【ブルアカ】頑張れヒナちゃん (56レス)
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22: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:25:00.81 ID:F26KAdyh0(22/54) AAS
アコがため息を吐いてメッセージを確認する。
傍らでヒナがしょぼついた目つきで天井を仰ぎ、残っている仕事の優先順位の割り振りを考え始めた。
疲れた。
今日はこれからまず、マコトと話をつけたらイオリを助けて、事後処理は任せる。
昨日残した書類仕事…の前に、今日湧いて出てきた緊急の案件の判断…いや今日追加される書類の対応を…いくらなんでも一日が24時間である限り無理。明日に回すしかない。最悪。
寝不足のせいか頭がいつもよりも回らなかった。
そもそも夢見が良くなかった。
あの、現実へ引き戻されるときの内臓がひっくり返るような不快感。
尋常ではないストレス。あんな夢を見るなんて、疲れている。本当に疲れた。面倒くさい。
大きなため息が出そうになって、ぐっとこらえる。
今日も忙しい…。
でも、頑張らないと。
思考がまとまらず、気合で軌道修正を試みているところ、さっきから静かになっているアコが気になった。
アコは、スマホをじーっと眺めていて、そのあと何もなかったかのように、スマホをしまい込んだ。
しかし眉根が不機嫌そうに寄っている。
「…はあ」
ため息も吐いた。
23: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:26:19.05 ID:F26KAdyh0(23/54) AAS
ヒナはそれをじっと観察した後、
「アコ。トラブルなら、ある程度判断を任せるけれど、もし手に負えないことなら早めに…」
「え?いえ、事件性はなかったです…」
「…じゃあ、なんの用件だったの?なんだか、顔色が暗いようだけれど」
「…えっと」
「…?」
「…先生から、だったんですけど」
「え?」
その言葉だけで、ヒナの心臓がドクンと疼いた。
鼓動と連動しているかのように羽がバサバサと動きだした。
「…せ、先生?どうして?」
「ヒナ委員長の手伝いをしていただこうかと、この前依頼を出していて…」
「ぇ、えぇっ…?そんな、勝手に」
声が急に高くなった。
「まあ断られてしまいましたけど」
「あっ、そうなんだ」
すごく低くなった。
24: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:27:43.99 ID:F26KAdyh0(24/54) AAS
「あちらもあちらで今かなり忙しいらしくて、だから…っ!?」
アコの表情に緊張がはしる。
「えっ…な、何…?」
「…いえっ、委員長、その…すごい…しょ、んぼり…され…て…ます…な、と」
「…」
アコが、気遣うように伺ってきた。
「…や、やっぱり、もう一度、頼み込んでみましょうか…?」
「…………」
ヒナは真っ赤になっていた。
「〜〜〜っ!アコッ!!」
「はい」
幸いにも、通行人は誰もいなかった。アコは気まずそうに目を閉じていた。
25: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:29:10.15 ID:F26KAdyh0(25/54) AAS
ヒナは震える声を絞り出した。
「っ、きっ、気軽に、先生に、頼らないで…!」
「は、はい…」
「せ、せ、先生だって忙しいだろうし…わ、私達のことで…その…」
「はい…」
「あの…あれが…あれで…」
「い、委員長?」
「た、確かに!!最近会えて無いし、お互いに忙しくて…会いに行く口実も、なくて…口実がなかったら、会いに行く勇気すら…私には…なくて…」
「委員長…!?」
語尾に近づくにつれて細くなって、ゆらゆら揺れる、少女の心だった。
「…〜っ、と、とにかく!」
心臓のところをギュッと掴んで、乱れてしまった息を落ち着ける。
「駄目だからっ…!」
「だ、駄目でしたでしょうか…?」
「決まってるでしょ…!」
「委員長…」
「…いくら忙しくたって」
ヒナは厳しい目つきで床を見つめた。
それは自分にも言い聞かせているようで、「いくら会いたくたって…」と、言わんばかりだった。
「先生に、迷惑をかけたくないから…」
服の裾をぎゅっと握りしめている。
26: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:31:14.35 ID:F26KAdyh0(26/54) AAS
そんなヒナの様子を見て、アコはふと真顔になった。
「…委員長に気を遣わせるだなんて、大人のくせに」
「…は?」
あんまりな言いようについ、むっとして食いかかった。
「…アコだって、わかるでしょう?先生が今、どれくらい忙しいのか」
「承知の上で依頼してます」
ヒナが厳しい視線をよこす。
「アコ?」
「ですが。先生の意に沿わないとは思いません」
「先生に無理を」
「何も相談されずに問題の起きた後で、間違いなく悔やむのがあの人でしょうし」
言われて、言葉に詰まる。
「まあ、生徒全般に対して同じ態度なんでしょうけど…そういう意味では、私は先生を信頼しているんですよ」
「…」
「まあ、断られましたけど」
27: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:32:08.44 ID:F26KAdyh0(27/54) AAS
アコが、へっ、と品のない笑い方をする。
「どうせあの人のことだから、いろいろなことを無駄に抱え込んでいるのでしょうね。いつも段取りが悪くて、苦労しているところを見るとムカムカするんですよ」
「…」
「いつも大人ぶって、本当に忙しいんだったらそういうの、メッセージを送るなと言われたほうがよっぽどマシなんですけどね。無理してまで返信に期待してませんし、こちらとしても」
「…」
「それで私が忙しいんじゃないんですかって訊いたら、アコと話すのは気分転換になるだなんて言ってきて、おべんちゃら!そのわりに通話、あの人からかかってきたことなんてないんですけどね、いつも口ばっかりで、嫌になって…」
「…」
「…でも、まあ、先生が本音で言ってくださっていることは私にはわかってますから、意図は伝わってくるのでやぶさかではないといいますか、悪い気自体はしない、といいますか?」
「…」
「そ、それでも私はもう少し…素直に頼ってくれたほうが、嬉しいんですよね…」
「私は何を聞かされてるの?」
「え…?」
「なに…?」
「え…」
「…」
「…寝る前とかに…先生に、私の愚痴を聞いてくださって…いて」
「え…?」
「あ…」
「…」
「…」
「…」
28: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:33:46.04 ID:F26KAdyh0(28/54) AAS
「…えーっと…先生が、ヒナ委員長のご様子をしきりに気にされていて…」
「…」
「委員長のことが、とても心配だと、仰っていて…」
「…頼むから、余計なことを言って先生に心配をさせないで」
ヒナは咳払いをした後、優しい笑顔をつくってアコに向けてあげた。
「…アコの言いたいことは、わかってるつもり。アコが心配してくれてるのは素直にありがたい、とは思う」
「委員長…」
「…だからといって、現実的に、大事な線引があるのはわかるでしょう?」
諭すような口ぶりに、アコが憮然とする。
「…それは、まあ」
「先生を頼りにしてるのはもちろんだけど…先生は一人しかいないんだから、生徒の誰かが配慮してあげないといけないし…」
「それが委員長である必要はありませんよね…?」
「負担になりたくないの」
ヒナは疲れたため息をついた。
「…ほら、さっさとマコトと話をつけて仕事に戻ろう。きっと最終的にはこっちの予算が削られる話になるだろうけれど」
アコは渋面を作って、やがて、諦めたように目を伏せた。
「…そうですね。なんなら後で、こちらから先生に借りを作りにいってあげてもいいですしね」
「そうね…先生の仕事を久しぶりに…手伝いに…」
「ええ、きっと泣いて喜びますよ」
「ふふ…そうかな…」
29: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:35:36.55 ID:F26KAdyh0(29/54) AAS
「予算どころじゃない!風紀委員会なんぞ解散だ!解散!」
「はぁ…?」
「…」
マコトはふんぞり返って自席から怒鳴ってきた。
高級感のある木製の机を前にして、ふかふかの椅子に座っている。
机上の猫が呑気ににゃあと鳴いた。
「…理由をお聞かせ願えますか?」
空気が張り詰めている。
アコの声は、気の弱い人間なら竦んでしまうくらい冷え切っていた。
「風紀委員会が解散して困るのはそちらでは?万魔殿だけで問題児たちをどうにかできる算段でもあるのですか?」
「…ふん!ゲヘナに無能はいらん!それだけの話だ!」
フスーっと鼻息を漏らして、苛立たしげにマコトはアコたちを睨んでいる。
負けじとアコが慇懃無礼に睨み返す。
「お言葉ですが、今回の被害のことであればこれでも最小限に抑えた結果です。風紀委員に連絡を受けた時点ですでに多数の建造物が損壊し、制圧時に発生した破壊は被害を拡大しないようやむを得ない処置で」
「違う、違う…誰も建物のことなど話してない。まったく、お前らは血も涙も無いのか?壊れたら作り直せばいい物よりも大切なことがあるだろう?」
「…?人的被害は温泉開発部員と風紀委員を除けば皆無なはずですが」
「バカが!お前らの目は節穴なのか!?」
マコトが握りこぶしで机を力いっぱい叩いて、机の上にいた猫が驚いてマコトの顔を引っ掻いた。
「うああっ、やめろライオンマル…うえっくし!誰か、ライオンマルを丁重にどこかへ連れてってやれ!」
「…」
アコがバカを見る目を隠そうともせずに鼻水をかむマコトを眺めていた。
控えている生徒が持ってきたゴミ箱に丸まったティッシュを放り投げて、マコトはまたアコたちをじろりと睨んだ。
30: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:37:00.87 ID:F26KAdyh0(30/54) AAS
「…人的被害は皆無?そんなわけがないだろう?うちのイブキが、大事な大事な可愛いイブキがお前らのせいで怪我をしたんだぞ!」
「…イブキちゃんは現場付近にいなかったはずですが」
「お前らの戦闘音にビックリして転んで膝を擦りむいたのだ!おお、可哀想にイブキ…」
「…無茶苦茶ですね。何を要求したいのか手短に言ってくれませんか?そちらと違ってこちらは忙しいので」
「くっ、相変わらず生意気な奴らだ…まあいい。それで、イブキの怪我の責任で風紀委員会の解散…と、言いたいところだが、まあ寛大な心で許してやってもいい。その代わり臨時の訓練を実施して、直ちにその仔細を報告書にまとめろ。改善が見られない場合は厳罰に処す」
「…改善?目的は?何のために実施する訓練だと?」
「そんなものはお前らで考えろ」
「はぁぁ?」
「キキキッ!おおそうだ、お前たちの委員長が責任を取ると言うなら何もかも不問にしてやってもいいぞ。なあ、空崎ヒナ!お前の悔しがる顔が見れればこちらの溜飲も下がるというものだ!」
「付き合ってられません!私怨丸出しじゃないですか!?委員長、もう…」
「…わかった」
「委員長!?」
今まで黙り込んでいたヒナが、あっさりと難癖を受け入れるのを見て、マコトが面白そうにニヤリと笑った。
「ふん、今日はやけに聞き分けがいいな。それで、何がわかったというのだ?責任を取るという部分か?どうやって責任を取るのだ。イブキに土下座でもするか?おお、それなら観客を集めて盛大に催しものとして」
31: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:38:24.04 ID:F26KAdyh0(31/54) AAS
銃声が響いた。
アコが轟音に耳をふさいで、控えていた取り巻きの生徒が「ウワーッ」っと叫んで、マコトは椅子から転がり落ちた。
天井に向けていた銃口をおろして、静かになった部屋の中で、ヒナが口を開く。
「訓練の目的は人質を想定した、統制の取れた中規模程度の敵の制圧。数日中に実施して、報告する。それでいい?」
ヒナの鋭い眼光にさらされて、マコトはみっともなく椅子にしがみついていた。ヒナの低い声が続く。
「これ以上を望むのなら、それなりの対処をする」
「ふ、ふん、わかった、わかった!それでいいからあっちへ行けぇっ!」
情けない叫び声を背に、さっさと部屋を出ていくヒナに慌てながらアコが続く。
「委員長!臨時の訓練だなんて、こんな忙しいときに無茶です!」
「訓練内容は半年前に実施したものを流用する。指揮は私が」
「…」
「人員の選定は任せる…はやくイオリを助けに行こう。大丈夫、私が全部なんとかする」
スタスタと前を歩いていくヒナの後ろ姿を、アコは心配そうに見ていた。
「委員長…」
32: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:40:30.31 ID:F26KAdyh0(32/54) AAS
『ヒナ』
「なに、先生」
『逃げた子たちの逃走経路を割り出してるから、しばらく待機してて』
「うん、わかった…ごめんなさい。全員は倒しそびれて」
『十分。ヒナはよくやってくれたよ。あとは、倒した子たちは拘束して…』
「もうやってる」
『さすが。頼りにしてるよ』
「任せて」
通信を切ると、ヒナはアジトにされていた建物から拾い上げた縄やその他諸々を使って、コンクリートの破片まみれになっている不良生徒たちを次々と縛り上げていった。
「ぐぅっ…」
意識が辛うじて残っていた不良生徒の一人が、ヒナに掴まれてうめき声をあげた。
朦朧としているのか、抵抗する力は小さく、ヘイローの姿も不安定だ。
縛り上げて、建物のすぐ外へ放り投げる。のびた数十人がすでに建物の入口ら辺に転がっていた。
「〜♪」
最後の一人を縛り上げて、建物の外へ出ると青空が眩しかった。
不良生徒を放り投げて、腕を上げて伸びをしてから、壁にもたれかかって空を眺めた。
澄んだ海の色だった。先生と見た海を思い出す。
「…ば、化け物が」
うめき声に視線を向けると、先程かすかに意識を残していた生徒が地べたに這いつくばって、頭上にヘイローを現しながらヒナのことを睨んでいた。
33: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:41:51.24 ID:F26KAdyh0(33/54) AAS
「こっちが何人いたと思ってる…?」
「統制の取れてない烏合の衆なら、何人いても同じ」
「…ありえねぇ、ぐぅっ」
地面に転がって呻くのを、ヒナは飽き飽きして眺めた。
「…言っても詮無いことだけれど、あまり面倒事を起こさないで。私も先生も忙しいんだから」
「先生…?ま、まさか、お前、シャーレの…」
「…シャーレの?」
「…シャーレの番犬、空崎ヒナか…!?」
「…番犬?」
「噂になってるぜ…シャーレの先生に手を出したら、ご主人様思いのワンちゃんに噛まれるってなァ…!」
「…番犬。先生の?」
ヒナは言葉を反芻するように目を閉じた。
「…」
悪くなかったようだった。
「何笑ってやがる!番犬ってより狂犬じゃねぇか…!」
「…それだけベラベラ喋られるなら、もう少し有益な情報を吐き出してくれる?」
「ヒィッ!」
「…酷いことはしない。あなたも先生にとっては大事な生徒の一人だから…私は先生ではないけど」
「何でも喋るから許してくれぇ…ぐえぇ!」
「覚えておいて…先生に仇なすものはこの私、シャーレの空崎ヒナが容赦しない、と…」
「ひえぇ〜!」
34: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:43:49.66 ID:F26KAdyh0(34/54) AAS
「先生」
のびた不良を尻目に、通信機を作動させる。しばらくのノイズのあと、先生の心配そうな声が返ってきた。
『…ヒナ?どうしたの?何かあった?』
ヒナが弾んだ声で喋る。
「あのね、えっと…捕まえた奴から他の拠点の情報を訊きだした」
『さすがヒナ、助かる!』
「…うん」
『じゃあ、とても頑張ってくれたヒナには』
「ご褒美をくれる?」
『…ワンパターンかな?』
苦笑して頭をかいてる姿がありありと頭の中に浮かんだ。
「ううん、何度だって嬉しいよ。それなら、先生。時間をちょうだい。今度は、私がいいお店を、見つけたの」
『…そっか、わかった。楽しみにしてる』
「うん」
ヒナはとても幸せそうに微笑んだ。先生の気まずそうな声が続く。
『…他には、ない?』
「…他?」
『だって、ヒナはいつも、本当に頑張ってくれてるから…本当に、四六時中、寝る間も惜しんで…』
「先生の役に少しでも立てるなら、それでいい」
『少しどころじゃないよ…』
先生は情けない声を上げる。
『ヒナに頼ってばかりだ。私は…』
「あなたのそばにいられるだけで、幸せだから、いいの」
35: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:44:41.17 ID:F26KAdyh0(35/54) AAS
『…もっと我儘を言っていい。ヒナはそれだけ頑張ってくれてる。何でも言っていいんだよ』
「…なんでもって?」
『なんでもだよ。ヒナのためなら、キヴォトス征服だろうとなんだろうと、絶対に叶えてみせるから!』
ヒナはおかしそうに、くすくすと笑った。
「本当?」
『本当に』
「それなら…」
『…それなら?何でも言って』
「…なんでも?」
『なんでも』
「…」
『…』
「それなら、これからも一緒にいてくれるって、約束が欲しいな」
『…もちろん、約束するけど…それが、我儘なの?』
「これ以上の我儘なんて無いよ、先生。だってね、私は先生のことが」
36: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:45:43.99 ID:F26KAdyh0(36/54) AAS
ジリリリリ!ジリ
ドゴォン!ガシャーン!カランカラン!
「…はぁっ!はぁっ!」
壁にぶつかって再起不能になった目覚まし時計をしばらく見つめてから、ヒナは呆然と自室を見回した。
「せ、せんせい…?」
夢から醒めて意識がハッキリし始めると、ヒナはポロポロと涙を零した。
ここにいるのは寝不足で疲れてるヒナだけ。
「…ううう」
心がポッキリ折れてシナシナになったヒナは、泣きながら布団にモゾモゾと戻った。
今すぐ寝れば夢の続きが見られるかもしれない…夢の中の私はシャーレに所属していて…先生が私のことをいつも褒めてくれて…仕事は大変だけれど先生と一緒だから楽しくて…。
…すうすうと、寝息を立て始めた。
スマホの通知が、鳴った。
「…」
薄目を開けて、ちょっとの間無視したが、諦めて起き上がると、スマホを手に取った。
先生からの連絡だった。
「…!」
一気に目が覚めて、慌てて、確認する。
『おはよう。最近大変なんだってアコから聞いたよ。たまたま時間が空いたから、今日だけでも手伝えればと思うんだけど、どうかな?』
「…」
ちょっと迷って、返事を送った。
そうやってからしばらくの間、ヒナは先生のことを考えていた。
37: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:47:49.79 ID:F26KAdyh0(37/54) AAS
薄暗い空気の中、学園内はまだ静かに眠っている。
徐々に明るくなり始めてきた空を眺めながら、ヒナが歩いていた。
「…」
思えば今まで朝焼けをまじめに見たことがなかった。
驚くほどに鮮やかで赤く、静かな暗い空気の上で輝いていた。
だから、どうということもないけど。
眠気でぼんやりとした目にしみる。
「…」
建物の前にはすでに先生が待っていた。
「やほ」
「…お、おはよう」
久しぶりなのに、まったく久しぶりでない気がする先生の顔を直視できずに、ヒナは視線をそらした。
38: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:49:03.16 ID:F26KAdyh0(38/54) AAS
「こんな朝早くから、ごめんなさい…」
「ううん、こちらこそ急にごめんね。時間が空くって言ったけど、実は午前中までだけでね…」
胸が締め付けられる。
「たまたま時間が空いたって…無理をして空けてくれたんでしょう?」
「…そんなことないよ」
「アコが、また先生に連絡した?」
「…まあ」
先生はちょっと言葉に詰まってから、苦笑した。
「何でもするから、ヒナ委員長のことを助けてくださいとは言われたけど」
「…何でもって」
「いや、何もさせないよ。本当に。アコはなんか、勝手にヒートアップしてたけど…ヒナが大変なんだったら、多少無理してでも駆けつけるよ」
「…そう」
ヒナが、先生を見上げた。
先生は、優しくヒナを見下ろして楽しそうに笑う。
「朝早くこうして二人でいるのって、なんか良くない?」
「…なんかって?」
「朝焼けが綺麗だし。空気も美味しい」
「…そう?」
「そうだよ、いつもは…っと、時間がないんだった…はやく入ろっか」
「…うん」
先生について歩き、それからヒナは後ろを振り返った。朝焼けが先程と同じようにまぶしかった。
「…」
39: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:51:03.70 ID:F26KAdyh0(39/54) AAS
先生がコーヒードリッパーを操作すると、機械の唸り声が響いた。
ヒナは書類を手にガサガサとまとめていく。
「私にしか判断できないものがほとんどだから、先生には種類に応じて整理してほしくて…今、用意するから、待ってて…」
「うん」
先生がカーテンを引いて、窓をカラカラと開ける。
仄暗いままの部屋に、忙しない鳥の囀りや、遠くの車の音がかすかに聞こえてくる。
ふんわりと外の空気の匂いが流れ込んだ。
部屋に二人だけでいると喉が少し窮屈で、やけに気恥ずかしくなる。
なんだか夢のことを思い起こさせて、妙に緊張してしまう。
書類を手に持っていると、先生が2人分の淹れたてのコーヒーを持ってくるのに気がついた。
「先生、席はここ、使って…」
「ありがとう…はい、ヒナの分。ブラックでよかったよね?」
「う、うん…ありがとう…」
「よーっし、じゃあ頑張ろっか」
「うん…」
各自席に座って、それからは二人して黙々と仕事を続けた。
必要以上の言葉は発さずに、書類を処理していく。
ヒナは先生のことが気になったが、わざわざ来てくれたのにこちらが集中してないのは申し訳ないので、生真面目に机に向かった。
40: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:52:32.55 ID:F26KAdyh0(40/54) AAS
窓の外からちらほらと、登校しだした生徒の声が聞こえ始める。
陽は空に昇っていた。床を照らす光もすっかり明るい。
ヒナが、すぐそこにいる先生を見る。
先生の服はいつもよりもくたびれていて、書類に向かう目を時々しぱしぱとさせながらも、すごく真剣に書類整理を続けていた。
その姿を見ているだけで、ヒナの胸がいっぱいになって、もっと頑張ろうと思った。
あっという間に時間は過ぎていった。
先生がゆっくりと伸びをした。もう昼を回っていて、食堂へ向かう生徒たちの声が聞こえてくる。
何事にも終りは来る。
先生が申し訳無さそうに言った。
「あとちょっとしたら別の用件があって…最後まで手伝えなくてごめんね」
「そんなことない、本当に助かった。先生だって、すごく忙しいはずなのに…」
「ヒナはいつも頑張ってるからね」
先生がヒナの頭をポンポンと叩いて、軽く撫でた。
「あ…」
「それじゃあ、もうそろそろ行くね」
「うっ…えっと…」
「ん?」
「…いや…先生も…仕事、頑張って」
「うん」
41: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:53:44.81 ID:F26KAdyh0(41/54) AAS
部屋を出ていく先生に大した事も言えないまま、ヒナはただ見送ろうとする。
控えめに手を振っていた。先生がドアノブを握る。
「…」
扉に手をかけたまま、先生がピタリと止まった。
「…?」
ヒナが怪訝そうに見るが、そのまま十秒間くらい指一つ動かなかった。
「…」
やっと動いたかと思うと、扉へもたれかかるように前のめり、今度は振り子のように後ろへぐらりとよろめいた。
「…っ!?」
ヒナがとっさに手を伸ばして、背中を支えた。ずしりと両手に重さを感じる。
「先生!?ど、どうしたの!?」
背中に向かって声を張ると、先生は苦々しくうめいて、「ごめん、足がもつれて」とだけ言った。
「足がもつれて…?」
「もう、大丈夫だから…よっと」
ぎこちなくヒナの手から背中が離れて、徐々に体勢を戻していった。
そうして十秒間動かずにいてから、前へ一歩を踏み出す。酔っ払いが頑張っているかのようだった。
やっと扉に手をかけて、息をつくと、
「…ヒナ?」
後ろから腕を掴まれて動けなかった。抵抗する余地が微塵もない程度に力強く、指が肌に食い込んでいた。
42: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:55:38.66 ID:F26KAdyh0(42/54) AAS
「痛い、かなーって…ヒナちゃん…?」
先生の声はもはや弱々しかった。鋭い視線が先生の背中を射抜く。
「先生。どれくらい寝てないの?」
その声色は、とても平坦だった。いろいろなものが押しつぶされて整地されたかのようだった。
先生はつばを飲み込んでから、声を絞り出す。
「…うん、ええと…」
「正直に言って…」
目を泳がせていたが、やがて圧力に耐えきれなくなってボソボソと自白を始めた。
「…3」
「3?」
「日」
「…どうして私のこと手伝ってるの!?」
「はい…」
「休んで!!」
「でも、まだ仕事が」
「先生?」
「ごめんなさい」
「…連絡が必要なら、私がするから!」
「いや、生徒にそんなことはさせられない…」
「先生」
振り返った先生を、腕を掴んだまま扉に押し付けて、真正面から見据える。
先生は、申し訳無さそうな表情でこちらを見ていた。
「…っ」
「ヒナ」
「…とにかく、私につかまって。ソファで悪いけど」
「ちょっと、休むくらいでいいから」
「喋らないで」
「…ごめん」
「ちがっ、だから…もう…!」
「うう…」
「…〜っ」
43: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:57:31.41 ID:F26KAdyh0(43/54) AAS
担ぐようにしてソファまでたどり着くと先生を横たえさせる。
ぐったりとしていた。先生の顔は病人のように血の気が失せていた。
「…」
「…あの、立て続けに他の子のところで、トラブルが起きちゃって…」
「私は、先生に無理をさせてまで手伝ってほしいとは思わない」
「返す言葉もないや。ごめん」
「…前にあんな事を言ったから、私、余計に先生を心配させてる?」
小さくて遠慮がちな声でつぶやいた。
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、ヒナ」
「隈ができてる」
ヒナは悲しそうに言った。それを聞いて、先生が「言い辛いんだけどね…」、と力なくつぶやいた。
「ヒナにも酷い隈があるんだよ」
「…」
「…ごめん。私の身体が2つあればよかったね」
ヒナは、泣きたくなった。
「………ホットタオル、持ってくるから、待ってて。先生」
ヒナは先生の手を大事そうに握りしめてから、立ち上がり、カーテンを閉めて部屋を薄暗くして、静かに扉を開ける。
「…じっとしててね」
「うん、どこにもいかないよ…」
「…」
44: [sage saga] 2024/07/27(土) 21:59:11.60 ID:F26KAdyh0(44/54) AAS
扉をゆっくり閉めると廊下を走って、風紀委員用の生活品がまとめられている部屋へ急いだ。
棚から重なって置いてある清潔なタオルをひっつかみ、側にあった洗面器の中に放り込んだ。
先生のいる部屋にすぐ戻って、ポッドからちょうどいい温度のお湯を張り、タオルを半分それに浸す。
ソファの脇に洗面器を置いて、タオルのお湯に浸った部分で乾いた部分を包んで絞る。
それから丁寧に畳むと、ぐったりと横になっている先生に声をかけてから、目の上にホカホカのタオルをゆっくりのせた。人肌よりも少し高くて心地よい温度で、ヒナの小さな指先が動いて、端を丁寧にのばす。
「…ヒナ、ありがとう」
先生の声はふにゃふにゃしていて、本当に疲れているのだということが伝わってきて辛かった。
「それに、今日は本当にごめんね。助けるつもりが世話になって…先生失格だ…」
「…」
「こうならないように気をつけてたんだけどなぁ…」
先生の弱音にヒナの胸が苦しくなる。
「…」
45: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:00:36.75 ID:F26KAdyh0(45/54) AAS
指先が先生の頬に触れようと動いた。しかし先生が丁度身じろいだところで我に返って、やめた。
疲労のこもった息を吐き出しながら、立ち上がろうとしているのか、ソファの背を確かめるように何度も掴んでいた。
「体調が回復したら、行くね…ずっとここで横になってて、ヒナの邪魔はしたくないし…」
上半身を起こすことができなくて、何回もうめいていた。
「…ちょっとやること済ませたら、ちゃんとしたところで横になるから、心配しないでね」
「…」
「うー…」
このまま何も言わなかったら、本当にどこかへ行ってしまうつもりなのだろうか。
ヒナは怖くなった。
「先生。ここで、安静にしていて」
「でも…」
「…私が言えたことではないけれど、体調管理をまずはしっかりして」
「…仰るとおりです」
「責めたいわけじゃないの…先生がみんなに頼りにされてることは、よく知ってるから」
「はい…」
「…でもね…先生の体が第一で」
「そうだね。ちゃんとわかってるよ」
「…」
物騒な考えがほんの一瞬だけ頭によぎった。
46: [sage saga] 2024/07/27(土) 22:01:55.70 ID:F26KAdyh0(46/54) AAS
『まあ、生徒全般に対して同じ態度なんでしょうけど…そういう意味では、私は先生を信頼しているんですよ』
そうだね、アコ。こういう人なんだよね。
苦しくなった。
先生のことが心配で怖かったし、自分が生徒の一人でしかないのだと、大事に思われているのはわかっていても、身勝手にもそれが怖くなった。
少しだけ恨めしくて、先生に甘えたくなって、気づかれないくらい控えめに髪の毛を一本つまんだ。
「…」
ヒナはそのまま何も言えずに、先生の髪の毛を指先ではさんで黙り込んでいた。
指の腹で無心に髪の毛をこすっている。なんとも言えないが、悪戯をしているようで悪くない気分になってきた。
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