【艦これ】山城「不幸のままに、幸せに」 (247レス)
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1: ◆yufVJNsZ3s 2019/08/19(月)22:21 ID:G6ax3z7W0(1/9) AAS
人間は慣れる生き物だ。そうでなければ生きていくことはできない。
傷口に塩水の沁みる痛みも、いつの間にか感じなくなってしまった。
ならば私のこの不幸にも、いずれ慣れていくときが来るのだろうか。
痛みどころではなかった。左上腕から先の感覚は消失している。眼で確認するのも億劫で、私は自己診断プログラムを走らせた――腱断裂、解放骨折及び出血多量。A3度の危険域。左足表皮と腰骨神経系もA1相当の被害を受けていて、私はそこで走査を打ち切る。
怪我をC1からA3までの九段階で評価する樫村スケールは、あくまで自動修復作用をどこにどれだけ割り振るかの判断基準でしかない。自動修復よりも自壊速度が上回っている現状を鑑みるに、最早意味がないのは明白だった。
不幸だわ。
口癖となってしまっている言葉は、いまこそ似合っているように思えた。
省1
2: ◆yufVJNsZ3s 2019/08/19(月)22:22 ID:G6ax3z7W0(2/9) AAS
敵性攻撃群の襲撃を受け、部隊は壊滅。仲間を庇いながら抗戦を続けるにも限りがあった。ついには落伍し、気づけばどこかの岩礁に乗り上げ、迫り来る自らの死と向き合うばかり。
扶桑お姉さまは無事だろうか。満潮は。時雨は。加賀は。鈴谷は。
爆炎と血飛沫は、即ち死とイコールではない。私たちは心が折れない限り何度でも立ち上がれるし、立ち上がってきた。そうあるべくしてあるのが艦娘なのだ。
だからまだ心は折れない。体がたとえ端から腐れ落ちようとも。
視界に引きずられて思考さえも霞がかっていくなか、せめてもの抵抗として、私は楽しかった時の記憶を思い出す。埃の被った小箱に入っていたものすらも。
想起に耽る営みは、肺からの、気管支を経るごぼりという音で妨げられた。陸地だのに溺れる感覚。喘ぐように呼吸を急くが、ずんずんと意識が急速潜航。
私は潜水艦じゃあない。
黒い塊が意識の隅に陣取っていた。それを極力見ないようにして、光へと手を伸ばす。
省3
3: ◆yufVJNsZ3s 2019/08/19(月)22:23 ID:G6ax3z7W0(3/9) AAS
「発見! 要救助者、はっけーん! 座標は今飛ばした、近ェのは……グラ子か!
大淀と合流してこっちゃ来いやぁ!」
潮騒に負けじと声が響き渡る。
「おい、名前! 自分の名前は、わかるか!」
「ぅ、あ」
声は、喉の振動は、空気の震えは、胸を満たす汚水に飲まれて消える。
省13
4: ◆yufVJNsZ3s 2019/08/19(月)22:24 ID:G6ax3z7W0(4/9) AAS
* * *
人間は慣れる生き物だ。そうでなければ生きていくことはできない。
こんな激痛などには耐えられない。
「ん、っう、くぅうううっ、ぐ、お、ぅ……っ」
暗黒に一条の閃光が迸ったのと、体を雷撃のような激痛が走りまわったのは、完全に同一だった。私は空気を求めて喘ぎ、今度こそ清廉な空気が肺腑を満たすことに驚いて、次いで「今度」という自らの摩訶不思議な認識にまた驚く。
左腕が焼けるように痛かった。それだけでなく、骨から針が出て皮膚を突き破っているような錯覚すらある。右腕でおさえようとしたものの、その右腕の関節やら手首やらには、きっと画鋲がばら撒かれていた。
省2
5: ◆yufVJNsZ3s 2019/08/19(月)22:25 ID:G6ax3z7W0(5/9) AAS
がらり、ぴしゃんと扉が開く――そこで私は、ようやく、自らが部屋にいて、ベッドに寝かされていることに気が付いた。硬く濡れた岩礁とは異なる柔らかさと温かさ。
「あ、おっ、お目覚めです! お目覚めですぅっ!」
枯れ草色の上着、濃緑の袴を身に着けた、子供だった。彼女は私の姿を見るや否や、叫んで出ていってしまう。この痛みを何とかしてほしいのに。なんという不幸か。
しかし、不幸な私はやはり、幸いにも、人間であったらしい。激痛は波こそあるものの、ゆっくりと引いていって、なんとか歯を食いしばれば耐えられるほどまでには落ち着いてきた。
部屋の外を走る音。数秒の間があって、部屋へとなだれ込む人影。
「おい、医者が次に来るのは明後日だぞ、クソが」
省3
6: ◆yufVJNsZ3s 2019/08/19(月)22:25 ID:G6ax3z7W0(6/9) AAS
視界の焦点が段々と定まっていく。先頭に、男性。白いシャツに徽章の金が眩しい。その隣には先ほどの子供。こちらと男性を交互に見やっている。
その後ろに、さらに二人の女性。片方は黒髪長髪で、眼鏡をかけた、清楚な雰囲気。もう片方は銀髪で凛とした佇まい。
「おい、あんた、名前だ。自分の名前はわかるか」
「……」
名前。名前。私の。
「意識に混濁がまだあるか?」
省5
7: ◆yufVJNsZ3s 2019/08/19(月)22:26 ID:G6ax3z7W0(7/9) AAS
「……ぁ、だ、ぃ、ぅお」
大丈夫と言おうとしても言葉にはならなかった。喉から血が戻ってきている気がする。ここもまた、痛い。
「あまり無理しないでください」
眼鏡の女性が言う。
「私たちがあなたを助けました。あなたは一命を取り留めたんです。恢復までには長い時間を擁します。ゆっくり療養していきましょう」
省7
8: ◆yufVJNsZ3s 2019/08/19(月)22:27 ID:G6ax3z7W0(8/9) AAS
「ペンと紙を持ってきたぞ」
「おう、グラ子、助かった」
「大丈夫ですか? ペン、握れますか? 意思の疎通は」
私は僅かに指の感覚を確かめて、うん、これならば、なんとかなると首肯。
「あの、まずわたしたちの……わたしたち、から、名乗ったほうがいいんじゃ?」
省6
9(1): ◆yufVJNsZ3s 2019/08/19(月)22:29 ID:G6ax3z7W0(9/9) AAS
――――――――――
ここまで。
リハビリもかねて、リクエスト消化。
週一くらいの更新で、100レス程度で終わればいいかな?
待て、次回。
14: ◆yufVJNsZ3s 2019/08/20(火)20:19 ID:lnANcWZz0(1) AAS
>>12
このお話に前作は存在しませんが、私の過去作が存在するということですね。
15: ◆yufVJNsZ3s [saga] 2019/08/21(水)01:26 ID:zqrS27Hw0(1/7) AAS
声が出なかったのは、きっと体の傷が原因のすべてではない。
私は別段、自分が一般常識に欠けているとは思わなかった。それでも、たったいま目の前の女性、大淀と名乗った彼女が口にした単語――いや、そもそも単語なのかすら定かではない――言葉の羅列は、私の知識の中にはなかった。
CSAR。ARS。恐らく、何か英単語の頭文字なのだろう略し方という類推はできても、それまでである。
誇らしげに大淀は胸を張っていた。たった今口にしたその文字に、自らの威信と誇りを委ねているという態度のようにすら見えた。
「通じてねぇようだが」
それみたことか。男性のニュアンスは皮肉交じり。
大淀はそれを受けて小さく呟いた。なるほど。なにが「なるほど」であるのか私にはちっとも理解ができなかったけれど、彼女は納得したらしい。
17: ◆yufVJNsZ3s [saga] 2019/08/21(水)01:27 ID:zqrS27Hw0(2/7) AAS
「CSARとはCombat Search and Rescueの略ですね。即ち、『戦場における捜索と救難』です。そしてARSはAir Rescue Squadronの略で、直訳だと……『航空救難戦隊』? まぁ、つまりは救難部隊を指しています。
我々の救助対象は艦娘です。たまに深海棲艦に襲撃された客船やタンカーも救助しますが、任務中、あるいは遠征中に襲われたロストバゲージの捜索と救助が主任務となります。
コードネームは『浜松泊地』。まぁ浜松に拠点があるわけではないんですが、説明すると長くなりますので」
戦闘捜索救難を行う部隊、航空救難戦隊が彼女たちの正体だと。それが海軍に新設された。……航空? 海軍なのに?
疑問はあったが、言葉の枝葉末節はどうでもいいことだと思考から追いやった。重要なのは、私が彼らの活動の結果として救難され、いま、こうしてベッドに横たえられているという事実。
19: ◆yufVJNsZ3s [saga] 2019/08/21(水)01:27 ID:zqrS27Hw0(3/7) AAS
「さて、山城さん、落ち着いて聞いてください。あなたは任務の最中に敵性攻撃群、通称『深海棲艦』に襲われました。その後、我々が捜索し、発見、いまに至ります。ここは浜松泊地所有の医療施設で、幸いなことに命に別状はありません」
私は手を握り、開いた。痛みはしつこく残っている。それでも最早泣き出したくなるほどではなかった。
「山城さんは四日ものあいだ意識を失っていました。医者の見立てでは、日常生活を送れるようになるまでに二週間、完治まで二か月とのことです。後遺症の具合によってはさらに伸びる可能性もあります。
なにより、この数字は高速修復剤を利用した上での日数です」
高度修復剤、通称「バケツ」。浸せば体の損傷をたちどころに回復させてしまう、祈祷によって清められた霊水。
普通、どんなに酷い状態だったとしても、一日もあれば全快になるはずだ。それが二週間とは、まさに私は生死の境目を彷徨っていたのだろう。不幸中の幸い、ここに極まれり、である。
22: ◆yufVJNsZ3s [saga] 2019/08/21(水)01:33 ID:zqrS27Hw0(4/7) AAS
「食事やリハビリについては、この施設で賄うことができます。ある程度状態がよくなれば、軍の病院にも移送することは可能です。いまはとにかく体を休めることを優先に考えてください。
常に我々がつきっきりというわけにも行きませんが、基本的に誰かしらはいる構造になってますので、不便があればいくらでも呼んでくださいね」
なにからなにまで、申し訳ない。
「浜松泊地」なる救助隊が設立され、活動に勤しんでいるという話は初耳だった。新設と自ら謳うのだから、本当に最近できたばかりなのかもしれない。
私は部屋をぐるりと見渡す。大淀は先ほどから「我々」と口にしている。銀髪で怜悧な女性も、和服の少女も、傷の多い男性も、みな救助隊のメンバーなのだろう。
23: ◆yufVJNsZ3s [saga] 2019/08/21(水)01:34 ID:zqrS27Hw0(5/7) AAS
「グラーフ・ツェッペリンだ。艦種は空母」
もしかしたら視線で思考が伝わってしまったのかもしれない。銀髪の女性が直立不動で名乗った。堂々とした態度。その確かな存在感は、私には光沢のある金属を想起させる。
「た、大鷹です。軽空母……です」
こちらの挨拶は控えめだった。引っ込み思案というよりは、年上と話すことにあまり慣れていないように感じられた。
「後藤田だ。後藤田一という。俺は見ての通り男だから、艦娘じゃあねぇ。こいつらを指揮する……お前らふうに言えば、『提督』ってやつになるのか。この部隊、『浜松泊地』を預かっている」
省3
25: ◆yufVJNsZ3s [saga] 2019/08/21(水)01:34 ID:zqrS27Hw0(6/7) AAS
「この三人のほかに、あと二人、構成員がいる。駆逐艦の不知火。重巡のポーラ。もし知らない顔がいても驚かないでくれ」
だから、ごく自然に大淀のあとを彼が引き継ぐことも、なんら驚くべきことではない。
「――ここまでで、何か質問はあるか?」
彼が尋ねるのをきっかけにして、大鷹が、グラーフが、そして大淀が、静かに部屋を後にしていく。その意図が私にはわからなかった。
混乱に僅か戸惑う頭でも、正常には回る。質問。わからないこと。気になること。訊きたいこと。
省1
26: ◆yufVJNsZ3s [saga] 2019/08/21(水)01:35 ID:zqrS27Hw0(7/7) AAS
ペンを握る。紙に走らせる。
みんなは、どこ?
痛む手でやっとこさ書き上げた文字列を、彼は悲痛な表情で一瞥する。
そのとき理解した。三人が自主的に去ったのか、それとも以心伝心で彼が三人を去らせたのは定かではないが、どうして無言のままに彼女たちは部屋を後にしたのかを。
後藤田提督は首を振る――横に。
「残念ながら、生き残ったのはあんただけだ」
省1
32: ◆yufVJNsZ3s [saga] 2019/08/22(木)00:15 ID:ihyj2nok0(1/10) AAS
扶桑姉さまは、この世でたった一人の家族だった。
私たちは天涯孤独ではなかったけれど、単にひとつ屋根の下で暮らす存在が家族だとは思わない。戸籍謄本に乗っているだけの関係が家族だとは思わない。そういう意味では半分だけ孤独ではあったのかもしれない。
私には姉さまが、姉さまには私が、それぞれいればそれで十分だった。互いが互いの半身だった。
人という字はひととひとが支え合っている様を表すというのは、きっと間違いなのだろう。私と姉さまがふたりでひとつ。少なくとも、私たちにとっては。
山城。わたしたちは、ずっと一緒にいましょうね。わたしは絶対にあなたを裏切らないから、信じ抜くから、あなたもわたしを裏切らないでね。信じ抜いてね。
こんな不幸に満ちた世の中なんて、きっと一人では生きていられないわ。だけど大丈夫。わたしにはあなたがいるもの。あなたにはわたしがいるもの。
姉さまは口癖のように、夜毎の子守歌のように、隣でそう言っていた。
33: ◆yufVJNsZ3s [saga] 2019/08/22(木)00:15 ID:ihyj2nok0(2/10) AAS
母親が死んだのは私たちが八歳の時で、後妻がやってきたのがその三年後。私たちが高校へ上がると同時に父親も倒れて、私たちは後妻の実家へ移り住むこととなった。
共同体の中に、異物がふたつ。
そこでは私たちは家族ではなかった。ただ単に、よそ者だった。
叔父からの性的な視線。一回りも年の離れた相手との見合い話。生理用品を買うのにすら領収証を貰わなければならない狂った生活。
それでも大丈夫だった。耐えられた。姉さまの至言があったから。
こんな不幸に満ちた世の中なんて。
一人では決して生きていられないけれど。
私には姉さまが、姉さまには私が。
姉さまがいれば、それだけで。
省2
34: ◆yufVJNsZ3s [saga] 2019/08/22(木)00:16 ID:ihyj2nok0(3/10) AAS
私たちは走った。走り続けた。朝の農道を。昼の畦道を。夜の隧道を。
気分はさながら、嘗てドラマで見た恋人の駆け落ち。迫る追っ手、逃げる主人公、試される真実の愛。
違うところと言えば、迫る追っ手はおらず、私たちは決して主人公足りえないという、二点だけ。真実の愛は既に試されていて、乗り越えたからこそ、いま私たちは走っているのだ。
変な男と結婚させられなくてよかったね。と私が言った。九州は、離れ離れになるには遠すぎるもの。
不幸続きの人生にも、たまには好機は巡ってくるのね。と姉さまが言った。旅立ちの前日に、家が失火に見舞われるなんて。
顔を見合わせて、笑う。そしてまた走り出す。家事の混乱に乗じて、誰も知らないどこかへ行って、清貧でもいい、静かに暮らしたかった。二人一緒にいられるのなら、地獄の方が天国よりもましに思えた。
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