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邪馬台国畿内説 Part751 (1002レス)
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1 ◆n7jxAxKCBhb6
2022/01/13(木)10:45
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27: 1 ◆n7jxAxKCBhb6 [sage] 2022/01/13(木) 10:45:19.48 ◆FAQ 25 Q:九州にあった倭国は大和の日本に取って代わられた! 旧唐書に明らかではないか! A:7世紀或いはそれ以前の史実解明を、日本列島と国交のない10世紀の後晋で書かれた後代史料の新出情報のみに依拠するのは、学問的でない。 旧唐書では倭・日本別国説と倭→日本改名説が両論併記され、中国側の認識の混乱を示す。以下の各項等により、別国説は、壬申乱に由来する訛伝等とみて毫も問題ない。 ・唐代成立が明らかな史料が、みな倭=日本と認識している事実 ・唐会要(倭=日本と認識)にて旧唐書における錯誤の発生過程が時系列的に把握可能 ・突厥伝で同一国異政権を「別種」と表記している事例が確認可能 後晋は僅か10年しか存続しなかった短命国家で、政変の頻発する中、旧唐書は編集責任者が転々とする過酷な環境のもとに編纂され、国家滅亡の直前に漸く完成をみた。 このためか、倭と日本が同一国でありながら伝が重複する不体裁を呈すのみならず、他にも同一人物の伝が幾つも重複するなど、他の史書に例を見ない杜撰が発生している。 ◆FAQ 26 Q:古墳時代にあっても前方後円墳の企画が一律に展開しているわけではない! ヤマトに統一政権があったなど幻想ではないのか! A:日本列島における国家形成は弥生終末から急速に進展し、庄内期のうちにヤマトの王権を頂点とする萌芽期国家の紐帯が醸成されたとみられる。しかし、領邦国家の誕生は未だ遥か先である。 統一政権という語彙に、律令時代をも凌駕する近代的な地域的政治集団をイメージするのは、明らかに間違いである。 遠隔地同士の盟主的首長が、擬制的兄弟或いは親子的結縁で主に通商ルートに沿ってネットワークを構築し、網の目が列島の過半を覆った時点でも、それら点と線の合間には各個の盟主的首長には各地各個の敵対者もいるであろうし、中立的に距離を保つ者もいるのは当然である。 さらには、このネットワークの構成要素たる個別的関係が、世代を超えない当代首長単独相対の不安定な関係であったと考えられる。 なぜなら、被葬者の遺伝的形質から推定される当時の親族構造から言って、血縁的相続関係が各地首長権の安定的継承を保証し得ていないからである。 ゆえにこそ、首長権の継承を決定づける古墳の墳頂祭祀において、そのステージの造作や儀式の所作で、首長権の継承を保証する従属者の奉事根元声明(誄)とともに、上位者や盟友に関する外交関係の継続も宣言されたのであったと考えられる。 古墳の定型化はこういった政治的諸関係の公示を含む組織化・規格化にほかなるまい。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/1642037432/27
九州にあった倭国は大和の日本に取って代わられた! 旧唐書に明らかではないか! 7世紀或いはそれ以前の史実解明を日本列島と国交のない10世紀の後晋で書かれた後代史料の新出情報のみに依拠するのは学問的でない 旧唐書では倭日本別国説と倭日本改名説が両論併記され中国側の認識の混乱を示す以下の各項等により別国説は壬申乱に由来する伝等とみても問題ない 唐代成立が明らかな史料がみな倭日本と認識している事実 唐会要倭日本と認識にて旧唐書における錯誤の発生過程が時系列的に把握可能 突伝で同一国異政権を別種と表記している事例が確認可能 後晋は僅か10年しか存続しなかった短命国家で政変の頻発する中旧唐書は編集責任者が転とする過酷な環境のもとに編纂され国家滅亡の直前に漸く完成をみた このためか倭と日本が同一国でありながら伝が重複する不体裁を呈すのみならず他にも同一人物の伝が幾つも重複するなど他の史書に例を見ない杜撰が発生している 古墳時代にあっても前方後円墳の企画が一律に展開しているわけではない! ヤマトに統一政権があったなど幻想ではないのか! 日本列島における国家形成は弥生終末から急速に進展し庄内期のうちにヤマトの王権を頂点とする萌芽期国家の紐帯が醸成されたとみられるしかし領邦国家の誕生は未だ遥か先である 統一政権という語に律令時代をも凌駕する近代的な地域的政治集団をイメージするのは明らかに間違いである 遠隔地同士の盟主的首長が擬制的兄弟或いは親子的結縁で主に通商ルートに沿ってネットワークを構築し網の目が列島の過半を覆った時点でもそれら点と線の合間には各個の盟主的首長には各地各個の敵対者もいるであろうし中立的に距離を保つ者もいるのは当然である さらにはこのネットワークの構成要素たる個別的関係が世代を超えない当代首長単独相対の不安定な関係であったと考えられる なぜなら被葬者の遺伝的形質から推定される当時の親族構造から言って血縁的相続関係が各地首長権の安定的継承を保証し得ていないからである ゆえにこそ首長権の継承を決定づける古墳の墳頂祭においてそのステージの造作や儀式の所作で首長権の継承を保証する従属者の奉事根元声明とともに上位者や盟友に関する外交関係の継続も宣言されたのであったと考えられる 古墳の定型化はこういった政治的諸関係の公示を含む組織化規格化にほかなるまい
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