【艦これ】伊58「黒く塗り潰せ」 (707レス)
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688: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/06/30(火)16:43 ID:FKUpOvs40(7/8) AAS
そう悩んだ時に思い付く。

歌でも歌おう。本心をさらけ出せる歌を歌おう。それが彼女から奪った自分の役割なのだから。

一番好きな歌を歌おう。心の底から笑える歌を歌おう。

何もかも黒く塗り潰す、世界で一番大好きな歌を歌おう。

ろくでなしのように、狂人のように、気取った物語の主人公のように歌おう。
省7
689: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/06/30(火)16:44 ID:FKUpOvs40(8/8) AAS
Amen(そうあれかし)と願い歌う。

笛の音を追いかける動物のように、三人の少女は歌い始めた男の後に続いた。

「俺の目の前に」

「赤い扉が立っている」

「俺はそれを」
省4
690: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/08/26(水)20:49 ID:+XYm0fRV0(1/7) AAS
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691: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/08/26(水)20:51 ID:+XYm0fRV0(2/7) AAS
提督がU-511と合流する数分前。彼女、夕立は激怒した。

しかしもう夕立には、自分が何に怒っているのかわからなかった。

この、目の前の売女のような恰好をした糞餓鬼に対して怒っているのだろうか。

この、目の前の売女のような恰好をした糞餓鬼の何が気に食わないのか。

提督を半殺しにした奴らの一員だからか。
省1
692: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/08/26(水)20:53 ID:+XYm0fRV0(3/7) AAS
テレビで轟沈した雑魚駆逐艦娘、この鎮守府の一部屋に玩具のように首を吊られてぷらぷらと揺れている駆逐艦娘。

だからこそ、今夕立の隣にいる如月もゴミ同然で片付けられる。

何故なら、如月は如月だから、如月が如月故に死ぬしかない。

殺されるしかない。

何故なら如月だから。
省9
693: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/08/26(水)20:59 ID:+XYm0fRV0(4/7) AAS
島風を夕立が抑えている間に如月と羽黒を鎮守府内に突入。

夕立は何も考えずそう提案した。

羽黒と如月がこの場から離れれば夕立は敵地で孤立するにも関わらずだ。

単独行動厳禁、それは泊地の艦娘に徹底されていた絶対の軍規だった。

それはあのテレビで得た教訓。無意味に孤立させた結果援護も得られず沈んだ如月から得た教訓。
省10
694: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/08/26(水)21:01 ID:+XYm0fRV0(5/7) AAS
だが心の奥底のその端で、夕立は疑問を抱いてもいた。

何故それは言ってはならない言葉なのか。何故自分はその言葉に怒るのか。

自分ではない他人に向けられた言葉に、何故ここまで怒るのか。

本当に腹立たしいのは一体何なのだろうか。自分は一体何に怒っているのだろうか。

心に僅かな迷いがありつつも、その答えを見つける間もなく戦いは一瞬で終わった。
695: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/08/26(水)21:03 ID:+XYm0fRV0(6/7) AAS
蹴り飛ばされた島風が地面に削り取られながら勢いのまま転げ回る。

彼女の唯一の親友である連装砲型自立砲撃デバイス、島風が連装砲ちゃんと呼んでいるそれの首根っこを夕立は掴んでいた。

わしゃわしゃと首を振るそれを握力だけで強引に黙らせる。

そうでもしなければうるさく動き回るこの玩具の可動域で指を挟んでしまう。

それでも手足をわしゃわしゃと動かす連装砲型自立砲撃デバイスから視線を外し島風の顔を見据える。
省4
696: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/08/26(水)21:08 ID:+XYm0fRV0(7/7) AAS
島風にゆったりと近付きながら連装砲型自立砲撃デバイスの頭を空いた片手で掴む。

全力を込め鉄板に指を食い込ませるが如く締め上げ、捻る。

ごきん、ばきん、ぶちん、という破壊の感触が手に伝わる。もう片手にはびくびくと震える感触が伝わった。

それは喋れない、そうでないとしても少なくとも意思が理解されない機械の断末魔だ。

それが生き物のように、子供に蹴り飛ばされた虫のように、叩き落された羽虫のようにじたばたと蠢いている。
省11
697: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/05(土)20:17 ID:kzBmeXH00(1/7) AAS
島風は走った。鎮守府内部に逃げ込めば振り切れると思い込み、夕立に背を向け走った。

そうすれば生き残れると確信していた。何故なら自分は島風だからだ。

誰よりも早く強い。それが島風型艦娘だ。それが海上だろうが地上だろうが同じ事。

誰も自分に追い付けない。後ろでキレ散らかしてる醜い化け物も島風に追い付く事はできない。

そう思っていた。足に何かが引っ掛かったのを認識した瞬間、空に影が差すまでは。
省3
698: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/05(土)20:19 ID:kzBmeXH00(2/7) AAS
前のめりになる身体より早く顔面が地面に激突する。

島風の頭を中心に赤がじわりと広がった。激突で鼻を強打して鼻血が吹き出している。

その僅かに見える赤い染み目掛けて夕立は艤装付きの足で踏みつけると絶命する蛙のようなうめき声が彼女の足の下から聞こえた。

違う、島風は遅くなんてない。

踏まれた脳味噌はそれだけを考えていた。遅い、という反射的に出た悪意を何度も何度も反芻する。
省9
699: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/05(土)20:21 ID:kzBmeXH00(3/7) AAS
夕立が島風の後頭部を踏みつけたまま上空に向けてその手に持つ主砲を撃ちだした。

反動制御をあえて切って撃たれた砲弾の爆発は夕立を反対方向へと弾き出す。砲弾は上空へ、その反動は地面に向かう。島風の後頭部を踏みつけたまま。

即席のスケートボード。それを支えるのは島風という名の無限軌道だ。

皮膚という名の履帯が回り、すぐさま熱と衝撃で千切れ失う。それでも推進力は収まらない。

その下にある皮下組織、そして筋肉や眼球を代表される臓器が代理になる。血液が噴出し僅かだが摩擦を奪う。まだ推進力は収まらない。
省8
700: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/05(土)20:23 ID:kzBmeXH00(4/7) AAS
島風の死は、轟沈という括りに入るものではなかった。

人としての死、否、人としてですらない。

物理的な生物としての明確な死。人の形を保っていない、無意味無価値の肉塊と壁の染みに島風は成り果てた。

何の意味も価値も無い。微生物の餌となり臭い匂いを発する以外の役割は島風には無い。

艦娘、砲雷撃戦の結果としての死とは認められない程惨たらしい死。
省6
701: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/05(土)20:26 ID:kzBmeXH00(5/7) AAS
あの夜起こった出来事が何もかもを壊してしまった。夕立は今でも覚えている。あれは夕立の改二改装が間近に迫った夜だった。

テレビで放送されてしまった如月型艦娘の轟沈。

それはたった一人の男の私怨によるもの。全てを知ってしまえばそんなくだらない真相があった。

だがそんなくだらない真相は最悪の事態を引き起こした。

待ち望んでいたかのように動き出した艦娘反対派の人間達。そして同じ海軍の仲間であるはずの人間達。
省16
702: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/05(土)20:28 ID:kzBmeXH00(6/7) AAS
駆逐艦夕立は第三次ソロモン海戦で多大な戦果を挙げた武勲艦である。

一夜にして夕立は重巡級五隻を撃沈、二隻大破、防空巡洋艦の二隻を撃沈、駆逐艦の三隻を大破、三隻中破に追い込んだのだ。

夕立の非論理的、非常識的な暴挙とも言える殺戮は一部の者を異名で呼ばせた。その異名は『ソロモンの悪夢』。

駆逐艦娘夕立もその名に劣らぬ高性能な優秀な艦娘だった。

自分のルーツがそこにあると知った時、夕立は喜びを隠せなかった事を忘れられない。
省8
703: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/05(土)20:32 ID:kzBmeXH00(7/7) AAS
『ソロモンの悪夢』の力で如月を守る事はできなかった。

新たな力を求め鍛錬を続ける中で如月は秘書艦に着任した。

彼女自身の適正と何よりあまりにも醜い理不尽に対する同情が要因だったが、周囲がそんなものを理解するはずがなかった。

演習の度に自分達に、否提督と如月に向けられる嘲笑と侮蔑。

その度に如月は提督との絆を深めていく。夕立を置き去りにして。彼との絆だけが自分の命を繋ぐと思い込んでいるかのように。
省3
704: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/19(土)21:52 ID:Y+aHME880(1/4) AAS
あの日全てを失ったのは如月ではない。自分だ。夕立はそう感じていた。

確かに如月は多くのものを失った。名誉、地位、発言力、そして生きる権利すらも失った。

それでも最後の最後で彼女は得たかったものを得た。何もかもを失ったという自分を利用してそれを確固たるものとした。

だが夕立は、自分はどうだ。

得たかった力は何の意味も無かった。『ソロモンの悪夢』では何も守れなかった。
省7
705: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/19(土)21:57 ID:Y+aHME880(2/4) AAS
夕立型艦娘が忌み嫌われる存在になったその時、提督は如月より自分の事を見てくれる。

提督の視線を独り占めできる時間が増える。

その為には『悪夢』では足りない。『地獄』を見せなければ。

自分に、自分の身内に害する者全てに『地獄』を見せてやる。

悪夢なんてものは所詮目を開ければ消えるもの。
省11
706: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/19(土)21:58 ID:Y+aHME880(3/4) AAS
動かせるだけの理性を動かし、心を塗り潰していく。

自分のトラウマを、辛い過去をわざと掘り起こし感情を沸き立てていく。

心を黒く、黒く、塗り潰していく。

歯痒さを、無力感を、怒りを、嫉妬を、夕立が思いつく限りのあらゆる負の感情を沸き立てていく。

黒く、黒く、塗り潰していく。
省3
707: ◆ZFgfLAc.nk [saga] 2020/09/19(土)22:00 ID:Y+aHME880(4/4) AAS
夕立は叫んだ。今からお前達を皆殺しにするぞと言葉を使わずに叫んだ。

その音の波に弾き飛ばされるように二房の髪がびんと跳ね上がった。

あの頃絹糸のように柔らかくすらりと垂れ下がっていた彼女の髪。

今は彼女の心を表すように癖が付いて跳ね上がり、広がっている。

髪が女の魂という論が正しいのであれば、今の夕立の髪こそ彼女の魂が如何に変質したかを物語っていた。
省7
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