役人「君と世界に花束を」【ガルパンSS】  (63レス)
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抽出解除 レス栞 あぼーん

1: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)05:40 ID:DcA3DrBQ0(1/53) AAS
・劇場版ノベライズの辻に関する設定はほぼ無視しています

・官僚機構・法案成立に関する記述には多数の捏造と間違いと不足を含みます

・モブキャラクターが複数登場します

SSWiki : 外部リンク:ss.vip2ch.com
3: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)05:48 ID:DcA3DrBQ0(3/53) AAS
 意味が分からず首を捻る辻に、いらだたしげに官房長が口を挟む。

「誓約書だよ誓約書! 大洗の生徒会長に君がまんまと書かされたアレだ」

「誓約書……しかしあれはあくまで大洗に限っての取り決めでございまして、それ以外の高校の廃校とは何の関連も無いと思いますが……」

「認識が甘いっ」

 大臣の派閥力と引きで就任した若手与党議員の副大臣がわめいた。
省22
4: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)05:50 ID:DcA3DrBQ0(4/53) AAS
「辻局長は文科省では数少ない、戦車道に詳しい高級幹部です。このまま辞めさせるのでは人材を無為にすることになりますよ。責任を取っての異動は仕方ないとしてもね」

 掘りの深い顔立ちに、浅黒い肌。浅黒い肌にオールバックの髪、長身を包むスーツはイタリアクラシコの超高級ブランド。吊るしのダブルに冴えない七三分けの辻とは対照的な、いかにもやり手のエリートキャリア的外見であった。

「君は?」

「Sと申します」

 辻のピンチに口を挟んだ男は辻と同期の文科省官僚であった。優雅に一礼し、先を続ける。
省6
6: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)05:57 ID:DcA3DrBQ0(6/53) AAS
「今の戦車を軒並みシャーマンに入れ替えたんじゃ、各校の個性が無くなってしまうだろう」

「個性? そんなものが必要か?」

 辻の疑問を、Sはあっさりと切り捨てる。

「今の戦車道は野球でいったら使うバットがチームによって金属だったりプラスチックだったりする、みたいな状況じゃないのか。むしろスポーツとしての公正を期すなら試合の道具は統一すべきだろ。そしてお互い、純粋に戦術と技術だけを競うってわけだ」

「……」
省16
7: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:00 ID:DcA3DrBQ0(7/53) AAS
◇◇◇

 飯田橋駅で別れる前。辻は気になっていたことを尋ねた。

「今日、何故俺を助けたんだ」

「何でだと思う?おまえなら答えは分かっているはずだ」

 霞ヶ関における同期とは、限られたポストを巡って蹴落としあうライバルのことを指す。この男がただの善意で辻に助け船を出すはずがなかった。そもそも辻とSは元から反りが合わず、お世辞にも仲がいいとはいえない関係であった。
省7
8: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:37 ID:DcA3DrBQ0(8/53) AAS
<十月>

 文科省外局・スポーツ庁審議官。それが辻に新たに与えられた役職であった。

 形式的には一応、今までのポストとほぼ同格。とはいえ、出世レースの最終段階たる幹部クラスの人間が本庁から外局に飛ばされるという人事の意味は、あまりにも周囲の人間にとって明白に過ぎた。

「辻さんも、とうとう年貢の納め時らしいぞ」

「統廃合の件では相当強引な真似をしたっていうからな……」
省2
9: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:39 ID:DcA3DrBQ0(9/53) AAS
◇◇◇

「──お父さん! お父さん、聞いてる?」

「……え?」

「もうっ、進学はどうなってるんだって聞いたのはお父さんでしょ?」

「あ、ああ──すまない」
省10
10: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:42 ID:DcA3DrBQ0(10/53) AAS
(自分は負けた。角谷杏にも、Sにも)

 官僚の生きる意味。一言で言えばそれは出世のため、である。霞が関の官僚たちはほとんど例外なく、出世に全てを賭けて日々を送っている。

 課長クラスまでは横並びだが、そこから先は弱肉強食。いかにしてライバルを蹴落とすかが全てで、省庁トップの事務次官に辿りつけるのは同期のうち一人だけ。他は全員ドロップアウト組として、霞が関から去っていく。

 学園艦統廃合で致命的なミスを犯した辻が、この先の人事で日の目を見ることはもはやあり得ない。閑職の独立行政法人にでも出向できればまだ御の字で、天下りが厳しく帰省されつつある昨今の情勢では今後路頭に迷う可能性すらあった。

(どうすればいいというんだ……これから、俺は)
省15
11: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:44 ID:DcA3DrBQ0(11/53) AAS
◇◇◇

 青い海と青い空に囲まれた、海に浮かぶ学園艦。そのスケールは辻の娘の想像を遥かに超えるものであった。

 人口も施設の規模も多様さももはや都市と呼ぶのに相応しく、今通っている陸の中学校とはまるで別世界だ。しかし、のんびりと見物している余裕はなかった。

 学校見学という名目で訪れた女子中学生たちの大半のお目当ては、戦車道クラス。長年のブランクと圧倒的な戦力差というハンデを背負いながら本年度全国優勝と大学選抜に勝利した名将、西住みほ率いる栄光のチームである。

 機を見るに敏な前生徒会長により開催された行進演習(という名のパレード)に瞳を期待に輝かせた少女たちが殺到する。そのあまりの人いきれに閉口した辻の娘は、人混みを避けて歩くうちにいつの間にか、ふらふらと演習場の外れの格納庫へと迷い込んでいた。
省5
12: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:47 ID:DcA3DrBQ0(12/53) AAS
「ひゃっ!? ご、ごめんなさい! 人がいるなんて思わなくて……」

 思わず仰け反った彼女に、ハッチの上から人懐っこそうなそばかすを頬に浮かべた少女が顔を覗かせた。

「いいのいいの。はじめまして、学校見学の子だよね?」

 私は自動車部2年のツチヤっていうんだ、と名乗りながら、少女は戦車から滑り降りてきた。もとは鮮やかなオレンジだっただろうツナギは至るところがススで汚れている。

「それにしても、見ただけでポルシェティーガーってよく分かったね。戦車道詳しいの?」
省9
13: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:49 ID:DcA3DrBQ0(13/53) AAS
「コイルだけの問題だと思ってたんだけど、なんせ年代物のモーターでしょ?全体的にガタが来ちゃってさぁ……なのに自作は禁止されちゃうし」

 一から巨大なモーターを自作するのは学園艦内の設備だけでは困難だが、外部の工場に発注すればそれ自体は可能であった。ところが発注をかけようとした矢先、文科省からストップがかかったのである。

 もともと戦車道の規定では、オリジナルの部品が調達不能で再現困難な場合は、「連盟が認める範囲で」改造することが許可されていた。ところがこの「認める範囲」というのが曲者で、明文化されていない以上広くも狭くも解釈自由なのである。そしてアメリカ戦車の一括レンドリースに向けて動き出した学園艦教育局の新局長の主導のもと、その他の国の戦車の導入・維持を妨害する形で規制が厳しくなっていたのであった。

 それでもそれなりの数が生産された戦車ならまだ使いまわしのパーツの流通も期待できようが、ポルシェティーガーではそうもいかない。いくら優れた整備技術で名高い大洗の自動車部とはいえ、オリジナルパーツが手に入らないうえに改造まで禁止されては手も足も出なかった。おかげで試合後1ヶ月以上が経過した今も、レストアは完了しないままになっているというわけである。

「先輩たちが居れば、まだなんとかなりそうな気もするんだけどね……」
省7
14: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:52 ID:DcA3DrBQ0(14/53) AAS
「レオポンも今まで頑張ってくれたけど……ね。もう私一人じゃ正直、他の戦車の面倒みるだけでも精一杯だし……」

「じゃあ、ポルシェティーガーはこのまま、ってこと、ですか……?」

「そろそろ休ませてって言いたいのかもな、って気もしてるんだ」

「……」

 薄暗いガレージに納まった戦車は、その巨体に似合わず、何だか心細そうに見えた。
省12
15: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:54 ID:DcA3DrBQ0(15/53) AAS
「あははは、そっかそっか。ナイトは良かったね!」

「す、すみません! 私勝手にいろんな事言っちゃって」

 我に返って恐縮する少女の頭に、軍手を外したツチヤの手がぽんと置かれた。

「ツチヤさん・・・?」

「私こそごめん。何か弱気なこと言っちゃって。ありがとね──なんか、元気出た」
省6
16: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:56 ID:DcA3DrBQ0(16/53) AAS
◇◇◇

「ということで大洗に行くことにしたんだ」

「へ? 何がということで、なんだ?」

 肝心な最後の部分を飛ばされて目を白黒させる辻に、娘はもどかしそうに言った。

「だからー、あのツチヤさんに、大洗女子学園のレオポンチームのホープでもある名メカニックのツチヤさんにだよ? 両手取られて”君の力が必要なんだ”とか熱烈に勧誘されちゃったらさ、行くしかないでしょこれ! きゃーもう言わせないでよお父さん!」
省11
17: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)06:59 ID:DcA3DrBQ0(17/53) AAS
◇◇◇

 阿佐ヶ谷の1LDKのマンションに帰り着いた辻の携帯が鳴る。画面に表示されたのは元妻の名前だった。

「あの子は無事に帰ってるから」

 開口一番乾いた声で告げられた。もはや完全に没交渉となった辻と元妻の間柄では、緊急時ぐらいしか連絡する用事が無くなってしまっている。そこを慮って先手を打ってきたのだろう。さすが頭だけは良い女だ、と辻は苦々しく思う。

「でも泣いてるのよ」
省10
18: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)07:00 ID:DcA3DrBQ0(18/53) AAS
「そうよ。だから、これはただのお願い。あの子は受験を控えてるの。月に1回あなたに会うたびに落ち込んでたら受かるものも受からないわ」

「……」

「そろそろ父親離れしないと、あの子の成長を妨げるだけよ。子供のためを思うなら、わかってください。お願いします」

 声高に言い立てられたなら、まだ反発もできただろう。それが疲弊したようなかさついた声で懇願されては、さすがの辻も声がなかった。

「……。考えておこう」
省17
19: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)07:52 ID:DcA3DrBQ0(19/53) AAS
<十一月>

 文科省全体会議。略して省議は、通常月1回、省内関係各所の局長以上の幹部クラスを集めて行われ、主要な方針が討議される。

 外局に異動になった辻も、出席する立場には変わりない。前と違うのは、座る位置だ。

「米国との折衝は最終のツメに入っておりまして──」

 ”あがり”である事務次官にもっとも近い重要ポストと言われる学園艦教育局長の席から熱弁をふるうのは、今や辻の後継となったSの役目である。
省12
20: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)07:55 ID:DcA3DrBQ0(20/53) AAS
『大洗に行くことにしたの』

 憧れと未来への希望に満ちた声。

『私はあの大洗に行って、ポルシェティーガーの力になってあげるの!』

 鋼のように強い意志を秘めた瞳。

「スイートピー……」
省16
21: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)07:57 ID:DcA3DrBQ0(21/53) AAS
 ぎょっとしたような周囲の視線が集中する。

「本当に、それが高校生の──彼女たちの教育に有益といえるのでしょうか?」

 これは私情だ。自分は国益でなく、家族のために発言している。

「欠陥戦車だといわれようと、弱小だといわれようと、何一つ切り捨てることなく戦う。そんな彼女たちの姿勢を否定することにはなりませんか?」

 大洗廃校の急先鋒だった自分に言う資格なんてないことぐらい解っている。
省6
22: ◆663LzicDVs 2017/07/30(日)08:00 ID:DcA3DrBQ0(22/53) AAS
◇◇◇

 会議で辻が投げかけた疑問は、まさにのれんに腕押しの結果で終わった。
 
 額に汗を浮かべた官房長に、「まあまあ、辻君の意見もわかるけど、この件については持ち帰りってことで今日は……ね?」と取りなされて省議は終了。大会議室の空気は氷点下。こんな最悪な雰囲気の省議は入省以来だととあるベテラン幹部は語ったという。

 そして会議終了後。

「おまえは気でも違ったのか!?」

 廊下で、胸倉を掴みかねない勢いのSに詰め寄られた。 
省5
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