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616: 2008/01/17(木) 21:31:35 ID:9zABn9gM0(1/6)調 AAS
青猫
萩原朔太郎

  序

  私の情緒は、激情(パツシヨン)といふ範疇に屬しない。むしろそれはしづかな靈魂ののすたるぢやであり、かの春の夜に
聽く横笛のひびきである。                                                           
 ある人は私の詩を官能的であるといふ。或はさういふものがあるかも知れない。けれども正しい見方はそれに反對する。
すべての「官能的なもの」は、決して私の詩のモチーヴでない。それは主音の上にかかる倚音である。もしくは裝飾音である。
私は感覺に醉ひ得る人間でない。私の眞に歌はうとする者は別である。それはあの艶めかしい一つの情緒――春の夜に聽く
横笛の音――である。それは感覺でない、激情でない、興奮でない、ただ靜かに靈魂の影をながれる雲の郷愁である。遠
い遠い實在への涙ぐましいあこがれである。   
 およそいつの時、いつの頃よりしてそれが來れるかを知らない。まだ幼(いと)けなき少年の頃よりして、この故しらぬ靈魂の
郷愁になやまされた。夜床はしろじろとした涙にぬれ、明くれば鷄(にはとり)の聲に感傷のはらわたをかきむしられた。日頃は
あてもなく異性を戀して春の野末を馳せめぐり、ひとり樹木の幹に抱きついて「戀を戀する人」の愁をうたつた。
 げにこの一つの情緒は、私の遠い氣質に屬してゐる。そは少年の昔よりして、今も猶私の夜床の枕におとづれ、なまめかしく
も涙ぐましき横笛の音色をひびかす、いみじき横笛の音にもつれ吹き、なにともしれぬ哀愁の思ひにそそられて書くのである。
 かくて私は詩をつくる。燈火の周圍にむらがる蛾のやうに、ある花やかにしてふしぎなる情緒の幻像にあざむかれ、そが見え
ざる實在の本質に觸れようとして、むなしくかすてらの脆い翼(つばさ)をばたばたさせる。私はあはれな空想兒、かなしい蛾蟲
の運命である。
 されば私の詩を讀む人は、ひとへに私の言葉のかげに、この哀切かぎりなきえれぢいを聽くであらう。その笛の音こそは
「艶めかしき形而上學」である。その笛の音こそはプラトオのエロス――靈魂の實在にあこがれる羽ばたき――である。そして
げにそれのみが私の所謂「音樂」である。「詩は何よりもまづ音樂でなければならない」といふ、その象徴詩派の信條たる音樂である。
617: 2008/01/17(木) 21:32:16 ID:9zABn9gM0(2/6)調 AA×

618: 2008/01/17(木) 21:32:53 ID:9zABn9gM0(3/6)調 AA×

619: 2008/01/17(木) 21:33:36 ID:9zABn9gM0(4/6)調 AA×

620: 2008/01/17(木) 21:34:55 ID:9zABn9gM0(5/6)調 AA×

621: 2008/01/17(木) 21:35:37 ID:9zABn9gM0(6/6)調 AA×

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