母の飼い主 1 (204レス)
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1: 悦司 2013/10/10(木)23:46 AAS
「じゃあ、そろそろ行くから」
 そう母に告げて、僕はボストンバッグを抱えた。
 母は玄関まで見送りに出た。もともと寂しげな面立ちなのだが、その日の母はいつもよ
り気持ちが沈んでいるようで、内心の陰りが表情にあらわれていた。線の細い身体が普段
にもまして細く見えた。
「気をつけてね。何度も言うけれど、ひとり暮らしだからといって、不規則な生活をした
ら駄目。食事だけはきちんと取って」
「わかってるよ」と僕は言った。「母さんだって、ひとり暮らしは初めてだろう? 息子
としては心配で、心配で。食事だけはきちんと食べなよ」
 わざと冗談めかしたような口調で言ったのだが、あいにくと母はジョークの分かる性格
省18
2: 母の飼い主 2 2013/10/11(金)02:06 AAS
 東京での新生活が始まった。

 最初のうち、母からは三日おきくらいに電話があった。
「ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ」
「どうせスーパーで買ったお惣菜とか、コンビニの弁当ばかりなんでしょう」
「夜はね。昼は学食か、牛丼屋が多いな。男の学生なんてそんなものだよ」
「野菜も食べなくちゃ駄目。せめて野菜ジュースくらいは買って毎日飲みなさい」
 僕は僕で、家にひとりきりでいる母が寂しい想いをしていないか気がかりだった。電話がかかってきたときは、近況をあれこれ尋ねたりした。もっとも、母は人ごみが嫌いな女で、したがって外を出歩くこともあまりなく、世間一般の女性と比べて変化の少ない日常を送っていたから、これといった話の種があることは少なかった。
 だが、ある日、母が電話口で「きょうはひさしぶりにおどろくようなことがあったわ」と言った。さも、大ニュースがあるというふうな口調で。
「何があったの?」
省11
3: 母の飼い主 3 2013/10/11(金)02:06 AAS
「洋治さんと会ったのは、お父さんのお葬式以来ね。長かった髪を短くしていたから、最初は誰だか分からなかったわ」と母は言った。
「あの人、いま何してるの?」
「なんでも、隣町でお店を経営しているらしいの。カウンターでお酒を飲む店……何と言うのだったかしら?」
「バー」
「そう、バーね」
「よく、店を開くお金があったね」いつも素寒貧だったくせに、と心の中で僕は付け加えた。
「なんだか、雰囲気がかわって、昔よりも落ち着いていたわよ。『お義姉さんにはあれだけお世話になりながら、すっかりご無沙汰してしまって…』なんて、ずいぶん恐縮していたわ」と母は言った。「もちろん、バーなんて商売は感心できないけど…」
 お嬢さん育ちである母は、水商売=感心できない商売という、抜きがたい偏見をもっていた。それでも、
「洋治さんは洋治さんなりに頑張っているみたいね。見直しちゃったわ」
 と言ったところをみると、その日再会した義弟の態度がよほどお気に召したらしかった。
省13
4: 2013/10/11(金)04:17 AAS
母の人となりが、導入でしっかりと書き込まれているのが良いですね。
期待しています、頑張ってください。
5: 母の飼い主 4 2013/10/11(金)17:55 AAS
 バイトやサークル活動で忙しく日々を送っていた僕がはじめて帰省したのは、その年の9月のことだった。

「お帰りなさい」
 ひさしぶりにわが家のドアを開けると、以前と同じように、母が笑顔で出迎えてくれた。
「思ったよりも元気そうね。安心したわ」
「まあね」
 と適当な返事をしながらも、僕はひさしぶりに見る母の姿に、何とはなしの違和感を覚えていた。しばらくして、その正体に気づいた。
「ひょっとしたら母さん、すこし太ったんじゃない?」
 そうなのだ。母は昔から痩せ型で、肩から腰にかけての線など頼りないほどだった(それゆえ、着物を着ると、日本画の美人のような趣があった)。けれども、このとき、半年ぶりに目にした母は、以前よりもふくよかになったように見えた。心なしか、肌の色艶もよくなったようだ。
「あら、やっぱり分かる?」
 母は両手で頬をおさえて、すこし羞ずかしそうな顔をした。
省22
6: 母の飼い主 5 2013/10/11(金)17:59 AAS
 帰省していた間――それは三日間という短い期間だったが――には、ほかにもいくつか妙なことがあった。

 到着した日の翌日、僕は地元の友だちとひさしぶりに会った。昼をすぎてから家へ帰ると、母は買い物にでも出かけたのか、留守だった。
 居間でごろごろとテレビを眺めていると、やがて腹がすいてきた。
 ラーメンでもつくろう。
 そう思って台所をあさっていたら、戸棚にふしぎなものを見つけた。

 陶器製の灰皿だ。

 どうしてこんなものがあるのだろう――。
 僕は首をひねった。死んだ父は喫煙者ではなかったから、これまでにわが家で灰皿を見た覚えはなかった。
 もしや、母が煙草を吸うようになったのか――とはまったく考えなかった。お嬢様育ちの母はいろいろと偏見の多い女性なのだが、そのうちのひとつに「煙草を吸う人間=ろくな奴ではない」というものがあった。
『たとえどんなにお金持ちでも、どんなに顔がよくても、わたしは煙草を吸う男性を絶対好きになれないわ』
省18
7: 母の飼い主 6 2013/10/11(金)18:05 AAS
 最後に妙な出来事があったのは、僕が東京へ戻る日の、前日の晩だった。

 明日からはまた母と離ればなれの生活だ。僕はそのことを思って、すこしばかり感傷的な気持ちだったのだが、母はといえば、どこかようすがおかしかった。心ここにあらずというのだろうか。夕食を食べながら僕と話しているときも、何か別のことに気を取られているようで、会話がうまく噛み合わなかった。
 そして夜十時をすぎたころ、突然、母の携帯が鳴った。母はあわてたようすで、携帯を手に取った。
 なんだろう、こんな時間に。
 僕は思わず聞き耳を立てたが、母は足早に別室へ行き、そこで電話を取ったので、会話の中身を聞き取ることはできなかった。

 やがて、母が戻ってきた。いくぶん沈んだような顔色で、すまなさそうにこう言った。
「ごめんなさい。ちょっと今から外へ出てくるわ」
 僕はおどろいた。
「もう十時すぎだよ。こんな時間に何の用事なの?」
「あのね、ボランティアでお友だちになった方――もう八十すぎのお婆さんなんだけど――が、突然具合わるくなったっていうの。それで、申し訳ないけど家に来てもらえないかって。その方、ひとり暮らしで、頼れる身寄りもいないの」
省31
8: 母の飼い主 7 2013/10/11(金)22:56 AAS
 さて、翌朝のことである。

 眠れない夜をすごした僕が、ベッドから出て台所へいくと、そこではエプロンをつけた母があわただしく朝食をつくっていた。まったくいつもどおりの光景である。
「おはよう」と母はやさしい口調で言った。「昨日はごめんね。せっかく、こっちにいる最後の晩だったのに…」
「いいよ、べつに」
 僕は短くこたえて、テーブルの椅子に座り、新聞を読むふりをした。頭の中では、前夜の出来事がちらついていた。
 
 客観的に見て、母はうつくしい女性だと思う。
 切れの深い大きな目、すっきりした鼻、形のよい唇、さらりとした長い黒髪――。母が「美人」であることは、僕にとってひそかな自慢の種だった。
 とはいえ、「美人」とは思っても、母がひとりの「女」であるという、考えてみれば当然の事実を、僕は今まで認識したことはなかった。昨夜、玄関口に立った母のすがたを見るまでは。
 あのとき、母は高熱で火照ったような顔をしていた。それがいかにも妖しかった。凄艶という形容がぴったりくるほどに。
省34
9: 2013/10/11(金)23:22 AAS
むう。なかなか緊迫感のある文章ですね。どきどき。
10: 2013/10/12(土)05:52 AAS
続きを是非お願いします。
11: 2013/10/12(土)22:21 AAS
楽しんで 読ませてもらっています。 がんばってください!
12: 母の飼い主 8 2013/10/13(日)05:36 AAS
 実家から戻って一ヶ月あまりの間、僕は悶々と日々をすごした。

 四月に再会して以来、母は洋治さんに会っていないという。
 だが、あの日僕が拾った「バー『黒鴉』」のマッチ箱は、母と洋治さんの間に何らかの接触があることを裏付けていた。
 なぜ嘘をついてまで、母はそのことを僕に隠そうとしているのか?

 ふつうに考えるなら、隠そうとするのはそこに後ろ暗いものがあるからだ。
 すくなくとも息子の僕には知られたくない関係――そんな関係が、母と洋治さんにあるとしたら――。

 洋治さんのことを考える。僕の叔父であり、母にとっては義弟にあたる人。
 中学一年の夏、父の葬式で顔をあわせて以来、僕はかれこれ六年ほど洋治さんを見ていない。それ以前だって、頻繁に会っていたわけでもない。洋治さんがわが家を訪れたのは数年に一度、よほど金に困って父に頼みに来る場合にかぎられていたし、その際も、僕はなるべく叔父と対面しないですむように逃げまわっていた。

 僕は洋治さんが怖かったのだ。ヤンキー風の外見に恐れをなしたということもあるが、それ以上に彼の目が苦手だった。神妙な態度で父の説教を聞いているときも、気安い調子で『よう、元気にしてたか?』と僕に話しかけてくるときも、洋治さんの目はつねにかわらず、相手のことを探るように観察し、隙あらば飛びかかって喉元を食いちぎるような獰猛さを漂わせていた。子どもなりの敏感さで僕はそれを感じ取り、背筋が粟立つような恐怖を覚えていたのである。
省13
13: 母の飼い主 9 2013/10/13(日)05:39 AAS
 そして次の週末、僕は『黒鴉』のドアをくぐった。

 『黒鴉』は想像していたよりも小さなバーだった。
 カウンターのほかには、テーブルがふたつだけ。奥のほうにはカラオケを歌うお客のためのステージらしきものがある。内装は極めてシンプルで、全体の色調は暗いブルーに統一されていた。

 カウンターの中に洋治さんがいた。

 かつての長髪をばっさりと切り、整髪剤で短く固めた髪型に、バーテンダーらしく白シャツと黒のベストを着込んでいる。遊び人らしい雰囲気はすっかりなくなっていたが、どこか野性的な凄みを感じさせる目は昔のままだった。
 その目で僕を見つめた洋治さんは、しかし愛想よく、
「いらっしゃい。これはまたずいぶんお若いお客さんですね」
 と錆びのある声で言った。

 想定外の事態だった。洋治さんは、僕が甥であることに気づいていないらしい。
 考えてみれば、最後に会ったのは僕がまだ十二歳の頃で、あれから六年もの月日がたっている。その間に僕は成長期を迎え、身長が三十センチも伸び、声変わりをして、さらには眼鏡をコンタクトに変えた。そもそも、子どものときに会った回数だって数えるほどなのだから、洋治さんが気づかなくても無理はない。
省28
14: 母の飼い主 10 2013/10/13(日)05:41 AAS
 そんな僕の動揺にもちろん気づかず、太った男は得々と話をつづける。

「一時間もした頃かな。本当に女はあらわれた。あのときはたまげたね。なにしろ、びっくりするようないい女だった。四十近くの年増だが、綺麗で、清楚で、品があって、いかにも上流家庭の奥さんという感じなんだな」
 太った男はそこで興奮をしずめるように、一度グラスに口をつけると、また滑らかにしゃべり始めた。
「女は戸惑っているようすだった。見も知らぬおれや、おれの友だちがいるんだから、それも当然だわな。だが、マスターに何か囁かれると、女はしおしおと店の中に入ってきて、か細い声で『はじめまして。フユコと申します』と挨拶した」

 そのとき――
 僕は落雷を浴びたような衝撃に打たれた。

 母の名前は――冬子だった。

「いろいろ訊いてみると、おれが睨んだとおり、そのフユコという女はイイトコの奥さんだったが、早くに夫を亡くして未亡人生活をつづけているらしい。――まあ、男日照りだったわけだな。それをこのわるいマスターにつけこまれたってわけだ」
「あいかわらず、ひどい言い草ですな」
 洋治さんは布巾でグラスを拭きながら、悠々とした口調で応じた。
省20
15: 悦司 2013/10/13(日)05:42 AAS
 コメくださった方、ありがとう。
 需要あるかぎりですが、まだまだつづきます。
 感想・要望等あればぜひ。
16: SIN 2013/10/13(日)16:45 AAS
これからの展開凄く楽しみです。お母さんの変化に期待してます
17: 2013/10/13(日)23:50 AAS
楽しんで 読ませてもらっています。 がんばってください!
18: 2013/10/14(月)14:34 AAS
楽しんで読んでいます。
執筆がんばってください
母親が、着付けの先生という設定なので良かったら着物姿の緊縛プレイを・・・
着衣緊縛って燃えませんか?
19: 母の飼い主 11 2013/10/15(火)02:32 AAS
「で、それからどうしたんですか? つづきを教えてくださいよ」
 眼鏡の男が興味津々といった口調で訊く。

 太った男はもったいぶった態度で「わかったわかった」と言い、先をつづけた。
「女がようやく一曲うたいおわると、おれと友だちはやんやと拍手喝采して、グッタリとした女をカウンター席まで引っ張ってきた。いい忘れたが、その夜の客はおれたちだけでね」
「つくづく流行らない店ですね」と洋治さんが他人ごとのようにつぶやく。
「いやいや、すばらしい店だよ、マスター。それにあの夜は、女が来た時点で店じまいの看板を出したんだろう?」
「まあ、さすがに誰がやって来るか分からない状況はこちらも心配ですからね」と洋治さんは苦笑した。「もしかしたら、警察関係のお客が偶然ぶらりと来店するかもしれないし。そんなとき、素っ裸の冬子がカウンターに座っていて、両側の男性客からイタズラされてたんじゃ、言い訳のしようがない」
「イタズラしたんですか!」と眼鏡。
「しないでいられるかい。なにしろ、あんなに扇情的な裸踊りを見たあとだぜ。――それになぁ、カウンターに座って間近に見ると、これがますますイイ女なのよ。顔も綺麗だが、身体もいい。スレンダーなのに出るところはちゃんと出ていて、おっぱいなんか、体つきからすると不似合いなほど大きかったもんなあ」
「それには理由があるんですよ」と洋治さんが言った。「もともと冬子は痩せ型の女でしてね。わたしの好みからすると、少々痩せすぎなくらいでした。それで、一ヶ月以内に五キロ太るように命じたんです。もしも五キロ増量できなかったら、きついお仕置きをするという約束でね」
省13
20: 悦司 2013/10/15(火)02:35 AAS
 コメントありがとう。
 18さん、着物緊縛プレイはいいですね。検討してみます。
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