[過去ログ] 【交絡】柄谷行人を解体する83【ħ】 (1002レス)
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31: 2025/04/25(金)18:12 ID:0(31/1000) AAS
阿倍仲麻呂がイチローで、空海が大谷翔平か
32: 2025/04/25(金)19:29 ID:0(32/1000) AAS
この前、中川翔子が、ネットでの誹謗中傷を批判していたが
「ネットで気軽に書き込み」は、かつて、しょこたんがブログで広めた、と思った。
33: 2025/04/25(金)19:30 ID:0(33/1000) AAS
バカさ加減に気づいたらどうなのさ
34: 2025/04/25(金)20:38 ID:0(34/1000) AAS
李白「哭晁卿衡」の岩波書店版と平凡社版である。
 玄宗の阿倍仲麻呂への厚遇で、徳川家康と三浦按針を思い出した。

 「明月不歸沈碧海」の訳は、後者が「帰らぬと同じく」で踏み込んでいる感じがする。
  明月は帰らず、ふかい碧の海に沈んでしまった。(武部利男注)
  明月が沈めば帰らぬと同じく青海に沈み(田中克己訳)

 蓬莱も、前者は東方海上の仙人の島、後者は渤海の仙山、としている。
35: 2025/04/25(金)20:55 ID:0(35/1000) AAS
タイのマニ族のDNAが縄文人とほとんど同じなら
マニ族に縄文人役になってもらって映画とかドラマを作ればよいのでは

ネットで見かける、愛子のマナー、容姿へのバッシングは
天皇制廃止論者の僕が見ても何だかなと思う。
皇族に興味あるネトウヨだけど、天皇にならない女性皇族に文句をつけるのか。
小林よりのりなど、愛子天皇論支持者がいるが、
男子に限定している皇室典範との整合性をどうするのか。
悠仁で天皇制が終わってもよいではないか。
中国、朝鮮も皇帝、王制は途絶えたのだから
36: 2025/04/26(土)05:14 ID:0(36/1000) AAS
私:外国でもそうなのですか?CはConstantの略なので、わざわさ英文での不定積分の問題でも、それは積分定数のことであると英文で解答に書かなければならないのでしょうか
37: 2025/04/26(土)05:15 ID:0(37/1000) AAS
AI:はい、外国(特に英語圏)の数学教育でも、不定積分の解答に +C を付けた際に、「C is the constant of integration」(C は積分定数である)といった記述を添えることが一般的です。確かに C が Constant の略であることは広く認識されていますが、それでもわざわざ明記するのは、日本語の場合と同様に、いくつかの理由があります。

記号の明確な定義: 数学の記述においては、使用する記号が何を表すのかを明確に定義することが重要です。たとえ Constant の略であったとしても、C が「積分によって生じる任意の定数」という、単なる特定の定数とは異なる特別な意味合いを持つことを明示するためです。
38: 2025/04/26(土)05:15 ID:0(38/1000) AAS
AI:誤解の防止: 上記でも述べましたが、C という文字は数学の様々な文脈で使われます。積分の文脈であることが明らかでも、他の文脈で学んだ知識との混同を防ぎ、その C が specifically the constant of integration( specifically 積分定数)であることを明確にする必要があります。

数学的厳密性: 数学的な解答には厳密性が求められます。積分定数 C の存在は、不定積分が一意に定まらないという数学的な性質に基づいています。この性質を理解し、解答に反映させるために、「C is the constant of integration」という一文が必要とされます。これは、数学的な論理構成の一部と見なされます。

英語圏の数学の教科書やオンラインのリソースを見ても、不定積分のセクションでは必ずといっていいほど「where C is the constant of integration」という記述が見られます。試験の採点でも、この記述がない場合は減点の対象となるのが一般的です。したがって、Constant の略であるという背景があったとしても、数学的な正確性と誤解を防ぐために、外国でも同様に「C は積分定数である」という旨を明記することが求められています。
39: 2025/04/26(土)09:16 ID:0(39/1000) AAS
pcなんかPC9800とN88BASICで大抵のことはできる
自分の専門は流体機械や熱工学、流体力学だがN88BASICで様々な
シミュレーションを行うことができて満足している
40: 2025/04/26(土)09:20 ID:0(40/1000) AAS
いや、すまん。Linux程度のOSも使えない雑魚を相手にした俺が悪かった
大学でUNIXもLinuxも使ってたが、一般人や個人じゃそこまで使わんだろうから
俺の話は次元が違い過ぎたってことで流してくれ
別に俺は何かを否定して話しているんじゃない、今後の流れを考えて
そもそもOSのサポートって何なのか?ってサポート期間中のほとんどが
OSの動作に対する欠陥のパッチではなく、ネット接続での外部からの攻撃に対するものばかりで
その辺が問題なければ、ウェブページを見るだけの人なら現状で古いPCでも十分だが
ハードもソフトも新しい物を出して利益を得てくれないと廃れちゃうからね
だから俺はこの手の技術の発展やら新製品の否定はしてないんだよ
そこが伝わらなくて残念だ
41: [age] 2025/04/26(土)10:00 ID:0(41/1000) AAS
哲学的な叙述を一意的なものにするには、そのノーテーション(記法)に
記号的な工夫が必要だと考えられる。文学であれば解釈の多様性は
有意義であるが、哲学やその哲学の概念における解釈の多様性は、
その哲学者のコンセプトや意図を発散させてしまうので、文学とは逆に
その有意義さを半減させる恐れがある。

たとえば、数式やプログラミング言語は当然、一意的なものであり、
その関数や挙動は一意的に定位、あるいは、定義されている。
よって、本来、哲学的な叙述も数式やプログラミング言語のような
抽象的な記号形式で叙述することが適切であるのかもしれない
42: [age] 2025/04/26(土)10:01 ID:0(42/1000) AAS
私なりに、知性の定義を考えてみよう。私にとって知性とは、非具体的な
抽象的オブジェクトのことである。よって、この知性の定義からすると、
おおよそのニュースや時事的な事柄、すなわち個別性や具体性は
おおよそ知性的ではないものにクラスタリングされる。

私が多少なりとも哲学に関心が持てるのは、この私の知性の定義に
哲学が入るからである。大半の哲学は具体的なことを取り上げないので、
具体化による一過性のバイアスからは少なくとも逃れられるのである。
例えば、以下は、ウィトの論考からの抜粋である
43: [age] 2025/04/26(土)10:01 ID:0(43/1000) AAS
『論考』の形式の例

1 世界は成立している事柄の全体である。
1.1 世界は事実の全体である。
1.11 世界を構成する事実は成立している事柄である。
1.2 世界は成立している事柄の全体である。
2 成立している事柄は事態の成立である。
2.01 事態は対象の配列である。
3 論理的絵画は事実の像である。

このように、具体的な対象や記述が全く出てこないのである。
こうした形式での考究が、私にとって、知性の定義に適うものとなる
44: [age] 2025/04/26(土)10:02 ID:0(44/1000) AAS
私がよくこのスレで行っている、数学、プログラミング、英文、なども、
おおよそ非具体的なオブジェクトで構成されている。数学であれば、
その数学が高度になるほど、より抽象的なものとなる。母国語が具体的な
ものであるのに対して、外国語は一段上の抽象化の次元にあるものと考えられる。
なぜ、抽象化が知性の定義になるのであろうか。それは抽象化が本質のみを
志向し、その他の不純物を捨象することで、その知が純粋化されるからである。
この点にいわば汎化能の獲得契機がある。

これに対し、時事的な個別・具体性は、バイアスに陥る可能性が高いと言える。
それは自分たちの特殊な今・ここの経験や目撃を一般化してしまうような
反知性的な態度にもなりやすい。一過性の流行にすぐに流されたり、
省3
45: [age] 2025/04/26(土)10:02 ID:0(45/1000) AAS
時間論理の公理  

時間について語るとき、自明の理がいくつかある。それらを定式化するにあたって、
「任意の時点において」という意味をもつ文のオペレーター(sentential operator)
として「□」という記号を導入する。たとえば、「P」が「地球は太陽のまわりを
公転する」ならば、「□P」は「任意の時点において地球は太陽のまわりを公転する」となる。
正確さを欠くがもっと普通の言い方をすれば、「□」は「常に」という
意味であって、「□P」は「地球は常に太陽のまわりを公転する」という意味だと
言えよう。
46: [age] 2025/04/26(土)10:03 ID:0(46/1000) AAS
正式に必要な文のオペレーターは「□」のみだが、表記を読みやすくするために、
もうひとつ「◇」という記号を略記号として使うのが通例である。

◇P = ¬□¬P

「¬」は否定のオペレーターなので、「◇P」は「Pでないのが常ではない」、
すなわち「時々Pである」という意味となる。ただ、これはあくまでも分かり
やすさを念頭においた日常的な言い回しであって、正確には「少なくとも
ひとつの時点においてPである」という意味だということに留意すべきである。
「時々」という言葉がごく自然に示唆する時点の複数性は含意されない。さて、
このことに注意して次の六つの論理式を見てみよう
47
(3): [age] 2025/04/26(土)10:03 ID:0(47/1000) AAS
T:□P→P もし常にPならば、Pである。
K:□(P→Q)→(□P→□Q) もし常に(PならばQ)ならば、
もし常にPならば常にQである。
D:□P→◇P もし常にPならば、時々Pである。
4:□P→□□P もし常にPならば、常に常にPである。
5:◇P→□◇P もし時々Pならば、常に時々Pである。
B:P→□◇P もしPならば、常に時々Pである。
48: [age] 2025/04/26(土)10:04 ID:0(48/1000) AAS
これらの命題は、時間の観念を持ち、かつ論理的な間違いを犯さない人ならば
誰でも真と判断するような命題だといえる。しかも、時間に関するほかの命題
から導き出すことによってその判断を正当化するのではなく、これら自体が
直観的にもっともだという意味で基礎的な命題である。「常に」や「時々」
という概念にかかわる論理的真理として受け入れられるべきその他の命題は
すべて、究極的にはこれらの命題にもとづいている。そういう論理的真理が
これらの命題から導き出されうるべきだ、という意味でこれらは
「公理(axiom)」なのである。順番に手短にその真理を確認しよう。  
49: [age] 2025/04/26(土)10:05 ID:0(49/1000) AAS
>>47
Tを否定することはできないのはあきらかである。もしすべての時点で
PならばPである、ということは言うまでもない。

Kは「↑」に関する「□」の分配法則と言うことができ、その直観的もっとも
らしさの度合いは非常に高い。Kの前件が言っているのは、PであってQで
ないような時点はないということだが、もしそうならば、もしすべての時点で
Pだとしたら、すべての時点でQでなければならないはずだからである。

Dは「□」と「◇」の関係についての公理で、前者は後者を含意すると言っている。
もしすべての時点でPならば、少なくともひとつの時点でPである。時間軸が
空虚ではないとすれば、すなわち少なくともひとつの時点を擁するとすれば、
省2
50: [age] 2025/04/26(土)10:06 ID:0(50/1000) AAS
>>47
4の後件が何を言っているのか定かでないと思う者は、次のように読めばいい。
「いかなる時点においても次のことが真である、すなわち、いかなる時点に
おいてもP」。一番目の「いかなる時点においても」はあきらかに冗長であり、
その冗長性が4の論理的真理性を裏付けている。もしいかなる時点でもPで
あるならば、いかなる時点でもPだというそのこと自体がいかなる時点でも
成り立っている。いったん「いかなる時点でもこれこれだ」と言えてしまう
のならば、「いかなる時点でも」を繰り返してもいい、ということなのである。

冗長だが、真を偽にすることはない。しかし、そもそも冗長に「いかなる時点
でも」を繰り返す理由は何なのか。確かに4は疑いなく真かもしれないが、
省2
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