皆鯖候補投下スレ (408レス)
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155: [sage] 2020/12/30(水) 09:13:42 ID:EiBwMFbo0(1/26) AAS
皆鯖にスレにあったけど候補スレにはなかったので再掲載。

【真名】:モンテスマ一世
【元ネタ】:史実
【クラス】:アーチャー・バーサーカー・キャスター
【解説】:
モクテスマ一世こと、モクテスマ・イルウィカミナ「怒れる首長・空に矢を射る者」。
強い戦士であり指導者でもあったモンテスマ1世は、アステカの国家を大きく輝かしい
ものへと駆り立てるのに貢献した人物である。彼のことを、不運な孫のモンテスマ2世
と混同してはならない。モンテスマ2世は、スペインのコンキスタドールの手により
崩壊していく帝国を、なすすべもなく眺めていた人物である。

兄トラカエレル夜明け前に生まれ、モクテスマ1世が同じ日の夜明けに生まれて、
トラカエレルが明けの明星に、モンテスマ1世が太陽に例えられている。
王家出身であり、彼の父であるウィツィリウィトル、イツコアトルが皇帝に選出された際、
モンテスマはアステカ軍の指揮官を任されていた。

1440年にイツコアトルの死を受けて、モンテスマは皇帝に選ばれる。
兄トラカエレルはそして誰から見ても献身的に弟に仕えた。モンテスマの戴冠式は多く
の捕虜を生贄にするほどの盛大な儀式であった。

政治的な地位の華やかさにもかかわらず、モンテスマ自身は質素な生活を好んだ。
地味な宮殿に住み、僅か数名の妻しか持たなかった。宗教上の務めや国務のない時間
には、友人や助言者への相談に多くの時間を費やした。

モンテスマとトラカエレルは、アステカの都市テノチティタランの発展に力を注いだ。
多くの発展の中でも水道設備の建設は、街に新鮮な水を豊富にもたらすものであった。
当然テノチティタランは成長を遂げ、市民の空腹を満たすため、新鮮な水と大量の食料
が必要となった。役畜が不足しており、ほんの少量の食べ物でも誰かが背負って街まで
運ばなければならなかった。モンテスマの政府は検査官を雇用し、徒歩距離にある
耕作地には全て作物が植えられているようにした。彼はまた堤防設備の建設を指示し、
洪水被害を緩和してより広い農地を供給できるようにした。

また彼は戦神ウィツロポチトリを含む街の周辺に数多くの神殿を建設。
ウィツロポチトリの神殿には、1455年にワステカの戦争捕虜を数多く生贄として奉献した。
また在位中にアステカの宗教は軍国主義的となり、捕虜となった敵の兵士をよりも多く
省22
156: [sage] 2020/12/30(水) 09:14:52 ID:EiBwMFbo0(2/26) AAS
皆鯖実験スレに解説が載っていたのでこっちにも掲載。

【真名】:テスカトリポカ
【元ネタ】:アステカ神話
【クラス】:バーサーカー、キャスター
【解説】
 アステカ神話における最高神の一柱。
 その名は煙る鏡を意味し、夜空、夜風、北、大地、黒耀石、敵意、不和、支配、予言、誘惑、魔術、美、戦争など数多くの概念を司る。
 同じく最高神の一柱であるケツアル・コアトルとはライバル関係であり、数ある創世神話の一つによると初めテスカトリポカが太陽を司り世界を支配していたが、
 ケツアル・コアトルによってその座を追われた彼はジャガーに変身し住人の巨人達を皆殺しにした後にケツアル・コアトルを太陽の座から蹴り落としたという。
 一方で別の創世神話ではシパクトリというワニの女神を捕らえるためケツアル・コアトルと共闘し、女神の身体から大地を創造した。テスカトリポカはその戦いで片足を無くしたとされる。

【備考・アピールポイント】
マテではケツ姉とキングハサンから言及されてる鯖。ケツ姉いわく近代文明に染まるクソ蜘蛛野郎で汚らわしい最低の姿で現れるとのこと
宝具はケツ姉と同じ太陽暦石とか
157: [sage] 2020/12/30(水) 09:16:20 ID:EiBwMFbo0(3/26) AAS
同じく実験スレに解説があったのでこっちにも掲載。
しばらく候補スレに載っていた解説を載せていきます。

【真名】:カールタヴィーリヤ・アルジュナ
【元ネタ】:インド神話
【解説】
 ヤーダヴァの一部族・ハイハヤ族の王。またの名をサハスラバフ(千腕の)・アルジュナ。
 カールタヴィーリヤは父王クリタヴィーリヤの息子という意味。
 ダッタトレーヤを深く崇めたことで数々の恩寵を与えられ、千の腕を持つようになった強大な戦士である。
 (ダッタトレーヤはブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァが一体となった存在。)
 強壮無比なクシャトリヤの代表として挙げられる。
 レーヴァー河を堰き止め、それが原因で起こった氾濫に激怒した羅刹王ラーヴァナと戦い、勝利したこともある。

 ある日狩りの道中に、聖仙ジャマダグニの家で世話になり、聖仙の所持していた財をもたらす聖牛にてもてなされる。
 ところがカールタヴィーリヤ・アルジュナは欲にかられ、その聖牛を強奪する。
 復讐に来た聖仙の子パラシュラーマによって、その腕のことごとくを切断されて殺された。

 その後パラシュラーマはハイハヤ王の息子たちの復讐により父が殺されたことに激怒。クシャトリヤ大虐殺を行う事となる。
 カールタヴィーリヤ・アルジュナはクシャトリヤ大虐殺の原因と言える。

【備考】
・宝具はほぼ間違いなく千の腕。
・ダッタトレーヤからの恩寵、一時的に手に入れた聖牛がもたらす恵みがスキルになるだろうか。
158: [sage] 2020/12/30(水) 09:20:12 ID:EiBwMFbo0(4/26) AAS
【真名】:長曽弥興里
【元ネタ】:史実
【クラス】:セイバー、キャスター、アルターエゴ
【解説】
 江戸時代は寛文頃の刀工、入道名を虎徹と名乗った。長曽弥興里入道虎徹。
 江戸へ移住の当初は、兜や古釘など古い鉄の処理に関する自信から「古鉄」と称していたが、のちにこの字に改めた。
 かの李広が石を『虎』とみて射たところ、矢が石に『徹』った、という故事に因んだとも。
 元々は甲冑師であったが、五十歳ほどで江戸へ移住、刀工に転向した。
 作刀は非凡な切れ味と、見事な彫刻により人気を集めた。
 切れ味は、最上大業物と格付けされ、彫刻内容は剣巻き竜が主だが、浦島太郎・大黒天・蓬莱山・風雷神などもあったとか。

 江戸後期には彼の作刀は大名道具、大名差しと言われる代物となり、上流階級が所蔵する品であった。
 その人気は高いのだが、贋作が非常に多いことで有名であり、興里の銘は偽銘が切りやすかった事もあってか、在銘品ほとんどが偽物だとも。

【備考】
・虎徹(初代本人)に虎徹(贋作概念、贋作を製作した者たち)を混入して、アルターエゴ…なんてのがいけるかも。後述の宝具案で行くなら大黒天成分も混じるかも?

・宝具としては甲冑師でもあった逸話から、公式坂田金時の摂津式大具足・熊野のような宝具にできるか?
 村正が都牟刈村正ならこっちは大黒天虎徹?

・スキル的には道具作成、陣地作成は持っていそう。
 後は虎徹の名の由来で一意専心、贋作概念取り込んだなら自動的且つ勝手に贋作虎徹(切れ味はいい)が出来上がるスキルなんかも?
159: [sage] 2020/12/30(水) 09:21:23 ID:EiBwMFbo0(5/26) AAS
【真名】:ダイダロス
【元ネタ】:ギリシャ神話
【解説】
 ギリシャ神話に登場する高名な大工、工匠、職人、発明家。
 名前は「巧みな工人」を意味し、斧、錘、水準器、神像などを発明したという。
  
 元々はアテーナイで活動しており、人気を集めていた。
 しかし自身の兄弟ペルディクスの息子で弟子のタロースが鋸を発明すると、その才能を恐れて彼を殺し、アテーナイを追放されたという。
  
 その後クレータ島にてミノス王の保護の下、様々な発明品を作った。
 ミノス王の海軍に必要不可欠な軍船のマストと帆を考案し、ホメーロスによれば、王女アリアドネーのために舞踏場も建造したという。
 また、王妃パシパエのための牝牛の模型や、その子ミノタウロス(アステリオス)を封じるための迷宮(ラビリンス)を造った。

 しかしアリアドネーが英雄テセウスに迷宮を脱出する方法を教えたことからミノス王の怒りを買ってしまう。
 もう迷宮の秘密を漏らすことのないようにと、息子イカロスと共に塔に幽閉される。
 そこでダイダロスとイカロスは人工の翼を作りあげ、逃亡を図る。
 しかし人工の翼は、太陽に近付きすぎると溶け、海面に近付きすぎると湿気にやられてしまう代物であった。
 そして逃亡の途中イーカロスは太陽に接近しすぎて、翼の蝋が溶け墜落死してしまう。
 その後、ダイダロスはシチリアまで飛翔し、カミコスの王コカロスの元に身を寄せたとされる。

 ミノス王は逃げたダイダロスを捕まえるため、各国を放浪した。
 彼は「糸を巻き貝の中に通したいが、どうすればよいか」と訊ねて回り、カミコスまで辿り着いた時、ミノス王はコカロスに同じ質問をした。
 コカロスはダイダロスを連れてきて、ダイダロスは蟻に糸をくくりつけ、蜂蜜で誘導し、見事巻き貝の中に糸を通すことに成功した。

 これでミノス王はこの男がダイダロスであることを知り、引き渡しを要求した。
 しかし、ダイダロスを渡したくなかったコカロスは、ミノス王に先に風呂に入ることを勧め、風呂に入っている間、コカロスの娘たちが彼を殺した。

【備考】
・上の解説で挙げた物の他に、ヘラクレスに夜とはいえ生きていると錯覚させたヘラクレスの像、アキレウスの父ペーレウスの剣を作成した模様。
・宝具としては発明品全般を一つの宝具とするか発明する技術そのものを宝具とするかか?
160: [sage] 2020/12/30(水) 09:21:59 ID:EiBwMFbo0(6/26) AAS
【真名】:キュクノス
【元ネタ】:ギリシャ神話
【解説】
 トロイアの南方に位置する町コロナイの王で、ポセイドンの息子。
 一説によると、彼の母カリュケーはキュクノスを浜辺に捨てたが、彼は漁師に助けられた。
 その時、上に白鳥が飛んでいたのでそれに因んでキュクノスと名づけたという。
 女子のような白い肌と美しい髪を持っていたためともいう。

 後にトロイア王ラオメドンの娘(もしくはラオメドンの息子のクリュティオスの娘)のプロクレイアを妻とした。
 彼女との間に、テネースとヘーミテアーという二人の子供をもうけた。テネースはアポロンの息子とも言われる。
 プロクレイアが死ぬと、キュクノスは、トラガソスの娘のピロノメーと結婚した。
 ピロノメーはテネースの美貌を見ると恋に落ち、彼に言い寄った。
 だが拒絶されたので、ピロノメーは笛吹きを証人として、夫に、テネースに犯されそうになったと嘘をついた。
 それを聞いたキュクノスはテネースとヘーミテアーを箱に閉じ込め、海に流した。
 しかしその後キュクノスは真実を知り、ピロノメーを生き埋めにし、笛吹きは石で打って殺した。
 テネースがテネドスで王となっていることを知ると、和解を求め船で赴いたが、テネースはその船の錨綱を切った。

 その後トロイア戦争でトロイア勢に協力し勇敢に戦い、詩人オウィディウスによると1000人を殺したという。
 ポセイドンの子であったので、剣や槍の攻撃を受け付けず、アキレウスとの戦いでも傷つかなかった。
 しかしアキレウスに兜の紐で首を絞められて死んだ。
 その時ポセイドンは彼の身体を白鳥に変えたという。

【備考】
・とりあえず宝具は不死身の肉体か。弱点の部位があるタイプの不死身ではなく、無効にできる攻撃に限りがあるタイプか。
・スキルは神性、美貌を表すスキルあたりか。白鳥になった逸話も盛り込めるかも
161: [sage] 2020/12/30(水) 09:22:35 ID:EiBwMFbo0(7/26) AAS
【真名】:運慶
【クラス】:キャスター?
【元ネタ】:史実
【解説】
 平安時代末期、鎌倉時代初期に活動した仏師。奈良仏師康慶の子である。
 運慶の作風は、男性的な力強い表情、体躯が特徴的であり、様々な変化をつけた衣文なども特色として挙げられる。
 運慶の真作として確認できる最初の作品は奈良・円成寺の大日如来坐像である。

 治承4年(1180年)に平家の兵火により、奈良の東大寺・興福寺が焼亡したことで再興造像に携わる事になる。
 建久7年(1196年)には康慶の主導で、快慶、定覚らとともに東大寺大仏の両脇侍像と大仏殿四隅に安置する四天王像の造立という大仕事に携わる。
 運慶は父康慶とともに両脇侍像のうち虚空蔵菩薩像の大仏師を、四天王像のうち増長天の大仏師を担当している。

 建仁3年(1203年)には東大寺南大門金剛力士(仁王)像を造りあげた。
 運慶、快慶、定覚、湛慶の4名が大仏師となり、小仏師多数を率いてわずか2か月で造立したものであるという。
 この功績により、同年の東大寺総供養の際、運慶は奈良仏師系統の仏師としては初めて僧綱の極位である法印に任ぜられた。

 承元2年(1208年)から建暦2年(1212年)の間は、一門の仏師を率いて、興福寺北円堂の本尊弥勒仏以下の諸像を造っている。
 これらのうち弥勒仏像、日本彫刻史上屈指の名作に数えられる無著菩薩・世親菩薩像が北円堂に現存し、運慶晩年の完成様式を伝える。
 
 最晩年の運慶の仕事は、源実朝・北条政子・北条義時などの鎌倉幕府要人の関係に限られている。
 そのうち実朝の養育係であった大弐局が発願した、神奈川・称名寺光明院の大威徳明王像を造った。
 また、源実朝の持仏堂、北条義時の大倉薬師堂、北条政子の勝長寿院五大尊像などの諸像を手がけている。

【備考】
・宝具になりそうなのは仏像ではあるだろうけどどれか一つというより、作ってきた仏像全体になるか?
 一つに絞るなら有名な金剛力士像になりそうだが
・彫刻技術等がスキルになるか?スキルは仏像作成に特化して宝具が本体のような構成になりそう
162: [sage] 2020/12/30(水) 09:23:08 ID:EiBwMFbo0(8/26) AAS
【真名】:秦河勝
【クラス適正】:セイバー、アサシン、キャスター、ライダー
【元ネタ】:史実、風姿花伝、明宿集
【解説】
聖徳太子の側近として様々な分野で活躍した、太秦を拠点とする渡来人系の豪族。
財政面で聖徳太子を補助し、広隆寺をはじめとする数多くの寺院を建立し、新羅からの使節を迎える外交官としての職務もこなし、武人としては、丁未の乱にて聖徳太子を守護し物部守屋の首級を挙げた他、大生部多を教祖とし富と永遠を謳って人心を惑わした虫神『常世神』教団を打倒し民からの尊敬を集めている。
後世にては、世阿弥ら能楽師からは猿楽能の開祖と崇められ、その中でも金春禅竹は、自著においてアサシンは始皇帝の転生体にしてインドにおけるブラフマンなどと同様の根源存在『翁(宿神)』の化身であると記している。
さらに、近現代においては、日ユ同祖論によってユダヤ人や景教徒(キリスト教ネセサリウス派)とされる他、聖徳太子が擁した原初の忍者『志能便』の一人だとも言われている。
伝説におけるその最期は、聖徳太子死後の蘇我入鹿の迫害から逃れるべくうつぼ舟(窓のない舟)に乗って西に船出するも坂越浦(兵庫県)に漂着し、人ならざる姿を顕し人々に取り憑き祟りをなし大荒大明神として祀られたとある(実際は普通に移住して、晩年を坂越の開拓に尽くしたともされる)。

猿楽と忍者の縁は深く、方々を旅する猿楽師は情報収集に適していることから、忍者が諜報の際に多く行った七種の変装「七方出(しちほうで)」の一つに猿楽師が挙げられており、変装の精度を高めるために猿楽師に弟子入りした忍者たちもいたと言われている。
また、猿楽能を芸能として大成させた観阿弥・世阿弥親子は、古くから忍者で名高い伊賀服部家の出身を自称しており、彼らもまた忍者であったと主張する者も存在する。
その他にも、伊賀衆と織田家の間で繰り広げられた第二次天正伊賀の乱を和睦に導いたのは、大倉五郎次なる猿楽太夫であったとされている。

【備考】
宝具は『面霊気』『うつぼ舟』『六十六番の神儀申楽』辺りか?
クラスは六輪一露説からセイバー、忍者の祖だからアサシン、寺院建設や聖徳太子から賜ったとも、秦河勝自ら作成したとも言われる六十六枚の能面の逸話からキャスター、うつぼ舟の逸話からライダーなどなど。
始皇帝の転生体であるという説をクローズアップしても面白いかもしれない。
163: [sage] 2020/12/30(水) 09:23:59 ID:EiBwMFbo0(9/26) AAS
【真名】:ロムス
【元ネタ】:ローマ建国神話
【解説】:
 ローマ建国神話に登場する王政ローマを建国した初代王ロムルスの双子の弟。
 トロイアの英雄であるアエネアスの子・アスカニウスが建設した都市国家、アルバ・ロンガの王家の出身。

 祖父王であるヌミトルが弟のアムリウスに追放され、ヌミトルの息子は殺害される。
 そして娘であるシルウィアは婚姻や姦通を禁じられているウェスタの巫女にされる。
 しかし軍神マルス(あるいはヘラクレス)に見初められ、 双子の子どもを授かる。これがロムルスとロムスである。

 アムリウスの命により、シルウィアは投獄され、ロムルスとロムスはティベリス川に流される。
 双子が流された日ティベリス川は水量を増しており、岸近くのよどみに双子の入ったかごは置かれた。
 かごは流されず、水が引くとイチジクの木のあった岸にあげられた。
 双子は雌オオカミの乳を飲み、キツツキの運ぶ食料を食べて生き延びた。
 そして通りかかった羊飼いのファウストゥルスに拾われる事になる。

 ファウストゥルスの養子としてロムルスとロムスと名付けられた2人は逞しく成長し、 牧夫達の中心的存在となった。
 ある日ヌミトルとアムリウスの諍いに巻き込まれ、自分たちの出生を知ることになる。
 兄弟は羊飼い等を纏め上げ挙兵し、激しい戦いの末アムリウスを討伐することに成功する。
 アルバ・ロンガの王位にはヌミトルを就かせ、投獄されていた実母のシルウィアを解放した。

 そして兄弟は野心を持ち新たな国家の建設を目論んだ。
 この計画をヌミトルも支援し、アルバの人々の一部や仲間の牧夫たちを連れて二人は自分たちの育ったパラティヌスへ向かった。
 ここでロムスとロムルスの間で争いがおこった。ロムスは首都の場所としてアウェンティヌスを望み、ロムルスはパラティヌスを主張した。
 また国の名前をレモラとするかローマとするかの名祖を巡り、更にはどちらが王になるかでも対立が生じた。

 争いは鳥占いで決することとなり、ロムスはアウェンティヌスで、ロムルスはパラティヌスで鳥を待った。
 ロムルスはロムスを欺き、自分がすでに鳥を見つけたと伝えこちらへ呼ぶようアウェンティヌスに使いを送った。
 しかしこの報告を聞く前にロムスは瑞兆とされていた6羽のハゲタカを見つけた。
 その後ロムスがパラティヌスへ赴いたときになってロムルスは12羽のハゲタカを見つけ、見つけた時間か数かでやはり争いとなる。

 そして鳥占いののちロムルスがパラティヌスに城壁を築き始めたところ、これをロムスが嘲り飛び越え挑発を行う。
 都市の境界は聖域とされており、これをまたぐことは重大な冒涜と考えられていた。
 ロムルスは激怒し決闘にまで発展し、ロムルスは最愛の弟を手に掛けることとなった。
 18歳で死んだロムスはアウェンティヌスに埋葬され、その場所は「レモリア」と呼ばれたという。

【備考・アピールポイント】:
省2
164: [sage] 2020/12/30(水) 09:25:23 ID:EiBwMFbo0(10/26) AAS
【真名】:百合若大臣
【元ネタ】:百合若伝説
【クラス】:アヴェンジャー、アーチャー
【解説】
 日本各地、特に大分県や壱岐に伝わる百合若伝説に登場する人物。
 これを題材にした幸若舞、それを読み物として流布させた版本、人形を使った説経操り、浄瑠璃などが存在する。
 この伝説は古代ギリシアの叙事詩「オデュッセイア」がなんらかの形で日本に伝わり、それが翻案された物という説もある。
 伝説の内容は基本的には、蒙古襲来に対する討伐軍の大将に任命され、神託により持たされた鉄弓をふるい、遠征で勝利を果たす。
 部下によって孤島に置き去りにされるも、鷹の緑丸によって生存が確認され、妻が八幡宇佐宮に祈願すると帰郷が叶い、裏切り者を成敗する。
 という物だがバリエーションが多く存在しており、伝説によっては討伐対象が鬼であったり海賊であったりする。

 幸若舞の「百合若大臣」の粗筋は以下の通りである。

 百合若は、日本へ進軍してきた蒙古の大軍討伐を命じられ、当地である筑紫の国司という任地を与えられる。
 そして託宣に従い八尺五寸の鉄弓と363箭の矢を持たされる。
 蒙古軍は、神風に遭って唐土に引き上げており、百合若は船団を従えてこれを追い、ちくらが沖の海上で決戦となる。
 蒙古側は、麒麟国の王が青息を吹いて霧をたちこめらすが、百合若が日本の神々に祈願するとようやく霧が晴れる。
 百合若は矢をほとんど撃ち尽くして奮戦し、蒙古側の四大将の両蔵らを討ち取り、あるいは捕虜とし勝利をおさめる。
 
 百合若は、玄界ガ島に休息の為立寄り、その大力を発揮したときの常として、3日間眠りこける。
 配下の別府兄弟はこれに乗じ、百合若は死んだと偽り、船を引き揚げさせ、百合若を孤島に置き去りにしてしまう。
 別府兄弟は朝廷に戦勝を奏上し、別府太郎は、百合若が配されていた筑紫の国司の役目に任命される。

 別府太郎はさらに百合若の御台所に恋愛を迫るも、御台所は八幡宇佐宮で千部の写経を行っている最中だとし、返答を引き延ばす。
 しかし夫が帰らなければ自殺すると決め、身の回りの物を整理し、飼っている犬、馬や鷹の数々を解き放つ。
 緑丸という鷹は、玄界ガ島まで飛んでゆき、百合若に託されて柏の葉に血で書いた文を持ち帰る。
 御台所は、夫の生存を知り、墨や硯などを鷹に結びつけて送り返すが、鷹はこの重さに耐えかね、遺骸となり漂着する。

 御台所が八幡宇佐宮に夫の生還を祈願すると、その願いが叶い、壱岐の浦にいた釣り人が風で流され、玄界ガ島にいた百合若を発見する。
 百合若は日本の本土に送り戻されるも、そのあまりの変わりように、誰もその正体がわからない。
 別府は余興としてこの男を召し抱えることにし、門脇の翁という者に預ける。

 正月になり、八幡宇佐宮での初弓で、百合若は「苔丸」という名で呼ばれて矢取りの役を仰せつかる。
 面々の弓の技量を嘲弄した百合若は、別府に一矢射て見せよと命令される。
 揃えられた強弓はゆるいと言って、かの鉄の弓をもってこさせ、これを引き絞り自分は百合若であるとの名乗りを上げる。
省5
165: [sage] 2020/12/30(水) 09:26:17 ID:EiBwMFbo0(11/26) AAS
【真名】:モンテスマ二世
【元ネタ】:史実
【解説】:
スペインと初めて接触したアステカ帝国の王。
接触以前はアステカの最大版図を実現し中央集権化を図る王であり税制改革などを行っている。
コルテスと接触した際には予言の内容から彼らがケツァルコアトルと関係があると考え、贈り物やケツァルコアトルの衣装を与えた。どちらもコルテスは喜んだという。
そしてコルテスを倒すだけの軍を動員する事が出来なかったモンテスマは迎合政策を取り、生贄の廃止や神々の像を打ち壊しキリスト教の物と取り換えた。
彼の死には複数の説があるが、対スペインの行動を起こそうとしたアステカ軍をなだめようとしたが民衆に石を投げられ死亡したという説の支持が多いようだ。
現在では旅行者が起こす下痢が「モンテスマの復讐」という通称で呼ばれメキシコ以外でも旅行者下痢の通称として使われる事がある。

【備考・アピールポイント】
モンテスマの復讐による下痢の付与が宝具か?
軟着陸をもくろんでたように思える迎合とその失敗はパリスとサリエリを割ったような物語が作れそうだが・・・
166: [sage] 2020/12/30(水) 09:28:30 ID:EiBwMFbo0(12/26) AAS
【真名】:ジャック・デンプシー
【元ネタ】:史実
【解説】:
ボクシングヘビー級世界王者で、デンプシーロールと前傾姿勢を始めて使った人物。
16歳で家を出たジャックは各地を放浪し賭けボクシングや用心棒として生きていた所を腕っぷしと野獣のような目を見込まれプロボクシングの道を進む。
その後、順調に勝ち続けチャンピオンに挑んださい初回KOで勝たなければファイトマネーは出ないと吹き込まれた彼は徹底的に相手を殴り続け「トレドの惨劇」とまで呼ばれる凄惨な試合を作り出した。
国民的英雄であった防衛側のジェス・ウィラードに勝った獰猛なスタイルで一躍アンチヒーローの座になった。これを機にダウンした相手への追い打ちが出来ないようにルールも変更された。
初回防衛戦ではアメリカであるにも関わらず敵のアルゼンチン選手に声援が飛び交った程である。しかしここで勝った事により名実ともにヒーローとなった。
しかし、王座を失いカムバックしようとした初戦で注意された為、相手が20カウントされて立ち上がりそのまま負けるという「ロングカウント」事件が起きそのまま引退へと進む。
なおアルカポネはこの試合でジャック有利の八百長を組もうとしたが阻止されている。

彼はヘビー級としては恵まれた体格でないものの、前傾姿勢により体重を乗せたパンチを放つ事によりその弱点をカバー。
上半身の回避行動ウィービングにパンチを合わせる事で勢いを増すラッシュ「デンプシーロール」で相手を叩きのめした。

【備考・アピールポイント】
・吹き込まれた逸話から狂化ランク可変型バーサーカーとして作れそう。
・宝具として彼の名前が付けられたデンプシーロールがあるので色々とわかりやすく作れるか。
・没年が80年代と現代に近いのはマイナス点
167: [sage] 2020/12/30(水) 09:29:52 ID:EiBwMFbo0(13/26) AAS
【真名】:郭嘉
【元ネタ】:史実、三国志演義
【解説】
 姓名を郭嘉、字を奉孝。曹操に仕えた軍師の一人。
 最初は袁紹のもとに志願するが彼の人物に失望し去り、その後荀彧の推挙によって、腹心を失って間もなかった曹操に仕える。

 軍師としては物事に深く通じていて、先読みや洞察に長けていた。
 孫策が恨みを買っていながら警戒していないが故に簡単に暗殺されることを見抜いていた。
 また劉備の雄才、人心を得ていることを見抜き、早々に始末することを進言していたことでも知られる。
 曹操が郭嘉に対し、大勢力を有する袁紹への対応を相談した際には、
 郭嘉は「公には十の勝因があり、袁公には十の敗因があります。」と言い、袁紹の劣った所、曹操の優れた所を十ずつ挙げていった。
 
 烏丸討伐の際は「兵は神速を貴びます(兵貴神速)。いま千里先の敵を襲撃するゆえ輜重(前線に輸送、補給する兵糧、被服、武器などの軍需品)は多く、
 有利に彼地へたどり着くことは困難です。しかも奴らがそれを聞けば、必ずや備えを固めることでしょう。
 輜重を残し、軽騎兵を昼夜兼行させて突出し、彼らの不意を衝くべきです」と献策した。
 
 その才能から、曹操からは全幅の信頼を置かれていたが、模範的行動に欠くところがあり、陳羣はよく郭嘉を弾劾した。
 しかし郭嘉は全く意に介さず、曹操も郭嘉の才能を愛していたため、彼を重用し続けた。ただし曹操は公正な陳羣の才能も同じく愛した。

 烏丸征伐後に病を患い、若くして病没する。
 曹操はその死を大変に悲しみ、赤壁での敗北後は「奉孝さえいればこのような敗戦は喫しなかった」と嘆いた。

【備考】
・スキルとしては 軍師の忠言、軍師の指揮や人間観察のような構成になりそう。
・宝具としては兵貴神速の逸話か?
168: [sage] 2020/12/30(水) 09:31:02 ID:EiBwMFbo0(14/26) AAS
【真名】伊能忠敬
【元ネタ】史実
【解説】
 江戸時代の商人・天文学家・測量家。55歳と高齢でありながら僅か17年で日本全国を踏破し、現代の地図と照らし合わせても極めて精度の高い日本地図を作った人物。
 下総国香取郡佐原村の酒造家である伊能家に跡取りとして婿入りした忠敬は天明の大飢饉の際には貧民に米や金銭を分け与え、村から一人の餓死者も出さなさったという。
 その後、江戸で天明の打ちこわしが起きた際にも役人は頼りにならないから農民に金を与え打ちこわしから守ってもらおうと主張し、役人の手を借りずに村を打ちこわしから守った。
 村の窮地を救った忠敬は手持ちの米を江戸で全て売り払い、多額の利益を得た彼は隠居生活を送りながら暦学(天文学)を学んだ。

 暦をより正確なものにするためには地球の大きさや日本各地の経度・緯度を知ることが必要であり、
 江戸から蝦夷地ぐらいまでの距離を測れば正確な値が出せると暦学の師である高橋至時から聞いた忠敬は蝦夷地の正確な地図を作る(というのは口実で子午線の長さを測る)と幕府に願い出た。
 そして作成した地図が高く評価され結果的に日本全国を測量することになるが、測量作業を終え最終的な地図を作成する作業の半ばで病死し、弟子達の手で地図は完成した。享年74歳。

 幕府から薩摩藩の偵察も命令されていたこと、完成した地図は国家機密となったこと、弟子の一人である間宮林蔵は幕府の御庭番(忍者)でもあった事などから、
 伊能忠敬も幕府の下で隠密活動に従事していたのではないかとする説が一部で囁かれている。

【備考】
宝具は地図で自身が通った場所とその周囲の地形をマッピングする感じだと思うけど、
そこから盛るなら地形操作とかされても自動的に地図に反映されたり敵や罠の類も視認さえしてればマッピングの対象となりその現在座標が常に表示されるとか?
スキルは諜報とか黄金律とか
169: [sage] 2020/12/30(水) 09:32:20 ID:EiBwMFbo0(15/26) AAS
【真名】:ランピオン
【元ネタ】:史実
【解説】:
ブラジルの義賊「カンガセイロ」の代表的な存在。
当時のブラジルは大農園経営者が大統領をも左右する特権的地位を持ち、政府の権限すら届かない「王国」を築き上げていた。
全土地の60%を4%の大地主が所有し庶民は小作人として苦しめられ続けた。そこで大地主を倒し小作人を助ける盗賊「カンガセイロ」が貧困層を中心に支持を拡大した。

幸運にも後にランピオンとして知られるビルグリーノは土地持ち農民の子で独学ながら字も読めた。
そんな中近隣住民から土地が狙われた抗争に発展しビルグリーノも応戦。レバーアクションライフルの連射が早く「まるでランプのよう」として大きなランプを意味するランピオンの異名を獲得した。
奮闘むなしく最終的に父が警察に殺害。身寄りを無くした彼はカンガセイロとなりアウトローの道を進む事になる。
軍や警察から盗んだ銃とそれに近い服装で数百人の盗賊団のリーダーからリーダーを受け継ぎリーダーとなった。ある時は警察へのなりすましが成功したともいう。
彼は信心深く多数の宗教的シンボルを身に着け教会への投資も欠かさなかった。容赦もせずに敵とみなしたものには恐怖を植え付けた。
その後の彼の行動は一貫しているとは言えず通算1000人以上の殺害を町や農場で行ったかと思えば、ある町では警察の数名だけを殺し町民から好かれていた巡査部長を解放。映画の上映や若い女性の保護をし他の盗賊から町を守りさえした。
そんな彼も終わりが近づく。政府の反カンガセイロ網は着実に機能しており気が付けば彼の一団のみになっていた。
支持者に裏切られた彼らは警察の待ち伏せを受け死亡。その首は斬首され調べられ30年以上展示される事になった。
盗賊になる男の首には特徴があるはずと調べられたがいたって普通の首だったという。

【備考・アピールポイント】
アヴェンジャーorバーサーカー?どんどん狂化が深まっていくタイプのバーサーカーか。
宝具は異名の元になった連射か。日本wikiでは「真昼のよう」とまでランクアップしてるのでFGOガウェインよろしく陽光付与までさせるか
170: [sage] 2020/12/30(水) 09:34:03 ID:EiBwMFbo0(16/26) AAS
【真名】:サルマーン・アル=ファーリスィー
【元ネタ】:史実
【解説】:ムハンマドの信者の一人でアラブでは世界最初の工兵とされるハンダクの戦いの立役者。
ゾロアスター教の有力者に生まれるがキリスト教に惹かれ家族の投獄も受けながら脱出しシリアへ向かう。
旅をする最中アラブ人にとらわれ奴隷となる。そしてムハンマドに出会い彼の教えに惹かれ帰依するとムハンマドが引き受け金を支払い解放。
塹壕の戦いとも言われるハンダクの戦いでそれまでの一騎打ちの伝統を破る塹壕のアイディアを出しムハンマドに採用。メディナの街の周りを掘り攻城戦の概念の無いメッカ軍を破る事に成功した。
その後、彼は二つのグループに取り合いになるがムハンマドが自分の家族と言う事で終結。
ササニドの総督となるがムハンマドの死と共に姿を消し88歳には戻ってきて別の街の総督になっている。
アリーを推していたとされシーア派では彼の地位は高い。またムハンマドお気に入りの理髪師でもあったようでサルマンが剃った髭が聖遺物として伝えられている。

【備考・アピールポイント】:
塹壕の戦いともいわれるハンダクの戦いの立役者。良くも悪くも一発屋。
塹壕でスキル一つと後は信仰に基づく物だろうか?ムハンマドの髭を剃ったので宝具は斬撃系にもこじつけられる。
171: [sage] 2020/12/30(水) 09:35:23 ID:EiBwMFbo0(17/26) AAS
【真名】:バルバロス・ハイレッディン
【元ネタ】:史実
【解説】近世ヨーロッパにて恐れられオスマンが地中海全てを手に入れるのに貢献した海賊。
四兄弟の三男である彼は若い頃から私掠を生業としており次男のウルージがスペインからムスリムを逃したという行為により英雄になり赤髭(バルバロッサ)の異名を獲得。
その後も他の兄弟に支えられつつ活躍しオスマンの傘下に入った彼は現アルジェリアの大半の支配を確立。
しかしスペインの反撃により命を落とす。そこでオスマン提督としての地位に就いていた彼が兄の異名と事業を引き継ぐ事になる。
占拠されたアルジェからスペイン軍を追い出し連合軍の攻撃にも耐えてみせフランスといった北地中海や
オスマン皇帝スレイマンのオーストリア遠征の隙を突きオスマン領のギリシャすら略奪した。これにより海防強化に迫られたスレイマンは彼を呼び出すことにした。
彼は召喚に応じイスタンブルに向かいその道中で略奪と、居場所が判明したヴェニス提督アンドレアドーリア艦隊と戦闘し7隻と言う少ない戦果を得てトプカプ宮殿に到着。
スレイマン一世は彼を大提督に任命。以後完全にオスマン臣下として振舞うことになる。
戦闘自体は小競り合いのもののプレヴェザ海戦でオスマンの地中海支配の確定や
帰国していたエルナンコルテスが彼への攻撃を止めるよう進言した…などオスマン最盛期の英雄の代表といえよう。
ハイレディンらバルバリア海賊はガレーを好み奴隷貿易で富を成していたとされ、ドン・キホーテの作者が経験者であり彼自身も島丸ごと9000という戦果を誇る。

【備考・アピールポイント】
バルバリア海賊代表として他の海賊との差別化として奴隷略奪が挙げられるだろう。一島丸ごとというスケールの大きさでありジルのような強い外れ枠か?
問題は日本ネット資料が信頼性が無く少し探し一番信用出来るのがwikipediaだった。
172: [sage] 2020/12/30(水) 09:37:57 ID:EiBwMFbo0(18/26) AAS
【真名】:ウェルキンゲトリクス
【元ネタ】:史実
【クラス】:セイバー、ライダー?
【プチ解説】:
 ガリア人の一部族であるアルウェルニ族の族長であり、ガイウス・ユリウス・カエサルのガリア侵略に対して抵抗した人物。
 ガリア諸部族の連合の代表者となり、ガリア各地でゲリラ戦や焦土作戦などを展開し、ローマ軍を苦しめた。
 ゲルゴウィアの戦いでは勝利を収めるものの、アレシアの戦いで突破作戦を決行するも失敗し、部下達の保全を条件に降伏。
 後にカエサルの凱旋式で処刑された。(カエサルは敵を処刑する事は少なかった)
 しかし近代に入るとガリアの自由と独立を求めたフランス最初の英雄、ガリア解放の英雄として評価されるようになった。
 ・スキル候補は破壊工作、軍略辺りか、ガリアの諸部族まとめた辺りからカリスマもあるかも
 ・近世に入ってからジャンヌ同様に祖国愛や愛国心の醸成や発揚の為に祭り上げられた、ヨーロッパの人気漫画「アステリックス」にはウェルキンゲトリクスの姿が投影されているとも。
173: [sage] 2020/12/30(水) 09:40:19 ID:EiBwMFbo0(19/26) AAS
【真名】:河上彦斎
【元ネタ】:史実
【クラス】:セイバー、アサシン、バーサーカー?
【簡易解説】
尊皇攘夷派の武士にして幕末四大人斬りの一人。
「人斬り彦斎」「ヒラクチ(蝮蛇)の彦斎」などと呼ばれる。
明治維新後も攘夷を強固に主張しつづけ、藩と新政府に危険視され、斬首された。
身の丈5尺前後(150cmほど)と小柄で色白であったため、女性の様であったという。
剣は我流と言われ、片足を前方に出して膝を曲げ、もう片方の足は膝が地面に着くくらい後方に伸ばし、
片手で刀を抜いて一瞬で斬りつける片手抜刀の達人であったと伝えられている。
(伯耆流居合を修行したという説もある。)
性格は礼儀正しく真面目で温和な人物であるが、反面平気で人を斬る残忍性も併せ持っていたという。
記録に残っている斬った人物で確実なのは佐久間象山だけだが、
あまりに逸話が多く、記録に残っていない人斬りを行っていたとされる。

・クラス適正はアサシン、沖田のようなクラススキルが申し訳程度のセイバー、攘夷を主張しつづける狂化EXバーサーカーか?
・宝具候補になりうるものは見当たらないが、片手抜刀が対人魔剣として扱えるか
・サーヴァント作成には使えないが「るろうに剣心」の剣心のモデルは河上彦斎だとか
174: [sage] 2020/12/30(水) 09:42:00 ID:EiBwMFbo0(20/26) AAS
【真名】:鬼童丸
【元ネタ】:古今著門集
【クラス】:アサシン
【解説】:
 大江山の鬼達の頭領、酒呑童子の息子。
 産まれた時点で歯が全て生え揃っており、幼くして猪や鹿を投石で仕留め食べていたという。

 源頼信によって拘束されていた時、源頼光と顔を合わせることになり、頼光が親の酒呑童子の仇であると知った。
 復讐に燃える鬼童丸はその晩、縛しめの鎖を引き千切り頼光の寝床を覗くと「頼光が鞍馬に参詣する」との情報を得る。

 鬼童丸は鞍馬へ先回りし、放し飼いにされている牛達の内の一頭を殺し体内に隠れ、その時が来るのを待った。

 しかし「鞍馬に参詣する」というのは、鬼童丸の存在に気づいた頼光の策であり、鞍馬には既に頼光一行が待ち構えていた。
 渡辺綱が鬼童丸が隠れている牛を弓矢で射ると、鬼童丸は牛から飛び出て頼光に斬りかかるも、
 頼光に一刀のもとに斬り捨てられ退治された。
175: [sage] 2020/12/30(水) 09:47:02 ID:EiBwMFbo0(21/26) AAS
【真名】:ジョン・ロックフェラー
【元ネタ】:史実
【クラス】:バーサーカー、アサシンetc
【解説】
 19世紀のアメリカ合衆国の実業家にして、20世紀のアメリカ合衆国の慈善家。
 1870年にスタンダード・オイル社を創業し、アメリカ合衆国内の石油の90%を支配下に置いた「石油王」。
 
 複雑な境遇に関わらず幼少期より勤勉かつ真面目であったが父と同じく投機に積極的で、
 1859年に製造委託会社を共同で設立したことを皮切りに躍進する。
 後に精油業で独立し1870年、スタンダード・オイル社を結成するに至った。

 スタンダード・オイル社は結成後すぐさまアメリカ屈指の生産力を誇る石油精製拠点となり、
 1872年に発生した大規模な企業吸収合併である「クリーヴランドの虐殺」を始めとした
 数々の競合会社との合併・連携により大規模な石油流通システムを形成するに至った。
 原油の輸送から精製、そして市場への提供に至るまでを掌握したこのシステムにより
 灯油の品質は向上し、かつ価格は大幅な低下を達成することとなった。
 それらの事業展開はかつての同盟関係にあった企業や州からも敵視されるものであり、
 1882年にスタンダード・オイル・トラストが誕生し、国内はおろか世界の石油産業を
 殆ど支配した状態となってもこれらの傾向は変わることなく続いた。

 しかし1880年代後半に差し掛かると海外での石油産出が始まり、石油事業にも陰りが見え始める。
 同年代初頭から始めていた石油の先物取引を始めとした数々の事業展開をも行っていたが、
 ロックフェラーは同時に引退を考え始め、1902年彼は正式に業界を引退することとなり、
 以降は名目上の社長の肩書きを持つだけとなった。だが引退後も批判の声は相次ぎ、
 ついに1911年、スタンダード・オイル社にもシャーマン法の鉄槌が下された。
 解体命令により同社は37の新会社に分割されたのであったが、彼自身が所有していた同社の4分の1以上の株式は
 そのまま新会社群の株式として引き続き所有し続け、解体後も株式で莫大な利益を上げた。
 37の会社の価値は10年で元の5倍に膨れ上がり、ロックフェラーの個人資産は9億ドルとなった。
 
 16歳で簿記の仕事に就いた頃から続けていた収入を寄付する習慣は実業家時代も続いており、
 石油産業を独占する傍ら、それを通して得た利益を教育・衛生・科学・芸術分野に回していた。
 実質的に引退していた1890年代からの40年間は慈善活動の現代的・体系的なアプローチの構築に
省19
176: [sage] 2020/12/30(水) 09:52:47 ID:EiBwMFbo0(22/26) AAS
【真名】フィリッポス二世
【元ネタ】:史実
【クラス】:ランサー
【解説】:
内憂外患の小国マケドニアをギリシャの覇権を握るまでに成長させた王
周辺諸国の侵略を退け、王座を狙う者も退けた。
実力が付いたマケドニアを戦争に介入させギリシャ一帯を占めるコリントス同盟を結成。
スパルタを除くギリシャを支配しペルシャにも牙を剥こうとしたが護衛に暗殺される。
そして彼について特記すべきはマケドニア式ファランクスの創始であり地中海で200年無敵を誇った程である。
また、彼の残したマケドニアが息子のイスカンダルに受け継がれ大帝国へと発展する礎ともなった。

ポイント
・イスカの親父で無敵を誇る戦術と軍を創設した。
・ヘラクレスの子孫の家系。妻はアキレウスが祖なので神性的にはイスカのが勝るか?
177: [sage] 2020/12/30(水) 09:53:55 ID:EiBwMFbo0(23/26) AAS
【真名】華佗元化
【元ネタ】三国志演義
【クラス】アサシン(キャスター)
【解説】
 中国後漢末期の薬学・鍼灸に非凡な才能を持つ伝説的な医師。当時としては非常に珍しく外科手術にも秀でていた。
 麻酔や屠蘇の他に、五禽戯と呼ばれる体操健康法を発明したとされ、民衆から「神医」と呼ばれた。
 その評判を聴いた曹操の典医となり、持病であった頭痛や目眩の治療に当たっていた。
 しかし、華佗は自分が士大夫として待遇されず、医者としてしか見られないことを残念に思っていた。
 そこで、医書を取りに行くといって故郷に帰りそのまま二度と曹操の下に戻って来ようとはしなかった。
 これに怒った曹操は華佗を投獄し、拷問の末に殺してしまった。
178: [sage] 2020/12/30(水) 09:54:26 ID:EiBwMFbo0(24/26) AAS
【真名】セクメト
【元ネタ】エジプト神話
【クラス】バーサーカー、アサシン、(キャスター、ライダー)
【解説】
 エジプト神話にて人類を文字通り殲滅にかかった、獅子の頭を持った恐怖の破壊女神。
 太陽神ラーの右目から生まれ、父の命に従い彼を敬わぬ民衆の殺戮を開始したが、
 困ったことに彼女の生誕当時、彼女と腕力で肩を並べられる者がいなかった。
 次第に殺戮自体を楽しむようになり、父であるラーの意思に反するようにもなった為、
 彼はオシリスらの意見を参考に、彼女の愛飲する血に似た赤いビールを作らせた。
 セクメトはこれを大量に飲んで酔い潰れ、その隙に残虐性を抜き取られ鎮静化した。
 その後一度癇癪を起こしてエジプトから出奔しては、主神たちを大いに慌てさせたという。
 これらのエピソードから、セクメトの像や彫刻は鬼瓦などと同様、魔除けのモニュメントとして
 各地で飾られたり、大規模な船の船首に括りつけられるなど守護女神としての一面を持つ。
 また、セクメトの吐く息は「火の息」と称される、熱病を招く瘴気そのもので、
 彼女を宥め抑えることは医療行為と同義であり、医療の神としても信仰されている。

【キーワード】
『エジプトと猫と女神バステト』
 エジプト神話にはセクメトの他にもネコ科関連の女神が存在する。
 主な2柱に、音楽と癒しの女神バステトと水と湿気の女神テフヌトがいる。
 ネコは古くからアフリカ大陸に生息しており、エジプト文明が成熟していく中で
 愛玩動物として人々の間で飼育されるようになったという。
 エジプト神話の中でもかなり神格の高い、猫の愛くるしさの象徴であるバステトだが、
 以前は雌ライオンとしての性格が強く、その在り方もセクメトそのものであった。
 ネコの飼育が広まるにしたがって、セクメトやハトホルに名を連ねるだけだった
 バステトはいつの間にか神格を高め、セクメトとテフヌトはこれに習合されることとなった。
 
【備考・アピールポイント】
・荒ぶるにゃんこ女神。かなり古い系統の女神だがバステトにお株を奪われ、
 若干名声が落ちているのでギリ拾えるんじゃないかと。
・人類殲滅系神話と八岐大蛇、そしてライダーさん系の魔除け信仰が
省5
179: [sage] 2020/12/30(水) 09:55:52 ID:EiBwMFbo0(25/26) AAS
【真名】:ルサルカ
【元ネタ】:スラヴ神話、『ルサルカ』
【クラス】:アサシン
【解説】:
 スラブ神話の水の精霊で水の事故などて若くして死んだ女性がなる幽霊のように扱われる。
 その美貌で男を魅了し水底に引きずり込む、または踊り狂わせて殺してしまうという。

 ドヴォルザークの歌劇『ルサルカ』では王子に恋をし、人間となったルサールカが登場する。
 魔法使いイェジババに人間の姿に変えてもらうが、それには人間の姿の間はしゃべれないこと
 恋人が裏切った時にはその男とともに水底に沈むという条件があった
 美しい娘となったルサルカを王子は城へ連れ帰り結婚する。
 しかし、祝宴でも口をきかないルサルカを冷たい女だと不満に思った王子は、
 祝宴にやってきた外国の王女に心を移してしまいルサルカは居場所をなくす。
 ルサルカを無下にした王子に水の精は怒り、王子は恐怖のあまり助けを求めるが王女は逃げ去る。
 森の湖へ移されたルサルカに魔法使いは、元の姿に戻すには裏切った男の血が必要だと語り、
 ナイフを渡すも、ルサルカは王子には幸せになって欲しいと思いナイフを捨ててしまう。
 ルサルカを探して湖までやってきた王子は妖精達から自分の罪を聞かされ、絶望的にルサルカを呼ぶ。
 王子はルサルカに抱擁と口づけを求めるが、それは貴方に死をもたらすのだとルサルカは拒む。
 しかし、王子は「この口づけこそ喜び、幸いのうちに私は死ぬ」と答える。
 ルサルカはもはや逆らうことをやめ、王子を抱いて口づけ、暗い水底へと沈んでいった。

【備考・アピールポイント】
・幸薄い美女。ロシア版人魚姫みたいなもん
・南ロシアではルサールカは素晴らしい美少女の姿をしているとされるが、
北ロシアのルサールカは醜い妖怪のような姿だとか……でも巨乳
・ルサールカは精霊だけど『ルサルカ』におけるルサルカは人間になったのでブリュンヒルデやケイローン理論で召喚できるかなぁ……と
・宝具とか性能は静謐みたいになりそう
180: [sage] 2020/12/30(水) 09:58:28 ID:EiBwMFbo0(26/26) AAS
【真名】:伍子胥
【元ネタ】:史実
【クラス】:ライダー、バーサーカー、アヴェンジャー
【解説】:
 春秋戦国時代の呉国の文官、兼軍人。
 楚国の名家に生まれるが、奸臣・費無忌の讒言で一族が皆殺しとなり、
 自身も命からがら楚を脱し、それ以降楚に対する復讐を誓うようになる。
 各地を転々としながら最終的に呉国に流れ着き、
 そこで呉の公子のクーデターに協力して公子を王とし、さらに“孫子”として後世に知られる
 孫武を武官として推挙し、この盤石の軍勢を以て一挙に楚を攻略、これを滅亡せしめた。
 その後の呉・本国でのクーデター発生と、秦国からの来援によって楚の復興を許すが、
 呉を大国であると中原全土に知らしめる事にも、楚に対する復讐も成功。
 以降は呉に忠誠を誓おうとした矢先、南方の越国軍に敗北、軍を率いていた呉王も負傷。
 呉王の死によって太子夫差が次の王となると、彼をよく補佐し、父王の仇たる越王勾践を追い詰めるが、
 越側の根回しによって勾践の降伏を受け入れてしまう。
 これによって伍子胥と夫差の間に亀裂が生じ始め(当然これも越の策略)、最終的に夫差から自刃を命じられてしまう。
 自刃のために用意された名剣・属鏤を使者から受け取ると伍子胥は、
 「先王を覇者とした恩があるのに、夫差の奴は奸臣の言だけを取り入れて自分を遠ざける」
 「自分の亡骸から目玉をくり抜いて都城の越方向の門に吊るしてくれ。呉が滅ぶさまを見てやりたい」
 「自分の墓所には梓の木を植えてほしい。呉王の棺用に要るであろうから」と、散々恨み言を連ねて自害した。

【備考・アピールポイント】:
・楚の王都を呉軍が落とした際、すでに薨去していた楚王の墓を暴き、
 楚王の屍を鞭で打った逸話はあまりに有名である。
 この鞭は(恐らく)硬鞭で、全く撓らない(竹刀ないし木刀といった感じ。鉄製か、青銅製の)
 ここら辺がバーサーカー適正

・伍子胥の遺言に激怒した夫差は、遺体を革袋に入れて銭塘江に流した。
 民間伝説では、伍子胥はこの河に身を投げて自殺。
 潮流が高くなった、大逆流が発生した、白馬の引く白木の車に乗った伍子胥の姿が見られた、などの様々な伝承がある。
 ここら辺がライダー適正
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