[過去ログ] 末法燈明記の作者は最澄か? (1002レス)
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12: 2017/11/15(水)09:46 ID:xTt7t/Psg(12/33) AAS
阿頼耶識
唯識思想により立てられた心の深層部分の名称であり、大乗仏教を支える根本思想である。眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識の8つの識のうち第8番目で、人間存在の根本にある識であると考えられている。
天台宗では阿摩羅識を加えて九識、真言宗ではさらに乾栗陀耶識を加えて十識とする。
ある人の阿頼耶識は、蔵している種子から対象世界の諸現象<現行(げんぎょう)法>を生じる。
またそうして生じた諸現象は、またその人の阿頼耶識に印象<熏習(くんじゅう)>を与えて種子を形成し、刹那に生滅しつつ持続(相続)する。
この識は個人存在の中心として多様な機能を具えているが、その機能に応じて他にもさまざまな名称で呼ばれる。諸法の種子を内蔵している点からは「一切種子識」、
過去の業の果報<異熟(いじゅく)>として生じた点からは「異熟識」、他の諸識の生ずる基である点からは「根本識」(m?la-vijñ?na)、身心の機官を維持する点からは「阿陀那識」、天台宗では末那識の別名)と呼ばれる。
心に積集、集起の2つの義があって、阿頼耶識は諸法の種子を集め、諸法を生起するので、心という。
阿摩羅識(あまらしき、梵:amala-vijñ?na、菴摩羅識とも)は、大乗仏教の論の一つ。
唯識思想(法相宗)では、八識を説く。 すべては阿頼耶識より縁起するとし、主に迷いの世界であるが悟りも阿頼耶識より生じるとする。 一方、心は本来清浄であるとする如来蔵思想があった。
省4
13: 2017/11/15(水)09:54 ID:xTt7t/Psg(13/33) AAS
乾栗陀耶識けんりつだやしき
確かに悪念は末那識から出るものですが、阿頼耶識はその悪念を経験として蓄積し、汚れる可能性があります。ならば、悪念のない無垢な阿頼耶識、というものがありうるはず。天台宗や華厳宗では、それを阿摩羅識という第九識とします。別名「仏性」と呼ばれるものです。
さらに真言宗では、個々人の仏性の奥にある真の根源として、第十識すなわち乾栗陀耶識を立てます。
@京都板じゃないよ:2017/10/29(日) 04:36:45.55 ID:Uz6a/Zgzk[2/3]
滅尽定(nirodha-sam?patti)では、有頂天にもとづき心と心所法は決められた間において止滅する。
大般涅槃経では、釈迦は入滅にさいして第一禅定と想受滅のあいだを上下し、第四禅定から出定したのち般涅槃に入ったとされている。
滅尽定は煩悩を滅して心を完全に清らかにした阿羅漢でなければできない禅定
生飯偈(さばげ)
偈文
省8
14: 2017/11/15(水)10:01 ID:xTt7t/Psg(14/33) AAS
懴悔文(さんげもん)
我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞう しょあくごう)
皆由無始貪瞋痴(かいゆうむし とんじんち)
従身語意之所生(じゅうしんごい ししょしょう)
一切我今皆懴悔(いっさいがこん かいさんげ)
五大願(ごだいがん)
衆生無邊誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
省14
15: 2017/11/15(水)10:41 ID:xTt7t/Psg(15/33) AAS
歸命毘盧遮那佛 みょう びるしゃな
無染無着眞理趣 むうぜえん
生生値遇無相ヘ しょううじょうう
世世持誦不忘念 せえせえい
弘法大師 摶@樂
こうぼうだいし ぞうほうらく
大樂金剛 不空眞實 三摩耶經 般若波羅蜜多理趣品
たいらきんこう ふこしんじ さんまやけい
大興善寺三藏沙門大廣智不空奉詔譯
全文
省1
16: 2017/11/15(水)10:44 ID:xTt7t/Psg(16/33) AAS
AA省
17: 2017/11/15(水)10:58 ID:xTt7t/Psg(17/33) AAS
金剛手 若有聞此 本初 般若理趣
きんこうしゅ じゃくゆうぶんし ほんそ ふぁんじゃりしゅ
日日晨朝 或誦或聽 彼獲一切 安樂ス意
じつじしちょう こくしょうこくてい ひかきいっせい あんらくえっち
大樂金剛 不空三昧 究竟悉地
たいらきんこう ふこうさんまい きゅうけいしっち
現世 獲得一切 法自在ス樂
けんせい くぁきとくいっせい ほうしさいえらく
以十六大菩薩生 得於如來 執金剛位
いしゅうりくたいほさっせい とくよじょらい しゅうきんこうい
省6
18: 2017/11/15(水)11:00 ID:xTt7t/Psg(18/33) AAS
善哉 善哉 大薩捶 善哉 善哉 大安樂
せんざーいせんざーい たいさった
せんざーいせんざーい たいあんらく
善哉 善哉 摩訶衍 善哉 善哉 大智慧
せんざーいせんざい まかえん
せんざーいせんざーい たいちけい
善能演説 此法ヘ 金剛修 多羅加持
せんのうえんぜっ しはっこう
きんこうしゅ たらかち
持此最勝 ヘ王者 一切諸魔 不能壞
省11
19: 2017/11/15(水)11:19 ID:xTt7t/Psg(19/33) AAS
AA省
20: 2017/11/15(水)11:19 ID:xTt7t/Psg(20/33) AAS
AA省
21: 2017/11/15(水)11:28 ID:xTt7t/Psg(21/33) AAS
百字の偈 百字により説かれた詩
菩薩勝慧者 (ほさっしょうけいしゃ)
<菩薩の勝慧なる人は> つまり勝れた智慧を持つ菩薩たちはと言う事ですが、これはここでは金剛薩?(こんごうさった)の事です。
乃至尽生死 (だいししんせいし)
<乃至(ないし)生死を尽すまで> 生まれたり死んだり、死んだり生まれたり輪廻転生迷いの世界、つまりこの世に永遠に、と言う事です。
恒作衆生利 (こうさくしゅうせいり)
<恒(つね)に衆生の利を作し> 常に衆生の利益の為、利他行に励むと言う事です。
而不趣涅槃 (じふしゅでっぱん)
<而(しか)も涅槃(ねはん)に趣かず> 決して涅槃と言う理想の世界に入る事は無い。
菩薩と呼ばれる人たちは、充分にお悟りを開かれておりますが、自らにこの流転に住着して、どこまでも衆生を救済する為に、悟りの世界へは行かないと言う事です。
省1
22: 2017/11/15(水)11:29 ID:xTt7t/Psg(22/33) AAS
般若及方便 (ふぁんじゃきゅうほうべん)
<般若と及び方便> 般若と言うのは智慧の事で、方便とはあらゆる方法で、大慈悲を持って、どこまでも衆生を済度して行く事、方法便益(ほうほうべんえき)です。
智度悉加持 (ちとしっかち)
<智と度を以って悉(ことごと)く加持して> 智は般若、度は方便の事です。
智慧と慈悲方便を以って最高の悟りを実現する。
諸法及諸有 (しょほうきゅうしょゆう)
<諸法と及び諸有> 法と言いますと真理のことですが、 諸法と言いますとこれは全てのものです。
諸有は有情で、生きているもの、衆生です。
一切皆清浄 (いっせいかいせいせい)
<一切は皆清浄なり> 森羅万象の全てを清浄ならしむ 。
省1
23: 2017/11/15(水)11:30 ID:xTt7t/Psg(23/33) AAS
欲等調世間 (よくとうちょうせかん)
<欲等を以って世間を調し> 欲と言うのは貪瞋痴(とんじんち)の三毒煩悩で、等と言うのは大日如来の持つ大貪、大瞋、大痴のことです。
大いなる意欲、全ての不正や苦しみを怒る、全てのものを愛してやまない、この大きな貪瞋痴で世間を調えて行くのが密教です。
一般仏教の様に、悟りに依って世間を調えて行くのとは違います。
令得浄除故 (れいとくせいちよこ)
<浄除する事を得しむるが故に> そしてその大貪、大瞋、大痴を以って、そして世間を浄めて行く。
有頂及悪趣 (ゆうていきゅうあくしゅ)
<有頂(うちょう)及び悪趣> 有頂とは此の世の最上位である有頂天、悪趣とは地獄の底です。
調伏尽諸有 (ちょうふくしんしょゆう)
<調伏して諸有を尽くす> 地獄の底から天上界に至るまで、大貪大瞋大痴をもって調伏する、即ち諸々の有情の煩悩や悪行を無くする。
24: 2017/11/15(水)11:32 ID:xTt7t/Psg(24/33) AAS
如連体本染 (じょれんていほんぜん)
<蓮体は本染にして> 蓮体と言うのは蓮の花の事です。この花は始めから赤い色に染められております。
不為垢所染 (ふいこそぜん)
<垢の為に染せられざるが如く> 真っ白な蓮華であるならば、世間の垢にも他の色にも染まりましょうが、大慈悲の真っ赤な蓮華は、決して他の色にも煩悩にも、染まる事は無い。
諸欲性亦然 (しょよくせいえきぜん)
<諸欲の性も亦然りなり> 諸々の欲の本質も亦同じである。
諸欲とは、貪り、怒り、愚痴の三毒煩悩の事です。
欲の本質は大日如来の持つ大欲なのですが、私たちはそれを自分と言う小さな我欲の中に閉じ込めて、自分が自分がと言う、小欲にしてしまっているのです。
不染利群生 (ふぜんりきんせい)
<不染にして群生を利す> 瑞「の人々の為に涛ュく人も三毒煩粕Yに染まる事は末ウいのである。
省6
25: 2017/11/15(水)11:34 ID:xTt7t/Psg(25/33) AAS
大安楽富饒 (たいあんらくふじょう)
<大安楽にして富饒なり> 大安楽なる境地が富んで豊かと成る。
大欲によって大安楽の境地を得る事が出来るのです。
欲を否定的に捉えても、この世を作っているのは欲です。科学の進歩も、悟ろうとするのも全て欲です。
小さな欲は迷い、大きな欲は悟りです。
三界得自在 (さんかいとくしさい)
<三界に自在を得て> 三界の中に自在なる力を得る。
三界とは、欲界、色界、無色界と言う生死流転の世界です。
この中で自由自在な力を持つと言う事です。
能作堅固利 (のうさけんこり)
省1
26: 2017/11/15(水)11:40 ID:xTt7t/Psg(26/33) AAS
『四念住(しねんじゅう)』という修行法では、『身体は不浄である・感受は
苦である・心は無常である・すべての事物は無我である』という仏教の法印と
も相関する4つの命題を観想するものである。身体・感受・心・すべての事
物は『不浄・苦』であり、そこに煩悩を働かせて執着する意味や価値などないということを自分に教え込んでいくのである。
煩悩を引き起こさない無漏(むろ)の智恵を得るための修行法として
『四善根(しぜんこん)』というものがあるが、四善根では『四諦(したい)
』の苦・集・滅・道を分析的に繰り返し観察・思索することによって、煩悩を
断ち切るための無漏の智恵に近づいていくことができる
外部リンク[html]:esdiscovery.jp
見道とはすなわち『真理を知ること=煩悩を断つこと』によって成り立つ即効性のある実践法なのである。
省7
27: 2017/11/15(水)11:42 ID:xTt7t/Psg(27/33) AAS
一念の浄信をいただいたなら浄土へきっと参れる。如来の力で如来の浄土に参るのは自然である。
水の底に流るる如きものである。故に行き易い、参り易いのであるが、信心を頂く人まれなるが故に「行き易くして人無し」。
大信心は一超(いっちょう)にして凡夫が往生成仏する捷徑(ちかみち)である。
願力によりて往生するからである。
仏陀迦耶(ぶっだがや)の菩提樹下で悟りを開かれた釈尊は、45年間にわたり教化伝道をされた後、クシナガラの沙羅双樹(さらそうじゅ)の下で静かに入滅された。
その化導(けどう)を受けた仏弟子たちは、仏陀に対し限りない崇敬の念を抱いた。
仏陀の肉身は滅しても仏陀の説かれた法(真理)は永遠不滅である。
仏の大慈大悲は人類を救うだけではない。広く一切の生きとし生けるものすべてを済度するという崇高な目的実現のために、仏はさまざまな姿形に変化して異類を済度されるのである。
こうした異類身の仏陀を、化身と称している。
28: 2017/11/15(水)11:45 ID:xTt7t/Psg(28/33) AAS
『涅槃経』の一部には
大慈大悲を名づけて仏性となす。・・・・是の故に説いて一切衆生悉有仏性と言えるなり。
大慈大悲は名づけて仏性となす。仏性は名づけて如来となす。
大喜大捨を名づけて仏性となす。・・・・是の故に説いて一切衆生悉有仏性と言えるなり。
大喜大捨は即ち是れ仏性なり。仏性は即ち是れ如来なり。
仏性は大信心と名づく。・・・・是の故に説いて一切衆生悉有仏性と言へるなり。
大信心は即ち是れ仏性なり。仏性は即ち是れ如来なり。
仏性は一子地と名づく。・・・・是の故に説いて一切衆生悉有仏性と言へるなり。
一子地は即ち是れ仏性なり。 仏性は即ち是れ如来なり。
省3
29: 2017/11/15(水)12:04 ID:xTt7t/Psg(29/33) AAS
至心廻向
懺悔随喜勧請福 さんがいずいきげんせいふく
願我不失菩提心 げんがふしほていしん
諸仏菩薩妙衆中 しょふほさびょうしゅうちゅう
常為善友不厭捨 しょういせんにゅうふえんしゃ
離於八難生無難 りよはつなんせいぶなん
宿命住智荘厳身 しゅくべいちゅうちそうげんしん
遠離愚迷具悲智 えんりくべいぐひち
悉能満足波羅蜜 しつのうまんぞくはらび
富楽豊饒生勝族 ふらくほうじょうせいししょ
省8
30: 2017/11/15(水)12:25 ID:xTt7t/Psg(30/33) AAS
(廻向総説)
懺悔随喜勧請福 懺悔し随喜し勧請したてまつる福をもって
願我不失菩提心 願わくはわれ菩提を失わず
まず、この偈文は金剛界礼讃という金剛界曼荼羅を拝む礼讃文の中の五悔(ごかい)の最後の文にあたる。
だから冒頭の懺悔と随喜と勧請というのはその前の三つの偈文を意味している。
懺悔(さんげ)とは、罪を悔いて告白することではあるが単に今生のことだけではなく、無始よりずっと
私たちは三界六道という迷いの世界で何回も輪廻して来たる間に様々な身と口と心に作ってきた無量無数の罪過がある
のだということにまで思いを馳せ、そのすべてを、仏菩薩がさとりを求めてなされたように、自分も今こうして懺悔いたしますということを意味している。
次に随喜(ずいき)とは、心からありがたく思うことではあるが、何にありがたく思うかということが大切なことで、
仏道に精進する者にとって、すべての衆生、さとりに向かって精進努力する人々、それに
省5
31: 2017/11/15(水)12:26 ID:xTt7t/Psg(31/33) AAS
(常随仏学)
諸仏菩薩妙衆中 諸仏と菩薩との妙衆中にあって
常為善友不厭捨 常に善友のために厭捨せられず
離於八難生無難 八難を離れて無難に生じ
宿命住智荘厳身 宿命住智あって身を荘厳し
先に述べた菩提心には、自らさとりを求める上求菩提(じょうぐぼだい)と他の衆生を教え導く下化衆生(げけしゅじょう)の二つの意味合いがあると言われる。
上求菩提がここ常随仏学での四句の内容となっている。この上下の分け方については古来このように説かれるのであって、
かつて高野山にいた頃ある先生から、これは内外と分けられたものと考えたらよろしいと教えられた。自らの内にさとりを求め、外にはその教えを説き導くべしと解釈すべきであろう。
諸仏と菩薩との妙なる聖衆の中にあって、さとりへの導き手となる善なる修行者たちによって修行に邁進して厭い捨てられることなく、
心からさとりを求める。そのさとりを求めるために、仏を見ず説法を聞くことのできない境遇、例えば地獄や餓鬼、蓄生、視力や聴力がないなど
省1
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