[過去ログ] ´ω`)ノ こんぬづわ10 (1002レス)
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889: 読書 and 読書 2017/09/10(日)19:10 ID:wG/uDQNp0(1/3) AAS
C■~ *沖浦和光「瀬戸内の民族誌 -海民史の深層をたずねて-」(岩波新書 1998年)

☆たまに海外を題材にしたバラエティ番組で「世界唯一の海洋民族」とか「一生を船で暮らす民族」とかを謳って東南アジアに暮らす人たちにスポットを当てたのが放送されるが、この日本にもわずか数十年前に瀬戸内海にそういった人達がいたなんて事はもちろん知りませんでした。こういった番組内で「日本にも居ましたよ」的な内容にすれば深みが出ると思うんだが、視聴者はそういうのは要求していないんだな、と。
 もう一点、本書で印象に残ったのは「おちょろ船」。おちょろ船は港に停泊している船に遊女を配ってまわる船で、1958年の売春防止法によって遊女史から姿を消した。こういうのってホント歴史に残らんのよねえ、残念。

p72-74 農本主義と「百姓」、律令制における海民
 中国の律令制は、荀子から韓非子に連なる農本主義的統治論を思想的骨格としていた。農業だけを生産力の中心とみなし、「農民」を公民=良民とみなした。『漢書』に「鉏(すき)・鉤(かま)・田器を持する者は皆良民たり」(巻八十九)とあり、唐時代の律令残簡には「商・工・医・巫」が良民とは異なる卑賎の身分として例示されていた。(沖浦編『日本文化の源流を探る』)
 それを祖型とした日本の律令制も、米作農耕を中心とした農本主義的政策を色濃く打ち出していた。それにつれて有姓の臣民全体を意味した「百姓」が、しだいに農民と同義語として用いられるようになっていった。国家の基幹産業である農耕に従事する者だけが公民であり、彼らこそ天子に仕える百姓であるという観念が、しだいに一般化していったのだ。
 民族儀礼においても、稲霊信仰が祭事の中心となり、新天皇がその年の新穀を献じてアマテラス及び天神地祇を祀る大嘗祭が国家最大の神事となった。暦の記述も農耕儀礼が基軸となり、〈山の神〉や〈海の神〉を祀る山民や海民の民俗儀礼はマイナーなものとされた。
 
 律令の身分制では、「船頭・水夫」や「漁師」というカテゴリーは存在しない。それは職業であって、身分ではない。したがって厳密に言えば、公民=良民である「百姓」とするか、それとも奴婢に準ずる者とみなして賤民とするか、あるいはその両者の間のどっちつかずの「間人(もうど)」とするか、そのいずれかである。朝廷にとっても「海民」はいずれの身分とも決めにくい境界に位置するヒト、すなわちマージナル・マンだったのではないか。
省4
890: 読書 2017/09/10(日)19:14 ID:wG/uDQNp0(2/3) AAS
C■~ *内田樹「街場の中国論」(ミシマ社 2007年)

☆いつも通りの安心・安定の内田節であります。

p23  中国政府のガバナンスの低下
(中国は反日デモを)ほんとうはコントロールできていないのだけれど、正直にそう言ってしまうと中国政府のガバナンスに対する国内国外からの信頼が下落する。ですから無理して、「コントロールできている」と言い張る。すると、「じゃあ、政府が後押しをして官製デモをやらせているのか」と言われてしまう。これは苦しいです。でも、中国政府としては「政府は国民を統治できていない」と言われるよりは「政府は反日的である」と思われるほうがまだましなわけです。

p42-43 歴史から消された中国人
 米・大陸横断鉄道の敷設。枕木一本につき中国人一人が死んでいると言われるくらいに、劣悪な環境で働かされたが、ハリウッド映画で見たことがない。

 開拓時代のアメリカには何千人もの中国人カウボーイがいた。カウボーイは当時、人種障壁のない数少ない職業でしたから、黒人もインディアンも日本人もカウボーイになれた。でも、西部劇映画に彼らの姿が映ることはありません。これも、一種の歴史の歪曲ですね。
省10
891: 読書 2017/09/10(日)19:20 ID:wG/uDQNp0(3/3) AAS
p97-98
 周恩来が戦争賠償請求権を放棄したのは「長者の風」を示すためです。文化的・道徳的にどちらが「上」かをショウ・オフするために「長幼の序」を演じてみせた。対等の外交関係というのは、「そうはゆかない。韓国には賠償金を払っているんだ。韓国には払って、中国には払わないというんじゃ、ことの筋目が通らない」と断固として譲らないということでしょう。でも、日中共同声明が出た当時の日本の政治家たちも、メディアも、誰もそんなことは主張しなかった。自分たちが中国から取れる側にいるときにはきっちり賠償金を取っておきながら、取られる側になると「チャラ」にしてもらって「あ、どうも」ですませていられるというのは、僕たち現代日本人の中にもやっぱり、「王化」戦略になじんできた祖先の血が流れているということじゃないかと僕は思います。
 現に今、日本はアメリカを中華として、日本を夷とする別の華夷秩序の中にいるわけじゃないですか。「安保ただ乗り論」というのは、「王」を太平洋の向こう側に移し替えて、華夷秩序における辺土のポジションを東西入れ替えただけとも言える。僕たちは意識していませんけれど、やっていることはまったく同じでしょう。

p103 「述べて作らず」
 ご存知でしょうけれど、孔子の教えは周の伝説的な名君である周公旦の徳治を回顧するものでした。昔はこんな偉い人が素晴らしい政治を行っていた。それが今はすっかり堕落してしまったという話形で、理想を過去に求めた。これについては白川静先生が書いていますけれど、実は孔子の時代に周公の治績について魯の国にはもうほとんど知る人もなかった。断片的なエピソードが口承されているだけであった。孔子はそれを再構成して、過去に理想的な治世があったという「物語」を作り上げたわけです。そして、その存在しない政治的伝統の、自分は継承者であるという立ち位置を選んだ。
 ですから、孔子の政治哲学はすべて、「これは私のオリジナルではなく、いにしえの聖賢の教えである」というかたちで述べられている。私は「創始者ではなく、祖述者にすぎない」というのが、「述べて作らず」ということです。白川先生はここに孔子の天才性はあると言っています。
 教えを実効的なものにする最善の方法は、自らを教えの起源ではなく、教えを継承した者という位置に身を置く。「これは私の創見ではなく、古代の聖賢が述べたことである」として語り伝えてゆく。

p157 「革命」の革命性
 「革命」と「クーデター」と「反乱」は政治学的には定義が違うんですよ。この機会に覚えておきましょう。「クーデター」は政権内部での権力闘争のことです。「反乱」は突発的に起きてしまうので、現政体を打倒したあとに、どのような社会を構築するのかのヴィジョンを持っていません。それに対して、革命は政体の根本的な変換であり、かつそれを領導する原理の下地が描かれている。革命の担い手たちは自分たちがどのような体制を実現するために戦っているのかを知っている。ラディカルな体制変革でありながら、来るべき世界についての明確なヴィジョンがある。この相反する条件を同時に満たすものだけが、「革命」と言われます。根源的な変化でありながら変化の着地点が予見されているというねじれた性格こそが、実は「革命」概念の「革命」的なところであったのです。
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