刑死者慰霊塔の近くに引越しするか悩む (31レス)
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4: 04/24(水)10:36 ID:zsG+0e0A0(1/9) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 00.大綱序

生きとし生ける者たちは迷っているために、帰るべきわが家を知らないから、地獄や餓鬼や畜生(三趣)の世界に沈んで、四種の「生あるもの」(母胎から生まれる・卵から生まれる・湿気から生まれる・突然に生まれる)に生まれかわり死にかわりして、さまよい苦しんでいる。
如来は、そのような無知な者をあわれんで、その帰るべき道をお示しになったのである。帰り道には、まっすぐなものもあれば、まがったものもある。
しかし、密教のすばらしい車は、虚空を速やかに飛び越えて、この一生の間に、かならず到着することができる。
いま、この「大日経」を根拠として、真言行を実践する者の、心のありかたの次第を明らかにしてゆこう。

空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 01.異生羝羊心(いしょうていようしん) - 煩悩にまみれた心1

羝羊(雄羊)は動物の中で、もっとも性向が下劣で劣っている。それは、ただ水と草と淫欲とのみを思って、ほかに知ることがない。故に、インドの語法の上から、迷える者の類に喩えたのである。
大火事の家の中にいるような、八つの苦しみを直視しなければ、どうして「罪の報いとして、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちる」と信ずることができようか。

迷いの世界における、「生」「老」「病」「死」が四苦。
さらに、「愛別離苦(愛する者と離別する苦)」「怨憎会苦(にくむべき者と会う苦)」「求不得苦(求めても得られない苦)」「五蘊盛苦(肉体上・精神上の苦)」を加えて八苦。
省4
5: 04/24(水)10:36 ID:zsG+0e0A0(2/9) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 01.異生羝羊心(いしょうていようしん) - 煩悩にまみれた心2

・地獄趣
二つの八大地獄がある。炎と寒であって、たがいに通ずることはない。煮られ、ただれることは、魚や鳥のようであり、焼かれることは、いつの年に終わるのであろう。
極熱地獄は、「殺し」「盗み」「男女の道を乱すこと」「飲酒」「虚言」「偏見」「修行の尼に過失を起こさせること」の七悪による。
無間地獄は、「殺母」「殺父」「殺阿羅漢」「出仏身血」「破和合僧」という五つの重罪による。

・餓鬼趣
すべての餓鬼は、みな貪りや妬みが原因となって生ずる。さまざまな悪心によって、さまざまな悪業をつくり、飢渇の火によって、その身を焼かれる。
少しの食物も分かち、甘味を割き与える者は、そのままに、この災難から脱れることができる。

「正法念処経」に依る。――もし邪まな道を実践し、邪まな考えによる教えを説き、「これは真実である」と思って、正しい真実の教えを信じなければ、魔羅身餓鬼の中に堕ちる。

・畜生趣
省4
6: 04/24(水)10:36 ID:zsG+0e0A0(3/9) AAS
13になった
7: 04/24(水)10:37 ID:zsG+0e0A0(4/9) AAS
93お気持ち
8: 04/24(水)10:37 ID:zsG+0e0A0(5/9) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 01.異生羝羊心(いしょうていようしん) - 煩悩にまみれた心3

・龍趣
「正法念処経」に言う。――法にしたがう行為をなす龍王の住む宮殿には、熱沙を雨降らさない。それは、前世において外道の戒をうけ、布施をするけれども、清浄ではない。
――善心をもっているので、時には雨を降らし、もろもろの世間の五穀をみのらせ、豊作の安楽を与え安穏にして、霰の災厄を降らさず、仏・法・僧の三宝を信じて、四天下に甘露の雨を降りそそがせる。
――理法にかなった行ないをしない龍王の住むところには、常に熱沙が降り、宮殿やその眷属を焼き尽くし、それらは滅してまた生ずるのである。

・阿修羅趣
「おもねり」「たかぶり」の心によって布施をする者は、死後、かならず阿修羅道に至るであろう。

「正法念処経」に言う。――あらまし二種類がある。1.餓鬼道におさめられるもの。2.畜生におさめられるもの。
――餓鬼道におさめられるものは、魔身餓鬼であり、神通力をもっている。信仰がなく、常に戦闘を願うものは、羅ご阿修羅の中に生まれる。
――種々の食物を破戒雑行の人に施して、心に正しく思念することがない。このように施しをした者は、陀摩ご阿修羅の中に生まれる。
省1
9: 04/24(水)10:37 ID:zsG+0e0A0(6/9) AAS
52正解
10: 04/24(水)10:38 ID:zsG+0e0A0(7/9) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 01.異生羝羊心(いしょうていようしん) - 煩悩にまみれた心4

・人間趣(前半)
「華厳経」に言う。――殺生の罪は、生ける者を地獄・餓鬼・畜生に堕とすことになる。もし、人間界に生まれれば、二種類の報いを受ける。一つは、短命であること。二つは、多病であること。生命を傷つけ殺すからである。

「華厳経」に言う。――盗みの罪は、生ける者を地獄・餓鬼・畜生に堕とすことになる。もし、人間界に生まれれば、二種類の報いを受ける。一つは、貧窮であること。二つは、「共通の財産しかなく不自由である」こと。物を欠乏させるからである。

「華厳経」に言う。――邪淫の罪は、生ける者を地獄・餓鬼・畜生に堕とすことになる。もし、人間界に生まれれば、二種類の報いを受ける。一つは、「婦人が貞節でない」こと。二つは、「意にしたがう仲間がいない」こと。人の愛する者を奪うからである。

「華厳経」に言う。――虚言の罪は、生ける者を地獄・餓鬼・畜生に堕とすことになる。もし、人間界に生まれれば、二種類の報いを受ける。一つは、多く誹られること。二つは、人に誑かされること。誠実ではないからである。
省1
11: 04/24(水)10:38 ID:zsG+0e0A0(8/9) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 01.異生羝羊心(いしょうていようしん) - 煩悩にまみれた心5

・人間趣(後半)
「華厳経」に言う。――悪口の罪は、生ける者を地獄・餓鬼・畜生に堕とすことになる。もし、人間界に生まれれば、二種類の報いを受ける。一つは、常に不快な声を聞くこと。二つは、「言葉を発するところに常に諍いがある」こと。もろもろの道徳に逆らっているからである。

「華厳経」に言う。――正しい意味内容のない言葉の罪は、生ける者を地獄・餓鬼・畜生に堕とすことになる。もし、人間界に生まれれば、二種類の報いを受ける。一つは、「何を言っても人の信用を受けられない」こと。二つは、「何かを言っても意味をはっきりさせられない」こと。みな愚かであることによる。

「華厳経」に言う。――貪欲の罪は、生ける者を地獄・餓鬼・畜生に堕とすことになる。もし、人間界に生まれれば、二種類の報いを受ける。一つは、多欲であること。二つは、満足に至らないこと。求めて厭くことがないからである。

「華厳経」に言う。――怒りの罪は、生ける者を地獄・餓鬼・畜生に堕とすことになる。もし、人間界に生まれれば、二種類の報いを受ける。一つは、「すべての人びとから常にその長所・短所を指摘される」こと。二つは、「常に他の人びとから悩まされ傷つけられる」こと。「他人を包容することができない」からである。
省2
12: 04/24(水)10:38 ID:zsG+0e0A0(9/9) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 01.異生羝羊心(いしょうていようしん) - 煩悩にまみれた心6

・羝羊外道
時間や物質要素や自在天が存在の本源だと考える外道、ヨガの実習で自我を究竟する外道、魂の存在を主張する外道、すべての存在は自然に有ると考える老荘、三十の大外道は、それぞれに、真実に迷い輪廻する。
仏教の中の犢子部と、および説一切有部との両部は、「過去・未来・現在の、三世を通じての実在がある」と主張している。
もし、「過去・未来・現在が実在している」のであれば、「数取趣(『さくしゅしゅ』と読み、『個体存在』の意)が存在している」のと同じであり、仏のお説きになった、三種の真理のしるし(諸行無常・諸法無我・涅槃寂静)に矛盾する。
インドのもろもろの菩薩が、種々の論を著して、これらの主張を論破している。
また、もし魂が輪廻の世界に遍在するのであれば、どうして、また生と死があるのか。
もし、仏教を信ずる人が、自らの心の、真実の姿を見ることなく、誤って認識し、それに執着すれば、「我あり」とする誤った見解と同じことになる。
13: 04/25(木)10:09 ID:MzCk+Yr00(1/7) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 02.愚童持斎心(ぐどうじさいしん) - 道徳の目覚め・儒教的境地1

愚童持斎心というのは、すなわち、人間としての存在(人趣)において、やや善なる心がきざし、迷える者が、自分の心の根底に本来、有する、仏の心に帰るはじめである。
あやまちを知れば必ず改め、賢人を見ては、「それと等しいものになろう」と思い、初めて因果の道理を信じ、だんだんと善い行ないと悪い行ないの、報いの結果にうなずく。

・六心
種子の心とは、「大日経疏」に言う。――世の中には、遠いはるかな昔より、今に至るまで、次第に伝え伝えられてきた、善と言われる物事がある。突然として、おのずから善に対する思いが生ずる。
牙種の心とは、「大日経」に言う。――「貪り求めるのを止めたことで、内に利益・安楽を得る」のを見て、「この善きことを実践して増大せしめよう」と思うから、自分の財として用いるものを捨てて、最も親しい人々に与えるのである。
疱種の心とは、「大日経」に言う。――また、これをもって見知らぬ他人にも施し与える。
葉種の心とは、「大日経」に言う。――また、この施しを「才能のすぐれた徳の高い人」に与える。すなわち、これは聡い性質が次第に開けて、正しい道理を説く者にめぐりあう理由である。
花種の心とは、「大日経」に言う。――音楽家や長老など、施すところの相手の是非を分けて選び取り、「その他の者のためになる」ことを見る。
成果の心とは、「大日経」に言う。――布施を実践して心が純粋に熟し、ただ歓喜するだけではなく、また、よく親しみ、慈しむ心によって、すべての、すぐれた行ないの人に施し与える。
14: 04/25(木)10:10 ID:MzCk+Yr00(2/7) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 02.愚童持斎心(ぐどうじさいしん) - 道徳の目覚め・儒教的境地2

・三帰戒
子牛に母牛がなければ、必ず死ぬことは疑いがなく、ヤマイヌや狼が、すべて走って、やって来る。
生けるものが仏に帰依しなければ、悪魔や鬼人が、みな、やって来て取り囲む。世間の道徳をたもって犯すことがなければ、来世に美名をはせる。
王は彼に語って、汝が恐れなきことを求めるならば、我が国境から出てはいけない。我が教えに違反してはいけない。必ず汝を救い護るであろう、と言うようなものである。
仏・法・僧の三宝に帰依し、仏の教えに違うことがなければ、悪魔に囚われることはない。

・五戒
そもそも五戒とは、中国の典籍にある五常の教えと同じである。すなわち、仁・義・礼・智・信である。
「あわれんで殺さない」のを仁と言い、相手を害なうのを防いで「男女の道を、乱すことをしない」のを義と言い、「ことさらに、心に酒を禁ずる」のを礼と言い、「清らかに思察して盗みをしない」のを智と言い、「道理にのっとった言葉でなければ語らない」のを信と言う。

「薩婆多論」に言う。――過去七仏中の第六の、迦葉仏のときに、在家の男性の信者がいた。彼は飲酒することによって他人の妻を犯し、他のものの鶏を盗んで殺した。他人がやって来て問うのに、「盗まない」と言って、嘘の罪を犯した。
省5
15: 04/25(木)10:11 ID:MzCk+Yr00(3/7) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 02.愚童持斎心(ぐどうじさいしん) - 道徳の目覚め・儒教的境地3

・十善戒
「正法念処経」巻二に言う。
――殺生と怨みとを離れて、慈しみを生ずれば、神々に守護される。死後、天界に生まれる。
――盗まず、「足る」を知って施せば、みな信頼する。死後、天界に生まれる。
――異性に対する邪まな行為を離れて、煩悩の心がなければ、自分の妻に満足し、もろもろの善きことを摂める。死後、天界に生まれる。
――嘘を離れたならば、すべての人はみな信じる。死後、天界に生まれる。
――二枚舌を離れた者は、親しい人とも、疎い人とも関係が確かで、「怨みによって破られること」はない。死後、天界に生まれる。
――悪口を離れて、やさしい言葉で語れば、人はみな安らかである。死後、天界に生まれる。
――飾った言葉を離れた人は、正しい言葉を説くので、世の中で尊重される。わずかに、やわらかい言葉で説くと、他人に理解されやすい。死後、天界に生まれる。
省4
16: 04/25(木)10:11 ID:MzCk+Yr00(4/7) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 02.愚童持斎心(ぐどうじさいしん) - 道徳の目覚め・儒教的境地4

・不正治国王
「金光明経」に言う。――四天王は、ともに仏に申し上げた。
――もし人間の王があり、その国土に、この経典があっても、広まっておらず、よく聞こうと願わず、供養することがない。
――正しい理法を信ずることなく悪人に親しみ、国中の大臣と役人とが、へつらいとおもねりを心にいだいて、ともに、ことごとく非法を行なう。
――国を守護する諸天および薬叉は、国の領土を捨て去って他方に行く。国土に災害変事がたびたび現れる。

・正治国王(1/3)
「金光明経」の経文にしたがえば、国王の正しい政治には、かならず3つの条件がある。
1つには、怠けることなく有徳の人に親しみ近づく。2つには、正しい信仰をもって、この経文を聴聞し受持する。3つには、「王法を犯した者」を正しい理法によって罰する。

「王法正論経」に言う。――「国王の過失」とは、どういうことか。
省6
17: 04/25(木)10:12 ID:MzCk+Yr00(5/7) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 02.愚童持斎心(ぐどうじさいしん) - 道徳の目覚め・儒教的境地5

・正治国王(2/3)
――「国王のすぐれた特性」というのは、どういうことか。
――王族に生まれ、あらゆる人民を恵み養い、仏・法・僧の三宝を浄らかに信仰する。これを、「族姓が高い」と言う。
――詩歌管弦の遊びを興し、命令が広く行きわたって、滞ることがない。
――群臣たちが、少々のあやまちを犯すことがあっても、よく許す。群臣たちに「大きな誤り」があっても、重い法律をもって刑罰せず、過失の軽重によって、あわれみをもって裁く。
――群臣の心が清廉であれば、時々、正しく円満な言葉でいたわり、恩賞をわかち与える。忠実で、潔白で、よく法律にしたがう人の進言を信じ用いる。
――何かをなすときには、よく思い、よく選んで、そののち実行して、また乱暴でない。
――群臣たちの集まりにおいても、意見の終わりまで、言葉を発して、「他の人の論」を中断させることなく、かならず待って論議を起こし、先王の教えのとおりに実行する。

――「王の衰え」とは、どういうことか。
省8
18: 04/25(木)10:12 ID:MzCk+Yr00(6/7) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 02.愚童持斎心(ぐどうじさいしん) - 道徳の目覚め・儒教的境地6

・正治国王(3/3)
――「王の愛すべきもの」とは、どのようなものか。
――すべての正しい事柄をはっきりと認識し、手段を講じて争うことなく反対派を包容する。
――倉庫の増減を考えて、物惜しみせず平等に、時候の様子にしたがって給与する。医者に食事の内容を聞いて、その指示にしたがって、分配する。

――「王の善き事柄を勤め修める」とは、どういうことか。
――国王がいて、王子・大臣と、ともに布施を実践し、受戒・瞑想をなし、護摩の息災と増益をなし、曼荼羅を建立し、灌頂を受ける。
――毎日、早朝に、この秘密主(金剛薩た)の教を、あるいは読み、あるいは唱えて、これによって修行する国王を、聖王と名づけ、法王と名づける。
――諸仏・菩薩・護法の神龍は、常に守護する。

・輪王
省4
19: 04/25(木)10:13 ID:MzCk+Yr00(7/7) AAS
24になった
20: 04/26(金)15:16 ID:IKfYN+/Y0(1/6) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 03.嬰童無畏心(ようどうむいしん) - 超俗志向・インド哲学、老荘思想の境地1

愚かな児童のような心も、心のうちにある絶対真実の影響によって、苦を嫌がる。
仏の戒めを守って天界に生まれ、善を修めて地獄を脱しようとする。そうなると、下をにくむ心と、上を喜ぶ願いが、はじめて起こってくる。
嬰童(子供)とは、「初心ということ」から名づけられ、無畏(畏れなきこと)とは、「煩悩の束縛を脱すること」にちなんで名がたてられた。

・仏教以外の三宝と世間的な瞑想
「大日経」に言う。――これは天であり、すべての楽を与える者である。もし真心をこめて供養すれば、願いとするところのものは、みな満足する。
――いわゆる自在天・梵天である。誰でも、このようなことを聞いて、心に喜びをいだき、恭しく敬い、したがい、修行する。

これは、戒めを守って、仏教以外の三宝(仏宝・法宝・僧宝)に帰依することである。

「大日経疏」に言う。――戒めを守ることにより、現世でもろもろの恩恵を得て、名聞と利得のために心身が安楽である。死後は、天界に生まれることができる。
省6
21: 04/26(金)15:17 ID:IKfYN+/Y0(2/6) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 03.嬰童無畏心(ようどうむいしん) - 超俗志向・インド哲学、老荘思想の境地2

・十六外道
第一は、「原因の中に結果がある」と執われる雨際外道。
第二は、「本よりある存在が、条件によって顕れる」と考える、インド六派哲学の、精神・物質の二元論や、声常住論。
第三は、「過去・未来という時間が実在する」と考える、インド六派哲学の勝論や、バラモン教系の時間論。
第四は、「自我が実在する」と考える、ジャイナ教や、仏教部派の犢子部。
第五は、最高神イーシーカを祀る外道などで、「何か永遠なるもの」を考える。
第六は、「苦を生み出す、過去世の悪しき原因を消滅させる」と執れ、苦行を修める無繋外道。
第七は、「苦楽は、大自在天が原因である」と考える。
第八は、「肉を食べたいので、供犠は正しい」と討論する、五濁悪世の婆羅門。
省8
22: 04/26(金)15:18 ID:IKfYN+/Y0(3/6) AAS
空海コレクション「十住心論」(ちくま学芸文庫)抜粋 03.嬰童無畏心(ようどうむいしん) - 超俗志向・インド哲学、老荘思想の境地3

・瞑想の四段階と精神世界
初めの瞑想とは、「順正理論」に言う。――下方の段階である、欲望の世界を対象とするとき、粗大・苦悩・障害のうち、1つがあらわれる。上法の段階である、離生喜楽地(「欲望の世界の悪を離れる」ことによって生ずる喜楽を得る段階)を対象とするとき、静寂・殊妙・分離のうち、1つがあらわれる。

第二の静慮とは、 「順正理論」に言う。――第1段階の瞑想を対象とするとき、粗大・苦悩・障害のうち、1つがあらわれる。上法の段階である、定生喜楽地(瞑想によって生ずる喜楽の段階)を対象とするとき、静寂・殊妙・分離のうち、1つがあらわれる。

第三の瞑想とは、 「順正理論」に言う。――第2段階の瞑想を対象とするとき、粗大・苦悩・障害のうち、1つがあらわれる。上法の段階である、離喜妙楽地(妙なる楽を得る段階)を対象とするとき、静寂・殊妙・分離のうち、1つがあらわれる。

第四の瞑想とは、 「順正理論」に言う。――第3段階の瞑想を対象とするとき、粗大・苦悩・障害のうち、1つがあらわれる。上法の段階である、捨念清浄地(念慮を捨て去った清らかな段階)を対象とするとき、静寂・殊妙・分離のうち、1つがあらわれる。
省4
23: 04/26(金)15:19 ID:IKfYN+/Y0(4/6) AAS
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