最上静香の「う」_四杯目_ (23レス)
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1: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:31 ID:SegpilIM0(1/21) AAS
ミリマスSSです。

一応、地の文形式。

続き物でもあります。

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2: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:33 ID:SegpilIM0(2/21) AAS
「いい店、見つけたんだ。折角だし、昼飯にどうかな」

 プロデューサーにそう提案されたのは、最上静香がレッスンを終え、片付けをしていたときのことだった。

 ライブも近い、それだけにダンスレッスンにも気合いが入る。ゆえに激しくカロリーを消費し、腹の虫がすっかり目覚めていた静香は、二つ返事で行くと答えた。

 店というのは、うどん屋である。プロデューサーも静香もはっきりと示すことなく、静香は彼がうどんを食べに行こうと提案したことを理解し、プロデューサーは彼女がその店をうどん屋であると認めたことを理解する。うどんの以心伝心と称した方がよいだろう。

 彼が提案した昼食がうどんであるということも、静香が迷うことなく好意的に受け入れた理由であった。
省1
3: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:34 ID:SegpilIM0(3/21) AAS
 着替えを済ませ、静香はプロデューサーとともにレッスンスタジオを後にした。

 残暑は厳しい。私服へ着替える前に、冷たいシャワーを浴びて身体の火照りを冷ましていたにもかかわらず、静香の肌からは汗が吹き出される。道沿いの欅に留まるクマゼミの鳴き声がわんわんと響き、暑さを助長しているような心地がしてたまらない。

 横を見遣ると、横並びに歩くプロデューサーが玉のように汗をかき、それをハンカチーフで拭っていた。

 静香は行き先を訊ねていなかったことに気付いた。

「ちょっとここから離れてるよ。大手町にあるんだ」
省9
4: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:35 ID:SegpilIM0(4/21) AAS
 どういう代物か静香はプロデューサーに訊ねたが、彼は「行ってからのお楽しみ」と勿体ぶって教えようとしない。

 夏に打ってつけの一杯といえば、真っ先にざるうどんが思い起こされる。茹でたうどんを氷水で締め、醤油と出汁が濃く利いたつゆに付けて啜る。冷えた麺には清涼感があり、弾力に富み、喉越しがよい。途中、鰹の利いたつゆへ煎り胡麻やおろし生姜、刻み海苔を放り込み、味の変化を楽しむ。夏の醍醐味である。

 しかし、プロデューサーの口ぶりからして、単にざるうどんではないのだろう。一風変わった一杯を提供する店なのかもしれない。
5: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:36 ID:SegpilIM0(5/21) AAS
 地下鉄の入り口を降り、改札を抜けると、生ぬるい風を押し退けながら電車がホームに滑り込んできた。

 十分ほど地下鉄に乗り、路線と同じ名前の駅で下車し、乗り換える。地下通路で繋がった名前の異なる駅へと向かい、さらに一駅乗ると、大手町に到着した。

 移動は二十分である。しかし、静香の腹の虫を活発に動かすには十二分の時間であった。

 地下鉄の出口を上ると、高層ビルが林のごとく、高く聳え立っている。建物は官庁や大手企業の本社が入るオフィスビルも多く、ここ東京が日本の中心であることを改めて思い知らされる。この無機質な建物のどこかで働いているであろう、スラックスにワイシャツ姿のビジネスマンが無表情に通りを行き交っている。

 このような場所に、果たして彼らを癒すうどん屋があるのだろうか。デスクワークに忙殺された企業戦士たちの、いわば砂漠のオアシスたるうどんがあるのだろうか。
省1
6: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:37 ID:SegpilIM0(6/21) AAS
 プロデューサーと静香はあるオフィスビルへ入った。地下にある食道街へ向かい、少し奥へ進むと、プロデューサーは立ち止まって指を指した。

「ここですか?」

「ああ。なかなか洒落た店だろう?」

 提灯で一文字ずつ店名を掲げた、いかにも和風な佇まいの店であった。時刻は丁度一時を過ぎた頃合いだが、オフィスワーカーの姿も多い。

 店に入ると、席があてがわれた。威勢のよい声が飛びかう。
省1
7: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:39 ID:SegpilIM0(7/21) AAS
 静香は店中央に掲げられたメニューを眺めた。わかめうどんや肉うどんなどの定番のなかに、ごぼう天うどんに丸天うどんなど、ラインナップからある地域性を静香は感じ取った。

「もしかして、ここって博多うどんの店ですか?」

 静香の言葉に、プロデューサーは感心した表情を見せた。

「流石は静香だな。そう、元は博多にある店なんだ。でも、ただの博多うどんとは毛色がかなり異なるぞ?」

 静香はほう、と関心が湧く。それから、先刻プロデューサーと会話した内容を思い出した。
省6
8: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:47 ID:SegpilIM0(8/21) AAS
 程無くして店員が注文を取りにやって来た。プロデューサーはその「すだちかけうどん」と小さな丼のセットを二つ注文した。

 聞き慣れない名前の丼だったため、静香は訝しんでいると、「大丈夫だ、任せておけ」と彼は胸を張って言った。彼の妙な自信に、静香は怪訝深くなる。

 さて、うどんも丼も耳慣れぬものである。すだちかけうどんは恐らく「すだち」と「かけ」と「うどん」に分けられるだろう。すだち風味のかけうどん、ということになる。柑橘の香りよく、確かに清涼感があるのだろう。しかし、どのような一杯か、静香は想像がつかない。

 丼になると、その謎は一層深まる。彼は注文のときに「ビー丼」と呼んでいた。ビーはアルファベットの「B」のようだ。しかし、このBが何物なのか、何の略称なのか、静香の豊富な想像力をもってしても、てんで思い浮かばなかった。
9: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:48 ID:SegpilIM0(9/21) AAS
 静香はしばらく思案していたが、それから、酒杯を傾ける客がちらほらと見えることに気付いた。

「お酒も飲める店なのですね」

「ああ。店の前に『うどん居酒屋』って大きな提灯が立て掛けられてただろう。まず刺身やつまみを食べながら飲んで、それからうどんで〆るスタイルが最近博多で流行ってるそうだ」

 特に日本酒に力を入れているらしい。

 プロデューサーは、隣の客がさも美味そうにビールジョッキをあおる姿を見て、喉を鳴らした。誘惑に駆られる彼を静香は見逃さない。
省3
10: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:49 ID:SegpilIM0(10/21) AAS
 静香とプロデューサーは、うどんが運ばれてくるまでの間、様々な話をして過ごした。午前のレッスンの反省、来るライブの構成、事務所で春日未来がしでかした失態など、話題は尽きない。いや、静香は話題が尽きぬよう努めた。

 空腹が限界を迎えていたのだ。腹の虫が蠢くのを何とか誤魔化さなければ、静香は今にも気が触れてしまいそうだった。周りの客がうどんに舌鼓を打つ姿を、悠長に眺めているほどの余裕はない。お腹が空いた。我々だけがうどんに有り付けないでいることに、静香は焦りさえ覚えた。

 移動中に浴びた日光の火照りが、自らの身体に残っていることも、静香の焦燥感を昂らせていた。

 静香とプロデューサーの座る卓にうどんが運ばれたとき、静香が絶望の淵から救い出されたような表情を見せたことは、容易に想像できるだろう。

 すだちかけうどんとB丼が静香の前に置かれた。
11: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:50 ID:SegpilIM0(11/21) AAS
 本能が理性を打ち負かし、箸置きから箸を、それからレンゲを取り出して今にも食らおうとした静香であったが、目の前に置かれたうどんの光景に思わず箸を止めた。

 美しい。

 黒々とした丼のなかを真白な絹のように滑らかなうどんが泳いでいる。出汁は博多らしい透き通った黄金色であり、東京のような醤油黒さは見られない。

 何よりもこの丼を美しく見せているのが、皮の濃緑が美しいスダチであった。輪切りにされたスダチが、円形に、折り重ねるように敷き詰められている。向こう側が見えるほどに薄くスライスされており、七宝繋ぎの様である。瑞々しいうどんの光景に、静香は昂る感情が次第に鎮まる心地がした。空腹すら忘れ、すだちかけうどんをしばらく眺めた。

「綺麗だろう」
省5
12: ◆kBqQfBrAQE [saga] 2019/08/30(金)21:55 ID:SegpilIM0(12/21) AAS
 静香は箸とレンゲを一旦置き、手を合わせた。それからレンゲを手に取り、出汁を掬った。丼に手を添えると、冷ややかな感触が伝わった。

 もしや。薄々形作られていた仮定を確かめるように、静香は出汁を啜る。丼から湯気が立ち込めておらず、熱気を感じないあたりから半ば気付いていたが、やはり冷たい。

 出汁は鰹節の力強い旨味が主張しているが、嫌気は全くなく心地良い。そして、輪切りにしたスダチの風味がじんわりと出汁に溶け込んでいるのだろう。柔らかく爽やかな酸味が、静香の口をするすると受け入れさせる。

 麺を三、四本つまんで引き上げる。弾力に富むことが箸からも伝わる、しっかりと重みのある麺だ。

 一気呵成に啜ると、冷水でしっかり締められた冷ややかな麺が、するりと口内に入る。博多の柔らかくモッチリした麺――時には茹で置きのパスパスした麺もあり、それも魅力の一つだが――とはかなり異なり、コシが強く、ほんのりと小麦の甘みが香る。小麦の香りと出汁の旨味と塩味、そして、スダチの酸味が見事に調和している。
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