[過去ログ] マミ「私は……守りし者にはなれない……」 牙狼―GARO―魔法少女篇 第三章 (805レス)
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600: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:32 ID:AaHsK9UBo(1/19) AAS
 グリーフシードを触れさせると、ソウルジェムから黒い濁りが浮き上がり、グリーフシードに吸収される。
 もう幾度となく繰り返してきた、手慣れた作業。
 これまでは単なる掃除であり補給でしかなかったが、今は違う。
まさかこれが魔女に――元魔法少女の魂に穢れを肩代わりさせる行為だなんて。
 
 息が詰まる。プレッシャーが痛みさえ伴って圧し掛かる。
 が、耐えられないほどではない。自らの残酷さに向き合って――開き直って、戦う決意を固めた。
その罪を背負ってでも生きると決めたから。

 あなたを喰らって私は生きる。
 その言葉に嘘偽りはない。まったく躊躇いがないと言えば嘘になるが。

 グリーフシードを懐へ、ソウルジェムを髪飾りに戻すと、マミは再び銃を構えた。
 魔女も涙目になりながら態勢を立て直し、マミと対峙する。
魔女は違うだろうが、マミは彼女に対して理解と共感と尊敬の念を持って相対していた。

 しかし、互いに相手を見据える目は同じ、獲物を狙う狩人の眼。
 たとえ元は同じだとしても、同情は戦意を鈍らせる。それはそれ、これはこれ。
さもなくば自分が殺される。それが魔法少女の戦い。それは今までも、これからも変わりはしない。
601: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:34 ID:AaHsK9UBo(2/19) AAS
 右手に銃を提げ、腰を落としながら魔女の一挙一動に注意を払うマミ。
 いくら相手が単純でも、そう何度も同じ手は食わない。
 魔女との戦いは互いを知らないまま、初撃が決定打となることも多い。
この魔女の場合は、特にその傾向が強い。

 マミも危うくティロ・フィナーレをかわされ、隠された牙に引き裂かれるところだった。
 だが、こうして手の内を見せ合ったからには、ここからは単純に必殺の一撃を先に加えた方が勝者となる。
 もう、流れに任せっきりではいられない。持てるすべての力を振り絞るしかない。生き残る為に。

 
 先に動いたのは魔女。
 睨みあって相手の動きを読むなんて知恵、彼女には到底ないのだ。また、その必要も。
 頑強な肉体と自慢の牙で、あらゆる障害を突破し、噛み砕けばいい。
 
 マミは突進をかわしながら、ひたすらチャンスを窺う。
 追いつかれれば一巻の終わり。腕でも足でも、たったひと噛みで戦闘力の大半を奪われ、勝敗は決する。
 魔女に比べれば、多少の強化はされていようが、人の身体のなんと脆弱なことか。
これまで幾体もの魔女と戦ってきたが、今日ほど強く実感した日はない。

 牙狼――鋼牙もそう。まして彼の場合は魔法による強化もなしに、鍛えた身体だけで魔獣と戦ってきた。
人間を守る使命に全身全霊を捧げてきた。おそらくマミよりも、ずっとずっと長い間。
602: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:35 ID:AaHsK9UBo(3/19) AAS
――きっと私には、そんな生き方はできない……。 

 人間に仇為す敵は、倒すべき魔女は、元は人間を守ってきた魔法少女の成れの果て。
そして、いつかは自分も魔女に変わってしまう。逃れ得る手段は唯一、死のみ。
 信じてきた正義が崩れ去り、キュゥべえとも袂を分かった。
もう何を信じればいいのかもわからず、途方に暮れている。

 ホラーも元は人間。ホラーが人の邪心に憑くのなら、鋼牙は人の醜い側面も数多く見てきたはず。
 たとえば鋼牙や零と出会ったあの日――始まりの日の朝、絡んできた下衆な男もそうだろう。
彼がいつから憑依されていたのか知らないが、風貌や口調からして誠実な人間ではなさそうだった。
成り済ますなら、少なくとも表面上は変わらないだろうから。

 鋼牙に迷いはなかったのだろうか。守る価値と意味に一度でも苦悩しなかったのか。
 わからない。けれども、彼は戦い続けてきた。
 その辿ってきた道程を想像すると、こう思ってしまうのだ。
 どうしても。

――やはり私は……守りし者にはなれない……。
603: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:36 ID:AaHsK9UBo(4/19) AAS
 自分は、死にたくないという内なる声に縋り、従っているだけ。
 でも、それでも構わない。今さらショックを受けたりなんかしない。
 今はただ生きる為に戦う。
 彼女を殺してでも。

 その後、マミと魔女の戦闘は膠着した。
 魔女は焦れて単調な突進と噛みつきを、マミは逃げながらそれを迎撃する。その繰り返し。
 図体の大きい魔女を撃つのは簡単だった。しかし、どれだけ身体に銃弾を撃ち込んでも手応えがない。

 こうなったら生半可な攻撃は無意味と結論するしかない。
 こうしている間にも、魔力は刻々と消費されているのに。
 焦れているのはマミも同じ。いや、マミの方が焦りは募っているかもしれなかった。
発砲の際も一秒だって止まらず、絶えず移動しているせいで疲労の色も表れ始めている。

 この魔女を倒すには、敵の急所――人間で言えば脳や心臓を捉えなければならない。
しかしマミには、その部位も術も掴めずにいた。
604: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:38 ID:AaHsK9UBo(5/19) AAS
 

 そして数分が経つ頃、マミのこめかみには汗が伝い、息を切らすまでになっていた。
 完全に攻めあぐねていた。

 なかなか攻勢に出られない。窮地を救ってくれた"生きたい"という願いが、今は枷になっていた。
死にたくないと意識したことで、慎重を通り越して臆病になっている。
 一度破られた故に、拘束から砲撃の定番のパターンに自信が持てなくなっているのもあった。

――勝つ為に時には思い切った攻撃も必要。そんなことわかってる。わかっているけど……。

 攻める瞬間こそ最も隙が生じやすい。だが、攻めなくては絶対に勝ちは得られない。
不器用な自分が恨めしかった。
  
 何度目かの攻防の後、大きく息を吐くと、ふと腹部に違和感を覚えた。
 久し振りな気さえする、この感覚。
 なんと空腹感だった。
605: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:39 ID:AaHsK9UBo(6/19) AAS
――なんで私、こんな時に……。

 今日は一日、お茶くらいしか口にしていない。
まだ今朝はあまり食欲が戻っておらず、昨夜のお粥が最後の食事。
昼以降は打ちのめされて、すっかりそれどころではなくなっていた。
 
 そういえば、つい先日も同じことがあった。
 一昨日の夜、命と待ち合わせた喫茶店で、涼邑零とした食事だ。

 あの時も悲嘆に暮れて、丸一日食欲を忘れていた。生きる気力を失いかけていた。
 取り戻させたのは、たった一個のケーキ。
 灰色の世界が鮮やかに色彩を取り戻した。

――「それでも、美味いケーキとお茶があれば、ちょっとは生きてて良かったって思える」
 
 零がケーキと共に差し出した言葉。
 その言葉通り、あの瞬間マミは生きてて良かったと心から実感した。
 空腹も食べる喜びも、身体が生きたがっているという証拠。
今日もまた絶望しかけていたが、再び生を渇望をしたから蘇ったのだろう。
606: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:41 ID:AaHsK9UBo(7/19) AAS
 一般に、アドレナリンの分泌によって食欲は抑制されると聞く。
激しい運動に加え、こんなにも興奮、緊張しているというのに。

――こんなお菓子だらけの景色に中てられたのかしら。
それとも実は私は、この状況をさほど脅威に感じていない……?――

 もしかしたら、なまじ魂と身体を切り離されたせいなのかもしれない。
思考と心理の不一致。特に、ここ数日で幾度となく経験した感覚。
 自分の求めるものが――自分自身がわからない。
 だからこそ、原始的な欲求だけが唯一の道標になっているのだ。

 或いは、今のマミにとって最も大切な生きる意味だからか。

――甘いものが食べたいだなんて、こんなもの希望とも呼べない、ささやかな未練。
あまりにもちっぽけで、取るに足らない拠り所……――

 しかしマミには、その程度しかなかった。他には何ひとつ残されていなかった。
607: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:43 ID:AaHsK9UBo(8/19) AAS
 ともあれ、空腹感はマミの生への執着をより強く喚起した。
 そして同時に、か細い勝算に気付かせる。
 いや、厳密には気付いていたが、最後の手段と考えていた。危険が大きかったから。
 それが今、怯えを覆す勇気を得て踏ん切りがついた気がする。

 クスッと、ひとり小さく笑みを漏らすマミ。

――まさか、お腹が空いたのが切っ掛けで思い出すなんて。

 しかも、そこからヒントを得られるなんて、奇妙なこともあるものだ。
 自分以外の人間の思考をトレースすれば、窮地を切り抜ける方策が見つかるはず。
そう思い、鋼牙の戦い方をなぞろうと思っていたが。
  
 忘れていた。
 鋼牙の他にもひとりだけ、その戦いを間近で見たことのある人物がいる。
自分とはまるで違う戦い方だが、実力は控えめに見積もっても同等。
 鋼牙より付き合いは長い。その動きは、この眼に焼き付いている。その性格も、よく知っている。
 何度も共に戦った。戦い以外の時間も共に過ごした。そして紆余曲折の末に決裂し、マミが敗北を喫した人物――。
608: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:44 ID:AaHsK9UBo(9/19) AAS
 *

 マミは突進してきた魔女をかわすと、残ったイスの上に飛び乗った。
 すぐにマスケットを周囲に展開、斉射。しかし下から迫る魔女は、肉を穿つ銃弾をもろともせず向かってくる。

 両者の距離は一秒と経たずにゼロになり激突――するより先に、マミの体勢が大きく崩れた。
魔女の乱暴な突撃に接触したイスの脚がへし折られたのだ。
 イスの破片と共に空中に放り出されるマミの身体。
散々焦らされてきた魔女が、絶好のチャンスを逃すはずがなかった。
 
 上空で巨体をうねらせ、急降下。
ヒラヒラと木の葉のように舞い落ちるだけのマミを、魔女は猛禽を思わせる俊敏さで狙う。
 あと数メートルで待望の獲物に喰い付けると、大きく口を開き、ひと呑みにしようとした寸前。
またしてもマミは落下の軌道を変えた。その手には黄色いリボンが握られている。

 鼻先をかすめて横に逃げたマミを睨みつける魔女は、豊かな表情を怒り一色に染めた。
 どこかコミカルで緊張感に欠ける怒り顔とは裏腹に、追い縋る速さは凄まじい。
 
 魔女の飛翔はリボンがマミを引き寄せる勢いを上回り、遂に牙が届くかと思いきや。
マミは壁際でリボンを握る手を放して、再び重力に従って落下。またまた牙をかわす。
 その瞬間――マミは、これ見よがしに口元を歪めていた。
609: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:45 ID:AaHsK9UBo(10/19) AAS
 リボンは壁の弾痕から伸びていた。魔女は引き寄せられていたマミに追いつきかけていた。
魔女の部屋は広いが、巨体が高速で飛び回るに充分とは言い難い。
 以上の条件が揃った時、何が起こるかは明白。 
 
 轟音と激しい衝撃が空間を震わせた。
 魔女が顔面を強かに壁にぶつけたのだ。
 結界が壊れるかと思うほどの震動。魔女と言えど無傷ではいられないとわかる。
 
 にも拘らず、魔女は悶えもせず、落下するマミを追う。
 今やマミは右手にマスケットを一丁握るのみ。
周囲にはリボンも張り巡らせておらず、新たに仕掛けるには時間が足りない。

 魔女が一瞬でそこまで考えたかは定かでないが、好機であることは一目瞭然。
それに何より、ほくそ笑んだ敵にからかわれたと気付いたのだろう。
 
 絶対に仕留めるという執念を感じさせるほどに、魔女は加速する。
 マミは空中で仰向けになり、右手のマスケットを突き出している。
 回避を諦め、反撃を試みる気だ。それしか術はないだろう。
このままでは着地するより早く牙は届き、その身を引き裂く。
610: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:47 ID:AaHsK9UBo(11/19) AAS
 
 だが、今さら豆鉄砲ひとつで何になる。まずはその右腕から喰い千切ってやる。
 そんな嘲りの意思を表すように、魔女はマミの右腕を開いた口に入れた。
 あとは口さえ閉じれば、サメのような、ノコギリのような牙が肉に食い込み、骨を砕く。
 女の細腕など容易く千切れる。

 そして魔女が上下の歯でマミの腕を挟むと――。

 ガチィィィィ……――と硬い音が響いた。

 柔らかい肉の感触はない。
 いくら力を入れようと、牙はそれを刺すことも砕くことも叶わず、ガリガリ火花を散らしている。
 
 最初、何が起こったのか理解できなかった。
 魔女は自らの口に視線を落とし、ようやく咥えている物を認識する。
 それは金属の筒――正確には巨大な銃。その先端が、すっぽり口の中に収まっていたのだ。

 大きな眼が一際見開かれると、魔女は全身をぶるりと震わせた。
 かつて人間であった頃の感情の残滓か。それとも生物としての本能か。
 ただひとつ確かなのは、突きつけていたはずの死が、ひっくり返ったことだけ。
611: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:48 ID:AaHsK9UBo(12/19) AAS
 魔女は眼球だけを動かし、視線は舐めるように砲身をなぞると、マミの瞳で留まった。 
 直後、その鋭い眼光に釘づけにされる。

 闘志と殺気を極限まで凝縮させた、それだけで射殺せそうなほどの気迫を込めた眼差し。
 侮りや嘲りの欠片もない。敵が、この一発逆転にすべてを賭けていたのだと知る。
 己が身を捨ててでも、勝利をもぎ取る為に。
 
 しかし、気付いたところで砲口は完全にはまっており、抜け出すのは困難。
 加えて、マミの決死の瞳が魔女を縛った。魔女の眼はマミの眼に吸い寄せられ、離れない。
一秒にも満たなかったが、その瞬間、魔女はさながら猟犬に睨まれた小動物と化していた。

 そして、引き金が引かれると同時に、マミの殺意の視線から、大砲の形をしたその具現から。
 必死に逃れようとする魔女の口内で巨大な銃が火を噴き、閃光が爆ぜた――。

 *

 ティロ・フィナーレ。
 マミの必殺技である。
 威力は高いが、魔力の消耗も激しい。
また防がれるかもしれない正面から撃つのは避け、確実に当たる状況を作るには。
612: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:49 ID:AaHsK9UBo(13/19) AAS
 魔女に心臓や脳はないようだが、もし核に近いものがあるとしたら、
そうでなくても脆い部分があるとしたら一ヶ所しか考えられない。
外側が硬い敵を倒すには、最早お決まりのパターンと言える。
 では、そこに必殺の一撃を叩き込むには。
 
 それらを短時間で考えた答えが、これだった。
 自分を囮にしてギリギリまで敵を引き付ける、博打的な捨て身の戦法。
 これしかないと決めたら躊躇いはなかった。最悪、腕の一本も奪われても構わないとさえ。

 マミの見立てでは、この魔女は賢くないと踏んでいたが、用心は必要。
 僅かでもフェイントかもしれないと疑心を抱かせてはいけない。
 さりとて念入りに考える時間もなかった。
 
 だから敢えて考えなかった。正確には動く寸前に考えた。
 最初のジャンプ以外はすべてアドリブでこなした。焦っていたのも真実なら、リボンを放したのも咄嗟の判断。
 笑ったのも意図した挑発でなく、緊張と紙一重で牙を逃れた安堵から引きつっただけ。
 
 流れに任せきりではいられないと誓った矢先だったが、同じようでもまるで違う。
 戦い始めは何も選ばずに投げやりになっていた。思考自体を放棄していた。
 次は迷いに支配されて、型通りの必勝パターンに頼っていた。
613: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:50 ID:AaHsK9UBo(14/19) AAS
 今度は考えた結果、深く考えないのが最良と選択し、決断した。
 迷う余裕もなかったので惑うこともなかった。
 己の直感と閃きだけに従い、死中に活を見出した。

――きっと、あの娘ならこうすると思ったから。

 そして零距離から必殺の一撃を見舞ったマミは反動で大きく吹っ飛び、そのまま床に叩きつけられた。

「――かはっ……!」

受け身を取っていたので意識を失いはしなかったが、痛みと衝撃で肺の空気が絞り出されて息が止まる。
 それでもマミは即座に飛び起きると、落下地点から全速力で逃げた。
 
 何故なら、その頭上から巨大な物体が降ってきていたから。
 間一髪、マミの退避が完了したところで、魔女の巨体が轟音と地響きと共に墜落した。
その際、周囲の残骸やお菓子のオブジェを粉砕しながら落下した為に、破片や塵が大量に舞う。
 
 苦しそうに息を荒げながらも、マミは魔女を隠す粉塵の煙幕を睨みつける。
戦闘態勢を維持したまま、どうにか魔女を見つけようと目を凝らす。
 数秒して煙が晴れ、魔女の姿が露わになる。
614: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:51 ID:AaHsK9UBo(15/19) AAS
 魔女は白目をむき、半開きの口から煙を吐きながら横たわっていた。
 ある意味では予想通り。理想を言えば口から一直線に全身を貫きたかったが、
魔女が辛うじて身体を捻った為に、狙いが逸れたのだろう。人間で言うなら首の辺りに抜けたようだ。

 一発で倒せなかったのは残念だったが、効果は上々。
これが無傷だったりしたら絶望していたかもしれない。二度目を狙うのは限りなく不可能に近いからだ。
 だがマミにとって、それは二番目に恐れていた結果でもあった。
 
 気付くと手足が震えている。
 震えている理由すら、最初は理解できなかった。
 魔女が元は魔法少女で、それでも生きるには殺さなければならない。だから魔女を殺してでも自分は生きる。
そう心に決めて、すべて受け入れた――つもりだった。

 それが今、瀕死の魔女を眺めるマミの心中に、突如として恐れが生じた。
 ティロ・フィナーレを撃った時は微塵の迷いもなかったはずなのに。
 その理由は、すぐに思い至った。

――これはきっと覚悟と重みの違い……。

 例えるなら、ガンマンの決闘でも、侍の真剣勝負でも、何なら格闘家でもいい。
 体格、武器や技術の差、果ては当日の体調や精神状態まで。どうしたって強弱はあり、完全な公平はあり得ない。
615: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:53 ID:AaHsK9UBo(16/19) AAS
 だが、そんなことは問題ではないのだ。
 互いに力と戦う意志を携え、対峙する。その合意こそが肝要。
 その意味で、マミと魔女は対等だった。

 マミは魔女への恨み辛みで戦っていなかった。
真実を知る前は人を喰らう魔女を憎みもしたが、今はもう憎めなかった。
 同情もしたし、共感もした。

 それでも戦うには、そういった必ずしも恨みや憎しみとは限らない、
むしろ敬意や誇りを持って行いさえする、
人間同士の命の遣り取り――戦いにおける美学とでも言うのか、そんなものを拠り所にしていた面もあったと気付く。
 
 戦いは熾烈だったが、遠慮も気負いもせずに済んだ。殺さなければ殺されるから。
余計な一切を考えずにいられた。

 せめて、その空気に酔ったままなら手を下すのは楽だった。
 一瞬でも我に返ってはいけなかった。
 しかし、マミは正気を取り戻した。結果、戦いの熱と興奮が一気に冷めてしまった。
 
 戦いは終わらない。
 たとえ手足を撃ち抜いても、切断しても、へし折っても、相手の息の根を完全に止めるまでは。
 それが揺るぎない現実であり、殺し合いの真実。
616: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:54 ID:AaHsK9UBo(17/19) AAS
――人間ならまだしも、魔女と魔法少女の戦いに降参はあり得ない。
戦闘不能になったからって勝敗が決することもない。そんなこと、わかってた。
瀕死の魔女に止めを刺すのも、もう何回もやってきた。なのに――

 殺される覚悟はあっても、殺す覚悟はまだ不十分だった。
 人間なら再起不能の傷を負わせれば、少なくともその場は収まる。
だが魔女は、あと数十秒もすれば、また立ち向かってくる。

 迷っている時間は、ない。
 マミは拳をきつく握り締め、どうにか震えを抑えた。
 
――胸が痛い……。
私は彼女を救えない。彼女の為にできることは、もう何もない。
わかっていても、こんなにも辛い。でも結局、私はまた切り捨てるしかできない――
617: ◆ySV3bQLdI. [ saga] 2014/06/21(土)01:55 ID:AaHsK9UBo(18/19) AAS
 そうしなければ心が耐えられそうにないから。
 感情が枷になるなら、いっそ捨ててしまおう。切り離して、戦いだけを考えられるように。
 自分を殺して、冷たく硬く心を凍らせよう。鍵を掛けて封印し、深く深く胸に沈めるように。
 目蓋を閉じ、一心に念じる。

「私は……もう何も信じない。私自身でさえも……」

 目を開いた時、マミの顔から表情は消え失せ、昏い瞳には強い決意が秘められていた。
 今度こそ終わりにする。抵抗できなくても、一方的な虐殺だとしても。
 ここからは決闘ではない。

 魔女の処刑だ。
618: ◆ySV3bQLdI. [sage saga] 2014/06/21(土)01:57 ID:AaHsK9UBo(19/19) AAS
まだあるのですが続きは明日にでも
人物が一人しかいないとセリフが少ないので一レスを短くしました
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