[過去ログ] 【細田守】果てしなきスカーレット 【箱泥棒】★25 (1002レス)
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44: 2025/12/13(土)08:01 ID:YBhj7vMT(4/86) AAS
ルーベン・バロン 2025年9月13日
「細田監督の最低作品、かつてのポスト宮崎駿という期待を打ち砕くほど凡庸な出来」
www.animenewsnetwork.com/review/scarlet/anime-film/.228731
かつて『ハウルの動く城』は宮崎駿監督に引き継がれる前に、細田守監督が監督する予定だった。ある意味、『スカーレット』は細田版『ハウル』と言えるかもしれない。中東戦争への正当な怒りを、無関係な英語文学作品に持ち込もうとしたこの作品は、結果的に細田監督のこれまでの作品の中で最も弱い作品となってしまったからだ。宮崎監督の最低作品はそれでもアニメの95%よりはましだが、細田監督の最低作品は、かつて彼が受けていた「次の宮崎駿」という期待を打ち砕くほど凡庸な出来だ。
『スカーレット』は細田作品の中でも脚本とアニメーションの両面で最低の作品だが、その弱点はすぐには分からない。『エルシノア』の手描きのオープニングシーンは過去の作品にも劣らず素晴らしく、『ハムレット』へのひねりは興味深い。困難の兆しは第二主人公のヒジリの登場によってもたらされる。
ヒジリの平和主義は、スカーレットの復讐心との自然な対立の源泉となる。問題は、この対立が戦争と平和についての不器用で繰り返しの会話で貧弱に展開されていることだ。善良なキャラクターが退屈である必要はない――新しいスーパーマンは優しさこそがパンクロックであることを証明した!――が、聖自身は完全に平板だ。徐々に自身の死を受け入れていくという彼の個人的なストーリーアークは、あまり興味をそそらず、ほとんど無関係に感じられる。
スカーレットと聖の異界への旅には、印象的な景色や、よく演出された戦闘シーンもいくつかあるが、アニメの冒険譚としては物足りない。特徴的な脇役がいない代わりに、彼らはほとんどが特徴のない群衆と交流している。群衆シーンは、アニメーションの質のばらつきを増大させるだけだ。時には2Dキャラクターと3Dキャラクターがぎこちなく混ざり合っているのを目にする。また、細田監督は画面いっぱいに背景の人物を描きすぎて、何を見ているのか分からなくなってしまうこともある。
(続く)
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