詰め込み教育はなぜ失敗したのか? (78レス)
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10: 2014/12/05(金)16:16 ID:l+2zVKLN(1) AAS
「一定の条件刺激を与えた時に、一定の条件反応が返って来る 現象要素(仕組み/法則)を確定する」ことが科学であるならば、
壱零細会社経営者や壱会社従業員、二十代の餓鬼の分際が「仕組み」「仕組み」言い回ってるほど、浅ましく悲痛な虚勢ハッタリ空威張りは無い。

何故なら、世間が「ァア〜!!!」と驚いてくれるような、それで壱業務が独立してしまうような、総合的な社会現象法則を本当に見出せて
しまったのならば、それはもう、壱個人/零細事業という次元を超えて、国家事業が関与して来る(要するに名誉表彰される)ことになるからだ。

とどのつまり、「仕組みを作るor作った」なんて言ってる奴も、結局は、それは極論の幼児の屁理屈を抜きにしたら、「ゼロから立ち上げたのではなく」、
要するに「既存の仕組みに則った/乗っかった」「他人様(専門家)にその仕組み作って貰っていながら、隠していただけ」に過ぎないのである。

本当は、殆どマニュアル通りに、他人がやってることを、そのまんま猿真似しただけのくせして、それを綺麗に恰好をつけて着飾って、「破壊的イノベーション」
と呼んでいるだけなのだ。要するに、自分でやったんじゃなく、他人にやって貰った/他人にやらせただけ。革新したのではなく、実は99%以上パクって、
そのシステムの上にほんの1%のチョビッとだけ、自分オリジナルの新規着想(アイデア)の手を加えた(製品/商品を弄ったりした)だけ。

「仕組み」とは要するに「自然/文化/社会における科学一般」であって、それは別に、「社会科学のお仕事」に限った専売特許用語ではない。個人商店に限らず、
小売/卸売/製造に限らず、どこの業界にも、どこの専科マーケットにも、共通して言えること。その「仕組み」を「ゼロから総合的に大成」したのならば、そいつは言わば、
ノーベル賞/何たら賞ものなのであって、実は例外無く皆が、仕組み仕組み言いながらにして、実は単に、専門家にやって貰って、覚束ない手で素人なりにパクってるだけに過ぎないのである。

唯一、驚かされるような賢さが、奴ら零細経営者や中小会社員、要するに「商品、商品」言ってるだけの「商人」に在るとすれば、それは「古代文明の建築様式
のように、その お仕事-手法 を絶対に公にせず、独立起業の為のコンサルタント(インキュベーター)関連サービスという一番初歩のスタート地点のレベルからして、
説明書を隠匿する」という心を得ているということぐらい。あれ位だったら、地頭の好さで言えば、理系の工学部-建築学科(建築家)らの連中とかの方が、よっぽど賢いと思えるわ。

…畢竟、歴史家、教育史家は、絶対に社会に適合しきってはならないし、中枢に馴化しきってはならない。特定の仮定条件的価値観に染まってはならない。人間関係に慣れ合ってもいけない。
その時は、文明社会全体の、共時的×通時的な大局を見失い、相対的参照が出来なくなり、研究の滞りや終焉を意味する。…歴史家、教育史家は、絶対に、批判的/懐疑的な、孤独の一匹狼でなければならない。

(キャリア・ケース/ビジネス・モデル:自分史学における「歴史論」の導入-援用。)
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