[過去ログ] 【名駅】名古屋について語ろう【栄】★part111 (1002レス)
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264: (愛知県) 2022/02/21(月)04:56 ID:34mFfI3K(12/15) AAS
?明治日本の運命を決めた日露戦争-1
明治38年5月中旬、ロシアのバルチック艦隊がウラジオストクに向けて出航。
その航路はインド洋を周り、日本海に向けて北上するというものでした。
それを迎え撃つ日本海軍は、次の3つの航路を予測。
津軽海峡ルート、宗谷岬ルート、対馬海峡ルート。
宗谷岬ルートは、航路距離が長すぎるために予想から外れましたが、津軽海峡ルートと対馬海峡ルートのどちらから日本海に侵入するかは、
最後の最後まで予想できませんでした。
もっとも航路距離が短い、対馬海峡ルートであろうという予測のもと、連合艦隊は鎮海湾にその主力を集結させて待機。
しかし、待てどもバルチック艦隊は現れません。
出航した日から計算しても、いい加減に現れても良さそうな時期になっていましたが、全く現れません。
秋山少将の緊張状態はピークを迎えていました。
「相当の時機まで敵艦を見ない時は、艦隊は随時に移動する」と、東郷平八郎司令長官の相談もせずに、勝手に大本営に打電してしまうほどでした。
慌てた大本営は、「なお鎮海湾に留まることを得策とする」と打電。
もし、バルチック艦隊がウラジオストクに逃げ込んでしまったならば、日本海軍もウラジオストクに釘付けとなり、戦争は長引く可能性がありました。
日本の財政状態はすでに破産寸前。
陸軍の予備兵も残っておらず、これ以上、戦争の継続はできない状況でした。
したがって、なんとしてでも、北上してくるバルティック艦隊を、日本海に入る手前で撃滅してしまう必要があったのです。
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