[過去ログ] 【工作員出禁】日航ジャンボ機墜落事件 178【JAL123便】 (1002レス)
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(1): 08/13(水)21:17 ID:egoUQNRj(7/12) AAS
元日航社員の告発
2chスレ:archives

元日航社員です。1985年当時は航務での勤務で、係る事態をよく記憶しています。

  当日のあの時間帯は123便の出発後、次に出る札幌523便のRC(ランプコーディネーター)から急遽、可搬(トランシーバー)で少々ディレイとの連絡がありました。KT(旅客課)がG/Show(予約無しや後便からの変更客)を取るためチェックインをリオープンしましたが、747SRのバランス許容は13人のため、W&B(ウエイトバランス)が変わると考えて、ジャルダックス(コンピューター)のカラー画面を注意していました。この日はこれの調子が悪く、都合なら手書きもあるかと準備していました。

523出発後、突然の管制からの連絡で「123が帰って来る」とのこと。スピーカーに音を出して担当が123をC/R(カンパニーラジオ)で呼ぶと、暫くして繋がりました。交信レコーダーの状態を確認して、念のため個人で持っていた英会話用のパールコーダーもオンにしました。

123からは「ポジションレポート(現在位置通報)。今しがた何かとコリジョン(衝突)した。羽田に帰る。」旨の報告がありました。私達は最初に鳥と当たったと受け取りましたが、その後の管制と123の交信モニターやC/Rで交信するうちに、危険飛来物が直撃したと分かりました。123は駿河湾の上では3000FT(900m)ほどに降りていました。
省5
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(1): 08/13(水)21:18 ID:egoUQNRj(8/12) AAS
元日航社員の告発 2
2chスレ:archives

元日本航空社員です。事件後に広報部(BRZ)と秘書部(BSZ)に所属しました。
今回この場で8119号機固有の特性について、また藤原レポートで報告されていることに関連して、当時社内で機密とされた墜落の前提になる事がありますので、知る限りにおいて記述したいと思います。 「姓名」アドレスを拝借します。
(ワタナベ様へ: 貴殿読述中の「中溪(元エアドゥ社長)」は、日航での最終職責はジャルインフォテックで、「ナカタニ」と呼びます。因みに、以下の文は独立した動画ファイルとして一本立てて頂いても、結構です。)

  本墜落事件については、当初米軍の仕業と思わされていた日航の経営トップさえ後から知ることになった重大事実があります。「それは自衛隊が全日空機との雫石空中衝突の後においてもなお、関係の深い日航に絞って継続していた仮想敵訓練において、一部の日航社員が訓練に日常的に協力していた果てに発生した事件」ということです。

具体的には、80年代に入りこの手の訓練が再開し、万が一失敗した際に言わば保険的に原因のすり替えに使えるとして、選んで毎回使用されていた機材が事故歴のある8119号機でした。そしてこれについてはそれを日航社内で秘密裏に予定調整していた者がいました。実施される時には機長もこの事を知っている必要があり、本件において海上自衛隊出身の当該便機長にも大きな嫌疑があります。
省1
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(1): 08/13(水)21:18 ID:egoUQNRj(9/12) AAS
更に日航に不都合なことは、実はこれより以前に全747SRには事件前にボーイング社から隔壁の点検を通常のLRよりも頻度を上げて行うように、わざわざ指示が出ていました。その忠実な履行を強く主張する社員(藤原氏)もいましたが、技術部はコストの面からそれを無視してこれを行わず、行ったことにして虚偽の処理をしていたのです。これが実際に必要かどうかはさておき、こういう場合はメーカーに忠実に従うことが原則です。まして事故修理歴のある8119なら尚更です。ここに、もう一つの日航の弱みがあったのです。

  しかし、隔壁破壊説に乗っても、事件が起きたからには、日航は無傷では済みません。当局の行う見せかけの調査では「点検を行ったが見落とした」「そもそも点検を怠たった」のどちらかに焦点が当たる(当てる)ことになり、たとえ偽原因の筋書きであっても“業務上過失致死傷罪”となるのは免れません。ましてや点検をやっていなかったことが表に出る後者の方なら「怠らなければ不具合は見つかったはずで、事故は起きなかった可能性が高い」と推定されて(蓋然性から当局もそうせざるを得ない)、“重過失”で以って責任と非難がずっと重くなりますから、会社の選択は当然一番軽い前者になりました。

  但し、隔壁破壊説に乗るにはこれだけでは足りず、根本的な原因を作出した者が必要となります。幾ら「しりもち事故」を起こしたのは日航であっても、その後の対応すなわち修理において不完全な事を行った者を仕立てなければなりませんでした。修理後7年しか経っておらず経年劣化だけでは事が成り立たたないので、どうしても最初に修理を行ったボーイングを、落ち度も無いのに引き込まざるを得なかったのです。最終的に、日航は上記二つの問題が絡み合う中で「隔壁の点検を行ったが脆弱性を見落とした」のみに罪を留めて、製造者であり修理者であるボーイングにより大きな修理ミスの責任があったこととして、その大部分を被ってもらいました。無論、ボーイングは補償金の類は一切払っていません。

( 結果、日本政府そのものがボーイングと米国政府に大きな借りをつくりました。これが、プラザ合意から円高バブルと時期的に重なり、崩壊そして日本売りと呼ばれるものです。その後借りを返すことは盛んに行ったものの、特段、陰謀があったとは思いません )

  結果として、日航はこの自衛隊訓練にて社内に協力者(共犯者)がいた件を完全に隠蔽し、隔壁点検を怠っていたという件を隠蔽して、関与度合いと責任と非難を最小限にとどめたのです。自衛隊は模擬ミサイル衝突を隠蔽、追尾撃墜も隠蔽、現場破壊も隠蔽、救助不作為を隠蔽しました。そして自衛隊と政府並びに首相は事実から完全に隠れて、最大の危機をかわすことができたわけです。ついては、誰も起訴さえされることなく、刑事責任を取りませんでした。
省7
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(1): 08/13(水)21:19 ID:egoUQNRj(10/12) AAS
元日航社員の告発 3
2chスレ:archives

元日航で羽田にいた整備士です。 (姓名ネームを経由して送ります)

ブラックボックスが回収された3日後、最初に異常を知って初動した関係者と、早くして墜落現場に入った整備部門(羽整や原動機)の関係者が機装ビルに集められて、真正のCVRとFDR、管制交信記録、C/R交信記録の突き合わせと、実際にその場で見聞きした状況について情報を統合しました。この時の会議の報告書は音声、媒体、写真、発言とともに、マスターはDJZ整本部長(常務の十時さん)の処で保管された筈です。業連も出ました。各部署で持ちより、引き続き検証の為それらを複写して持ち帰ったので、過去に起きた事故同様に直接関係部門には再コピーが結構ありました。当初、日航としては特に原因を隠す必要がなかったからです。それが「事故原因は隔壁云々」の話が出てくるや、急に緘口令に変わっていきました。

吉備様、
当時日本航空に籍をおいた関係者の一人として、改めてお詫び申し上げます。
もし真正をお聴きになれないような状況になりましたら、小生、責任をもって吉備さんに聴いて頂けるような機会を設けます。内容自体、お考えに沿ったものと思います。
省2
11
(1): 08/13(水)21:20 ID:egoUQNRj(11/12) AAS
元日航社員の告発 4
2chスレ:archives
当時、日航社員です。国内予約TYORJでした。日航田町ビルに移った翌年と記憶します。     (姓名のアドレスを拝借します)

 当日S2シフトで、18時27分頃、一般予約番号に埼玉に在住の方から電話が入りました。最初GS(電話予約担当者)が通常のACD(米ROLM社製自動入呼分配器)経由で受けて、転送されました。再度伺うと、焦った調子で「今、エアバンドを聴いていたら、日航123便がオレンジのミサイルとぶつかったと言っている」という内容でした。聞いた途端はまた悪戯かと思いましたが、名前も住所も電話番号も極めて真面目に答えて頂き、一度電話を切りコールバックしたらすぐ継ながったので本物と考え、電話を切りました。当時の予約コンピューターはジャルコムⅢでPD(出発後情報)は反映されませんが、123のVIL(インベントリー)を確認するとYはリリース時に若干オーバーブックで満席でした。その後は決められた手続きと連絡系統に従い処理しました。爆弾予告電話と同じです。社内への第一報はこれが一番早かったと思いますが、会社の表ての記録には残っていません。

後日、その方のお宅へお礼に伺い、背高のアンテナや各種並んだ無線機も見せて頂きました。会社はミサイル原因を伏せていましたので、傍受内容を他言しないようにお願いする指示も受けていました。事前に伝授された電波法59条と109条(無線傍受の内容を他言してはならない)を説明に使い、「せっかく弊社の為に連絡を頂いたのに、法律違反で迷惑が掛かっては申し訳ない」との論調でお願いしましたが、詭弁であり緊急事態は例外になることは解っておりました。各々管制との録音を聞かせて頂きテープを受領しましたが、録音には交信のやり取りで他のデータには無い最初の部分が入っています。

隔壁説が出てきた頃に、その方から電話がかかってきて、新聞やニュースが言っているのはおかしいのではと話されましたが、その時は「私達は事故調査には何も言えない立場でして、伺った話は伝えているのですが」とお茶を濁しました。業務上ミサイルという事実を知っておく必要がある人向けの米軍説は、自衛隊と知るこの方には使えませんでした。当時は法務のSさんと「事情を察して了解して貰えると助かる」と会話していましたが、今では何とも弁解のしようがありません。
追伸、
省2
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