[過去ログ] 【悲報】ネトウヨ憲法改正限界説を知らずに天声人語に法治主義の破壊と噛み付く。やはり中卒なのか… [204160824] (1001レス)
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283: 2014/09/23(火) 01:15:34.77 ID:T3uFxZXr0(1/4)調 AAS
憲法改正限界説の弱点は2つある
そもそも限界説の核は「憲法制定権力」という上位権力にあり
「憲法制定権力」と「憲法改正権」は別であると説くところにある
その根拠は前者は国籍保持者がその主体であるのに対し
後者は有権者が主体であるということ。その主体の違いを根拠に
上記二権は異なる概念であるとし、憲法改正権である以上
憲法の根本規範(人権の保障、平和主義、天皇制)までは改正できないとする
しかし、まず「憲法制定権力」なる概念を作る必要があるのかという疑問
次に、国籍保有者と有権者という主体の違いから「憲法制定権力」と「憲法改正権」を分けて考えることは意味あるのか
そして憲法改正権は憲法上生じる権力なので根本規範までは変えられないという理論は妥当か
この3点で大きな問題を抱えている
308(1): 2014/09/23(火) 01:27:33.38 ID:T3uFxZXr0(2/4)調 AAS
いい加減カールシュミットの呪縛から解放されるべきと思うんだが
従来の根本規範論までは否定はしない
ただ憲法制定権力と憲法改正権に実質的な違いなんてないと考えるのが妥当でしょう
国籍保持者が主体の憲法制定権力は憲法規範を制定できる権力だが国籍保持者というのは相当範囲が広い
普通に考えれば国民が形式的に持つ権力だがこれは抽象的な権力概念だと理解するのが正しい。要するに理念の話
重要なのは憲法改正権であって、これは有権者が主体となって行使できる権力である
ところが憲法上規定されてるために憲法改正権におのずと限界が出てくるという
しかし民主政治社会の中で有権者はほぼ国民と同義であって国民の意思が
一般意思となって法の意思となり国家意思となるわけだから立憲主義の観点から
改正権に限界を持たせること自体がおかしい。ただ根本規範まで変えようとする意思が
国民投票で3分の2を獲得することなんてありえないので限界かどうか考える意義はあまりないがな
341: 2014/09/23(火) 01:49:58.84 ID:T3uFxZXr0(3/4)調 AAS
立憲主義に政治批判の光を見出す動きは学者ならわかるがメディアとしてはちょっと気持ち悪いけどな
ふつう彼らは民主主義に光を求めるべきなのに朝日はそこは立憲主義に傾倒してる
よく考えると非常に恐ろしい
412: 2014/09/23(火) 03:00:25.79 ID:T3uFxZXr0(4/4)調 AAS
もともと「国体」(簡単に言えば天皇制)っていうものがあって戦後統治のために
新たに民主主義憲法ができても「国体」は維持されますって話にする必要があった
しかし、「国体を核とする天皇主権を前提に構築された明治憲法」と「国民主権による新憲法」との間に
法的な整合性をつけるうえで両者の根本規定の相克を克服しないといけないため、ある説が登場した
8月革命説はポツダム宣言が受諾された時点で明治憲法の天皇主権が否定されるとともに国民主権が成立し
実質的に日本国の政治体制の根本原理に変革が生じたという理論であり、それを法的に視て一種の革命とみなして
それに基づく憲法内の規定にも変更が発生する有効性が認められるとするものだった
ただし、このままでは国体否認につながりかねない。そこで宮沢(提唱者)は次のように考えた
・国民主権と天皇主権の間に根本的な差異はあるが、意思の主体はあくまで「人間」である
明確な国体変更を受けて「主権の主体」が変更された、しかし両主体の「根本的差異の併存」は「可能」であると
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