[過去ログ] 【細田守】果てしなきスカーレット 【箱泥棒】★25 (1002レス)
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148: 2025/12/13(土)08:46 ID:YBhj7vMT(26/86) AAS
「君主制を信じろというラスト。女王は立派なガウンをまとい、民衆はボロボロのまま」
レブナ・アルティオク ②
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この薄っぺらさは、この映画の中心テーマである「許し」にも及んでいる。細田監督は許しを物語の転換、つまり何世紀にもわたる抑圧と暴力が純粋な意志の力だけで覆せるかのような単純なものに矮小化している。スカーレットは復讐を拒むが、真に許すことも決してない。最後に、神のような竜が現れてクローディアスを滅ぼし、彼女は選択の重荷から解放される。それは正義と責任に関する物語の問いを弱めている。

さらに厄介なのは、この映画の政治的結末だ。女王となったスカーレットは、慈悲深く統治し、残酷さの連鎖を断ち切ると誓う。しかし、視覚的には君主と臣民の分断は変わらない。彼女は立派なガウンをまとい、民衆はボロボロのままだ。
物語は、抑圧的な体制が解体されるのではなく、正しい人物が玉座に就いた時に正義がもたらされることを示唆している。言い換えれば、君主制を信じ、権威を信じ、ただしそれが慈悲深いものであることを確かめるべきだ、ということだ。革命的なイメージ(城壁、飢えた民衆、貪欲な支配者)に大きく傾倒したこの映画にとって、これは期待を裏切り、率直に言って皮肉な結末だ。

この映画は、物語自体が与えてくれない意味を見つける作業を観客に強いる。スカーレットの旅は繰り返しのように感じられ、彼女の成長は獲得されるというよりは語られるものであり、物語は許しと革命を過度に単純化されたスローガンに変えてしまう。
私は劇場を後にした時、細田監督のビジョンへの称賛と、ヒロインの平板さと、結末が保守的なメッセージに簡単に折り込まれてしまうことへの苛立ちの間で引き裂かれていた。
『スカーレット』は『ハムレット』のラディカルな再解釈になり得たかもしれない。しかし、それは美しくも空虚な寓話であり、幽霊ではなく、無駄にされた可能性に悩まされている。
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