今は昔、 (43レス)
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1: 2015/02/12(木)16:39 ID:AwE(1) AAS
竹取の翁といふものありけり。
24: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)12:55 ID:33d(14/25) AAS
 翁喜びて、家に帰りてかぐや姫に語らふやう、
「かくなむ帝の仰せたまへる。なほやは仕うまつりたまはぬ」と言へば、
かぐや姫答へていはく、「もはら、さやうの宮仕へ仕うまつらじと思ふを、しひて仕うまつらせたまはば消え失せなむず。御宮冠仕うまつりて、死ぬばかりなり」。
翁いらふるやう、「なしたまひ。宮冠も、わが子を見奉らでは、なににかはせむ。さはありとも、などか宮仕へをしたまはざらむ。死にたまふべきやうやはあるべき」と言ふ。
「なほそらごとかと、仕うまつらせて、死なずやあると見たまへ。あまたの人の、志おろかならざりしを、むなしくしなしてしこそあれ。昨日今日帝ののたまはむことにつかむ、人聞きやさし」と言へば、翁答へていはく、
「天下のことは、とありとも、かかりとも、御命の危さこそ、大きなるさはりなれば、なほ仕うまつるまじきことを、まゐりて申さむ」
とて、まゐりて申すやう、
「仰せのことをかしこさに、かの童を、まゐらせむとて仕うまつれば、宮仕へにいだし立てば死ぬべし、と申す。
造麻呂が手に生ませたる子にもあらず。
昔、山にて見つけたる。
省1
25: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)12:59 ID:33d(15/25) AAS
 帝仰せたまふ、「造麻呂が家は、山もと近かなり。御狩りみゆきしたまはむやうにて、見てむや」とのたまはす。
造麻呂が申すやう、
「いとよきことなり。なにか、心もとなくてはべらむに、ふとみゆきして御覧ぜむに、御覧ぜられなむ」
と奏すれば、帝にはかに日を定めて、御狩りに出で給うて、かぐや姫の家に入り給うて見給ふに、光みちて清らにてゐたり人あり。
これならむとおぼして近く寄らせ給ふに、逃げて入る袖をとらへ給へば、面をふたぎて候へど、
はじめて御覧じつれば、類なくめでたくおぼえさせ給ひて、許さじとすとて、ゐておはしまさむとするに、かぐや姫答へて奏す、おのが身は、この国に生まれて侍らばこそ使ひ給はめ、いとゐておはしましがたくや侍らむと奏す。
帝、「などかさあらむ。なほゐておはしまさむ」とて、御輿を寄せ給ふに、このかぐや姫、きと影になりぬ。
はかなく、口惜しとおぼして、げにただ人にはあらざりけりとおぼして、
「さらば御供には率て行かじ。もとの御かたちとなりたまひね。それを見てだに帰りなむ」
と仰せらるれば、かぐや姫もとのかたちになりぬ。
省4
26: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)13:03 ID:33d(16/25) AAS
 かやうに、御心を互ひに慰めたまふほどに、三とせばかりありて、春の初めより、かぐや姫、月のおもしろくいでたるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。
ある人の、「月の顔見るは忌むこと」と制しけれども、ともすれば人間にも月を見ては、いみじく泣きたまふ。
七月十五日の月にいでゐて、せちにもの思へるけしきなり。
近く使はるる人々、竹取の翁に告げていはく、
「かぐや姫の、例も月をあはれがりたまへども、このごろとなりては、ただごとにもはべらざめり。いみじくおぼし嘆くことあるべし。よくよく見奉らせたまへ」
と言ふを聞きて、かぐや姫に言ふやう、
「なんでふここちすれば、かく、ものを思ひたるさまにて、月を見たまふぞ。うましき世に」
と言ふ。
かぐや姫、「見れば、世間心細くあはれにはべる。なでふものをか嘆きはべるべき」と言ふ。

 かぐや姫のある所に至りて見れば、なほもの思へるけしきなり。
省8
27: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)13:08 ID:33d(17/25) AAS
 八月十五日ばかりの月に出でゐて、かぐや姫いといたく泣きたまふ。
人目もいまはつつみ給はず泣きたまふ。
これを見て、親どもも、「なにごとぞ」と問ひさわぐ。
かぐや姫泣く泣く言ふ、
「先々も申さむと思ひしかども、かならず心惑はし給はむものぞと思ひて、いままで過ごし侍りつるなり。

さのみやはとて、うち出で侍りぬるぞ。
おのが身はこの国の人にもあらず。
月の都の人なり。
それを昔の契りありけるによりてなむ、この世界にはまうで来たりける。
いまは帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かのもとの国より、迎へに人々まうで来むず。
省16
28: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)13:13 ID:33d(18/25) AAS
 このことを帝聞こし召して、竹取が家に御使ひつかはさせたまふ。
御使ひに竹取いで会ひて、泣くこと限りなし。
このことを嘆くに、ひげも白く、腰もかがまり、目もただれにけり。
翁、今年は五十ばかりなりけれども、もの思ふには、かた時になむ老いになりにけると見ゆ。
御使ひ、仰せごととて翁にいはく、「いと心苦しくもの思ふなるは、まことか」と仰せたまふ。
竹取泣く泣く申す。
「この十五日になむ、月の都より、かぐや姫の迎へにまうで来なる。
たふとく問はせたまふ。
この十五日は、人々賜はりて、月の都の人まうで来ば捕へさせむ」と申す。
御使ひ帰りまゐりて、翁のありさま申して、奏しつることども申すを聞こし召して、のたまふ、
省14
29: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)13:17 ID:33d(19/25) AAS
 これを聞きてかぐや姫は、
「さしこめて、守り戦ふべき下組みをしたりとも、あの国の人を、え戦はぬなり。
弓矢して射られじ。
かくさしこめてありとも、かの国の人来ば、皆あきなむとす。
相戦はむとすとも、かの国の人来なば、たけき心つかふ人も、よもあらじ」。
翁の言ふやう、
「御迎へに来む人をば、長き爪して、眼をつかみつぶさむ。
さが髪を取りて、かなぐり落とさむ。
さが尻をかきいでて、ここらの公人に見せて、恥を見せむ」
と腹立ちをり。
省13
30: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)13:19 ID:33d(20/25) AAS
 かかるほどに、宵内過ぎて、子の時ばかりに、家の辺り昼の明さにも過ぎて光りわたり、望月の明さを十あはせたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。
大空より、人、雲に乗りており来て、土より五尺ばかりあがりたるほどに、立ちつらねたり。
これを見て、内外なる人の心ども、物におそはるるやうにて、あひ戦はむ心もなかりけり。
からうじて思ひ起こして、弓矢をとり立てむとすれども、手に力もなくなりて、なえかかりたり。
中に心さかしき者、念じて射むとすれども、ほかざまへ行きければ、あれも戦はで、心地ただしれにしれて、まもりあへり。
立てる人どもは、装束の清らなること、ものにも似ず。
飛ぶ車一つ具したり。
羅蓋さしたり。
31: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)13:24 ID:33d(21/25) AAS
 その中に王とおぼしき人、家に、「造麻呂、まうで来」と言ふに、たけく思ひつる造麻呂も、ものに酔ひたる心地して、うつぶしに伏せり。
いはく、
「汝、をさなき人、いささかなる功徳を翁つくりけるによりて、汝が助けにとて、かた時のほどとて降ししを、そこらの年頃、そこらの金賜ひて、身をかへたるがごと成りにけり。
かぐや姫は、罪をつくり給へりければ、かく賤しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。罪の限果てぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く、能はぬことなり。はや出したてまつれ」
と言ふ。
翁答へて申す、
「かぐや姫を養ひたてまつること廿余年に成りぬ。かた時とのたまふにあやしくなり侍りぬ。また、異所に、かぐや姫と申す人ぞおはすらむ」と言ふ。
「ここにおはするかぐや姫は、重き病をしたまへば、えいでおはしますまじ」と申せば、その返りごとはなくて、屋の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、かぐや姫。きたなき所にいかでか久しくおはせむ」と言ふ。
立てこめたるところの戸、すなはち、ただ開きに開きぬ。
格子どもも、人はなくして開きぬ。
省2
32: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)13:28 ID:33d(22/25) AAS
 竹取心惑ひて泣き伏せるところに寄りて、かぐや姫言ふ、
「ここにも心にもあらでかくまかるに、上らむをだに見送りたまへ」
と言へども、
「なにしに、悲しきに見送り奉らむ。われをいかにせよとて捨てては上りたまふぞ。具していでおはせね」

と泣きて伏せれば、心惑ひぬ。
「文を書き置きてまからむ。恋しからむをりをり、取りいでて見たまへ」とて、うち泣きて書くことばは、

「この国に生まれぬるとならば、嘆かせ奉らぬほどまではべらで過ぎ別れぬること、かへすがへす本意なくこそ覚えはべれ。
脱ぎおく衣を形見と見たまへ。
月のいでたらむ夜は、見おこせたまへ。
見捨て奉りてまかる空よりも、落ちぬべきここちする」と書き置く。
省12
33: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)13:30 ID:33d(23/25) AAS
 「かくあまたの人を賜ひてとどめさせたまへど、許さぬ迎へまうで来て、取り率てまかりぬれば、口惜しく悲しきこと。
宮仕へ仕うまつらずなりぬるも、かくわづらはしき身にてはべれば。
心得ずおぼしめされつらめども、心強く承らずなりにしこと、なめげなるものにおぼしめしとどめられぬるなむ、心にとどまりはべりぬる」
とて、

  今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひいでける

とて、壺の薬添へて、頭中将呼び寄せて奉らす。
中将に天人取りて伝ふ。
中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せ奉りつれば、翁をいとほしく、かなしとおぼしつることも失せぬ。

この衣着つる人は、もの思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して上りぬ。
34: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)13:33 ID:33d(24/25) AAS
 そののち、翁・女、血の涙を流して惑へどかひなし。
あの書きおきし文を読み聞かせけれど、
「なにせむにか命も惜しからむ。たがためにか。何事も用もなし」
とて、薬も食はず、やがて起きも上がらで、病み伏せり。
中将、人々引き具して帰りまゐりて、かぐや姫を、え戦ひとめずなりぬること、こまごまと奏す。
薬の壺に御文添へ、まゐらす。
広げて御覧じて、いといたくあはれがらせたまひて、物も聞こし召さず、御遊びなどもなかりけり。
大臣上達を召して、「いづれの山か天に近き」と問はせたまふに、ある人奏す、「駿河の国にあるなる山なむ、この都も近く、天も近くはべる」と奏す。
これを聞かせたまひて、

  会ふこともなみだに浮かぶわが身には死なぬ薬もなににかはせむ
省6
35: 忍法帖【Lv=3,ゆうしゃ,4Hp】 2016/08/28(日)13:54 ID:33d(25/25) AAS
竹取物語

和田萬吉

 むかし、いつの頃でありましたか、竹取りの翁
といふ人がありました。
ほんとうの名は讃岐の造麻呂といふのでしたが、毎日
のように野山の竹藪にはひつて、竹を切り取つて、いろ/\の物を造り、それを商ふことにしてゐましたので、俗に竹取りの翁といふ名で通つてゐました。
ある日、いつものように竹藪に入り込んで見ますと、一本妙に光る竹の幹がありました。
不思議に思つて近寄つて、そっと切つて見ると、その切つた筒の中に高さ三寸ばかりの美しい女の子がゐました。
いつも見慣れてゐる藪の竹の中にゐる人ですから、きっと、天が我が子として與へてくれたものであらうと考へて、その子を手の上に載せて持ち歸り、妻のお婆さんに渡して、よく育てるようにいひつけました。
お婆さんもこの子の大そう美しいのを喜んで、籠の中に入れて大切に育てました。
36: 忍法帖【Lv=0,作成中..】 2016/08/28(日)14:59 ID:E67(1/8) AAS
 このことがあつてからも、翁はやはり竹を取つて、その日/\を送つてゐましたが、奇妙なことには、多くの竹を切るうちに節と節との間に、黄金がはひつてゐる竹を見つけることが度々ありました。
それで翁の家は次第に裕福になりました。
 ところで、竹の中から出た子は、育て方がよかつたと見えて、ずん/\大きくなつて、三月ばかりたつうちに一人前の人になりました。
そこで少女にふさはしい髮飾りや衣裳をさせましたが、大事の子ですから、家の奧にかこつて外へは少しも出さずに、いよ/\心を入れて養ひました。
大きくなるにしたがつて少女の顏かたちはます/\麗しくなり、とてもこの世界にないくらゐなばかりか、家の中が隅から隅まで光り輝きました。
翁にはこの子を見るのが何よりの藥で、また何よりの慰みでした。
その間に相變らず竹を取つては、黄金を手に入れましたので、遂には大した身代になつて、家屋敷も大きく構へ、召し使ひなどもたくさん置いて、世間からも敬はれるようになりました。
さて、これまでつい少女の名をつけることを忘れてゐましたが、もう大きくなつて名のないのも變だと氣づいて、いゝ名づけ親を頼んで名をつけて貰ひました。
その名は嫋竹の赫映姫といふのでした。
その頃の習慣にしたがつて、三日の間、大宴會を開いて、近所の人たちや、その他、多くの男女をよんで祝ひました。
37: 忍法帖【Lv=1,グリズリー,Apf】 2016/08/28(日)15:09 ID:E67(2/8) AAS
 この美しい少女の評判が高くなつたので、世間の男たちは妻に貰ひたい、
又見るだけでも見ておきたいと思つて、家の近くに來て、すき間のようなところから覗かうとしましたが、
どうしても姿を見ることが出來ません。
せめて家の人に逢つて、ものをいはうとしても、それさへ取り合つてくれぬ始末で、
人々はいよ/\氣を揉んで騷ぐのでした。
そのうちで、夜も晝もぶっ通しに家の側を離れずに、
どうにかして赫映姫に逢つて志を見せようと思ふ熱心家が五人ありました。
みな位の高い身分の尊い方で、一人は石造皇子、一人は車持皇子、
一人は右大臣阿倍御主人、一人は大納言大伴御行、一人は中納言石上麻呂でありました。
この人たちは思ひ/\に手だてをめぐらして姫を手に入れようとしましたが、
省29
38: 忍法帖【Lv=1,グリズリー,Apf】 2016/08/28(日)15:11 ID:E67(3/8) AAS
 第二番に、車持皇子は、蓬莱の玉の枝を取りに行くといひふらして船出をするにはしましたが、
實は三日目にこっそりと歸つて、かね/″\たくんで置いた通り、上手の玉職人を多く召し寄せて、
ひそかに註文に似た玉の枝を作らせて、姫のところに持つて行きました。
翁も姫もその細工の立派なのに驚いてゐますと、そこへ運わるく玉職人の親方がやつて來て、
千日あまりも骨折つて作つたのに、まだ細工賃を下さるといふ御沙汰がないと、苦情を持ち込みましたので、
まやかしものといふことがわかつて、これも忽ち突っ返され、皇子は大恥をかいて引きさがりました。
39: 忍法帖【Lv=1,グリズリー,Apf】 2016/08/28(日)15:14 ID:E67(4/8) AAS
 第三番の阿倍の右大臣は財産家でしたから、あまり惡ごすくは巧まず、ちょうど、その年に日本に來た唐船に誂へて火鼠の皮衣といふ物を買つて來るように頼みました。
やがて、その商人は、やう/\のことで元は天竺にあつたのを求めたといふ手紙を添へて、皮衣らしいものを送り、前に預つた代金の不足を請求して來ました。
大臣は喜んで品物を見ると、皮衣は紺青色で毛のさきは黄金色をしてゐます。
これならば姫の氣に入るに違ひない、きっと自分は姫のお婿さんになれるだらうなどゝ考へて、大めかしにめかし込んで出かけました。
姫も一時は本物かと思つて内々心配しましたが、火に燒けないはずだから、試して見ようといふので、火をつけさせて見ると、一たまりもなくめら/\と燒けました。
そこで右大臣もすっかり當てが外れました。
40: 忍法帖【Lv=1,グリズリー,Apf】 2016/08/28(日)15:16 ID:E67(5/8) AAS
 四番めの大伴の大納言は、家來どもを集めて嚴命を下し、必ず龍の首の玉を取つて來いといつて、邸内にある絹、綿、錢のありたけを出して路用にさせました。
ところが家來たちは主人の愚なことを謗り、玉を取りに行くふりをして、めい/\の勝手な方へ出かけたり、自分の家に引き籠つたりしてゐました。
右大臣は待ちかねて、自分でも遠い海に漕ぎ出して、龍を見つけ次第矢先にかけて射落さうと思つてゐるうちに、九州の方へ吹き流されて、烈しい雷雨に打たれ、その後、明石の濱に吹き返され、波風に揉まれて死人のようになつて磯端に倒れてゐました。
やう/\のこと、國の役人の世話で手輿に乘せられて家に着きました。
そこへ家來どもが駈けつけて、お見舞ひを申し上げると、大納言は杏のように赤くなつた眼を開いて、
「龍は雷のようなものと見えた。あれを殺しでもしたら、この方の命はあるまい。お前たちはよく龍を捕らずに來た。うい奴どもぢや」
 とおほめになつて、うちに少々殘つてゐた物を褒美に取らせました。
もちろん姫の難題には怖じ氣を振ひ、「赫映姫の大がたりめ」と叫んで、またと近寄らうともしませんでした。
41: 忍法帖【Lv=1,グリズリー,Apf】 2016/08/28(日)15:22 ID:E67(6/8) AAS
 五番めの石上の中納言は燕の子安貝を獲るのに苦心して、いろ/\と人に相談して見た後、ある下役の男の勸めにつくことにしました。
そこで、自分で籠に乘つて、綱で高い屋の棟にひきあげさせて、燕が卵を産むところをさぐるうちに、ふと平たい物をつかみあてたので、嬉しがつて籠を降す合圖をしたところが、下にゐた人が綱をひきそこなつて、綱がぷっつりと切れて、運わるくも下にあつた鼎の上に落ちて眼を廻しました。
水を飮ませられて漸く正氣になつた時、
「腰は痛むが子安貝は取つたぞ。それ見てくれ」
 といひました。
皆がそれを見ると、子安貝ではなくて燕の古糞でありました。
中納言はそれきり腰も立たず、氣病みも加はつて死んでしまひました。五人のうちであまりものいりもしなかつた代りに、智慧のないざまをして、一番慘い目を見たのがこの人です。
 そのうちに、赫映姫が並ぶものゝないほど美しいといふ噂を、時の帝がお聞きになつて、一人の女官に、
「姫の姿がどのようであるか見て參れ」
 と仰せられました。
省33
42: 忍法帖【Lv=1,グリズリー,Apf】 2016/08/28(日)15:28 ID:E67(7/8) AAS
さうかうするうちに三年ばかりたちました。
その年の春先から、赫映姫は、どうしたわけだか、月のよい晩になると、その月を眺めて悲しむようになりました。
それがだん/\つのつて、七月の十五夜などには泣いてばかりゐました。
翁たちが心配して、月を見ることを止めるようにと諭しましたけれども、
「月を見ずにはゐられませぬ」
 といつて、やはり月の出る時分になると、わざ/\縁先などへ出て歎きます。
翁にはそれが不思議でもあり、心がゝりでもありますので、ある時、そのわけを聞きますと、
「今までに、度々お話しようと思ひましたが、御心配をかけるのもどうかと思つて、打ち明けることが出來ませんでした。
實を申しますと、私はこの國の人間ではありません。
月の都の者でございます。
省23
43: 忍法帖【Lv=1,グリズリー,Apf】 2016/08/28(日)15:31 ID:E67(8/8) AAS
 そのうちに夜もなかばになつたと思ふと、家のあたりが俄にあかるくなつて、滿月の十そう倍ぐらゐの光で、人々の毛孔さへ見えるほどであります。
その時、空から雲に乘つた人々が降りて來て、地面から五尺ばかりの空中に、ずらりと立ち列びました。
「それ來たっ」と、武士たちが得物をとつて立ち向はうとすると、誰もかれも物に魅はれたように戰ふ氣もなくなり、力も出ず、たゞ、ぼんやりとして目をぱち/\させてゐるばかりであります。
そこへ月の人々は空を飛ぶ車を一つ持つて來ました。
その中から頭らしい一人が翁を呼び出して、
「汝翁よ、そちは少しばかりの善いことをしたので、それを助けるために片時の間、姫を下して、たくさんの黄金を儲けさせるようにしてやつたが、今は姫の罪も消えたので迎へに來た。早く返すがよい」
 と叫びます。
翁が少し澁つてゐると、それには構はずに、
「さあ/\姫、こんなきたないところにゐるものではありません」
 といつて、例の車をさし寄せると、不思議にも堅く閉した格子も土藏も自然と開いて、姫の體はする/\と出ました。
省5
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