[過去ログ] 国際ジャーナルに論文を出版しよう!9本目 (1002レス)
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934: 04/12(日)22:36 ID:7zh9GG6h(1) AAS
アポロ11号と言えば
ブルーシャトウがはやったころ
935
(1): 04/13(月)10:21 ID:OUYhzwip(1/2) AAS
昔に比べてかなりジャーナル側のリアクションは早くなったはずだけど、それでもまだ査読に8ヵ月とか10ヵ月とかかかることも多いな。
936
(1): 04/13(月)11:16 ID:/KgFf/Yq(1) AAS
1回目:意味不明な個所があるとの指摘
2回目:タイポの指摘
3回目:計算ミスの指摘
そしてアクセプトかリジェクトか
待たせること10か月
937: 04/13(月)16:37 ID:OUYhzwip(2/2) AAS
>>936
・肝心なところが意味不明
・ミスタイプや計算ミスで読めない
ということで、やっと意味を追えるぐらいになってきたところなんだろう。
即リジェクトされてないだけでも、ありがたいと思っとくべきだな。
938: 04/13(月)16:42 ID:DOz418W+(1/2) AAS
自称名古屋大学名誉教授w
939: 04/13(月)17:14 ID:j8L1n3d1(1) AAS
自称じゃなくてホンマモンらしいよ
940: 04/13(月)20:18 ID:rFNE3XIZ(1) AAS
授業でここのカキコを印刷して配ったらしいです
何考えているんでしょうね
941: 04/13(月)21:09 ID:DOz418W+(2/2) AAS
そういえば肩書詐称と言っていたガキがいたがどうしてるんだろう
942: 04/13(月)21:14 ID:GpCsitnD(1) AAS
授業で配る価値のある書き込みなんて、今まであったか?
943: 04/13(月)22:01 ID:GkKYZzYF(1/9) AAS
ゲッティンゲン大学の数学科は物理学科と並んでゲッティンゲン市の
ブンゼン27通りにあり、入口のホールにはヒルベルトの胸像が人の高さ
の台に据えられています。研究セミナーや談話会が行われる大きな教
室が2階の奥にあり、長い黒板を挟む両側の壁には肖像画がかけられ
ています。奥の方のはクラインの堂々たる大肖像画です。崇高さと威厳
に満ちた表情ですが、その向かいの壁にはやや小ぶりではありますが、
柔和な笑みを湛えたヒルベルトの肖像画がかかっています。1927-1929
の間に、それまで市内各所に分散していた数学教室がこの場所に統合
されました。クラインの肖像画が描かれたのはそのころのことと察せら
れますが、ヒルベルトの肖像画はおそらくその30年後くらいでしょう。
944: 04/13(月)22:13 ID:GkKYZzYF(2/9) AAS
クライン全集の第3巻では、円環領域やドーナツ面上の流体の流線
と等ポテンシャル曲線の図が丁寧に作図されています。これらの挿絵
も岡や秋月を感心させたのだと思われます。ちなみに、筆者が聴講し
た京都大学の講義では、「物理的には、金属でできた曲面上の一点をガ
スバーナーで熱し、別の一点を氷で冷やすと安定な熱流ができる」と
いう解説がされました。
945: 04/13(月)22:16 ID:GkKYZzYF(3/9) AAS
この論文こそリーマン面の概念が導入さ
れ、関数論の研究を今日の形に至らしめるべく方向づけたものでした。
「一変数の複素関数の一般論の基礎」と題された22の節からなる
原論文には目次が付けられていますが、それを現代的な用語でやや簡
略化した形で見ておきましょう。
目次  1.正則関数 2.正則写像 3.等角性 4.CR方程式.
5.リーマン面 6.面の連結度 7.グリーンの公式 8.境界の
単位法線ベクトル 9.線積分の一価性条件 10.特異点の除去可
能性(調和関数) 11.最大値の原理 12.特異点の除去可能性(正
則関数)13.極と主要部 14.分岐点と局所座標 15.値域とし
省4
946: 04/13(月)22:18 ID:GkKYZzYF(4/9) AAS
オイラーやルジャンドルらによる楕円積分の研究を経てアーベルと
ヤコービが楕円関数を発見してから、一変数の代数関数の本格的な理
論が緒に就きましたが、それを一般的な理論としてまとめ、ヤコービの
逆問題に最終的な解決を与えたのはリーマンの1857年の論文でした。
リーマンはこれをゲッティンゲン大学で1855年に講義したのですが、
そのためリーマン面の概念を導入した基礎理論が1851年11月に提出
された学位論文でした。
947: 04/13(月)22:19 ID:GkKYZzYF(5/9) AAS
19世紀におけるドイツの数学者のなかでは、二つの名前が特に著名
である。すなわち、一般関数論を築き上げた二人の数学者ワイエルシュ
トラスとリーマンである。ワイエルシュトラスはすべてを級数の考察
とその解析的変換とに帰着させてしまう。あるいは、解析学を数論の
延長みたいなものに帰着させてしまう、と言った方がいいかもしれな
い。彼の書いたどの本を通読しても図形が一切見当たらない。これに
反し、リーマンはすぐさま幾何学に頼ろうとする。彼の着想はどれを
とっても、映像—ひとたびその意味がわかれば、何人も決して忘れる
ことのできない映像なのであった。
948: 04/13(月)22:21 ID:GkKYZzYF(6/9) AAS
訂正 ブンゼン27通りーー>ブンゼン(セシウムの発見者の一人)通り
949: 04/13(月)22:28 ID:GkKYZzYF(7/9) AAS
高木先生の『近世数学史談』(1931年)の「函数論縁起」の章では、
1825 年の留数定理以後のコーシーの関数論発生史の概括がされていま
すが、その中で「陰伏函数特に代数函数及びラグランジュの展開法は
絶えずコーシーの念頭を去らなかった。」という指摘が目を引きます。
その内容は、後に著された『解析概論』(1938年)の中では偏角の原理
や以下に述べるルーシェの定理とともにより詳しく記されています。
950: 04/13(月)22:34 ID:GkKYZzYF(8/9) AAS
アーベルとヤコービは、楕円積分の変換公式の研究に力
を注いだルジャンドルからは同等の最大級の称賛を浴びましたが、当
時の事情を詳しく記した本によると、楕円積分の逆関数をとるとい
うアイディアとその二重周期性の発見に関しては二歳年長のアーベル
に一日の長があったようです。しかしヤコービがアーベルに心底脱帽
した瞬間は、アーベルの定理に接した時ではなかったでしょうか。
951: 04/13(月)22:35 ID:GkKYZzYF(9/9) AAS
アーベルの死後、ヤコービは楕円関数に関する自分の仕事をまとめ
た本を出版し、旅行に出ました。パリではルジャンドルに会い、ゲッ
ティンゲンではガウスに会っていくつかの未公表の結果を確かめるこ
とができたようです。
952: 04/14(火)08:37 ID:c+mKtGbe(1) AAS
留数定理は定積分と留数を結びつけていますが、大まかにはこれは
二通りの情報圧縮の数学的な関係の例であるとも言えるでしょう。ち
なみに、1814年の論文に始まりエコール・ポリテクニックの授業で展
開されたコーシーの研究は、1825年に印刷された論文「虚数の限界の
間でとられた定積分について」として小冊子になりました。これには
コーシーの積分定理や留数定理の原型が含まれているのですが、それら
が上の形になったのは1846年の論文においてでした。留数定理がコー
シーの積分公式の一般化であることは明白でしょう。
953: 04/14(火)11:07 ID:XQpdbPiA(1) AAS
今月号の数学セミナーには中村弥生が書いている
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