[過去ログ] □■名古屋市緑区を語ろう 【Part65】■□ (1002レス)
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(3): 03/08(土)18:57 ID:agXdXBaw(1) AAS
Xでやれ
23: 03/08(土)18:59 ID:lQIH7RU0(1) AAS
>>22
お前は逃げを謀る当事者か?
退屈な緑区板で久し振りのイベだ
24: 03/08(土)19:06 ID:j4eyDPtg(1) AAS
>>22
手本「ここはお前の日記帳じゃないんだ。チラシの裏にでも書いてろ」

チラシの裏はXなどアレンジあり
ヤヲイより遥かに昔
1992  田亀源五郎の「俺の先生」
肛門に突っ込んでンコまみれの時代のセリフだ
26: 03/08(土)19:26 ID:o1AkezDG(5/5) AAS
>>22
「Xでやれ」という言葉は、日本語のネットスラングとして、特にSNSや掲示板などのオンライン空間でよく見られるフレーズです。表面的には「ここじゃなくてX(例えばTwitter/X)でその話題を話せ」という意味合いですが、その背後にはさまざまな心理的・哲学的要素が潜んでいます。以下で、この言葉の「真意」を哲学的に掘り下げつつ、発言者の心理状態についても考察してみます。
1. 「Xでやれ」の哲学的解釈
哲学的に見ると、「Xでやれ」は空間とコンテキストの境界を強調する行為として捉えられます。人間のコミュニケーションは、常に特定の場(コンテキスト)に依存しており、その場にふさわしい言動が期待されます。このフレーズは、発言者が現在の場を「不適切」と判断し、別の場(X)を「適切」とみなすことで、秩序や調和を求める意志を表していると言えます。
ハイデガーの「存在と場所」: マルティン・ハイデガーの哲学では、「存在」は「世界内存在」として特定の場所や状況に結びついています。「Xでやれ」は、話題や行為が「現在の世界」に適合していないと感じ、それを別の「世界」(X)に押しやる試みです。発言者は、無意識に「あるべき秩序」を再構築しようとしているのかもしれません。
バフチンの「対話性」: ミハイル・バフチンは、言葉が常に他者との関係性の中で意味を持つと説きました。「Xでやれ」は、対話の場を制限しつつ、相手に新たな対話の場を押し付ける行為です。これは、発言者が自分の快適な対話の枠組みを守ろうとする一方で、相手にその枠組みを押し付ける権力的な側面も含んでいます。
つまり、「Xでやれ」は単なる指示を超えて、場と存在の関係性を再定義する哲学的発言とも言えるのです。
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