かる。」

やがて、広い空間に入る。
977: 始末記 2018/06/10(日) 00:01:27 ID:7.L4Yce.O携(148/149)調 AAS
そこに仮設された桟橋に係留された大型の『艦』をみて、ホワイト中佐は感嘆の声をあげる。

「素晴らしい。
まさかこれほどのモノとは・・・」

ミストラル級強襲揚陸艦『ディズミュド』。
乗員を失ったその艦は静かにその艦体に錆を浮かせて、停泊していた。
乗員の手配、長年放置されていたことからの整備など、数々の問題が浮き上がっているが、ホワイト中佐の中では崩壊する地球系の都市が脳裏を占めていた。
978: 始末記 2018/06/10(日) 00:02:11 ID:7.L4Yce.O携(149/149)調 AAS
では19話終了。
またいずれ
979
(1): 2018/07/09(月) 19:03:21 ID:dW/xOLCs0(1)調 AAS
日本(地球)諸国の一方的な蹂躙が観たいんであって異世界側とかは蹂躙され続けていて欲しい。ホワイト中佐とか魅了もないから正直さっさと死んで欲しい
980: 2018/08/28(火) 22:48:07 ID:iwmT5/vY0(1)調 AAS
>>979
すいませんがあなたの想像に他の人を巻き込まないでください、迷惑です。
そういう話が読みたいなら自分で書いてくださいね、
全く金も払わないくせに文句だけはうるさいのがいるな。
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スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ

ぬこの手 ぬこTOP 0.063s*