[過去ログ] 【日本で】名古屋 VS 横浜 part5【第3の都市】 (1002レス)
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827(3): (愛知県) 2021/01/11(月)12:26 ID:orSJuk9n(1) AAS
トヨタは名古屋じゃないと勝ち誇ったように言うバカがいるが
トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎も、現名誉会長の豊田章一郎も、
現社長の豊田章男も、トヨタ中興の祖と言われる豊田英二も、
みんな生粋の名古屋人なんだけどね。
喜一郎は出生地だけは母の実家の湖西市だけど、
それ以外は、名古屋育ち、名古屋在住。他の人は皆、名古屋生まれ、名古屋育ち、名古屋在住。
トヨタ自動車は、生粋の名古屋人が名古屋近郊に工場を作り、その地がトヨタ自動車にちなんで豊田市と名乗るようになっただけ。
828(1): わろた(ジパング) 2021/01/11(月)12:34 ID:2EKL6fdt(1) AAS
>>827
日本三大工業都市の工業一家が豊田家か
農業自慢の次は重工業自慢
829: (茸) [age] 2021/01/11(月)14:23 ID:Tw+UhqEE(1) AAS
>>827
ブルーカラー都市乙
834: (ジパング) 2021/01/11(月)21:58 ID:/+qldeen(1) AAS
>>827
尾張徳川家が幕末までパゴヤで無いと同じ
豊田佐吉
1867年3月19日三河吉田藩山口村で生まれる。
1875年、下等小学校入学(坊瀬の妙源寺の寺子屋が途中で川尻小学校に変わる)。
1878年春、小学校在学中、三河県岡崎市の岩津天満宮へ参拝、徒歩で往復。
1878年12月、吉津村川尻小学校を卒業。
1885年、二俣紡績(遠州紡績会社)への就職を希望。父の反対で断念。
1886年2月 山口夜学会を山口観音堂で実施。
1886年春、佐吉は朋輩の佐原五郎作と無断で東京方面へ出奔。
1887年春、徴兵検査を受けるが、抽選のがれで入隊できず。
1887年暮、三河県豊橋市中八丁の大工・岡田波平のもとで修行。
1889年正月、再度家を出る。神奈川県横須賀の佐原谷蔵宅に寄寓。
1889年春、愛知県知多郡岡田村へ織機の研究。
1890年4月、東京上野で開催の第3回内国勧業博覧会を見る。
1890年11月11日、豊田式木製人力織機を発明、特許申請。
1891年5月14日付で、豊田式木製人力織機の特許を得る。
1892年10月、東京浅草外千束に住む。
1892年、織機研究のため埼玉県蕨市、高橋新五郎を訪ねる。
1893年3月26日、佐原豊作の三女たみと結婚、東京で暮す。
1893年年末、東京を引き揚げ、妻たみと山口村へ帰る。
1894年正月、家出。三河県豊橋ジョイマン曲尺手町の叔父・森重治郎宅へ。妻は取り残される。
遺伝子レベルで尾張ドン百姓は無関係w
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