何も無いロレンシア (83レス)
何も無いロレンシア http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/
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19: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:39:56.02 ID:zJUkddjZ0 ※ ※ ※ 「一度だけ、警告しよう」 営門を出てしばらく歩き、人気が無い街道でのこと。 俺以外に誰もいない。 誰の気配も感じない。 ただ確信はあった。 正体は不明。目的もわからない。だが――仕掛けてくるのなら、今だろうと。 「姿を見せないのなら、敵と見なす」 風が吹いた。木々がざわめく。木陰の位置が代わり、陰と陽が目まぐるしく浸食し合う。 そして――振り返ると、何の脈絡も無く一人の男がたたずんでいた。 「おお、これは怖い怖い」 何一つ怖がった様子も無く、サラリと男はうそぶく。 狐のような男だった。年齢は三十にも四十にも見えるかと思うと、瞬きした次の瞬間には二十ぐらいに見える。背丈は一八〇ほどで、ほっそりとした体つきだ。長い金の前髪が、人を小馬鹿にしたような細い目を隠したり隠さなかったりしている。 白い服を何重にも身に纏い、内側の服は体のラインに沿ったもので、一番外側の服は外套にもマントにも見えた。儀式の前の神官を連想するが、どの宗派なのか見当がつかない。 獲物は身につけてない。手を見てもその拳は小さく、拳ダコも無い。手の皮も薄く、豆が一つも見当たらない。薄い体もあいまって、見た目からは何一つ強さを感じ取れなかった。 だがコイツだ。 「盗賊団を壊滅させた森で、俺を見ていたのはオマエだな」 狐目の男は頬を釣り上げることで返事をした。 「初めまして“何も無い”ロレンシア。私の名はシモン・マクナイト。以後お見知りおきを」 いったい如何なる技を使ったのか、こうして二度も接近され、さらに目の前で対峙しているのにわからない。 隠形の業なら俺も少しはできるが、コイツのはレベルが違うのではなく種類が違うように思える。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/19
20: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:40:39.15 ID:zJUkddjZ0 ――もしかするとすると魔法か? 魔に心を呑まれたモノだけが起こせる超常の力。それが魔法。 魔法を扱える者と会ったことはこれまで三度しかない。それほど魔に心を呑まれたモノはマレで、さらに生き延びられる者は限られるからだ。 というのも、魔に心を呑まれた時点で例外無く異端であり、その瞬間全ての人間の敵となる。魔に心を呑まれたモノが同じ村の住民で、親戚であっても容赦などしない。 魔に心を呑まれたモノはもはや人間ではないという教えがどこにでもあり、実際下手に情けをかけて見逃そうものなら、何百何千という犠牲者が出ることになる。 力はあるが極めて不安定な初期の状態では、何十という人間から一斉に投げられる石やタイマツは大きな脅威だ。たいていの場合はここで死ぬ。なんとか最初の修羅場を潜り抜けても、次は“中央教会”を筆頭とした宗教勢力から、次々と討伐部隊が送られてくることとなる。 果たしてこの世界に魔法を扱えるモノは何人いるのだろうか。大融落(グレイブフォール)の頃は何百何千といたらしいが、今となっては十人足らずかもしれないし、百を超えることはまずないだろう。 「魔法のような、穢らわしいモノではありませんよ」 「……そうみたいだな」 考えが顔に出たのか、シモンは俺の無知を嘲笑いながら否定した。おそらく嘘はついていない。 俺は魔法を三度見る機会があった。これはベテランの聖騎士と同じかそれ以上の経験だろう。 魔法の共通点は、おぞましさと唯一無二であること。 魔法とは、内面の心が外界に干渉して起こす超常の力。それには異常なまでに歪んだ心、すなわち魔に呑まれた心が必要となる。そして人の心の歪み様は千差万別であり、そこから引き起こされる力はおぞましく、そして唯一無二なものとなる。 コイツに接近されたのはこれで二回目だが、どちらも皮膚の下を虫が這いまわるような感触は起きなかった。魔法ではない。 では何なのか? 気にはなったが素直に答えてもらえるはずもないので、取りあえず置いておくとしよう。 「それで、俺に一体何の用だ」 “何も無い”俺に積極的に関わろうする者の理由なんて、二つしかない。俺の首に用件があるか、もしくは―― 「依頼ですよ。悪名高い“何も無い”ロレンシアに、ぜひ引き受けていただきたい仕事があるのです。その話をしようにも、貴方は仕事の最中であったため、終わるのを待っていたのです」 「……最初に言っておくが、俺は――」 「ええ、存じておりますよ。貴方は金銭に興味が無く、引き受ける仕事の条件は強く興味が惹かれるか、あるいは――クク、フハハハハハ」」 シモンはここで堪え切れずに、いや堪え切れなかったフリをして、最初は小さく、だがついには身を折って笑い始めた。 「ヒヒ、人助け! そう、今回のような人助けでなければ引き受けてはくれないのでしたね!」 「様子を見るに、人助けではなさそうだな」 「いえいえ! 引き受けてくだされば、私がたいへん助かりますので!!」 「興味もわきそうにないな」 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/20
21: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:41:13.76 ID:zJUkddjZ0 この男の技に興味はあったが、それ以上に関わると面倒になると思い背を向けようとした時だった。 背を向けていたので推測だが、きっとシモンは会心の笑みを浮かべていたことだろう。 それほど絶妙なタイミングで、シモンは俺の興味を十分に惹く言葉を吐いた。 「貴方と同等の実力者を、既に四名集めました」 「……正気か?」 俺と同等の実力者となると、一つの国に数名、世界中を数えれば百人ほどか。 その中で国や組織に所属しない輩はけっこう多いので、金さえ積めば集めるのは不可能ではない。 問題は集めた後の事だ。 そうだから強くなれたのか、強くなっていくうちにそうなっていくのか。それは人によりけりだが、俺と同等の実力者ともなれば、まずマトモな人間は存在しない。 一人なら、まあよほどクセの強い奴を雇わない限り大丈夫だろう。 二人でも、その二人の相性が悪くなければ、まあなんとかなるかもしれない。 だがそれ以上は――ましてや四人、さらに俺も加えて五人となり一ヶ所に集まってしまえばどうなるか。 まず間違いなく惨劇が起きる。依頼を達成する前に、依頼人の命が散ってしまう。 一ヶ所に集めなくとも、そもそも細心の注意をもって俺たちは扱うべき存在だ。一人でも頭を悩ます存在を、離れた所から別々に扱おうとすれば管理しきれず、まったく予期しない事件に発展することは容易に想像できる。 本気であるかどうか以前に、正気であるかを疑わざるをえない。 「いえいえ、仰りたい意味はわかります。貴方一人ですらもろ刃の剣なのに、さらに四人など! ご安心ください。貴方たちを制御する気も、互いに連携させる気もはなからございません」 手を振って否定するその姿はいちいち大げさで、不快感で相手を振り回して自分のペースへ引きずり込むのがこの男のやり口なのだろうかと、薄ぼんやりと考える。 はて、不快感を最後に抱いたのはいつだっただろうか。 「だったらどうする?」 窓が一つだけの、諦観と汚臭に満ち満ちた大部屋をなんとなく思い出しながら問い質す。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/21
22: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:41:58.56 ID:zJUkddjZ0 「金額は十億。これを一ヶ月以内に標的を殺せた者に差し上げます。方法は問いませんし、情報は提供しますが指示は何も出しません。失敗しても真剣に取り組んだ結果であれば、一億を差し上げましょう」 「……ああ、なるほど。しかし十億だと?」 確かにこの方法ならば標的の付近で惨劇はおきるだろうが、依頼人の命は守られる。現場が混沌となり、混乱に乗じて標的が逃げおおせる可能性もあるが。 それにしても十億とは。金銭に興味が無い俺だが、実力に見合った報酬をもらったことは何度かある。十億というのは、俺がもらった報酬の中で最も高い金額の十倍以上だ。一生遊んで暮らせる。 「……俺と同等の実力者を既に四人集めたネットワークに加え金もあるようだが、なぜその標的とやらを自分たちでやらない? オマエは……オマエたちは何者だ?」 自前の戦力が無いとは思えない。自前の戦力だけでは足りないから外部から補強するにしても、俺たちのような危険人物を五人も集め、挙げ句の果てに指示も出さずに制御しないとは何事か。 金と手間をかけたうえで、不確実で危険な方法を取る理由とは。 「おや? お教えしなければ引き受けてはいただけませんか? これだけ興味を惹かれているのに?」 「素性を明かさない依頼人など……まあ俺に依頼を持ってくる奴には間々いるから、いいとしよう」 ここで問うても煙に巻かれるか、あからさまな嘘を言われるだけだ。依頼を進めていくうちに真相は段々とわかってくるはずだ。ここは後の楽しみにさせてもらおう。 「で、さすがに標的は教えてもらえるんだろうな。金鵄の国の宰相か? それとも“チャイルドレディ”? はたまた“最強を許された者”か?」 俺と同等の実力者を集めなければならない標的として、パッと思い浮かんだ重要人物と危険人物をあげる。どれも十億ですめば安すぎる大物たち。 しかしシモンの答えは、予想の斜め上を行くものだった。 「貴方たちには一人の女性……そうですね、まだ少女と言ってもいいでしょう。彼女を殺していただきたいのです。名はマリア・アッシュベリー」 「……聞かない名だな。どこのどなた様で、何をやらかした?」 「何も」 「何も?」 国の重鎮や大富豪、あるいは凶悪な犯罪者を想定していただけにその返答は拍子抜けで――より一層、興味を引き立たせるものだった。 「年齢は二十歳。誰かを殺したり傷つけたりなど“まだ”なく、誰に憎まれることも無い少女です」 「それなのに十億の額をかけられ、凶悪な実力者五人に命を狙われると?」 「ええ、なんとも不運な少女です」 命を狙わせておきながらわざらとらしく、そして何とも軽くシモンは嘆いてみせる。 しかし“まだ”とは、何とも意味深な表現だ。 「それで、引き受けて頂けますか?」 「……既に引き受けた、四人の名を教えてもらえるか」 「それは引き受けて頂いてからならば」 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/22
23: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:42:39.36 ID:zJUkddjZ0 ため息を一つつく。 ほんの数日前に引き続き、また重要な選択肢を迫られた。 依頼自体には強く興味を惹かれたが、何をしたわけでもない――もっとも、シモンの口ぶりからするとこれからしでかすかもしれないが――少女を[ピーーー]つもりにはなれなかった。 しかしこの話に関わるには、依頼を引き受けなければならないだろう。 「前金はあるか?」 「お望みでしたら三千万用意しますが」 「いや、結構」 前金が無いのなら、途中で依頼を破棄しようがある。まあ情報を提供してもらいながらという面が残るが、正体も明かさず前金を渡さない奴が相手なら構わないだろう。 「その依頼、引き受けさせてもらう」 「おお、ありがとうございます!」 シモンは狐のような目をいっそう細め、女からすれば柔らかで甘い笑みを、しかし男と男についてよく知っている女からすれば胡散臭くて仕方のない笑みを浮かべる。 「ではお教えしましょう。彼女が潜む場所――っとと、その前に貴方の同僚の紹介でしたね」 同僚ではなく競争相手ではないかと思ったが、そんなことわかった上でシモンは言っているので流す。 それよりも、こんな奇妙な依頼を受けた愚かなくせに狡猾な、危険人物たちの名が重要だ。 シモンは王に託宣を告げる神官のように、厳かに一礼してみせる。そして託宣とは往々にして、教会にとって一方的で有利なモノだ。 「“沸血”のシャルケ」 「“かぐわしき残滓”イヴ」 「“深緑”のアーソン」 「“血まみれの暴虐”フィアンマ」 「そして――“何も無い”ロレンシア」 シモンは上体を起こし、悦に入った顔で両手を高々と掲げる。神の遣いであるという謙虚さを失い自らが神であると錯覚した、涜神者以上の冒涜的な姿がそこにあった。 「無垢なる少女、マリア・アッシュベリーを殺しなさい」 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/23
24: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:43:50.50 ID:zJUkddjZ0 〜第一章 五つの贄〜 狐目の男、シモン・マクナイトから依頼を受けてから三日が経つ。 標的の女、マリア・アッシュベリーが潜むと教えられた山にたどり着いた。 マリア殺害を引き受けたのは俺を含めて五人。 “沸血”のシャルケ。 “かぐわしき残滓”イヴ。 “深緑”のアーソン。 “血まみれの暴虐”フィアンマ。 どいつも一度ならず耳にしたことがある実力者だ。そのうえ性質の悪いことに“沸血”のシャルケこそ武名で名高いが、他の三人、特に“深緑”のアーソンと“血まみれの暴虐”フィアンマは武名より悪名の方が遥かに上回る。 もっとも、二人とも悪名について“何も無い”ロレンシアにとやかく言われたくはないだろうが。 五人の中で依頼を引き受けたのは俺が最後だが、引き受けた場所の関係で出遅れてはいないとシモンが言っていた。ひょっとすると貴方が一番乗りかもしれないとも。 これから踏み入ることとなる山を見上げる。標高はさほど高くない。千メートルほどだろうか。だが―― 「ここに女が……それも一人でいるのか」 標的は一人で仲間がおらず、この山に入って一週間以上が経つらしい。何か目的があるのかと尋ねたが、シモンは何も無いと答えた。 一人で住むには山は過酷な環境だ。ましてや女一人など。しかも標的の女は、誰も人を傷つけたことが無いような奴だ。シモンは何も無いと言ったが、よほどの理由が無い限り、そんな無謀なことはしでかさないだろう。 「人目を避ける理由がある、か」 理由ありなのは当然か。でなければ正体不明の連中が、凄腕の刺客を五人も送ったりはしない。いったいどんな女なのだろう。 「俺が一番乗りだといいが」 そうでないと、せっかく興味がわいた女の顔すら拝めずに終わる。何せ―― 「……ッ」 大気に振動が奔る。山の中腹辺りで木が倒れ、土煙が起きるのが目に入った。ここからではどう急いでも十分はかかるだろう。 離れていても伝わってくる圧倒的な闘気。戦いは今始まったばかりなのに木が倒れたというのは、初撃から全力をかけたか――あるいは木を倒すほどの威力が、様子見にすぎないということ。そしてこの闘気から考えるに、明らかに後者だ。 もしこの一撃をただの女が受ければ―― 「原型が残る死に方だといいが」 望みが薄いことを悟りつつ俺は駆け出し――予想とはまるで違う結末を目の当たりにすることとなった。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/24
25: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:44:40.77 ID:zJUkddjZ0 ※ ※ ※ そこにたどり着いた時、土煙は未だに舞っているが戦闘の音は無く、パラパラと破片が零れ落ちる音がするだけだった。戦いは終わりこそしたが、終わって間もないことが見て取れる。 山の中でも緑が少なく、比較的平らで赤土な所だ。滑る足元をゆっくりと踏みしめながら、頬に熱気を感じる。 地面を見れば赤土であるにも関わらず踏込の跡がはっきりと、いくつも残っている。強力な踏込から繰り出される速さと威力のほどは、零れ落ちる音の方を見れば用意に想像できた。人の背丈ほどはあっただろう岩が砕け、その断面からポロポロと砂のように岩であったものが流れている。他にも目をやれば、倒れた木や大きく穴の開いた岩壁が次々と見られる。一対一ではなく、戦争でもあったかのような荒れようだ。 「……素手か」 破壊の痕を見るに、どれも素手の所業。そしてつい先ほどまで戦闘があったとはいえ、屋外の、それも風が吹きすさぶ山中なのに残っている熱気。これらに遠くからでも関わらず感じ取れた圧倒的な闘気を加えて考えると、シモンからの前情報が無くとも誰であったかわかるほど絞られる。 「“沸血”のシャルケか」 北方の森に出現した、体高三メートルを超す銀目の大鹿を退治したことで一躍名を上げた格闘家。特異な呼吸法を行うことで体内の熱を上昇させ、その熱を力に人外の破壊力と速さを誇るという。その流れた血から湯気が出ていたことから、沸血の名を冠することとなった。その男が―― 風が吹き、舞っていた土煙が払われる。 そして鋼を人の形にかたどったような男の姿が現れた。 年齢は四十代半ば。背は低く、一六〇ほど。しかし小さいという感想は抱けなかった。それよりも、凝縮されているというイメージが先行するからだ。 大きく盛り上がった節々の筋肉は赤銅色で、鉄火場で鍛えられたと言われても冗談には聞こえないだろう。ただ太いだけでないことは形からも見て取れ、長い月日を雨風で削られてなお威風堂々とそびえる巨岩の如き趣きだ。恐らく体重は八〇を超える。 適当に自分で刈ったであろう髪はざんばらで白い。白髪となるには早い歳だが、常軌を逸した鍛錬が引き起こしてしまったことなのか。口元と顎にある豊かな髭もまた白かった。 そんな一目で武人だとわかる“沸血”のシャルケが岩壁に体を預けている。 いや、預けているという表現は間違いだった。 その鋼の肉体を岩壁にめり込ませ、首をダランとうなだれているのだから。 ポタポタと湯気が昇る血を口元から滴らせ、肩を上下することなく静まっている。 「誰かを殺したり傷つけたりなど“まだ”ない少女……ね」 シモン・マクナイトの言葉を思い出しながらつぶやく。“まだ”ない少女から、“まだなかった”少女へと変わったのだろうか。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/25
26: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:45:23.88 ID:zJUkddjZ0 シャルケが少女以外にやられた可能性――特に競争相手である依頼を受けた他の三人を疑ってみたが、その線は薄い。 岩壁にめり込んでいる角度と外傷から推測するに、シャルケは強力な力、おそらくは打撃を胸部に与えられ十メートルほど吹き飛ばされた。八十キロを超すシャルケをそれだけ吹き飛ばすだけでとどまらず、岩壁にめり込ませる威力を出せる者が相手であった。そして他の三人はそれに該当しない。 “かぐわしき残滓”イヴならば、遠距離からの射殺ないしは背後から喉を掻き切る、又は毒殺。“深緑”のアーソンならば、全身が膨れ上がって死んでいるはず。そして“血まみれの暴虐”フィアンマならば、体に大穴が空き、酷ければ跡形も残らない死に方をしているはずだ。 より詳しい情報を得ようとシャルケに近づき、体に触れた時だった。 剣の柄に手を当て、全速力で振り返る。遮蔽物がろくにないこの空間で、十歩足らずの距離に女がいつの間にかいた。 「……俺は、どれぐらい経ってから気づけた?」 「二秒ほど。これほど早く気づかれたのは初めてです」 戦慄を覚える俺に対して、女は抑揚のない冷たい声で応じる。その二秒の間にコイツは俺に、どれだけのことができただろうか。攻撃の動作を取ったのならより早く気づけただろうが、背後を取られた上に先手を許したとあっては相当不利であったことは確かだ。 シモン・マクナイトのまるで理解できない出現の仕方とは違い、女のそれは俺の知識にある隠形の業だった。それにも関わらずシモン・マクナイト以上に俺に近づいたうえ、気づくのが一拍遅れてしまった。そんなことができる奴は、世界広しといえど一人のみ。 「“かぐわしき残滓”イヴ」 自然と漏れ出た俺の呟きに、女――“かぐわしき残滓”イヴ――は静かにうなずいて見せた。 美しい女だった。だがその美しさは、血で濡れた刃の切っ先の如き妖しさを伴ったものだった。 歳の頃は二十半ばで、背は一七〇を超えそうだ。女性として豊かな体が、動きやすい革鎧と余りの無い服に締め付けられ蠱惑的に強調されている。朝日に照らされる水面のような蒼く輝く髪は肩にかかる程度の長さで、赤土の大地に立つその姿は枯れた大地を潤す妖精にも思える。まあ妖精とは、残酷な面もあるものだが。 彼女が殺したと“確実”に言えるのは築港領の領主一人のみ。そして疑惑は数百に上る。というのも十年ほど前から奇怪な殺人が次々と起きるようになり、その共通点は物音一つ無く誰がいつ殺したかわからないことと、現場にはかぐわしい匂いのみが残されていたこと。 そして二年前、築港領の領主の殺害の容疑で捕まった女がいた。 それがイヴ・ヴィリンガム。 築港領の領主の殺害現場にもかぐわしい匂いが残されており、衛兵たちの尋問を受けると、これまでの数百に上る奇怪な殺人の犯人であることをほのめかした。被害者には貴族・僧侶・富豪などもいたため築港領の独断で処刑するわけにもいかず揉めているうちに、彼女は姿をくらませて今にいたる。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/26
27: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:46:03.09 ID:zJUkddjZ0 「そういう貴方は“何も無い”ロレンシアですね。“深緑”のアーソンかとも思えましたが」 「その言葉は、俺と奴の両方に喧嘩を売っているぞ」 「その言葉は言いえて妙ですね。いくら“深緑”といえども、“何も無い”貴方と見間違えられたと聞けば不愉快でしょう。そして意外な発見です。“何も無い”貴方であっても、魔に心を呑まれたモノと同一視はされたくないのですね」 別に煽っているわけではなく、ただ淡々と思っていることを口にしているのだろう。悪意を感じられない。もっとも、それ以上に思いやりも感じられないが。 「ところで、シャルケをやったのはオマエか?」 「わかりきったことを訊くのですね。阿呆ですね。私の細腕でこんな芸当ができると少しでも考えたのですか?」 意外と毒のある言葉と共に、かぐわしい匂いが漂ってきた。マトモな男なら理性が揺らぐような香り――などと、生ぬるいものではないのだろう。“何も無い”俺だから他人事のように思えるが、恐らくこれは良い匂いだとか、好みだとかそんな次元ではないはず。鼻孔をくすぐるや否や脳内を鷲掴みにして下半身に強制的に熱を持たせるような、暴力的な匂い。 これが作られた匂いではないと気づき哀れに思う。この匂いが体質なのだとすれば、虫唾がはしる目にこれまで何度もあった事だろう。 「私の匂いを気にしないようですね。好感度マイナス一〇〇からマイナス七〇に修正しましょう」 「……どうも」 「ちなみに私は貴方からやや遅れて来たのですが……“沸血”のシャルケは手遅れですか?」 「オマエが妙なタイミングで来なければ間に合ったかもしれんな」 柄から手を離し、岩壁に体をめり込ませたままのシャルケを掴む。例え体を鍛えた人間であってもシャルケが受けた一撃の威力を想定すれば、心臓は破裂し背骨は砕け、即死は間違いない。だが鋼の肉体を誇るシャルケなら話は別だ。まだその体は火照っており、蘇生が間に合う可能性があった。 誰を相手にして、何があったのか。それは訊けるのならば本人に尋ねるのが一番いい。そしてイヴはそれを邪魔をするつもりはないようだ。 シャルケを岩壁から引き抜き、壁がもし崩壊しても巻き込まれない程度に離れたところにゆっくりと横たえる。さて、シャルケの分厚い胸ならば全力でやるぐらいがちょうどいいか。 「フッ……!」 肘を伸ばしきった状態で両手をシャルケの胸に当て、その胸が凹むほど強く瞬間的に力を加える。意識が無くとも強靭な肉体はすぐに手を押し返す。押し返してきた体をすぐにまた力を加え下に叩きつける。 「少し乱暴……いえ、この男にはこのぐらいがいいでしょう」 反動で上下するシャルケの頭部を守るため、イヴが膝を着いて両手を添える。そして心臓に衝撃を二十回ほど加えた時だった。 「ブフォッ……!」 呼吸が噴出した。手を止めて離れると、最初の呼吸と比べると弱々しいものの、ゆっくりと、そして途絶えることなく胸を上下し始める。やがてシャルケは、まぶしそうに瞼を開いた。 「おお……っ」 最初に目に入ったのは自分の頭を支える絶世の美女で―― 「……おぉ」 次に俺に気がつき、一気に消沈した。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/27
28: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:46:37.86 ID:zJUkddjZ0 「あの世に片足をかけ、目覚めれば天国に来たと思いきや……若い癖に辛気臭い顔をした奴もおる。天国を見せた後に地獄に引きずり込む腹積もりか」 「……苦労して蘇生させた奴を、再び[ピーーー]というのは一興だろうか?」 「用済みになる前にそれをするのですか? しかねない貴方が言うと笑えないので慎みなさい」 シャルケはまだ息を吹き返したばかりで意識が朦朧としているはずだ。しかし俺とイブのわずかだが十分な情報を含んだ言葉を耳にし状況を理解し、忌々しげに息を吐く。 「ふん……っ。“何も無い”ロレンシアと、“かぐわしき残滓”イヴか。一応命を救ってもらった礼は言おう」 「お礼を言う前に、手から頭をどかしてくれるかしら?」 「次は膝枕かの?」 「……匂いの効果はあるけれど、問題なく耐えている。けどスケベ親父はマイナス二〇」 そう言ってイヴは目覚めたばかりの重傷のシャルケの頭を、ゴトンと地べたに落とす。結果として蘇生を開始する時間を遅らせた事といい、シャルケ暗殺も同時に請け負っていたら面白い。 「さてシャルケ。息は吹き返したものの、身動き一つ取れないとみた。ここで起きた事を正直に話すのならば、俺は何も危害を加えはしない」 「……気が進まんな」 競争相手に情報を渡すこともさることながら、自分が敗れた戦いについて話すのだ。この豪傑が渋るのは当然だが、命には代えられないだろうと高をくくっていると。 「オマエたち……この依頼から降りてはくれんか」 「……何?」 「あの娘には、悪いことをした……そのうえ情報を与えたオマエたち二人を差し向けるなど、儂にはできん」 シャルケが気にしていたのは依頼の達成でも己の矜持でもなく、マリア・アッシュベリー――標的の身の安全であった。 「残りの二人に言っても無駄だろうが……オマエたちは殺しを厭いはしないが、好みもしないだろう。金にも困っておらんはずだ。だがら、頼む」 俺たちを騙すための演技とは思えない。人を騙すような器用さをこの男が持つとは思えないし、何より命までかかっているのだ。そしてシャルケから感じられるのは、命に代えてもという必死さと真摯であった。 「“沸血”のシャルケ。この男はどうだが知りませんが、私についてはおおむねそうです。しかしだからといって、はいそうですかと一度取りかかった仕事から降りるほどいい加減でもない。せめて貴方ほどの男がかばう理由を聞かせてもらう」 「理由は、言えん」 イヴがやや角度を変えて情報を引き出そうとしたが、シャルケはかたくななままだった。体に聞こうにも、ついさっきまで心臓が止まっていた男が相手では加減が難しい。それこそ苦労して蘇生した奴を用済みになる前に殺してしまい、呆れ顔のイヴの毒舌が待ち構えることになる。 「[ピーーー]のならば殺せ……」 「おい……チッ」 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/28
29: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:47:19.56 ID:zJUkddjZ0 どうしたものかと考えていると、言いたいことだけ言ってシャルケは限界だった意識をわざと手放した。活を入れて意識を戻しても堂々巡りになるだけで、時間の無駄だ。 「……オマエ、標的がどこにいるかわかるか?」 「それは、私と手を組む腹積もりということか」 “何も無い”俺と手を組むことに嫌悪感を覚えたのだろう。イヴは形の良い眉をあからさまに歪めた。どうもこの女、自分の意志を表明するにあたって声の抑揚の無さをカバーするためか、言葉がきつかったりボディランゲージが大きいようだ。暗殺者とは思えない以外な癖だが、存外暗殺者なんぞやってるとらしくない癖の一つや二つ欲するようになるものかもしれない。 「いや、別に。ただ俺は情報が欲しいし、情報の与えかた次第でオマエは俺をいいように利用できるかもな」 「ハッ。貴方を一方的に利用とした奴の末路なんて、想像に難くない。貴方のあまりの何も無さに正常な判断を狂わされ勝手に自滅するか、正気を失って貴方につっかかり殺されるんでしょう」 「俺を利用するつもりはないと」 「いいえ。イーブンな関係でなら話は別です」 そう言うとイヴはにっこりと、否、にったりと笑って見せた。そして右手をすうっと林の方に指差す。 「標的はここからおよそ五〇〇メートル先の所にいて、先ほどから動きがありません。少し打ち合わせをして向かっても問題ないでしょう」 「……これだけ離れていて、さらに動向までつかむか」 その感知能力の高さを素直に賞賛する。間違いなく彼女こそが世界一の暗殺者だろう。 しかし世辞抜きの俺の言葉に、イヴは再び眉をひそめた。 「どうした?」 「標的の動向を掴むことはできた。けどよくわからないものが妨害していて、困難だった」 「……そうか。あの“沸血”のシャルケがやられたんだ。やはり何かあるな」 もう一度戦いがあったこの周辺を見渡す。 はっきりと残る踏込の跡。折れた木。砕けた岩。それらからシャルケがどういった立ち回りをしていたか、部分部分ではあるが想像することができた。しかし―― 「一方的な戦いだったのね」 イヴの言葉に頷く。そう、奇妙と言っていいほど一方的な戦いがここで行われていた。残された痕跡から読み取れるシャルケの動きは、その全てが攻撃だ。二分から三分の間に、一撃必殺の攻撃を百を超す勢いで繰り出している。 その一方で防御は一切行っていない。踏込の跡が全て前方に進むためのもの。横への動きもいくつか見られたが、これも攻撃を前提とした動きだ。つまり―― 「マリア・アッシュベリーは嵐のように繰り出されるシャルケの攻撃を延々と防いだ後、一撃で勝負を決した……有り得るか?」 「有り得たんでしょう。そもそも私たち五人を集めさせた標的です。そのぐらいの芸当ができても不思議ではないというより、むしろ納得では?」 「二対一でも厳しいかもな」 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/29
30: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:47:52.38 ID:zJUkddjZ0 イヴが先ほど指差した林の方を見る。この先にいる標的の女。いったい彼女は何者なのだろう。がぜん興味がわきあがる。 「どうする? シャルケが言ったとおり降りるか? 俺は進むが」 「……同行する」 あまり迷った様子も無く、イヴは声量こそ小さいが強く言い切る。その様子に、少し引っかかるものがあった。 「暗殺者らしくないな。確かな情報の無い標的を相手に、数的優位こそ確保しているが真っ向から殺しに行くとは」 「真っ向から戦うのは貴方だけ。私は隙を見て音も気配も無く背後を取るか、狙撃する」 「それでもらしくないことに変わりは無いだろう」 「……シャルケは戦意を喪失している。このまま貴方一人だけ見送ってむざむざ死なせれば、残りはよりによって“深緑”とあの“血まみれの暴虐”。手を組むことなど不可能。二人がかりで標的に挑める機会はこれが最初で最後。暗殺者は冷静で計算高いだけでなく、勢いにのることもあるだけ」 「……それだけか?」 「何が言いたい」 辺りに緊張感が漂う。焦げついたような、嫌いじゃない匂い。自分には“何も無い”という現実から目を逸らせる貴重な時間だ。 「シャルケが言った通り、オマエは殺しを好みもしないし金にも困っていない。十億のために、伸るか反るかの話に勢いでのる理由はなんだろうな?」 「……金のために動いていないのは貴方もだ」 「違いない。すまない、少し気になってな。突っ込んだことを訊いて悪かった。オマエが言うとおり、俺が真っ向から戦って注意を引こう」 このままやり合うというのも魅力的だった。だが暗殺者と真正面から戦ってもという考えがよぎるし、何より林の向こうにいる標的の方がより興味を惹く存在だ。ここは引いておこう。 イヴは少しの間俺を睨んだが、息を一つ吐くだけであっさりと感情を切り替えた。さすがは何百という殺しを成し遂げた暗殺者、といったところか。 「言いたいことは終わりか。それでは行きましょう」 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/30
31: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:48:36.40 ID:zJUkddjZ0 ※ ※ ※ 林の中に入ると、肌を突き刺すような冷たい感覚が起きた。それはイヴにも生じたのだろう。俺たちは無言で視線を合わせる。 とはいえこの程度で止まるわけもなく、無言のまま進んでいくと徐々に肌を突き刺す感覚が強くなっていく。まるでこの林そのものが敵で、間近から殺意を浴びせられているかのようだ。そしてこの現象に心当たりがあった。 「おい……ここは異界になりかけているかもしれん」 「異界?」 これにはさすがに驚いたのか、イヴの声が跳ね上がる。 異界侵食。 それは魔に心を呑まれたモノたちの中でも、より深みにいる者が引き起こす超常現象のことだ。自分がいる周囲を己の住みやすい環境へと浸食汚染し、創り変える。ただでさえ厄介な魔に心を呑まれたモノが、有利な状況で待ち構えるのだ。 聞くところによるとシャルケに討伐された銀目の大鹿は、森全体を住まいと定めたらしい。森の木々は水晶と化し、砕けた破片が空中を漂い自分以外の生物の存在を許さなかった。討伐に向かった者たちは草の水晶に足をやられ、あるいは水晶の破片に目や喉を次々とやられ、銀目の大鹿にまみえることすらできなかったと。鋼の筋肉で隙間無く身を覆い、熱気で破片を寄せつけない“沸血”を除いての事であるが。 「……確かにこれが異界だとすれば、異界の主である彼女の動向をつかみにくいのも納得できる。けど――これが異界?」 イヴはその白魚のような指でそばにある木を撫でながら、疑問をていした。 「こんな現象を引き起こせるのは異界侵食ぐらいしか思い浮かばんが」 「よく考えなさい。確かにここは居心地が悪く、本来のパフォーマンスを発揮できそうにない。しかし、ロレンシア」 イヴは辺りを見回しながら、両手を広げてみせる。 「貴方はこの奇妙な空間から、吐き気をもよおすような邪悪さを少しでも感じたか?」 「ああ……確かに」 異界侵食は魔に心を呑まれたモノの中でも、より深みにある一部だけが引き起こせる超常現象。そんな奴らが浸食汚染した空間は、ただの人間なら踏み入っただけで吐き気と目まい、さらには幻覚に苛まされ、心臓が止まることすらあり得る。 “何も無い”俺はともかく、いかに強靭な精神をもつイヴとはいえ、異界に踏み入ったのなら代償は軽いものではないはず。様子を見るに確かに本来のパフォーマンスを発揮できそうにないが、それは調子が悪いと言うレベル。 「しかしこれが異界じゃないとすれば、いったいなんだ」 「私が知るか」 「ごもっとも」 「ただ――」 「ん?」 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/31
32: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:49:09.62 ID:zJUkddjZ0 「話に聞く異界侵食は、異界の主のためだけに創造されるもの。そこに調和という言葉は無い。けどここは、おそらく標的が来る前と大きな変化が無い」 イヴの言うとおりなのだろう。肌を突き刺す冷たい感覚を除けば、ここはいたって普通の林の中だ。木を見上げると、俺の視線に気づいたこの地域の鳥が羽ばたいて逃げていく。木も鳥も、異界侵食の影響を受けているようにはまるで見えない。 いや、そもそもこの肌を突き刺す感覚ですら、マリア・アッシュベリーを[ピーーー]ことを完全に諦めてしまえば消えてなくなりそうだ。 異界侵食は周囲の環境を侵食汚染し、支配する。だがここはまるで、周囲の環境が自ら進んでマリア・アッシュベリーを守ろうとしているのかもしれない。 そんな奴が、いるのか。 そんなモノが、存在するのか。 チクリと胸が痛んだような気がした。 不思議に感じたが、もしかするとこれが嫉妬なのかという考えが、他人事のように思い浮かんだ。 誰からも一度たりとも愛されたことがない俺。 周りにあるモノが自然と味方するマリア・アッシュベリー。 儚い希望が胸に宿るのがわかった。ひょっとすると俺は、憎めるかもしれない。マリア・アッシュベリーと対峙した瞬間、俺は我を失って斬りかかることができるかもしれない。 空っぽなこの胸は儚い想いが時おり身をおろすことがあるが、それは全て錯覚だったと後で気づかされてばかり。まともであった頃の遠い日の残像。 だが今回は違うかもしれない。例えそれが、負の感情であっても。暗く身勝手な憎悪であっても。今度こそ、何もないこの身を満たしてくれるのかもしれない。 愛が理解できなくとも、その真逆のモノならばひょっとすると―― 「ロレンシア?」 「……何でもない。俺のコンディションは、ここでもさして落ちないようだ。そろそろオマエも姿を消したらどうだ?」 「……ええ、わかった」 イヴの表情を見るに、俺の顔は「何でもない」からかけ離れたモノだったのだろう。 だがしょせんはその場で一時的に組んだだけの相手。俺がどんな存在であっても、想定通りの戦闘力を発揮して標的と戦いさえすれば彼女に何ら不都合はない。イヴは目の前から音も無く消え去った。 意識して一呼吸する。山の新鮮なはずの空気は、忌まわしき俺を拒絶するかのように喉を突き刺す。 鞘から剣を抜き放つ。刃に反射する陽光は、俺の喉元を睨んでいた。 踏みしめて進む足元からは、虫たちの威嚇がほとばしる。 通り過ぎながら樹木を眺めれば、樹皮が歪んで老人の表情となり、無言のまま俺を弾劾する。 これらは全て幻覚であると同時に現実。 あまりに生々しい幻覚は現実に影響を及ぼす。 そして現実への侵食は、アリア・アッシュベリーに近づけば近づくほど増していく。 頭上から次々とこぼれる、落葉の裏に潜む小人たちが槍をこの身に突き立てる。まともな神経をしているのなら血まみれになってしまうのだろう。だが俺は、少し肌がかゆいと感じただけだった。 最後に剛腕となって唸りをあげる枝を片手で横に押しやり、開けた空間に出る。 イヴには遠く及ばないが、俺もそれなりの感知能力はある。この異様な雰囲気に大きく妨げられたが、ここにマリア・アッシュベリーがいることは察していた。 ――そして、大きく目を見開くこととなった。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/32
33: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:49:44.23 ID:zJUkddjZ0 ※ ※ ※ そこは、絵画の世界だった。 いや、伝説の一場面であった。 ああ、それでも足りないか。 ここは、神話なのだ。 ※ ※ ※ http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/33
34: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:50:19.74 ID:zJUkddjZ0 女が泣いている。 彼女はたおやかな手で顔を覆い、草むらにしゃがみ込み悲しみに暮れていた。 凍てついた彼女の心を温めようと、木々はその身をどかし暖かな陽光を彼女へと導く。 鮮やかな色を誇る蝶たちが彼女を中心に舞い、小鳥は彼女の肩で歌を奏でる。 それでも彼女は泣いていた。 細い肩を震わせ、陽の光を浴びた蜂蜜色の長い髪を揺らし、この世の終わりのように嘆いている。 その光景を、ただ俺は立ち尽くして見ていた。 期待していた憎悪など、微塵もわき起こりやしなかった。いや、期待が裏切られるのはいい。いつものことだ。 だが何だ。なぜ俺の目は彼女を捉えて離さない。この胸を憎悪が満たすことはなかったのに、胸の鼓動が高まるのは何故か。 輝く太陽の光に俺の頭も染められたのか。ぼうっとして、頭が真っ白になってきた。活を入れるために舌を噛もうとしたが、この瞬間を、何かはわからないが非常に貴重なことが起きている気がしてならない今この時を終わらせていいものか迷い、力を込めることができなかった。 いったいどれほどそうしていただろうか。 やがて彼女の肩に止まっていた小鳥が、この場で唯一彼女を慰めない俺を非難するように甲高い鳴き声を向けてくる。 これまでと違う出来事に、彼女はそっと俺の方へと視線を送った。 涙で濡れた翡翠の瞳が俺を捉えたその時、彼女から俺へと強い風が走る。 その風は俺の迷いを吹き飛ばした。それなのに、俺は舌を噛めなかった。それどころか、舌にかけていた歯から力が抜けるのがわかる。 俺はただひたすら目の前の女に、依頼のことなど関係なく憎しみから殺せるかもしれない女に、マリア・アッシュベリーに――――――――――見惚れてしまった。 人は、夜明けを告げる太陽を当然のように美しいと思うらしい。遠く離れていても頬に水しぶきを感じる雄大な滝や、夕焼けに染まる海もそうだ。 その“当然”という感覚がまるでわからず、皆が美しいと言うのを聞いてきた経験則と、まだまともな感性があった頃の記憶を組み合わせて、きっと美しいのだろうなと判別するようになった。 しかし今、初めて理解する。これが何の理屈も無しに、誰に言われるでもなく理由づける必要もなく、当たり前に美しいと受け入れられる存在なのだと。 驚きで半開きとなった口が乾いていくことに気が付き、自分が何をすべきか考える余裕が戻る。 舌を噛む。目を逸らし、一度彼女を視界から外す。深呼吸をする。 でもそんな考えは次々と消え去っていく。 わからなかった。今自分に何が起きているのか、これっぽっちもわからない。こんなこと何も無くもなかった頃、諦観と汚臭に満ち満ちた窓が一つだけの大部屋にいた頃でさえ記憶にない。 「夜の……」 初めてのことに途方に暮れるという、これまた初めての状態に陥っていると、彼女が驚いたように口を開く。 それをきっかけに、ようやく彼女を観察する余裕ができた。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/34
35: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:51:05.20 ID:zJUkddjZ0 背丈は一六〇半ばで、年はシモン・マクナイトに聞いていた通り二十歳程度。その髪は膝を着いていると地面にふれそうな長さで、蜂蜜色のそれは陽光の下で黄金の如き輝きを放っている。 涙を流し悲しみ暮れるその様子は、何をしたわけでもないのに罪悪感と、無尽の献身を舞い起こすものなのか。その神秘さは、鳥や蝶ならず木々にさえ影響を及ぼしていた。 村娘のように青と白のコットを重ねて着ており、緩やかな服の上からでもふくよかな肉付きをしているのが見て取れた。だが彼女は世間知らずのただの純粋な村娘などではない。 その美しさは絶世の美女であるイヴ・ヴィリンガムに匹敵するだろう。しかしそれだけなら、俺が見惚れることはありえない。 気品のせいかと思ったが、彼女から感じられるものは純朴さであって、気品においてはイヴに軍配が上がる。 彼女にあるものは神聖さだ。 天使か、はたまた女神か。男が女に入れ込み過ぎてそう思ってしまうのではない。老若男女問わず、彼女が人を超えた、それでいて人と相容れる存在だと敬いかしずく。 俺は果たして彼女を斬れるのか。 うまく力が入らず、今にも剣を取りこぼしそうな手を視界の片隅に収めながら、自問自答してみた。 斬る理由があれば、何の問題もなく斬れると答えは即座に出た。 ではシモン・マクナイトの依頼は彼女を斬る理由に足るものかと再び問うてみた。 これも答えはすぐに出た。まるで、足りやしない。 俺は黙ったまま驚きからか、あるいは悲しみからか、うまく二の句が継げないマリア・アッシュベリーの言葉を待つことにした。 しかし待っていた言葉は、とても理解できるものではなかった。 「夜の――――――湖」 「……なに?」 今は夜ではなく、ここに湖と呼べるようなものも無い。 「あ……ち、違うんです。今の言葉はつい出たもので……意味は特にないので、どうか気にしないでください!」 意図のわからない言葉に眉をしかめると、彼女は両手を振りながら慌てて否定した。その姿は神聖さを依然としてそなえながらも、年相応の少女らしいものだった。 「あのっ……私は……私は、その……」 彼女は意を決して話しかけてこようとしたが、段々とその言葉は尻すぼみになり、また悲しそうにうつむく。 “何も無い”俺に、争いごとに無縁そうな女が話しかけるのは並々ならぬ事情があるものだが、そんな経験則を彼女にあてはめられることができるのか。それはわからないし、彼女が何を言おうとしたかもわからない。だが彼女がここまで悲しむ理由に、ここでようやく思い至った。 「“沸血”のシャルケなら死んでないぞ」 「えっ!?」 その言葉にマリアは、うつむいていた顔を跳ね上げる。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/35
36: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:51:43.49 ID:zJUkddjZ0 別に教える必要は無い。むしろやる気が無くなりつつあるとはいえ、姿を隠しているイヴと共に彼女を殺そうとしていたのに、彼女に気力を与えてどうするというのか。 しかし何故だろう。彼女の周りにいる小鳥や蝶たちではあるまいし、このまま彼女を悲しみに暮れさせるわけにはいかないという想いでも湧き出たのか、気づけば口にしていた。 「本当……ですか? 良かった……本当に、良かった。私は、てっきり」 それ以上は言葉にならず、悲しみではなく安堵の涙を流し始める。 その姿を見て、なぜシャルケが彼女をかばおうとしたのかがわかった。 「“沸血”のシャルケと戦っていたのはオマエか?」 念のための確認に、マリアは安堵から気が緩んだのか隠そうともせず静かにうなずく。いや、そもそも彼女に隠し事ができるのだろうか。 「……はい。あの人は自分の名前を名乗られると、私に決闘を申し込まれたのです」 「シャルケの奴」 予想通りの展開についため息が漏れる。 マリアが只者ではないことは明らかだが、争いごとに向いていないことも一目で見て取れる。そんな相手に武人である“沸血”が戦おうとするのはよほどの理由があるか、正常な判断ができていないかだ。 ようするに武人肌のあの男は、自分も含めて五人の実力者を揃えさせたマリアという存在に興奮しきっていたわけだ。 とはいえ“沸血”に加えて“かぐわしき残滓”、挙句の果てに“深緑”と“血まみれの暴虐”に“何も無い”という不吉極まりないメンツを揃えて、さらに報酬額が十億。見た目通りの女子供ではないと決めてかかっても仕方がないと言えば仕方がない。 「さ、最初は何とか防げていたんですけど……あの人、どんどん動きが速くなって……怖くなって、気が付けば私は……あの人を」 その時のことを思い出し、マリアは罪悪感から再び表情を暗くする。別に身を守っただけで、何一つ罪を犯したわけでもないだろうに。 思い出しただけでこれならば、シャルケを殺してしまったと勘違いした時はこの世の終わりのような顔をしていたことだろう。そしてその顔が、シャルケが意識を失う前に見た最後のものだとすれば辻褄が合う。 仕方がないとはいえ争い事とは無縁の女に鍛え上げた力を振るい、さらに一生もののトラウマを植え付けてしまったのだ。意識を取り戻し冷静になったシャルケがそのことを後悔し、俺たちにこの依頼を降りるように頼んだのは当然の流れだろう。 ――しかし疑問は残る。結局彼女は、どうやってシャルケの攻撃を防ぎ、そして倒したのか。俺ですら神聖視せざるを得ないなど只者ではないことはわかるが、こうして目の前に対峙してもあの“沸血”が敗れたとは信じられない。 「命を狙われる理由に心当たりはないのか?」 結局のところ話はここに行き着く。なぜ彼女を[ピーーー]ために俺たち五人が集められたのか。なぜ十億もの金額がかけられるのか。なぜ彼女は人目を避けるように山に一人でいたのか。 彼女は――何者だ? 「そ、それは……」 マリアは逡巡からか視線を逸らし、そして瞬く間にその表情を凍り付かせた。その視線の先にあるのは、俺が手に持つ抜き身の剣だ。 「ん? 気づいてなかったのか」 初対面の男が武器を持って現れたというのに、呑気なものだ。いや、それだけシャルケのことがショックだったのか。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/36
37: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:52:16.96 ID:zJUkddjZ0 「シャルケがオマエを狙ったのは、オマエを[ピーーー]依頼を十億で引き受けたからだ。そして俺も雇われた一人でね。もっとも、なぜオマエに十億もかけられるのかは知らんが」 「……嘘、ですよね?」 つい先ほど一生ものになりかねないトラウマを負ったばかりだというのに、それがもう一度襲いかかろうとしているからだろう。彼女は泣きながら笑っているような顔で、青ざめた唇から祈るように囁く。 まあ実のところ、嘘といえば嘘である。もう俺はあまりやる気がなかった。 しかし奴は――イヴ・ヴィリンガムはどうだろうか。元からマリアは隙だらけだったが、今はもう放っておいても死ぬのではというほど無力に見える。奴ならば、次の瞬間にでも最初からそこにいたかのように現れ、音も無くマリアの喉元を引き裂きかねない。 その時俺は、どうすべきなのか。黙ってイヴがマリアを[ピーーー]のを見ているだけか。 選択の時が再び迫ってきた。 いつもいつも間違えてばかりの選択肢。 必死に悩み、相手のことを“何も無い”俺なりに考え、そして何かを得たいという俺の願いにつながってくれと選んだ答えに待つのは、罵声や侮蔑、そして悲しみと怒り。今度も結局そうなるのだろうか。 ここでマリアを助けたところで、今は立て続けに起きた事態に混乱していて俺の異常性に気づいていないが、俺を汚らしい存在と嫌悪するのではないか。初めて見惚れてしまった相手に、その上あの“かぐわしき残滓”から命がけで守った結果がそれでは、もう俺は、何年も目を逸らし続けていた事実を受け入れなければならない。 かといってこのまま見過ごすのか。俺の前でマリアが、俺にとって特別な何かを持っているかもしれない彼女が目の前で喉を裂かれ、口から血を零し、恐怖と痛みと不安に混乱しながら死んでいく姿をただただ見ておけと言うのか。 どちらを選んでも、俺という微妙なバランスで成り立っている存在が崩壊しかねない。 マリアは何者なのか。 俺にとって彼女は、何になりえるのか。 最後の決断のため、祈るような気持ちで彼女を見る。彼女もまた、祈るように俺を見ていた。 「君は……何者なんだ?」 なぜオマエは、こんな目にあっている。なぜオマエは、こんなにも俺の心を揺さぶる。オマエは――君は、俺にとっての何なんだ? 「わかり……ません」 「……わからない?」 「わかるわけ……ありません。つい一年ほど前まで、私は森の中で父と二人っきりで生きていたんです。父が亡くなり遺言通り森を出て、色んな人と出会い、様々な物を見て……初めてのことばかりで苦労も多かったけれど、だからこそ新鮮で楽しかった。楽しかったのに……っ!」 耐え切れずにマリアは頭を抱え、声が高く乱れる。彼女を慰めていた小鳥や蝶が、風に吹かれたタンポポの花のように飛び散るが、それでも彼女を慰めようと辺りをたゆたう。 「少し前から、誰かが私を追いかけ始めました。別の街に行っても、その誰かは……誰かたちはいました。森を出て人を話すことが楽しかったのに、だんだん人と会うのが怖くなり、気が付けば追い立てられるようにこの山に入って……ついには、命まで狙われて……理由なんか、私が聞きたいぐらいです。私が、何をしたんですか? 私は――」 ――私は……何者なんですか? それは嗚咽とも、慟哭とも判断しかねる悲痛な訴えだった。山の中に一人で、誰に打ち明けることもできずにただ自分に味方してくれる自然たちで寂しさを慰めながら、それでも恐怖と不安は高まる一方だったのだろう。そしてそれは、初めての戦いで限界を迎えてしまった。 そんな彼女の姿を見て、自然と大きく息を吐いていた。 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/37
38: ◆SbXzuGhlwpak [sage] 2019/06/01(土) 02:52:59.13 ID:zJUkddjZ0 「自分が何者かわからない……か」 それは、俺もだった。 たったそれだけの共通点。けれどそれは二つの選択肢に悩んでいる俺にとって、十分すぎるほどの後押しだった。 決めた以上、迷いは無くなった。たとえこれから、どのような地獄を歩むとわかっていても。 剣の切っ先をそっと柄に納める。しかしすぐに抜けるように、柄には手をかけたままで、どこにいるとも知れぬ“かぐわしき残滓”に宣言した。 「イヴ。俺はこの話から降りる」 存在を消して標的を狙っていた暗殺者への無遠慮な呼びかけは、殺されても文句が言えないものだ。 「オマエがマリアを狙うのは止めはしない。止めはしないが――混乱が収まらないままの彼女を狙うというのならば、話は別だ」 殺意は感じない。敵意も感じ取れない。だがそんなこと、何の気休めにもならない。相手はあの“かぐわしき残滓”なのだ。鋼の冷たい感触が皮膚に触れる寸前になってようやく察せられるかどうか。 「今日は止めとけ。でないと俺が相手になる」 返答は無い。迂闊に音を出して場所をさらさないということは、俺と戦うことを検討しているのだろうか。 いや、それは違うか。“沸血”のシャルケを倒した未知なる相手、マリアへの数的優位が崩れてなお依頼の遂行にこだわるのは愚かなことだ。そしてアイツは愚かではない。 場所をさらさずに、音も無く引き上げたのだろう。 「綺麗な人……」 「……わかるのか?」 マリアのため息とともに零れた言葉に、耳を疑う。 「はい。もう去ってしまったけれど……とてもとても綺麗で、でも見ているこっちまで寂しくなってしまう美しさ。まるで冷たく乾いた風に翻弄されていくうちに、自然と研磨されたサファイアのような女性」 「自然と研磨されたサファイア……か」 初対面――実際には対面していないが――の相手に妙な表現をするが、そういえば俺への第一声も変わったものだった。確か「夜の湖」だったか。 ひょっとすると彼女には人とは違うものが見えていて、それがイヴの隠形の業すら見破ったのかもしれない。 「あの……貴方は、私を……殺そうとは、しないんですか?」 恐る恐るマリアは尋ねる。それは下手に希望を抱いて、より深い絶望に陥るのを恐怖してのことか。 「……元から乗り気じゃない依頼だった。ただ俺やシャルケを集めて、さらに十億もの報酬をかけられたオマエに興味がわき、一目見ようと思って来ただけだ」 そして予想外の結果を出た。まさかこの俺が、誰かに見惚れることができるとは。 いったい彼女は何者なのか。森の中でずっと父と二人で生きてきたと言っていたが、なぜそのような奇妙な生い立ちなのか。そして何故シモン・マクナイトたちはそんな彼女の命を狙うのか。 聞きたいこと、調べなければならないことはいくらでもある。しかしそれをするには、彼女に歩み寄らなければならない。“何も無い”この俺が、神聖な少女マリア・アッシュベリーにだ。ひょっとするとそれは、冒涜的な行為で許さることではないのではという、らしくもない危惧が浮かんでしまう。 ――貴方は、神を信じていますか? 「……ッ」 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1559323558/38
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