[過去ログ] 【威風堂々】ポーランド=リトアニア同君連合王国! (387レス)
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(1): 2008/04/25(金) 12:59:51 0 AAS
<中欧に花開いた華麗な巨大な多民族国家文明の盛衰>

※※※時代※※※
クレヴァの合同(1385年8月14日)の直前から一月蜂起(1863年1月)の直後まで

※※※地域※※※
現在のポーランド・ロシアのカリーニングラードとスモレンスク・リトアニア・ラトビア・エストニア・ウクライナ・ベラルーシ・スウェーデン

(注意:ナチス関係はスレ違いのためご遠慮願います)
2: 2008/04/25(金) 13:00:32 0 AAS
ポーランド=リトアニア=スウェーデン同君連合王国!
3
(1): 2008/04/25(金) 13:01:56 0 AAS
ドイツのザクセン州も領土に入るんじゃねーの?
4: 2008/04/25(金) 13:02:37 0 AAS
>>3
あ、ザクセン地方を忘れてました
5: 2008/04/25(金) 15:00:35 0 AAS
時代も場所も違うのになんでナチスの注意書きを?
6
(1): 2008/04/25(金) 15:55:08 0 AAS
「ポーランド」と読んだだけで条件反射的にナチスや第二次大戦関係の書き込みする馬鹿がこの板にはウヨウヨしてるからな。
7: 2008/04/25(金) 15:57:12 0 AAS
なんて不幸な
8: 2008/04/25(金) 16:05:06 0 AAS
一月蜂起ってだいぶ昔のことかと思ってたが
1863年といったら日本じゃもうそろそろ明治っていう時代だな。

ということは1893年の「ポーランド懐古」で
「寂しき里に出でたれば 彼処に見ゆる城の跡 ここは、何処と尋ねしに ここに残れる石の垣…」
と描写されてるのは一月蜂起の鎮圧直後で、いわゆる戦後の混乱期の情景だったわけか。
「聞くも哀れや、その昔 滅ぼされたるポーランド…」って言うほどの昔じゃないじゃないか。

あ、だから一月蜂起が「大和心とポーランド魂」のエピソードへとつながるのか。

関係ないが、今日はあれだな、「ポーランド・ソ連戦争」の勃発した日だ。
ソ連に勝った国は後にも先にもポーランドだけだな。
9
(1): 2008/04/25(金) 16:42:03 0 AAS
この中世のポーランドは強かった
ベラルーシを征服し
ウクライナを制圧し
ロシアを攻めて崩壊寸前に至らしめた
10: 2008/04/25(金) 16:42:44 0 AAS
>>6
嫌独厨にもこまったものだな
11
(2): 2008/04/25(金) 16:49:13 0 AAS
リヴォニアを支配下にいれたことってあったか?
12: 2008/04/25(金) 16:59:59 0 AAS
近代だけを見てポーランドのことを
「かわいそうな国」なんて思うことは
失礼なことだな
13
(1): 2008/04/25(金) 17:04:44 0 AAS
スウェーデンて
ヴァーサ王朝のこと?
14
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
15
(3): 2008/04/25(金) 22:14:20 0 AAS
スムータ時のロシアをつぶせていたら
スラヴ人の統一も夢じゃなかった
16: 2008/04/25(金) 23:18:40 0 AAS
>>9
征服や制圧というよりはもっと平和的な支配だったけど。
フメリニツキーはポーランド人を憎んでたが、あれは個人的な問題を政治化したからな。

>>11
あったよ。
リヴォニアはポーランド=リトアニア連合の属領だった。
ポーランドの方の支配になるのかな。
支配構造はポーランド王国>クールラント公国>リヴォニアになっている。
これまで一番北のタリンの方は入ってないと思ってたが、16世紀末ごろは連合王国に入ってるんだね。

>>13
ヴァーサ朝だね。
ジグムント3世のとき、叔父で摂政のカールにスウェーデンを乗っ取られるまで
ポーランド=リトアニア=スウェーデン連合王国は7年間続いた。

>>15
でも連合王国内のリトアニア人やラトビア人やエストニア人やドイツ人はスラヴ人じゃないよ。
スラヴ人の民族国家とか国民国家というよりは、ポーランド語&ポーランド文化を共通言語&共通文化とした多民族国家だね。
各民族のアイデンティティや自治は許されていたからポーランド語を無理やり強いることはなかった。
外交権だけはクラクフ→ワルシャワの中央政府が握っていた。
17: 2008/04/25(金) 23:23:53 0 AAS
>>15
やりようによっては間違いなくうまくできたんだが、カトリック教会が横暴すぎた
ロシアのツァーリにポーランド人がなることそれ自体にはモスクワ人は特に反対してなかった
モスクワ人がブチ切れたのは、ツァーリはカトリック教徒であることってポーランドが言い出したから
ツァーリになる人物を正教に改宗させればなんの問題もおきなかったのに、
ポーランドを使ってカトリックをゴリ押ししようとした教会が悪い
18
(1): 2008/04/25(金) 23:31:00 0 AAS
>>ツァーリはカトリック教徒であることってポーランドが言い出したから

言わなきゃよかったのにな〜
19: 2008/04/25(金) 23:34:24 0 AAS
>>18
そうでも言わないと法王様がご機嫌を悪くなさるので
20: 2008/04/25(金) 23:39:58 0 AAS
ひとりのポーランド人の男がいました。彼はいつも皆にバカにされ、からかわれているので
人生に悲観していました。
そこでかれはそれをなんとかしようと決心しました。

彼は座り込んで、一生懸命に考えました。2〜3時間も考え込んだ彼は、こう考えました。
そう言えば、今までイタリア人をからかっている人を見たことはない、と。

だから、もしもオレがイタリア人のように話したり、振る舞ったりすれば、
誰もオレがポーランド人だってことを見破ることはないし、
オレをからかったりすることもない。

そこで彼は3ヶ月もの間、1人きりになって徹底してイタリア人になるための練習を
重ねました。そして、その猛練習の後で、自信を持ってあるお店に入って行き、
こう言いました。
「オレはとてもおなかがすいている。ペペローニとズッキーニをくれ。」

すると、カウンターの向こうの男はすぐにこう言いました。
「あんたポーランド人かい?」
そう言われて男は、あっけにとられましたが、もう一度同じ注文を繰り返しました。

カウンターの男は言いました。「あんたポーランド人なんだろう? そうじゃないのかい?」

ついに見破られた男は、恥じ入ると同時に、この店の主人の洞察力のすごさにびっくりして、
事実を認めました、自分はたしかにポーランド人だと。
彼は続けて聴きました。「でもどうしてわかったんです?」

店の主人は答えました。「ここは金物屋だ!」"
21
(1): 2008/04/25(金) 23:44:23 0 AAS
近代ドイツはプロイセン王国からだが、これはポーランド・リトアニア連合王国と対決することで民族国家を確立した。
近代ロシアはスムータの後からだが、これはポーランド・リトアニア連合王国と対決することで民族国家を確立した。

コンスタンツ公会議でその性格がはっきりした多民族国家であるポーランド=リトアニア連合王国のコスモポリタン思想と
対決することでドイツ・ロシア両民族国家は発展した。
22
(1): 2008/04/25(金) 23:53:54 0 AAS
ドイツ人意識が高まったのはナポレオンにベルリンを占領されてからでは
23
(1): 2008/04/25(金) 23:54:26 0 AAS
>>ポーランド語を無理やり強いることはなかった

やろうとしたら離反されかねないからね
24
(1): 2008/04/25(金) 23:58:35 0 AAS
>>近代ロシアはスムータの後からだが、これはポーランド・リトアニア連合王国と対決することで民族国家を確立した。

なに?
25
(1): 2008/04/26(土) 00:18:18 0 AAS
短い間だったがハンガリー王を兼ねたこともあったよね
26: 2008/04/26(土) 00:21:59 0 AAS
>>21
大体そんなところだな。

>>22
ドイツ騎士団がプロテスタントに改宗して世俗化してプロイセン公国になって
ブランデンブルクと結んでから近代ドイツは始まったと思うよ。
プロイセン側では宗教改革が成功して、
ポーランド側では宗教改革も上手く行ってたがそれよりもカトリック教会の巻き返し(対抗宗教改革)が成功した。

>>23
いや連合王国の思想的なことから、支配側の民族性を押し付けるようなことはしなかったんだよ。
政治的利害は副次的なものだった。

>>24
だってこれでロマノフ朝が出てきて、近代ロシアの国家と民族の形がはっきり決まったろ。
27
(1): 2008/04/26(土) 00:26:39 0 AAS
>>15
無理ではなのかね
ステファンとイワンの頃から
関係は冷え切っていたし
28: 2008/04/26(土) 00:27:53 0 AAS
>>25
ヴワディスワフ3世ってハンガリー王家と血のつながりってあったっけ?
ヤギェウォの最初の息子だよね?
29: 2008/04/26(土) 00:33:17 0 AAS
>>27
ステファン・バートリとイヴァン雷帝?
30: 2008/04/26(土) 00:37:02 0 AAS
連合王国で不思議なのは、有能な王がどれも志半ばで死んだり子供に恵まれないことだ
大きな画期となるチャンスをいつも失ってしまう

聖スタニスワフの呪いだろうか?
31: 2008/04/26(土) 00:40:11 0 AAS
連合王国の前のピャスト朝ポーランド王国の時代にもそんな傾向があったけどね。
聖スタニスワフの呪いは本当かもしれん。
32
(1): 2008/04/26(土) 00:43:09 0 AAS
スウェーデン・ポーランド戦争が長引いた挙句
敗戦したのも聖スタニスワフの呪いのせい
33: 2008/04/26(土) 00:47:36 0 AAS
>>32
ヤギェウォ朝のジグムント2世に子供がいなかった事がのちのちスウェーデンと腐れ縁になった原因だからな
34: 2008/04/26(土) 00:51:24 0 AAS
>>11
ポーランド=リトアニア連合のリヴォニアにスウェーデンが侵攻してからスウェーデン・ポーランド戦争になったくらいだから。
35
(1): 2008/04/26(土) 01:24:48 0 AAS
ポーランド=リトアニア(=スウェーデン)同君連合王国ってのは、地図を見るとアレだな、自称こそしていないが、事実上の帝国だな
36
(3): 2008/04/26(土) 01:28:53 0 AAS
たかがオーストリアごときが帝国で、ポーランド・リトアニア連合が帝国じゃないってのも
おかしいっちゃおかしな話なんだよ。
37: 2008/04/26(土) 01:33:10 0 AAS
>>36
カトリック世界のしきたりを守ってたから帝国を自称しなかったってことだろ?
海外制覇したスペインやポルトガルも帝国とは自称しなかったしな。
38: 2008/04/26(土) 01:33:39 0 AAS
ハプスブルクが世襲する前までは
オーストリアも(神聖ローマ)も
共和国といっていいと思うんだが
39
(2): 2008/04/26(土) 01:35:52 0 AAS
「帝国」になるための法的な条件って何?
40: 2008/04/26(土) 01:37:11 0 AAS
自称と後世の歴史家の評価によって帝国かどうか決められる

法的は知らん
41: 2008/04/26(土) 01:51:28 0 AAS
>>39
カトリック圏では結局教皇がその国の君主を皇帝と認めるかどうかじゃね?
42: 2008/04/26(土) 01:53:49 0 AAS
「帝国でもないしローマでもないし別に神聖でもないし」

オーストリアよ・・・・
43: 2008/04/26(土) 02:01:36 0 AAS
良スレ
44
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
45: 2008/04/26(土) 02:17:01 0 AAS
>>オーストリアよ・・・・

汝は結婚せよ

ハンガリーあたりと
46
(2): 2008/04/26(土) 02:31:07 0 AAS
ハンガリーとの合同を考えた国王て
確かいなかったか?
47
(3): 2008/04/26(土) 03:21:54 0 AAS
>>46
ベーメン(チェコ)王家のプシェミスル家最後の王ヴァーツラフ3世がベーメン、ハンガリー、ポーランドの3つの王位に一応。
まあ、速攻暗殺されたけどな。
48: 2008/04/26(土) 08:56:31 0 AAS
>>47
ステファン・バートリ王はどうなんだ?
ポーランドでも人気のある王だが
49
(1): 2008/04/26(土) 09:16:16 0 AAS
>>47
>>46はたぶんアンナ女王とステファン・バートリ王の夫婦共同君主のことを言ってると思う。

ヴァーツワフ3世の時代はポーランド王国単体の時代で、まだリトアニアとは連合していない。

夫婦共同君主はポーランド・リトアニア連合王国初代ヤドヴィガ女王とヴワディスワフ2世ヤギェウォ王の例もある。

夫婦の共同君主というのはヨーロッパではほかに例があるんだろうか。
50: 2008/04/26(土) 09:21:11 0 AAS
>>47
ヴァーツワフ3世はモラビアのオロモウツで殺されているが、母親がハプスブルクの人間だから、殺すしかない
51
(2): 2008/04/26(土) 14:21:53 0 AAS
北方十字軍で興味をもったせいか、リトアニア史は蛇や樫の木を崇拝していたり
十字軍兵士を生きたまま焼いて生贄にしていた頃のほうが尖ってて好きだ。
カトリックを受け入れてからはポーランドの影で目立たない国になってしまって残念。
52
(1): 2008/04/26(土) 17:23:12 0 AAS
最後までキリスト教を受け入れずに戦ったのはリトアニアでしょ。
ヨーロッパで一番根性のある民族だな。
53: 2008/04/26(土) 17:38:00 0 AAS
>>51
ロシアの「二重信仰」みたいな状態が長く続いたのでは?
54: 2008/04/26(土) 17:59:22 0 AAS
ウクライナ・ベラルーシ・ロシア総合スレッド
2chスレ:whis
55: 2008/04/26(土) 20:15:33 0 AAS
>>52
リヴォニアやフィンランドのほうは違うんか?
56: 2008/04/26(土) 20:17:05 0 AAS
>>49
ポーランド=リトアニア連合王国特有のコスモポリタニズムからだからな。
当時としてはヨーロッパで最も開かれた思想を持つ国だった。
57: 2008/04/26(土) 21:02:08 0 AAS
ある白人の男がポーランド系の移民の多いバーに入った。
そして、バーテンに言った。

「よう、ポーランド移民についてのとっておきのジョークを仕入れたんだ。
 聞きたいかい」

バーテンはすごんで言った。

「よく聞け若いの。俺はポーランド移民だ。それから、
 お前の両隣、そいつらも そうだ。それから向こうのテーブルに
 座ってる奴、入り口の近くでお前を にらんでる奴、
 そいつらはみんなポーランド移民だ」

男は、周りの雰囲気を察して言った。

「オーケイわかった。みんなわかるようにゆっくり喋ってやるからな」
58
(1): 2008/04/26(土) 22:20:10 0 AAS
>>51
ポーランドのビャウォヴィェジャの森に行くと大きな樫の木全てに名前がついている
あのあたりの異教時代の名残じゃないか?
59
(1): 2008/04/27(日) 01:19:11 0 AAS
>>58
とってつけたように十字架が付けてあるやつですよねw
「ロシアの神話」って本に写真が載ってたような。
60
(1): 2008/04/27(日) 02:10:53 0 AAS
>>59
もともとは十字架じゃなくて神様が宿るところらしいが
おそらくペルン神じゃないか
ペルンは雷神だから高い木に落ちてくるから
むしろ雷よけだろうか?ペルン神の怒りをなだめるための

ポーランドやリトアニアでは全国いたるところ、とくに街道沿いや村はずれや十字路などに十字架のついた祠があるんだが、
これってもともと道祖神だ
村はずれの場合は結界になる
街道の祠はポクチとかいう名前の家神様を冬至のときだかにお迎えするとき、ポクチ様が迷わないように置いてあるとか
あとは死んだ旅人や馬の供養らしい

これ聞いたときは日本と全く同じじゃないかって思ったよ

お盆のお墓参りもあるしな
向こうのお盆は11月だが

ロシアにもそういう習慣があるのかな
61: 2008/04/27(日) 02:22:55 0 AAS
322 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2008/04/12(土) 18:03:30 0
>>321
だがもともと戦前のポーランドは多民族国家だったから、マジャール人が参加しても別に困らないな
実際ヴィシェグラードグループ(V4)という、ポーランド・チェコ・スロバキア・ハンガリーの4ヶ国の国家連合が存在している
4ヶ国がEUに加盟してから一旦その重要性が薄れたが、近年はまたその存在意義が見直されてきている
ドイツやロシアはV4を解体しようと内心必死になってると思うがね

323 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2008/04/19(土) 08:19:22 0
水面下でどんな工作してるの?

324 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2008/04/19(土) 08:55:51 0
>>323
分断策だな
V4諸国が纏まらないように
ノルドストリームパイプラインは現代のリッベントロップ・モロトフ協定と言われている
V4が万が一統一しても戦略的に困ることはないが
V4を分断することはドイツとロシアの本能
理屈ではない

325 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2008/04/21(月) 22:53:05 0
フス戦争
2chスレ:whis
62: 2008/04/27(日) 02:23:22 0 AAS
326 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2008/04/24(木) 16:16:03 0
>>324
V4がとうとう結束して動き出したぞ。

ウクライナのNATO加盟に纏まって賛成表明、表立って後押しするそうだ。
外部リンク[php]:www.iht.com
外部リンク[htm]:news.xinhuanet.com

将来V4+ウクライナ+リトアニアの6ヶ国で国家連合を形成したりしてな。
そうなれば事実上、あの栄光のポーランド=リトアニア同君連合王国の復活だ!

327 名前: 世界@名無史さん [sage] 投稿日: 2008/04/25(金) 12:45:30 0
いいねぇ

328 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2008/04/27(日) 02:20:23 0
>>326
スウェーデンも参加したよ
外部リンク:www.praguemonitor.com

もう完全に16世紀末のポーランド=リトアニア=スウェーデン同君連合ぢゃないかw
63
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
64
(1): 2008/04/27(日) 07:23:38 0 AAS
>お盆のお墓参りもあるしな
>向こうのお盆は11月だが

>ロシアにもそういう習慣があるのかな

たしかトリズナтризноだったか。違ったかもしれない。
65: 2008/04/27(日) 11:48:20 0 AAS
>>64
トリズナってどういう行事?
66: 2008/04/28(月) 14:10:44 0 AAS
>>36
当時は王権神授説だったから、カトリック世界ではローマ教皇が認めないとどうしても無理。
社会契約説を待たなければならなかった。

ロシアが帝国を名乗ったのはカトリックじゃなくてその点自由だったから。
67
(1): 2008/04/28(月) 17:28:35 0 AAS
>>60
その手の宗教的なことが似通ってるのは世界どこでも同じ。
例えばゲルマン古代信仰見てると、
神道じゃないかと思うこともある。
68
(1): 2008/04/28(月) 22:59:54 0 AAS
>>67
ゲルマン古代信仰なんてほとんど何もわからないよ
キリスト教化された後中世以後多くの創作が加わっていわゆる「カッコツケ」になってしまって
本来の姿が全くわからなくなってしまった
中世以後に創作された一連のゲルマン北欧神話をみても、神道とは似ていない
69
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
70: 2008/04/29(火) 10:14:42 0 AAS
>>68
ニーベルンゲンの指輪とか指して古代信仰という人はいないんじゃない?
67が何を指しているのかは知らないけども。

個人的に気になるのは中世〜近世のフランスやドイツでたびたび目撃され
「死者の軍勢」「荒ぶる狩猟」などと呼ばれた怪異の東限はどのあたりなのかということだな。
71: 2008/04/29(火) 13:06:36 0 AAS
>「死者の軍勢」「荒ぶる狩猟」

kwsk
72
(2): 2008/04/29(火) 20:26:05 0 AAS
226 :世界@名無史さん :2005/08/30(火) 00:32:34 0
中世の教会の記録でも「夜中にオーディンが死者の軍勢を率いているのが目撃された」とかいうのがあったり。

227 :世界@名無史さん :2005/08/31(水) 10:06:24 0
>>226
妖怪みたいだな。

228 :世界@名無史さん :2005/08/31(水) 13:31:15 0
百鬼夜行みたいね

229 :世界@名無史さん :2005/09/01(木) 18:10:12 0
中世によく目撃された「ヘルレキニの眷属」だな。
それの別バーでディアーナが魔女の群れを率いていたりとか。
73
(2): 2008/04/29(火) 20:26:47 0 AAS
230 :世界@名無史さん :2005/09/01(木) 20:05:33 0
ゲルマン系に限らず、ケルト系やラテン系と言われるフランスでも伝説として残っていたものだね。
「夜の軍団」とか「死者の軍勢」とかの呼び名もある。
その軍勢の中に戦死したはずの叔父や祖父なんかがいたりもするわけだ。

北欧神話の神々との融合の典型的な例は「聖ルキア」かな。
聖ルキアは、ディオクレティアヌス帝時代のナポリの殉教者で眼病治癒の守護聖女。
「光の乙女」とも呼ばれている。
「サンタ・ルチア」の歌でも知られていると思う。
本来、北欧とは何の縁も無いこの守護聖女のお祭り(12月13日)が、北欧各地で特別なお祭りになる。
北欧の国々がルター派に改宗してからも、それは変わらない。
それもそのはず、この日は北欧神話の「太陽の女神ソール」のお祭りの日だったから。
(冬至から日にちが一週間近くズレているのはユリウス暦だったから。)
74
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
75: 2008/04/30(水) 04:56:38 0 AAS
>>72-73
なんかスラブ圏でもそういう話は聞いたことあるぞ。とはいえロシアは知らん。
中世ヨーロッパ全体の伝承では?

あとゾンビは古代の湿地帯の住民の死体だって聞いたことがあるな。
腐敗しないから白くなってそのまま残る。それを見てみんな驚く。
ゴート人の死体じゃないかとか言われてるな。火葬の習慣がないのにヴィスワ水系の湿地帯に住んでいたから。

中世のスラブ人は土葬せずに火葬するんだ。何でかは当時のスラブ人も理由が忘れられて知らなかっただろうが、
実際は湿地帯だと死体が腐敗せずに残るのが気持ち悪いからなんだよ。
76
(2): 2008/04/30(水) 06:16:04 0 AAS
スラブとゲルマンは全く神話が違うの?
77: 2008/04/30(水) 09:16:58 0 AAS
>>76
違う。
78: 2008/04/30(水) 15:02:45 0 AAS
>>76
違うといっちゃ違うし。
スラブとゲルマンがだいぶ昔に別れてそれぞれ独自に発展したから。

どう見たってヨーロッパからインドや古代中国に広がる同根のクルガン文化(アーリア人)だけどな。
79: 2008/04/30(水) 17:19:21 0 AAS
ボレスワフ1世=まさに信長
ヴワディスワフ1世=まさに家康
カジミェシュ3世=強いて言えば家光
スタニスワフ2世=まさに明治帝

秀吉(百姓→天下統一)はさすがにいない
80
(1): 2008/04/30(水) 20:06:08 0 AAS
ピアスト朝の始祖は百姓だったという伝説もあるけど
81: 2008/04/30(水) 20:24:21 0 AAS
>>72-73
そうそれ。
「ヨーハン・ディーツ親方自伝」のような本にも目撃談があったりする。
82: 2008/04/30(水) 22:09:06 0 AAS
>>80
ピアストさんは百姓じゃなくて、車大工の親方。「車大工のピアスト」と呼ばれる。
ピアスト朝の前のポピエリド朝の宮宰だっという説もある。

実際は両方じゃないか?
車屋を経営して財を成して宮廷で宮宰もやっていたと。
83
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
84: 2008/04/30(水) 23:15:32 0 AAS
ポーランド・リトアニア連合は復活するだろ
85: 2008/05/01(木) 00:56:33 0 AAS
外部リンク[php]:finchannel.com
外部リンク[html]:wiadomosci.gazeta.pl
↑ドナルド・トゥスクさん世論調査で大人気
ロシアでのプーチンより人気がある
ほとんどカリスマになってきた^ ^
やり手政治家だね

ワレサさんの人気が回復したのがびっくりだね
ヤロスワフ・カチンスキさんは完全に終わってるね

それでトゥスクさん、ポーランド=リトアニア連合王国の復活を企んでるよ^ ^;↓
外部リンク[html]:www.bbc.co.uk
外部リンク:www.polskieradio.pl

個人的には大賛成だけど、ロシアは神経質になるだろうな
86
(1): 2008/05/01(木) 22:37:50 0 AAS
>道祖神

中国にもあるし、こっちが源流じゃないかって説も。
盆に関してもヨーロッパだけと比較するんじゃなくて
ちゃんと歴史を知っといたがいいな。世界史板住民なら。

この程度で似てるとか言い出すのはあんま知らないやつだな。
87
(1): 2008/05/01(木) 22:42:21 0 AAS
>>86
ちゃんとソースを出して語らないと、負け犬の遠吠えに見えるぞ。
88: 2008/05/01(木) 23:02:34 0 AAS
>>87
あらら・・よっぽど口惜しかったのか。
それとも盂蘭盆会程度も知らない真性か?
89: 2008/05/02(金) 00:07:04 0 AAS
まーた始まった
90
(1): 2008/05/02(金) 08:01:00 0 AAS
「ドイツ騎士団の侵入に協力し、12世紀末にキリスト教に改宗した族長リフ」
って何者?
91
(1): 2008/05/02(金) 15:07:56 0 AAS
>>90
よく知らないが、ハンガリーで問題を起こしたドイツ騎士団をピャスト朝マゾフシェ公のコンラートがマゾフシェ以北に移住させたのが13世紀だから
12世紀の話ってこのスレと関係あるのか?
92
(1): 2008/05/02(金) 16:52:33 0 AAS
>>91
コンラートはドイツ騎士団のプルシ(プロシア)への移住は認めてないよ。
マゾフシェ公国の北方=プルシへの十字軍遠征を要請しただけだ。
そしたらドイツ騎士団は教皇か皇帝の勅書を偽造してプルシに居ついてしまったのが真相。
93: 2008/05/03(土) 01:15:50 0 AAS
>>92
ああ偽造したって皇帝が出したとかいうリミニの金印勅書か
経緯から言ってあれは明らかに偽造以外の何物でもない

ハンガリーでも居つこうとしたから追い出されたんだよあいつらは
94
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
95
(1): 2008/05/03(土) 15:21:59 0 AAS
ドイツ人の東方植民は、当初はポーランド人の村と並んで植民村を建設していたが、
やがてポーランド人の村を排除して植民村が作られたりもした。

しかしドイツ騎士修道会のプロイセンにおける例を除けば植民は概して
平和的に進められたという。
96
(1): 2008/05/04(日) 15:29:15 0 AAS
>>1
ポーランド=リトアニア同君連合王国
王国は間違い
ポーランドは王国だったがリトアニアは大公国
リトアニアを王国にひっくるめることはしない
ポーランド王はリトアニアではあくまでリトアニア大公
王ではない
せめてポーランド=リトアニア同君連合
にすべき
97
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
98: 2008/05/05(月) 15:20:48 0 AAS
>>95
ドイツ人vsポーランド人その他の民族対立なんかなかったんだってさ

あったのは
「ドイツ人とポーランド人その他の混血=ドイツ化した都市民&自作農=バルト・ドイツ人」vs「ドイツ騎士団=ドイツ貴族」
の階級対立

これが後にプロイセン王国内で革命に発展する
革命側は現在のドイツ国旗、王侯貴族側はドイツ帝国旗がシンボル
99
(1): 2008/05/05(月) 16:19:55 0 AAS
バルト・ドイツ人はドイツ人の一種であるが、大半がポーランド帰属派(プロイセン連合)。
ポーランドと対立するわけがない。
100
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
101
(2): 2008/05/06(火) 13:00:08 0 AAS
>>99
大半と言うより、全員だな。
すべてのバルト・ドイツ人はドイツ騎士団を嫌悪していて、ポーランドによる支配を望んだ。

その結果が14-15世紀のポーランド・チュートン戦争だ。
102: 2008/05/06(火) 13:14:28 0 AAS
中世の超大国、それがポーランド・リトアニア同君連合!
103
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
104: 2008/05/06(火) 17:45:00 0 AAS
>>101
バルトドイツ人の先祖は基本的に古プロイセン人。
リューベック法が適用されてドイツ語を覚えて使うようになった。
105
(1): 2008/05/06(火) 17:49:30 0 AAS
>>101
ドイツ騎士団ってなぜそんなに嫌われていたの?
106
(1): 2008/05/06(火) 19:05:30 0 AAS
>96
その理屈ならオーストリア=ハンガリー「帝国」ってのもダメなのか。
107
(1): 2008/05/06(火) 19:57:38 0 AAS
>>105
都市や候領の自治権を侵害するのと、騎士団でない寺院に意地悪するのと、
恣意的に重い税金を課すのと、騎士団員が治外法権で刑事犯罪もやりたい放題だから。
嫌われるわけだろ。

ポーランド王国はそのすべてにおいて正反対だった。
好かれるわけだろ。
108
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
109
(1): 2008/05/07(水) 22:27:31 0 AAS
>>107
あと都市から「みかじめ料」を取り立てた
完全にヤクザだった
110: 96じゃないが 2008/05/08(木) 00:23:56 0 AAS
>>106
アウスグライヒ以降のオーストリア=ハンガリーの略称は
Kaiserliche und königliche Monarchie
直訳すると「皇帝と国王の君主国」
よってきちんと表現するなら「帝国」だけでは足りない

でもまあ慣例としてオーストリア=ハンガリー二重帝国という表現が
使われているのでそれはそれでおk
111: あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
112
(1): 2008/05/08(木) 10:04:58 0 AAS
ポーランド=リトアニア同君連合王国も慣例として使われているからこれもおk
113: 2008/05/08(木) 11:03:21 0 AAS
>>109
ヤクザとかわらんな
114: 2008/05/08(木) 12:18:08 0 AAS
「騎士団」なんてほとんどがヤクザですがな。
115: あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
116: 2008/05/08(木) 22:01:02 0 AAS
>>112
>ポーランド=リトアニア同君連合王国も慣例として使われているからこれもおk
連合王国という言い回しは日本語でもポーランド語でも使われていない
ポーランド語だと"RZECZPOSPOLITA SZLACHECKA"「シラフタ共和国」が多く使われている
117: 2008/05/08(木) 22:21:20 0 AAS
ウクライナは分裂して西ウクライナはEUに入るべきだろう
そのほかヴィシェグラード連合のメンバーになるべきだ

ルカシェンコが死んだらベラルーシもEUに入るべき

西ウクライナ、ベラルーシと緩衝国家があることで、ポーランドはだいぶ楽になる

カリーニングラードはそう遠くないうちにロシアから独立してロシア人国家としてEUに入るだろう
118: 山野野衾 ◆jBrGNc9rBQ 2008/05/08(木) 23:21:38 0 AAS
>>39
中世にはローマの後継者、キリスト教の護持者では。
ロシア帝国→東ローマ帝国の後継者、ギリシャ正教
神聖ローマ帝国→西ローマ帝国の後継者、カトリック

>>35-36氏の言われる「複数の民族を統治している国家」という定義とは基準
が異なるのではないかと。
119
(3): 2008/05/09(金) 00:55:13 0 AAS
そもそもベラルーシとかウクライナとかいう国家はこの世に存在しなかったんだからな。
ドイツもそうだ。ドイツという国家は存在しなかった。

10世紀から存在している国家はポーランドのみ。
120: あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
121
(1): 2008/05/09(金) 08:36:34 0 AAS
>>119
確かに。
中世にはベラルーシやウクライナだけでなく、ドイツもこの世に存在していない。
122
(1): 2008/05/09(金) 11:23:29 0 AAS
来月のEURO2008のポーランド‐ドイツ戦(6月8日)の開催地クラーゲンフルトの場外乱闘は
ポーランド人vsドイツ人のどっちが勝つだろうな?
123
(1): 2008/05/09(金) 17:12:56 0 AAS
>>119
フランスがあるだろ。ついでにハンガリーもぎりぎり11世紀としてもほぼ同時期の成立で、こっちは一度も消滅してないぜ。
124: 2008/05/09(金) 20:33:17 0 AAS
>>123
モハーチの戦い以後は・・・でも「消滅」はしてないんだったか?
125
(1): 2008/05/09(金) 20:49:27 0 AAS
>>119>>121
10世紀には東フランク王国が健在で、この頃になると東フランクはドイツ王国と
呼ばれるようになっている。ドイツ王オットー1世が皇帝に即位して以降は、
教皇から帝冠を受ける受けないに関わらず、ドイツ王がイタリア王と(11世紀からは)
ブルグント王を兼ねた状態で帝国全土に君臨していた。
ドイツ王国は形式としてはナポレオンにぶっ壊されるまで存続するし、
大空位時代あたりまでは領邦化もそれほど進んでないので、実態としても
少なくとも13世紀ごろまではしっかりと存在していた。

汝の敵を知れ。スレ主はドイツが嫌いなようだが、もっとドイツや帝国のことを
勉強するべき。
126
(1): あぼーん [あぼーん] あぼーん AAS
あぼーん
127
(2): 2008/05/10(土) 09:12:36 0 AAS
>>125
それをもってドイツと呼ぶならば、ポピェリド朝ポラン・ゴプラン国もポーランドになるんじゃないか?
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