[過去ログ] マミ「私は……守りし者にはなれない……」 牙狼―GARO―魔法少女篇 第三章 (805レス)
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624: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:19 ID:RHTFBxJro(1/21) AAS
*
マミは手始めに、魔女に銃口を向けた。
身体はまだ不完全らしく、魔女は身を激しく波打たせるだけだったが、
ティロ・フィナーレによるショックからは立ち直ったのか、恨めしげにマミを睨め上げている。
口に狙いを向けると、牙を噛み合わせて頑なに閉ざす。
弱点を晒している自覚があるのだろう。体内を狙われないよう防御している。
そこが脆いと自ら認めているも同然だ。しかも閉ざしている間は攻撃もできないから、
身体が万全に回復するまでの時間稼ぎ。
つまり、回復するまでに致命傷を与えられればマミの勝利だ。
戦うだけのマシンの如く、冷静に、冷徹に、マミは状況を分析する。
感情を排してみれば、驚くほど多くの選択肢が見えてくる。おそらく感情が無意識に避けていたものも含めて。
そのうちのひとつ。
導き出した最適解の前段階として、マミはまず手からリボンを伸ばした。
狙いはやはり口。閉じられていても、砲撃のダメージで歯の何本かは欠けるか折れるかしている。
リボンが入る余地は充分にあった。
625: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:24 ID:RHTFBxJro(2/21) AAS
蛇のように地を這いながら口の中に侵入するリボンを魔女は噛み切ろうと試みるが、噛み切ったところで裂けて隙間から入るだけ。
細くなってもコントロールは切れず、その機能も失われない。
もがく魔女を、床の弾痕から伸びた別のリボンが拘束する。本気で暴れられれば手がつけられなくても、
横になった状態でのたうち回るだけなら、取り押さえるのは容易だ。
どれだけ暴れようと無意味。その様は、傷付き立てない獣に凶暴なアリが群がっているようでもあった。
そちらに気を取られている隙に、口内のリボンは既に配置を完了していた。
直後、四方八方に広がったリボンの先端にマスケットが出現。魔女の口が歪に膨らむ。
距離が開いていても、リボンがマミの支配下にある限り、そこを介して銃を生み出し操ることは難しくない。
そもそも銃もリボンを変化させて作っているのだから。
「まずは、その食いしん坊な口から先に塞いであげるわ」
その言葉を引き金に、立て続けに銃声が響く。魔女の口のあちこちから弾丸が飛び出す。
これだけなら大したダメージにはならない。だが、弾丸はリボンの尾を引いている。
626: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:29 ID:RHTFBxJro(3/21) AAS
マミは弾丸が貫いた瞬間、突き出した手のひらをグッと握る。
すると、弾丸はほどけて元のリボンに戻り、それぞれ独自に動き始めた。
ひとつは他の弾が出た穴に入り、また他の穴から出る。ひとつは他のリボンを跨いだり、下をくぐったり。
規則性もなく複雑に蠢くリボンだが、最後には互いに繋がり、結び目を作る。
すべてのリボンが動きを止めた時、そこには口を舌ごと縫い合わされた魔女が転がっていた。
マミは魔女の口で裁縫をしたのだ。
しかし、リボンは無茶苦茶に絡み合い、出来はあまりに乱雑。マミ本人にも、どこがどう繋がっているのかわからない。
どうせほどく気もないから、でたらめに結んでやった。
しかもマスケットも消えずに中で引っ掛かっている為、外れる心配はない。
強引に戒めを引き千切るのは、如何に魔女でも手こずるだろう。
魔女はまだ力を隠しているかもしれないと、マミは警戒していた。
根拠こそなかったが、最初が最初である。また体内から何かが出てこないとも限らない。
だから真っ先に封じたかった。
魔女はこじ開けられると思って食い縛ったのだろうが、逆にそれが仇となった。
閉じようとする口をこじ開けるのは困難だが、開かないように閉じる方はまだやりやすい。
では、口を閉じてしまった今、どうやって魔女を倒すのかが問題だが――。
マミは一瞬の逡巡の後、考えていたそれを実行に移した。
627: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:32 ID:RHTFBxJro(4/21) AAS
――心を凍てつかせても、なお足が竦む。その惨さに躊躇してしまう。
だけど、それでも私は――
この空間は、天井に床、あらゆる場所に弾痕が残っている。使い魔も含めた激戦の名残だ。
弾痕からは自在にリボンを伸ばせる。つまり、この空間に限っては、今やマミの結界と言い換えても過言ではない。
地を這うリボンに拘束された魔女の尻尾を、天井から降りたリボンが引き寄せ、逆さに吊るす。
代わりに床から伸びたリボンは、魔女の首に巻き付いた。
本来、繋ぎ止める願いから生まれたリボンは、特に引き留める力が強い。
これをマミは主に拘束に、他にも移動など様々な用途に使ってきたが、直接攻撃にも使えるはず。
魔力の加減にもよるが、魔法のリボンは見た目に反して驚くほど耐久力に優れている。
薔薇の魔女相手には細い糸状でも、全身をくるむだけで短時間の拘束には充分な効果を発揮した。
しかし、ホラーにはあっけなく切断されている。
ただの刃物ならいざ知らず、ホラーの身体の一部だ。
魔力か何か特殊な力を帯びた刃の前では、ただのリボンに等しいのかもしれない。
つまり魔戒騎士のソウルメタルの剣でも、場合によっては魔法少女の武器でも。
628: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:35 ID:RHTFBxJro(5/21) AAS
――だから考えた。どうすれば、より強く、より有効に、この力を使えるかを。
上下から魔女を縛るリボンは、どちらも薔薇の魔女との戦い同様に極細。気付かれないように伸ばす為だった。
今はまだ数十本の糸が個別に動いているだけ。あのホラーの刃なら、ただの糸をナイフで切るほど容易い。
この魔女の力なら引き千切れるかもしれない。
ならば、と数をさらに増やす。上下すべての穴から伸びる何百何千もの金糸が、魔女を縛るリボンに合流する。
それは壮観な光景だった。無数の金糸が空間を埋め尽くしていた。
大地に根を広げ、空に葉を茂らす樹のよう。天地からの養分で幹を太らせる金色の大樹。
鋼牙とホラーに出会った日、暗闇の中で見た人生で最初の、かつ最後と覚悟した、最高に美しい光。
黄金騎士・牙狼が放つ光にも、どこか似ていた。
――綺麗……。でも、そんな立派なものじゃない。これを美しいと感じてはいけない。
だって、これは魔女の死刑台なのだから――
「まだ足りない。単に束ねただけじゃ、まだ……」
マミが力を込めると、すべての糸が回転を始めた。
それぞれ周囲の糸と絡み、撚り合わさっているのだ。
最初は数本の組み合わせだったそれは、撚り合わされた糸同士が、さらに重なって太さを増していく。
次第に糸は紐となり、紐は縄となる。
629: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:37 ID:RHTFBxJro(6/21) AAS
最終的に、大量のリボンの束は一本の極太のロープと化した。
捻じれて空間を縦に貫く様は、まるで童話で読んだ巨大な豆の木のようだった。
残酷だが、これしかない。他に考えつかなかった。
リボンで可能な切断は、あくまで補助であり、どうしても剣や槍には劣る。
魔女の身体を両断できるとは思えない。
これが今の、ティロ・フィナーレに自信が持てないマミの精一杯の切り札。
流石に何をされるか、魔女も気付いたのだろう。だが、いくら暴れようとビクともしない。
薔薇の魔女とは、足止めの拘束とは訳が違う。"そのものを武器とする"のが目的なのだから。
単純に魔力によって強度を高めるにも限界がある。
それよりも数を増やし、一本に撚り合わせる方が頑丈になる。
これなら、どんな刃物でも易々とは切らせない自信がある。
そして、引き寄せる力もまた単独で動かすよりも強くなる。
では、相反する方向から全力で引いたなら、対象はどうなるか。
630: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:40 ID:RHTFBxJro(7/21) AAS
マミはおもむろに右手を上げ、
「――なさい……」
一言呟くと、素早く振り下ろした。刑吏に執行を合図するかのように。
その行為に必然的な理由はなかった。強いて理由があるとすれば、何か切っ掛けが欲しかったのかもしれない。
決して言うまいと密かに誓ったはずの言葉が、口をついて小さく零れ落ちた。
ミシッ――と、ロープが軋む。いや、軋んだのはロープだけではなかった。
魔女の全身が上下に引き絞られ、ギシギシと音を立てている気がした。
魔女の大きな瞳はカッと見開かれ、身体が激しく左右に振られる。
縫い止められた口から叫びが漏れることはない。
魔女に痛覚はあるのだろうか。恐怖する心はあるだろうか。
本当のところは知る由もない。だが、彼女も人間だった頃は戦いの運命に怯え、痛みに涙していたのかもしれない。
そんなことを考えながらも、マミは一言も発することなく、処刑の行方を静かに見つめていた。
631: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:42 ID:RHTFBxJro(8/21) AAS
――そういえば、こんな光景に見覚えがあるような……。
あれは確か……新しい魔法や、その名前を練ろうと図書館で本を読み漁っていた時だったかしら……。
まだ二年も経っていないのに、遥か遠い昔に思える。
物の本で読んだ中世の処刑法。
罪人の四肢――或いは両手を固定した両足――を別方向に牛馬に引かせ、
苦痛を与えながら引き千切り、死に至らしめるという刑罰。
あれは何と言ったか――そう、主に"八つ裂き"と呼ばれる酷刑だった。
――こんな時に、こんなこと思い出すなんて……。
なんてことはない。これも他の魔法と同じ過程を経て編み出されたのだ。
――他の誰でもない、私のイメージから生まれた、私の一面。
ある意味、これも私らしい魔法なのかもしれないわね……。今は名前を考える気には、とてもなれないけれど――
などと内心で自嘲する。
こんな残酷な魔法を思いつく自分は変貌したのか。それとも最初から変わっていなかったのか。
マミ自身にも、わからなくなっていた。
632: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:47 ID:RHTFBxJro(9/21) AAS
暫くの間、場は静寂に支配された。
魔女は声もなく暴れ狂い、マミは静観していた。
聞こえてくるのは、ロープの摩擦音だけ。それとて広い空間ではないも同然だ。
もう五分は過ぎただろうか。いや、実際はまだ一分かそこらだろう。
この静けさが、マミには居た堪れなかった。
空気が重苦しくて、痛々しくて、ひたすら辛い。死刑の場に立ち会うというのは、こんな気分なのだろうか。
自分の身まで裂かれる想いだった――もっとも、
本当に裂かれている魔女とは比ぶべくもないとわかってはいたが。
待つこと数秒。遂に、その時が訪れる。
ギシギシと軋む音に、微かに混じるブツッという音。
マミの背筋にゾッと戦慄が走る。限界を超え肉体が断裂する音だと、すぐに察した。
マミは固唾を呑んで、しかし目を逸らさず見届ける。
八つ裂きと言っても、そう簡単に裂けはしない。
人間でさえ、あらかじめ骨を砕き、肉に"切れ目"を入れておくらしい。
でなければ上手く千切れないのだとか。
633: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:56 ID:RHTFBxJro(10/21) AAS
魔女の身体は人間より遥かに頑強だが、"切れ目"ならある。
ティロ・フィナーレが貫いた傷は、まだ塞がっていない。
蟻の一穴の例えもあるように、僅かなひび割れであっても、そこから必ず崩れる。
ブツッ……ブツン……と、肉が裂けるにつれ連鎖的に耐久力を失っていく。
心臓は大きく脈打ち、うるさいくらい鼓動が聞こえるのに、その音だけは耳にこびりついて離れない。
怖かった。できるなら耳を塞いで、うずくまってしまいたかった。
だが、逃げたい気持ちを捩じ伏せて、マミは駄目押しに最後の魔力を込める。
ロープが一際強く引かれると――魔女の身体は完全に二つに裂かれた。
ひとたび崩壊が始まってしまえば時間は掛からなかった。
もげた首の中身は、ドロリと濁った黒が覗いている。
果たして肉が詰まっているのか、いないのか。その中身は、やはり虚無のような印象を受けた。
マミは軽く見遣ったが、じっと観察する趣味も時間もない。
残った胴を、すぐに上下からロープが呑み込む。まだ魔女が死んだとは限らないからだ。
必要なら再び拘束し、圧砕するつもりだ。殺すなら徹底的に。ここまでしておいて、躊躇う理由も資格もありはしない。
虚空を見つめたままの首にも注意を払いつつ、身構えること数秒。
首は黒い霞となり、やがて透けていき、最後には消滅した。それと同時に、包んだ胴の手応えも消えた。
634: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)02:58 ID:RHTFBxJro(11/21) AAS
「……終わったの?」
独り言に答える者はいない。しかし、床に転がっていたグリーフシードの存在が、マミの言葉を肯定していた。
拾い上げたグリーフシードに視線を落として、マミの動きが止まる。
胸中に渦巻く、この不快な感覚は何だろう。命を拾った安心感も、グリーフシードを得た達成感もない。
――これは誰に対しての怒り?
自分自身に、キュゥべえに……魔法少女の運命に。
熱と痛みと、言いようのない苛立ち。黒い炎に焼かれているみたいな――
激しい破壊衝動が湧き上がるが、発散させる術もなく持て余す。
可能なら手当たり次第に八つ当たりしたい気分。しないのは、子供の癇癪と同じだと自覚しているから。
マミは戦闘態勢を解かず、無意識に気を張り巡らせていた。
結果的に、その憤懣が自身を救った。
635: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)03:00 ID:RHTFBxJro(12/21) AAS
マミは誰もいないにも関わらず、周囲に敵意を発していた。
感覚は研ぎ澄まされ、背後から奇声を上げて飛び掛かる襲撃者にも反応できた。
まさか本当に敵が現れるとは予想もしていなかったが。
思考とは無関係に、身体は動いていた。
不安定な感情や思考を切り離し、身を守る為に反射で攻撃する。その機能は、今日一日で特に磨かれた。
加えて今は、とびきり機嫌が悪い。
マミは振り向くより早くマスケットを右手に握り、銃口を上にして肩に担ぐ。
空気の流れと音、声、臭い、気配。それらが示す敵の位置は後方、斜め上。
それでも襲撃者が僅かに早くマミに届く――かに思われたが、寸前で急ブレーキが掛かる。
さらに上から伸びたリボンが襲撃者の首に巻き付き、宙吊りにした。
半開きになった襲撃者の口に、マスケットの銃口を突き入れる。
額でも顎でも、とりあえず首から上ならどこでもよかった。
低く唸る声は人間のそれではなかった。殺さないよう配慮する必要もない。
振り返るのを待たずマミは引き金を引き、破壊衝動を解き放った。
銃弾が襲撃者の後頭部を砕いた直後、マミもようやく襲撃者の正体を確かめる。
636: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)03:01 ID:RHTFBxJro(13/21) AAS
「――っ……!!」
瞬間、マミは息を呑んだ。驚きのあまり声も出せず硬直する。心臓が止まるかと思った。
何せ目の前で怪物が牙を剥いていたのだから。
醜悪でおどろおどろしい顔。墨を流したような漆黒の肌。背中に広がった奇怪な翼。
鬼や悪魔にも似た、とにかく魔女の使い魔とは異なる異形のモンスター。
強力な弾丸により一撃で後頭部を破壊された怪物は、どす黒くヘドロ状の体液を撒き散らした。
当然だが、マミの頭上で。
その刹那、マミの思考は完全に停止していた。
攻撃ともつかない飛沫に対し、身体は咄嗟に手で顔を守るだけだった。
取り返しのつかない痛恨のミス。
後にして思えば、跳び退くべきだったのだ。得体の知れない怪物の体液なんて、絶対に触れてはいけなかった。
それが何を意味するか理解していないマミには無理もなかったのだが。
マミは数瞬で思考を立て直し、判断を誤ったと悟るが、まだ大丈夫だろうと油断もしていた。
この時は、まだ。
その些細な選択を心底から後悔して、愚かだったと己を呪うのは、もう少し先のこと。
637: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)03:03 ID:RHTFBxJro(14/21) AAS
そして襲撃者の返り血は、マミの帽子と服に、金髪に、肌に降り注ぐ。
量にすれば僅か。ティーカップの底に薄く溜まる程度だが、確実にマミの肉体に付着した。
怪物だけに高温や強酸の体液かと覚悟したが、意外に痛みもなければ熱もない。
よって退かなかった分、すぐさま追撃に移れた。防御に使った左手はそのままに、右手で新たなマスケットを構える。
発砲。
弾丸は難なく怪物の鼻から上を吹き飛ばした。
頭のなくなった怪物の身体は力を失い、だらりとリボンに垂れ下がる。今度はマミも返り血をかわした。
しかし表情は一向に晴れず、立ち尽くしている。
――これは何なの……? 魔女の使い魔じゃない。でも、前に見た気もする。どこか姿形に共通点がある。
ほんの数日前……暗闇の中で……まさか、これは――
人を喰い、鋼牙ら魔戒騎士が狩る魔物。
マミを瀕死に追い込み、さやかの心に深い傷を残した忌むべき存在。
魔獣、ホラー。
マミは知らなかったが、それは素体ホラーと呼ばれる、ホラーが陰我と融合する前の共通した姿だった。
638: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)03:04 ID:RHTFBxJro(15/21) AAS
――何故、ホラーがここに? ううん、その前に本当にこれはホラーなの……?
マミは不安と迷いの直中にいた。
身体の傷は癒えても、心の傷は簡単には癒えない。
さやかに比べれば目立たないが、ホラーはマミの心にも傷を刻んでいた。
が、それを差し引いても恐れるには充分な状況。
――おかしい。あまりに呆気なさすぎる……。だって冴島さんは言っていた。
ホラーは殺せない。魔戒騎士でないと封印もできないと。
じゃあ、このホラーも……――
周囲の景色が歪み始めた。そう言えば、まだ魔女の撃破から三十秒と経っていない。
そろそろ主を失った結界が消滅する頃だ。
しかしマミは消滅を待たず、ホラーに背中を向けて走り出した。
――早く……早く逃げないと!
ホラーは消滅する気配を見せなかった。つまり、あのホラーはまだ生きている。
いずれ復活して襲ってくる。
そもそも殺せない敵を相手に、どうやって戦えばいいのか。勝てるはずがない。
639: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)03:07 ID:RHTFBxJro(16/21) AAS
だから逃げる。少しでも距離を離しておく。
ホラーを原形を留めなくなるまで潰せば時間は稼げるかもしれないが、
何が起こるかわからないし、人目を引けば却って危険だ。
――でもいいの? ホラーを放って私ひとり逃げ出しても……。
一瞬だけ踏み留まったが、振り切って再び走り出す。
怖気づいているのは素直に認めるが、手の打ちようがないのも事実。
鋼牙と連絡の取りようがない以上、身を守ることを最優先にする。そう、胸の中で言い訳しながら。
やがて完全に結界は崩壊。元の世界に戻っても、マミは足を止めなかった。
いつの間にか太陽は沈み、空は薄紫に染まっていた。病院の裏側は近寄る者もなく、付近に人の気配はない。
普段なら好都合なのだが、何故だか心細くて堪らない。成長と共に忘れていた暗闇への恐怖が蘇る。
無性に人恋しくなって、通りに駆け出した。
そこに待っていたのは、闇を照らす街灯や電飾の光。
店先から漏れるCMや流行りの曲、行き交う車の音。何より多くの人の姿と声。
都市の中心部に比べれば地味だったが、やっと人間の世界に戻ってこれたと実感するには充分過ぎた。
マミは暫く喜びを噛み締めていたが、やがて妙なことに気付いた。
街行く人々のうち、少なくない人数の視線が自分に集中していたのだ。
通路の真ん中で、膝を押さえて息を切らせているからか。もう夜だというのに制服姿だからか。
640: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)03:10 ID:RHTFBxJro(17/21) AAS
「あっ……」
そこで、はたと思い出した。
自分が、ホラーの返り血を浴びていたことに。
「やだっ、きたな――」
マミは慌てて手の甲で頬を拭い、言葉と血の気を失った。
左手のひらにべったりと、覆いきれずに頬にも少し。
ホラーの返り血が飛んだ、はずだったのに。
血が、跡形もなく消えていた。黒い染みなんて残っていなかった。手のひらにも、甲にも、どこにも。
――……ホラーと遭遇した日、ショッピングエリアに戻った美樹さんは泣きじゃくっていた。
光の中に、人の世界に戻ってこれた安心から涙を溢れさせていた。
あぁ、今ならよくわかる……。
そんなのは気休め。
もっと言えば嘘、偽り。
美樹さんは……彼女だけじゃない、誰もが気付いていないだけ。信じたいだけ。
本当は何も変わらないのに。
平和な場所なんてどこにもない。ここも、魔女の結界も、危険と安全は割合の問題でしかない。
人工の光は闇のすべてを覆い隠せない。魔物はどこにでも潜んでいる。ほら、そこにも……――
641: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)03:11 ID:RHTFBxJro(18/21) AAS
周囲を警戒するマミの視界に、建物の隙間の暗がりで動く"何か"が映った。
それはネズミだったかもしれないし、風に吹かれたゴミだったかもしれない。
だが直後、マミの緊張は限界を超え、恐怖に駆られて走り出す。
人目もはばからず雑踏を掻き分け、全力疾走で。
その間、絶えず視線を感じていた。人間の奇異の視線だけとは思えない。
たとえば物陰で。光でも塗り潰せない、夜と共に広がっていく闇のそこかしこで何者かが蠢いている。
そのすべてが自分を狙っている。眼を光らせ、爪牙を研ぎながら。
これは本当に錯覚なのだろうか?
強迫観念に囚われたマミは自宅に帰り着くまで足を止めるどころか、振り向くことすらできなかった。
642: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)03:13 ID:RHTFBxJro(19/21) AAS
*
マミは、いくつかの誤解をしていた。
彼女はこう思っていた。
ほんの数日前に比べ、孤独になった自分は見る影もなく弱くなったと。
確かに最初は精神のバランスを崩したものの、逆に孤独は彼女を強くしていた。
結果的にではあるが、孤独になって初めて自らの本心と願いに向き合うことができた。
そして死に直面したマミは虚飾を取り払い、自己を解放した。
背負いきれない重荷に潰される前に荷物を放り投げたに等しいが、
だからこそ死をはね退け、苦痛の生を選ぶことができた。
その強さは何も背負わない、命の他に失うものがない故の強さ。
だが、マミは犠牲を糧に成長したのではない。
本心を受け入れたことは成長と呼べるかもしれないが、
それが可能だったのは彼女が本当は失っていないから。
何もかも失ったと思い込んでいるだけだから真実にも耐えられた。
643: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)03:16 ID:RHTFBxJro(20/21) AAS
もしも自分の責任で、誰かの命が失われていたなら。
まどかやさやかを戻れない道に引き摺り込んでいたなら。
きっと、その重みに耐え切れなかっただろう。
絶望して魔女と化したか、その前に自らの手でソウルジェムを砕いていた。
マミは気付いていなかった。
まどかとさやかは未だ彼女を先輩と慕い、佐倉杏子は同じ見滝原の街のどこかで彼女を心に留めている。
キュゥべえと夕木命に関しては、想い続ける自由まで奪われても失ってもいない。
望んだ形ではなかったが、彼女の意思で幻滅という別れを選んだ。
そして本人は誇りを見失ったとしても、まだ誇りに見放されてはいない。
暗黒騎士のように道を外れない限り、いつでも胸に抱く資格は残っている。
とどのつまり、両親を亡くし魔法少女になった日から今日まで、マミはまだ本当の意味では何ひとつ失っていない。
捨てたもの以外は、大切なすべてに取り戻せる可能性が残っている。
しかしそれと引き換えるように、マミは最も大事なものを、これから百日を掛けて失っていく。
それこそが彼女に突きつけられた真の喪失。可能性の対価。
皮肉にも人生で最も生を渇望したその日――待ち受ける確実な死に向けて、マミの時間はカウントダウンを始めた。
644: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/23(月)03:18 ID:RHTFBxJro(21/21) AAS
長い上に遅くなりましたが4話に続きます
次回予告などは追々
今回は想像を基にした描写が多く、設定面等で否定意見もあるかもしれませんが
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