何も無いロレンシア (83レス)
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19: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:39 ID:zJUkddjZ0(19/82) AAS
※ ※ ※

「一度だけ、警告しよう」

 営門を出てしばらく歩き、人気が無い街道でのこと。

 俺以外に誰もいない。

 誰の気配も感じない。
省16
20: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:40 ID:zJUkddjZ0(20/82) AAS
――もしかするとすると魔法か?

 魔に心を呑まれたモノだけが起こせる超常の力。それが魔法。

 魔法を扱える者と会ったことはこれまで三度しかない。それほど魔に心を呑まれたモノはマレで、さらに生き延びられる者は限られるからだ。

 というのも、魔に心を呑まれた時点で例外無く異端であり、その瞬間全ての人間の敵となる。魔に心を呑まれたモノが同じ村の住民で、親戚であっても容赦などしない。

 魔に心を呑まれたモノはもはや人間ではないという教えがどこにでもあり、実際下手に情けをかけて見逃そうものなら、何百何千という犠牲者が出ることになる。
省20
21: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:41 ID:zJUkddjZ0(21/82) AAS
 この男の技に興味はあったが、それ以上に関わると面倒になると思い背を向けようとした時だった。

 背を向けていたので推測だが、きっとシモンは会心の笑みを浮かべていたことだろう。

 それほど絶妙なタイミングで、シモンは俺の興味を十分に惹く言葉を吐いた。

「貴方と同等の実力者を、既に四名集めました」

「……正気か?」
省15
22: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:41 ID:zJUkddjZ0(22/82) AAS
「金額は十億。これを一ヶ月以内に標的を殺せた者に差し上げます。方法は問いませんし、情報は提供しますが指示は何も出しません。失敗しても真剣に取り組んだ結果であれば、一億を差し上げましょう」

「……ああ、なるほど。しかし十億だと?」

 確かにこの方法ならば標的の付近で惨劇はおきるだろうが、依頼人の命は守られる。現場が混沌となり、混乱に乗じて標的が逃げおおせる可能性もあるが。

 それにしても十億とは。金銭に興味が無い俺だが、実力に見合った報酬をもらったことは何度かある。十億というのは、俺がもらった報酬の中で最も高い金額の十倍以上だ。一生遊んで暮らせる。

「……俺と同等の実力者を既に四人集めたネットワークに加え金もあるようだが、なぜその標的とやらを自分たちでやらない? オマエは……オマエたちは何者だ?」
省21
23: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:42 ID:zJUkddjZ0(23/82) AAS
 ため息を一つつく。

 ほんの数日前に引き続き、また重要な選択肢を迫られた。

 依頼自体には強く興味を惹かれたが、何をしたわけでもない――もっとも、シモンの口ぶりからするとこれからしでかすかもしれないが――少女を[ピーーー]つもりにはなれなかった。

 しかしこの話に関わるには、依頼を引き受けなければならないだろう。

「前金はあるか?」
省17
24: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:43 ID:zJUkddjZ0(24/82) AAS
〜第一章 五つの贄〜

 狐目の男、シモン・マクナイトから依頼を受けてから三日が経つ。

 標的の女、マリア・アッシュベリーが潜むと教えられた山にたどり着いた。

 マリア殺害を引き受けたのは俺を含めて五人。

 “沸血”のシャルケ。
 
 “かぐわしき残滓”イヴ。
省20
25: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:44 ID:zJUkddjZ0(25/82) AAS
※ ※ ※

 そこにたどり着いた時、土煙は未だに舞っているが戦闘の音は無く、パラパラと破片が零れ落ちる音がするだけだった。戦いは終わりこそしたが、終わって間もないことが見て取れる。

 山の中でも緑が少なく、比較的平らで赤土な所だ。滑る足元をゆっくりと踏みしめながら、頬に熱気を感じる。

 地面を見れば赤土であるにも関わらず踏込の跡がはっきりと、いくつも残っている。強力な踏込から繰り出される速さと威力のほどは、零れ落ちる音の方を見れば用意に想像できた。人の背丈ほどはあっただろう岩が砕け、その断面からポロポロと砂のように岩であったものが流れている。他にも目をやれば、倒れた木や大きく穴の開いた岩壁が次々と見られる。一対一ではなく、戦争でもあったかのような荒れようだ。

「……素手か」
省14
26: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:45 ID:zJUkddjZ0(26/82) AAS
 シャルケが少女以外にやられた可能性――特に競争相手である依頼を受けた他の三人を疑ってみたが、その線は薄い。

 岩壁にめり込んでいる角度と外傷から推測するに、シャルケは強力な力、おそらくは打撃を胸部に与えられ十メートルほど吹き飛ばされた。八十キロを超すシャルケをそれだけ吹き飛ばすだけでとどまらず、岩壁にめり込ませる威力を出せる者が相手であった。そして他の三人はそれに該当しない。

 “かぐわしき残滓”イヴならば、遠距離からの射殺ないしは背後から喉を掻き切る、又は毒殺。“深緑”のアーソンならば、全身が膨れ上がって死んでいるはず。そして“血まみれの暴虐”フィアンマならば、体に大穴が空き、酷ければ跡形も残らない死に方をしているはずだ。

 より詳しい情報を得ようとシャルケに近づき、体に触れた時だった。

 剣の柄に手を当て、全速力で振り返る。遮蔽物がろくにないこの空間で、十歩足らずの距離に女がいつの間にかいた。
省12
27: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:46 ID:zJUkddjZ0(27/82) AAS
「そういう貴方は“何も無い”ロレンシアですね。“深緑”のアーソンかとも思えましたが」

「その言葉は、俺と奴の両方に喧嘩を売っているぞ」

「その言葉は言いえて妙ですね。いくら“深緑”といえども、“何も無い”貴方と見間違えられたと聞けば不愉快でしょう。そして意外な発見です。“何も無い”貴方であっても、魔に心を呑まれたモノと同一視はされたくないのですね」

 別に煽っているわけではなく、ただ淡々と思っていることを口にしているのだろう。悪意を感じられない。もっとも、それ以上に思いやりも感じられないが。

「ところで、シャルケをやったのはオマエか?」
省20
28: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:46 ID:zJUkddjZ0(28/82) AAS
「あの世に片足をかけ、目覚めれば天国に来たと思いきや……若い癖に辛気臭い顔をした奴もおる。天国を見せた後に地獄に引きずり込む腹積もりか」

「……苦労して蘇生させた奴を、再び[ピーーー]というのは一興だろうか?」

「用済みになる前にそれをするのですか? しかねない貴方が言うと笑えないので慎みなさい」

 シャルケはまだ息を吹き返したばかりで意識が朦朧としているはずだ。しかし俺とイブのわずかだが十分な情報を含んだ言葉を耳にし状況を理解し、忌々しげに息を吐く。

「ふん……っ。“何も無い”ロレンシアと、“かぐわしき残滓”イヴか。一応命を救ってもらった礼は言おう」
省18
29: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:47 ID:zJUkddjZ0(29/82) AAS
 どうしたものかと考えていると、言いたいことだけ言ってシャルケは限界だった意識をわざと手放した。活を入れて意識を戻しても堂々巡りになるだけで、時間の無駄だ。

「……オマエ、標的がどこにいるかわかるか?」

「それは、私と手を組む腹積もりということか」

 “何も無い”俺と手を組むことに嫌悪感を覚えたのだろう。イヴは形の良い眉をあからさまに歪めた。どうもこの女、自分の意志を表明するにあたって声の抑揚の無さをカバーするためか、言葉がきつかったりボディランゲージが大きいようだ。暗殺者とは思えない以外な癖だが、存外暗殺者なんぞやってるとらしくない癖の一つや二つ欲するようになるものかもしれない。

「いや、別に。ただ俺は情報が欲しいし、情報の与えかた次第でオマエは俺をいいように利用できるかもな」
省19
30: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:47 ID:zJUkddjZ0(30/82) AAS
 イヴが先ほど指差した林の方を見る。この先にいる標的の女。いったい彼女は何者なのだろう。がぜん興味がわきあがる。

「どうする? シャルケが言ったとおり降りるか? 俺は進むが」

「……同行する」

 あまり迷った様子も無く、イヴは声量こそ小さいが強く言い切る。その様子に、少し引っかかるものがあった。

「暗殺者らしくないな。確かな情報の無い標的を相手に、数的優位こそ確保しているが真っ向から殺しに行くとは」
省12
31: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:48 ID:zJUkddjZ0(31/82) AAS
※ ※ ※

 林の中に入ると、肌を突き刺すような冷たい感覚が起きた。それはイヴにも生じたのだろう。俺たちは無言で視線を合わせる。

 とはいえこの程度で止まるわけもなく、無言のまま進んでいくと徐々に肌を突き刺す感覚が強くなっていく。まるでこの林そのものが敵で、間近から殺意を浴びせられているかのようだ。そしてこの現象に心当たりがあった。

「おい……ここは異界になりかけているかもしれん」

「異界?」
省18
32: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:49 ID:zJUkddjZ0(32/82) AAS
「話に聞く異界侵食は、異界の主のためだけに創造されるもの。そこに調和という言葉は無い。けどここは、おそらく標的が来る前と大きな変化が無い」

 イヴの言うとおりなのだろう。肌を突き刺す冷たい感覚を除けば、ここはいたって普通の林の中だ。木を見上げると、俺の視線に気づいたこの地域の鳥が羽ばたいて逃げていく。木も鳥も、異界侵食の影響を受けているようにはまるで見えない。

 いや、そもそもこの肌を突き刺す感覚ですら、マリア・アッシュベリーを[ピーーー]ことを完全に諦めてしまえば消えてなくなりそうだ。

 異界侵食は周囲の環境を侵食汚染し、支配する。だがここはまるで、周囲の環境が自ら進んでマリア・アッシュベリーを守ろうとしているのかもしれない。

 そんな奴が、いるのか。
省25
33: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:49 ID:zJUkddjZ0(33/82) AAS
※ ※ ※

 そこは、絵画の世界だった。

 いや、伝説の一場面であった。

 ああ、それでも足りないか。

 ここは、神話なのだ。
省2
34: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:50 ID:zJUkddjZ0(34/82) AAS
 女が泣いている。

 彼女はたおやかな手で顔を覆い、草むらにしゃがみ込み悲しみに暮れていた。

 凍てついた彼女の心を温めようと、木々はその身をどかし暖かな陽光を彼女へと導く。

 鮮やかな色を誇る蝶たちが彼女を中心に舞い、小鳥は彼女の肩で歌を奏でる。

 それでも彼女は泣いていた。
省21
35: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:51 ID:zJUkddjZ0(35/82) AAS
 背丈は一六〇半ばで、年はシモン・マクナイトに聞いていた通り二十歳程度。その髪は膝を着いていると地面にふれそうな長さで、蜂蜜色のそれは陽光の下で黄金の如き輝きを放っている。

 涙を流し悲しみ暮れるその様子は、何をしたわけでもないのに罪悪感と、無尽の献身を舞い起こすものなのか。その神秘さは、鳥や蝶ならず木々にさえ影響を及ぼしていた。

 村娘のように青と白のコットを重ねて着ており、緩やかな服の上からでもふくよかな肉付きをしているのが見て取れた。だが彼女は世間知らずのただの純粋な村娘などではない。

 その美しさは絶世の美女であるイヴ・ヴィリンガムに匹敵するだろう。しかしそれだけなら、俺が見惚れることはありえない。

 気品のせいかと思ったが、彼女から感じられるものは純朴さであって、気品においてはイヴに軍配が上がる。
省20
36: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:51 ID:zJUkddjZ0(36/82) AAS
 別に教える必要は無い。むしろやる気が無くなりつつあるとはいえ、姿を隠しているイヴと共に彼女を殺そうとしていたのに、彼女に気力を与えてどうするというのか。

 しかし何故だろう。彼女の周りにいる小鳥や蝶たちではあるまいし、このまま彼女を悲しみに暮れさせるわけにはいかないという想いでも湧き出たのか、気づけば口にしていた。

「本当……ですか? 良かった……本当に、良かった。私は、てっきり」

 それ以上は言葉にならず、悲しみではなく安堵の涙を流し始める。

 その姿を見て、なぜシャルケが彼女をかばおうとしたのかがわかった。
省20
37: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:52 ID:zJUkddjZ0(37/82) AAS
「シャルケがオマエを狙ったのは、オマエを[ピーーー]依頼を十億で引き受けたからだ。そして俺も雇われた一人でね。もっとも、なぜオマエに十億もかけられるのかは知らんが」

「……嘘、ですよね?」

 つい先ほど一生ものになりかねないトラウマを負ったばかりだというのに、それがもう一度襲いかかろうとしているからだろう。彼女は泣きながら笑っているような顔で、青ざめた唇から祈るように囁く。

 まあ実のところ、嘘といえば嘘である。もう俺はあまりやる気がなかった。

 しかし奴は――イヴ・ヴィリンガムはどうだろうか。元からマリアは隙だらけだったが、今はもう放っておいても死ぬのではというほど無力に見える。奴ならば、次の瞬間にでも最初からそこにいたかのように現れ、音も無くマリアの喉元を引き裂きかねない。
省21
38: ◆SbXzuGhlwpak 2019/06/01(土)02:52 ID:zJUkddjZ0(38/82) AAS
「自分が何者かわからない……か」

 それは、俺もだった。

 たったそれだけの共通点。けれどそれは二つの選択肢に悩んでいる俺にとって、十分すぎるほどの後押しだった。

 決めた以上、迷いは無くなった。たとえこれから、どのような地獄を歩むとわかっていても。

 剣の切っ先をそっと柄に納める。しかしすぐに抜けるように、柄には手をかけたままで、どこにいるとも知れぬ“かぐわしき残滓”に宣言した。
省23
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