他板に投稿された、興味深い格言の転載スレ 16 (310レス)
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240: 2019/06/03(月)18:07 ID:jQxX6wbN(68/130) AAS

世の中の誰ともうまくやって行けない人は、むしろ「才能」なのだから、
それを伸ばすべきではないか。普遍的に人間が嫌いなら、
懸命に一人で生活できるように努力すればいい。
それだけのことである。こうした生き方が別段劣っているわけではない。
中島義道『人生に生きる価値はない』


私自身のそしてさまざまなタイプの人間嫌いを観察してきた結果、
組織の中で人間嫌いが(比較的)許されるのは、次の場合である。
(1)仕事ができること。(2)勤勉であること。(3)誠実であること。
省38
241: 2019/06/03(月)18:07 ID:jQxX6wbN(69/130) AAS

カミュに「優しい無関心」という言葉があるが、
これを言い換えると他人になるべく期待しないこと。
そして、他人からもなるべく期待されないようにすること。
そうすると、人間関係で「悩む」ことは激減する。
中島義道『生きてるだけでなぜ悪い?』


私は他人によって励まされることがほとんどない。
励まそうという意志はわかるのですが、それは
「いまから嘘八百を並べるけれど、それもあなたを思ってのこと、
省38
242: 2019/06/03(月)18:08 ID:jQxX6wbN(70/130) AAS

あえて「驚く」訓練をすること。
子供のように、いや別の天体からはじめて地球に
やって来た宇宙人のような目で周囲を眺めること。
あるいは、明日処刑される死刑囚のような気持ちで周囲世界を眺めること。
世界は突如光を放ち、汲み尽くせないほどの豊かさに輝くことであろう。
中島義道『生きにくい…』


なんで世界はこんなに矛盾と理不尽と悪に満ちているのだろうと思うと、心は癒されるのだ。
どんなに懸命に生きても、みな死んでしまい、
省36
243: 2019/06/03(月)18:08 ID:jQxX6wbN(71/130) AAS

愛する者は愛される者が自分を支配するような王宮をみずから造りあげた。
そして、その中に主人としての相手と奴隷としての自分を配置した。
だから、じつは愛する者こそが主人なのである。
愛される者は主人というかたちをした奴隷なのである。
中島義道『ひとを愛することができない』


怒れない人は、まず単純に怒りを表出することから訓練しなければなりません。
その怒りが「正しく」なくてもいいのです。だれの賛同を得られなくてもいいのです。
そうした単純な表出に慣れてきてはじめて、しだいに効果的な怒りの表出の仕方が身につく。
省38
244: 2019/06/03(月)18:09 ID:jQxX6wbN(72/130) AAS

すべてが起こるべくして起こったこと、それには何の意図もないこと、
そして、すべての人は死んでしまい、すべてのものは滅んでしまうこと、
このことにも何の意味もないこと、
このことを四六時中考えていると、暗黒を突き抜けて不思議に明るい気持ちになってくる。
中島義道『観念的生活』


ある人を殺したいほど憎いのだったら、
ただちに殺人を実行するのではなく、自分の憎しみと正確に向き合うこと。
その憎しみがどういう構造をしており、どういう原因によって成立し、
省37
245: 2019/06/03(月)18:09 ID:jQxX6wbN(73/130) AAS

みんな、真実を正確に表現することが、いかに平和を乱すかを知っている。
だから、みんなで共謀して真実を見ないようにしているのである。
見ても語らないようにしているのである。
特殊日本的幸福論者は、こうした共同幻想に陥るところにこそ、幸福があると確信している。
中島義道『不幸論』


私は、<いま>死ぬとしても一〇年後に死ぬとしても、
一万年後に死ぬとしても、一億年後に死ぬとしても、たいした違いはない。
なぜなら、そのとき、それまでの世界はすべてあとかたもなく消滅してしまっているのだから。
省40
246: 2019/06/03(月)18:10 ID:jQxX6wbN(74/130) AAS

きみが自分を「才能のない人間」と決めることはそういう自分を選ぶことであり、
自分を「もてない男(女)」と決めることはそういう自分を選ぶことである。
中島義道


自分も相手も傷つかない何らかの解決を見いだす、そんなきれいごとはなかなかないのです。
相手も自分も傷ついて、どうにか難局から這い出すほかはない。
中島義道『怒る技術』


モラリストとは自分が人間の愚かさ醜さから一歩も抜け出てはいないと自覚した者である。
省32
247: 2019/06/03(月)18:10 ID:jQxX6wbN(75/130) AAS

われわれは、過去との関係で現在を捉えるという図式にどっぷり漬かっている。
過去世界の相貌と現在世界との相貌とはまるで違うのに、
それが同一の世界であるかのようにみなしている。
この強引な同一視こそあらゆる「認識」の基本である。
中島義道『時間と自由』


書くことは他人を巻き込んで自分に向かって語ること、
他人の目を通して自分に対して語りかけること、他人に納得させようとするかのような
外見を保ちながら、つまり普遍的問題であるかのようなトリックを駆使しながら、
省41
248: 2019/06/03(月)18:16 ID:jQxX6wbN(76/130) AAS

私が数を背景にした集団行動を嫌う理由は、
集団行動は原理的に醜いから、原理的に不正だから、原理的に悪だからである。
それは一時的な戦術であるにせよ、自分たちは完全に正しいという姿勢をとる。
相手は完全にまちがっているという単純な二元論を演技する。
中島義道『日本人を<半分>降りる』


私の敬愛する森茉莉さんは
「相手の気持ちを考えないって、なんと楽しいのだろうか」と吐露している。
こうした発言はまことに健全です。
省33
249: 2019/06/03(月)18:19 ID:jQxX6wbN(77/130) AAS

幸福を求め賢明に能率的に苦労なしに生きると、時間は短く貧しくなる。
だが、死を見つめ不幸にまみれ苦しさを背負って生きると、
時間は長く豊かになるのである。これこそ人生の妙味ではなかろうか。
中島義道『生きにくい…』


生きているかぎりわれわれは常に現在という時間にいるように、
生きているかぎりわれわれは常に自由なのである。
自由とは生きている実感そのものである。
生きているとは、まだ決着がつかない状況のうちにいるということであり、
省38
250: 2019/06/03(月)18:20 ID:jQxX6wbN(78/130) AAS

過去の出来事が起こったその場所に位置しますと、
空間的な距離はゼロになりますから、時間的距離だけが純粋なかたちで浮かびあがってくる。
それはなぜか言いようのない感銘を与える。
そして、われわれは「過去はどこへ行ったのだ?」と自然に問いかけたくなるのです。
中島義道『時間を哲学する』


欠点こそかけがえのない「その人」をつくっている。
そして、欠点の反対側に長所があるのではなく、欠点とはそのまま長所になりうるものです。
こうした意味で欠点を欠点だと知っていること、欠点に悩むことはすばらしいことなのです。
省35
251: 2019/06/03(月)18:20 ID:jQxX6wbN(79/130) AAS

強者は敵から逃げない。敵が強ければ強いほど、敵をしっかり見定める。
敵との対決こそが人生の醍醐味だからだ。
だが、弱者はあらゆる敵から逃げる。そして、敵のいない世界を望むのである。
中島義道『善人ほど悪い奴はいない』


私が知っているのは他人の死であり、他人の不在である。
それを、自分の死に間違って適用して、恐れているのである。
他人の不在は長さを持つ。恋人にとって、相手の不在が一日か一年かは大きな違いである。
なぜなら、不在はそれを数える人がいるからである。
省36
252
(1): 2019/06/03(月)18:20 ID:jQxX6wbN(80/130) AAS

むしろ、私は世の評論家や教師は、若い人々に
「他人の痛みや気持ちをわかる難しさ」を教えるべきだと思っております。
そこから、自然に他人に干渉しない、
他人を異質なものとして尊重するという態度が養われるからです。
中島義道『哲学の教科書』


われわれが「語る」ことを取りもどすには、
あえて他人を「察する」ことをやめなければならない。
「察する」ことに鈍感にならなければならない。
省36
253: 2019/06/03(月)18:22 ID:jQxX6wbN(81/130) AAS

私はアルバイト以外に一般企業で働いたことは1回もありませんが、
すごくわがままなので、どこの企業でも勤まらないでしょう。
私が日本社会で特に嫌いなのは、
会社というものが家族のように丸抱え式になっていることです。
中島義道『』


きみは他人と対立することが怖い。
だから、自分を押し殺してまでも他人に合わせようとする。自分が傷つかないように。
しかし、それは誠実ではない。ただの自己防衛であり、ずるい功利的な演技だ。
省33
254: 2019/06/03(月)18:22 ID:jQxX6wbN(82/130) AAS

偏食の強い人には一つの宝が与えられる。
それは、一見不寛容の極致にいながら、自分がこれほど微妙かつ理不尽に
マジョリティからずれていることを痛感するがゆえに、
他人の微妙かつ理不尽なマジョリティからのずれを理解する寛容さを
養うことができるということである。
中島義道『偏食的生き方のすすめ』


われわれは、ある人が自分に災いを及ぼしたゆえに憎むこともある。
だが、恐ろしいことに、自分にいかなる実害を加えなくともある人を憎むのである。
省37
255: 2019/06/03(月)18:23 ID:jQxX6wbN(83/130) AAS

どんなに激しく悩んでも、どんなに真剣に思索しても、
どんなに大量の本を読んでも、哲学の扉が開かれるわけではない。
その扉は、厳密で抽象的な概念によってのみ世界を知りうる、
と心の底から確信した人にのみ開かれる。そして、こうした人は驚くほど少ない。
中島義道『人生、しょせん気晴らし』


私の場合、死に対する恐怖とは、
まったくの無になるのが恐ろしいというストレートな感じというより、
ずっと無であったのに、一瞬間だけ存在して、また永遠に無になる、という
省33
256: 2019/06/03(月)18:23 ID:jQxX6wbN(84/130) AAS

馬鹿で鈍感な善人たちは「正しいことを言っただけなのに、殴られた」とか
「冷静に注意したのに、怒鳴られた」と身体を震わせますが、
あなたが正しいと思っていたからこそ殴られたのであり、冷静沈着だからこそ怒鳴られたのです。
なんでこんな簡単なことがわからないのでしょうか。
中島義道『怒る技術』


社会において居心地のいい善人たちは
おうおうにして自分たちが「正しい」と信じている。
それももちろん愚かであるが、とはいえ、
省8
257: 2019/06/03(月)18:24 ID:jQxX6wbN(85/130) AAS

何も決定しないことを決定し、優柔不断でいることを決意し、
成り行きまかせにするということでは断固としており、
変心しやすいという点では頑固であり、全力を挙げて無能であろうとする。
(1930年代の宥和政策を非難して述べた言葉)


勇気はまさに人間に必要な第一の特質である。
これが備われば、他の特質も自然に備わるからだ。


事前にあわてふためいて、あとは悠然と構えている方が、
省22
258: 2019/06/03(月)18:24 ID:jQxX6wbN(86/130) AAS

悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、
楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす。


第二次大戦中の、イギリス首相・ウィンストン=チャーチル卿の演説より。
「断じて屈服するな!断じて屈服してはならぬ!
 断じて、断じて、断じて……事の大小を問わず、
 内容の如何を問わず……己が名誉に賭けての、信念と良識以外には、
 如何なるものにも屈服するな!!」


省25
259: 2019/06/03(月)18:25 ID:jQxX6wbN(87/130) AAS

うしろをふり向く必要はない。あなたの前には、いくらでも道があるのだから。


もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。


思うに希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。
それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。
歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。


むかし景気のよかったものは、復古を主張し、
省6
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