[過去ログ] 神戸の都市計画を語るスレ Part10 (1002レス)
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484: (やわらか銀行) 2019/08/05(月)22:45 ID:vHRzGw9h(1) AAS
1967年の9月、開港100年を祝った神戸港の摩耶埠頭に、記念すべき米国の船が着岸した。日本に入港したコンテナ専用船第1号だ。摩耶埠頭は59年に着工して以降、何度か計画を修正した。
「神戸開港百年史」によると「将来はコンテナ時代が来ることを予想し」、大型クレーンなどを置ける敷地を確保してあった。
米国で登場したコンテナ船が欧州や日本へ進出する動きが顕在化するのは65年ごろで、時代の先を読んだ港湾整備が奏功した。港の歴史に詳しい神戸港振興協会の森田潔参事は
「当時の原口忠次郎・神戸市長には『日本は国際貿易で成り立つ』との思いが強かった」という。
いわゆる「コンテナ革命」は、人手頼みの荷物の積み下ろしを、定形のコンテナをクレーンで扱うことで劇的に効率化する。横浜、函館、長崎に続き開港した神戸港は、
当初こそ輸出額が全国の3%だったが、水深など自然条件も生かして
67年には同27%と全国トップ級の地位を確立していた。それでも貿易拡大へコンテナ化に踏み切らない理由はなかった。
神戸市は人工島のポートアイランドを66年に着工、81年の1期完成までコンテナ用施設を次々整える。70年代半ば〜80年代初めには、米ニューヨーク、
オランダのロッテルダムと共に、コンテナ取扱個数で世界のトップ3を占めた。
整備の財源も工夫した。ポートアイランドでは68年に市として外債、マルク債を発行した。初回は1億マルク(当時90億円)。その後の六甲アイランドも含む人工島整備に
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