村上春樹的司法試験予備試験 口述式試験編 (190レス)
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(1): 2019/08/29(木)21:20 ID:It2iZS2d(1/10) AAS
やれやれ
2: It2iZS2d 2019/08/29(木)21:42 ID:It2iZS2d(2/10) AAS
一 零日目まで
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(1): It2iZS2d 2019/08/29(木)21:57 ID:It2iZS2d(3/10) AAS
 沈黙は金、雄弁は銀という言葉がある。それは平成三十年度司法試験予備試験口述式試験(以下、僕はこれを「口述式試験」というかもしれないし、あるいはいわないかもしれない。)においては、残念ながら妥当しない言葉である。
 地球の重力が火星のそれとは異なるように、世間で妥当する箴言が口述式試験においても妥当するわけではないのだ。無理を承知の上で、あえてそれを口述式試験用にモディファイするなら、雄弁は銀、沈黙は死ということになろう。
 ではこの試験において何が我々を金色に染めてくれるかといえば、それは多すぎず少なすぎない、全く過不足のないひとかたまりの適切な言葉だけなのである。
4: It2iZS2d 2019/08/29(木)22:03 ID:It2iZS2d(4/10) AAS
 いったいいつからこの厄介な戦いが始まっているのか、それは話す人間によって答えが異なりうる、きわめて難しい問いであるということができる。
 ある人はこう言う。論文式試験を受け終わった時から戦いは始まっていて、論文式の合格発表時点までに、どれだけ知識をブラッシュアップして口述再現を分析できるかで勝負が決まるのだ、と。
 またある人はこう言う。受験生はユニコーンにも劣らぬ可能性の塊であり、伸びしろや知識の吸収率は我々の比ではない、ゆえに勝負は論文の合格発表から口述本番までの二週間にある、と。
 さらに極端な人は、全ての戦いは昨年の予備試験の合格発表の時点から始まっていると主張する。いよいよ口述が近づいてくると、彼らは終末論者のごとき静謐のなかで時を過ごす。
 迫りくる災厄を前にして、自らがすべきことはすでに尽くされていると言わんばかりの穏やかな顔を浮かべ、そして戦場に赴くのである。
5: It2iZS2d 2019/08/29(木)22:59 ID:It2iZS2d(5/10) AAS
 真夏の五反田TOCには人をおかしくする不思議な魔力があるのかもしれない。
 僕は論文式試験に合格している自信はなかったが、もちうるかぎりの力を現場で発揮したという確信は持っていた。
 その確信が僕にそこはかとない安心感を与え、その安心感は、八月の初めに口述用の宿を予約するという、限りなく愚行に近い行為へと僕を駆り立てた。
 僕はグーグルマップをにらみながら、法務省浦安総合センター近辺の宿泊施設が提示する殺人的な宿代にうんざりさせられていた。
 ネズミは遊園地で栄華を誇るべき存在ではなく、ネズミ捕りの上で人知れず息絶えるべき存在である。いまや僕はそう信じて疑わない。
6: It2iZS2d 2019/08/29(木)23:18 ID:It2iZS2d(6/10) AAS
 頼りない財布と相談した結果、僕は潮見駅前のア〇ホテルに目をつけた。
 乗り継ぎなしで新浦安駅まで辿りつくことができるし、時間もそれほどかからない。ホテル脇にコンビニエンスストアも併設されている。
 奇妙なペットボトル水が部屋に置かれていること以外、すべてが許容範囲内であるように思われた。
 そして僕は拙速を貴ぶ兵のように、その日のうちに予約を取った。
 そのときだけ僕は、不合格になる可能性を頭の外に追いやることに成功し、そしてあわれなア〇ホテルは契約が解除される可能性について知るよしもなかった。
 それは僕とア〇ホテルのあいだに結ばれた儚い契約であり、ア〇ホテルはその裏に秘められたささやかな裏切りの可能性については一顧だにしなかったろう。
 知らぬが仏という言葉もある。
7: It2iZS2d 2019/08/29(木)23:28 ID:It2iZS2d(7/10) AAS
 無謀にも宿を予約したということ以外、僕は受験生としてごくごくふつうに日々の生活を送っていた。
 論文式試験に受かっているとは思っていないが、それでいてあきらめきることもできない受験生は、ぼちぼち要件事実や訴訟法の短答を復習したり、民事と刑事の司法試験過去問に挑戦したりする。
 そして、少し背伸びして執行保全の本格的な基本書に手をつけたりもする。
 もどかしく待ち遠しいような感じがする一方で、発表の日が来るのをおそれてもいたことを、僕はよく覚えている。
8: It2iZS2d 2019/08/29(木)23:36 ID:It2iZS2d(8/10) AAS
 合格発表日からの二週間はとてもあわただしいものになった。
 僕は自分が論文式試験に合格したことに浮かれ、発表日は居酒屋やらバーやらを何軒もはしごしてつかのまの快楽に耽った。
 これがいけなかった。〇巳の口述模試の申し込みが極めてシビアな競争であることを知らず、それにすっかり乗り遅れたのだ。
 そして僕は、口述模試の選択肢が一つ減った状態でスタートすることを余儀なくされたのだ。それでもどうにか塾、〇ック、スクエ〇の口述模試に滑り込むことができた。
 僕は往々にして模試を愉しまず、気まずい沈黙や大胆な間違いを繰り返すばかりだった。
 だが同時に模試を受験してそういった不愉快な思いをしないわけにはいかないとも思っていた。
 孫子の兵法にほんの少しでも思いを致すことができれば、それはごく当然のことだった。
 敵を知ろうと努力せずして勝負に勝とうなどというのは、ふんだんに装飾されたホールケーキよりもさらに甘ったるい発想である。
9: It2iZS2d 2019/08/29(木)23:42 ID:It2iZS2d(9/10) AAS
 そうこうしているうちに、息つく暇もなく試験前日がやってきた。スーツケースとリュックに書籍やらスーツやらを乱暴に詰め込み、僕はアパートを出た。
 出発の直前、なぜか急に我がおんぼろアパートがいとおしく思われてきたが、それはきっとこの先に待ち構えるものがあまりに嫌だったからに違いない
10: It2iZS2d 2019/08/29(木)23:50 ID:It2iZS2d(10/10) AAS
 新幹線も東京駅も京葉線も、僕が通過することを余儀なくされるなにもかもが、書籍とプレッシャーをたんまり抱え込んだ受験生にとってやさしい場所ではなかった。
 やさしい場所であろうがそうでなかろうが、試験時刻は着実に近づいてきているのであり、僕は受験生としての義務から逃れることができなかった。
 新幹線を待つ行列のなかや車内で大島本を読み、京葉線の車内では類型別を開いていた。リュックから本を取り出す余裕がないときは、スマートフォンをつかって自作のまとめノートに目を通したりもした。
 必死だったのだ。
 そのあいだじゅう、僕はたくさんの汗をかいた。
 それが重い荷物を運んでいることによる暑さに起因するものなのか、翌日に控える地獄に対する体の拒否反応なのかは、わからずじまいだった。
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