[過去ログ] 【交絡】柄谷行人を解体する83【ħ】 (1002レス)
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41: [age] 2025/04/26(土)10:00 ID:0(41/1000) AAS
哲学的な叙述を一意的なものにするには、そのノーテーション(記法)に
記号的な工夫が必要だと考えられる。文学であれば解釈の多様性は
有意義であるが、哲学やその哲学の概念における解釈の多様性は、
その哲学者のコンセプトや意図を発散させてしまうので、文学とは逆に
その有意義さを半減させる恐れがある。
たとえば、数式やプログラミング言語は当然、一意的なものであり、
その関数や挙動は一意的に定位、あるいは、定義されている。
よって、本来、哲学的な叙述も数式やプログラミング言語のような
抽象的な記号形式で叙述することが適切であるのかもしれない
42: [age] 2025/04/26(土)10:01 ID:0(42/1000) AAS
私なりに、知性の定義を考えてみよう。私にとって知性とは、非具体的な
抽象的オブジェクトのことである。よって、この知性の定義からすると、
おおよそのニュースや時事的な事柄、すなわち個別性や具体性は
おおよそ知性的ではないものにクラスタリングされる。
私が多少なりとも哲学に関心が持てるのは、この私の知性の定義に
哲学が入るからである。大半の哲学は具体的なことを取り上げないので、
具体化による一過性のバイアスからは少なくとも逃れられるのである。
例えば、以下は、ウィトの論考からの抜粋である
43: [age] 2025/04/26(土)10:01 ID:0(43/1000) AAS
『論考』の形式の例
1 世界は成立している事柄の全体である。
1.1 世界は事実の全体である。
1.11 世界を構成する事実は成立している事柄である。
1.2 世界は成立している事柄の全体である。
2 成立している事柄は事態の成立である。
2.01 事態は対象の配列である。
3 論理的絵画は事実の像である。
このように、具体的な対象や記述が全く出てこないのである。
こうした形式での考究が、私にとって、知性の定義に適うものとなる
44: [age] 2025/04/26(土)10:02 ID:0(44/1000) AAS
私がよくこのスレで行っている、数学、プログラミング、英文、なども、
おおよそ非具体的なオブジェクトで構成されている。数学であれば、
その数学が高度になるほど、より抽象的なものとなる。母国語が具体的な
ものであるのに対して、外国語は一段上の抽象化の次元にあるものと考えられる。
なぜ、抽象化が知性の定義になるのであろうか。それは抽象化が本質のみを
志向し、その他の不純物を捨象することで、その知が純粋化されるからである。
この点にいわば汎化能の獲得契機がある。
これに対し、時事的な個別・具体性は、バイアスに陥る可能性が高いと言える。
それは自分たちの特殊な今・ここの経験や目撃を一般化してしまうような
反知性的な態度にもなりやすい。一過性の流行にすぐに流されたり、
省3
45: [age] 2025/04/26(土)10:02 ID:0(45/1000) AAS
時間論理の公理
時間について語るとき、自明の理がいくつかある。それらを定式化するにあたって、
「任意の時点において」という意味をもつ文のオペレーター(sentential operator)
として「□」という記号を導入する。たとえば、「P」が「地球は太陽のまわりを
公転する」ならば、「□P」は「任意の時点において地球は太陽のまわりを公転する」となる。
正確さを欠くがもっと普通の言い方をすれば、「□」は「常に」という
意味であって、「□P」は「地球は常に太陽のまわりを公転する」という意味だと
言えよう。
46: [age] 2025/04/26(土)10:03 ID:0(46/1000) AAS
正式に必要な文のオペレーターは「□」のみだが、表記を読みやすくするために、
もうひとつ「◇」という記号を略記号として使うのが通例である。
◇P = ¬□¬P
「¬」は否定のオペレーターなので、「◇P」は「Pでないのが常ではない」、
すなわち「時々Pである」という意味となる。ただ、これはあくまでも分かり
やすさを念頭においた日常的な言い回しであって、正確には「少なくとも
ひとつの時点においてPである」という意味だということに留意すべきである。
「時々」という言葉がごく自然に示唆する時点の複数性は含意されない。さて、
このことに注意して次の六つの論理式を見てみよう
47(3): [age] 2025/04/26(土)10:03 ID:0(47/1000) AAS
T:□P→P もし常にPならば、Pである。
K:□(P→Q)→(□P→□Q) もし常に(PならばQ)ならば、
もし常にPならば常にQである。
D:□P→◇P もし常にPならば、時々Pである。
4:□P→□□P もし常にPならば、常に常にPである。
5:◇P→□◇P もし時々Pならば、常に時々Pである。
B:P→□◇P もしPならば、常に時々Pである。
48: [age] 2025/04/26(土)10:04 ID:0(48/1000) AAS
これらの命題は、時間の観念を持ち、かつ論理的な間違いを犯さない人ならば
誰でも真と判断するような命題だといえる。しかも、時間に関するほかの命題
から導き出すことによってその判断を正当化するのではなく、これら自体が
直観的にもっともだという意味で基礎的な命題である。「常に」や「時々」
という概念にかかわる論理的真理として受け入れられるべきその他の命題は
すべて、究極的にはこれらの命題にもとづいている。そういう論理的真理が
これらの命題から導き出されうるべきだ、という意味でこれらは
「公理(axiom)」なのである。順番に手短にその真理を確認しよう。
49: [age] 2025/04/26(土)10:05 ID:0(49/1000) AAS
>>47
Tを否定することはできないのはあきらかである。もしすべての時点で
PならばPである、ということは言うまでもない。
Kは「↑」に関する「□」の分配法則と言うことができ、その直観的もっとも
らしさの度合いは非常に高い。Kの前件が言っているのは、PであってQで
ないような時点はないということだが、もしそうならば、もしすべての時点で
Pだとしたら、すべての時点でQでなければならないはずだからである。
Dは「□」と「◇」の関係についての公理で、前者は後者を含意すると言っている。
もしすべての時点でPならば、少なくともひとつの時点でPである。時間軸が
空虚ではないとすれば、すなわち少なくともひとつの時点を擁するとすれば、
省2
50: [age] 2025/04/26(土)10:06 ID:0(50/1000) AAS
>>47
4の後件が何を言っているのか定かでないと思う者は、次のように読めばいい。
「いかなる時点においても次のことが真である、すなわち、いかなる時点に
おいてもP」。一番目の「いかなる時点においても」はあきらかに冗長であり、
その冗長性が4の論理的真理性を裏付けている。もしいかなる時点でもPで
あるならば、いかなる時点でもPだというそのこと自体がいかなる時点でも
成り立っている。いったん「いかなる時点でもこれこれだ」と言えてしまう
のならば、「いかなる時点でも」を繰り返してもいい、ということなのである。
冗長だが、真を偽にすることはない。しかし、そもそも冗長に「いかなる時点
でも」を繰り返す理由は何なのか。確かに4は疑いなく真かもしれないが、
省2
51: [age] 2025/04/26(土)10:07 ID:0(51/1000) AAS
文のオペレーターは、すべて反復が冗長だというわけではない。たとえば、
否定のオペレーター「¬」の反復は冗長でないどころか真理値を逆転させる。
「¬P」が真ならば「¬¬P」は偽で、「¬P」が偽ならば「¬¬P」は真である。
また、反復による真理値の影響が一般的に予期できないオペレーターもある。
「とマリコは思う」がそのいい例だ。たとえば「マモルは魅力的だとマリコは
思う」が真だとしても、「マモルは魅力的だとマリコは思うとマリコは思う」
は真だとは限らないし、偽だとも限らない。マリコは自分が何を思っている
かについて正確な把握ができる場合もあるしできない場合もあるとすれば、
マリコがマモルは魅力的だと思っているからといって、マリコは自分がそう
思っているということにはならないし、自分がそう思ってはいないという
省2
52: [age] 2025/04/26(土)10:07 ID:0(52/1000) AAS
>>47
5は4と似ているが、同じオペレーターの反復は含まない。同じオペレーターが
繰り返されているわけではないにもかかわらず、その論理的真理性は4と
同様な形であきらかである。もし少なくともひとつの時点でPならば、少なくとも
ひとつの時点でPだというその事実がすべての時点でそうである。「すべての
時点で」というオペレーターを足しても真理は保たれる、というのが4と5の
共通点だ。
Bは他の五つの公理とはちがう。六つの公理はBも含めてどれも条件文の形を
しているが、Bだけがその前件にオペレーターがない。その点を除けばBは
5に近い。「ある時点でP」と言うかわりに、ただ単に「P」と言っている
省5
53: [age] 2025/04/26(土)10:08 ID:0(53/1000) AAS
これは、任意の文が常に真だということを意味するのではもちろんなくて、
もしある文が公理から導き出されるならばその文に「□」をつけた文も導き
出していい、という意味であるにすぎない。もし「P」が時間論理の公理から
導き出される文すなわち時間論理の定理だとすれば、いかなる解釈のもとでも、
「P」はすべての時点において真であるので「常にP」が真となる。よって
「□P」も定理となっていいわけだ。
時間論理の定理はいかなる解釈のもとでもすべての時点で真である、というこの
メタ定理を時間論理の「健全性(soundness)」という。その厳密な証明には、
時間論理で使う推論規則をすべて列挙し、時間論理における文の解釈とは何か、
そして解釈のもとでの時点における真理とは何かを定義したうえで、いかなる
省1
54: [age] 2025/04/26(土)10:08 ID:0(54/1000) AAS
なお、この健全性を(妥当かつすべての仮定が真という)議論の健全性と混同
してはならない。まったく内容の違うこの2つの概念に同じ名前が与えられて
いるということは誰の益にもならないが、残念ながらそれが論理学における
専門用語の実情である。英語でも事情は同じだ。
任意の解釈のもとで、すべての時点で真理であるような時間論理の文を
時間論理における論理的真理と呼ぶが、そのような論理的真理はすべて定理で
ある、という主張を時間論理の「完全性(completeness)」と呼ぶ。すべての
定理は論理的真理だという主張である健全性と一緒にすると、論理的真理と
定理は合致するということになり、時間論理の有用性が保証される。一般に、
新しい論理学体系を設立するにあたってもっとも重要なのは、その体系の
省1
55: 2025/04/26(土)10:10 ID:0(55/1000) AAS
フロイトによる「無意識の発見」といふのは、それ自体がいき「いきとした意識の働きの抑圧」であり、それとは対照的に、
>人の心にはつゆをかしからじと思ふこそ、またをかしけれ
といふ才気の働きの自覚、つまり、「メタ意識の発見」こそが、「いきとした意識の働きのと(解)きはな(放)ち」である。
56: 2025/04/26(土)10:24 ID:0(56/1000) AAS
いき「いきとした意識の働きの抑圧」×
「いきいきとした意識の働きの抑圧」〇
57: [age] 2025/04/26(土)11:04 ID:0(57/1000) AAS
哲学というのは、往々、事物の枠組みや前提自体の問い直しだと言える。
一般の人々は、既存の枠組みとその前提、そこで要請されるルールを
慣習的に受け入れて、その限定内で思考や行為、己の人生を展開させるので
あるが、哲学は、人々や社会が信憑する既存の枠組みや前提自体を再定義が
必要な問題としてゼロから取り扱ったりするのである。よって、認識の枠組みや
前提となる土台を覆す、あるいは、その配置や枠組みを大きく取り替える、などが
哲学的なアプローチでよく用いられる方法であり、これは認識の発展において、
実に生産的であるとも言えるだろう
58: 2025/04/26(土)13:31 ID:0(58/1000) AAS
UNIXの仕事してた
59: 2025/04/26(土)13:39 ID:0(59/1000) AAS
「貨幣に霊がある」は数学的にどうなの
60: 2025/04/26(土)14:08 ID:0(60/1000) AAS
虚数単位だよ
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