[過去ログ] 【細田守】果てしなきスカーレット・肯定派専用2 (1002レス)
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521: 2025/12/19(金)00:34 ID:3g9k79XP(1/8) AAS
>>519
ペリリューの戦いからアメリカに支配されつつ協調路線を取ることの心理的複雑さとかね
522: 2025/12/19(金)00:48 ID:3g9k79XP(2/8) AAS
細田の演出方針を端的に語ってる
外部リンク:natalie.mu
宇垣が「高畑監督の性格もあると思うんですが、どの作品も押し付けがましくないというか、人によって受け取り方が違うところも好きです」と話すと、細田は「高畑演出の特徴の1つですよね」と同意。続けて細田は「演出っていろんな目的があって、観客の気持ちや気分を持っていきたい方向に誘導することもあるんですけど、高畑監督の演出には客観性がある。主人公に感情移入させる方法ではなく、主人公を客観的に見て彼らの立場を観客が考えるんです。共感するだけが感動じゃないんだと。今は共感を求められる風潮がありますが、まったくの逆だと思います」と力説した。
525: 2025/12/19(金)07:58 ID:3g9k79XP(3/8) AAS
竜とそばかすの姫
主人公は母親の意図が理解できず母親に捨てられたと思い込んで心を閉ざしている
自分が保護する側になって母親の意図を理解し新しい人生を歩む決意をする
スカーレット
主人公は父親の最後の言葉が聞き取れず復讐に我を忘れている
省1
532(1): 2025/12/19(金)18:30 ID:3g9k79XP(4/8) AAS
香港のレビュー
外部リンク:www.filmcritics.org.hk
「果てしなきスカーレット」:支配と許し
著者:鄭正
2025年12月13日
細田守監督・脚本の『果てしなきスカーレット』は、ヒロインの名を題名とした作品である。Scarletという名前を分解すると、一方でハムレット(Hamlet)を連想させ、他方で傷痕(Scar)を意味する。この物語はシェイクスピアの悲劇を呼応させつつ、傷を負ったハムレットの物語でもある。
『ハムレット』には数々の名台詞がある。例えば「弱き者よ、汝の名は女なり」 (Frailty, thy name is woman)といった名台詞があるが、細田守監督・脚本による『スカーレット』が描くのは、強靭な女性スカーレットの姿だ。彼女は死と向き合い、死から蘇る。復讐劇でありながら、平和を愛する女王の成長物語でもある。旅路には大小の試練が待ち受け、政治理念も育まれていく。純真な少女だった王女は復讐者となり、 「死者の国」を通り抜け、再び故郷へ戻り、女王へと昇華していく。
省1
533: 2025/12/19(金)18:31 ID:3g9k79XP(5/8) AAS
『スカーレット』は細田守が自ら監督・脚本を手掛け、彼のビジュアルデザインやスタイル、さらには世界観までもが凝縮された情報量の多い作品である。映画の中のスカーレットは、ハムレットのように、慈悲深い父王が叔父クローディアスに殺害され、王位を奪われる。復讐に燃えるスカーレットは逆に災いを招き、死者の国へとたどり着く。死者の国には魔女、雷を落とす大黒竜、多くの死者、そして「聖」と呼ばれる救護員がいた。「聖」は現代の日本人である。キャラクターデザインにおいて、「聖」は治療者、救助者、平和主義者、スカーレットの思想的啓蒙者であり、魔女は次々と、生とは何か、死とは何か、愛とは何かを問いかける存在である。大黒龍と父王は神の二面性を表す。大黒龍は三度にわたり決定的な瞬間に現れ、正義と救済を象徴する。父王の魂は愛と赦しを体現している。
スカーレットはクローディアスの配下である四大主将と対峙し、数々の難関を乗り越えた。父王の遺言が「許せ」であることは知ったが、その意味は不明だった。また、死者の国では誰もが無限の地へ入りたがっているが、無限の地へ通じる道はクローディアスの将兵に守られていた。映画はクローディアスの強者の道徳観と、庶民の弱者の道徳観を明確に描いている。弱者は確かに弱い存在だが、数で勝る群衆の力で、将兵たちの築いた高い壁を打ち倒したのだ。
534: 2025/12/19(金)18:33 ID:3g9k79XP(6/8) AAS
『果てしなきスカーレット』の結末で、スカーレットは上昇の道を歩み、無限の地の門前で父王の魂、クローディアス、そして負傷した「聖」と再会する。スカーレットとクローディアスの再会シーンは『スカーレット』におけるシェイクスピア的瞬間であり、役所広司が声を担当したクローディアスが『ハムレット』第三幕第三場から、クローディアスの懺悔の祈りの一節を朗読する。シェイクスピア劇のハムレットは、彼を天国へ送ることを望まず、ただ殺すことを控えただけである。『果てしなきスカーレット』において、クローディアスの祈りはスカーレットを躊躇させたが、クローディアスに悔い改めの誠意はなかった。しかしクローディアスに打ち勝つには、人間の力ではなく神の助けが必要なのである。
『果てしなきスカーレット』は細田守の普遍的な視野を体現している。シェイクスピアの『リア三部作』から着想を得つつ、デンマーク人のアイデンティティを保持し、「聖」は日本人として描かれる。旅の途中で彼らはアラブ人とも出会う。世界の戦争と混乱に直面し、細田守は平和主義の視点から、優れた政治指導者は戦争をなくし、民衆に思いやりを持つべきであり、対立を生み出し他者を排除すべきではないと訴える。『マクベス』が必然的に抱える影響への不安に対し、細田監督は数多くの改編と応答を加え、物語に際立った現代的意義を与えている。
535: 2025/12/19(金)18:34 ID:3g9k79XP(7/8) AAS
また、アラブの首長は神が人間の言葉など必要とせず、人間は踊りで神に応えるのだと信じていた。『果てしなきスカーレット』には二つのダンスシーンがあり、第二幕はスカーレットが時空を旅する夢(本作は筒井康隆『時をかける少女』の影響も受けている)で、色彩豊かに彩られ、〈祝祭の歌〉が響く中、スカーレットと「聖」が共に舞い踊る。これは映画における啓示の瞬間であり、スカーレットは愛の力を悟る。
『果てしなきスカーレット』は生存の意味を探求する作品であり、そのメッセージは必ずしも万人受けするものではない。平和主義、弱者への道徳、寛容の精神、愛と平和といった価値観は、現代社会においてしばしば試練と疑問に晒される。しかしこれらは細田守がアニメーションを通じて伝えたい真理であり、その真理が大衆と繋がり共鳴を生み出すには、必然的に困難が伴うのである。
537: 2025/12/19(金)23:30 ID:3g9k79XP(8/8) AAS
ライオンキングとハムレット(とスカーレット?)
『ライオン・キング』とシェイクスピアの悲劇『ハムレット』は、叔父による王殺し、主人公(シンバ/ハムレット)が故郷を追われる(または追われるように)、父の亡霊(幻影)との対話、復讐と王位継承のテーマなど、多くの類似点を持つ作品ですが、『ライオン・キング』は悲劇を喜劇・成長物語に転換した「ハッピーエンド版」として描かれており、特に父の亡霊が「お前が誰か(王としての使命)を忘れるな」と励ます点が、『ハムレット』の復讐の誓いとは対照的で、「過去(復讐)に向かう」ハムレットと、「未来(自分自身)に向かう」シンバという違いが大きなポイントです。
主な類似点(ハムレットとの関係)
物語の骨格: 王である父が叔父(スカー/クローディアス)に殺され、主人公(シンバ/ハムレット)は真実を知り、故郷を離れる(または追われる)。
父の亡霊: 父の亡霊が現れ、主人公に語りかける(ただしメッセージは異なる)。
葛藤と決断: 最終的に主人公は自分の置かれた状況と向き合い、王としての責任を果たす(王位に戻る)。
大きな違い
結末: 『ハムレット』は復讐を遂げるも悲劇に終わるのに対し、『ライオン・キング』は復讐ではなく、自己の確立と王位への回帰という形でハッピーエンドを迎える。
父のメッセージ: ハムレットへは「復讐せよ」という「過去」への導き。シンバへは「お前が誰か(王族の使命)を忘れるな」という「未来」への導き。
スカーの最期: ハムレットは復讐を遂げるが、シンバは自らの手でスカーを殺さず、スカーは自らの罪(ハイエナへの裏切り)によって自滅する。
省2
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