[過去ログ] 「名誉教授」のスレ2 (1002レス)
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89: 132人目の素数さん [] 2024/11/16(土)00:26 ID:XoMbXEhc(1/5)
>>84 追加

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmath1948/52/3/52_3_561/_pdf
chrome-J. Math. Soc. Japan
Vol. 52, No. 3, 2000
Resolutivity of ideal boundary for nonlinear Dirichlet problems
By Fumi-Yuki Maeda and Takayori Ono
(Received Nov. 26, 1998)
Abstract. We consider a quasi-linear second order elliptic di¨erential
equation on a euclidean domain. After developing necessary potential theory
for the equation which extends some part of the theories in the book by
Heinonen±Kilpela Èinen±Martio, we show that the ideal boundary of the Royden
type compacti®cation of the domain is resolutive with respect to the Dirichlet
problem for the equation.

Introduction.
Resolutivity of ideal boundaries of Riemann surfaces was systematically developed in
CC]. An ideal boundary is the boundary of a compacti®cation R of an open Riemann
surface R and R is called a resolutive compacti®cation if every continuous function on
ˆR nR is resolutive with respect to the Dirichlet problem for harmonic functions.
Here, the Dirichlet problem is treated in the so called PWB (Perron-Wiener-Brelot)
method.

Brelotさんは、下記か
https://fr.wikipedia.org/wiki/Marcel_Brelot
Marcel Brelot, né le 29 décembre 1903 à Châteauneuf-sur-Loire (Loiret) et mort le 3 août 1987 à Paris, est un mathématicien français.
彼の主な科学的研究はポテンシャル理論に関するものです。

https://de.wikipedia.org/wiki/Marcel_Brelot
Marcel Émile Brelot (* 29. Dezember 1903 in Châteauneuf-sur-Loire; † 3. August 1987 in Paris) war ein französischer Mathematiker, der sich mit Analysis beschäftigte, speziell mit Potentialtheorie.

1968年にはブエノスアイレスで、1962年には日本で、1959年と1966年にはボンベイのタタ研究所で客員教授を務めた。

ブルローは主にポテンシャル理論に関心を持ち、ブルバキの影響下で戦後 1957/8 年までの期間に調和関数理論の公理化 (ブルローの調和空間) を開発し、その後ハインツ バウアーらによってさらに発展しました。 1939 年に彼はディリクレ問題を解決するためのPWB 法 ( Perron - Wiener -Brelot)を開発し、1938 年には内部容量がゼロのセットまでの分数調和関数の収束定理を開発しました。ポテンシャル理論における内部および外部静電容量 (Capacité Interieure、Capacité Exterieure [ 2 ] ) および極集合 (Ensemble Polaire、内部容量ゼロの集合の代替) という 用語は彼に由来します。
92: 132人目の素数さん [] 2024/11/16(土)06:47 ID:XoMbXEhc(2/5)
>>90
>>円周の一部にディリクリ境界条件を与えた時のラプラス方程式の解を求めよ
>解が一意的であるための条件は?

ID:cS7fvCstは、御大か
朝早く、ご苦労さまです

ふむ >>85より 
"Bell (1992) has outlined a different approach for establishing the smooth Riemann mapping theorem, based on the reproducing kernels of Szegő and Bergman, and in turn used it to solve the Dirichlet problem."

なんか、”based on the reproducing kernels of Szegő and Bergman”ね
もろ だれかの ご専門のところか
94
(1): 132人目の素数さん [] 2024/11/16(土)18:50 ID:XoMbXEhc(3/5)
>>90
>>円周の一部にディリクリ境界条件を与えた時のラプラス方程式の解を求めよ
>解が一意的であるための条件は?

 >>81 より
https://ccmath.meijo-u.ac.jp/~suzukin/dl/2%E6%AC%A1%E5%85%83%E8%AA%BF%E5%92%8C%E9%96%A2%E6%95%B0%E8%AC%9B%E7%BE%A9.pdf
2次元調和関数のいくつかの話題 鈴木紀明 Noriaki Suzuki
名城大学囲碁部の顧問・理工学部数学教室
(文字化けご容赦 あまり真面目に直していないので 原文ご参照)
P6
§4. 単位円板におけるディリクレ問題
Ω をR2 の領域とし,f を∂Ω上の(実数値)連続関数とする.Ω上の連続関数hで(4.1) h はΩで調和で,かつ lim X→Y h(X) = f(Y) (∀Y ∈∂Ω)を満たすものを,f に対するΩでのディリクレ問題の解と言う.

定理4.1 Ω が有界ならば,ディリクレ問題の解は存在すれば一意的である.

ディリクレ問題は解がない場合もあるが(後の問題4.6),Ωが単位円板なら解を具体的に表示できる.そのためにポアソン核とポアソン積分を導入する.次の関数P(z,ζ) を(単位円板の) ポワソン核と呼ぶ:

(便所板に書くのは式が難しい)

また,単位円周∂D(0,1) 上の連続関数f に対して,

(便所板に書くのは式が難しい)

をf のポアソン積分と言う.ポアソン核は次の性質を持つ:

定理4.2 (単位円板におけるディリクレ問題)単位円板ではポアソン積分がディリクレ問題の解を与える.すなわち,h(z)=P[f](z) とすると,h は D(0,1) で調和になり次を満たす:(4.4) lim z→ζ0 h(z) = f(ζ0) (∀ζ0 ∈ ∂D(0,1)).

[証明]略す
(便所板に書くのは式が難しい)

§5. 楕円領域におけるディリクレ問題
略す

§6. ディリクレ原理による解法
定理5.1 のディリクレ原理を使った別証を考える.
略す

ディリクレ原理とはディリクレ積分の値I(p+v) を最小にする関数v によって解を求める方法である.

4内積から定まるノルムに関して完備な線形空間がヒルベルト空間である.ヒルベルト空間上のに任意の有界線形汎関数は内積で表現される(リースの表現定理).有限次元なので,V の完備性やv→D(p,v) の有界性は自動的に成り立つ.

一般のディリクレ問題についてもディリクレ原理を適用してみよう.Ωは有界領域とし,境界∂Ω上の連続関数f に対して,次を考える:(6.5) F :={u∈C2(Ω)∩C(Ω); u = f (∂Ω の上で)}定理 6.2 F の関数の中でディリクレ積分の値を最小とするものがディリクレ問題の解を与える.すなわち,h∈F が(6.6) inf u∈F I(u) ≥ I(h)を満たせばhはΩで調和になり,h=f が∂Ωで成り立つ.この定理によって,すべての有界領域でディリクレ問題は解を持つと思われていた.しかしこの定理には欠陥があった.定理は(6.6) を満たす h が存在すれば正しい.しかし,実際はFが空でないことや(6.6) の左辺が有限になることも不明であり,最も深刻な問題は (6.6) の下限は最小値を持つことがまったく自明でないことである.これはワイエルシュトラスの指摘であった5.

つづく
95
(2): 132人目の素数さん [] 2024/11/16(土)18:51 ID:XoMbXEhc(4/5)
つづき

5まだまだメジャーとは言えなかったディリクレ問題を一躍有名にしたのは“名付け親”リーマン(1826-1866)と“精密の権化”ワイエルシュトラス(1815-1897)である.リーマンは(2次元の)ディリクレ原理を使って彼のリーマン面上のアーベル関数についての壮大な理論を打ち立てる.正則関数の実部と虚部が調和関数になる事実から,正則関数の理論は調和関数の研究に有用であるが,リーマンは,逆に,調和関数の理論を正則関数の研究に用いることによって,単連結領域が単位円板と等角同値になるという有名な写像定理などを得るのである.ディリクレ原理ではエネルギーを最少にする関数の存在を(物理的考察から)自明なものとしていた.この点にワイエルシュトラスが非難を浴びせたのは1870年である.彼は「下限と最小値は同じでない」ことを強調した.例えばF={f ∈C[0,1];f(0) = 0,f(1) = 1} に対して

を考える.inff∈F I(f) = 0 であるが,I(f) = 0 となる f はF の中に存在しない.この指摘はガウスの研究にも当てはまる.当時の研究姿勢は物理の問題と直結しており,解の存在証明よりも,具体的な解の表示を求めることを目標としていたという事情もあったのかもしれない.しかしながら,ディリクレ原理の推論に問題点があることは疑いようもなく,その方法に頼ったリーマンの結果にも影を落とすのである.一旦は闇に葬られたかと思われたリーマンの研究は,ディリクレ原理を使わない証明によって復活する.それはシュヴァルツ(1843-1921)の“交代法”,C. ノイマン(1832-1925)による“算術平均法”,そしてポアンカレ(1854-1912)の“掃散法”である.(途中略) 1900 年にヒルベルト(1862-1943) は「この原理の魅惑的簡明さと豊富な応用例の可能性は,その中に真実が含まれていることを確信する」という信念で,ディリクレ原理自身を復活させることに成功する.彼の方法は“直接法”と呼ばれ,Ωとf の適当な条件の下で,D(vn)が下限に収束する列{vn}の中から,Ff の元に収束する部分列を見い出すものである.現代的に言えば「コンパクト集合上の下半連続関数は最小値をもつ」ことであり,コンパクト性は「一様有界かつ同程度連続な関数列は収束する部分列を含む」というアスコリ・アルツェラの定理の考えが基本となっている.この考えは関数空間の完備性の萌芽であって,ヒルベルト空間の理論へと発展する.(ディリクレ問題の発展の歴史(数学セミナー2005年11月号に掲載)から抜粋,ホームページ ccmath.meijo-u.ac.jp/∼suzukin/ の著書・書評欄を参照せよ)
(引用終り)
以上
96
(1): 132人目の素数さん [] 2024/11/16(土)19:19 ID:XoMbXEhc(5/5)
>>95 補足
>(ディリクレ問題の発展の歴史(数学セミナー2005年11月号に掲載)から抜粋,ホームページ ccmath.meijo-u.ac.jp/∼suzukin/ の著書・書評欄を参照せよ)

これ、結局 自分でつけた P21
”[付録 2] ディリクレ問題の歴史(数学セミナー2005年11月号より抜粋)”
の通りでした

真面目に辿ると
ccmath.meijo-u.ac.jp/~suzukin/book.html
鈴木紀明 Noriaki Suzuki

書評などの
7. Dirichlet 問題の発展の歴史 にたどり着くが
それは、上記と同じでした
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