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【名駅】名古屋について語ろう【栄】★part111 (1002レス)
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255: 名無しさん@お腹いっぱい。(愛知県) [] 2022/02/21(月) 03:28:24.85 ID:34mFfI3K 横浜の発展に尽くした高島嘉右衛門のついて? 西南の役に関して立てた易については、「二個の塚」という意味がある艮為山という卦を得て、城山での西郷の自決はむろんのこと、 その後の大久保利通の暗殺まで含めて的中し、政府の要人と「天命ノ畏ルベキ」ことを語り合ったと記している。 自らの易断の結果を記した『高島易断』 とにかく、『高島易断』を読んでいると、嘉右衛門の易は国運を左右する政局から、投資の是非、子女の縁談に至るまで百発百中、外れたことが一度もない。 中国思想史の碩学である加地伸行氏は、易者にとって大事なことは、技術的な筮法の巧拙ではなく、卦を具体的な現実に当てはめるときに必要とされる人間的洞察力であると言う。 この説に随えば、大儲け、破産、入獄、大病、殺されかけるなど、人生の修羅場を人並み優れた洞察力によっていくども潜り抜けてきた嘉右衛門は、まさに易者にうってつけの人物だったと言えよう。 もっとも嘉右衛門は、筮竹を手にする際の精神の集中が易占にとっては一番重要だと述べている。易には合理的に判断する能力以上に、神意を得るための霊的能力が要求されるというのだ。 だから嘉右衛門は易の普及には心を砕いたが、この霊的能力の有無に関しての判断の難しさからだろう、易は一代限りのものだとし、免許を与えるようなことをしなかった。今日、高島姓を名乗っている易者は、全員、嘉右衛門の縁戚でもなければ門流でもない。 ただ、嘉右衛門が自他共に認める優れた易者であったとしても問題は残る。 http://egg.5ch.io/test/read.cgi/develop/1613983355/255
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