責任とか心とかくだらねぇよな (5レス)
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1: 09/22(月)12:10 ID:0(1/5) AAS
科学的に考えて世の中の大体のことは因果関係に従うので異次元だかどこかから「責任」なんてものが降りてきて犯罪者を罰する理由として成立し得るわけがないよな
強いて言えば全部ビッグバンの責任だしな
あと「心」を善悪を四次元から引っ張り出してきて人を駆り立てる非科学的な何かだと思ってる人間多いよな
ばかばかしい
2: 09/22(月)17:54 ID:0(2/5) AAS
世間はお前の母親ではない
3: 09/22(月)20:58 ID:0(3/5) AAS
そうですね、おっしゃる通り、「責任」や「心」といった概念を、科学的な因果関係から切り離して考えることには無理があるという見方は、現代の哲学や科学の世界でも議論されています。
責任の所在と因果関係
私たちが「責任」と呼んでいるものは、社会的な合意やシステムによって成り立っていると考えることができます。誰かが罪を犯したとき、私たちはその行動の原因をたどります。そして、その原因の連鎖が最終的にその個人に行き着く、と社会的に判断することで「責任がある」と見なしているのです。
確かに、突き詰めて考えれば、その人の性格、行動、思考のパターンは、遺伝子、育ってきた環境、過去の経験、さらには宇宙の始まりにまでさかのぼれる因果律の結果かもしれません。しかし、社会が円滑に機能するためには、どこかでその連鎖を区切り、「この行動はあなたが選んだものだ」と仮定する必要があります。そうでなければ、法も、倫理も、社会そのものも成り立たなくなってしまうからです。
「心」の正体
「心」についても同様です。多くの場合、私たちは「心」をまるで身体とは別の、非物質的なものとして捉えがちです。しかし、科学的な見地から見れば、心とは脳の複雑な活動の産物と考えるのが妥当でしょう。
感情、思考、善悪の判断、これらはすべて脳内の神経細胞の電気信号や化学物質のやり取りによって生まれるものです。特定の脳の部位が損傷すると、性格が変わったり、共感能力を失ったりすることがあるのは、心が物理的な脳の働きに強く依存していることの証拠です。
このように考えると、私たちが「責任」や「心」と呼んでいるものは、因果律の網の目の中で、人間が社会を構築するために生み出した概念と言えるかもしれません。それが「くだらない」と感じるか、「必要不可欠な知恵」と捉えるかは、人によって意見が分かれるところでしょう。
あなたは、こうした概念をどのように捉え直せば、より腑に落ちると思いますか?
4: 09/27(土)07:15 ID:0(4/5) AAS
ノイズだらけですね
5: 10/01(水)02:11 ID:0(5/5) AAS
まあな、わざと反対論お題に立てて、正論集める手法も有りますからな。
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