【咲−Saki−】照「春期限定マンゴーパフェ事件」菫「白糸台・春の陣」 (35レス)
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1: 2019/09/28(土)01:39 ID:y2kfcPur0(1/29) AAS
−プロローグ−

 魔が差したのだ。

 そんな言い方をするのは卑怯だと理解しているし、照に悪いとも思う。だとしても、この状況を一言で説明するとしたらこの言葉が適任になってしまう。
 いま、ここの寮の一室には私と照しかいない。鍵は掛けられカーテンも閉ざされている。つまり今後他者の介入はない、ということだ。これまでにも二人きりになることは多々あった。しかし、今までは照に手を出そうだなんて頭の隅に過ることさえなかった。

 照の身体を汗が滴る。照の頬が紅潮しているのがわかる。ああ、自分の心音がドクンドクンと煩い。外に漏れ出ていないといいのだが。
 私は照に信用されて、少し自惚れるなら信頼されていると思う。だからこそ今日ここにいる。そう自負していた。けれどそれも今日までかもしれない。動揺か緊張か、上手く回らない頭でそんなことを考える。いや、今さらそんなことを考えるのも不毛だな。
 思考を切り換えて照の白い体躯に触れんとすると、

「ん……っ」
省5
2: [saga] 2019/09/28(土)01:48 ID:y2kfcPur0(2/29) AAS
 高校三年の一学期初週。その金曜日に私と照は、練習を終えて二人だけとなった麻雀部室でちょっとした話し合いをしていた。主題は「麻雀部の財政難」について。

「駄目。いくら菫の言うことでもそれは認められない」

「わからず屋め。私たちはもう三年だ、見本になるべき最上級生だろ」

 陽も沈む頃合いだろうか、生憎雨のためその様は見えない。会話のトーンも天候と同じく沈重なものだった。

「わからず屋は菫でしょ。これは先代の三年も良しとしてきたこと。三年が見本になるべきものなら、私たちは前の代を見てその伝統を守るべき」
省7
3: [saga] 2019/09/28(土)01:50 ID:y2kfcPur0(3/29) AAS
「食べ放題と表した記憶はないがな。ここに菓子が備えられているのは麻雀に必要な糖分接種だ。それを超える消費量が部費を圧迫するなら削るしかあるまい」

「部費を増やせばいい。後援会の支援も増えてるでしょ」

「簡単に言うな。インハイ優勝した分部員も必要経費も増えてるんだ」

「……」

 照が黙りこくる。納得はしていないという面持ちだがもう一押し。お菓子のことでヒートアップしてはいるが、照は理屈で話せば筋は通してくれる性格だ。
 そう思い口を開こうとすると、部室の扉がキィと小さな音を立てて開いた。そちらに目を向けると、緑がかったショートヘアが視界に入る。
省9
4: [saga] 2019/09/28(土)01:51 ID:y2kfcPur0(4/29) AAS
 流石に人前でさっきまでの話をするわけにもいかない。照のほうをちらりと見ると同じ考えのようで、不服そうな顔は消えて素の表情になっていた。そのことに少しの安堵を覚えながら亦野に提言する。

「そういうことなら私達も手伝おうか」

「いえ、そんなに人数はいませんし私と尭深で事足りると思います」

「そうか、なら任せよう。戸締まりだけ頼んだ」

 後輩の言葉に甘えて荷物をまとめ通学鞄を肩にかけ、尭深に続いて部室に入ってきた一年達とも簡単に挨拶を交わして部室を後にする。テルーもう帰っちゃうのー、などと軽快に言い放つ輩にはどう反応したものかと思ったがそこは亦野が何やら指摘していたので今は任せることにした。
5: [saga] 2019/09/28(土)01:52 ID:y2kfcPur0(5/29) AAS
 通用口までの道のりを歩きだしてからは、私も照もだんまりだった。間が悪く横槍が入った部費の話はなんとなく切り出しづらく、かといって他の話をするのは不自然になる。おそらく照の方も似たようなものだろう。さあどうしたものか。
などと考えていたら、部室と通用口の中間辺で意外にも向こうの方から口を開いてきた。

「別に……顧問の先生から頼まれたわけじゃないんでしょ?」

 主語がないので何の話かと一瞬戸惑ったが、すぐに経費の話だと察して言う。

「ああ言われていない。だから部員が自らやるべきなんだろ」

「……そう」
省12
6: [saga] 2019/09/28(土)01:53 ID:y2kfcPur0(6/29) AAS
「いい……って、どうするんだ。実際に傘はないんだろ」

「走って帰る」

「なぜわざわざそんなことを、遠慮するな」

「いい。寄りたいところもあるし、菫は一人で帰って」

「あっ! おい、照!」
省3
7: [saga] 2019/09/28(土)01:54 ID:y2kfcPur0(7/29) AAS
 ところが翌日、そんな私の思惑は大きく外れることとなった。土曜の午前九時から正午まで行われた練習の中で、私と照の交わしたやり取りは朝一番での「おはよう」の一言だけだったのだ。さらに言うなら、私の呼び掛けに対する照の反応は心なしかいつもより鈍い気さえした。
 予想外だ。完全に読み違えた。こんなことならば昨日のうちにしっかりと話をつけておくべきだった。一晩経ってこれとなるとより一層気が引けてくる。

「はぁ……」

 しかしここで行動を先延ばしにしてもなにも何も好転はしない。個人間の問題なのでひとまずは練習に集中し、部活が終わったら直ぐにでも照を捕まえるとしよう。
 などという部長としての節度を守らんとする私の算段は、不本意ながらまたしても空振りとなる。

部活動が終わったときには既に照の姿は見当たらなかった。今はほぼ二、三年しかいないとはいえ、それでも百人近くの部員が部活だ。探すより聞いた方が早いだろう。そう思い近くの三年に適当に聞いて回るも目ぼしい情報は得られず、次で最後にしようと近くに尭深を見かけて訊ねる。

「お疲れ様、尭深。少し聞きたいんだが照のやつを見なかったか?」
省12
8: [saga] 2019/09/28(土)01:55 ID:y2kfcPur0(8/29) AAS
 さて、照にメールを送ってから十時間が過ぎた。過ぎたわけだが……返信は未だ来ていなかった。

 別に、メールというのはそんなに返事を急ぐものではない。急ぎの用なら電話でいいし、逆にメールのメリットは字として残ることでタイムラグを取り除き、またいつでも確認出来ることだろう。実際二時くらいまではなんとも思わなかったし、夕方六時になって返信が来なかったときはちゃんと寝ているんだろうと胸を撫で下ろした。しかし十時間。これだけあればそろそろ返事の一つくらい寄越してもいいはずだ。
 携帯電話を紛失したか、そうでなければやはり昨日のことでまだ……。
 まず風邪で早退するならば私にも一言かけてくれてもいいんじゃないだろうか。そうだ、これでも私は部長なのだから。そんなことを考えながらなかなか終わらない宿題をこなすと、気付けば時計の短針は頂点を指していた。
 ……やめだ。考えても仕方ないと断じてさっさと寝ることにする。

 そして翌朝。いつもよりも寝るのが遅かったからか毎日六時半にセットしているアラームの音は聞こえず、目が覚めたときには既に八時を回っていた。
 はっきりとしない意識を顔に水を浴びせて洗い流し、トースターにパンを二枚差し込む。ミルクを注ぎ温めようとするがブレーカーの都合でトーストを待つことにして、その間手持ち無沙汰となったので、まあ何の気なしにと携帯電話の画面を見る。するとメールが一通来ていた。届いたのは午前六時十一分、差し出し人は宮永照。件名は「Re:」のみ。

「なんだ、変な時間に」

 ぼやきながら本文を開く。
省2
9: [saga] 2019/09/28(土)01:56 ID:y2kfcPur0(9/29) AAS
 朝食を簡単に済ませて薬局に寄る。ついでに近場のコンビニで500㎖のポカリスエットとヨーグルトを買って袋ごと鞄にしまう。ヨーグルトは普通に買うと250円ほどしそうなサイズのものを買ったが、パッケージによるとコンビニのPB商品らしく実際には150円ほどで済んだ。
 学生生活も三年目の春だ。寮生活にも慣れたのかようやく節約癖がついてきたなどとぼんやり考えながら歩みを進めて、照の寮に着いたのは九時頃だった。

 私の借りている寮とは間取りが違うが既に何度も来ているので勝手はわかる。照の住む寮は全室キッチン付きワンルームで、どちらかというとアパートに近い。希望すれば朝食夕食共に共有の食堂で用意されるため、寮と呼ぶならば確かに寮なのだが。
 部屋に着き、チャイムを鳴らす。聞き馴染んだピンポーンという音が微かにして十秒足らずで扉が開かれた。

「菫、おはよ……」

 中から現れた照の第一声は昨日以上に重いトーンだった。マスクも重なりそのボリュームはかなり小さい。

「おはよう、体調はどうだ」
省17
10: [saga] 2019/09/28(土)01:58 ID:y2kfcPur0(10/29) AAS
 仮に晩までいたとしても小説一冊は読み終わらない、そう思って選んだのは全六編からなる海外の短編集。
 一編目を読み終えると、そういえばコンビニで買ったものを鞄に入れたままだったと思い出す。レジ袋をそのままに品だけ鞄から取り出して冷蔵庫に入れたその瞬間、チャイム音が来訪者の存在を告げた。
 家主の代わりに扉をあけると、そこには金色の長髪を毛先だけカールさせた少女が立っていた。

「テル―! 買ってきたよー……ってあれ?」

 素っ頓狂な声をその少女がこぼす。

「大星か」

「……? あ、部長の人だ。なんでここに?」
省19
11: [saga] 2019/09/28(土)01:59 ID:y2kfcPur0(11/29) AAS
 一応は生モノを使っているからだろう、パフェの蓋には消費期限が今日と指定されている。照は今、風邪を引いているんだ。「食べたら戻す」と言っていたので胃腸の調子も芳しくないように思える。冷たいものは体に毒かもしれない、そのことは照もわかっているはずだ。
だが諸々差し引いてもおそらく照はこれを欲する。わざわざ後輩に使いっ走りを頼むほどなのだし、それに照がこれを口にしないというのは買いに行ってくれた大星にも悪いだろう。どうしたものか。
……。

 数秒考えて、結論を出す。よし! 片方だけ食べて片づけることにしよう。
 両方食べたらまず間違いなく照の神経を逆撫でるだろうから止すにしても、病人である以上どのみち過量接種は良くない。これは照のためでもあるわけだし、ぶつくさ言うならカウンターをお見舞いしてやる。
 そうだ、仮にも私達は菓子のことで衝突中だったではないか。
 決意が定まればアイスの部分が溶ける前にと、私はメロンのほうを手に取る。もう片方を選ばなかったのは何となくマンゴーのほうが珍しいと思ったからだ。そちらは備え付けのスプーンと一緒に冷凍庫に立てておく。見かけの印象よりカップの高さがあって冷凍庫が閉まらず、即席のグラタンやら水の入った300㎖のペットボトルやらを横に寝かせて冷凍庫側面に押しやる形になった。
 食べた感想としては……まあ旨いが、限定と付くほどの何かは私には見出せなかった。食通ならわかるのだろうか。そんなことを考えながらさっさと平らげ、スプーンごとカップに蓋をして本棚横の屑籠に放り込む。
12: [saga] 2019/09/28(土)02:00 ID:y2kfcPur0(12/29) AAS
 私が小説を再度読み進めて、十五分ほど経った頃二人目の来訪者が訪れた。

「おはようございます。弘世先輩も来ていたんですね」

 扉を開けて第一声、少し驚きながらも律義にそう告げたのは渋谷尭深。肩からトートバッグをかけて、手には大きめの紙袋を持っている。

「二時間ほど前にな。尭深も見舞いか」

「はい、私も監督から聞いていましたから」
省11
13: [saga] 2019/09/28(土)02:01 ID:y2kfcPur0(13/29) AAS
 三人目の来訪者がチャイムを鳴らしたのは尭深が帰って一時間ほど後、そろそろ昼食時だろうという時間帯だった。ミントブルーのショートヘア―、亦野誠子だ。

「弘世先輩こんにちは」

「亦野?」

 どうしてここに? という安直な疑問は口には出さなかったが、亦野の背後からひょこりと現れた顔がその答えを物語る。

「弘世部長オヒサシブリです!」
省19
14: [saga] 2019/09/28(土)02:02 ID:y2kfcPur0(14/29) AAS
 水で石鹸の泡を洗い流しハンカチで拭きながら三人の元に戻る。すると、開口一番に亦野が主旨の掴めない発言をした。

「あ、おかえりなさい。……ほら大星、だから言ったろ」

 この一室から出たわけではないので、ただいまと言うのはなんだかしっくり来ない。二言目の意味も図るべく私は何も返さず大星の反応を待つ。

「んー。弘世部長、意外と戻ってくるの遅かったですね」

「こら違うだろ。お前がもうちょっと待てば良かったんだ」
省29
15: [saga] 2019/09/28(土)02:02 ID:y2kfcPur0(15/29) AAS
 今から一年前、私は新学期を転機として宇野沢先輩に提案をした。

『照にパンケーキを作るのを控えませんか?』

 理由はもちろん今年と同じ、ただしその方法が異なっていた。部長という立場になく、照に直接言ってもその首が縦に振られることはないだろうと考えた私は、照に秘密でその提案を行ったのだ。部費やら健康面やらの話をしたら先輩はすんなりと承諾してくれた。
 これで問題は解決する。そんな私の算段は、今にして思えば浅はか極まりないものだった。

 パンケーキを封印して三日目にその現象は表れた。照が、卓を囲んだものを悉く飛ばしたのだ。一回ではない、全ての半荘で。部員だけでない、仮入部の一年まで。恐らく無意識だったんだと思う。照の目はどこか虚ろで隈をつくり、纏う雰囲気に一切の丸みは感じられなかった。
 腕に覚えのある一年も多かったろう、照の強さに憧れて訪れた者もいたかもしれない。それら全てが意気消沈させられていた。修羅の如き照のそれは翌日も続き、さらに翌日も止まることはなかった。
 このままでは新入部員の心を折りかねない。そう判断した私は宇野沢先輩に頭を下げて再度パンケーキを作ってもらう。かくしてこの一件はなんとか鎮火され、麻雀部には「照のお菓子に手を出してはならない」という暗黙の了解が広まった。

 もしあの感情が……照の日常が崩れたことで全方位に向いた狂気が、一点に向いてしまったらどうなるのか。……あまり考えたくはないな。
16: [saga] 2019/09/28(土)02:04 ID:y2kfcPur0(16/29) AAS
 さあ、それより今はこの場をどうするかだろう。亦野と大星を帰らせた今、この一室には私と照しかいない。
 目的は大星が照のアイスパフェを食べたのを隠すこと、そのためにまず部屋を見渡す。鍵は掛けられカーテンも閉ざされている。つまり今後他者の介入はない、ということだ。これまでにも二人きりになったことはあるが、こんな状況は初めてだ。今から私は、一人で隠蔽工作を行わなければならない。
 照はあれでいて切れ者だ、中途半端な隠蔽ではすぐさまバレるだろう。

 部屋に入ったときも抱いた質素な景観という印象は変わらない。変わった点があるとすれば大星や尭深や亦野、加えて自分自身が訪れたことによるものだ。その中から特に、パフェの関わった部分に注意を向ける。
 大星から受け取った後のパフェの移動経路を考えても、主なポイントは三点だろう。一つは私がパフェを締まった冷凍庫。一つはパフェを食べるときに卓として使われた勉強机。そしてもう一つはパフェのカップと、それを入れていた紙の箱が捨てられている屑籠だ。

 手始めに私は屑籠に目を向ける。鼻をかんだとおぼしき大量のティッシュと亦野の持ってきたレジ袋、その上に堂々とカップと折り畳まれた紙箱が乗っている。
 これを照に見られたら一発でアウトだ。最優先で隠滅するべきそれらを、私の鞄の中にあるレジ袋に押し込む。箱のほうはそのままでは上手く入らなかったため、二つ折りの状態からさらに半分に折り畳んだ。

 よりいっそうの安全を求めるならば外のどこかに捨てに行ったほうがいいのだろう。探せば寮内にも屑籠はあるだろうし、マナー違反だがコンビニに行くという手もある。しかし寝ている家主を余所に鍵も掛けずに離れるわけにはいかないし、それにいつ照が起きるかわからないんだ。もし私が離れた数分に照が起きたとしたらその状況はあまりに危険だ。
余裕が出来れば後から試みるがひとまず後回しとして、次に私は机を見た。
17: [saga] 2019/09/28(土)02:05 ID:y2kfcPur0(17/29) AAS
 一時的にカップを置かれただけの机には、屑籠のようにパフェの存在を示すものは無いとは思うが念のためだ。それにどちらかと言うと、私はそれを示唆するものがあってほしいと考えていた。
 照の机は白色のプラスチック製で、椅子に座った場合の左奥に照明が設置されている以外は殺風景だ。そこにペン立てと、黒のブックエンドで支えられた教科書が数冊並んでいるが他には何も乗っていない。

 ……いや、ある。よく見なければ気付かないが机の中央手前に、微かに水滴の円がまばらにいくつか形成されている。大きさからして冷えたカップにより出来たものだ。照の枕元に置かれているティッシュを一枚引き出し、一応その水滴を拭き取った。

 見つかって良かった。照の目に止まる前に、というよりはそれがあって良かったという気持ちが強い。ここで " 大星がパフェを食べた " という証明になるからだ。私がそれを食べてから一時間半は経過している。それだけあれば水滴は消えているはずなのでこれは大星によるものだ。

 ついさっき「パフェの経路は三点」と断じたのは、あくまで私のわかる範囲の話。大星が別の場所でも食していた場合どこかに溶けたアイスの粒が垂れていることも有り得たわけだが、しかしこれでその線もまずないと思っていい。望みのものがあったことに胸を撫で下ろして、机の周りにアイスが垂れていないか一通り確認してから三つ目のポイントの前に足を運ぶ。
18: [saga] 2019/09/28(土)02:06 ID:y2kfcPur0(18/29) AAS
 冷凍庫、もしかしたらここが一番厄介かもしれない。机と同じくパフェの存在を直接示すものは残っていないが間接的にそれを示すものはある。配置の変わった冷凍の品々、これら全てが指し示すのは「冷凍庫が使用された」ということだ。照が元の配置を覚えているかはわからないが甘く見積もるのは危うい。照は普段からこの冷凍庫を使っているわけだし、中身が菓子ならなおさら覚えている可能性は高くなる。

 これに対して私の取るべき対応は至ってシンプルだろう、元の配置に戻してしまえばいい。幸い冷凍庫の中身は少ないため元の状態を覚えている。
 白のプラスチック容器にラップで包装された豚肉推定300g、冷凍食品のグラタン四人前、氷の詰まった300㎖のペットボトル、二つに折れるチューブ状のアイスキャンディー15本ほど、手のひらに収まるくらいの紙容器のラクトアイス(バニラが一つ、チョコが二つ)。

 パフェを入れるために冷凍庫中央のスペースを空けるように広げたそれらを、私は記憶を辿りながら元に戻した。

 これで元通りのはずだ。一度冷凍庫を閉じ数秒待って意識をリセットして、再度開いて確認する。うん、完璧だ。間違い探しをするならば一点だけ異なる点はあるがこれは問題にはならない。ペットボトルの中の水が凍っているという、起きて然るべき変化だからだ。完璧だ。私は満足して冷凍庫を閉じる。

 ……待て、本当にそうか? 拭えない違和感に逆らえず、三たび冷凍庫を開ける。そして、気付いた。……気付けてしまった。
ペットボトルの中の氷、その " 側面に空洞がある " ではないか!
省2
19: [saga] 2019/09/28(土)02:08 ID:y2kfcPur0(19/29) AAS
 まず思い付くのは一度溶かして、縦向きの状態で凍らせることだ。しかしこれは現実的ではない。時間がかかりすぎる。例えばコンロでお湯を沸かしてそこにつければ多少は時短して溶かせるかもしれないが……照が眠りについて約三時間、いつ目を覚ますかも定かではない。その状況で、湯を沸かし、氷をある程度溶かし、再度冷凍庫に入れて凍らせる。少なく見積もっても三十分はかかる。

 それを照に見られたら間違いなく何をしているのか訊ねられる。冷凍庫に入れた後でも凍っていないペットボトルを見れば不自然に思うだろう。そして私は、残念ながらそれに対する言い逃れは思い付かない。なのでこのやり口はあまり取りたくはない。
 仕方ないので私は別の手を使うことにする。多少強引で、ともすればちゃぶ台を返す行為だが時間は格段に短くて済む。

 そうと決まれば即実行、私は冷蔵庫を開けた。そして照が飲んでいいと言っていたオレンジジュース、1 ℓ のボトルに二割ほど残っていたそれをコップに注ぎ飲み干した。
 さらにそこに、水道水を九割目くらいまで注ぎ込んで冷凍庫に押し込む。これでよし、冷凍庫内部の配置を戻す行為は無駄に終わったが、これならば「大きめの氷枕を作ろうとした」という大義名分で冷凍庫内の配置は問題でなくなる。必然的に300㎖ボトルが縦だろうが横だろうがおかしくないわけだ。

 最初に定めた三点にひとまず目を通したことに満足して、念のため再度床を見ておくかと部屋をうろつき本棚辺りまで戻ったそのときだった。

「う……ん」
省3
20: [saga] 2019/09/28(土)02:11 ID:y2kfcPur0(20/29) AAS
 まるで天から見られていたかのようなタイミングだ。なんて、誰に向けるでもないがこの偶然に感謝の意を抱く。
 もっともこの偶然があと数分早くても同じ言葉を浮かべていただろうし、その場合に抱くのは感謝とは異なるものだったと思うので我ながら人間らしい。

「今何時?」

 まだ眠気が残っているのか、照が眉間を押さえながら訊ねる。寝る前より声の通りがいい。

「十二時半くらいだな。体調はどうだ?」

「火照ってる感じはあるけどさっきよりはだいぶ楽かも。汗かいたからかな、喉がカラカラ」
省20
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