渋谷凛「ゴースト レイト」 (28レス)
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9: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:43 ID:4if+2Hlr0(9/25) AAS


その日のアイドルとしてのお仕事を終え、私がテレビ局を出たときには街にはすっかり夜の帳が降りていた。

関係者用出入り口前のロータリーに停まっているタクシーに乗り込んで、事務所に向かってもらう。
ちひろさんに頼んで、いくつか用意してもらったものを受け取りに行くためだった。

ちひろさんに頼んだものは二つ。携帯電話とそのポータブル充電器だ。これをプロデューサーに渡しておけば、いつでも連絡を取り合うことができる。

そんな矢先、私の携帯電話がぶるぶると震えた。ディスプレイに公衆電話からの着信であると表示されているのを見るや、すぐに私は電話を取る。
省22
10: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:44 ID:4if+2Hlr0(10/25) AAS


私が名古屋駅に到着したのは日付が変わってしまうぎりぎりの時刻だった。
この時間ともなると、さすがに人もあまりいないようで、構内を歩いている人々も終電に何とか間に合わせるためか、必死そうな表情の人が多い。
以前にロケで訪れたときは昼間で賑わっていたのもあって、雰囲気の違いように少し驚く。けれど、あまり時間を無駄にしてもいられない。
改札を出て、辺りを見渡す。右手に銀色の時計のモニュメントを認め、これと対になる金色の時計のモニュメントは反対方向であると瞬時に理解した私は、小走りでその方向へと進んだ。

やがて、私は大きな金色のモニュメント前にやってくる。
平常時であれば多くの人が待ち合わせの場所に利用するらしいここも、終電間際とあっては、そんな影もなく、ぽつりと一人のスーツ姿の男が佇んでいるのみだった。

「プロデューサー!」
「……申し訳ないな。いろいろと」
省26
11: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:45 ID:4if+2Hlr0(11/25) AAS


さて、状況整理といこう。
プロデューサーはそう高らかに宣言して指を鳴らす。

私以外の誰にも認識されることがないのを良いことに、彼はファミリーレストランの最奥の席で、贅沢に椅子を二つ並べて、どっかりと座っていた。

「まず、今日はちょっとおかしい」
「うん。なんでそんなにハイテンションなの?」
「そういうおかしいじゃなくて……。いや、関係あると言えばあるんだけど」
「どういうこと?」
「消えないんだよ。もう“出て”からとっくに二時間は過ぎてる」
省54
12: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:47 ID:4if+2Hlr0(12/25) AAS


聞けば、昨晩私と会ったあとから、こうして私と再び会うまでの間に、プロデューサーは途方もない数の夜に“出た”という。
そして、彼の言うところによれば、いずれの夜も過去の地点であったらしい。

「……過去の私には連絡したの」
「それが、できなかった」
「……どういうこと?」
「俺が出ると、その地点での俺がいる事実が消える、っていうのかな。誰にも認識されなくなったんだ」
「……誰にも、ってことは」
「そう。凛にも」
省23
13: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:47 ID:4if+2Hlr0(13/25) AAS
「今日は、とりあえずプロデューサーにこれ渡そうと思って」
「ケータイ、と充電器? 凛のだろ、それ」
「うん。明日返してくれたらいいから。実は今日、もう一台契約してきて……受け取りに行く時間はなかったんだけど……そんなわけで私は大丈夫だから」
「でも、凛の新しく契約した方の番号を知らない」
「私が電話するよ。十五分に一回くらい」
「何から何まで……ごめん」
「謝らないでよ。プロデューサーは悪くないんだからさ」
「……ああ。ありがとう」
「さて、これでプロデューサーが公衆電話を探して歩くまでの時間は短縮できるようになったわけだけど」
省44
14: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:48 ID:4if+2Hlr0(14/25) AAS
◆  4

質素なビジネスホテルの一室で目を覚ました私は、ルームウェアから私服へと着替え、手早く身支度を済ませる。
そうしてホテルのモーニングを摂り、意気揚々とチェックアウトを果たしたのちに名古屋の街へと繰り出した。

昨日はここ、名古屋の地での番組ロケがあり、その収録が夜更けまで及んだことから東京へは戻らず宿泊していた。
その影響で、今日の午前中は予定が入っていない。久々に自由に使える時間に心を躍らせながら、地下へと降りて路線図を眺める。

さて、どこに行こうか。
どうせ行くならば、行ったことがない場所に行ってみたい。そう思って思案していると、一つの駅名に目がいく。

名古屋港。
路線図の左下のほうにぽつりとあるその駅については、少しばかり知っていた。
省3
15: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:50 ID:4if+2Hlr0(15/25) AAS


地下鉄を乗り継いで、目的である名古屋港駅に到着した私が地上に出ると、ふんわりと海の香りが迎えてくれた。
燦々と注ぐ太陽の光と大きい入道雲、夏真っ盛りの良い天気だ。

こんな日に歩く水族館はさぞ気持ちがいいだろう。館内の涼やかな空気を思い浮かべ、自然と口角が上がる。
右手を見れば、大きく『名古屋港水族館』の文字と矢印が出ていて、私はそれに従い敷地内を歩いて行った。

水族館までの順路でさえ既にわいわいと賑わいを見せ、私はその非日常感にいっそう胸を弾ませる。
道中に見えるフードコート内の様子や飲食店を軽く見渡しながら歩いていると、ふと私は一つのお店の前で足を止める。
猫のマークが印象的な喫茶店だった。

店先のガラスケースには食品サンプルがずらりと並んでいるのだが、中でもバケツほどはあろうかという器に、これでもかと盛られたパフェに目を奪われた。
省40
16: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:50 ID:4if+2Hlr0(16/25) AAS


記憶を取り戻した私はすぐさま、東京へと舞い戻り、昼食を摂ることも忘れ事務所を訪れた。
ちひろさんに頼んでいた携帯電話を受け取るためだ。

その際に、ちひろさんが「ついに持つ気になったのね」と冗談めかしながら携帯電話を渡してきたので、また私は背筋が凍る羽目になった。

いくらなんでも、気味が悪い。
ここまで大規模に、多くの人の記憶を改竄することができるなんて。
 
事務所を出て、大きくため息を吐く。
ひとまずは、無事に今日も彼のことを思い出せたことを喜ぶべきだろうが、安心もしていられない。
省2
17: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:51 ID:4if+2Hlr0(17/25) AAS


その後も、状況が状況だけに仕事にも身が入らず、たくさんの人に迷惑をかけながら私はその日の仕事を終える。

既に日は落ちていたが、まだまだ彼が“出る”までには時間がありそうだった。

今日は彼と会う前に行くと決めた場所があった。

あの神社だ。
省3
18: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:52 ID:4if+2Hlr0(18/25) AAS


二週間と二日前に訪れた、あの神社への再訪を果たした私は車を降りるや否やすぐに駆け出して、長い長い石の階段をひとつ飛ばしで登っていく。
道中、渋滞があったせいで時刻は二十一時を過ぎていた。

だが、その点に関しては案ずることはない。
今回は彼には携帯電話を渡しているのだ。これまでのルールからすれば、彼は誰かに認識されている限り消えないのであるから、ビデオ通話なりで彼を常に私が見ていれば、時間制限はあまり気にしなくて済む。

やはり、携帯電話を渡しておいて正解だった。
昨日の自分の判断を褒める。

境内には、前回同様私の他に人の気配はなく、しんみりとしていた。
空にはどんよりとした雲が浮かびあらゆる光を遮り、空気はじめっとしていて嫌な感じだ。
省5
19: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:53 ID:4if+2Hlr0(19/25) AAS


それから、どれくらいの時が経っただろうか。
自分でもどうしてそれだけの時間手を合わせ、無心で立っていたのかわからないほどの間、私は無心で立っていたようだった。

しかし、どうやらそれも空振りで終わったらしい。もう一度だけ「どうか、プロデューサーを返してください」と呟いて、合わせた両の手を解く。

すると「なんで?」と声が響いた。

「なんで? 君が言ったんだろう。彼はいらない、って」
省26
20: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:55 ID:4if+2Hlr0(20/25) AAS
「……信じられないと思うけど、目の前の、この男の子が」

言いかけた私を制して、プロデューサーは前へと歩み出る。
そして、驚くべき行動に出た。

左足を軸として、彼の右足は綺麗に胸元へと折りたたまれ、直後に鮮やかな弧を描く。回し蹴り、というものだろうそれを放ったプロデューサーは迷いなく、少年の頭を蹴り抜いた。

「ちょっと!」

私の声が虚しく響く。
プロデューサーの右足は少年をすり抜けていて、勢い余ったのか彼は倒れ込んでいた。
省35
21: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:55 ID:4if+2Hlr0(21/25) AAS
だったら、どうしたら。

考えろ、考えろと自分に命じるように頭を回す。
そこで、私の中に一つの案が浮かんだ。

「……じゃあ、こういうのは、どうですか?」
「言ってごらん」
「私のアイドルとしての全部。活動してきた時間を全部、全部差し上げます」

少年は目をきらきらとさせ「ほう!」と身を乗り出し、鼻息を荒らげている。

「自分で言うのも変な話ですけど、アイドルとなってからの私の人生は結構価値のあるものだと思うので……これを全部なかったことにして、私と彼が出会う前の地点に戻してください」
省6
22
(1): ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:56 ID:4if+2Hlr0(22/25) AAS
「凛!」

ずしんと脳天に響くような母の声で以て覚醒を果たした私は布団を蹴り上げ、跳び起きる。
自室の壁にある時計を見やれば、時刻は七時半を回っていた。

まだ四月になって間もない時期であるというのに、パジャマは上下の区別なく寝汗でぐっしょりとしていた。
加えて、全身を疲労が漂っている。

何か、悪い夢でも見ていたのだろうか。

今となっては何も思い出せないが、思い出せなくてよかったとも思う。
怖い夢は覚えていない方がいい。
省5
23: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:58 ID:4if+2Hlr0(23/25) AAS


 最寄駅から電車に乗ること数駅。多くの路線が交差している大きな駅に辿り着いた私は、乗り換えのために一旦、地上へと出る。

 そうして雑踏をすり抜けるように駆けていると、不意に背後から「あの!」と呼び止められた。

 男の人の声だ。

 振り返ればそこにはスーツに身を包んだ、二十代くらいの男性がいる。
省8
24: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)22:59 ID:4if+2Hlr0(24/25) AAS
「ふーん、アンタが私のプロデューサー?」
25: ◆TOYOUsnVr. [saga] 2020/07/04(土)23:00 ID:4if+2Hlr0(25/25) AAS
終わりです。
ありがとうございました。
>>22 についてちょっとしたミスですが、ここで章が変わります。
まとめサイト様などは >>2 の最初に「◆  5」と挿入していただけると嬉しいです。
26: 2020/07/04(土)23:16 ID:wuUWU7VH0(1) AAS
乙でした
途中で凛が見事にPを忘れている演出とかゾクゾクした
結局アレは何者だったんだろう。
27: 2020/07/04(土)23:50 ID:fXU0VLrDO携(1) AAS


とりま、キャッツカフェは競馬場近くにもあるからね
28: 2020/07/08(水)00:52 ID:G6EfH1TLo(1) AAS
乙ー
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