大山康晴の50回連続タイトル戦登場は将棋界で1番不滅の記録 (166レス)
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17: 03/06(金)08:30:30.42 ID:PPJ2L3BR(2/4) AAS
>>12
2位は米田哲也。350勝。晩節を汚して今は超絶にザコいシトに転落っ😆
調べて見ればザコいとワチが断言する理由が分かるっ😆
43: 03/13(金)08:23:40.42 ID:lTFBCmdm(2/4) AAS
中原に10回挑戦して1勝9敗も恐ろしい執念を感じる
77
(1): 03/15(日)12:32:16.42 ID:cBeHgtsj(2/4) AAS
大山にタイトル戦で20期挑み、奪取は2期だけ。
歴史にタラレバは無いが、大山の全盛期にぶつからなければ
ひょっとしたら二上が16世名人だったかも。
84: 03/15(日)18:13:42.42 ID:cBeHgtsj(4/4) AAS
タラレバを言っても始まらないが、大山の全盛期にぶつかって
二上、ひふみん、丸田あたりが不運だったのは確か。
あの世で恨んでいるかも。
104: 03/17(火)06:01:25.42 ID:t+fXPAk+(2/5) AAS
AIの推敲指導

ご提示いただいた文章は、数字と事実の羅列の中に、大山・升田のライバル対決から始まり、新タイトルの創設、連覇の歴史、そして若き中原誠の台頭によって記録が途絶えるという大河ドラマのようなストーリーが込められており、非常に読み応えがあります。

熱量と事実関係はそのまま活かしつつ、より読みやすく、かつ大山名人の偉大さが格調高く伝わるように推敲しました。

大山康晴十五世名人が残した「全タイトル戦50回連続登場」の記録を詳細に分析すると、その信じ難い偉業の全貌が浮かび上がってくる。

この期間中、フルセットにもつれ込む死闘を制した番勝負が9回。加えて、一瞬の油断も許されない挑戦者決定戦を9回連続で勝ち抜いている。ただの連続登場ではなく、薄氷を踏むような勝負をすべてものにしてきた結果であることが分かる。

記録の始まりは1957年度、升田幸三との覇権争いであった。
1. 升田に敗れて名人失冠
2. 升田九段に挑戦し敗退
3. 升田に挑戦し王将獲得
4. 升田名人に挑戦し敗退
5. 升田に挑戦し九段獲得

ここから大山は「全タイトル戦17回連続登場・連続17期獲得」という一時代を築き上げる。初代王位、初代十段、初代棋聖といった新タイトルの創設期をすべて制覇したことも特筆に値する。

22回目の王将戦で一度失冠するが、直後から再び「19回連続登場・連続19期獲得」を達成。記録の最終盤にあたる40番台以降も、失冠と奪還を繰り返しながら全タイトル戦の舞台に君臨し続けた。

42. 棋聖失冠 / 43. 王位防衛 / 44. 十段防衛 / 45. 棋聖挑戦獲得 / 46. 王将防衛 / 47. 名人防衛 / 48. 棋聖失冠 / 49. 王位防衛 / 50. 十段防衛

この鉄城がついに崩れたのは、次期棋聖戦(第11期)であった。大山は本戦準決勝で新鋭・中原誠に敗退。これにより、山田道美棋聖への挑戦者が中原に決まり、10年間にわたり全50回のタイトル戦に名を連ねた大山の連続登場記録は、ここでストップすることとなった。

現在のような過密日程の八大タイトル制では、この記録を破ることは不可能である。タイトル戦が4~6個であった時代に戻らない限り更新されないであろう、将棋界における永遠のアンタッチャブル・レコードである。
108: 03/17(火)06:12:07.42 ID:t+fXPAk+(5/5) AAS
**結論**

大山十五世名人の記録の中で最も偉業と言えるものは、評価の軸によって以下の2つのいずれかに絞られます。

* **他を全く寄せ付けない圧倒的な支配力と、今後絶対に破られない記録のアンタッチャブル性**を重んじるならば、**「3. 全タイトル戦連続50回登場」**が最も偉業です。
* **加齢という人間の限界を超え、死の直前までトッププロとして君臨し続けた精神力と生命力**を重んじるならば、**「5. 69歳A級棋士」**が最も偉業です。

プロ棋士や将棋ファンの間でも意見が分かれるところですが、現代の常識に照らし合わせたときの「あり得なさ」において、この2つは将棋という競技の枠を超えた人類の到達点と言える記録です。
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