映画の脚本を書いて、ひとりの女の子と出会った話。 (112レス)
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1: [saga] 08/15(木)15:58 ID:e+s7r/2n0(1/49) AAS
これまでやってみたいことはたくさんあったけど、
大抵はどれもうまくはいかなかった。
ギターを練習してみては変な音がすると一蹴され、
漫画を書いては絵が下手だとなじられたりもした。
恥ずべきことに、俺には圧倒的に「センス」が足りなかった。
空を飛んでみたいとパイロットを目指してみたり、
Jリーガーやプロ野球選手になろうと考えたこともあった。
だけど、どれもうまくはいかなかった。
途中で投げ出したことを数えだしたらきりがないけれど、
省3
2: [saga] 08/15(木)16:02 ID:e+s7r/2n0(2/49) AAS
それは、いわゆる映画研究会ってやつだった。
部員は全員合わせても、十人程度だったから
内輪で楽しむような活動しかしてなかった。
部室なんてあるわけもなく、普段は空き教室に集まって
そこで映画の話をするくらいのものだった。
ほとんどが堕落した人間の集まりだったな。
ただ、話してみるとわりと気のいい奴が多かった気はする。
その年、誰かが言い出したかは覚えてはいないけど、
学園祭に映画を撮ろうという話になった。
省2
3: [saga] 08/15(木)16:03 ID:e+s7r/2n0(3/49) AAS
監督をやりたい奴、撮影をやりたい奴、
思い思いに手を上げて、トントン拍子に決まっていった。
ただ脚本は、というところで一向に話が進まなくなった。
要するに誰もやりたがらなかったわけだ。
理由は単純で「責任を取りたくないから」ということだった。
そんなわけで誰もが顔を見合わせていたところで、
コンペで決めようということをそのうちの1人が言い出した。
全員が適当な話をひとつだけ書いてきて、
それを元に脚本家を決めようという魂胆だった。
省1
4: [saga] 08/15(木)16:03 ID:e+s7r/2n0(4/49) AAS
決して、俺の話は手放しに褒められたということでもなかった。
要約すれば、深夜、男の部屋に家出した女がやってきて、
近くのGEOで借りた古いレンタルビデオを
2人して朝まで見るだけの物語だった。
ただ、周りの意見を集約すれば、
ど素人にしてはまだすっきりと
まとまっているなくらいの評価だった。
俺にはさっぱり良さがわからなかったけれど、
そういった後押しもあって、俺もついには断ることができなかった。
5: [saga] 08/15(木)16:04 ID:e+s7r/2n0(5/49) AAS
さて、各々が準備を進めていくうえで、
俺の作業には大した余裕は与えられてなかった。
配役を決めるにしたって、まずは脚本が必要だ。
機材が整うまでの二週間ほどで書き上げなければいけなかった。
俺はすぐさま頭を抱えた。
そもそも、どういう話がウケるのかもよくわかってなかったんだ。
6: [saga] 08/15(木)16:06 ID:e+s7r/2n0(6/49) AAS
三日ほど経ってもルーズリーフは真っ白のままだった。
その時は焦りもあったが周りの期待に応えれないということも含めて、
微かな虚しさを感じていたな。
大学の構内でコーヒーを片手にベンチに座り込んでいた時、
ふいにひとりの女が目に止まった。
おそらく今年入ったばかりの新入生だったと思う。
ここ数日ほど、昼休みになると俺と同じように
一人で構内の広場にやってくるような女だった。
7: [saga] 08/15(木)16:07 ID:e+s7r/2n0(7/49) AAS
何かが気になったわけでもないが、
そいつのことを何気なく観察することにした。
煮詰まって他にやることがなかったからだとしても、
今思えば気味悪がられてもおかしくはないだろうな。
だけども俺は、手始めに彼女のことを
ルーズリーフに書き出してみることにした。
8: [saga] 08/15(木)16:08 ID:e+s7r/2n0(8/49) AAS
彼女の外見をまとめるとこんな感じだ。
・ヒツジのような癖がある髪質
・一見するとおとなしそうな印象
・背丈は160センチくらい
どちらかといえば華やかっていうよりかは
学内でも目立たないタイプの女だったな。
そいつはベンチでぼやっと空を眺めていることが多く、
チャイムが鳴るとそそくさと学内に戻っていくような奴だった。
たぶん友達がいないんだろうな、とすぐに察することができた。
省1
9: [saga] 08/15(木)16:09 ID:e+s7r/2n0(9/49) AAS
俺はそのとき、彼女の大学生活を想像して
ひとつのストーリーを書いてみることを思いついた。
無断で何をやってんだと言われても仕方ないが、
だけどそれくらい煮詰まってたんだよ。
ただしそんな何気ない気持ちで書きはじめていくと、
先ほどまでの停滞が嘘のように文字が次々と紙に起こされていった。
周りから期待をされているわけではないと頭では分かっていても
適当に終わらせるのは性分ではなかったんだ。
10: [saga] 08/15(木)16:11 ID:e+s7r/2n0(10/49) AAS
結局、おれはその一週間後には脚本を完成させていた。
11: [saga] 08/15(木)16:13 ID:e+s7r/2n0(11/49) AAS
仕上がった原稿を監督に見せてみたが、
反応は思いのほか悪くない評価であった。
「このヒツジって言うのが主人公?」
「ああ。覚えやすいだろ」
監督は「まあ」と微妙な声をあげた。
「この子が金属バットで大学の窓を叩き割るのは痛快だと思う」
「俺もそこが好きなんだよ。憂さ晴らしって感じがして」
「普段からそんなこと考えてたのか?」
その問いに俺は思わず、苦笑した。
12: [saga] 08/15(木)16:15 ID:e+s7r/2n0(12/49) AAS
「……で、役者はどうするんだ?」
先ほどから気になっていたことを何気なく尋ねた。
「だいたい決まってるよ」監督は煙草の煙を吐いた。
「だけど主役がまだだ。誰かいい奴いないかな」
俺は少しだけ考えるそぶりをしてみる。
思い浮かんだのは広場にいた寂しげな女の子だった。
「実はモデルにした女の子がいるんだよ」
「モデルって?」
省3
13: [saga] 08/15(木)16:17 ID:e+s7r/2n0(13/49) AAS
だから、その子が研究会にやってきた時は流石に驚いたな。
どこから連れてきたんだよって思わず言いそうになってたくらいだ。
ヒツジと呼ばれた女の子は皆に礼儀正しく挨拶をしていた。
14: [saga] 08/15(木)16:19 ID:e+s7r/2n0(14/49) AAS
撮影は脚本を用意してから少し経ってからスタートし始めた。
カメラもキャストも準備が整えばわりとスムーズに進むらしい。
舞台をわざわざ大学にしたのも移動が面倒臭かったからだ。
もっとも、俺がやる仕事はほとんど終わっていたんだけどな。
「ちょっといいですか?」
近くのベンチから撮影を眺めていると声をかけられた。
振り返ると、ヒツジが立っていた。
彼女と話すのはこれが初めてのことだった。
15: [saga] 08/15(木)16:21 ID:e+s7r/2n0(15/49) AAS
「何か用?」と俺は言った。
「はい。映画の内容のことで質問があって」
「それなら監督に聞けばいいじゃないか」
「でも、あなたがこれを書いたんですよね?」
「……まあ」
省3
16: [saga] 08/15(木)16:22 ID:e+s7r/2n0(16/49) AAS
ヒツジは俺の隣に座ると、両手に握りしめた台本をじっと見つめていた。
「これって私をモデルにされているんですか」
「ああ」
「どうして私だったんですか」
「と言うか、そんなこと誰から聞いたんだよ」
省3
17: [saga] 08/15(木)16:24 ID:e+s7r/2n0(17/49) AAS
「悪かったとは思ってるよ」
「え?」彼女は首を傾げていた。
「別に巻き込むつもりじゃなかったんだ」と俺は弁明をした。
「たまたまアンタが目に止まったんだ。俺も追い詰められてたんだよ」
「なるほど」と彼女は頷いていた。
省2
18: [saga] 08/15(木)16:25 ID:e+s7r/2n0(18/49) AAS
「どうして映画の誘いを受けたんだ?」
そう尋ねた矢先に、そろそろ撮影を再開すると
誰かの声が聞こえてきた。
「別に断ってもよかったじゃないか」
それは俺の口から言うべき言葉ではなかったが、
その時は心底不思議に思っていたんだ。
「たしかに、そうですよね」
彼女は少し困ったような顔で笑っていた。
「でも、上京してから知り合いなんて1人もいなかったんですよ」
省1
19: [saga] 08/15(木)16:27 ID:e+s7r/2n0(19/49) AAS
「だから素直に嬉しかったんです。はじめはもちろん驚きましたけどね」
ヒツジはこの春に大学に進学をしたが
人見知りな性格のためかあまり環境に馴染めずにいたらしい。
「映画の経験は?」彼女は首を横に振った。
「……全然です。本当に私でいいんでしょうか」
「まあ、そんなに深く考えるなよ」
そもそも俺達だってまともに映画を撮ったこともないんだ
そう言うとヒツジは小さく笑い声をあげていた
20: [saga] 08/15(木)16:35 ID:e+s7r/2n0(20/49) AAS
「それなら私も頑張れそうです」
彼女はそう言ってベンチから立ち上がった。
「そろそろ戻ります。お話し聞かせてくれてありがとうございました」
丁寧にお辞儀をする彼女に
俺は手を振って別れを告げた。
その時はなんだか不思議な気分だったな
人が殻を破る瞬間ってのは、
案外あっけないもんなんだなと感じたんだ
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