[過去ログ] 主イエス・キリストは父なる神 3. (400レス)
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257: ブルネルス 2006/12/25(月) 18:35:37 ID:5N8dyRZ9(2/3)調 AAS
すんません。つい・・・
258
(1): 名無しさん@3周年 2006/12/25(月) 18:51:04 ID:imSgYZej(2/4)調 BE AAS
気持ちはわかるよ。よーく。
しかしあなたが相手してるのはニコデモでもパウロでもなく、
かのヨハンネスであるということは
そろそろ覚えておいてもよいと思うのですよ、ガマリエルせんせ。
259
(2): ブルネルス 2006/12/25(月) 19:47:51 ID:5N8dyRZ9(3/3)調 AAS
私には、もぐらと鷲の区別がつかんのですよ
あるいは、
私は、もぐらと鷲を区別するのが嫌いなんですよ
260
(1): 名無しさん@3周年 2006/12/25(月) 20:52:03 ID:imSgYZej(3/4)調 BE AAS
そういうことをいってるのじゃない
彼には彼に届く話し方じゃないと届かないよといっている。
1スレのお仲間の攻めのほうがせんせのより彼にはずっと堪えてたみたいよ
といわなかったでしたっけ。
261
(1): 名無しさん@3周年 2006/12/25(月) 21:13:24 ID:imSgYZej(4/4)調 BE AAS
もぐらと鷲は私はどうでもいいけどね。嫌いっちゃ嫌いだが。どちらが偉いというものでもなし、機能していない比喩だとは思うけど。
しかし、それはいまさらしょうがない。昔から彼はそういうレトリック使うのが下手だし、そもそも末教徒は師匠ゆずりの下手な比喩を使うのが好きなんだから、しょうがない。
あれが彼らの個性で、我々はそれをも受け入れざるをえない。キリスト教世界の諸表象がそうであるように、彼らのもまたひとつの歴史的所産で、それが彼らの表象世界で、彼らはどうもそこを離れて語ることが難しいらしいのだから。

ただ、そこに捉われている彼を私は憐れに思う。
もののひびき、知性によって受け取られる以前のところに、神の言は現前する。それをどうやって知るか――その道はいろいろあっていい、たぶん。
けれどひとつの道を否定する者には、別の道もただ閉ざされてあるのだろう。それはあるけれど、向こうにいわれせば大きなお世話ということだろう。

ちと語りすぎたかな。ギャラリーに戻るわ……そうそう、クリスマスおめでとう。
262
(1): ブルネルス 2006/12/25(月) 21:46:08 ID:4hTKJZTV(1)調 AAS
>259
>258
  |あなたが相手してるのはニコデモでもパウロでもなく、
  |かのヨハンネスであるということ
へのレスなのね。そこを区別することに対して言ってるのです。

>260
  |彼には彼に届く話し方じゃないと届かないよ
うん。届かんでいいの。半分はギャラリーに向ってのパフォー
マンスなんだから。

>261
あなたは基本的に真面目なんですね。
263: 名無しさん@3周年 2006/12/25(月) 22:33:19 ID:QOHNMnc6(1)調 AAS
>>252,253
理性によって神を認識できるんですか?
それはどうすればできますか?
道理によって理解できたのなら、それを言葉にできませんか?
理屈で表現できれば、それが神の存在証明になりませんか?

理性による理解とは、従来の神の存在証明のことを指しています。
「従来の神の存在証明の間違いを明らかにすること」が、
なんで神を否定してることになるんですか?
間違いを間違いのままにしておいた方が良かったんでしょうか?

認識能力とは何のことですか?
それは理性ですか?
その認識能力はある人とない人がいるんですか?
それは生まれつきのものですか?

盲目の人が、自分が盲目であることを理解したら間抜けですか?
盲目の人にものが見えないのは間抜けですか?
盲目の人は間抜けですか?
盲目だという事情を知れば、理解し、納得できないでしょうか?
264: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/26(火) 23:30:32 ID:t/iPI4sy(1)調 AAS
もぐらが何を言っているのか訳が分かりません。
265: 名無しさん@3周年 2006/12/27(水) 21:58:35 ID:SPRM5s/U(1/2)調 AAS
理性というのは、道理に基づいて考えたり判断したりする能力のことですよね?
道理によって神の存在を理解できるなら、理屈で表現できるはずでしょ。
だから、「それはどういう理屈なのか」、お訊きしています。

始めから問題にしてるのは、「理性によって神の存在は理解できるのか?」です。
神の存在を理解できるかどうかではなく、それが理性によるものかどうか、です。
もし、あなたの言う認識能力が理性とは別のものだったら、あなたの言ってる
「神の存在の理解」は純粋な理性による理解ではないことになります。
だから、「その認識能力とは何のことなのか」、お訊きしています。

「神を否定する」というのは、「神は存在しない」と言うことでしょ。
「理性によって神の存在は理解できない」と言うのは、理性では神が存在するのか
しないのか判断できない、という意味で、「神は存在しない」と言うこととは全く
意味の違う別のことでしょ。
仮に、本当は理性によって理解できるのだとしても、それは関係のない話です。
だから、「理性によって理解できない」と言うのは、「神は存在しない」と言って
るわけではないんだから、「神を否定してる」ことにはならないと思います。
266: 名無しさん@3周年 2006/12/27(水) 23:28:47 ID:SPRM5s/U(2/2)調 AAS
あなたは「理性によって理解できる」と言ってるものの、ここに来て「認識能力」
という新しい言葉を持ち出してきました。
だから、「その認識能力とは何のことなのか」、確認のためにお訊きしています。

↑この説明が抜けてました。
267: 名無しさん@3周年 2006/12/28(木) 20:22:42 ID:iILa+ni1(1)調 AAS
神の存在は難しすぎるだろうから、「良心」が理性によって理解できるか?
に問題を変えてみたらどうだろうか?

「人はなぜ隣人にやさしく接しなければならないか」というのは、理性では
説明しきれんと思うよ。せいぜい「自分が他人からそうされた時にうれしく
感じるから」と答えられるくらいで。

だから、「良心」の存在とは、「良心のある人間には自明だが、そうではない
人間には存在しない」と言うしかない。これを拡張したら、そのまま「神の存在」
の問題になる。

「神は、神の存在を信じている人間には自明だが、信じていない人間には存在
しない」
まさに同語反復なんだが、そうとしか言えないのも事実。
268
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/29(金) 00:55:20 ID:UvnnF4EP(1/2)調 AAS
それが単なる理性によるかどうか分かりません。
ただし、主からの霊的な光に照らされなければ霊的なことは理解できません。
その霊的な光のことを聖霊とも呼びます。

また、もぐらに神の存在が認識出来なくとももぐらを創造した神がいないと
いうのは馬鹿げた理屈です。
269: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/29(金) 00:57:22 ID:UvnnF4EP(2/2)調 AAS
まあ、しかし神を認識出来ない人間はあれこれと議論するものです。
そういうのをごまめの歯軋りと言います。
270: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/29(金) 23:20:06 ID:b3W8UPLV(1/6)調 AAS
そうです。もぐらが神によって制約されても神がもぐらによって制約されるとは
どういうことでしょう。そんなことより自分が神を認識できるかどうかです。
271
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/29(金) 23:30:46 ID:b3W8UPLV(2/6)調 AAS
この世は確かに狂っています。サタンの天下です。
しかし、主イエス・キリストが父なる神御自身であることは事実です。
272: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/29(金) 23:34:08 ID:b3W8UPLV(3/6)調 AAS
残念ながら教役者たちも主が神であることを知りません。
主を神と言いながら、あるいは聖母を神の母と口では言いながら、
天の父が神であって主イエス・キリストが神であるとは思っていません。
273: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/29(金) 23:35:32 ID:b3W8UPLV(4/6)調 AAS
神が唯一であることくらい常識なのに、平気で3神論を唱えるのです。
274: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/29(金) 23:38:24 ID:b3W8UPLV(5/6)調 AAS
しかし、いずれ主イエス・キリストが父なる神であることは
理解されるようになるでしょう。サタンたちがいくら噛み付いても。

マタイ7・6
「神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。
 それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。」
275: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/29(金) 23:42:58 ID:b3W8UPLV(6/6)調 AAS
頭の狂ったサタンたちよ。吠えなば吠えよ。おまえたちなど
聖母の足で踏みにじられるだけだ。
276: 怠け者 2006/12/30(土) 12:05:49 ID:HnsuQX5U(1)調 AAS
サタンE神 悪E善 私は神側につきます
277: 天ノ川 創 [sou222@qa2.so-net.ne.jp ] 2006/12/30(土) 12:40:59 ID:NN1JgFz8(1)調 AAS
まーまー
278
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/30(土) 12:59:36 ID:nEDUhuaW(1)調 AAS
主イエス・キリストが唯一の神であることを認めないならそれは
真のキリスト教ではありません。形ばかりのキリスト教です。
279: 名無しさん@3周年 2006/12/30(土) 13:49:28 ID:pyWQ0czX(1)調 AAS
いやぁ、年末でのんびりできますね(^O^)

>>271

>しかし、主イエス・キリストが父なる神御自身であることは事実です。

いまさら話を混ぜっ返すようでなんですが、
主イエス・キリストは「主なる神」であって、「父なる神」ではないのでは?

んで、父なる神は「主なる神」であるけれど、「主イエス・キリスト」ではないのでは?

>>278

>主イエス・キリストが唯一の神であることを認めないならそれは
>真のキリスト教ではありません。形ばかりのキリスト教です。

これは同意ですね。
確かに主イエス・キリストは唯一の神であられます。
280
(1): 名無しさん@3周年 2006/12/30(土) 22:04:59 ID:4ITJfmdt(1)調 AAS
>>268
神の存在の理解には、「理性」に加えて「霊的な認識能力」の補助が必要だという意味
でしょうか?
それなら、「理性と霊的な認識能力」によって神の存在を理解できるのであって、純粋
に「理性」によって理解できるのではないことになりませんか?
始めから問題にしてるのは、「理性によって神の存在は理解できるかどうか」でした。
「神の存在を理解できるかどうか」ではなく、それが「理性による理解なのかどうか」
でした。「理性と霊的な認識能力」によって神の存在の理解が可能になるのであれば、
「理性によって神の存在は理解できない」というのは、「間違いではない」ということ
になりませんか?

「神を否定する」というのは、「神は存在しない」と言うことですよね?
「理性によって神の存在は理解できない」と言うのは、「理性では神が存在するのかし
ないのか判断できない」という意味であって、「神は存在しない」という意味にはなら
ないと思います。
だから、「理性によって神の存在は理解できない」と言うことが、なんで「神を否定し
てる」ことになるのか、どうして「神は存在しない」と言ってることになるのか、その
理屈をお訊きしています。
281
(2): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/31(日) 00:03:44 ID:CrweDDbt(1)調 AAS
サタンは神の存在を否定します。それは理性が狂っているからです。
理性によって神の存在は理解できます。もちろん理性も天からの光に
照らされてのものですが。サタンが理性によって神の存在を理解できない
のは神からの光を自ら遮っているからです。太陽に背を向けるなら
太陽を見ることができないように、神から身を背けるからです。
282
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/31(日) 00:06:47 ID:ksqhy420(1/3)調 AAS
結局、理性によって神の存在は理解できないと言うことは、実質的に神を
否定していることに他ならないのです。
283
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/31(日) 00:12:17 ID:ksqhy420(2/3)調 AAS
まあ、それは神の存在を知っていながら神から身を背ける、すなわち神を
否定しているのか、神の存在を全く知らないために神の方を見ていないのか
の違いは人によってあるでしょう。サタンは神を知っていながら否定する
というのが正しいでしょう。
284
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2006/12/31(日) 00:14:05 ID:ksqhy420(3/3)調 AAS
主なる神も父なる神も同じことです。神の呼び名はたくさんあるのです。
285: 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 12:02:28 ID:rux6N39G(1/4)調 BE AAS
>>259,262
そういう気分があったことは否定しません。すまん。
286: 慈風 2006/12/31(日) 12:58:39 ID:ps4KZoZl(1)調 AAS
何もわからないなら、自分の判断を信じるしかない。
それにより誰かを攻撃したとしても、その意味をしるまでには、行為を継続するしかない。

既に愛であったこと、私が道であったことを知るとき、はじめてあるがままを知る。

非難されることもなく、否定もない。
自分自身に返るとき、そこに真実をみるだろう。
287: 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 19:03:56 ID:zxqcNxtL(1/8)調 AAS
>>281
相変わらずいいかげんなことほざいてんじゃねえよヴァカスーラ狂ひの糞ボケヨハネw

あなたは、神はおひとりだと信じています。りっぱなことです。
ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。(ヤコブ書簡2:19)

地獄には神が存在すること自体を否定する無神論者もいるであろうが、それだけではないぞ
むしろ神の存在は知っている、のみならず神が唯一であることすらも理解している
そんな輩がゴロゴロしている、ヤツらは神の存在を否定しているのではない
神の存在を憎むのだ、憎くて憎くてしょうがない、そう、お前のようにだw
神でさえ自己愛で支配する対象でしかない、そう、お前のようにだw
そうして神が、真理が恐ろしくて仕方がない、ブルネルスという己の産みだした虚妄に怯えるお前のようにだw

その対象を憎むということがその対象を否定することでもあるが、
決してその存在が実在すること自体を否定しているのではない

パウロ書簡のどこに神の存在を否定しているのか? パウロは無神論者だったか?
パウロの末路はどうであったのか? そんなことはもう何処かに吹っ飛んでしまっているようだなw
さすが地獄の組長パウロの一番弟子だけのことはあるな(爆)
288: 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 19:06:13 ID:zxqcNxtL(2/8)調 AAS
>>284
なーにが理性的だ、284、あるいは264のどこが理性的かw
理知のかけらもないレスではないかwww

同じこと、か? じゃあなぜ一人の神が様々な名で登場するのか?
同じだったら一つの名で充分だろうが、万軍の主、ヤコブの全能者、シャッダイ、ベテルの神・・・
逐一説明せよとは言わんが、全部同じことです、でおしまいか?
あるいは「理知的なお方の鋭い分析はモグラの私にはワケが分かりましぇ〜ん」、でおしまいかw
理性を放棄した能無しはお気楽でいいなw

結局ス氏をいくら読もうが全く何の役にも立ってねぇ 役立とうとする気などサラサラ無いようだな
279氏は、さりげなく、神学の核心を衝く深く恐ろしいことを書いている、すなわち、お前を試したのだ
だが当然のごとく徒労に終わったな、おまえは279を読んでも何とも感じもしなかったであろう
知性だけでなく良心も完全に欠如しているからなw

聖書を読もうがス氏を読もうが、お前は真理の上っ面をなぞるだけで悦に浸っているだけだ
なぜならお前にとって真理などはマリアカルトを正当化するための道具でしかないからだ。
289: 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 19:08:28 ID:zxqcNxtL(3/8)調 AAS
>>280
おそらく237、251、263、265辺りも君の書き込みだろうか
君の言うことはもっともであり、非常に鋭い分析能力だ、特に280などは
君のような人にス氏を読んでもらいたいものだが・・

まず君に詫びておこう
おそらく、2chに出入りする連中には君の怜悧な頭脳を満足させる返答を
与えることはできないであろう、無論私も含めてだ

ましてやこんな、マリアチャン狂ひのマザコンジジイなんぞ相手にしない方がいいぞ
一つ君に分かっておいて欲しいのは、ス氏やあるいは各宗教の正統な教典等のことを口先では称賛し、
その教義や知識の一部を洗脳に悪用するカルト教団(あるいは個人)は珍しくないということだ

ここがカルトのややこしいところで、言ってることの一部はそれ自体は正しい真理なのだ
正しい人間も正しい目的で真理を引用するし、邪悪な輩も邪な目的で同じことをする
一見どっちも正しいようにしか見えない、目的を見抜くのは難しい、だから多くの人が騙されるのだろう
290
(2): 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 19:08:59 ID:rux6N39G(2/4)調 BE AAS
おー287さんは1スレの新教会の方?
末さんのパウロの位置づけがどうかというのはちいヨハにスルーされてたネタだったので、解説ありがとうでした。4年来の疑問が解けてすっとしました。

ひとつ気になるのは「公刊著書にあった」VS「遺稿にあった」はお説のように
・やばいから表でいわなかった
という可能性もあるでしょうが、思想の変化ということも一般にはいえるのではないかと思います。遺稿のほうの執筆時期をご案内いただければ幸い。

パウロが地獄にいるとは思っていない伝統的教会シンパより
横レスすまそ。
291
(1): 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 19:11:16 ID:zxqcNxtL(4/8)調 AAS
>>290
むむ?
まあとにかくもう少し書かせてねw
292: 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 19:13:04 ID:rux6N39G(3/4)調 BE AAS
>>291
ほーい。あと向こう汚して申し訳ない。まさかあちらで(も)彼が暴れるとは思ってなかったので……
293: 289の続き 2006/12/31(日) 19:18:40 ID:zxqcNxtL(5/8)調 AAS
要するに私が言いたいのは、このヴァカスーラ狂ひの糞ボケがほざく妄言が、
決してス氏が主なる神から伝えた新しいエルサレムの新教会教義の模範的解答であるとは
絶対に思わないでほしいと言うことだ。ス氏の読者がみんなこんな感じと思われてはたまったものではないw
まあ、ス氏の読者一人一人が異なった認識を持つのは事実だろう
例えばあのペガサス氏とも私は僅かだが認識を異にする部分があると感じる
だがここのバケモノはそういうレベルの話ではない

264を見れば分かるが、水を求めて喘ぐ者に、ヘラヘラ笑って空の器を差し出す、これが奴の正体だよ
そしてモグラがどうのこうのの繰り返しw 基本的に人を見下すことしかできぬ輩だ

仮に奴が何かほざいたとしても、すなわち逝っちゃった目つきで蜂蜜水を差し出すにしても、
ステレオタイプ的に繰り返すその一部はス氏の受け売りだから、それ自体は間違いではないのだが、
奴は蜂蜜に猛毒を混入して何食わぬ顔で二つ共に水に混ぜて差し出す
それで結局蜂蜜もダメにしてしまうのだ、困ったことに奴には毒を入れたという意識はおそらく全く、無い・・

ス氏の伝える新教会教義と、汚らわしきマリアカルトとは当たり前だが絶対に相容れない完全に対立したものであって、
マリアカルトを正当化するために新教会教義を利用するなど最悪の大罪であるということだ
まあ君には関係ないかな、今の君にとってはス氏もかなり怪しい代物だろうしな

>>290
(私は君が思っているとおりの人物だ、まあ簡単に分かるだろうけど)
著作に関するパウロの記述については、後日ス氏スレで書いておこう(多分)
294: 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 19:21:37 ID:zxqcNxtL(6/8)調 AAS
このスレの3から18辺りを見れば君も分かるだろうが、コイツは明らかに壊れている(合掌)
あるいは、

107 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2006/12/29(金) 23:48:17 ID:b3W8UPLV
頭の狂ったサタンたちよ。自作自演で吠えなば吠えよ。
おまえたちなど聖母の足で踏みにじられるだけだ。

109 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2006/12/31(日) 00:21:52 ID:ksqhy420
自作自演のおかま巫女、いつまでやるのか。恥を知れ。

他のスレでもこんな感じだw
コイツも神は存在する、神は唯一であると、口先では承認する
だが頭の中はアタイだけの愛しい愛しいマリアチャンで埋め尽くされちゃってる
このスレの222氏の注解にあるように、放置プレイが推奨だ
まあ全て事情が分かった上での暇つぶしのおちょくり相手にするならよいが
深入りはお勧めしない

蛇足だが、222は俺が書いたものではない
ということはそこにリンクされているス氏スレ374-381,384.385も私が書いたものではない
(彼は過去の父スレのボーダー住民氏だろうか? で、関係ないがマリアが後のくしこか?)

だがここのヴァカスーラ狂ひの糞ボケヨハネには
みんながみんな一人の人間の自作自演ということになってるらしいw
(実在するブルネルスとは別の)奴の虚妄が産みだしたブルネレスとやらのね
で、悪いのは全部ブルネルス一人ってことに無理やり収斂させて事を極度に単純化させることで
理性的推論をしなくて済むように必死に自己妄想を働かす、要するに奴は万事がこれなんだよ

こりゃ相当ヤヴァイw 確かにこれは人格障害の気があるな・・
まあ俺も他人のことを偉そうには言えんが
295: 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 19:29:00 ID:zxqcNxtL(7/8)調 AAS
 
   「神が滅ぼそうとされる者、彼らは最初に気が狂う」

なんかヨーロッパの古いことわざかなんかにこんな感じのがあるらしい
実際には神が滅ぼすのではなく、本人が勝手に発狂するだけなんだが・・・

これはス氏の著作でもしばしば登場する冒涜という行為に関連があると思われる
しかしここではもう冒涜についてはまた長くなるので書かないこととして、

君はこんな冒涜者なんぞに構わず自分の道を進んだ方がいい
君が真剣に真理を追い求めているのなら無力ながら私が気紛れで相手をしないこともないが、
私では残念ながら力不足だろう、当方この宗教板には最近出入りせず、
この年末に久しぶりに覗いてみただけの、単なる通りすがりにすぎない

自分でスレを作り、せっせと上げレスにいそしみ、これみよがしにコテを誇り、
とにかく自分を見せびらかしたくてしょうがない、すなわち自己顕示欲の塊

表向きは慇懃だが、本性ではひたすら他人を見下す以外に興味がない
こんな自己愛の権化なんざに関わっても時間の無駄だろう

あまり2chに過度の期待はしない方がいいってことかな
思わぬ拾い物をすることもあるがね

じゃパウロのことをもう一度ちょっとだけ調べてみるかな
年明けの第1週の終わり迄に、少し書けたら書いておこう
296
(1): 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 19:29:59 ID:rux6N39G(4/4)調 BE AAS
ボーダー住民氏の名誉のためにいうが、私は彼ではない。彼はもっとスエよりの人だろう(なおマリアはくしこではない、という証言がある。そもそもマリアには当時から「代役のマリア」とかいろいろいたので、その系統だろう)。

もうありていにいうが、私はほんとは彼のことはみなが放っておくのが一番いいんじゃないかと思っている。飽きてしまえばまた離れていくだろうと思ってもいる。
だが、ここ数日をみていて、それは無理なのかなと思っている。……突き落として底を打って、また前のように奥さんに引きずりはがされるよりないのかも。と。
297: 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 19:45:17 ID:zxqcNxtL(8/8)調 AAS
>>296
うーむ、そうであったか
それにしても素速いレスどうもどうも

まあアレが自ら消えるとは私も思っていないが、
だからといってエサはなるべく与えん方がいいでしょう
私もレスしちゃったわけだが・・

私も他人に説明することの難しさを最近痛感しています
そしてしばらくこの板から遠ざかっていた
今後もたまに覗くぐらいにしておこうかと
パウロについては少し書くことになっちゃったみたいだが
298
(1): 名無しさん@3周年 2006/12/31(日) 23:46:19 ID:Dcdpct1h(1)調 AAS
>>281-283
問題文に、「理性によって神の存在は理解できるか答えよ」と書かれてあります。
単にあなたは、「理性によって」と問題に限定が指示されているにもかかわらず、
問題文の指示を無視して、理性とは別の「霊的な認識能力を働かせばできるよ」と
頓馬なことを言ってるだけだと思います。
あなたは、「理性と霊的な認識能力によって理解できる」と言ってるのであって、
純粋に「理性によって理解できる」とは言ってません。
だから、問題文に対する解答としては、「理性によって神の存在は理解できない」
という解答が正解になると思います。

あなたの今回の書き込みを要約すると、
「サタンは神の存在を否定します。だからわざと霊的な認識能力を働かせません。
そんなことをするのは神を否定してることと同じことです」
もっと簡単にすると、
「神を否定してることになるのは、神を否定するからです」
と言ってるだけではないでしょうか?
「なんで神を否定してることになるのか」とその理由をお訊きしているのに、
「それは神を否定するからです」では説明になっていないと思います。

「神を否定する」というのは、「神は存在しない」と言うことですよね?
「理性によって神の存在は理解できない」と言うのは、「理性では神が存在するの
かしないのか判断できない」という意味であって、「神は存在しない」という意味
にはならないと思います。
だから、「理性によって神の存在は理解できない」と言うことは、「神を否定して
る」ことにはならないと思います。
299: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/01(月) 17:47:04 ID:SEwbHPhj(1/6)調 AAS
主イエス・キリストが唯一の神御自身であることが分かればそれはそれで
理解面では十分でしょう。あとは自分の悔い改めの実践あるのみです。

ただし、スウェーデンボルグを読んで主が神であることが分かったとしても
主がどんな方かは分からないでしょう。それにはマリア・ワルトルタを読む
必要があると思います。
300: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/01(月) 17:51:57 ID:SEwbHPhj(2/6)調 AAS
まあ、もぐらたちが何を言おうと、空飛ぶ鷲に何ら痛痒はないのです。
もぐらにはもぐらの道があり、もぐらはもぐらにしかなれないのです。

もぐらたちがスウェーデンボルグを読んでもスウェーデンボルグ主義の
ファリサイ派になるのでしょうか・・・。
301: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/01(月) 17:53:27 ID:SEwbHPhj(3/6)調 AAS
結局、スウェーデンボルグ主義のファリサイ派はスウェーデンボルグを
受け容れているわけではないのです。
302: 名無しさん@3周年 2007/01/01(月) 19:03:24 ID:DUDT7IL9(1/4)調 BE AAS
やあポントス君、あけましておめでとう。あいかわらず絶好調だね。
しかし君には悪いが、福音を読めば普通の人はイエス・キリストが
何者であるかを知る。ワルトルタなど、いらないのだよ。

ふむ、ところで君はどうあってもワルトルタが預言者だというんだね、
よろしい、では彼女が説くマリアの共贖罪は真実なのかね? [y/n]

簡単な問いだろう? はいかいいえで答えられるんだからね。
ところで、君、このスレッドで自分がいくつ質問を答えずに
またぎこしたか数えてみたことがあるのかね? それは君の
論理では「敗北」なのではなかったのかね?
303: 名無しさん@3周年 2007/01/01(月) 19:14:05 ID:DUDT7IL9(2/4)調 BE AAS
おっと君が老眼で見落としているといけないね、下に要点を再掲しておくよ。
>>298
あなたは、「理性と霊的な認識能力によって理解できる」と言ってる
のであって、純粋に「理性によって理解できる」とは言ってません。
だから、問題文に対する解答としては、「理性によって神の存在は
理解できない」という解答が正解になると思います。

ポントス君、はいもいいえもいわないということは、これでよいんだね?
 つまり「理性によって神の存在は理解できない」といった哲学者、
君はさんざんののしったがしかし反駁できない、結局は賛成している、
このままでは観客はそう結論するが、それでよいんだね?
304: 名無しさん@3周年 2007/01/01(月) 20:15:10 ID:DUDT7IL9(3/4)調 BE AAS
私はすでに書いているが、もぐらにはわからないというのはなしだよ(笑)
「あなたがたは、『然り、然り』、『否、否』と」言いなさい。
 それ以上のことは、悪いものからでるのである」(マタイ5:37)

然りと否で答えられる問いばかりなのに、もぐらや鷲が出るのじゃ
手品を通り越して三文芝居だよ、ポントス君。そんなものは君の鞄に
戻して、これまで出た問いに答えるのがよいよ。
305: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/01(月) 21:55:12 ID:SEwbHPhj(4/6)調 AAS
実は私は、理性自体、霊的な光に照らされないと理性にならないのではないかと
思うのです。理性とは合理的なものですが、霊的でない人間は合理的でもない
からです。皆さんのように屁理屈を言う人間は合理的でも理性的でもありません。
306: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/01(月) 21:56:53 ID:SEwbHPhj(5/6)調 AAS
神を認識できない人間が神について御託を並べても意味がないのは
自明の理です。
307: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/01(月) 21:57:38 ID:SEwbHPhj(6/6)調 AAS
無神論のおかまもぐらに神が理解できるとは思えません。
308: 名無しさん@3周年 2007/01/01(月) 22:05:36 ID:DUDT7IL9(4/4)調 BE AAS
理性と霊的な認識能力とやらを区別したのはポントス君、きみのほう
なんだがね。だからいまさらその言い換えは見苦しいよw

>じゃ「理性と霊的な認識能力」によって神の存在の理解が可能になるのであれば、
>「理性によって神の存在は理解できない」というのは、「間違いではない」ということになりませんか?

それから質問に答えようね、いや答えなくてもいいんだけどね。
勝ち負けにこだわっているのは君だけなんだから。
309: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/02(火) 11:59:44 ID:v9JXPMVs(1/6)調 AAS
哲学者というのは中にはくだらないのがいて、言葉尻を捉えて正しいとか間違い
とか言う。それなら厳密に区別して言ったまでだ。私の使った言葉で真実が決まる
わけではないのだから。どうしてへぼ学者というのはくだらないことしか言えない
のだろう。
310: イザヤ43の4 2007/01/02(火) 12:18:38 ID:T5msCStU(1)調 AAS
キリストの真実を検証する。
イエスは主であると
我は有るエゴーエイミ
外部リンク[html]:members.jcom.home.ne.jp

答えは自らの信仰告白で
賀春
311: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/02(火) 12:29:05 ID:v9JXPMVs(2/6)調 AAS
神を認識する理性というのは1+1=2を理解する程度のレベルでは
不可能だ。しかしそれすら分からないのでは無理なことも明らか。
312: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/02(火) 12:34:40 ID:v9JXPMVs(3/6)調 AAS
実際、神を理解する、すなわち主イエス・キリストが父なる神である
ことを理解する理性というのは人間が「再生」した後に与えられる
とも言える。人間が再生した後に与えられる「新しい意志」と「新しい
理性」のことをマナセとエフライムと言うのである(天界の秘義)。
313: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/02(火) 12:57:49 ID:v9JXPMVs(4/6)調 AAS
エレミヤ31・15−20
主はこう言われる。
ラマで声が聞こえる
苦悩に満ちて嘆き、泣く声が。
ラケルが息子たちのゆえに泣いている。彼女は慰めを拒む
息子たちはもういないのだから。

主はこう言われる。
泣きやむがよい。
目から涙をぬぐいなさい。
あなたの苦しみは報いられる、と主は言われる。

息子たちは敵の国から帰って来る。
あなたの未来には希望がある、と主は言われる。
息子たちは自分の国に帰って来る。
314: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/02(火) 12:58:46 ID:v9JXPMVs(5/6)調 AAS
わたしはエフライムが嘆くのを確かに聞いた。
「あなたはわたしを懲らしめ
わたしは馴らされていない子牛のように
懲らしめを受けました。
どうかわたしを立ち帰らせてください。
わたしは立ち帰ります。あなたは主、わたしの神です。
わたしは背きましたが、後悔し
思い知らされ、腿を打って悔いました。

わたしは恥を受け、卑しめられ
若いときのそしりを負って来ました。」

エフライムはわたしのかけがえのない息子
喜びを与えてくれる子ではないか。
彼を退けるたびに
わたしは更に、彼を深く心に留める。
彼のゆえに、胸は高鳴り
わたしは彼を憐れまずにはいられないと
主は言われる。
315: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/02(火) 13:00:40 ID:v9JXPMVs(6/6)調 AAS
訳の分からない哲学者には理性は理性なのだろうが、理性にも無限の
レベルの差があるのである。
316
(1): 名無しさん@3周年 2007/01/02(火) 23:30:00 ID:C7Rl+QX0(1)調 AAS
「理性と霊的な認識能力」も理性の一種だと言ってるだけで、結局それと「理性」
とを区別しているんだから同じことじゃないでしょうか?
始めから問題にしてる理性っていうのは、道理に基づいて考えたり判断したりする
能力のことです。たとえば、平面上にある三角形の内角の和が180度であることは
道理によって理解できることですが、このような事柄を理解する能力のことです。
今度は「もぐらと鷲」の比喩を「理性と理性と霊的な認識能力」に言い換えてるだ
けだと思います。あなたに意味がないからといって、他の人にも意味がないことに
はならないと思います。

問題文に、「理性によって神の存在は理解できるか答えよ」と書かれてあります。
理性っていうのは、「道理に基づいて考えたり判断したりする能力のこと」です。
だから、問題文に対する解答としては、「理性によって神の存在は理解できない」
という解答が正解になることに変わりはないと思います。

「神を否定する」というのは、「神は存在しない」と言うことですよね?
「理性によって神の存在は理解できない」と言うのは、「理性では神が存在するの
かしないのか判断できない」という意味であって、「神は存在しない」という意味
にはならないと思います。
だから、「理性によって神の存在は理解できない」と言うことが、どういう理屈で
「神を否定してる」ことになるのか、どういう理屈で「神は存在しない」と言って
ることになるのか、お訊きしています。
317
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/03(水) 00:40:20 ID:4QhyyG0m(1/7)調 AAS
>>316
理性にもレベルの差があるのです。すべて同じ理性だというのは間違いです。

あなたは神の存在を肯定しているのしょうか。また、もし神の存在を肯定して
いるなら、その神とは主イエス・キリストのことですか。
318
(2): 名無しさん@3周年 2007/01/03(水) 02:10:28 ID:2KpEc8Bv(1/2)調 BE AAS
やあポントス君、こんばんは。じゃあ君も
「理性によって神の存在は理解できない」と言う哲学者の主張を認める
のだね。かの哲学者が理性といったときには、君のいう「理性と霊的な
認識能力」の意味で使っていたわけじゃないからね。で、君はこれを
神の否定だという。

「霊的な認識能力を欠いた理性は神を認識できない」これは君の主張だねえ。
じゃあ、結局のところ、君の論法では、君は神を否定するものなんだね。

そうじゃないというなら、どこが違うのかいわなくっちゃね。
話をはぐらかさないで、ちゃんと人の質問には答えようね。
319: 愚者その1 2007/01/03(水) 03:31:27 ID:2KpEc8Bv(2/2)調 BE AAS
スレ汚しごめんなさい。すこし脱線します。

さきほどから「理性によって神の存在を理解する」ということが話題に
なっていて、これはどうもカントの議論を念頭においているらしいのですが、
さてカントの主張したことを「理性によって神の存在は理解できない」と
縮約していいのかな、とぼく自身は思ってます。

神の定在を証明することは出来ないということをカントは論証しますが、
述語付け一般を否定しているわけではないでしょう。たんにそれが経験
命題でないということを言っている。ここでぼくらは、神を「その定在が
証明できないもの」「我々の経験の対象ではないもの」として思惟の対象
としている、あるいは「知って」いる。それはもうひとつの理性による
理解の仕方ではないのかな。と。

なお、存在論的証明についていえば、そもそも「存在は……実在的な述語
ではない、すなわち物の概念がそれに付け加えられえるなんらかの述語では
ない」とカントはいいます。ならば、そもそもぼくらはここで、ここでは
存在一般は証明の対象ではない、というほうがよいのではないだろうか。
ぼくはここで、神の存在証明が不可能だということを超えて、
カントの射程には現存在は出会われるほかないものだという意識が
あるのではないだろうか、とも思いますが、それは脱線でしょうし、
自分でもフィヒテの他我論にひきつけすぎてるかなとも思うので、
この辺でやめときます。長々と書いてしまいました。では続きをどうぞ。
320
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/03(水) 09:55:01 ID:4QhyyG0m(2/7)調 AAS
>>318
私が神を否定している?一体何を言っているのか分かりません。
神は存在します。しかも神とは主イエス・キリストです。

それが理性によるものかという問題ですが、もちろんそれは理性によります。
しかし、神を認識できない皆さんのような人の理性は真の理性ではないという
ことなのでしょう。ただそれだけです。
321: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/03(水) 10:03:03 ID:4QhyyG0m(3/7)調 AAS
>>318

>「理性によって神の存在は理解できない」と言う哲学者の主張を

ところで、その哲学者は「理性によって神の存在は理解できない」と言っ
たのでしょうか。その哲学者とは誰のことですか。
322: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/03(水) 10:08:49 ID:4QhyyG0m(4/7)調 AAS
神を認識できない人間のことを自然的人間、あるいは感覚的人間と言います。
蛇が感覚的人間を意味します。そういう人の脳は蛇の脳であって、
蛇に理性などあるはずもなく、同様にそういう人に真の理性など
ありはしません。非論理的な屁理屈を並べる程度の壊れた演算機能
程度でしょう。それを理性であると蛇たちは自画自賛するのでしょうか。
まことに哲学者などという輩はインチキばかりです。
323: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/03(水) 10:13:35 ID:4QhyyG0m(5/7)調 AAS
まあ、くやしかったらハンドルネームをつけて来なさい。
馬鹿なヨハネがしばらく相手をしてあげます。
それから自作自演は辟易です。
324: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/03(水) 10:17:48 ID:4QhyyG0m(6/7)調 AAS
狐のカント、狸のニーチェ。
それらを有難がる理性のない哲学徒ら。

彼らが神を認識することはしょせん無理です。
理性によって云々という前に彼らに理性などありません。
325: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/03(水) 10:25:44 ID:4QhyyG0m(7/7)調 AAS
もぐらは穴を掘ってその中に住んでいます。「穴」とは誤謬を意味します。
盲人が盲人の案内をすれば二人とも穴に落ちはしないかという主の言葉は
霊的なことが分からない人間が道を説けば、誤謬に陥るという意味です。

「竜」も「年を経た蛇」も同じ意味で霊的なものを否定、攻撃する自然的
な人間、サタンのことです。

もぐらを「土竜」と言いますが、よく言ったものです。
なぜなら竜、サタンは誤謬の中にいるからです。

まあ、おかま学者は穴でも掘っていなさいということです。
326
(1): 名無しさん@3周年 2007/01/03(水) 23:56:29 ID:ArR/9vlV(1)調 AAS
>>317
「すべて同じ理性だ」ってことを言ってるんじゃないです。
あなたは「理性にも無限の差がある」と言い出したものの、結局は「理性」と「理
性と霊的な認識能力」とを区別してるわけだからから、問題文に対する解答として
は、「理性によって神の存在は理解できない」という解答が正解になるという結論
に変わりはない、つまり、「結論は同じことではないでしょうか?」と言っていま
す。区別しているからこそ、「結論は同じことじゃないでしょうか?」と言ってい
ます。どんな種類の理性も同じだと言ってるんじゃないです。

問題文に、「理性によって神の存在は理解できるか答えよ」と書かれてあります。
理性っていうのは、「道理に基づいて考えたり判断したりする能力のこと」です。
あなたは、「理性と霊的な認識能力によって理解できる」と言ってるのであって、
純粋に「理性によって理解できる」とは言ってません。
単にあなたは、「理性によって」と問題に限定が指示されているにもかかわらず、
問題文の指示を無視して、理性とは別の「霊的な認識能力を働かせばできるよ」と
頓馬なことを言ってるだけだと思います。
「理性にも無限の差がある」と主張しても、結局は「理性」と「理性と霊的な認識
能力」とを区別してるわけだから、問題文に対する解答としては、「理性によって
神の存在は理解できない」という解答が正解になることに変わりはないと思います。

「神を否定する」というのは、「神は存在しない」と言うことですよね?
「理性によって神の存在は理解できない」と言うのは、「理性では神が存在するの
かしないのか判断できない」という意味であって、「神は存在しない」という意味
にはならないと思います。
だから、「理性によって神の存在は理解できない」と言うことが、どういう理屈で
「神を否定してる」ことになるのか、どういう理屈で「神は存在しない」と言って
ることになるのか、お訊きしています。
327: 名無しさん@3周年 2007/01/04(木) 02:12:15 ID:1nEzLeX3(1/2)調 BE AAS
ポントス君はモグラが好きだねえ。なんでなんだろうと思って探したら
こんなのを見つけたよ。
外部リンク:72.14.253.104
(引用)
【討論】聖句の解釈をマターリ語るスレ10【議論】
828 :ペガサス:2006/10/24(火) 12:04:01 ID:/DA5K8SS
>827

はははは!
小さなヨハネ、またの名ポントスよ!
お前は、疑心暗鬼、恐々として逃げ回って、あちこちにモグラのように出没し、
馬鹿の一つ覚えを繰り返す。おれはモグラ叩きを楽しむことになる。あははは!
(引用終わり)

ポントス君、モグラ呼ばわりされたのがそんなに悔しかったの?
そうだねえ、君にとってはなにかしらモグラは軽蔑すべき動物らしいからね。
外部リンク[htm]:www5b.biglobe.ne.jp
自分が貶めていたものに喩えられて逆上するという気分はわからなくもないよ。

だけどねえ、受けた質問ははぐらかして、ここのスエ、じゃないスレに
あっちのを貼り、あっちのにこっちのを貼りして人の悪口を書いていれば、
探すほうは「モグラ叩き」といいたくもなるよねえ。ペガサス氏の喩えは
その限りで至当だと思うな。これは君を「馬鹿」と呼ぶのとはまた別の
話だよ。もちろんペガサス氏は君を馬鹿とも呼んでるんだけどね。だから
それに君が抗議するのはわかる。君はなんといっても当事者だしね。

だがペガサス氏はブルネルスさんじゃないし、ブルネルス氏はペガサスさんじゃない。これは君が認めようと認めまいと事実だからしょうがない。
328: 名無しさん@3周年 2007/01/04(木) 02:17:36 ID:1nEzLeX3(2/2)調 BE AAS
別に私はお二人に義理もないのだけど、いや片方にはないともいえないけど、
ペガサス氏は君を嘲笑したかもしれないけど、ブルネルス氏は君を嘲笑した
ことは……いやまあ、猫うんちのことがあるから皆無とはいいませんが(旧スレ3)、しかしそれだってそもそもは君が挑発したんだから、君がそのことで
彼を責めてもギャラリーはあまり共感できないんだよね。

以前ふらんちぇすこ氏が(まあ君は人の善意というものを信じられないみたい
だから「あんな善人ぶった奴が実在するはずがない」などと恐ろしいことを
いうわけだが)いっていたように、ブルネルスは君に終始一貫して誠実だった
のだよ。

君がそのことにいつか気づくように、ぼくは祈ってるよ。
329: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/04(木) 19:24:20 ID:e0/lkQal(1)調 AAS
あっははは。また馬同士のお芝居が始まった。よくやるものです。

さて、忙しくなりそうなので今週で恐らくさようならです。哲板と宗教板
を含めて今回のシリーズはほぼ1年でした。

前回に較べて宗教板の荒廃は進み、哲板も真理のともし火は消えていました。
しかし、暗夜の後についに夜明けは来るでしょう。もうしばらくの辛抱です。
330
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/04(木) 23:23:11 ID:FXjGW+X+(1/2)調 AAS
>>326
理性とは視野、視力に相応しています。もぐらの視野、視力で太陽が見えない
からといって、目(理性)では神は見えない(理解できない)ということには
なりません。それはあくまでも土竜の理性にとってです。

しかしそれは真の理性とは言えないものです。つまり理性と言いながら、理性
でないものを指しているなら、その設問自体が誤っているのです。

結局、土竜が「(自分の)視力(理性)では神の存在は見えない(理解できない)」
と言うことは、「神を否定してる」、すなわち「神は存在しない」と思っている
(言っている)のと実質的に同じなのです。
331
(2): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/04(木) 23:28:11 ID:FXjGW+X+(2/2)調 AAS
私たちは誰かが言葉で神を信じていますと言えば本当に信じているかと
いうと、決してそうではないということに気付かなければなりません。

それは神ではないものを神と呼んでいることが多いからです。
同様に、理性といえばそれが本当に理性かというと、決してそうとは
限らないのです。
332: ◆xGAtZtjybY 2007/01/05(金) 00:16:08 ID:/4yaCvXI(1)調 BE AAS
ぃゃぁぼくも詳しいことは知らないんだけど、カントはそれ以上のことを
言ってるんじゃないかなあ?

カントにおいて知性界は人間の理性の対象ではなく、知的直観は不可能。
だから小さなヨハネさんには悪いけど、ヨハネさんが自分にはあると
思っている「霊的な認識能力」なるものも、実際にはたんなる思い込み。
悪く言っちゃえば妄想。夢。そう形而上学者と視霊者の夢は権利問題に
おいては変わりがない。――怒ったってしょうがないよ、だってあなたは
あるあると主張するだけで証明できていないのだもの、だとすれば結局
「神の存在は証明できない」ということにかわりはないものね。

そしてあなたがこれだけ罵詈雑言と妄想を垂れ流した後では、
ぼくらはあなたのことばに何も信をおく根拠はないのだよ。
333
(1): 横槍 2007/01/05(金) 21:18:00 ID:Li3befdx(1)調 AAS
カントは、「人間の分際で理解できないものは、到底理解できない」という
当たり前のことを言ったまで。
どこかの誰かみたいに、「理解できるかできないか、さえわからないものを
理解していると主張している」御仁よりも幾万倍も正しいだろう。
334: 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 00:19:03 ID:h85iouXT(1/2)調 AAS
>>331
君が正しいと思っているからといって本当に正しいとは限らないし、
真理と言っているからといってそれが真理とも限るまい。
335: ◆xGAtZtjybY 2007/01/06(土) 00:36:58 ID:k++UNnEU(1/6)調 BE AAS
>>333
激しく同意。

ところで、ぼくは昨日「カントにおいて知性界は理性の対象ではなく」と書い
たけれど、これちょっと粗雑でした。ごめんなさい。「……理論理性の対象で
はなく」というべきでした。お詫びして訂正しておきます。

ぼくは言葉をきちんと選ぶのが苦手でね、気をつけて書いたつもりでも後で
しまったと飛び上がることがしょっちゅうあるんだ。自覚してるけどそれでも
なかなか直らないね。人間、分かるのと理解するのとは違うんだなあと思いま
す(あれ?)。さてそれはおいて、

カントにとって神が理性の対象ではない、というのは極めて誤解を招くいい
回しで、きっとカンティアンはそうした縮約を嫌がるだろう、とぼくは予想
しています。むしろ神こそは、カントにとって形而上学の真正の対象だった
のですから。ただ、無条件に好き勝手いえるというものではない(それは
カントが批判した事態そのものだろう)。それを無視してか知らずか暴言を
吐き、問題設定を見直すよう促されると、似たような構成をしているにも
かかわらず、「自分のほうは神を認識している、あっちは神を否定している」
というのは、ちょっとひどいんじゃないかなあ、それが気になりました。

カントは理性の統制的使用について厳しい制約を立てる事で、逆に神の理念に
体系内での位置を確保しましたが(そして理性理念としての神は、これも
理性理念である自由や善によって、ある意味では述語付けされている――と、
ぼくは思うのですが、カントを読む人たちが賛成してくれるかは知りません)、ちいヨハさんは善意の第三者をののしる以外に何が出来るのですかね。
336: 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 00:48:00 ID:rRE7mm+v(1/4)調 AAS
>>330-331
>理性とは視野、視力に相応しています。もぐらの視野、視力で太陽が見えない
>からといって、目(理性)では神は見えない(理解できない)ということには
>なりません。それはあくまでも土竜の理性にとってです。

はい。あなたがおっしゃるとおりです。
あなたが「理性と霊的な認識能力」によって「理解できる」と言ってることを否定した
ことは一度もありません。
だけど、あなたが「理解できる」と言ってるのは、「理性と霊的な認識能力」によって
であって、「理性によって」ではありません。だから、「理性によって神の存在は理解
できない」という解答が正解になるということではないか、と言っています。
始めから僕はそういうことだと言っています。
始めからというのは、あなたが「理性によって神の存在を理解できる」と判ってから、
そして、その「理性」が実は「理性と霊的な認識能力」のことだと判ってから、という
意味です。
そして、その時から、つまり、あなたが「理性によって神の存在を理解できる」と判っ
てから、そして、その「理性」が実は「理性と霊的な認識能力」のことだと判ってか
らは、あなたが「理性と霊的な認識能力」によって「理解できる」と言ってることを一
度も否定していません。
あなたが「理解できる」と言ってるだけで、僕には判らないことなので、もちろん肯定
もしていません。
337: 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 00:49:59 ID:rRE7mm+v(2/4)調 AAS
>しかしそれは真の理性とは言えないものです。つまり理性と言いながら、理性
>でないものを指しているなら、その設問自体が誤っているのです。

あなたが「理性と霊的な認識能力」のことを「真の理性」と呼び、「理性」のことを
「理性でないもの」と呼んでも、「道理に基づいて考えたり判断したりする能力」で
ある「理性」は現実に存在します。だから、正確には「理性でないもの」ではなく、
「真の理性でないもの」というだけではないでしょうか?
あなたが「真の理性」と呼ぶ「理性と霊的な認識能力」に比べて、「真の理性でない
もの」は「霊的な認識能力」が欠けているというだけで、「真の理性」に比べて十分
ではないというだけで、また「真の理性」とレベルの差があるというだけで、「道理
に基づいて考えたり判断したりする能力」である「理性」が存在しないことにはなら
ないと思います。
あなたは「理性にも無限のレベルの差がある」と言ってるだけで、「道理に基づいて
考えたり判断したりする能力」である「理性」が存在しないとは言ってません。
また、「1+1=2を理解する程度のレベル」として「道理に基づいて考えたり判断
したりする能力」である「理性」が存在することを認めています。
つまり、「道理に基づいて考えたり判断したりする能力」である「理性」が現実に存
在しているんだから、設問は成立してると思います。設問が誤ってることにはならな
いと思います。
338
(1): 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 00:54:00 ID:rRE7mm+v(3/4)調 AAS
>結局、土竜が「(自分の)視力(理性)では神の存在は見えない(理解できない)」
>と言うことは、「神を否定してる」、すなわち「神は存在しない」と思っている
>(言っている)のと実質的に同じなのです。

内心でどう思っているかという問題ではないと思います。
あなたは、「理性によって神の存在は理解できないと言うことは、実質的に神を否定
していることに他ならない」と言っています。
これは、「理性によって神の存在は理解できない」と言うことは、「神は存在しな
い」と言ってるのと同じ、つまり、「理性によって神の存在は理解できない」と言う
ことが、「神は存在しない」と言ってることになる、つまり、「理性によって神の存
在は理解できない」と言うことが、「理屈」から「神は存在しない」と言ってること
になる、という意味でしょ。
「理性によって神の存在は理解できない」と言った全ての人が、「理性によって神の
存在は理解できない」と言ったそのことによって、必然的に「神は存在しない」と言
ってることになる、という意味でしょ。
なので、個人が内心でどう思っているかという問題ではないと思います。単純な「文
章の問題」、単純な「理屈の問題」だと思います。
だから、「理性によって神の存在は理解できない」と言うことが、どういう「理屈」
で「神を否定してる」ことになるのか、どういう「理屈」で「神は存在しない」と
言ってることになるのか、とお訊きしています。
339
(1): 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 00:58:00 ID:rRE7mm+v(4/4)調 AAS
そもそも、内心でどう思っているかという問題ではないと思いますが、個人が内心で
「神は存在しない」と「思っている」かどうかということは、根拠のないことだと思
います。
たとえば、あなたが言っていた、「太陽が見える鷲にとってそんなことは問題になら
ない」というのは、神を肯定してる人間にとって神が存在していることは当たり前の
ことだから、神の存在証明など「必要のないこと」、つまり、「意味のないこと」だ
という意味だと思いますが、逆に、神の存在証明を問題にすることが、内心で「神は
存在しない」と「思っている」という根拠にはならないと思います。
肯定してる人間に意味がないなら、否定してる人間にも意味がないことになると思い
ますし、しかも、神の存在証明を問題にしたところで、神の存在証明は「神が存在す
る」ことの判断材料にはなっても、「神が存在しない」ことの判断材料にはならない
ので、神の存在を否定する人間には何の利益にもならないと思うからです。

ひとつ訂正します。
今まで僕は、「「理性によって神の存在は理解できない」と言うのは、「理性では神
が存在するのかしないのか判断できない」という意味だ」、と言っていましたが、正
しくは、「理性では神が存在するのかどうか判断できない」でした。
神の存在証明は「神が存在する」ことの判断材料にはなっても、「神が存在しない」
ことの判断材料にはならないので、「理性では神が存在するのかしないのか判断でき
ない」ではなく、「理性では神が存在するのかどうか判断できない」でした。
今のところ問題ではないと思いますが、勘違いを招く表現なので訂正します。
340: ◆xGAtZtjybY 2007/01/06(土) 01:06:01 ID:k++UNnEU(2/6)調 BE AAS
>>339
そこまで精密に訂正されるのでしたら、
「神の存在証明は、神が存在することを人間が確言できるかどうかの判断材料にはなっても」
のほうがよいのじゃないでしょうか。
341
(1): 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 08:31:26 ID:SjTegFGt(1/3)調 AAS
要するに、

人間は「時間と空間という枠に縛られた状態で世界を認識しているので、
もしも、神が時間と空間の枠外に『存在』したとしても、それを認識できない」
ということですね。

次に「認識できないものは、認識できない」と認めるのが良心ある人間で、
それをはじめて言い出したのがカント。
「認識できないものを、自分だけは認識できる」と主張するのが良心を
失った人間で、その代表が小ヨハ。
342: 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 08:37:41 ID:SjTegFGt(2/3)調 AAS
ついでに指摘すると、

カントは、たとえ神が存在しなかったとしても、
「我が上なる星きらめく天空とわが内なる道徳法則」という言葉で、
良心の存在を信じ、それに人間は従うべきだと言っているので、
神の存在を前提として「神に逆らうと罰せられるから、言うことに
従う」という「神を信じる人間」よりも、はるかにスウェデンボルグ
の思想に近い。彼もまた、天国へ行けるのは、神を信じる人間ではなく
て、良心に従い隣人愛を持って生活した人間だと言っているから。
この尺度で測れば、カントもまた天国へ行っているだろう。
343
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/06(土) 11:41:43 ID:AjfuegKf(1/3)調 AAS
土竜の理性では神は認識できないでしょう。現に皆さんは神を信じていない
でしょう。皆さんの理性なるものは真の理性ではないのです。

新しい理性、真の理性とは人間が悔い改めて再生することによって初めて主から
与えられます。皆さんはまだその段階に至っていないので、理解できないのは
当然です。穴の中にいる土竜のように、目が見えないのです。

穴とは誤謬を意味します。皆さんは目が見えると言いながら、実際は全く見えず、
誤謬の中にいるのです。

カントに真の理性や道徳などありはしません。神も信じない人間がどうして神の
国に行けるというのでしょう。全く土竜の言うことには呆れさせられます。
344
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/06(土) 11:45:29 ID:AjfuegKf(2/3)調 AAS
神が理性で理解できないという輩は、人間は神を理解できないと言っている
のです。当然本人も神を理解していないのです。

理解できないものを人間は信じはしません。結局神が理性で理解できない
という人間は神を信じていません。

理解できるという人間には必ず言いがかりをつけます。モグラとはそんな
ものです。
345: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/06(土) 11:47:24 ID:AjfuegKf(3/3)調 AAS
狐のカントや狸のニーチェを崇めるのは間抜けなサタンです。
おかま学者などに騙されてはいけません。
346: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/06(土) 13:51:48 ID:iGpnw5YH(1)調 AAS
では土竜に聞きますが、何をもって人間は神を認識し、理解するというので
しょうか。神を信じている人間はみな勘違いしているというのでしょうか。
347
(1): 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 15:54:24 ID:k++UNnEU(3/6)調 BE AAS
人間は神を真には認識できないのだ、人間が知る神は神そのものではない。
少なくとも君が所属しているカトリックはそれを真理として受け入れている
のだがね――
神は善でなく、真でなく、神性ですらない。人間が善であり、真であり、
神性であるとするもの、一切の人間の認識を超えて、神は神なのであると。

もっとも、イエスが父なる神だという以前で君がカトリックの忠実な弟子だ
とは思っていないから、君が別の教えを受けいれずともいまさら驚いたりは
しないのだけどね!
348: 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 16:17:50 ID:k++UNnEU(4/6)調 BE AAS
ぐ。書き間違えました。
>>347
以前→時点

ちいヨハさんは話をそらさずに>>338に返事しましょうね。
ぼくなりにまとめると
*「土竜の理性では神は認識できないでしょう。」(ちいヨハ)
*「『霊的な認識能力』のない「たんなる理性」では神は認識できない」というものは神を否定している。
*「土竜の理性」(ママ)とは『霊的な認識能力』のない「たんなる理性」のことである(おそらく)
結論:
小さなヨハネは神を否定している。

違うというなら、そうでないという「理屈」をきちんと説明してほしいです。
しかし、スウェーデンボリもカトリックも理解していなさそうなあなたが
神だけは正しく理解しているというのは到底ありえなさそうにぼくなんか
思うのですよ。まあぼくは名だたる愚か者だから、ぼくの判断が正しいとは
主張しませんけどね。
349: 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 17:22:00 ID:SjTegFGt(3/3)調 AAS
>343

このスレの中で、「再生」から一番遠いのが、お前さんだと思うがね。
おかしな聖母崇拝に迷い込んで、ますます誤謬の毒が頭に回ったか。
350: 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 17:35:28 ID:k++UNnEU(5/6)調 BE AAS
349で、ちいヨハさんが数ヶ月前からずっとスルーしていた質問が別にあった
ことを思い出しました。

ちいヨハさんは、ワルトルタの共贖罪説を支持しているのですか?
ワルトルタが書いたことが正しく、それは主の啓示であると主張しておられる
ようですが、そしたら論理の帰結として、ちいヨハさんは共贖罪を支持する
となりますけど、それでよろしいですか?
351: 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 18:22:30 ID:k++UNnEU(6/6)調 BE AAS
>>341
すこし重箱突っ込みの気味もありますし、ぼくもカントはよく知らないので
外したことを書くかもしれませんが、気になることがあるので。

批判哲学における、理論理性による神の認識可能性について、しばしばそう
いう説明がなされます。そして確かにカントにおいて空間と時間は自体に存在
するのではなく人間の超越論的制約であるということは間違いではない。
しかし神の存在証明の不可能性をいうために、そこまで(つまり感性論まで)
話を戻す必要はないと思うのです。むしろ、このほうがすっきりするのでは
ないのかな:
*現存在、ないし定在は純粋悟性概念(範疇)のひとつである(様態の第2カテゴリ)
*現象ではなく、理念に、範疇を使用することは不当である。
*神(あるいは最高理性、さらに最高善)は純粋理性の理念であり、したがって範疇を適応できない=その存在を認識することができない。

同時に、ここからは、我々の人間的認識能力は、理性理念たる神の不在ないし
非存在をいう権利もないということが帰結します。カントにおいては、神が
存在するとも存在しないともいうことができないのです。

これのどこが「神を否定した」ことになるんでしょうね。ぼくはそれがとても
不思議でたまらないのですよ。もっともちいヨハさんには違う理屈があるのか
もしれませんので、お聴きしたいとせんからお願いしています。
352
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/06(土) 20:35:51 ID:5Nab8e2q(1/2)調 AAS
>小さなヨハネは神を否定している。

どういう理屈でそんなことを言うのか信じられない。
オッカムの剃刀か何か知らないが、論理性も何もない省略の仕方だ。

まあ、おかまもぐらが何を言おうと目が見えない冒涜者なので仕方ないが。
しかしつくづく狂っていると思う。

>お聴きしたいとせんからお願いしています

君が現に神を否定しているではないか。何を今さら言うのか。
それから声色をいくつも使うのは止めて欲しい。
353
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/06(土) 20:37:54 ID:5Nab8e2q(2/2)調 AAS
もう本当に知性のない人間と話をするのは疲れる。
まあ、それがサタンの手なのだろう。
来い、狂ったサタン。しかしもう時間もない。
354: 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 21:37:08 ID:+jJbLwO2(1)調 AAS
だったら350の問いに答えたらどうなんだ
知性があるんだろw
355: 名無しさん@3周年 2007/01/06(土) 23:19:56 ID:h85iouXT(2/2)調 AAS
>>353
疲れるんだったら相手にしなきゃどうですか?
356
(1): 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/06(土) 23:29:57 ID:2VWuUoEX(1/3)調 AAS
>ワルトルタの共贖罪説

とは、具体的にどこにどう書いてあるのですか。
357: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/06(土) 23:36:35 ID:2VWuUoEX(2/3)調 AAS
しかし、サタンというのは神も主イエス・キリストも信じてはいないのに
よく、カトリックではとか、贖罪がどうとか言えるものである。

白々しいとはこのことだ。信じてもいないものを職業のねたにするの
だからカントの末裔は信用できない。
358: 小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. 2007/01/06(土) 23:50:49 ID:2VWuUoEX(3/3)調 AAS
「わたしはまた、一人の天使が、底なしの淵の鍵と大きな鎖とを手にして、
天から降って来るのを見た。この天使は、悪魔でもサタンでもある、年を
経たあの蛇、つまり竜を取り押さえ、千年の間縛っておき、底なしの淵に
投げ入れ、鍵をかけ、その上に封印を施して、千年が終わるまで、もうそ
れ以上、諸国の民を惑わさないようにした。その後で、竜はしばらくの間、
解放されるはずである。」黙示録20章

さて、今回はこれまでだ。サタンよ喜べ。
お前はしばらく解放される。
また会おう。
359: 名無しさん@3周年 2007/01/07(日) 00:12:17 ID:E4t5SuF5(1)調 AAS
信仰っていうよかイメージ・プレイに近いな。
それで癒されてるのかもしれないが。
360: ◆xGAtZtjybY 2007/01/07(日) 01:17:48 ID:VcW6a5Ft(1/3)調 AAS
実質的な信仰がともなわない教会通いはイメクラと似ているのかもね。
しかし相変わらず答えられないまずい質問があると忙しくなって逃げるんだね。
進歩がないなあ(とはいえ他板までいって荒らすよりよっぽどましだけど)。

で、「このスレを見ている人はこんなスレも見ています。」にこち亀スレが
出てるんだけど、なんかすごい取り合わせだね。まあおやじが主人公の
ドタバタ劇というところは、似てるのかもしんないけど。
361
(3): ◆xGAtZtjybY 2007/01/07(日) 15:24:55 ID:VcW6a5Ft(2/3)調 BE AAS
やれやれ。ようやく静かになったみたいだな。
>>174 :ブルネルス:2006/12/12(火) 01:43:45 ID:HXK99Blk
>>172
> クリスチャンもイエス・キリストが神であることを知りません。
> 父なる神が神であり、子なるイエス・キリストはただの人間と考え
> ています。

指摘したにもかかわらず、批判する相手が何を信じているかについて、事実に反することに固執してま
すね。アリウス主義と三位一体論の区別もできないようでは、議論以前のレベルでしょ。

大局的には影響しないので、お邪魔しちゃいけないと思って黙ってたのですが
アリウス主義そのものは「子は人間である」とはいってなかったと思うのです。ですが
ぼくは古代や中世の思想史には極めて疎いので、ぼくの勘違いかもしれません。
どういう資料に依拠してそう主張されるのがあるなら教えていただけますか?

アリウス派は先在のイエスを認めつつその被造性を主張したのだと(御子
が存在しなかったときがある等々、またエウセビオス『教会史』第1巻)
ぼくは理解してたのですが……

それともたんに子の被造性を主張するというほどの意味でそうおっしゃって
いるのかしら。自分でも瑣末なことを気にしているなあ馬鹿なことしてるな
って思うのですが、ずっと気になっていたので、やっぱり書いてみることにしました。
362
(2): ブルネルス 2007/01/07(日) 18:09:52 ID:1d9Oj/dE(1)調 AAS
>361
ご指摘の通りです。推定なさっている「ほどの意味で」言いました。
363: 名無しさん@3周年 2007/01/07(日) 22:11:00 ID:XABPjDcU(1)調 AAS
>>344
>理解できないものを人間は信じはしません。結局神が理性で理解できない
>という人間は神を信じていません。

言葉の使い方がおかしいので文章が成立してないと思います。
まず前半の部分ですが、
人間は信じるためには信じるに足る根拠が必要だと思いますが、その「根拠」は
「理解」ではないと思います。
「信じる」というのは、それが本当のことだと「思っているだけ」で、確かなこと
はわかっていない(理解していない)状態のことだからです。
あなたは、「理解」を通して「知る」ことを、「認識する」と言っていました。
だから、「理解」しているならそれはもう「信じる」対象ではなく、「認識する」
対象であって、それを「認識している」なら、もうそれを「信じる必要はない」、
「信じることはできない」んじゃないかと思います。
つまり、「理解できないもの」だからこそ人間はそれに対して、「信じる」(肯定)
という立場に立ったり、「信じない」(否定)という立場に立ったりすることができ
るんだと思います。
それで後半の部分ですが、
「信じていない」(理解できない)という状態は、「信じる」(肯定)という立場に立つ
ことを表明していることにも、「信じない」(否定)という立場に立つことを表明し
ていることにもならないと思います。
「信じない」(否定する)ということと、「信じていない」(理解できない)という状態
にいることは意味の違う別のことだと思います。
結局、「理解できない」と言うそのことからは、内心では「信じない」(否定する)
と思っているかどうかという根拠はくみ取れないと思います。
364: ◆xGAtZtjybY 2007/01/07(日) 23:57:49 ID:VcW6a5Ft(3/3)調 AAS
>>362
いう「くらい」の意味ですね。ご指摘ありがとう。
365: 名無しさん@3周年 2007/01/08(月) 00:36:18 ID:9n5tycHC(1)調 AAS
偉大なる文明には偉大なる宗教が存在する
366
(1): ◆xGAtZtjybY 2007/01/08(月) 00:59:36 ID:O5Y6FcLb(1/2)調 AAS
……ぃゃぁ、違うかな。それだけをいうにしては思わせぶりだなあ。
ぼく別に揚げ足を取るつもりじゃなかったのだけど、なんかそう誤解
されたのかしら。単純に気になっただけなのですよ。ぼく根がとても
単純にできているの。こういうのって自分で言っても説得力ないんだけどね、まあ。

なぜここにわざわざ括弧があるんだろう。近いけどそのものじゃないってこと?
んー?
367
(1): ◆xGAtZtjybY 2007/01/08(月) 01:15:19 ID:O5Y6FcLb(2/2)調 AAS
レスのひとつもくださらないとはあなたはひどい方ですね、じゃなくて
いやでも、然りか否で済むような会話のほうがぼくはまったく好きなのですよ、
こんな腹の探りあいみたいなのじゃなくてね。まあいいけど
ええと

   養子論?  
368: ブルネルス 2007/01/08(月) 15:00:45 ID:dInXaMVB(1)調 AAS
>367
もしかして、>362 の括弧について、>366 は聞いているのですか?
で、>366>367は、私は同時に読んでいるので、「レスのひとつも・・・」というのが、
もしかして、366に対して私が答えないことについておっしゃっているのでしたら、そりゃ
あ無理というものですよ。そんなに熱心におっちしてるわけではないのでね

で、一応解説しておきますと、>362 の括弧は、>361

>それともたんに子の被造性を主張するというほどの意味でそうおっしゃって

からの引用なので、括弧をつけました。
以上。
369: ◆xGAtZtjybY 2007/01/09(火) 02:14:42 ID:p21RuAxJ(1/7)調 AAS
わざわざにご教示ありがとうございます。

ぼく、>>361
 アリウス主義は「子はただの人間である」とは……
というべきだったのですね(真っ赤)。申し訳ありません。ご発言を改竄する意図は
なかったのですが。

 と、ここまで書いて「養子なら、それはそれでただの人間じゃないじゃーん」
と思うが、まあそれは今日はいいや。
370
(1): ◆xGAtZtjybY 2007/01/09(火) 02:45:09 ID:p21RuAxJ(2/7)調 AAS
ちょっとメモ書き。なんかこのスレでは伝統的に
「小さなヨハネ」が福音記者ヨハネからとったということになっている
いたように思うのですが、それほんとにそれでいいのかなあ。美術史的には
「小さなヨハネ」(Giovannino)って、むしろ幼子洗礼者ヨハネのことなんじゃ
ないかと……(作例:画像リンク


ちいヨハさんは直接にはワルトルタから取ったといってましたから、違う筋の
話かもしれませんけどね。ワルトルタがどういうつもりかはちょと判りません
でした。で、それを調べてみようと思ったらかわりにこんなのを見つけた。
外部リンク[txt]:www.ewtn.com

どっかの神父さんが書いてるのですが、Osservatole Romano で二回も
「へぼな小説」「超自然的なものから来ていない」と書かれているのですね。
そう考えてない人もいるのは知っていますが、ね。
ちいヨハさんは
>>247
「主がどんな方か知りたい人はマリア・ワルトルタを読むに限ります。」
というんだけど、このスレを読んだ人には、そういう否定的な評価もある
本だということを念頭においていただきたいな、とぼくは思います。
たんなる小説にそういうこというのは野暮でぼくの趣味じゃないのですけど、
ちいヨハさんがまるで宗教的情操を養う良書のように薦めるので、バランスを
取るために違う立場からの意見も書いときます(まあいまのちいヨハさんの
いうことを本気にとる人がいるとも思えないのですけどね、過去に例がない
わけじゃなかったので……)。 
371
(1): ◆xGAtZtjybY 2007/01/09(火) 03:02:22 ID:p21RuAxJ(3/7)調 AAS
で、ちいヨハさんは同じところでヴァッスーラも勧めていて、続けて
>>249
非クリスチャンの学者がこれらを異端などと言うこと自体
ナンセンスです。

というのですが、非クリスチャンの学者で誰がそんなことを言ってるの
でしょう? むしろぼくが知っているのはヨーゼフ・ラッツィンガーが
長官をしていたときの教理省が、ヴァッスーラの著作のいかなる点にも
私的啓示とみなしうる箇所はないと文書を出したとか、カトリック教会
のなかからの否定的意見なんですけどね。

ぼくがサタンと呼ばれているらしいのはぼくは気にしませんけれど
ちいヨハさんは、Osservatole Romano やその発行元やあるいは
ラッツィンガー前教理省長官も、>>248で「サタン」と呼んでいるんでしょうか?
なんかね、それどうなのかなと、ぼくなんか小心者なのでとても
気になっちゃうわけですよ。
 そういうのって精神衛生上悪いんじゃないかなあ……いやまったく余計な
 お世話なんですけどね。
372: ブルネルス 2007/01/09(火) 15:23:42 ID:KPrsXq1C(1)調 AAS
>371
 |というのですが、非クリスチャンの学者で誰がそんなことを言ってるの
 |でしょう?

お分かりの上でおっしゃっているのだと思いますが、これはちいヨハが創り出した幻想の
「ブルネルス」のことでは? つまり、あなたも彼からみれば「ブル」なのですがね。
>352 では、「おかまもぐら」とも呼ばれてます。彼に同意しない発言はすべて、あいかわ
らず、妄想の「ブルネルス」のものとしていて、しかし、それをはっきり言うと抗議される
ので、におわす程度にとどめているわけで。
373
(2): ブルネルス 2007/01/09(火) 17:28:54 ID:pVhNOEQq(1)調 AAS
>370
外部リンク[txt]:www.ewtn.com
おや、ワルトルタは文鮮明と並んで言及されてますねえ。
374: ◆xGAtZtjybY 2007/01/09(火) 17:31:29 ID:p21RuAxJ(4/7)調 BE AAS
まあね(苦笑)。大筋では同意。

ただブルネルスさんは「つまり」とおっしゃるけど、それはどうかなあ。
本スレ249以前にヴァッスーラについて発言してたのは、1スレの「システム」さん
あとは旧スレの人たちでしょう? それで愚者1が彼女に触れたのは371が
はじめてなわけで……。愚者1というのはこの時点ではブルネルスの alias では
ないのだと思うのだけど。
# あるいはもしかして、ブルネルスさんが、ある人の発言をぼくと結び付けて
# ということなのかもしれませんけど、それは読者の皆様のご想像に任せます ;-) 
# 沈黙をもってのみ答えうるような問いも、この世にはあるということでしょうか。
375: ◆xGAtZtjybY 2007/01/09(火) 17:40:07 ID:p21RuAxJ(5/7)調 BE AAS
>>373
> Sun Myung Moon and Maria Valtorta may claim the first sin was sexual, but Scripture does not.
ここのところですね。 文鮮明は統一協会の教祖でしたっけ。
376: ◆xGAtZtjybY 2007/01/09(火) 20:23:46 ID:p21RuAxJ(6/7)調 AAS
そんで調べていたら、ぼくとしてはなかなか面白い文書を見つけましたよ。
外部リンク[php]:www.britishorthodox.org (一番下までスクロールしてください)

「英国正教会」の公式ページで、そこの最高責任者である「セラフィム府主教」
というという方がそこの教会の聖職者と信者に宛てた書簡という体裁の文書なんですが、
これコプト教会なんですよね。コプトのアレクサンドリア総主教区管轄下の府主教区なの。
 ヴァッスーラはエジプト生まれで「ギリシャ正教会」に籍があるという
 ことになっていてギリシャ正教会いったらふつう東方正教会のことなんだけどね。

書いてあることはカトリックでいわれていることと大差ないです。
各地の正教会の司牧権に服していないことが縷々非難されてますけど、これ
どこの教会のことを指しているんだろう。それがちょっと不思議で面白かったw

ヴァッスーラという人は主に西方教会の中で活動しているので、あまり
東方側からのコメントはないんですが、お膝もとのスイスではさすがに
明快な発言があるようですね。ちいヨハさんは
>>247
 教会の分裂がいかに主を悲しませているかヴァッスーラを読むと
 分かるでしょう。
というのだけど、ヴァッスーラ自身はジュネーブの超教派集会の日に自分の
本の宣伝大会を開いて支持者を集めてダマスキノス府主教を激怒させてるの
ね ;) まあ、ヴァッスーラが際物だということで超教派的合意が取れるなら、
彼女の存在は教会の一致に貢献しているのかもしれませんが。
詳しくはこちら経由で(雑誌のページをスキャンしてあるので
やや重たくて見づらいです)
外部リンク[htm]:www.mypage.bluewin.ch
377: ◆xGAtZtjybY 2007/01/09(火) 23:18:36 ID:p21RuAxJ(7/7)調 BE AAS
>>373
フォロー続きます。統一スレ経由で拾いました。統一も「エホバ」を使う
のですな。本筋からやや外れますが、まあ、流れってことで。
外部リンク[html]:simian.e-city.tv イエス様のメッセージ(こっちおまけ)
外部リンク[html]:simian.e-city.tv ルーシェルの謝罪

そういや統一も韓国伝来のシャーマニズムとキリスト教の折衷なので、
幻視とは親和性が高いのでしょうね。怪しげな幻視には性的イメージが
多く出現するというのはよく聞きます。妙な禁欲の強調も含めて、です。
378
(1): ◆xGAtZtjybY 2007/01/10(水) 03:20:11 ID:tf91Yq69(1)調 BE AAS
>>356
あなたがご自分のウェブページに引用している箇所から引いてきますと
外部リンク[htm]:www5b.biglobe.ne.jp
マリア・ワルトルタ/イエズス―たそがれの日々/P123
「もう一つの聖櫃、迷う人々をいと高き御者に立ち戻らせる星が必要です。
それは救いに協力する“女”にあります。この女は代々に贖われた人々の母で
あることを喜ぶでしょう。それは【贖いの協力者】に対する真の讃歌です。(中略)」
イエズスは思いをこらすように黙る。

「だれについて話しておられるのだろう」と、ケリオットのユダが、
そばにいるフィリッポに聞く。フィリッポが答える前に、テーブルに
チーズと黒いオリーブの実を持って来たエリーザが厳しい口調で言う。
「【ご自分の母上】のことを話していらっしゃるのが分からないのですか?」

マリア・ワルトルタ/聖母マリアの詩下P346
イエズス:「母は、【私と同じ贖い主】ですから知っています。母を見て、倣いなさい」

ちいヨハさんはなんか空っとぼけてますけど、この抜書きはあなたが作った
というのをぼくらは知ってますし、仮にちいヨハさんとポントスさんは別人だと
してもですね、これがワルトルタからの引用だということ、あなたが人に
ワルトルタを勧めてきたということには何ら影響しないのですよ。

自分が人に勧めている本の中身なんですから、あなたはこれに何らか意見が
あるはずですよね? 上で言われていることは正しいのか、正しくないのか
どっちなんです? これは、はいかいいえで答えられるとても単純な質問
なんですよ。

さあ、あなたはここでいわれていることを支持してるのですか?
マリアはイエスと同じ贖い主なんですか?
379: 名無しさん@3周年 2007/01/11(木) 00:19:50 ID:bNZtRKf+(1/4)調 AAS
>>378
本当の理由は分からんが奴はしばらく現れないでしょう
それが一日か一週間か一ヶ月か一年か百年か分からんですけど。
なんなら永遠にいなくなってもらって全然おkなんだがw

仮にのこのことあの阿呆ポン(10000%奴は本人)がまたバカを晒しに来たとしても
肝心のことについてはどうにでも言いはぐらかすだけでしょう
いざとなったらまた適当に舞い狂うだけw

で、このスレ放置して落とすか、あるいは残しておくのか、
どんなもんでしょうか
380
(1): 名無しさん@3周年 2007/01/11(木) 00:27:25 ID:bNZtRKf+(2/4)調 AAS
それと以下おせっかいを承知でこれだけは書いておきますが、
マリアに関する異端誤謬である無原罪、共同贖罪、被昇天の三つうち、
もはやカトリックでもマリア本人の無原罪と被昇天の二つは堂々公認教理です

のみならずヴァカスーラの著作もいったんは過去に教理省が否定的見解を出したものの、
今やアレの支持者たちが教理省から「状況が変わった、教えを広めてもよい」
との許可を得たとか主張してるようですが、どうなんでしょうね

教理省も大きな声では言えないが半ば公認、ということなんでしょうか
そして今の教皇は教理省長官だったその人ラッツィンガー氏ときたもんだ♪
いや、だからどうってことではないですが・・

そして、最後の一つなんですけど、ヴァチカン本家は、
あるいは一般のカトリック信徒たちはどう思ってるんでしょうか?

ま、小生の邪推がやはり邪推であれば、
いいんですけど
381: 名無しさん@3周年 2007/01/11(木) 02:37:45 ID:Se6tPF7h(1/4)調 BE AAS
>>380 は耳かっぽじってこれを読むように。

★★★回答者さんへ★★★
■このスレッドは、ニカイア(325年)からカルケドン(451年)に至る
一連の公会議において決定された 信条(信経)を告白する「キリスト教」質問箱です。
外部リンク:www.geocities.jp
■■回答の意図を明確にするためにも宗派、教派を明示してください。
382: 名無しさん@3周年 2007/01/11(木) 02:44:15 ID:Se6tPF7h(2/4)調 BE AAS
せっかくすみ分けてるんだからキリスト教質問箱を荒らさないでくれる? 
383: 名無しさん@3周年 2007/01/11(木) 08:19:47 ID:L/FZnsL7(1/2)調 AAS
381さんは最近よくみるようになったけど2ch初心者でしょう。
他スレのテンプレ貼って耳かっぽじろなんて宣う愚かさをしらないわけだから。
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