[過去ログ] 【低層】 神戸について語ろう Part7 【宣言】 (1002レス)
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880(1): (やわらか銀行) 2018/10/26(金)13:43 ID:wzQCdxEn(1) AAS
洋菓子の町として発展するきっかけは、1923(大正12)年に起こった関東大震災である。先に開港し、東京に近いことから洋風文化の拠点だった横浜から、大勢の外国人が神戸に移った。
■阪神淡路大震災で「潮目」が変わった
ユーハイムを開いたドイツ人、カール・ユーハイムも1922年に横浜で開業したが、関東大震災のため神戸に拠点を移している。神戸は1897(明治30)年に開業した神戸風月堂が洋菓子の町としての基礎を築いており、そこへユーハイム、
亡命ロシア人が1931(昭和6)年に開いたモロゾフなど、町の人に愛される洋菓子店が増えていった。
.1980年代、『JJ』などのファッション誌が盛んに神戸を取り上げ、洋菓子も若い女性を中心に注目を集めるようになる。海外旅行が身近になる直前、西洋文化の入り口としての神戸は、高く評価されていたのである。
時代が大きく変わったきっかけは、1995(平成7)年に起きた阪神淡路大震災だ。神戸の中心部が地震で破壊され、稼働を停止せざるをえなかった企業や店は多かった。神戸で1924年に創業したパン屋で、洋菓子も人気のフロインドリーブは、
震災で店が立ち入り禁止となり、工場もライフラインが止まって、半年間営業できなかった。
.平成不況はその後深刻さを増す。関西からは多くの有名企業が、本社機能を東京に移す動きが続いた。洋菓子も東京に進出する店が増えた。デパ地下にも出店する芦屋のアンリ・シャルパンティエが、銀座に店を構えたのは2003年である。
また、海外旅行をする人も増え続け、神戸の西洋文化発信地としての魅力は薄れた。少子高齢化も進み、企業は、ビジネスモデルを変えなければならなくなっていく。
881(2): (大阪府) 2018/10/26(金)16:37 ID:16/uOm+5(1) AAS
>>880
これか
神戸洋菓子店が破綻、「地方スイーツ」の落日
外部リンク:toyokeizai.net
関西散歩は最新記事で相変わらずこべるんをなじってるけど
この東洋経済の記事読む限り意外とみんな神戸への見方は同じみたいね
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