[過去ログ] 【イエス】統合・修道スレ121【キリスト】ワッチョイ (302レス)
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8: 怒りの子 (ワッチョイ f2da-vXec [2400:4050:a960:6400:*]) 07/28(月)08:33 ID:hVf2dT360(8/18) AAS
カトリックの伝統において、信仰における「自分が神の前に何者かである」という
うぬぼれ(傲慢さや自己高揚)は、霊的な成長を妨げ、神との関係を損なう
重大な罪として扱われてきました。このテーマについて、カトリックの先人たちは
多くの警告を発しています。以下にその主な教えを簡潔にまとめます。
1. 傲慢(Pride)に対する警告
カトリックでは、傲慢は「七つの大罪」の筆頭とされ、すべての罪の根源と考えられています。
聖アウグスティヌス(354-430)は、傲慢を「神の愛を自分に奪うこと」と定義し、
自分を神以上に高める態度が魂を破壊すると警告しました。
彼は『告白録』で、自己中心的なプライドが神との一致を妨げると述べています。
2. 謙遜(Humility)の重要性
聖ベネディクト(480-547頃)は『ベネディクトの戒律』で、謙遜を修道生活の中心に据え、
自己を神の前に低くする姿勢が信仰の本質だと教えました。
彼は「神の前に自分を無とする者は、神によって高められる」と述べ、
うぬぼれが霊的盲目につながると警告しています。
3. 聖書の教えに基づく警告
カトリックの先人たちは、新約聖書の次の言葉をしばしば引用します:
ルカ 14:11:「すべて自分を高くする者は低くされ、謙遜な者は高められる。」
ヤコブ 4:6:「神は高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお与えになる。」
これらの聖句は、トマス・アクィナス(1225-1274)やイグナチオ・ロヨラ(1491-1556)
などの神学者によって、うぬぼれが神の恵みを受け入れる妨げになると強調されました。

4. トマス・アクィナスの分析トマス・アクィナスは『神学大全』で、
傲慢を「神の秩序を超えて自分を高めること」と定義し、
それが神への不従順と結びつくと警告しました。
彼は、信仰において自分が「何者か」であると考えることは、
神の恵みに頼る姿勢を弱め、救いから遠ざかると説いています。
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