有栖川夏葉「一張羅」 (9レス)
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1: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/09/22(火)21:16 ID:p5W+m0Hg0(1/9) AAS
汗を迸らせ、歯を食いしばり、飛来する拳を最小限の動きで回避した男は勇猛に眼前の相手へと迫る。

目視してからでは間に合わないほどの速さの左腕が相手の下顎を射抜いて、続く右腕がこめかみを打ち下ろす。

十数ラウンドにも渡った死闘は唐突に、終わりを告げた。

高層階から雑巾でも落としたかのような、生気を感じさせない崩れ方で男の対戦相手はリングに沈む。

鳴り響くゴングの音でようやく実感を得た男が勝鬨と共に腕を振り上げる。
直後、男の両の手を包んでいたグローブが役目を終えたことを誘ったかのように裂け、リングへぼとりと落ちた。
省3
2: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/09/22(火)21:17 ID:p5W+m0Hg0(2/9) AAS


 すん。

そのような音を隣で聞いた。
テレビから目を離し、音の方向へと首をひねってみる。
いたのは、当たり前ではあるがアイドルである私、有栖川夏葉のプロデュースを担当している男で、彼は目を潤ませていた。

「お父さんの夢、叶ったんだなぁ」

またしても鼻水をすすり、プロデューサーは「良い映画だった」と震える声で呟く。
省13
3: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/09/22(火)21:18 ID:p5W+m0Hg0(3/9) AAS
「それにしても、どうして主人公は勝てたのかしら」

「……っていうと?」

「だって、体格的にも技術的にも、全てにおいてチャンピオンが勝っていたように思えたし、試合が始まる前まではこれでもかというくらいそう印象付ける描写がされていたでしょう?」

「そう、だなぁ。確かに無謀な試合に臨む主人公、みたいに見えた」
省15
4: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/09/22(火)21:19 ID:p5W+m0Hg0(4/9) AAS


ついてきてくれるだけでいい。

なんていう、プロデューサーの言葉に従って、彼の駆る自動車に揺られること数十分。私はとあるビルの前に立っていた。

そこは私もよく知る洋服ブランドの日本法人で、どう考えてもプロデューサーがここに用があるとは思えないのだが、そんな私の心配をよそに彼はずんずんと敷地内を進んでいく。

よくわからないけれど、ついていくしかなさそうだ。
省10
5: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/09/22(火)21:19 ID:p5W+m0Hg0(5/9) AAS
軽快な音が響き、エレベーターが目的の階へ到着したことを告げる。

重々しく開いた扉の向こうには、スーツ姿の女性が一人立っていた。

スーツというのは衣服の中でも特別良し悪しがわかりやすい。
そして、目の前の彼女が着ているそれは一目でオーダーメイドとわかる、体のラインに沿って作られたものだった。

プロデューサーもそのくらいは察しているのであろうが、欠片も物怖じをせずに彼は一歩を踏み出してすらすらと快く面談を受け入れてくれたことに対しての謝辞を口にしていた。
6: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/09/22(火)21:20 ID:p5W+m0Hg0(6/9) AAS


通された応接室も、これまたソファやら机やらの意匠が凝っており、こだわりを感じさせる内装となっていた。

これは流石の彼も緊張するのではないか、と思い視線だけ隣に移す。
けれども彼は依然としてはきはきと言葉を続けていて、名刺の交換を先方と済ませたのちに「早速で恐縮ではございますが」と机上へ資料を広げるのだった。

「はい。つきましては、弊社の有栖川と御社製品のコラボレーション企画を……」

話の行方を見守っていたところ、思わぬ発言がプロデューサーから飛び出すものだから、慌てて隣を見る。
しかし彼は顔色一つ変えずに言葉を紡ぎ、最後に「何卒ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます」と締めくくった。
省9
7: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/09/22(火)21:21 ID:p5W+m0Hg0(7/9) AAS


「ゴングがいるな」

運転席を倒し、背中を預け脱力しきったプロデューサーが愉快そうに言う。

「試合、勝ったのよね?」
「ああ。俺たちの勝ちだ」

ぐっと親指を立てて満足げに彼は笑っている。
省5
8: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/09/22(火)21:22 ID:p5W+m0Hg0(8/9) AAS
「やっぱり、夏葉に来てもらってよかった」
「……どうして? 私は何もしていないと思うのだけれど」
「わかんないかなぁ。さっきしてた話とも繋がるんだけど」
「あ。……アレ、ね?」
「そう。アレ、だ」

目を見合わせる。
どちらが先だったか、ぷっと噴き出したのを皮切りに車内は笑い声で満ちた。

「ちょっと、格好つけたようなことを言うから、笑ってくれ」
「……続けて頂戴」
省10
9: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/09/22(火)21:23 ID:p5W+m0Hg0(9/9) AAS
おわり
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