[過去ログ] やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている ) (1002レス)
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1 黒猫 [saga] 2014/05/29(木) 17:45:50.30 ID:Uj41ozq/0(1/28)





やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部』








作:黒猫







1-1





海浜幕張駅にほど近い臨海部の高層マンションの一室。

俺には不釣り合いすぎる住居である。

大学の友達(仮)に言ったところで、その名前だけ知っている知人達は、

俺がこのマンションに彼女と住んでいるって言っても信じやしないだろう。

むしろ、その学部の人間は俺のことを痛い人と認識するまでである。

それもそのはず、ここは雪ノ下が高校時代から居を構えているマンションだから

当たり前って言ったら当たり前だ。



俺がここに越してきたのが約半年前。

雪ノ下と付き合いだして約2年だから、順調に交際を進められているのだろう。

他人がどう思っていようが気にはしていないが、今の俺達の関係に満足している。



ただ、俺がここに引っ越してきたと言えるのかは疑問が残る。

なにせ・・・・・、







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1401353149

903 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/11(木) 17:32:43.38 ID:arGFvPfV0(3/9)

  だよな。まあ、過去をやり直すと考えれば未来予知という言葉は不適切だけどよ。

  どちらにせよ選択肢を変更してなかった事にしてしまう未来を知っている事自体が

  おかしくないか? だって、その未来そのものを否定してなかったことにするんだぞ」

雪乃「相変わらず捻くれているわね。たしかに理論的に考えれば八幡の考えも否定でき

  ないわ。でも、そもそもそんなことを考える事自体がナンセンスよ。だって無意味

  な仮定な話なのよ。そこに現実的な思考をもってくること自体が馬鹿げているわ」

八幡「それもそうか。だったら、未来を知ることができないとすれば、結局はどの選択肢

  を選ぶ俺であっても俺なわけで、そうなると選ぶ選択肢は同じになるってことだな」

雪乃「単純な八幡なら、どの未来の八幡であっても選ぶ選択肢は同じね」

八幡「あまり誉められている気はしないけど、……どの未来でも雪乃とこうやって

  馬鹿な会話をしてるんだろうな」

雪乃「そ……、そ、そ、そそそそ…………こほんっ。その、そうね」


 あんさ……動揺してパニクっている雪乃もかわいいっていったら可愛いんだけどよ。

どうして冷静さを取り戻す為に俺の腕をつねりあげるんでしょうか? 

雪乃は俺が顔をしかめるのを確認すると、ひとつ笑顔を俺に向けてから会話に復帰した。


雪乃「たしかに同じ人間ならば選ぶ選択肢は一つに収束してしまうわね。でも今話して

  いる仮定の話は別の可能性の未来を考えているのだから、「たまたま」違う選択肢を

  選んだ場合の未来を考えてみるのも面白いのではないかしら?」

八幡「そうか? ……そうだな。「たまたま」違う選択肢を選んだとしたら、それは

  もう俺じゃない。違う比企谷八幡だ。だから俺が考えても意味がないだろ」

雪乃「え?」

八幡「だからさ、今の俺は今までの経験の積み重ねによって構成されているんだから、

  その前提が壊れたら俺ではなくなる。つまりは違う選択肢を選んだ時点で俺の自我は

  存在しなくなるんだよ」

雪乃「そうね……、たとえばテストでミスをしてしまって、

  それを直してみたいとは思わないのかしら?」

八幡「それは変えたいに決まってるだろ。今すぐにタイムリープして回答を書きなおすに

  決まってる」


 あれ? どうしてため息をついているのでしょうか?


雪乃「私がばかだったわ。少しでもあなたの事を見なおした私が愚かだったようね」

八幡「どういう意味だよ?」

雪乃「雑魚っぽくて素敵よ。ある意味小物を演じさせれば八幡以上の小物はいないわ」

八幡「誰だって小さなミスを挽回したくなるだろ?」

雪乃「その小さな間違えさえも経験であって、自分を構成する一部ではないのかしら?」

八幡「たしかにそうだけどよ。でもさ、人生の分岐点ってやつ? 

  あれなら絶対変更しない。変更なんてできやしないからな」

雪乃「ちょっと強引な論理ね。でも、好きよ。たとえもその他大勢の名前さえない

  登場人物である八幡であっても、そこから八幡を探し出してあげるわ」

八幡「ん、期待しとくわ」

雪乃「そこは自分が私を見つけ出すっていうところではないのかしら?」

904 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/11(木) 17:33:19.46 ID:arGFvPfV0(4/9)

八幡「いいだろ別に。だって俺は小物だからな」

雪乃「仕方ないわね……」

重ねあわされた手の感触が、その温もりが俺の自我となって重なってゆく。

雪乃が言っていた小さな経験の積み重ねさえも今の自我を形成するっている考えは、

実は俺も賛成だったりする。なにせその小さなミスがなければ、

こうして雪乃と一緒にいれらなかったかもしれないと考えてしまう小心者でもあるからな。

まっ、雪乃はこのことさえ気が付いているようだけど。





7月13日 金曜日


昼食といえばとりあえず栄養補給ができればよく、人様にご迷惑をおかけしないでひっそり

とするのが習慣だったのに、この大所帯、なんなんだよ。といっても俺、雪乃、陽乃さん、

由比ヶ浜、そしてここに弥生姉弟が加わった6人だけなのだが、どうも周りの視線が気に

なってしまうんだよな。もともと雪乃と陽乃さんが一緒だと目立ちはしたが、先日の

ストーカー騒動の後始末が響いたのか、どうも以前よりも好奇の視線が増えたような気が

してしまう。まあいいか。どうせ俺のことなんて気にする変わりもんなんていないし、

精々他の連中の事を見てやってくれ。
 
と、俺が勝手に人身御供を献上しているあいだに食事の準備は整ったようだった。


結衣「すっご。やっぱ美味しいぃ。前のもすごかったけど、今回もすごすぎだよね」

陽乃「そう? ガハマちゃんに誉められるのも悪い気はしないけど、今日から新しい

  仲間も加わるわけだし、最初くらいは盛大にやっておこうかなってね」

夕「すみません。しかも私はお弁当も作れないありさまなのに」

陽乃「いいっていいって。私が好きで作ってるんだから」

夕「そうですか? ありがとうございます」

八幡「だとすれば、やっぱ俺もここは弁当当番は辞退して、

  作りたいっていう人に名誉ある弁当当番を献上したいなっ……」

陽乃「駄目に決まってるじゃない」

結衣「それは駄目に決まってるじゃん」

雪乃「却下よ」


なんでこういうときに限って息があうんだよ。雪乃と陽乃さんはなんだかんだいって

波長があいそうだけど、ここに由比ヶ浜まで加わるとなると、

裏でなんか嬉しくもない会合でもしているんじゃないかって疑っちゃうよ?


夕「でも、ほんとうにお上手ですね。私もせめて料理くらいはできるようにならないと

  結婚なんて出来そうもなくて、困っているんですよね。といいましても、お料理を

  披露する殿方がいない事自体が大問題なのですけどね。

  ……あら、こんなに美味しいお弁当食べたの初めてだわ」


夕さんはここにはいない某平塚先生と同じような嘆きを吐露しているわりには平然と箸を

すすめる。どちらも立候補したいって思う男連中がたくさんいそうなのに、どうして相手

が見つからないんだ? やっぱ性格か? 性格が問題なのか? 見た目だけなら全く問題

がなさそうなのに、それでも相手が寄ってこないって、よっぽどだよな。だとすれと、
905 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/11(木) 17:34:00.66 ID:arGFvPfV0(5/9)
結婚相手に求める理想が間違っていて、分厚いフィルターを通してしか男を見てないから、

結果として最初から対象外として扱っているとかしてるんじゃないかとさえ思えてくるぞ。

そう考えると納得できるか? 理想が高すぎると婚期を逃すって言うしな。ん? 待てよ……。


雪乃「どうしたの八幡?」

八幡「結婚って聞くと平塚先生思い出していたんだけどさ」


 あら? 弥生姉弟は別として、他の奴らはどうしてそんなにも残念そうっていうか
かわいそうな平塚先生を見る目をしてるんだよっ。たしかに平塚先生は結婚できないけど、

結婚できないけど、それでも楽しくやってるじゃないか! 一人でだけど……。


雪乃「平塚先生がどうしたのかしら?」

八幡「いや、直接平塚先生の事ってわけじゃなくてだな。結婚で思いだしたんだが、

  高校時代俺が専業主夫になりたいって言ったらみんなして俺の進路を否定していたよな」

雪乃「当然じゃない」

八幡「まあ俺も今気がついたんだが、やはり当時の俺は考えが甘すぎたんだな」

雪乃「いまさら気がついたの?」


 平塚先生の時よりもかわいそう度がアップしていません?

 憐みに満ちた視線に心が折れそうになるが、そこはぐっとこらえて俺は話を続けた。


八幡「そうかもな」

雪乃「今さらだけれど、気がついてよかったわ」


 だから、かわいそうな子を見る目をするなって。


八幡「ああ、気がついてよかったよ。専業主夫になる方法が間違ってたんだな」

雪乃「え?」


 おいっ。今度はあまり事情を知らない弥生姉弟までひきまくってるんじゃないか? 

まあいいさ。俺の最高の方法を聞けば納得するだろうしな。


雪乃「一応聞いてあげるのだけれど、どういった方法を思い付いたのかしら?」

八幡「簡単な事だ。主夫になるには相手が必要だよな」

雪乃「ええそうね」

八幡「となると、パートナー探しは重要になる」

雪乃「たしかにそうね。でも結婚するのであれば、どのような結婚になろうとも

  パートナー探しは重要だとは思うわ」

八幡「まあな。でも、主夫になる為には、結婚相手の対象とすべき相手のタイプが

  間違っていたんだよ。今までは漠然とそこそこの大学行って、家事スキルを磨けば

  結婚できると思っていたんだが、これは甘すぎた」

雪乃「おそらく新しく思い付いた方法も甘すぎるとは思うのだけれど……。

  いえ、いいわ。一応最期まで聞いておきましょうか」


 なんか字が違くないですか? なんか「最後」が「最期」って意味合いに聞こえて、

死刑宣告に聞こえてくるのは気のせいでしょうか?


八幡「お、おう……。俺が間違った方向に進んでしまった大きな原因は、

  俺の周りに女性陣のせいだと思われる」
906 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/11(木) 17:34:38.71 ID:arGFvPfV0(6/9)

結衣「えぇ〜、あたしがヒッキーになにか影響与えたってこと? 

  でも、そうおもってくれるんなら嬉しいかも」

八幡「安心しろ由比ヶ浜。お前は俺の結婚観になんら影響を与えていない。

  だから悪影響を与えたかもって悩む必要はないぞ」

結衣「それはそれでやな感じ」


 え? なんでふくれっつらなんだよ。

俺はさりげなぁく由比ヶ浜のフォローをしてあげたっていうのに。


雪乃「由比ヶ浜さん。一応最期まで八幡の言い分を聞いてみましょう。それから刑罰を

  ……、いえ考えを改めさせても遅くはないわ」

結衣「そうだね」


 って、おいっ。笑顔で同意してるんじゃないって。

しかも雪乃のやつ、なんかぶっそうな発言までしてるしよ。


八幡「え〜、そのだな、話続けた方がいいのか?」

雪乃「ええ、お願いするわ」

八幡「そうか。じゃあ進めるぞ。俺に間違った方向に影響を与えてしまった人物とは、それは

  やっぱ平塚先生だな。本来ならば主夫を目指すのなら年上の女性と結婚すべきなんだよ」

雪乃「それはどういうことかしら? 別に同い年でも、

  年下であっても主夫になることは理論上では可能なはずよ」

八幡「たしかに雪乃の言う通り理論上は可能だ。だがそれだと可能性が低くなってしまう」

雪乃「誰を選んだにせよ、可能性は低いままだとは思うのだけれど……」


聞こえてますよぉ、雪乃さん、ぼそっとぎりぎり聞こえる声で言っているみたいだけど、

はっきりと聞こえてますからねぇ。だが、雪乃によるストレステストを毎日受けている俺

からすれば、まだ問題ない。だから俺は聞こえないふりをして話を続けることにした。


八幡「考えてみてくれ。年上の女性なら俺よりも先に就職しているから収入も安定していて、

  生活の不安が小さい。だから、その安定した生活に俺が主夫として加わったとしても、

  俺が家庭から妻を支えれば、より安定した生活を送れるはずだ」

雪乃「色々と疑問に思う点が散見しているのだけれど、

  問いただしても無意味だろうから話を進めてもいいわ」

八幡「おうよ」


 でも、こめかみに手をあてて首を振るのは、ちょっとばかし心に突き刺さるのでやめて

いただけないでしょうかね。でもでも、八幡はめげないからねっ。


八幡「でもな、この最高の道筋も平塚先生のせいで考えないようにしてしまっていたんだよ。

  俺の周りにいる身近な年上女性っていったら平塚先生くらいだからな。今では俺が

  もっと早く生まれていれば惚れていたと思うけどな。でも最初の印象が悪すぎた。

  俺に警戒心を刷り込んでしまったんだよ」

雪乃「そ、それは認めざるをえないかもしれないわね。悔しいのだけれど。

  それはそうと、今は平塚先生に惚れてはいないのでしょうね?」


冷房の温度設定がマイナスに反転し、凍える冷気が俺に噴きつける。
907 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/11(木) 17:35:13.73 ID:arGFvPfV0(7/9)
雪の女王ここに健在か。雪乃がいれば夏でも冷房要らずと喜べないのは、

命の危険があるからだろうな。エコには最高だろうけど、命には代えられないだろうし。


八幡「惚れてないから、まじで惚れてないからな」

雪乃「そう……」

陽乃「はいは〜い。私も年上だよ?」

八幡「いや、その……。陽乃さんは年上云々という以前に陽乃さんですから」

陽乃「あれ〜、そのいいようなんだと傷ついちゃうかもしれないわね。うん、傷つい

  ちゃったな。傷ついたのを今晩癒してくれないといけないから帰さないでいいよね」

雪乃「姉さん。ここで姉さんが介入すると、ただでさえ面倒な八幡のご演説がより複雑に

  なってしまうから、ここはご遠慮して頂けると助かるわ」

陽乃「ふぅ〜ん。まっいっか。じゃあ比企谷君。あとで楽しみにしているからね」

八幡「あぁ〜……はい。覚えていましたら」

陽乃「ん、覚えていてね」


 はい、今すぐデリート致します!


結衣「城廻先輩も年上だよね?」

八幡「まあな。でも城廻先輩は養ってもらうっていうよりは、守ってあげるって感じだから

  結婚相手としては違うな。同じような理由で下級生も対象外だ。先に俺の方が就職

  するわけで、下級生に養ってもらうなんてできないだろうからな。むしろ就職して

  いる俺の元に嫁入りして家庭に入ってしまいそうでもある。俺ならそうする。

  だから下級生は対象にすべきではない」

結衣「ふぅ〜ん。でも同級生だって同時期に就職するんだから養ってもらおうと

  思えば養ってもらえるんじゃないかな?」

八幡「それは無理だ」

雪乃「どうしてかしら?」

八幡「同級生はな、一緒の学年ともあって一緒に就職活動をしてしまいそうだ。殺伐と

  した就職活動中に、婚約者たる俺が主夫になるなんて言えるわけもない。だから、

  空気を読んで俺も就職してしまいそうだ。だから同級生は対象外になるんだよ」

結衣「まあそうかもね。あたしもみんなが就職活動しているの見ていたら、自分も頑張ろうと

  思うし。……でも、ヒッキーの場合は周りの事なんか気にしないで我が道を進みそう」

八幡「んなわけないだろ。気にしまくりだ。ここで婚約者を逃したら、大学卒業後に

  どうやって結婚相手を探すっていうんだよ。それこそ完全に就職しないと

  出会いがなくなっちまうだろ」

結衣「そう言われればそうかもしれないけど……」

雪乃「あら? そう考えてしまうのは間違っているわ。だって八幡は同級生である私と

  付き合う運命なのだから、他の同級生について考える必要なんてないのよ」


 あれ、口が開かない……。冷え切った冷気が俺を凍結し、凍りついた血液は鉄よりも

硬い管となって俺の身を拘束していった。


陽乃「だったら私と結婚する? 養ってあげるわよ。」

八幡「え? まじっすか?」


訂正。太陽の光はどうやら雪の冷気よりもお強いようで、俺の拘束を解除していくれた。
908 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/11(木) 17:35:52.52 ID:arGFvPfV0(8/9)

陽乃「うん、まじまじ。しかも料理も作ってあげるからね。実家で親と同居でもいいんなら、

  掃除もハウスキーパーがやってくれるし、家事はしなくてもいいわよ。親だって

  ほとんど家にいないんだから、朝ちょこっと顔を見せればいいくらいだしさ」


 なにこの最上級物件。今すぐ役所いって婚姻届貰いにいっちゃう? 

地獄への片道切符のような気もするけど、この際考えないようにすべきだな。


雪乃「姉さんはなにをいっているのかしら? 就職しないために大学院に進学したり、

  海外留学までしようとしていたじゃない」

陽乃「愛する人ができたら、人は変わるものよ」

雪乃「あら? それならば姉さんはまったく変わっていないのだから、どうぞご勝手に

  海外に留学してください」


陽の嵐と雪の吹雪が荒れ狂う中、俺達はそっと一歩身を引く。周りを見渡すと、あんなに

たくさんいた野次馬根性丸出しのギャラリーが一人もいなくなっていた。つまりは

この広い教室には俺達6人しか残っていないわけで。とりあえずお弁当会初日から

とんでもない醜態をさらしてしまった俺としては、ちょっとばかし弥生姉弟に申し訳ない

気もわいてしまう。だから俺は視線を横にスライドして二人の様子を伺った。……なにあれ?

どうしてこんなにも凶暴な環境の中でふたりしてほのぼの空気満載で食事していられるんだよ。

あぁあれか? 昴は夕さんと二人っきりの空間ではないと食事ができないっていってた

けどよ、面倒だから俺達の事を頭から遮断したってわけか?まあ夕さんは、

あのほのぼのパワーで雪乃と陽乃さんの凶器を受け流しそうだけどさ。


結衣「どちらにしてもさ。ヒッキーに主夫は無理なんじゃない?」

八幡「どうしてだよ?」

結衣「なんとなくだけど、仮になれたとしても大変そうだなって。嫁姑関係ってわけでも

  ないけど、ゆきのんちの女性陣強すぎるなって」

八幡「奇遇だな。俺も主夫も大変なんだって今改めて実感していたところだよ」

結衣「ははは……」


 由比ヶ浜の乾いた笑いが嵐によってかき消される。俺は陽乃さんが用意したポットから

お茶を注ぐと、由比ヶ浜に手渡す。それを無言に受け取った由比ヶ浜は、なんともいえない

微妙な笑顔を俺に見せるので、俺もとりあえず笑顔らしい笑みを送り返しておく。


八幡「まっ、結婚生活なんて他人同士がするんだから慣れだな」

結衣「だね。でも、この姉妹喧嘩に慣れてしまうのもどうかと思うけどね」

八幡「あぁ、同感だ」


 二人のじゃれあい(核戦争)を見つめながら、

しみじみお茶を飲んでいる俺と由比ヶ浜だったとさ。




第53章 終劇

第54章に続く





909 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/11(木) 17:36:24.80 ID:arGFvPfV0(9/9)


第53章 あとがき



このあたりからプロットの変更といいますかスリム化を致しました。

といいましても、大幅な変更はできないところは痛いですが、

メインの流れを大切に書いていこうと思っております。


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派




910 2015/06/11(木) 17:36:39.03 ID:RIyyqcf3o(1)
ここ見ると木曜かと気が付く

911 2015/06/11(木) 18:04:36.57 ID:JjcflWnRo(1)
乙です
912 2015/06/11(木) 18:23:10.27 ID:96GnxFXAO携(1)


たしかに木曜日だと感じる……
913 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/18(木) 17:26:35.66 ID:vyxJT6kE0(1/9)

第54章


 強い日差しから逃げるように木陰で文庫本を広げて待ち人を待つ。

ま、講義が終わったから雪乃と陽乃さんが来るのを待ってるだけなんだが。

 やはり俺の目の前を通り過ぎていく生徒たちの話題といえば、迫りつつある期末試験の話題

でにぎわっていた。俺も人事ではなく、今も小説なんか読まないでテキストを見なおしたほう

がいいのだろうけど、さすがに今日の講義が全て終わった直度に自分に鞭を打つなんて気合が

入った勉強などできやしない。

俺に出来ることといえば、英気を養うという現実逃避の小説世界への没頭くらいがせいぜいだ。

それに、これからやってくる二つの台風が容赦なく俺からエネルギーを削っていくのだから、

今くらいは自分を甘えかせても罰など当たらないはずだ。


陽乃「お待たせ」

八幡「あ、はい。じゃあ行きますか。それともどこ通って行くところでもありますか? 

  スーパーで食材買うのでしたら買ってから帰ったほうがいいですし」

陽乃「それもいいかもしれないわね」

八幡「雪乃は?」


 いつも通りの俺に陽乃さんが話しかけてくるものだから、当然のように雪乃も一緒にいる

のかと思いこんでいたが、その雪乃は陽乃さんの陰に隠れて身を潜めているわけではなかった。

陽乃さんと雪乃が一緒に来るのが習慣になったのは、主にストーカー騒動時に雪乃が陽乃さん

がいる校舎に近いからという理由である。その本来の目的がなくなった今は、別に雪乃と陽乃

さんが一緒に来なくてもおかしくはない。しかし、いまだに一緒に来るのは俺の期待通りに

姉妹間の仲が向上したわけでもなく、ただたんに雪乃が陽乃さんを見はっているという、

これ以上の理由を聞きたくもないという理由からであった。


陽乃「雪乃ちゃん? 雪乃ちゃんにしては珍しく携帯落としちゃったんだって」

八幡「じゃあ誰か拾っていないか、とりあえず鳴らしてみましょうか? 

  運よく拾ってくれている人がいたら出てくれるはずですし」

陽乃「ううん。落としたといってもなくしたんじゃなくて、地面に落としちゃったのよ。

  で、画面割っちゃったわけ。だから機種変更してから帰るから、先に帰っててだって」


 ん……っと。ごめん、信用できねぇって。

 外見上は嘘をついているようには思えないが、どうもうさんくさく思えてしまう。

こういう場合、雪乃だったら公衆電話か陽乃さんの携帯を使って俺に連絡するはずのなに、

それがないとなるとどうしても陽乃さんの言葉はそのまま飲み込めない。

 いや、ね。信じたいんだよ。信じたいんだけどさ……。


陽乃「あぁ〜、私の言ってる事を信じてないって顔してるぅ。やっぱ嘘ばっかり付いてきた私

  のことなんて信用してくれないんだ。そうなんだ。そうなんだよね。傷ついたなぁ。

  傷ついちゃったよ。だから、いやらしく介抱してね」


 最後の言葉の後にはハートマークが付きそうな笑顔だったが、今は最初の言葉以外は

聞かなかった事にしとこう。そう、言ってない。陽乃さんは俺を疑っただけ、だ。


八幡「信じていないわけではないですよ。ただ、雪乃らしくないかなって思ってただけで」

914 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/18(木) 17:27:22.34 ID:vyxJT6kE0(2/9)
陽乃「それは間接的に私の事を疑ってるって事じゃない」

八幡「そうはいってないじゃないですか」

陽乃「だったら私を裸にひんむいて、どこにも嘘がないって調べればいいじゃない」

八幡「あの、どこに裸にする必然性があるのかが……、わからないのですが」

陽乃「あら? やっぱりスパイの拷問っていったらこうじゃない?」

八幡「知りませんからっ。どこの官能小説ですか」

陽乃「官能小説? 比企谷君ってそういうのを読んでいたのね」


 うっ。本当に読んでいないよ。読んでいないったら。風のうわさで聞いただけで、

そういうジャンルというかお決まりパターンがあるって聞いただけですって。


八幡「読んでません」

陽乃「でも、信じてくれるんなら裸になっても構わないわよ」

八幡「そんなことをしなくてもいいですから。いや、むしろしないでください。

  お願いします。土下座がお望みでしたらしますから、どうか勘弁してください」


 どうして俺が謝らんといけないのかわからなくなったが、本能が俺を突き動かしてしまう。

ほらやっぱ、危険が危ないしッ。


陽乃「でも、比企谷君は信じてくれていないみたいだよね? ……そだっ」

八幡「なんです?」


 陽乃さんのわざとらしい今思いついた風の切り出しに、全身の毛が総立ちになり、危険信号

が全身を駆け巡る。そもそもこの人が思い付きで切りだすとは思えない。予め思い付いていた

いくつものある選択肢の中から選ぶ事があっても、どんな想定外の事態がふりかかろうが

想定内で収めてしまうのが雪ノ下陽乃だ。


陽乃「比企谷君が私の事を信じられないというのなら、比企谷君が直接雪乃ちゃんに電話して

  みればいいじゃない。私が嘘をついているんなら、

  比企谷君の電話が雪乃ちゃんに繋がるはずでしょ?」

八幡「疑ってすんませんでした」


 俺は直立不動の体制から勢いよく頭を90度下げる。

 たしかに陽乃さんを疑ってしまった。でも、実際雪乃で電話すれば嘘かどうかなんてすぐに

ばれるわけで、そんなどうしようもない嘘を陽乃さんがつくわけなかったんだ。

 俺が実際電話して雪乃がでることになれば、それはそれで俺をおちょくっていたという

実被害が俺限定という極めて小規模の被害で済む。それならいつもの陽乃さんのちょっかいで

くくれるわけだし、そう思うと俺の緊張は一気に流れ落ちていった。


陽乃「いいのよいいのっ。普段の行いが悪いってわかっているから。

  でも、ちょっとだけ傷ついちゃったかな」

八幡「本当に申し訳ありませんでした」


いまだに頭をあげられない俺に、陽乃さんはそっと俺の頭に手をのせて柔らかく撫で始めた。


八幡「陽乃、さん?」

びっくりした俺は思わず頭をあげようとする。けれど、その勢いは陽乃さんの両手の力に

よって減速され、そのまま柔らかい感触に包まれていく。
915 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/18(木) 17:28:02.09 ID:vyxJT6kE0(3/9)

つまりは、おそらく陽乃さんの胸に抱きしめられているわけで、少しばかり頭をあげたその

位置は、ちょうど陽乃さんの胸で抱きかかえるのには適度な高さまで上がっていた。


陽乃「そのままっ」

八幡「はっはいっ」

陽乃「よろしい。じゃあちょっとだけこのままでいさせてね」

八幡「いや、よろしくないでしょ? ここってけっこう人通り多いですよ」

陽乃「大丈夫だって。比企谷君の顔は見えないでしょ」

八幡「たしかにそうかもしれませんが、陽乃さんの顔はばっちり見えているじゃないですか」

陽乃「別に私はやましい事をしているわけではないし、見られても構わないわよ」

八幡「俺が構いますって」

陽乃「でも、比企谷君は見られてはいないじゃない?」

八幡「そういう問題ではなくてですね、陽乃さんがってところに問題があるんです」

陽乃「どうしてかしら?」

八幡「どうしてって? そりゃあ陽乃さんがちょっかいを出す相手が限定されているからですよ。

  今大学で陽乃さんが手を出す相手って、大学内では大変嬉しい事に一人しかいませんからね」

陽乃「あら? 嬉しいって思ってくれているの? 私は迷惑だとばかり思っていたのだけれど」

八幡「陽乃さん自身が迷惑だとわかっていらっしゃるのでしたら、

  最初から自重していただけれると嬉しいのですが」


 あぁ〜この体制、けっこう疲れるな。って、不平を陳情しても却下されるだろうし、

どうしたものか。頭の部分だけは天国なのに、下半身の、主に太ももへの負担半端ねえな。


陽乃「でも、ちょっかいかけている相手の比企谷八幡君が嫌がってはいても私を受け入れて

  くれるんですもの。ここはお姉ちゃんとしては全力でぶつからないわけにはいかないじゃない」

八幡「いやぁ……、少しは手加減して頂けると助かります。

  それに、今も俺の足腰も限界っていうか、けっこうきつい、です」

陽乃「あっ、やっぱ」

八幡「わかっているのでしたら離していただけると助かるのですが」

陽乃「でも、離したら逃げるでしょ?」

八幡「逃げませんからお願いですから離してください」


 あっやばっ。このままだとまじで陽乃さんにしがみつく感じで倒れるぞ。まさか陽乃さん。

それを目的で? と思っていたら、頭から極上のふくらみが離れていく。真夏のくそ暑い中に

くっつかれるだけでも不快だというのに、陽乃さんの胸のふくらみだけはどういうわけか俺に

不快さを全く与えずにいたせいで、自由になったというのに真夏の日差しのせいで

かえって俺の不快指数は上昇してしまう。


陽乃「じゃあ、さっき私を傷つけたお詫びをちゃんといてもらおうかしらね」

八幡「わかりましたよ。俺に出来る事でしたらなんでもやりますよ」

陽乃「そう?」

八幡「ええ、でも何でもといてっても無理なら拒否しますから」

陽乃「わかってるわよ。用心深いわね」

八幡「そんな性分ですのですみません」


916 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/18(木) 17:28:42.33 ID:vyxJT6kE0(4/9)

陽乃「別にいいわ。でも、お詫びしてくれてるお礼としてまた抱きしめてあげるね」

八幡「えっ?」


陽乃さんはそう告げると俺を置いて校門の外へ向かって歩き出す。とりあえず公開羞恥プレイ

をされて注目されまくっているのはこの際無視だ。どうせいくら気にしたってどうにかなる

わけでもないのだし、気にするだけ無駄なエネルギーを消費するだけだ。それに、今さっき

大量のエネルギーを絞り取られたわけで、もはやエネルギーなど残っていないのが現状って

わけだ。だから俺は無言でそのカツカツとテンポよく歩いていくその後ろ姿を追う事にした。

 それに俺もこれ以上この場にはとどまりたくはないしな。なにせ陽乃さんは

気にしてはいないようだけど、やっぱり外野からの好奇の視線は痛かった。






陽乃「で、早速だけど、さっきのお詫びしてもらおうかしら」


 そう俺に陽乃さんが死刑宣告を告げたのは、真夏の炎天下の駐車場に止まっている車の

エアコンがまだ効きだす前の事であった。車内にはびこる熱と陽乃さんからのプレッシャー

によって俺のシャツは肌にへばりつき、不快さを増していく。ただ、狭い車内逃げる場所など

最初から用意されているわけもなく、普段は雪乃が座っている助手席に陣取っている陽乃さん

は、俺の手を掴んで物理的にも逃げられないようにさえしていた。


八幡「あの、陽乃さん?」

陽乃「ん、なにかな?」

八幡「どうして手を拘束されているんでしょうか?」

陽乃「拘束? 手を握っているだけじゃない」

八幡「だったらどうして振りほどけないほどに力強く握っているのでしょうか?」

陽乃「それは〜、比企谷君が逃げようとするから?」

八幡「ほら、拘束しているじゃないですかっ」


 俺の言葉を聞いて俺の手に食い込む指の力が増す。

逃げようとしてもいないのにどうして力を増すんですか? これって反抗した罰ってやつですか? 

 不気味なほどに上機嫌な笑顔になっていくその表情に俺は逃げられないとわかっていても

シートのその奥へと逃げようとしてしまう。

ま、皮張りのシートに簡単に跳ね返されて終わりなんだけどさ。


陽乃「そう思うんなら比企谷君に後ろめたい気持ちがあるからじゃないかな?」

八幡「そんなのありませんよ」

陽乃「そぉお? だったらそれでもいいけど、きっちりとさっきのお詫びをしてもらおうかな」

八幡「できる範囲内ですからね」

陽乃「大丈夫だって。この私の携帯で写真を撮るだけだから」

八幡「それなら問題……」


 本当に問題ないのか? 

写真っていってもどんな写真か決まっていないと、後々やばい事になるんじゃないのか?


八幡「えっと、どんな写真を撮るんですか? 撮る内容によっては拒否させていただきます」

917 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/18(木) 17:29:13.22 ID:vyxJT6kE0(5/9)

陽乃「そんなに身構えなくてもいいのに。比企谷君と一緒に写っている2ショットの写真が

  欲しいだけなのに。それさえも警戒するなんて、お姉ちゃんすっごくショックかも」


 だからぁ、そこでわざとらしく、よ、よ、よって泣き崩れる真似をしないでくださいよ。

しかも演技だとわかっているのに、なにアカデミー賞級のその演技。

さすが生まれてから演技してきたキャリアは違うってことかよ。


八幡「すみませんでした。ごめんなさい。

  だから、これ以上俺にプレッシャーかけないでくださいよっ」

陽乃「別にそんなつもりじゃないんだけどなぁ……。

  でも、まっいっか。はい、写真撮るから肩を寄せて寄せて」

八幡「わかりましたから、そんなにせかさないでくださいって」

陽乃「うん、じゃあレンズの方をよく見ててね」

八幡「はい、わかりましたって」


 俺はシャッター音が鳴るのを今か今かと待ち続ける。そんなには待つ時間があるわけでも

ないのにシャッター音が鳴らない。そもそも陽乃さんの顔をが近すぎる。レンズから目を

離すなって言われているので視線を動かす事は出来ないが、ちょっと左にずらせば至近距離に

陽乃さんの顔があるはずだ。と、石像のごとく身を固くして待ち続けていると、

頬に小さな柔らかい感触が押し付けられる。

 これって、つまりあれだよな。陽乃さんが頬にキスしたってことだよな。

 俺はいまだに解けない命令を忠実に守ってしまい視線さえ動かせないでいた。

今すぐに陽乃さんのことを見て確かめたいのにそれができない。そこでせめてのも抵抗として

レンズの側にある車のバックミラーでいま起きっている状態を確かめようとする。

俺の目がバックミラーを捉えようとする瞬間、先ほどまで俺が待ち望んでいたシャッター音が

車内に鳴り響く。今になっては絶対に鳴ってほしくはないシャッター音が俺の鼓膜を突き破る。

ということは、このシャッター音は陽乃さんが俺の頬にキスした瞬間をとらえたというわけで。

……ごめん、これ以上考えるのをやめたくなってきた。


陽乃「さて、目当ての写真も撮れたわけだし、さっきの事は許してあげるね。あっ、大丈夫だよ。

  雪乃ちゃんに見せつけたりなんてしないし、誰にもみせる気はないから。

  ただ……思い出が欲しかっただけだから、犬にかまれたとでも思ってくれればいいから」

八幡「そんなふうに思えるわけ……」


 金縛りが解けた俺は陽乃さんの目を捉えて大声で文句を言ってやろうとした。けれど、

俺のその勇ましさは、その決意は、蛮勇行為を行ったはずの小さく震える少女によって

打ち砕かれる。それは、本当に思い出が欲しかったと思えてしまう。いくら俺であっても陽乃

さんの好意に気がつかないなんてありえはしない。だからこそ陽乃さんは俺との関係に区切り

をつけにきたとおもえてしまった。そうなると俺には、なにもできない。陽乃さんが

無防備すぎる状態になってしまったのは、俺が少なからず関わっているのだから。


八幡「今回だけですよ」

陽乃「うん、ありがと」


 その幼い笑顔を見てしまっては、全ての言葉が引き下がってしまう。もはや俺にはなにも

できない。なにもしない。
918 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/18(木) 17:30:12.85 ID:vyxJT6kE0(6/9)

 ってことあるかいっ。もちろん演技でない部分もあるってわかっているが、それでも

この写真をこのままにしておくのはまずい。絶対まずいって本能が警鐘を鳴らしている。


八幡「あの、確認ってわけではないんですけど、見せてもらえませんか? ほら、俺って

  馬鹿っぽい顔をしていると思うんですけど、あまりにひどいとちょっとへこむっていうか」

陽乃「いやよ」

八幡「えっと、陽乃さん?」

陽乃「い〜やっ」

八幡「ちょっとだけですから」

陽乃「だって、絶対画像を消そうとするでしょ」

八幡「するわけないですって。さっき今回だけはいいって言ったじゃないですか」


 陽乃さんはさらに警戒を強め、携帯をその胸で抱きしめる。

 そんな甘い危険地帯に隠されたら手を出せないってわかっててやってますよね? 

今俺が手を出したら、写真騒動どころではない一大事が起きますよね?

たしかに画像を消去する為に携帯を借りたいだけなので、陽乃さんの警戒は正しいんですけどね。


陽乃「その顔は絶対消してやるって顔をしているじゃない。私がわからないとでも思ってるの? 

  それに今のあなたの顔を見れば誰だってそう思うわよ」

八幡「うっ」

陽乃「ほらみなさい。言いかえせないじゃない」

八幡「そりゃそうですよ。キスなんてしている写真撮られたら消そうとするにきまってるじゃ

  ないですか。そもそも撮る写真によっては拒否するって言いましたよね」

陽乃「別に私は拒否してもいいなんて一言も言ってないわよ。

  拒否しますと君が一方的に宣言しただけじゃない」

八幡「そ、そうかもしれないですけど、

  こちらとしては条件付きでの撮影を許可しただけじゃないですか」

陽乃「でも結局は、私が条件を飲むかどうかの確認をする前に比企谷君が撮影の許可をくれたじゃない」

八幡「……」

陽乃「でしょ?」


 くそっ。初めから勝負にならないってわかってたじゃないか。……もういいや。

どうせどのような行動を取ろうと結末は変わらなかった気もするし。だったら済んだ事を

気にするよりも、これからの事を考える方が省エネができるな。


八幡「わかりましたよ。でもその写真、雪乃に見せて下さいね」

陽乃「え?」

八幡「だから雪乃に見せるんですよ」

陽乃「本当にいいの?」

八幡「いいに決まってるじゃないですか。下手に隠して話がややこしくなる前に、

  きれいさっぱり事実を打ち明けたほうが身のためですよ。もちろん血の制裁を受けるで

  しょうけど、まあ許容範囲内ですよ。

  むしろ後で事実が発覚したほうが雪乃が悲しむじゃないですか」

陽乃「でも、そんなことしたら喧嘩にならない?」


919 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/18(木) 17:30:47.26 ID:vyxJT6kE0(7/9)

八幡「そりゃあなりますよ。どうして罠だって気が付けなかったんだって鋭くえぐってくるで

  しょうね。でも、雪乃も俺も嘘をつく方がよっぽど辛い。だから正直に話すんです」


 おそらく俺の選択肢は陽乃さんの選択肢にはなかったのだろう。いや、ないことはないか。

あることはあっても可能性が低い選択肢だったのだろうな。

 だからこそあの陽乃さんが驚いているわけで。


陽乃「わかった。わかりました。私の負けです」

八幡「そうですか。わかってくれましたか」

陽乃「ええ、私の完敗よ。悔しい事にね」

八幡「じゃあその写真、消してくれますよね?」


 陽乃さんは俺の顔と胸元で抑えている携帯を見比べると、

にっこりと最上級の笑顔を浮かべ、はっきりとした口調で告げてきた。


陽乃「いやよ」


 はい? 

 この流れからすると、負けを認めた陽乃さんが快く写真を消すんじゃないんですか?


八幡「あの、もう一度聞いてもいいですか?」

陽乃「ええ、どうぞ」

八幡「その画像……」

陽乃「その画像って?」

八幡「だから、陽乃さんが俺にキスしてきた写真ですよ」

陽乃「ええ、わかってるわよ」

八幡「わかっているなら聞き返さないでくださいよ」

陽乃「ん? ごめんね。だって比企谷君があまりにも面白い顔をしているから」


 誰のせいです。誰のっ。


八幡「あいにくこの顔はデフォルトでこうなっているものですんで」

陽乃「そっか、そうだったわね。それでなにかな?」


 わかってるくせに聞き返してくるなよ。……はぁ、絶対この後の展開って、

俺が想像する通りになるんだろうなぁ……。もちろん考えたくもない事態という意味で。


八幡「さきほど不意打ちで撮ったキスしているところの写真を消してくださいと言ったんです」

陽乃「うん、わかってるよ」

八幡「だから、わかってるなら聞き返さないでくださいよ」


 あれ? なんかループしてね?


八幡「はぁ……、だからそのキスの写真消してくださいって」

陽乃「うん、だから、いやよ」

八幡「へ?」


 体力を削り取られすぎたのか? なんか陽乃さんが拒否したような気がしたんだが、

きっと聞き間違いだよな。
920 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/18(木) 17:31:35.63 ID:vyxJT6kE0(8/9)

陽乃「だから、この写真。絶対に消さないって言ってるのよ」


 世の中って小説のように都合よく話が進まないんだな。わかってたよ。わかってたさ。

でもさ、ちょっとばかしくらい期待してもいいじゃないか。

 ほんのわずかに残ったエネルギーを使って考えた事は、

ほんとどうしようもなく能天気で世の中なめきっている考えであった。



第54章 終劇

第55章に続く





原作ラストシーン予想


 奉仕部を通して嫌の事も関わりたくもない面倒事も体験してきた。

 人は醜く、うちに心の闇を隠している。それでも人は群れを作り、協調して騙し合い、

そして自分と周りをごまかしながらうまくやってきている。世の中の多くの人間はそうしているが、

だからといって全員がそうする必要がないんじゃないかって、本気で思ってしまった。

 雪ノ下は人に媚びない。

 自分にだけは決して嘘をつかない。

 それを俺は、一年以上彼女をそばで見て評価したものだ。

 俺と彼女は似ていない。それでも一緒にいることで安らぎを感じてしまうのは、

どこか通ずるところがあるからだって、そう感じてしまう。

 彼女は今も、昨日と同じように窓辺の席に座り文庫本に目を落としていた。

 明日も同じ光景がみられる保証なんてない。人の心は、日常は常に変化しているのだから。

 だったら俺は。……今、目にしている光景を、この先も手にすべき為には。


「なぁ、雪ノ下」

「なにかしら?」


 風でなびいていた黒髪を手で押さえ、首を傾げて俺を覗き込むその姿に俺は息を飲む。

 きっと明日同じ光景を見られなくとも俺は今のこの瞬間を忘れない。

脳に深く刻み込まれたこの一瞬を、数年後もそのまま脳に刻み込まれているはずだ。

 でも俺は、……俺はそれだけでは満足なんてできやしない。


「なぁ、雪ノ下。俺と友」

「ごめんなさい。それは無理」

「えーまだ最後まで言ってないのにー」

「最後まで言う必要はないわ。だって私はあなたの事を既に友達だと認識しているのだから」


 三度目の正直。

それが今回あてはまるかは疑問が残る。なにせ一度たりとも最後まで言わせてもらえてないもんな。

 けれど人はこうも言う。

 二度ある事は三度ある。

 だったら三度目の正直ってなんなんだよって文句を言いたいところだが、今日はいいか。

 でも、こう言っておくか。

921 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/18(木) 17:32:08.06 ID:vyxJT6kE0(9/9)


 二度ある事は三度ある。けれど、二度失敗したからってそこで三度目を諦めてしまっては

三度目での成功を一生目にする事は出来ない。

 普通一度駄目なら二度目にトライする根性がある奴なんて少ないだろう。

 でも、二度駄目だとしても三度目もトライできる根性があるのなら、そんなにも求める心が

ある奴なら、神様もご褒美をくれるかもしれないって考えたっていいとせえ思えてしまった。







第54章 あとがき



とくに本気で予想したわけでもないのですが、原作もそろそろ終わるそうですし

どうなるのなかと、ちょっと考えてしまいました。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派


922 2015/06/18(木) 21:38:21.31 ID:Zm+cSFrLO携(1)
乙です
923 2015/06/18(木) 23:45:54.04 ID:B8Df03dAO携(1)


924 2015/06/24(水) 20:50:35.93 ID:VGwQ8lpyo(1)
age
                 __,,,,、 .,、
            /'゙´,_/'″  . `\
          : ./   i./ ,,..、    ヽ
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        : /.._ /    ヽ \\.`゙~''''''"./
        .|-゙ノ/   : ゝ .、 ` .`''←┬゛
          l゙ /.r   ゛ .゙ヒ, .ヽ,   ゙̄|
       . | ./ l      ”'、 .゙ゝ........ん
       l  /     ヽ .`' `、、  .,i゛
       .l|  !    ''''v,    ゙''ー .l、
       |l゙ .il、  .l  .ヽ  .¬---イ
      .ll゙, ./    !            ,!
      .!!...!!   ,,゙''''ー       .|
      l.",!    .リ         |
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      l: l「    !    . ゙゙̄ /  !
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925 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/25(木) 17:27:45.25 ID:xOf/fSbn0(1/8)

第55章


八幡「じゃあどうしたらそのスキャンダル写真を消してくれるんですか? 

  俺をゆすろうとしてるんですか? 俺を揺すっても小銭しか出てきませんよ」

陽乃「いやだなぁ比企谷君は。私がゆすりなんて非効率な事、するわけないじゃない」


いやいやいやいやいやいや……。もし非効率じゃなかったらやってたってことですよね?

しかも、そのいいようだと効率的でもっとあくどい方法があるってニュアンスじゃないですか。

俺をどうするつもりなんですか? 社会的抹殺ですか? 

もうほぼゾンビ状態の腐った状態なのに、どうするおつもりなんですかっ。

八幡「取引をしましょう、取引を。陽乃さんが満足する条件を出してください。

  そうしたら、それが可能か検討しますから。むろん俺ができる最高のものを

  提供しますから、それで満足してください」

陽乃「それって、私的には最低ランクでも、比企谷君が最高だと思っているものなら

  取引成立って事になるじゃない? それはいただけないなぁ」

八幡「違いますって。俺は陽乃さんみたいにあくどくないです。……あっ」

陽乃「減点1」

八幡「すみません」

陽乃「減点分上乗せしておくわね」

八幡「どうぞ……」


 もう逃げ出したい。ぜったい会話が続く限り借金を重ねていくって確証が持てる。

しかもそれを陽乃さんが理解しているっていうのが難題だ。

 こうなると絶対陽乃さんは俺を離してくれないし……。


陽乃「どうしようかしら。そうねぇ……」


 左手を顎に充てわざとらしく考えるそぶりをしているってわかっているのに、

陽光のスポットライトを浴びる名女優の演技に目が引き寄せられる。

 ちなみに右手は相変わらず俺の手を握って離してくれてはいないが、

もはやキャパオーバーの俺は些細な出来事については思考を放棄した。


八幡「確認しておきますけど、できない事は出来ないって拒絶しますよ。だから、今、

  ここで、この拒否条項を飲んでくれるかの返事をしてくれないければ話を進めません」

陽乃「あら? 比企谷君って案外用心深いのねぇ。というか、執念深い?」

八幡「誰のせいです、誰のっ。俺もここまで用心深く話さないといけないって思うだけで

  口を開くのが辛くなっていますよ」

陽乃「でも、世の中契約社会なのだから、今のうちに契約条項に目を光らせる訓練を

  しておくのもいいと思うわよ」

八幡「まだ社会人にもなっていないのに世知辛い現実を経験したくないんですけど」

陽乃「あら? それとも詐欺まがいの契約書にサインしちゃって、

  雪乃ちゃんに苦労させてもいいんだ?」

八幡「それとこれとは別の話ですよ」

陽乃「そうかしら?」

八幡「ええ、そうなんですよ」

926 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/25(木) 17:28:47.58 ID:xOf/fSbn0(2/8)

陽乃「ま、いっかな」

八幡「そうして頂けると助かります。でも、確かに陽乃さんが言う通り相手の言葉や

  書類に自分が警戒する以上に警戒する必要はあるとは思いますよ」

陽乃「で、しょう?」

八幡「でも、普段の何気ない会話にまで契約を結ぶ時の警戒心を引っ張り出したくは

  ないですよ。日常会話ですよ、日常会話。もっとフランクに、

  もっと心を許して楽しむものじゃないんですか」


 俺の自分らしくもない発言に陽乃さんの目が細まる。俺の値踏みするようなその瞳に、

俺の体は車のシートに沈んでいく。


八幡「なんですか?」

陽乃「んん? べ〜つにっ。……でも私と雪乃ちゃんが会話するときって、雪乃ちゃん。

  すっごく警戒して、試験の時でも発揮できないような集中力で私の言葉を一つも

  聞き逃さないようにしてるわよ」

八幡「だれのせいだと思ってるんですかっ。

  自分が雪乃にしてきた事を思い出してみてください」

陽乃「過剰にまでのシスコン行動?」

八幡「自分でもわかってるんなら少しは自重してください」

陽乃「だけどぉ雪乃ちゃんかわいいじゃない。シスコンの姉としては妹をかまって

  あげなくちゃって使命感がぐつぐつと沸騰してね」


 その表現からするとわざとやってるってわかっているのだけど、なんだかなぁ……。


八幡「もういいですよ。俺が言ったところでなおるわけではありませんし。じゃあ、

  どうしたらそのキス写真消してもらえるんですか?」

陽乃「ありゃ? まだ覚えてたの?」

八幡「当然です」

陽乃「じゃぁあねぇ……。こういう」

八幡「ちょっと待ってください」

陽乃「なにかな?」


 わざとらしく俺の顔を覗きこんでくるその視線に、俺がこの後言う言葉をわかっている

んならわざわざそんな演出しないでくださいって愚痴をこぼしたくなる。

 でも、こんなまわりくどいことをするのが雪ノ下陽乃であり、俺と雪乃が慕う姉なの

だから仕方がないかって、今では諦めて頬笑みさえも浮かんできそうではある。

かっこ、予定、と注意書きが必要だけれど。


八幡「拒否権についてですよ」

陽乃「あら? ちゃんと成長しているのね」

八幡「鍛えられていますから」

陽乃「うん、いいわよ。比企谷君が無理だと思ったら拒否してもいいわ」

八幡「ありがとうございます」

陽乃「じゃあさっそく条件をいうわね」


 と、そこで言葉を切り、再度俺の瞳を覗きこんでくる。
927 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/25(木) 17:29:25.47 ID:xOf/fSbn0(3/8)
 その笑顔のプレッシャーに俺は存在しているかさえ疑わしい問題点を再検討せざるを

得なくなる。陽乃さんへの警戒は、警戒してもなおもたりない警戒心が必要だ。ルールの

穴を突いてくるのが陽乃さんであり、ルールにのっていないことなら堂々とやり遂げて

しまうのも陽乃さんだ。 だから、陽乃さんが考えるそぶりを続けるほどに、

なにか落とし穴があるんじゃないかって疑心暗鬼に陥ってしまう。

 まあ、相手が陽乃さんなわけで、俺がいくら警戒しても現状をひっくり返してしまう

パワフルな人だ。最上級の警戒態勢であっても意味などはないだろう。

 でも、思考を放棄することと、現状を把握する事は別であり……。


陽乃「比企谷君?」

八幡「はい?」


 俺のどのくらい考え込んでいたのだろうか?

陽乃さんは極上の笑みを浮かべ、なにやら満足したっていう顔をしていた。その笑みさえ

も疑惑の始まりではあるが、もう俺にはさらなるリソースを割り振る余裕などなく……。


陽乃「目の前に相手がいるんだから、よそ見をしちゃ駄目よ」

八幡「すみません」

陽乃「よろしい。素直に謝る事が出来るのはいいことよ。……で、さっきの要求だけど、

  私とデートしてくれたらいいわ」

八幡「俺と二人でデートですか?」

陽乃「ええ、そうよ」

八幡「……デートですか」

陽乃「だめ、かな? ほら、雪乃ちゃんは携帯ショップで時間かかるし、

  その間だけなら問題ないでしょ?」

八幡「別にデートくらいならいつでもいいですよ」

陽乃「ほんとに?」


 この幼い笑顔を見てしまっては、陽乃さんの演技がアカデミー級であろうと、

普通の人にとっては極上の笑みであっても、俺には作りものであるとわかってしまう。

 無防備に擦り寄ってくるはにかみに、俺は今度こそ手を伸ばそうとしてしまう。

だから俺は、意識を保つためにちょっとだけぶっきらぼうに言葉で濁すことしかできなかった。


八幡「前にもいいましたけど、こんな回りくどい事をしなくても、

  普通に言ってくれれば付き合いますよ」

陽乃「でもそれって雪乃ちゃんも一緒でしょう?」


だからやめてくださいよっ。反則ですって、そのちょっと拗ねたようで甘えてくる

表情はっ。 もうね、もともと女に耐性がないんだから、俺の苦労もわかってください。


八幡「いつも二人きりってわけにはいきませんけど、たまになら雪乃も許してくれるそうですよ」

陽乃「えっ、ほんとうに?」

八幡「雪乃も、陽乃さんならそういう要求をしてくるだろうって言ってましたしね。

  だから、想定内の要求なので何も問題はありません」


 俺の提示に陽乃さんの表情は一瞬沈む。しかし、俺の懸念も俺が気に病む間もなく

消え去り、新たに魅せる陽乃さんのその表情にたじろぐしかなかった。
928 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/25(木) 17:29:59.39 ID:xOf/fSbn0(4/8)

八幡「まあ、あれですよ。しっかりと雪乃に報告すればいいそうです。もちろん事後報告

  は基本駄目だとは言っていましたけど、

  事後報告をしっかりするのであれば事後報告であってもギリギリセーフだそうです」

陽乃「事後報告も?」

八幡「ええ、まあ。陽乃さんですし、俺が押し切られてしまうだろうと……。俺の駄目っ

  ぷりを数時間正座で説教されておきましたから、事後報告だろうが問題ないですよ」


 事後報告後に、さらに数時間のお説教があるんだが……。


陽乃「そっか。そうなの。……うん、雪乃ちゃんらしいわね」

八幡「だから、今日のデートも最初から言ってくれればよかったんですよ」

陽乃「ごめんね比企谷君。私ったらまわりくどいことして比企谷君をふりまわしちゃって」

八幡「ほんとですよ。もうちょっと俺の事をいたわって、ねぎらいつくして下さい」

陽乃「うん、今度からそうするね」

八幡「あっ、はい。……お願いします。……じゃあ、今回まわりくどい事をして俺を

  振りまわしてきたペナルティーとかあってもいいですか?」


言った直後に後悔するんなら言うなよって自分を殴りたい。ちょっと陽乃さんがしおらしい

態度をとったからって調子にのっても、数秒後には崖から突き落とされるのをわかってる

のに。ほんと、なんでいっちゃうんだかなぁ……。


陽乃「ん? いいよべつに」

八幡「ほんとですか?」

陽乃「ほんとに本当よ」


 いや、助かった。まじで機嫌がよすぎるんじゃねえか。

 そうなると有頂天の俺は陽乃さんのペースに乗せられてしまうわけで。


八幡「そうですね。二人っきりでデートするわけですし、二人の立場の明確な一線を

  引く為に陽乃さんのことを「姉さん」とでも呼びましょうか。いや……」

陽乃「うん、いいよそれで」

八幡「……冗談で。…………えっ、まじですか?」

陽乃「うんいいよ。ねえちゃんでも、陽乃姉さんでも、お姉様でも構わないわ」

八幡「最後のはちょっとあれですから、陽乃姉さんでお願いします」

陽乃「うんっ」


 やばい。これがデレってやつですか。普段が普段だけにギャップが激しすぎないか? 

よくギャップ萌えとかいっちゃってるけど、

ここまで違うと別人格が乗り移ってるんじゃないかって疑ってしまうぞ。


八幡「はぁ……」

陽乃「ほんと、こんなことならあんなことしなければよかった」

八幡「えっ? なんです? すみません。ぼおっとしていて聞き取れませんでした」

陽乃「ううん。別になんでもないわ」

八幡「なんでもないって言われますと、ますます気になってしまうのですが」


 特に陽乃さんの場合は。
929 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/25(木) 17:30:32.46 ID:xOf/fSbn0(5/8)

陽乃「もぉしょうがないなぁ。ただ、この後どこに行こうかって聞いただけよ」

八幡「陽乃さんは行きたいところないんですか? 俺は陽乃さんが行きたいところに

  お供しますよ。俺は特に行きたい場所も、気のきいたデートスポットもしりませんし」

陽乃「ん? んん〜」

八幡「な、なんですか? その含み笑い。俺なにかヤバイ発言しちゃいましたか? 

  一応補足説明しておきますけど、俺が行ける場所にも限度がありますからね。

  もちろん拒否権もあります」

陽乃「もぅ、そんなに身構えちゃったらせっかくのデートなのに雰囲気ぶち壊しじゃない」


 誰のせいですかっ、誰の。

言葉に出さなくても露骨に顔に出ているだろうから言わないですけどねっ。


陽乃「まあいいわ。別に比企谷君が身構えるような事ではないわ。ただね……」


 だから、そこで言葉と止めないでくださいって。

この数秒の間に冷や汗が流れまくるほどかんぐっちゃうじゃないですか。


陽乃「面白いわね、比企谷君って。見ていて飽きないわ」

八幡「俺はちっとも面白くないんですけど」

陽乃「あら? デートって、彼女を楽しませるものじゃないの? 

  その為に血反吐を吐いて彼女に尽くしているのだと思っていたわ」

八幡「あいにく男女平等がもっとうなので、彼女だけではなくて自分も楽しみたいんですよ。

  むしろ男女平等を訴えるんなら、女性だけの権利も放棄してほしいものです」

陽乃「そう? 私は男女平等なんて不可能だから気にしてないわよ。だって、差別って

  性別だけじゃないでしょ? それに、差別がない世界なんて不気味で不健全よ」

八幡「俺もそこまで求めてはいないですよ。ただ、自分の権利だけを棚に上げて、

  人の権利だけはぎ取っていこうとしている奴らが気にいらないだけです」

陽乃「なるほどねぇ……。権利なんて利権なんだし、よっぽどの変わり者じゃなければ

  自分の権利なんて手放さないわよ。まっ、いっか。こういう卑屈な会話を比企谷君と

  楽しむのも悪くはないんだけど、せっかくだからデートに行きましょうか」

八幡「そうですね。じゃあ陽乃さん。どこ行きます?」

陽乃「ダウト」

八幡「はい?」

陽乃「だから、その呼び方じゃダメでしょ」

八幡「え?」


 なんだっけ? 呼び方?


陽乃「陽乃さんじゃなくて、今日は「陽乃姉さん」なんでしょ?」

八幡「あっ……。それってまじで有効なんですか?」

陽乃「ええ、もちろん」


 悪魔の頬笑みだ。これが天使とか言う奴がいたら、ぶん殴って目を覚ましてやりたい。

いや、そいつを生贄にして逃げるべきか。そうだ。馬鹿な盲信者は生贄にすべきだな。

 もう、これが悪魔じゃなくてなんだっていうんだ。俺が言いだしたことだけれど、

それを逆手にとるなんて、なんてたちが悪いんだ。わかってはいた。
930 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/25(木) 17:31:31.09 ID:xOf/fSbn0(6/8)

だけど、俺が羞恥に沈むのを見越してカウンターだなんて……。

 これから始まるデートという名の苦行が始まるっていうのに、

始まる前から暗雲が立ち込めまくりで、雷落ちまくってるだろ。


陽乃「ん? ちゃんといってほしぃなぁ」

八幡「ね、ぇさん」

陽乃「あれ? 何か言ったかな?」

八幡「……さんっ!」

陽乃「さん? 数字?」

八幡「陽乃、姉さん」

陽乃「なにかな弟君」

八幡「陽乃姉さん、この後どこに行くんでしょうか?」


 くそっ! 自分で仕掛けた罠なのに、なんで俺が罠にかかってるんだよ。

しかも、俺が仕掛けた罠の効果以上にダメージくらってるし。


陽乃「うん、そうねぇ。この前映画館で見た映画覚えている?」

八幡「ストーカー騒動のとき観た映画ですよね?」

陽乃「うん、それそれ。弟君は私の警護で全部は見られなかったのでしょ?」

八幡「ええ、はい」

陽乃「でも、面白かったからいつか見たいって言ってたわよね?」

八幡「そうですね。最初は適当に客席を見張りながら警護でもして時間を潰していようと

  思っていたんですけど、予想以上に映画にはまってしまいましたよ。Dクラスの連中

  も面白いって言ってましたし。なんかあいつら今度みんなで見に行く予定らしい

  ですよ。…………って、由比ヶ浜が言ってました」

陽乃「あら? 比企谷君は誘われなかったの?」

八幡「俺が行ってもあいつらが気を使うだけですよ。だったらあいつらだけで行くべきです」

陽乃「それもそうね。じゃあ、比企谷君は私と一緒に見ようか」

八幡「いいんですか? 陽乃さんは何度も見……」

陽乃「んっ、んん〜」


 くそっ。まだ覚えていやがるのか。この後悔しか残っていない条件って、

今日いっぱい有効で、とことん俺をいじり倒すんだろうな。


陽乃「はい、もう一度言いなおして」

八幡「陽乃姉さんは、何度も見てるんじゃないですか?」

陽乃「私は好きな映画だし、それに、弟君と一緒に……比企谷君? 弟? ん?」

八幡「どうしてんですか? べつに弟君でも比企谷でも陽乃さん、

  陽乃姉さんが呼びたいように呼んでください」

陽乃「いいの?」


 下から覗きこむその姿に、どっちが年下だよって身構える暇もなくたじろいでしまう。

これが演技なのか素なのかはわからないけど、

俺の鼓動を激しくするには絶妙な威力を秘めていた。


八幡「ええ、陽乃姉さんのお好きなようにどうぞ」
931 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/25(木) 17:32:05.07 ID:xOf/fSbn0(7/8)
陽乃「じゃあ、ねえ……」

あっ、なにか企んでる。理由はわからないけど、絶対ここで止めないと後悔するはずだ。

 しかし、俺の願いは虚しく、一度自由にしてしまった野生の獣などは

拘束できるはずもなく、当然俺に襲い掛かってきた。


陽乃「八幡」

八幡「あっ」

陽乃「八幡」

八幡「…………」

陽乃「やっぱりお姉さんが弟を呼ぶときって、名前を呼び捨てよね。八幡も小町ちゃんを

  呼ぶときは呼び捨てでしょ?」

八幡「そうですね」

陽乃「ねっ」

八幡「ええ、まあ…………」


 イエスっていっていいのか? 言ったあと、どんな仕打ちがくるんだ? 

考えれば考えるほど深みにはまっていくぞ。


陽乃「八幡がいいなぁ。ねえ、八幡いいでしょ? 八幡、八幡」

 だから実力行使はよしてくださいって。今まで手を握っていた誘惑について

は対応できますよ。でも、そこからさらに、その手を、大きくて、柔らかくて、

味わった事もないような魅惑の楽園……、ごほん。えっと、俺を駄目にしてしまう

大きな胸で包み込もうとするのはよしてくださいっ。

 俺の108ある防御壁が一瞬で蒸発しちゃいますからっ。

むしろ喜んで防御壁を撤去しちゃいますまらね。


八幡「わかりました。わかりましたから、……手を離してください」

陽乃「わかったわ」

八幡「…………」

陽乃「…………」

八幡「あの……?」

陽乃「なにかしら?」

八幡「手を離してくれるんでしたよね?」

陽乃「あぁそうだったわね」

八幡「だったら手を離してください」

陽乃「ん〜っと、やっぱただじゃやだなぁ」

八幡「さっき解放してくれるって言ったじゃないですか」

陽乃「でもでもぉ、なんだか愛おしくなっちゃってね。無条件に手放すのはねぇ。

  ほら、権利って一度手にすると手放したくなくなるっていうじゃない?」


 くそっ。どこから陽乃さんの策略にはまったんだ? ……考えるだけ無駄か。

たとえ目の前にいなくても陽乃さんの手のひらの上った感じがしてしまうのは、

俺が怖がっているだけじゃないんだろうなぁ。


八幡「わかりました。それ相応の対価を支払いますから解放してください」

陽乃「うんっ、そうこないとね。じゃぁあ……」
932 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/06/25(木) 17:32:48.25 ID:xOf/fSbn0(8/8)

八幡「もったいつけないでとっとと死刑宣告してください」

陽乃「死刑宣告だと思ってるんだぁ……。お姉ちゃんショックで死んじゃうかも。

  だから寂しくてこの手も離せなくなるようなぁ」

八幡「すみませんでしたぁっ。陽乃さんに……陽乃姉さんにショックを与えてしまった

  分も上乗せして請求していいですから、早く解放してくださると助かります」

陽乃「もうせっかちね」


 だれのせいですか! もう言葉にして言わないけど。言ったら絶対即後悔すること

間違いなしだ。……もしかしたら俺の憮然とした表情まで人質にされそうな気も

するけど、こればっかりは見逃してください。…………まじでお願いします。


陽乃「まっ、いいわ。対価は貸しにしておくわ。そのほうが八幡も嫌がるでしょ?」


 嫌がるってわかってるんならやめてくれませんかね? 

 きっと俺の顔は非常に嫌そうな顔をしてるのだろう。

 だって、陽乃さんの、陽乃姉さんの顔が生き生きしてるんだもんな。

もはやその笑顔を見たら、鏡を見なくても俺の表情を推測できてしまうのは嫌な経験だ。

 そして、そのあと20分ほど陽乃「姉さん」による過剰な姉弟のスキンシップを

うけたのち、ようやく俺は解放された。





第55章 終劇

第56章に続く









第55章 あとがき



段々と今書いている季節と同じ季節になってきましたね。

でも、この話のプロットを作った時期って冬だったような気も。

いや秋だったかな? 真夏のお話を作っておりますが、夏は暑いので苦手です。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派




933 2015/06/25(木) 20:17:19.68 ID:0HI6VSXAO携(1)

934 2015/06/25(木) 20:32:50.65 ID:hzAmlFUOO携(1)
乙です
935 2015/06/25(木) 22:21:30.29 ID:+C2MZjtmo(1)
ゆきのんに妹プレイを強制させられる未来が見えた
936 2015/06/26(金) 10:17:28.46 ID:NOD9dFo5O携(1)
乙です!
937 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/02(木) 17:28:43.28 ID:vFj3VvPa0(1/8)

第56章



 目の前の大きな画面には前回観た映画が映し出されている。

 そう、今はストーカーを警戒する必要も、ましてや作戦の失敗を恐れる必要さえない。

つまりはなんの心配ごともなく目の前の映画に集中できる条件は整っていた…………はずだった。

なのに、どうしてなのだろうか? どうして俺はこの映画をゆっくりと鑑賞できないのだろうか?

もしかしたら呪われているのかもしれないとさえ疑ってしまう。

 ま、呪われているのは映画じゃなくて俺自身ってところが認めたくない事実だが。


陽乃「どう? これだったら誰にも邪魔されずに「映画デート」を楽しめるでしょ?」

八幡「いや、ちっとも映画の内容が頭に入らないんですけど」

陽乃「だからぁ、映画のデートイベントとしては楽しめているでしょって意味よ」

八幡「楽しんでいるのは陽乃姉さんだけですよ」

陽乃「そうかしら? むしろ映画に集中できていない八幡は、

  しっかりと映画デートを楽しんでいる証拠じゃないかしら?」

 俺は陽乃さんの正確すぎる指摘に顔を赤くしながら苦い顔をうかべるしかなかった。

 その弱りきった俺の姿さえもかっこうの獲物となり、陽乃さんを喜ばせてしまうのだから、

俺は一時も気を休める事は出来ないでいる。

八幡「あの……」

陽乃「なにかな?」

八幡「近くないですかね?」

陽乃「近いって? もうちょっと後ろの方で見る方が八幡の好みだった?」


 …………絶対俺が言っている「近い」っていう意味わかってんだろっ! 

しかも、本気でわかりませんっていう幼い顔を演じきっているものだから、下手な事も言えないし。

 その、……これは雪乃にも言えない事なのだが、最近の陽乃さんの言動が演技ではないと

思えてしまう事がちらほらと見受けられる。しかも、うぬぼれ度合い80%くらいあるとは

思えるが、俺と二人っきりの時はとくにそう思えてしまう。

だから俺は陽乃さんに演技をするなとは注意できない。だからこそ俺は陽乃さんを拒絶できなくなる。

だって、今目の前にいる幼すぎるその好意に、俺は素直に受け入れたいって思えているのだから。
 
その一方で、今拒絶してしまったら二度とみることができないという恐怖も半分くらいはある。

 俺はこの誰にも言えない喜びをどうすべきか判断を決めかねていた。


八幡「雪ノ下家のリビングにあるテレビはでかすぎませんか。こんな家電量販店の展示用にしか

  ならないようなでかすぎるテレビを設置している家は初めて見ましたよ」

陽乃「あら? 八幡って友達の家でテレビを見られるくらい仲がいい人っていたっけ?」

八幡「すみません。想像でした」

陽乃「うん、でも量販店のでかすぎる大型テレビって一番売りたいサイズのテレビをでかく

  見せる為に展示しているって言われてもいるし、

  あながち八幡が言っている事も間違いではないでしょうね」

八幡「ネットとかでよく流れている噂ですね」

陽乃「ま、嘘も多いだろうけど、テレビの噂は本当なのでしょうね。

  で、やっぱりもうちょっと後ろの方で見る? ソファーを動かせばいいだけだし」

八幡「いや、このままでいいですよ。なんとなく画面が近いかなって思っただけですから」
938 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/02(木) 17:29:45.66 ID:vFj3VvPa0(2/8)
陽乃「そう? だったら映画を楽しみましょう」

八幡「あ、はい……」

 俺の返事をにこやかに受け取ると、陽乃さんは再度俺の腕を引き寄せ、肩に頭をちょこんと

のせてくる。雪乃とは違う甘い香りのトリートメントの黒髪が頬をくすぐり俺を迷わす。

こそばゆくて、くすぐったくて、甘ったるい衝撃に、俺は無条件降伏をするしかなかった。

 ……というか、反撃らしい反撃を一切せずに受け入れていた。

黒革のソファーと来客が来る事を前提にして取りそろえられている威厳に満ちたすこぶる居心地

が悪いリビングは、俺達二人の周りのわずかな空間だけは来客を無視した空間へと書き変わる。

 背もたれが浅い座る事を重視したソファーさえも俺の腕を枕にする事で、陽乃さんにとっては

最高のソファーへと変貌する。俺の方も柔らかなぬくもりの肢体に身を寄せることで、

来客用ソファーの性能を格段にあげていた。


八幡「陽乃姉さん?」

陽乃「ん?」


 俺の呼びかけに形の良い顎をあげ、瞳を俺に向けてくる。

 俺はその瞳と薄い布地がこすれ合うくすぐったさを我慢して言葉を続けた。


八幡「あの……、俺の肩に乗っているのはなんでしょうか?」

陽乃「私の頭だけど?」

八幡「それはわかっていますけど」


 本能は降伏しても、ほんのわずかに残った理性は意味のない抵抗をしてしまう。

そして、その抵抗さえも陽乃さんの喜びに繋がっていると本能がわかっているものだから、

俺は言葉を引き止められないでいた。


陽乃「じゃあ、なにかな?」

八幡「…………いえ、なにも問題ないです」

陽乃「そう?」

八幡「はい」


と、再度俺の陥落を確認し喜んだ陽乃さんは、戦利品だと言わんばかりに俺の腕を抱きしめる力

を強めてくる。こんな予定調和を何度繰り返したのだろうか? ちっとも映画なんて観て

いなかったと断言できる。この調子だとまたこの映画を観る羽目になりそうだけれど。


八幡「陽乃姉さん」

陽乃「今度は何かな?」

八幡「この際適度なスキンシップは目をつむりましょう。だけどですね」

陽乃「なにも問題ないって言ったじゃない」

八幡「脚を絡ませてくるのだけは勘弁してください。ただでさえ映画の内容が頭に入ってきて

  いないのに、これはさすがに刺激が強すぎます」

陽乃「もう映画に集中できていないのだから、この際全て諦めちゃいなさいよ」

八幡「いや、映画はもう諦めましたけど、せめてもの抵抗といいますか、

  節度ある対応を求めているといいますか」

陽乃「わかったわよ。脚は勘弁してあげるわ」

八幡「ありがとうございます」

939 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/02(木) 17:30:41.03 ID:vFj3VvPa0(3/8)

 って、おいっ。


陽乃「なにか不満でも?」

八幡「何もありません」


 俺は映画が終わるまで、膝の上に陽乃さんをのせたまま、嬉しい拷問を受け入れていた。

脚を絡めることのかわりが膝の上に座るですか。コメントは、なしということでお願いします……。



 映画の後は当然の流れとして陽乃さんによる食事がふるまわれる。

 キッチンに立つ陽乃さんの姿は、普段の雪ノ下陽乃の雰囲気はない。どこにでもいる女の子が

料理をし、鼻歌なんて歌っちゃったりしているのを目撃なんてしたときには、

これが素の陽乃さんなのではいかと思ってしまった。

 別に特別な事はしていない。いたって普通で、平凡そのものだ。その平均的すぎる姿は、

いつもの突き抜けた姿とは重ならなく、それがかえって陽乃さんである事を俺に印象付ける。


八幡「雪乃は携帯の交換終わったんでしょうかね? 平日でも夕方だといつも混んでいるし。

  でも、さすがに終わってるか? それとも修理することになるのか?」

陽乃「どうかしら? 気になるんだったらメールでもしたら? メールしておけば、機種交換

  終わり次第折り返しメールくれるでしょうし。ほんと雪乃ちゃんに過保護というか、心配症ね」

八幡「ほっといて下さい。過保護っていう意味でしたら陽乃さんのほうが

  過保護じゃないですか。むしろかまいすぎて弱体してしまっていますけどね」

陽乃「あら? 八幡も弱っているのかしら? だったら精力がつく料理をふんだんに用意しよう

  かしらね。いえ、この際夜眠れなくなるくらいの料理を作ってあげなくちゃいけないわ。

  これは料理人への挑戦ね。挑戦を受けたのならば受けなくてはならないのが雪ノ下陽乃だし」

八幡「すんません。この通り元気です。元気すぎますから普通のメニューにしてください」


 別にいいんだけど、いいんだけど。でも、雪乃があとで何を食べたか聞いたときに、

絶対陽乃さんと喧嘩になるだろ。さすがに実家まで乗りこむ事はしないだろうけど、

電話で……、いや、それよりも明日の朝がやばいか。

 朝から人が多い公道で俺を挟んでの目立ちすぎる姉妹喧嘩なんて御免こうむりたいものだ。


陽乃「まあ、もうほとんど作り終えてるから今さらメニュー変更なんてしたくないんだけどね」

八幡「あの?」

陽乃「なにかな?」

八幡「それって普通のメニューという意味でですよね。精力アップメニューではないですよね?」

陽乃「どうかしら? 実際目で確かめてみたらどう?」

八幡「……いや、すべてお任せします」

陽乃「そう? だったら私がテーブルに料理運び終える前に雪乃ちゃんにメールしちゃいなさい」

八幡「はい、そうさせていただきます」


 俺はソファーに座り直すと、陽乃さんに背を向けてメールを打ち始める。別に隠すような内容

でもないし、見られたって恥ずかしくもない事務的な内容である。

 ……まあ、以前俺が雪乃に送信した「あとで読み返したら即座に消去したくなるメール」を、

雪乃が俺に隠れて読みかえしているのを知った時の衝撃。

雪乃が読みかえす分には雪乃のデータだし、俺は土下座して消去してと頼む程度ですむ。

940 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/02(木) 17:31:14.51 ID:vFj3VvPa0(4/8)

 しかし、その恥ずかしすぎる愛の囁きとまで言えてしまう文章を作ってしまった事実だけは

消去できない。その黒歴史ならぬ桃色歴史? 人はどうして成長しても消したくなる歴史を

刻むんでしまうのだろうか?


陽乃「八幡。そろそろ食べられるけど、メールの方はまだ時間かかる?」

八幡「もうメールは送信したので大丈夫ですよ。…………って、雪乃からもう返事来ましたよ。

  えっと……陽乃さ、陽乃姉さんと食事すませて下さいだそうです。

  雪乃はなんか由比ヶ浜と一緒に食事してから帰るとか。一緒に携帯ショップに

  付き合ってもらったお礼をするそうですよ」

陽乃「そう? 雪乃ちゃんもガハマちゃんと楽しんでいるわけだし、

  八幡は私とふたりっっきりで楽しみましょうよ」

八幡「ええ、二人で「食事を」楽しみましょうね。陽乃姉さんとの食事楽しみだなぁ」

陽乃「わざとらしい演技はさておき……、さっ、さ。八幡御待望の二人っきりの食事よ。

  しっかりと食事を楽しみましょうね。もちろんデザートも用意してあるわよ」

八幡「デザートも手造りだったりするんですか?」

陽乃「どうかしら? ある意味手造りだとは思うけど、だいたい素材のままだと思うわよ」

八幡「フルーツとかですか? もしくは素材を生かすとなるとタルトとか?」

陽乃「ううん、ぜんっぜんあっていないわよ」

八幡「すっごく嬉しそうに否定しないでくださいよ」

陽乃「だって、ねぇ……。せっかく用意したんだし、八幡は食べてくれるわよね?」

八幡「それは俺の方から食べさせて下さいってお願いするほうですよ」

陽乃「そう? だったらしっかり食べてね。私をっ」


 えっとぉ……。まず、語尾にハートマーク付いていますよね……。で、恥ずかしそうに

きゃぴって両手のこぶしを胸に当てているのは、絶対に演技ですよね……。

 あとは……、突っ込んでいいんですか? もちろん性的な意味ではない方で。

 あ……、足元見ると、可愛らしく片足上げてたんですね。気がつかないようなところまで

しっかりと演技するところは感心しますよ。ええ、そこだけは感心します。


陽乃「ねえ、八幡?」

八幡「なんでしょうか、陽乃お姉様?」

陽乃「そう冷静に対処されちゃうと、私、すっごく恥ずかしんだけど」

八幡「その割には平然そうにしていますよね。せめて顔を赤くするところまで演技してくださると、

  こっちも大根役者であっても一緒に演技しないといけないって使命感が沸きますけど」

陽乃「ん〜……、ほら私って顔が赤くならないたちだから。だから、ほら。

  内心では恥ずかしがっているのよ」

八幡「とってつけたような解説をされても」

陽乃「そう……」


 陽乃さんは俺の耳にぎりぎり届くような囁きを残すと、俺に背を向けて体育座りをする。

 小さな背中からは哀愁を漂わせ、俺の演技指導以上の技能を俺に見せつける。

きっとこれも演技なのだろう。空気を吸うように演技をしてきた陽乃さんだからこそできる演技

だった。まあ、演技だとわかっていても、うかつに手を出せないのが真にこわいところだが。


陽乃「…………」
941 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/02(木) 17:31:44.12 ID:vFj3VvPa0(5/8)

八幡「え?」

陽乃「…………」

八幡「すみません。声がちいさくて、しかもくぐもって聞こえないです」


俺の再度の要求は満たされない。陽乃さんはこの結果をわかって台詞を言っているのだろうから、

ここは俺がかがみこんで耳を寄せろって事だろう。

 だから俺は、芝居の台本通りに陽乃さんの顔の近くに耳を寄せた。


八幡「お願いしますから、もう一度だけ言って下さい」

陽乃「傷ついた」

八幡「傷ついた?」

陽乃「そうよ。八幡にキズものにされてしまったの」

八幡「やめてください。人が聞いたら絶対に勘違いするような発言はよしてください」


 きっと俺がうろたえた姿を見たかったのだろう。

げんに俺が台本通りにうろたえている姿を見て、陽乃さんは破顔している。


陽乃「でもぉ、八幡って意地わるよね」

八幡「そんな事はないと思いますよ」


 むしろ俺の方が虐められているって。……言わないけど。


陽乃「だって、駐車場の車の中でも私の事をキズものにしたたわよね?」

八幡「それは……」

陽乃「あのときもいつか償いをするって約束してくれたのに、

  それさえも忘れて今も私をキズものにしたわ」

八幡「だから、きずものっていうワードを使うのだけはよしてくれませんか」

陽乃「間違った使い方ではないはずよ」

八幡「言葉の意味としては間違っていないかもしれないですけど、大多数の人間が最初に

  想像する意味は陽乃さんがつかっている用法とは違いますよね?」

陽乃「あら? それこそ八幡が気にする事ではないわ。だって八幡は他人の目を気にせずに、

  自分の道を歩いているって高校時代から言っていたじゃない」

八幡「それこそ勘違いしていますよ。俺だって人の目は気にしています」

陽乃「気にしていても割り切っていたじゃない」

八幡「だぁ……」


 絶対に勝てない。だったら挑まなければいいのに、どうして俺って挑んじゃうんだろ?

 ひらひらと舞って、俺をからかっては逃げていく。きっと一生手でつかむことなどできや

しないのだろう。一瞬だけ触れて、ほんの少しの間だけ気持ちがわかった気がして、

でも、きっと最後まで理解できない相手。

 だからといって陽乃さんは理解されない事を望んではいない。俺も望んでいない。

 だったら負け戦を続けるしかないだろ。……精神を削られまくるけど。


陽乃「もうギブアップ?」

八幡「いや、保留にしておいてください」

陽乃「いいわよ。で、話を続ける? なんの話をしてたんだっけ?」

942 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/02(木) 17:32:38.67 ID:vFj3VvPa0(6/8)

八幡「料理が冷める前に食事にしようって話ですよ」

陽乃「そうね。せっかく作ったんだし、早く食べましょうか」

八幡「ですね」


 デザートの話なんかしてやるもんか。


陽乃「で、食後のデザートはどうする? お勧めは雪ノ下陽乃だけど」


 ですよねぇ……。都合よく忘れてくれるなんて思っていませんよ。

 食欲を掻き立てる食事の臭いが鼻をくすぐる。きっと数秒後には胃も騒ぎ出し、

みっともない音を鳴らしまくるはずだ。そのみっともなさまで要求され、

俺の心はいつも見透かされてしまう。

 いつだって数歩以上も先を優雅に歩き、俺はその後ろ姿に惚れてしまう。

 届かないからこそ美しい。後姿だからこそ身勝手な理想を押し付けられる。

 彼女に追いつき、その横顔を見た瞬間に、俺は現実を知るのだろう。

きっと現実を見ない方が幸せなはずだ。俺も、そして彼女さえも幸せなのかもしれない。

しかし俺は望む。彼女の隣に立つ事を望む。

そして願わくば、彼女の半歩前を行き、彼女の手を引きたいとさえ望んでしまう。

 きっと彼女も…………。


八幡「雪ノ下陽乃の手料理でしたら、いつだって、なんだって喜んで食べますよ」

陽乃「なんでも? ほんとうに無条件に食べるの?」

八幡「ええ、たとえデザートに雪ノ下陽乃自身が出てきたとしても、俺は喜んで食べますよ。

  むろん俺流の食べ方で、ですが」

陽乃「言ってくれるわね」

八幡「食事って、目で楽しむ部分もありますよね? だったら実際には手をつけずに、

  目だけで楽しむってことも許されるはずですよね? あとは臭いだけを楽しむとか?」


 俺のあくどい提案にまじ引きの陽乃さんは、相変わらずの笑顔で俺の提案を吟味する。


陽乃「もしかして八幡って、雪乃ちゃんにアブノーマルなことをさせてる? 

  臭いだけとか、見るだけとか……」

八幡「してませんからっ!」


 どんびきするとは予想外だった。陽乃さんに手を触れないで場を収める方法もあるって

主張するつもりが、斜め上方向にすっとんでないか? しかも俺に苦痛を共わせて。


陽乃「まあ私はこう見えても生娘なわけだし、そりゃあ経験豊富な八幡が普通だと思っている

  ようなことなんて判別できないわね。……あっ、このくらいならふつうのスキンシップだと

  言ってせまったりしないでしょうね? もちろんウェルカムだけど」

八幡「うれしそうに誘わないでくださいよ。……それと、

  もちろん経験がない人でも判別できるくらいノーマルな事しかしてませんから」

陽乃「あら? 純情で無知な気娘に、夜のお話なんて……」


 よよよって恥ずかしがらないでくださいよ。演技だとわかっていても気恥ずかしい。

 俺も何言っちゃってるのってわかっているから余計たちが悪い。


943 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/02(木) 17:33:18.45 ID:vFj3VvPa0(7/8)

 ただ、俺をからかっているだけなんだろうけど、本当に生娘のように陽乃さんが

照れている部分も見受けられ、それがかえって俺の心をくすぐってきてしまう。


八幡「すんません。俺が全面的に悪かったことでいいですから、食事を食べさせて下さい。

  こんなにも美味しそうな香りと彩りを魅せる陽乃さんの手料理を

  いつまでもおあずけなんてきついです」

陽乃「うんっ、そうね。せっかく八幡の為だけに作ったのだし、

  一番美味しい状態で食べてもらいたいわ」

八幡「というわけで、いただきます」

陽乃「どうぞ召し上がれ」


 予想通り料理に関しては真面目に取り組む陽乃さんなわけで、

うまい具合に話を退ける事に成功する。

 まあ、退けるというか、食事の前の一種のコミュニケーションなのかもしれないが。

 食卓に並べられていた料理は時間と共に順調に減り続けていた。主に俺が食べていたわけで、

陽乃さんが俺に「あ〜ん」と食べさせようとたじろかすことが少々あったが、

それも予定調和として消化されていく。

 9割方の皿が空になる頃には陽乃さんは箸をおき、先日の(偽)デートのおりに購入した

干支切子のペアワイングラスでワインを楽しんでいた。

 陽乃さんの細い指で支えられている朱色のグラスは、きめ細かにカットされた溝に光が

紛れ込み、中のワインの彩りに深みを増していく。庶民代表の俺にそのグラス本来の価値など

評価は出来ない。しかし、芸術作品にまで上り詰めたグラスは、そのグラスの持ち主の容姿と

相まって、一つの絵へと昇華していた。

 一方、俺の方の藍色のグラスは当然だが炭酸水が満たされ、なんだか朱色のグラスに

ヤキモチなんて妬いているんじゃないかって、同じ干支切子としてのプライドを心配してしまう

のは考え過ぎだろうか。それに炭酸水なのは車あるし、

飲酒運転なんてして人生駄目にしたくはないから、その辺は勘弁してくれ干支切子くん。

 まあ、ワイン飲んでも泊まっていけばいいじゃない、という脅迫はやんわりと

お断りしましたよ。きっとワイン飲んでも雪乃が迎えに来るだろうけど。


陽乃「ねぇ八幡」

八幡「はい?」


 グラスを傾け俺に微笑むその艶やかな唇にどきりとして俺の声は裏返る。

色っぽく頬笑みかける妖艶な唇は、昼間のあどけなさなど微塵にも感じられない。これが一瞬でも

幼いと思えた人物と同一人物なのだろうか。女は化ける。それを教科書通り実践して見せている。

しかも、普段からアルコールの助けがなくとも色気を隠しきれないでいる。その陽乃さんが

リミッターをきったらどうなることやら。ほんのりと朱に染まる頬を見て、

自然と唾を飲み込んでしまった。
 

陽乃「おねがいがあるの。……ううん、切望かしら? ……辛いの」

八幡「…………」


 アルコールの混じった吐息に俺は返事を失う。それでも肺の空気を絞り出そうと試みようと

するが、俺の努力は陽乃さんの次の言葉によって霧散した。

944 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/02(木) 17:34:09.42 ID:vFj3VvPa0(8/8)

陽乃「辛いの。比企谷君に陽乃姉さんって呼ばれるのは辛い、かな。いくら私が八幡って

  ささやいても、越えられない壁が目の前に築かれていって、陽乃姉さんと呼ばれるたびに

  八幡が遠くにいってしまうきがする。ううん、平行、かな。永遠に交る事がない距離を、

  私だけがあがこうとしている。それが、辛い。比企谷君に姉さんって呼ばれるたびに痛いの。

  これだったら陽乃さんのままでよかったかな……。ねえ、……あなたはどう思う?」


 人は先入観を抱かずにはいられない。この呼称ごっこも、いつもの陽乃さんのお遊びの一つ

だと、勝手に自己完結させていた。

 人の痛みには鈍感で、傷つけているとさえ気がつかないでいる。俺にとってはそれが当たり

前すぎて、陽乃さんがそれを黙って受け入れていてくれているから俺は気がつかないままで

いてしまう。それはどこにでもある日常で、誰にも経験したことがある苦い経験で。

 でも、間違えてはいけない場面では、たとえば今の場面では、

きっと鈍感であってはいけなかったのだろう。

 だから俺は…………。








第56章 終劇

第57章に続く








第56章 あとがき




干支切子もとい江戸切子。見ているだけでもいいものです。

お酒飲めないですが……。作中八幡と同じく炭酸水ですかね。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派



945 2015/07/02(木) 18:01:39.94 ID:rA35hr/Vo(1)
乙です
946 2015/07/02(木) 18:10:26.07 ID:PYflAyX0o(1)
乙です
今回もいいね
947 2015/07/02(木) 19:28:51.09 ID:J+DkSv/AO携(1)
乙ー
948 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/09(木) 17:08:33.75 ID:1KlJA9nv0(1/2)


今週(7/9)と来週(7/16)の『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』は休載いたします。

その代わりとして、雪ノ下陽乃誕生日記念『陽乃無双』を掲載します。

下記スレにて、2週にわたって掲載し、その後本編を再開します。

事前告知もなく当日発表で大変申し訳ありませんでした。




陽乃無双〜雪ノ下陽乃誕生日記念







更新予定



7月9日  陽乃無双〜雪ノ下陽乃誕生日記念 前編 (別スレ)


7月16日 陽乃無双〜雪ノ下陽乃誕生日記念 後編 (別スレ)


7月23日  やはり雪ノ下雪乃にはかなわない 再開 (本スレ)





949 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/09(木) 17:16:52.17 ID:1KlJA9nv0(2/2)


八幡「陽乃無双?」陽乃「誕生日記念よ」

vip2chスレ:news4ssnip


『陽乃無双〜雪ノ下陽乃誕生日記念』 




950 2015/07/09(木) 17:26:50.46 ID:1kN8mAPeo(1)
新スレ乙です
951 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/23(木) 05:18:38.05 ID:G6XbfMQl0(1/9)

第57章



 だから俺は無防備な本心を彼女に差し出す。

謝罪とか誠意なんていう相手を思いでやってのことではない。ただ俺がそうしたいだけだ。

これこそ自己満足の欺瞞だと言われるかもしれないが、他の選択肢は選択肢としてさえ

あげなかった。きっと落ち着いて考えれば無難な方法だって見つかるはずだ。

そう、葉山隼人だったら陽乃さんを傷つけずに、そしてうまく場を収めてしまうだろう。

でも、俺はそれをよしとはしない。自分に嘘をつきたくないなんて無駄なかっこうをつけたい

わけでもない。ただたんに、陽乃さんに俺の気持ちを聞いてもらいたかった。それだけだった。

俺は陽乃さんの願いをかなえる事は出来ない。それを叶えてしまったら、雪乃を悲しませてしまう。

 それに陽乃さんも願いはするが、叶ってほしいとは思ってはいないはずだ。

だって、重度のシスコンの陽乃さんが雪乃を泣かすなんて事はしない。

 涙が必要なら、自分だけが流して終わりにしてしまうだろう。

 そんな思いやりがある人だから、そんな不器用な人だから、

俺は自分を作った言葉を見せたりはしたくはなかった。

八幡「だったらこう呼んでもいいですか?」

 俺の問いかけに、陽乃さんは手もとのグラスに固定させたままの視線を動かさない。

強張った体が縮こまり、小さく目てしまう体をさらに小さく見せてしまった。

 沈黙のみを伝えてくるその体に、俺は聞いているか不安になって顔を覗きこむ。

 すると、目元からこぼれ出た涙だけが陽乃さんの感情を吐露していた。

八幡「陽乃っ…………、」

 うわっ。かんじった。つーか、かんだっていうか、また「陽乃姉さん」っていいそうに

なっちまった。なんでシリアスモードで「陽乃さん」って声にだせないかな?

 これが俺の限界っていわれても納得はする。でも、今回だけは勘弁してくれよって叫びたい。

 つーか、この陽乃姉さん騒動も俺が言いだした事ではあるけど、

面白がってのってきたのは陽乃さんなんだよなぁ……。

とはいうものの、陽乃さん自身さえその名のうちにひそむ毒には気が付けなかったわけで。

 と、愚痴っててもしゃーないから、早いうちに言いなおしておくか。

八幡「すんません。ちょっとかんでしまって、リテイクでいい……、え?」

 うん。

 「え?」が正しい。これ以外の表現はないって断言できる。幾万の言葉を費やしても、

俺の心情は表せないと断言できる。

だって、俺の目の前には、ぽけ〜っと瞳をうるませて俺を見つめる陽乃さんがいるんですもの。

しかも、頬を朱に染め上げ、手にするワインの表面は小さく波打っちゃってるじゃないですか。

 こ・れ・み・た・こ・と・が・あ・る・よ。は・ち・ま・ん。

 雪乃が照れまくって、デレまくって、うっとりしているときの表情にそっくりだ。

さすが姉妹。知りたくもなかったけど、母君様が親父さんにデレるときも同じである。

誰も知りたくもない誰得?情報でした。うん、この情報知ったのが母君様に知れたら、

もれなく社会生活から抹殺されるっていう特典付きだよ、きっと。俺の命が助かっているのも、

身内になる可能性があるからだけであり、そうでなければきっと死んでいたと思うし。

もしくは自決していた。

 ほんと、知りたくはなかったけど。知った時の衝撃は、今でも厳重封印したままでである。

952 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/23(木) 05:19:36.89 ID:G6XbfMQl0(2/9)
 つまりこれは、あれ、だよな? あれだ、あれ。鈍感主人公の必殺技の一つ。ナチュラルに

フラグをたててしまうという、電光石火の口説き文句(主人公にはその気はない)。

八幡「すいま……」

陽乃「それでいい。ううん、それじゃないと駄目。もう決定。いまさらすみませんっていったら

  泣く。リテイクなんてしたら泣き叫ぶ。もちろん適当にごまかそうなんてしだしたら、

  お母さんにいいつけるから。あることないこと、あることを誇大表現して、

  ないことをなかったことにして嘘をつくから」

 いや、いまはっきりと嘘って言いましたよね。嘘はいけないでしょ。

つーか、俺の方が泣いちゃうかもしれませんよ。

 手遅れだと断言できるけど、一応命をかけて間違いを訂正すべきだよな。死ぬけど……。

八幡「あの、ちょっと一部訂正すべき部分があ……」

陽乃「なにかしら?」

 俺の瞳には、これもまた見た事がある見たくはない表情が収まっていた。

 雪乃のパターンでいうならば、これ以上の譲歩は認めないという笑顔の拒否。

 雪乃は凍てつくプレッシャーで俺を動けなくしたが、陽乃さんのはちりちりと肌を焼く熱波が

俺をなぶり殺そうと残酷な準備を始めていた。

 どちらが楽かなんて考えたくはない。一瞬で死ぬか、じっくり死ぬかなんて考えたくもない。

 だから俺は、こういうしかないじゃないか。がちがちに本心を包み隠した言葉をさ。

八幡「訂正する部分があるわけ、ないじゃないですか〜。陽乃って呼んでいいですか? 

  雪乃も呼び捨てで呼んでいますし、陽乃さんも」

陽乃「ん?」

 ぴくりと跳ね上がる整った眉に、俺は即座に訂正をいれる。

八幡「雪乃も呼び捨てで呼んでますし、陽乃も同じ家族じゃないですか。

  だったら心の垣根を取り払って呼び捨ての方がいいかなぁって……、どうでしょうか?」

陽乃「うん、それがいい。うん、決定」

八幡「あ、でも、二人っきりの時限定でいいでしょうか?」

 だからぁ……、眉を吊り上げないでくださいって。すっごい美人さんが本気で怒ってると、

その迫力は眉以上に跳ね上がっちゃうんですよ。

陽乃「はぁ……、ま、いいでしょう。これ以上を望んでもえられはしないのだし。

  でも、二人っきりの時はお願いね」

八幡「善処いたします」

 嵐は陽乃さんを中心に吹き荒れ、俺を直撃して収束に至る。

 きっちりと俺の心をかき乱し、そして俺の目の前にはすっきりした陽が現れた。

当然の結末なのだろうけど、予報なんてできやしない。

 わかっていても予報以上のものを突き付けてくる彼女に、俺は靴を放り飛ばす程度の予報なら

当たりはしないだろうけどやってみてもいいかなと、ふと笑みをこぼした。





 食事も終わり、本日二度目の映画上映会に挑んでいた。

今回も精神のリソースの大部分は陽乃さんの攻撃を防ぐのに使われている。

 それでも俺達をつつむ世界は緩やかな時間を紡いでいく。エアコンの音は外界からの隔絶を

ほのめかし、庭から聞こえてくる虫の鳴き声が夏だという事を伝えてくる。テレビ画面の中は

極寒の南極なわけで、その温度差がなんともいえなく心地よい。
953 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/23(木) 05:20:16.40 ID:G6XbfMQl0(3/9)

 ちょうど画面の中の登場人物が仲間のいたずらで裸同然の恰好のまま外に追い出されていた。

 映画の世界を現実と結び付けるのは興が冷めるが、どうしてもマイナスの世界で裸って、

死にはしないけど凍傷とかならないのかって気になってしまう。きっと雪乃なら、目の前の場面

に意識を向け、その物語自体を楽しみなさいって憐れむんだ目を向けるんだろうけど。

陽乃「ねえ八幡」

八幡「はい?」

陽乃「体が冷えてしまうわね」

八幡「どうなんでしょうね? 映画の中の事ですし、リアルであっても人間すぐには凍ったりは

  しないんじゃないですかね? よくわかりませんけど」

陽乃「ん? 映画?」

八幡「今の場面じゃなかったですか? もう少し前とか?」

陽乃「ううん。エアコンが効き過ぎかなって」

八幡「ああ、料理作っている時少し温度設定を下げていたんじゃなかったですか?」

陽乃「そうね。そのままだったわ」

八幡「俺温度設定戻してきますよ」

 俺は絡みつく腕をやんわりほどきながら席を立とうとした。

しかし俺を拘束するその腕は、ほどける事はなかった。

陽乃「ううん。このままでいい」

八幡「でも、寒いんですよね? ……上にかけるものとかとってきましょうか? 

  …………えっと、なんで睨みつけるんでしょうか?」

陽乃「わからない?」

 俺の腕をつつむ腕にきゅっと力が込められる。それと同時にふにゅっと形を変えていく胸に

沈んでいく俺の腕が、陽乃さんから受け渡される熱以上に体温が駆けあがっていく。

 でも、挑発的な言葉とは裏腹に、陽乃さんの瞳には自信なんて宿ってはいなく、

俺の次の行動を弱々しく待っていた。

八幡「えっと……、このままでもいいでしょうか?」

陽乃「ええ、しっかりと私を暖めてね」

八幡「善処いたします」

雪乃「なにが善処致しますかしら?」

 振り返らなくともわかっている。ソファーの後ろに誰かいるかなんて気がつかなかった。

 いや、もしかしたら陽乃さんは気が付いていたんじゃないかって邪推してしまう。

だって雪ノ下陽乃だし。その辺のふてぶてしさは健全だろうし。

でもなぁ……、振り返りたくないなぁ〜。

陽乃「あら雪乃ちゃんどうしたの?」

雪乃「姉さん、私の携帯盗んだでしょ?」

陽乃「あら心外ね」

雪乃「だったら私の携帯はどこにあるのかしら?」

 ん? 雪乃の携帯って壊れてんじゃ? で、今は由比ヶ浜と食事しているんじゃ?

 でも、盗んだって言ってるし、となると……、考えるのやめてもいいでしょうか?

陽乃「私の鞄の中に入っているわよ」

雪乃「それを盗んだと世の中では言うのよ」

陽乃「気が付いたら入っていただけだし、盗んではいないわ」

954 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/23(木) 05:21:21.33 ID:G6XbfMQl0(4/9)

雪乃「でも……、携帯を探しても見つからなくて」

陽乃「だから私が先に八幡との待ち合わせ場所に行ったわけよね。

  もちろん雪乃ちゃんが私に先に行って欲しいとお願いしてきたわけだし」

雪乃「そうだけれど……、でも、携帯がなくて」

陽乃「そうね。私も私の鞄に雪乃ちゃんの携帯が入ってると思いだしたのは、家に帰って来てからよ」

雪乃「えっ? 本当かしら?」

 雪乃の訝しむ視線に陽乃さんは身をよじる事さえしない。お互い一切引く事をしない姿勢に、

真横で観戦している俺に、もろ余波をかぶせているけど。

陽乃「本当よ。思い出して御覧なさい。お昼携帯を使った後、雪乃ちゃん荷物が多いからって

  携帯を一時的に私に渡したでしょ? その時鞄に入れたのをそのままにしていたみたいなのよね」

雪乃「あっ」

陽乃「思いだしたようね」

 今回は陽乃さんの勝ちってことか? 雪乃も身に覚えがあるようだし、

最初からわざとやったわけでもないし、強くは言えないか。 …………ん?

八幡「陽乃、ちょっと待ってくださいよ」

陽乃「なにかしら八幡?」

八幡「大学の待ち合わせのところで、雪乃の携帯が壊れて機種交換してくるっていいましたよね?」

陽乃「ええ言ったわね」

八幡「でも実際は、雪乃は携帯を探していただけですよね?」

陽乃「まあ、そうね」

八幡「だったらなんで嘘をついたんです?」

陽乃「だって、…………だって」

八幡「あっ……」

 いまだに俺の腕を離さない陽乃さんの腕に本日最大級の力が込められる。

 この際雪乃の冷たい視線は後回しだ。

 なにせ俺の隣には震える視線で俺の判決を待っている陽乃さんがいたのだから。

 いつも自信たっぷりに引き締められていたその唇は、幾度となく言葉を紡ぐのに失敗し、

弱々しい吐息だけが漏れ出すことしかできないでいる。俺を掴む腕も、最初こそは力強く所有権

を見せていたが、今は俺に寄りかかるようにしがみついているだけであった。

八幡「大丈夫ですよ。俺は陽乃を嫌いなんてなりません。ちょっと悪ふざけが過ぎましたけど、

  きちんと雪乃に謝罪すれば、俺はあとは気にしません。むしろ俺は陽乃さんに振り回されは

  しましたけど楽しめましたし。だから、雪乃にだけ許しをもらって下さい」

陽乃「ごめんね雪乃ちゃん。少しの間だけでも八幡を独占したかったの。ごめんなさい」

雪乃「姉さん……。ええ、今回だけよ」

陽乃「ありがと、雪乃ちゃん」

 目を細め幼い笑顔を俺に見せる陽乃さんに、俺の手はその頭と頬を優しく撫でてしまう。

さらっさらの黒髪をすり抜け、みずみずしい頬に手が吸いつくと、陽乃さんはくすぐったそうに

頬と肩とで俺の手を挟みこむ。成熟した女性本来の美しさに、

あどけない笑顔がアンバランスに混ざり合い、俺の心は平静さを保てなくなりかけていた。

雪乃「……ねえ八幡?」

八幡「はい……」

 やっぱ雪乃さまは甘ったるい雰囲気をお許しにはなりませんよねぇ。

955 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/23(木) 05:21:57.46 ID:G6XbfMQl0(5/9)
雪乃「聞き間違いだと思うのだけれど、八幡も姉さんも名前を呼び捨てで呼びあって

  いたわよね? もちろん幻聴だとは思うけれど」

八幡「あっ」

陽乃「雪乃ちゃん。聞き間違えではないわよ。私がお願いしたの」

雪乃「どういう事かしら?」

陽乃「私がね、デートしてってお願いしたら、八幡がお互いの立場を明確にしましょうってこと

  になって、私は八幡の事を弟として呼ぶことになったのよ。それで八幡は私の事を

  陽乃姉さんって呼ぶことにしたの。でも、だめね。最初のうちは八幡をからかってあげよう

  と思っていたんだけど、陽乃姉さんって呼ばれるたびにせつなくなっちゃってね。

  ……でさ、泣いちゃった」

雪乃「姉さん。わかったわ……、呼び捨てでもいいわ」

陽乃「ほんと? 八幡って呼んでもいいの?」

雪乃「ええ、八幡と呼んでもかまわない。それに、どちらにしても結婚したら同じ名字になるん

  ですもの。将来どちらの苗字を名のることになるかはお母さんの意向が挟む事になるで

  しょうけど、それでも私も八幡も同じ名字だし、姉さんも八幡の事を八幡って呼んでも

  問題ないはずよ」

 あれぇ……、そういう展開? てっきり普通に許したんだと思ったんだけど。

いや、これも雪乃なりの照れ隠しってとこか。

 よく見ると、雪乃の頬が薄っすらと赤く染まってるし。

陽乃「ありがと雪乃ちゃん」

雪乃「ええ、感謝しているのだったら抱きつかないで下さるかしら?」

陽乃「でもでもぉ、うれしくって」

雪乃「そうね。姉さんの気持ちもわかるわ」

陽乃「でしょう?」

雪乃「でも、私の彼氏に抱きつくのはよしてくれないかしら」

 ですよね。






雪ノ下邸からの帰宅中、車内でずっと陽乃さんとの間の出来事を全て聞きだされたっていうのに、

雪乃はそれでも満足できず、自宅マンションでもねちっこく取り調べを行っていた。

 まあ、俺は車を運転していたわけで、話に夢中になって事故ってしまったりしたら取り返しが

つかないわけで、その分手加減されていたともとれるが。

雪乃「ほんとうに隠し事はないのかしら?」

八幡「だから不意打ちで撮られた頬にキスされた写真まで見せただろ? 

  これ以上のスキャンダルはないんだから、だったらこれ以下の出来事を隠す意味がない」

雪乃「いいえ、それは間違っているわ」

八幡「どうして?」

雪乃「なぜなら、その写真以上のスキャンダルがあるかもしれないじゃない? もしそのような

  事態があったのならば、八幡の論法では写真以上のスキャンダルは話せないという結論になるわ」

八幡「たしかに……」

 雪乃の考え方は正しい。正しすぎる。でもさ、そんなスキャンダルないんだし、

ここはどうどうとしていればいいのか?  ………………え?

956 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/23(木) 05:22:42.80 ID:G6XbfMQl0(6/9)

 それは当然だった。

雪乃の頬に一筋の透明な筋が描かれると、雪乃は俺との距離を一瞬でゼロにまで縮めてしまった。

 俺の両腕を抑え揺さぶる姿に、俺は他人事のように見ているしかなかった。

あっけにとられたというのならば、その通りなのだろう。

 なにせ、雪乃が取り乱している。

 なにせ、雪乃が剥き出しの感情を俺にぶつけてきている。

 なにせ、こんな雪乃を俺は見た事がない。

 人間予想以上の出来事を目の当たりにすると何もできないというが、その事態が今俺に降り

かかっているというのならば、きっとこれこそが俺の想定外の出来事だったのだろう。

 けれど、一気に噴出した雪乃の感情は、その役目を果たす前に霧散していく。

俺の腕を掴んでいた小さな手は、俺の腕をさするように下へと落ちていく。雪乃の体も、

体を支える力が抜け落ちて、俺の体がぽすんと軽すぎる雪乃を受け止めた。

八幡「……雪乃?」

雪乃「……の?」

八幡「ごめん。聞き取れなかったから、もう一回言ってくれると助かる」

 俺は小さな悲鳴さえも聞き逃すまいと、雪乃の口元に耳を近づかせようとした。しかし、

それは雪乃の体を一度引き離すことを意味し、雪乃は俺の行為を拒絶と受け取ってしまう。

雪乃「私、捨てられてしまうのね……」

八幡「雪乃?」

雪乃「私……、姉さんが選ばれたのよね? 私、私……、私」

八幡「雪乃」

 黒く大きな瞳からは涙が覆い尽くし、その雫が瞳を黒く輝かす。瞬きをするたびに大きな雫が

頬を撫で、とどまらぬ感情が俺に押し寄せてきた。

 場違いにも、美しいと思ってしまった。目の前で俺を求める雪乃を見て、残酷にも嬉しいと

いう感情さえも抱いてしまう。最低な男だ。むしろ人間失格とさえ罵られるほどだ。

 こんな歪な純愛は、俺と雪乃が望んでいるものではない。もちろん俺も雪乃も正しい愛状が

何かはわからない。それでも間違っている事さえわかっていれば、それを直す事は出来る。

そうすればいつかきっと俺たちなりの正解にたどり着くのだろうと、楽観的すぎる純愛を描いていた。

八幡「俺は雪乃しか選ばない。それに雪乃をもう選んじまったから、変更はきかないんだけど。

  まあ、雪乃がどうしても嫌だって言うんなら、俺は雪乃の事が一番大事だし、俺は雪乃の

  選択を受け入れる。でも、俺は、雪乃が俺を拒絶するまでは、雪乃だけみてるから……、

  って、ちょっとラブコメすぎて痛いな」

雪乃「……どうして最後に余計な一言を言ってしまうのかしら? それさえなければきまって

  いたのに。あぁ、冴えないわね。ほんと冴えない。どうしてこんな男を選んでしまったのかしら?」

 鼻を小さくすすり、涙を隠そうと強く目元をこすろうとするものだから、

俺は雪乃の手をやんわりとどけ、俺の指を使って涙をすくっていく。

八幡「かっこよく決まらないのは俺だからしょうがない。かっこよすぎる行為をしても、

  それをやってのけてしまうと、かえってきまらないだろ。むしろ笑いの神様が降臨しちまうよ」

雪乃「それはそうね」

八幡「わかってくれたか?」

雪乃「……わからないわ」

八幡「えっと、……どうしてでしょうか?」

957 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/23(木) 05:23:40.36 ID:G6XbfMQl0(7/9)

 わかってくれたんですよね? そういう雰囲気でしたよね?

雪乃「だったらなんでわざとらしい雰囲気を出すのよ。あの写真でさえ感情を抑えるのがぎりぎり

  だったのに、それ以上の事があるのかもしれないって雰囲気を、なんで出すのよ! 

  なんでわざとらしく黙っていたのよ。あんな沈黙作りだされたら、不安になる

  じゃない。…………ないのよね? なにもないのよね? ないっていいなさいっ!」

 あぁ〜……。俺の思考回路が一時的に停止していた時の事か。

 由比ヶ浜の判決ではないけど、俺でも俺が悪いって判決文書いちゃうよな。

 うん、俺が悪い。俺が悪いから謝るべきだ。

 でも、謝りたいんだけど、こうも激しく肩を揺らされたら、

一言もしゃべれないんだけど……。どうしたらいいんでしょうか、裁判長?

 ただ、同じ間違いだけはすべきではない。沈黙は美徳という場面もあるが、今は違う。

相手の感情を遮ってでも俺の感情をぶつけるべきだ。

八幡「雪乃っ!」

 俺は雪乃の腕を強引に振りほどき、その華奢な肩を掴み拘束する。

はっと息を飲む喉の音を確認すると、俺はすかさず俺の声を優しく流し込んだ。

八幡「雪乃」

雪乃「……はい」

八幡「誤解するような事をしてごめん。陽乃さんとのことももっと注意すべきだった。でも、

  陽乃さんを一人にしたくないっていう気持ちは譲れない。

  これは雪乃もわかってくれているんだよな?」

雪乃「ええ、色々すれ違いもあったけれど、私も姉さんを一人にはできないわ」

八幡「陽乃さんの性格は俺レベルに捻くれているし、一筋縄ではいかない。でも、見捨てないんだろ?」

雪乃「見捨てられなくなったというのが正しい気もするのだけれど」

八幡「だな。……まあ、もうちょっと扱いがしやすいといいんだけどな」

雪乃「そうね」

 固く閉じられていた蕾がほころびて、笑顔を咲かしていく。

ひっそりと、白く気高いその花が、再びひらかれていく事に、俺は安堵を覚えていった。

八幡「今日はたくさん面倒をかけてすまなかったな。

  これからはもうちょっと要領よくやるつもりです」

雪乃「できるのかしら?」

八幡「どうだろうな?」

雪乃「八幡」

八幡「そう睨むなって」

雪乃「ちっとも反省していないように見えてしまうのよね? その腐った目が悪いのかしら?」

八幡「かもしれないけど、努力はする。一緒にやってくれるんだろ?」

雪乃「そうね。八幡一人だとあぶなかっしくて、見ていられないわ」

八幡「宜しくお願いします」

 一人でできないのなら、二人ですればいい。

 二人で無理なら三人で。きっと陽乃さんも手を貸してくれる。……ま、当事者だしな。

 ようは、俺だけで解決できる内容ではないってことを理解している事が一番大事なのだろう。

それさえ忘れなければ、俺が道を間違えても雪乃が手を引いてくれるはずだ。



958 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/23(木) 05:24:14.34 ID:G6XbfMQl0(8/9)





第57章 終劇

第58章に続く








第57章 あとがき


大変申し訳ありませんが、今週は一身上の都合で早い時間での更新となります。


2週間もあくと、書いている本人でさえ内容を忘れてしまうわけで……。

毎回書き始める時はどこまで書いたかなんて忘れていますが。


来週は、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので

また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派


959 2015/07/23(木) 05:33:22.86 ID:sV2ffSoXo(1)
いつもながら思うんだけど、地の文で改行開けるの長ったらしいからやめてほしい
別に何か効果出てるかって言えばそういうわけでもないし

これのせいで話の大半を読み飛ばしてるわ
960 2015/07/23(木) 05:36:08.71 ID:jlbK2VGpo(1)

961 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/23(木) 05:40:06.43 ID:G6XbfMQl0(9/9)
勉強不足で申し訳ないです。他のスレを参考にして改善いたします。
962 2015/07/23(木) 12:40:30.96 ID:0cbkSfEso(1)
乙です
963 [sage ] 2015/07/27(月) 14:18:34.93 ID:6pW8xqM60(1)
1様のこの作品はとても好きです。が、完結まで1年以上は厳しいです…ですが続きを楽しみにしています。
964 2015/07/28(火) 13:20:23.90 ID:e/Cq8pEuO携(1)
乙です
次も楽しみに待ってます
965 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/30(木) 17:15:34.26 ID:QZCHccKj0(1/5)

第58章



八幡「そういえば由比ヶ浜も陽乃さんの企てに巻き込まれて災難だったな。
   明日会ったらフォロー入れておかないとな」

雪乃「それは必要ないわ」

八幡「雪乃が既にフォロー済みなのか?
   それならわざわざ俺が話を蒸し返す必要もなくて助かるんだが」

 由比ヶ浜大好き雪乃さんであるわけだから、携帯を探すのを手伝ってもらって時点で
礼をしているか。時々雪乃の由比ヶ浜への厚遇に、俺が妬いているのは内緒だけど……、
絶対言わないがな。絶対にだ。

雪乃「いいえ、違うわ」

八幡「だったら俺がする必要があるんじゃないか? それとも雪乃が直接したいとか?」

雪乃「いいえ。そもそも由比ヶ浜さんは手伝っていないもの」

八幡「というと?」

雪乃「昨日の講義の後、由比ヶ浜さんと会っていないのよ。講義が終わって携帯がない
   のに気がついたのだけれど、そのとき姉さんがいたから先に八幡の元に行って
   もらったのよ。姉さんに携帯をなくした事を伝えてもらおうと思ったのに、
   まさか八幡を連れ去るとは思いもしなかったわ」

八幡「俺も連れ去られるとは思わなかったわ」
   俺って案外騙されやすいんでしょうかね?

 普通の一般人相手なら最初から警戒しまくりで対応するが、陽乃さん相手だとその警戒も
効果ないんだよな。うん、今回は相手が悪い。だから俺は悪くない。
俺が連れ去られた社会が悪いんだ。というわけで、俺の中では一件落着かな、
とどうでもいいことを考えていると、当の雪乃さんは思いのほか真剣であった。

雪乃「私も油断していたわ。まさか実家に連れ去るとは思いもしなかったわ。しかも手が
   かりさえないんだもの。私が探さなそうな場所を選んだというのならそれまでだけれど」

八幡「そうか? 俺は陽乃さんだから実家に連れていく可能性は高いと思っていたんだが」

雪乃「あなたは姉さんと一緒にいる時間が増えているでしょうから、その分八幡も姉さん
   の行動パターンがわかるようになってしまったようね。ええ、仲がよろしいことで……」

八幡「俺を追いこむなよ」

 まじでやめてください。俺を睨みつけて、委縮させて、脅迫したとしても、なにも出て
きませんよ? そもそも、俺はすでに比企谷家からは見捨てられていますって。
 親父なんて最初の一報で小町に害が及ばないようにと俺を切り捨てるはずだ。
 まあ、小町はいい。小町に危険にあわすわけにはいかないから、
小町は俺の気持ちをくんで、俺を見捨ててくれている「だけ」のはず……。
うん、そうに違いない。そうでなくてはならない。……ね、お願いしますよ、小町さん。

雪乃「まあいいわ。八幡に八つ当たりしても意味はないのだから。
   でも、その分傷ついた私を癒してくれるのでしょうね?」

八幡「それがご要望でしたら、この八幡全身全霊を持って努めさせていただきます」

雪乃「期待しているわ」
   雪乃はふっと肩の力を抜き、はにかんだ笑みを俺に見せる。

 こうして見ると、やはり陽乃さんと雪乃は姉妹なんだなと実感してしまう。
母上様も似ていらっしゃると思うが、俺には見せてくれないだろう。
 見る機会があったら、それはそれで一大事だが……。
 同時に俺も雪乃に気取らない笑顔を見せているのだろうか、と疑問に思う。俺が笑顔を
見せるなんて自分で考えてみると気持ち悪いだけだが、心を許した相手の笑顔は格別には
違いない。げんに捻くれ日本代表クラスの俺でさえ癒されてしまう。
 その笑顔を、心を許した証拠を、俺は雪乃に示せているのだろうか?

八幡「できることしかやれないけどな」

雪乃「それで十分よ。だったらさっそく食事を用意してくれないかしら?」

八幡「てっきり由比ヶ浜と食べてきたと思っていたから、
   帰りに何も買おうとは思わなかったんだよな。ただ、こんな時間だし、
   何か出来あいの物を買ってきた方がよかったな」

雪乃「八幡が気が付いていたとしても、何も買わなかったと思うわよ。
   自宅で作る分には食材のストックは間に合っているもの。
   それに、八幡に作ってもらう予定だったのだから、出来あいの物は買わないわ」

八幡「さようですか」

966 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/30(木) 17:16:07.23 ID:QZCHccKj0(2/5)


 その言い方だと、俺に落ち度がなくても作らせる気だったのかよ。
 ……まあ作りたくないわけでもないから別にいいが。

雪乃「ええそうよ。でも、本当に実家とは盲点だったわ。私をまいたのだから、
   もっと見つからないような場所に行くと思ったのがっそもそもの間違いだったようね」

八幡「そうか? 陽乃さんらしい選択だと思ったぞ。俺の場合は騙されたのを知った後の
   推理だから、初めから答えを知っているっていうアドバンテージがあるからかもしれんが」

雪乃「どうして実家だと思ったのかしら?」

八幡「いやな、最後まで悪役になりきれないところが陽乃さんらしい選択だったなって
   思ったんだよ。実家なんて絶対いつかは見つかる場所だろ?」

雪乃「たしかに、そうとも言えるわね」

八幡「だろ? だから、陽乃さんは雪乃を裏切りたくはないと思っているんじゃないか
   って思えるんだよ。そもそも悪役になりきれているんなら、
   待ち合わせ場所で俺を騙す時点から完璧を実践しているはずさ」

雪乃「でも、姉さんのバッグに私の携帯が入っているのに気がついたのは
   実家に戻ってからだと言っていたわよ」

八幡「それでもだ。携帯の行方がわからないこととつじつまがあうように俺を連れ出して
   いただろうな。陽乃さんが本気だったら、雪乃が携帯ショップに行くだなんて
   嘘をつかないで連れ出していたはずだ。……違うか?」

雪乃「…………そうね。姉さんなら嘘だとわかっても、
   その嘘が事実と繋がるような嘘を使っているはずね」

八幡「だろ?」

雪乃「でもっ、私と八幡を騙した事には違いがないわ」

八幡「まあな」

 苦笑いを浮かべるしかない。そして雪乃もわかっているはずなのだ。しかし、雪乃自身が
興奮しているというか、陽乃さんらしくない行動に理解が追い付いていないのだろう。

八幡「でもな、実家を選ぶにしても、陽乃さんだったら雪乃が実家にこないように手を
   打っていたんじゃないか? それを今回はしていない。

  つまりは、雪乃に来てほしかったんじゃないかって思えてしまう」

雪乃「それは、……いえ、そうかもしれないわね」

 まあ、そういう事情もあるんだろうけど、俺と二人でゆっくりしたいっていうのが一番
の理由だと思える。手料理をふるまいたいというのもあるし、誰にも邪魔されずに
ゆっくりと映画鑑賞をしたいというのもある。
 陽乃さんは外交的な性格だと思われがちだが、家を大切にしたいという内向的な性格も
あるんじゃないかと最近思うようになってきている。
 別に内向的な性格を隠しているとかではなく、落ち着ける場所。
雪ノ下陽乃を演じなくてもいい場所を大切にしているとでもいうのだろうか。
 そう考えると、やはり陽乃さんのホームグランドは、実家のキッチンがそうであり、
一番大切にしている場所なんじゃないかって勝手に結論付けてしまう。

雪乃「さてと、食事の前に最後にとっておいた最重要案件に移りましょうか。おそらく
   この案件が一番時間がかかるでしょうから一番最後にとっておいたわ」

 なんか好きな食べ物は最後に取っておく的な言い方は好きではないなぁ、八幡としては。
 すっげぇ凄味がかかった笑顔を見ては逃げる事も出来ないし……。
 そして今回に限っては、好きな物は最初に食べる方がいいと提案したい。好きな物なら
いざ知らず、一番の面倒事が最後だなんて体力的にも精神的にもきつすぎる。
 ほら、ゆとり世代だし、面倒事は避けるべきだ(文部科学省推奨)。
 あっでも、最近は脱ゆとりとか言っているし、関係ないのか? なんだかんだいって、
勉強できる奴はほっといても勉強するから、ゆとりなんて勉強できない奴の成績が下がる
だけで、俺とは関係ないからどうでもいいけどな。
 ある意味ゆとり教育ってすごいともいえるか。文部科学省様は小さい時から自己責任の
意識を植え付ける為にゆとり教育なんていうスパルタ教育を施しているともいえるし。
 まあ、本人が自己責任を認識できる年齢になる頃には、
自分の学力のなさを後悔しても取り返しがつかないのが欠点だが。
 さて、そんな未来の子供たちの学力を杞憂している暇もなく、俺の目の前に
迫っている最重要案件(雪乃談)が俺を押しつぶそうとしていた。

雪乃「姉さんの事を呼び捨てで呼んでいたわよね? あれはどういう意味かしら?」

八幡「その件につきましては、すでにご報告済みかと思いますが……。
   あの、弁護士を呼んでもいいでしょうか」

雪乃「あら? 実家で聞いた内容のみで私が納得すると思っていたのかしら? 
   それに弁護士は私が勤めてあげるわ」


967 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/30(木) 17:16:34.16 ID:QZCHccKj0(3/5)
 いいえ。まったく思っていませんでした。車の中でもぜんっぜん話題にも
しなかったから、話題にする事すら避けていると思っていたが、
自宅にてじっくり雪乃が納得するまで話すつもりでしたか……。
 ええ、予想通りです。……この予想だけははずれてほしかったけど。
 あと、刑事訴訟で検察官と弁護士を兼任するのは違法ではないのでしょうか? 
 あっ、裁判官も兼任しておりましたね。
 ……って、これってすでに詰んでね? どっかの独裁国家並みにさ。

八幡「まず、俺が陽乃さんを陽乃姉さんと呼んでいたのは知っているよな?」

雪乃「そのいきさつは聞いたわ。八幡にしてはいい心構えだとは思ったわ」

八幡「ありがたき幸せ」

 あれ? 恭しくかしこまったのに、どうして冷え切った視線を浴びせるのでしょうか?

雪乃「でも、詰めが甘いわよね。結局は呼び捨てで呼ぶことになっているじゃない」

八幡「それはその、言いなおそうとしたらかんじまって。ほんとうは陽乃さんって
   言おうとしたんだよ。でも、言いなおせる雰囲気じゃあなかったというか、
   できなかったというか」

雪乃「それもあるでしょうけど、……八幡が姉さんと距離をとったらどうなるかだなんて、
   やるまえからわかることじゃない。姉さんがどう思うかだなんて……」

八幡「どういう意味だよ?」

雪乃「はぁ……、八幡には永遠にわからないことよ」

八幡「本心では陽乃姉さんって呼ばれるのは嫌だったという事か?」

雪乃「それも違うわね。最初は面白がっていたのでしょう?」

八幡「まあ、そうだな。そうだった、と思う」

雪乃「おそらく姉さん自身も本当に面白がっていたはずよ。でも、姉さん自身も気がつかない
   落とし穴というか気がつかないようにしていた本心があったとでもいうのかしらね?」

八幡「陽乃が気がつかない事だったら、俺が気がつくことなんてないだろ」

雪乃「そうね。…………でも、すっかり姉さんの事を呼び捨てで呼ぶ事に慣れたようだけれど」

八幡「陽乃って言ってたか?」

雪乃「ええ、しっかりと」

八幡「意識していないというか、どうなんだろうな」

雪乃「はぁ……。陽乃と呼ぶときよりも陽乃さんという方が多いから、まだ大丈夫で
   しょうね。でも、姉さんはそれを許さないでしょうし……。はぁ……、困ったものね」

八幡「それは……すんません」

雪乃「まあいいわ。どうせ私と八幡が結婚したら比企谷君と呼ぶ事はできなくなるで
   しょうし、それと込みで考えれば、
   姉さんの事を呼び捨てで呼ぶのも大差ないわ。……気にはなるけれど」

 ですよねぇ……。ぽつりと最後にこぼした呟きが本音ですよね。
 とても小さく、とってつけたような台詞だけど、これが一番言いたい事で、
雪乃が一番叫びたい事なのだろう。
 でも、それを雪乃は許さない。プライドというよりは、雪乃は陽乃さんが好きだから。
好きな相手を傷つけたくはないからこそ雪乃は強くいられるとでもいえるのだろうか。

八幡「……えっと、あの……、あのさ」

雪乃「なにかしら?」

 会話の話題に困った時の自動会話生成機ってできないかな? 人工頭脳とかあるし、
いまや携帯と会話できるんだから、この機能できたら俺絶対機種変するぞ。

八幡「雪乃は、陽乃さんのことをどう見てるんだ? いや、さ。最近だろ? 
   こうやって陽乃さんとしょっちゅう話をするようになったのは。
   だから、陽乃さんの印象が変わっとか、昔の印象とは違うように見えるように
   なったとか、雪乃の感想を見いてみたいな、と思ってさ」

雪乃「どうかしらね? 私からすれば姉さんは姉さんなのだから、
   今も昔も変わらないわ。でも、話をしてみなければわからない事もあるでしょうし、
   今みたいに話をするようになってわかった事もたくさんあるわ。
   ただ、話している事が真実とは限らないけれど」

八幡「それは陽乃さんじゃなくても同じ事だろ? 人間本音だけで生きている
   わけじゃないし、いつだって建前で発言している事がほとんだろうよ」

雪乃「それもそうね。どこかの誰かさんみたいに大事な時には言い訳しないで、
   どうでもいい時ばかり言い訳ばかり言う人もいるらしいけれど」
968 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/30(木) 17:17:00.67 ID:QZCHccKj0(4/5)
八幡「だれだろうな? でも、大事なところでは言い訳しないって男らしいんじゃないか?」

雪乃「どうかしらね? その馬鹿な男は、大事な事ほどまわりが勝手に判断するから、
   言い訳なんて意味がないと言っていたと思うわよ」

 よく覚えていらっしゃる事で。俺でさえ覚えていない事がほとんどなのに、
こいつったら俺の言葉を全部覚えているんじゃないかって疑っちゃうぞ。

雪乃「でも姉さんは、私が生まれる前から雪ノ下家の長女であり後継者であったのよ。
   だから、姉さんの心情にどう変化があろうと姉さんは姉さんなのよ。いつも何を
   考えているかわからない奔放な性格を演じていようと、お母さんが求める雪ノ下陽乃
   を演じていようと、根本的には姉さんそのものだと思うわ。それが演技であっても、
   姉さんが演じようとするのなら、それは姉さんそのものなのよ」

 雪乃のいい分もある意味正しい。人間だれしも理想の自分を演じようとする。
 もちろんたいていの人間は途中で挫折するし、理想の自分など演じきる事は出来ない。
 しかし、ありまる才能があり、小さい時から演技をする事を強要されてきた陽乃さん
ならば、可能だと思えてしまう。普通の人間なら挫折してしまう理想の自分を、
陽乃さんならば自分を押し殺して演じきってしまうだろう。
 そしていつしか自分がわからなくなり、演じている自分が素の自分となり、
素の自分が消え去ってしまった。
だから、俺をときおりどきりとさせる陽乃さんは、もしかしたら、陽乃さんが消し去って
しまった「本来のあるべき」素の陽乃さんの痕跡なのかもしれないと思えてしまう。

八幡「そう捉える事も正しいんだろうな。たしかに母親の理想に近い娘を演じてきたし、
   それを本人も納得っていうか、諦めていたとも言えるけど、なんつぅか……、
   自分の中の一部にしていたとは思う。でも、それが陽乃さんのすべてではないだろ。
   あんなはちゃめちゃな性格の陽乃さんを、あの母親の理想だとは思えない。
   どう考えたって母親の理想からは程遠い」

雪乃「妹の私が言うのもなんだけど、姉さんはしっかりと成績としての記録は残しては
   いるけれど、でも、実際の姉さんの言動はその成績をとった人間とは思えないくらい
   人格が破綻しているわね。点数だけなら優等生だから、姉さんを知らない人から
   すれば人格者なのかもしれないわ。ところが人格面、学生生活の面で言うならば
   問題児よね。問題にはならない範囲ではあるけれど。それでもカリスマ性とでも

  いうのかしら。同級生や後輩には好かれているから不思議よね」

八幡「その問題に上がらないところまでが陽乃さんのせめてもの抵抗だったのかもな。

  もし問題になってしまったら、あの母親に知られてしまうからな」

雪乃「お母さんは知っていたと思うわ」

八幡「はい?」

雪乃「お母さんが知らないわけないじゃない。教育関係者にも母とのパイプはあるのよ?
    しかも、あの目立つ姉さんの事だから、きっと母のところにも姉さんの
    学生生活の様子は伝わってきているはずよ」

八幡「いまさら驚く事はもうないとは思っていたが、スパイもそこらじゅうに
   いるんだな。俺達も見はられている、とか? なんちゃってなぁ……、ははは」

 乾いた笑いしか出てこねぇ。だって雪乃は神妙な顔をしているだけで、
俺の言葉を否定してこなのだから。
 つ〜ことは、スパイいるんですか? まじっすか? ほんとに?
こんなしがない大学生を調査したって、埃しか出てきませんよ。誇りは持っていないけど。
 長いものには自分から巻かれにいくが持論なんでね。

八幡「否定しないんだな」

雪乃「あの母の事だから、大学の成績もすべて筒抜けだと思うわよ。そうね、
   昨日姉さんに騙されて連れ回された事もしっているかもしれないわね」

八幡「それは冗談抜きで怖いから」

雪乃「冗談よ。さすがに自宅に監視カメラは設置していないわ」

八幡「その発想が出てくる事態怖すぎるだろ」

雪乃「そのうち慣れるわ」

八幡「……慣れたくねぇって」

雪乃「さて、冗談はおいておいて、姉さんは母が許容できる範囲内の雪ノ下家長女の
   雪ノ下陽乃といったところかしら。完ぺきではないけど理想からは外れてはいない。
   むしろ完璧を回避することで息抜きとして機能していたとも考えられるわね」

 本当に冗談ですよね? ね? ……あの女帝に慣れるってあり得ませんよ?

八幡「そんなろころかもしれないな。あの母親の理想を完璧に演じきれるとしたら、
   それこそ心を空っぽにしないとできやしねえよ」

雪乃「そうかもしれないわね」

969 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/07/30(木) 17:18:10.91 ID:QZCHccKj0(5/5)

八幡「なあ、だったら雪ノ下家の陽乃ではなくて、ただの陽乃さんは見たことあるか?」

雪乃「ただの? 素の姉さんってことかしら?」

八幡「ああ、そんなところだと思う。母親に求められる雪ノ下陽乃でも、友人たちに
   求められる雪ノ下陽乃でもない。陽乃さんの心の奥底に隠しているであろう
   誰の理想でもない陽乃ってところだな」

雪乃「そう…………その定義であれば、見た事はないわ」

八幡「そうか。ならいい」

雪乃「八幡はなにか思うところがあったのかしら?」

八幡「べつにそういうわけではないんだけどよ。なんというか、素の陽乃さんだけでは
   なくて、素の比企谷八幡。素の雪ノ下雪乃ってなんなんだろうなって思ってさ」

雪乃「だったら、素の私ってどういう風なのかしら? 八幡から見た印象で構わないわ」

 期待に満ちた瞳が俺に向けられ、肩にかかった黒髪を払う姿さえもわざとらしい仕草に
思えてしまう。俺を挑発するようで実は緊張しているのが今となってはよくわかる。
 高校時代の俺ならば、馬鹿にしている態度として受け取っていたはずだ。
しかし、雪ノ下雪乃は強くはない。俺も、そして由比ヶ浜も雪乃は強いとずっと思っていた。
 いつだって前を見て、いつだって一人でやり遂げて、その為に必要な能力を有している
俺の憧れでもあった。けれどそれは俺の理想であり、いわば雪乃に俺の理想を
押し付けていたにすぎないと、ある時俺は気がついた。
 別に俺の印象の中の雪乃なのだから、どんな印象を持っても俺の自由だ。
 だけどそれは同時に、雪乃に俺の理想を押し付けてしまい、馬鹿な俺は雪乃に理想を
演じる事を求めてしまう。もちろん雪乃には関係ないところの出来事なのだから、
俺の理想通りには進まない。だから俺は理想からはずれた雪乃を見て勝手に幻滅する。
 つまりなんていうか、俺は陽乃さんが本当に理想の雪ノ下陽乃を演じられていたのかと
疑問に思えてしまっている。
 いつだって期待にこたえてきたとはいうが、本当に陽乃さんは自分が出した結果に満足
してきたのだろうか。一応周りの連中は陽乃さんが叩きだした結果に満足して誉めたたえて
きたようである。しかしそれがイコール陽乃さんの中の理想と一致するとは限らない。
となると、もし陽乃さんが理想の雪ノ下陽乃を演じられていないとしたら、もし自分に幻滅
してたとしたら、それは俺の陽乃さんへの認識が大きく間違っている事を意味してしまう。
 それも、考えたくもない結末も伴って。

八幡「あらためて問われるとわからないものだな。逆に雪乃自身ではどう捉えているんだよ?」

雪乃「自分で自分の素の姿なんてわかるわけないじゃない。八幡が見ている私が雪ノ下雪乃
   であり、それと同時に由比ヶ浜さんが見ている雪ノ下雪乃も雪ノ下雪乃であるのでは
   ないかしら。同じ人物であっても人によっては印象が違うでしょうから、
   素の自分なんて考えても答えは出てはこないわ」

八幡「なるほどな」

雪乃「……なら、比企谷八幡から見た雪ノ下陽乃はどうみえるのかしら?」

 勢いで問いかけてはみたが、答えを知りたくはないと拒絶する瞳に、
俺は心を読まれている気がした。
雪乃は本当に俺の瞳を通して陽乃さんを見たいのだろうか? 見てどうしたのだろうか?
 俺でも陽乃さんをどう見ているかなんてわからないというのに。
でも、俺でさえ曖昧で答えが見つからない答えを、
雪乃は探り当ててしまっているような気さえしてしまう。
そんな人外れた才能に、陽乃さんと雪乃は姉妹なんだと、今さらながら認識してしまう。

八幡「…………すまん、わからない」

 絞り出した声は、言葉になっているか怪しかった。



第58章 終劇
第59章に続く




第58章 あとがき

新スレを建てましたが、このスレも最後までしっかり使っていこうと思います。
新スレに入っても、よろしくお願い致します。
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので
また読んでくださると大変嬉しく思います。

次スレ
八幡「やはり雪ノ下雪乃にはかなわない」雪乃「第三部ね」
vip2chスレ:news4ssnip

黒猫 with かずさ派


970 2015/07/30(木) 17:26:01.18 ID:Qsjswl8bo(1)
乙です
971 2015/07/30(木) 18:10:46.08 ID:xxVzrn6co(1)

しかし何か読みにくくなってると思ったら書き方変えたのか
972 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/06(木) 17:22:40.71 ID:53gqESo90(1)


今週も予告なしで八幡誕生日記念短編を掲載してしまい申し訳ありません。
陽乃誕生日記念『陽乃無双』に続き2カ月連続で予告なしは、
大変申し訳なく思っております。
『やはり雪ノ下雪乃〜』はすみませんが、2週間休載となります。
現在、雪乃・陽乃をメインに軌道修正できているときであるのに
短編を挟んでしまう事は、物語の流れを切ってしまう事でもあり、
その点は気がかりではあります。
ただ、今後は雪乃と陽乃が暴れていくと思いますので、
2週間お待ちしてくださると助かります。
今回は短編を書きましたが、長編の方も順調に書き進めております。


黒猫 with かずさ派




『比企谷小町からの贈り物』 

比企谷小町。俺の妹なのだが、出来すぎた妹である。
ほんとに俺の妹かと疑う事さえあるほどだ。
偽妹かと疑い、まじで妹ではないという結論が出て、
それなら結婚できるなと思うあたりで馬鹿な夢想から覚めることが少々……。
そんな小町が俺に誕生日プレゼントをくれるらしい。
何をくれようと全力で喜ぶ予定なのだが、どうも小町の様子がおかしいのが気がかりだ。
比企谷八幡の誕生日当日。大学受験をひかえた夏休みだというのに、
俺は朝から惰眠に精を出していた。
誕生日に何をくれるかはわからないが、出来すぎた小町がくれるものなのだから、
きっと俺には必要なものなのだろう。


八幡「誕生日プレゼント?」小町「これが小町からの誕生日プレゼントだよ」
vip2chスレ:news4ssnip


973 2015/08/07(金) 16:50:00.31 ID:kQsoqHuqo(1)
短編乙でした
974 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/20(木) 06:12:57.42 ID:hzyaEAjx0(1/6)

第59章



7月14日 陽乃



 車をマンション近くの駐車場に入れ、てててっと足取り軽く横断歩道を渡っていく。
 まだ朝早く車の数も少なく、また、元々ここの道路の交通量は極めて少ない為に
この駐車場利用者は横断歩道を使わず道路を横切るのは普通ではある。
 かくいうわたしも普段は横断歩道を使わないのに、
今朝は遠回りまでして律儀に横断歩道を使ってしまった。
 どうして横断歩道を渡ったのか。しかもウキウキ気分で。
 その理由は、なんてこともない。ただたんに浮かれていただけ。それだけなのよね。
タワーマンションを見上げると、朝日が無数のガラス窓をきらめかせている。目を細めて雪乃
ちゃんの部屋を探そうとしてはみるが、あいにく海側の部屋だからここからは見えるはずもない。
 またもやはやる気持ちが溢れ出ている事に気が付き、我ながら苦笑いが漏れてしまう。
 でも、悪くはないかな。むしろすがすがしいほどに心は晴れ晴れしてるし。
 きっと今日も暑くなってだるいだろうけど、夏の朝は嫌いではないのよね。
 手慣れた手順でマンションの中に入って行き、目的の階まで上がっていく。エレベーターで
すれ違った住民に対しては、頬笑みを交えて軽く会釈する事も忘れてはいない。
いくら浮かれていようが、体に染みついた社交性だけは条件反射的に行動に移してしまった。
 さて、一つ問題があるのよね。
 家の鍵はある。実家に保管してある鍵を持ちだしているから問題はない。
 まあ、最近では実家に保管していないで、わたしのバッグに常駐してはいるけれど。
 とりあえず玄関のドアを開けてみればわかるか。
ドアガードがしてあるといくら鍵を持っていても入れないのよね。
これがチェーンだったら自宅から工具持ってきたけど、さすがにドアガードを切る工具はないし。
 …………今度買おうかな? でも、壊すたびに修理費請求されるだろうから考えものね。
 なんて杞憂もあっさりと解決した。
 おそらく八幡が新聞を取りに行って戻ってきた際、鍵だけかけたようね。
これが雪乃ちゃんだったら、律儀にドアガードまでしっかりかけるはずだし。
 ドアが開いたってことは、中に入ってきなさいってことよね? 
だったら入らないと悪いか? うん、じゃあ入っちゃうね。
 と、勝手に自己完結したわたしは音をたてないように室内にリビングのドアを開けた。
 中を覗くとソファーには誰も座ってはいない。
ただ、パンと紅茶の香りが漂ってくるところからすると朝食の準備中なのだろう。
 わたしがさっそく物音を立てずにキッチンの方に進むと、八幡が料理をしていた。
 当然ながらこちらを向いていた八幡はわたしのことに気がつく。しかし、朝だからなのか
感情の起伏を見せない八幡は、事務的に事実確認をするようかのように問いかけてきた。

八幡「どうしてここにいるんですか? まだ朝ですよ」

陽乃「んん? それは目が覚めたからかな」

八幡「朝になれば目が覚めるものですって。
   俺としたら幸福な夢ならずっと起きずに見ていたいものですが」

陽乃「夢なんて中途半端じゃない。どうせなら自分がしたいように行動したいから、
   夢なんて見たくはないわね」

八幡「陽乃さんらしいですね」

雪乃「……姉さんっ。どういうことなのかしら?」

朝の軽いやり取りをしていると、当然ながら雪乃ちゃんがふくれっ面でわたしにつっかかって
くる。これも予定通りなんだけど、もう少し愛そうがいい顔をしたほうがいいと思うぞ。
……媚を売る雪乃ちゃんって、それはそれでとてつもなく恐ろしいから、前言撤回ってことで。

陽乃「どういうことといわれても。とりあえず、八幡が料理している姿に
   見惚れている我が妹を眺めているだけよ?」

媚びは売らないけど、惚気てはいるのよね……。ある意味お母さんそっくりで、遺伝ってある
のかもしれないって本気で悩みそうね。なにせ、わたしもその遺伝子があるかもしれなし。

雪乃「…………別に見惚れてなんていないわ。ただ……、そうね…………八幡がしっかりと
   朝食を作っているかを監視していただけなのよ。
   ええ、そういうことだから、姉さんの指摘は間違っているわ」

陽乃「なら八幡を監視していたら、その姿に見惚れてしまって、
   監視していた事さえ忘れてしまったといったところかしら?」

雪乃「なっ……。はぁ……もういいわ。朝から姉さんのテンションについていこうとすると、
   午前中で息切れしてしまうわ」

八幡「陽乃さん、朝食食べますか? 食べるんでしたら一緒にどうです?」

 あら? おやさしいこと。ほんと八幡って雪乃ちゃんを甘やかすのよね。
いっつも雪乃ちゃんが引き下がれなくなる前に介入してくるんだもの。
 こっちもあからさま過ぎてやる気がなくなっちゃうってば。
 でもねぇ……、ただじゃひかないんだな。


975 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/20(木) 06:13:44.56 ID:hzyaEAjx0(2/6)

陽乃「食べよっかな。でもその前に八幡。忘れていないかなぁ〜。ん、ん?」

八幡「えっと……、なんのことでしょうか? なにか陽乃さんと約束でもしていましたっけ?」

 ほらぁ〜、目をそらさないでよ。いっつも嘘をつくときは目をそらすんだから。
 その子供っぽすぎる反応は、それはそれで母性をくすぐられちゃうときもあるけど、
今は追い詰めたくなっちゃうのよね。だって、それって雪乃ちゃんの為でしょ?

陽乃「むぅ〜。わたしの事を呼ぶときは陽乃さんではなくて陽乃でしょ? 忘れたふりしても無駄よ?」

八幡「忘れたふりはしてないですよ。昨夜も雪乃に指摘されたのですが、陽乃さんと言う時と
   陽乃って言うときがあるみたいなんですよ。だから意識してないので俺がわざと言って
   いるわけではないんです。つまり……えっとなんだ、もう少し自然に呼べるように
   なるまで待ってくださいって事ですよ。わざとらしく呼ぶよりは自然に呼べるように
   なったほうがいいですよね?」

陽乃「なんだか色々と理屈っぽく言い訳されている気もするけど、まっいいわ。
   どうせ強制していやいや呼んでもらうよりも自然に呼ばれる方が嬉しいもの」

雪乃「はぁ……、姉さんも八幡には甘いのね。こういう手法は八幡の常套手段なのに」

陽乃「あら? それを雪乃ちゃんが言っちゃうの?」

雪乃「どういう意味かしら?」

 雪乃ちゃんがわたしに気がつくまで浮かべていたデレっデレの表情はすでに消失し、
今はいつもの戦闘準備万全の顔へと変貌していた。
 この静かに燃える表情こそが雪乃ちゃんのいつもの姿であり、わたしも八幡も慣れ親しんで
きた姿なのだけれど、どうも最近の雪乃ちゃんを見ているとお母さんを見ているようで気が
引けてしまうところがある。
 これはいわば母への服従であり、逃げ出す事が出来ない習性なんだろうけど。

陽乃「特に今さら言うべき事でもないけど、ほら? 雪乃ちゃんこそわたしよりも八幡に
   従順じゃない。悪い意味でも、いい意味でもね」

 雪乃ちゃんの思い当たる節が多分にあるせいで言いかえしてはこれない。
 それもあるだろうが、八幡が料理している姿に惚気ながら見つめている姿をわたしに
見られているのを悔しがっているのかもしれないかな。
 
八幡「もう朝から戦争するのはやめてくださいって。
   陽乃さんも朝食を食べるんでしたら手伝って下さいよ」

雪乃「この人に食べさせる必要なんてないわ。そもそも実家で食べてから来るべきよ。常識として」

八幡「食べてこなかったんだからいいだろ? それに陽乃さんに、
   ……陽乃に常識を求める方が疲れるだけだ」

雪乃「それもそうね。だから姉さん。八幡の奴隷となって朝食の準備を手伝いって下さらない?」

陽乃「うん、それは構わないわよ。雪乃ちゃんのお許しが出たわけだから、
   これで障害もなく八幡の奴隷になれるわね」

雪乃「もういいわ。朝起きてすぐは脳は働かないものね。確実に姉さんに問題があるはずなのに。
   これ以上考える事を放棄したほうがいいって体が拒否反応してくるんですもの」

陽乃「じゃあ、ぱっぱと準備しちゃうから、雪乃ちゃんも着替えてきなさい」

雪乃「ええ、そうさせていただくわ」

 たしかに雪乃ちゃんのいい分もわからなくもない。
 でも、わたしが雪乃ちゃんに意地悪したくなる気持ちもわかってほしいものね。
 だって、朝早くから見たくもない光景を見てしまったのだから。
 見たら確実に嫉妬してしまうものを見せつけられてしまったから。
 そんな微笑ましすぎる朝の光景に遭遇したのはわたしのせいだって言いかえされそう
だけど、今日という日は私にとって特別だった。
 だから、いくらなんでも来るのが早すぎるほどの朝の時間だと文句を言われようと、
わたしは車を運転して雪乃ちゃんたちが住むマンションまでやってきたのだ。





 あれからゆっくりと朝食を取り、雪乃ちゃんが淹れてくれた紅茶でまったりとした時間を
共有した。わたしというイレギュラーがいようと、雪乃ちゃん達はいつもの朝を過ごしていた
んだと思う。わたしを仲間に入れてくれた事には感謝した。それと同時に疎外感も感じずには
いられなかった。
 これが比企谷君と雪乃ちゃんの朝の光景であり、イレギュラーが混在しようと当然のごとく
繰り返される。嫉妬という言葉でくくるのならば、間違った分類ではないと思う。
でも、なんというかちょっとだけ違うというか。
そもそもわたしは雪乃ちゃんと比企谷君の仲を裂きたいわけでも略奪したいわけでもないのだ。
ただ仲間に入れて欲しいだけ。できれば、ほんの少しでもいいから雪乃ちゃんに向けるような
眼差しをわたしにも向けて欲しいっていう下心もあるけど、それはまあ、いいよね、それぐらい。
 それに、今日はわたしの誕生日会だし……、今日くらい我儘になってもいいよね?

976 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/20(木) 06:14:21.27 ID:hzyaEAjx0(3/6)

八幡「どこにいくんですか?」

陽乃「どこだろ?」

八幡「はぁ……、まあいいですけど」

 八幡の問いにわたしは答えを提示できない。
 わたしはあてもなく車を運転していた。海岸沿いに出て、船橋方面へと進んでいた。
 このまま進めば初めて八幡と雪乃ちゃんがデート?したショッピングモールへと行きつく
こともできる。また、もっと脚を伸ばせば雪乃ちゃんが大好きなディスティーランドへと
たどり着くだろう。
 ただ、どちらもわたしの目的地ではない。本当に目的地などなかったのだから。

陽乃「誕生日会かぁ……。こうやって八幡がわたしを監視という名目で隔離するのが
   定番になってきちゃったわね」

八幡「誰のせいですか、誰の。わざわざ準備しているのを邪魔しようとする方が
   悪いんじゃないですかね?」

陽乃「わたしはぁ〜、ほらっ、手伝ってあげようとしただけよ」

八幡「…………そうですかね」

 何を思い出してしまったのか、八幡は苦そうなものを口に含んだ顔をすると、
その顔を私に見せまいと顔を背け、面白くもない工場地帯を眺める。
ふふっ、なにを思い出しちゃったのかなぁ? そういう顔をすると、かえってちょっかい出し
たくなるのよね。だからこそわたしに顔を見せないようにしたんだろうけど、無駄な努力よね。
 おそらく八幡は既に諦めているんだろうけど。

陽乃「例えば?」

八幡「唐突になんですか?」

陽乃「例えば、…………わたしが手伝って問題になったような事って何かなって、ね」

八幡「…………はぁ。思い出したくもないですが、俺達が高3の時、
   雪乃がせっかく準備したクッキーを由比ヶ浜に焼かせましたよね?」

陽乃「……あぁ、あったね。そういうことが」

八幡「あったねじゃないですよ。雪乃は怒るし、由比ヶ浜は泣きながら雪乃に謝るしで、
   大変だったじゃないですか。その光景をみて反省してくださるのならまだいいんです
   けど、そこからさらに雪乃を挑発していたじゃないですか。……まわりまわって最後に
   は俺のところに面倒事が集約してくるんですからやめてくださいよ。
   繊細な精神の俺がびっくりするじゃないですか」

陽乃「最後に無駄なフォロー入れるのもやめた方がいいわよ。しかもフォローにさえなって
   いなんだから困ったものね。あなた一人が悪者になってもどうしようもないし、あなた
   の性格を知っている相手に使うと、かえってあなたのことを不憫に思うだけよ」

 ほんと、他人のことなんてどうでもいいって顔をする割には、最後は自分が泥をかぶろうと
するんだもの。
 これはガハマちゃんや雪乃ちゃんじゃないけど、目の前で見ていると辛くなるわね。
今は大した内容じゃないから皮肉で言いかえせるけど、これが八幡を深く傷つける問題になると、
見てらんないわ。本人は傷ついたりしないって虚勢を張っちゃうのもさらに問題なのよね。

八幡「……すみません。どうもぬけきれないんですよ」

陽乃「それと同じようにわたしも雪ノ下陽乃がぬけきらないのよ」

八幡「そうですね」

陽乃「でしょ? ………………でも、あの時のクッキー。どうして失敗したのかしら?」

八幡「陽乃がなんか時間設定をいじったんじゃないんですか?」

陽乃「しないわよそんなこと。だって雪乃ちゃんが準備してくれたものをわざわざ炭にするだ
   なんて、もったいないじゃない? わたしだって楽しみしていて、早く食べたいなって
   思ってガハマちゃんにお願いしただけなのに。でもあれよね。
   どうして雪乃ちゃんの指示通りの設定で黒焦げになったのかしら?」

 あれ? 難しい顔しちゃってどうしちゃったのかな?

陽乃「……比企谷君?」

八幡「…………言って下さいよ。言わないとわからないですよ」

陽乃「なにを?」

八幡「なにをじゃないですよっ」

陽乃「ごめんなさい」


977 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/20(木) 06:15:05.39 ID:hzyaEAjx0(4/6)

 わたしは、八幡が何に対して怒っているかわからなかった。
横目で見る彼の顔はもはや窓の外など見てはおらず、わたしの横顔を泣きそうな瞳で睨んでいた。
 その物悲しそうな表情がわたしの口から謝罪の言葉が自然とこぼさせる。
 頭では理解が追い付いていってなかった。でも、心が八幡に許しを求めてしまったいた。

八幡「怒鳴ってすみません」

陽乃「いいのよ」

八幡「いえ、よくないです。だから謝罪させてください」

陽乃「……わかったわ」

八幡「ありがとうございます」

陽乃「それで、なにに怒っていたのかな?」

八幡「俺は陽乃さんがわざとクッキーを焦がしたんだと思っていました。でも陽乃さんは
   なにもしていないじゃないですか。それなのに弁解さえしないで」

陽乃「そのことね。なにもしていないは間違いよ」

八幡「え?」

陽乃「だって、わたしがガハマちゃんをけしかけてクッキーを焼かせなければ焦げなかったわ。
   雪乃ちゃんの準備を待ってからやっていれば、なにも問題は起こらなかったはずよ。
   だから、間接的にせよ、わたしがクッキーを台無しにしたことには違いないわ」

八幡「…………それで潔いとでも言ってもらえると思ってるんですか?」

陽乃「別にそう思ってほしいわけでもないわ。私の言動を見てどう解釈するかは
   人それぞれだし、わたしが強制するものでもないわ」

八幡「それでも事実を伝えるべきだったのではないですかね」

 なにを怒っているのかしら? …………しかも時折悲しそうな顔もみせるし。

陽乃「それこそ人が勝手に判断する事よ。真実だろうと事実だろうと実際にあったできごとで
   あろうとなんであっても、それは人が勝手に解釈して、勝手に善悪を判断する事よ。
   だってあなたもそう思っていたんじゃないのかな? よく出てくる例え話がある
   じゃない。人を殺せば人殺しだけど、戦争で人を殺せば英雄ってやつ? 同じ出来事
   なのに、ちょっと条件が違うだけで解釈が違ってくる。しかも、せっかく戦争で英雄に
   なっても、民衆の価値観が変われば犯罪者に様変わりよ。英雄も楽じゃないわね。
   せっかく精神をすり減らしながら人殺しをしてあげているのに、
   ちょっと世論が変われば犯罪者よ。やってられないわよね?」

八幡「それでも俺達が解釈する為の情報を提示してほしかったんですよ」

陽乃「あの状況下で雪乃ちゃんがわたしのいい分を受け入れてくれたかしら?」

八幡「…………それは」

 ほらぁ、目をそらさないの。あたなもわかっているんでしょ?
 それから八幡は何も言ってはこなかった。
 船橋をすぎ、このまま進めばディスティーランドまで行ってしまう。別に今の状態のままで
あろうと八幡と二人っきりで遊んでくるのも悪くはない。でも、夕方には雪乃ちゃんが準備
してくれているパーティーに戻らないといけないのよね。
 せっかく雪乃ちゃんたちが準備してくれているんだもの、
お姉ちゃんとしては時間厳守で行かないとね。

八幡「あの…………陽乃さん?」

 八幡がわたしに声をかけてきたのは、ディスティニーランドのそばまできてからであった。

陽乃「ん?」

八幡「雪乃がどう思おうが、言ってほしかったです」

陽乃「そう…………」

 わたしは息を洩らすように呟く。
 そして、おそらく次に出てくるだろう言葉に私の体は硬くなる。
手にはじっとりとした汗噴き出し、嫌な熱はわたしの体を冷たく冷やしていく。

八幡「俺は知りたかったです。俺がどう判断して、どう行動に出るかなんてわかりません。
   過去のことを今考えても結果はかわりませんから。……でも、それでも知りたかったです」

陽乃「なんでかな?」

八幡「そうですね。俺も雪乃や由比ヶ浜に陽乃さんと同じような事をしてきたからですかね。
   俺がしてきたきたことに対して言い訳したって意味がないと思っていましたから」

陽乃「言い訳したって意味はないわ。その通りじゃない」

978 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/20(木) 06:15:31.67 ID:hzyaEAjx0(5/6)

八幡「今でもそう思っていますよ」

陽乃「なら言い訳なんて意味がないわ」

八幡「意味はありますよ」

陽乃「どういう風にかな?」

八幡「俺が知りたいからですよ」

陽乃「身勝手な人ね」

八幡「ええ、身勝手なんですよ」

 わたしは八幡の答えに笑みを浮かべると、車線変更をして行き先を変更していく。
 このまままっすぐ進めばディスティニーランドの駐車場に入っていってしまうが、
わたしはディスティニーランドの駐車場に入って手前で進路を変更し、
右手にディスティニーランドを見ながら千葉方面へと戻って行く。
 べつに最初から遊んでいこうだなんて思ってはいない。
 ただ、ここを近くから眺めるだけで雪乃ちゃんを思い出せるかなって考えていただけ。
 なんて、感傷的な気持ちでもないか。実際あと数時間で雪乃ちゃんに会うわけだし、
それに1時間ほど前までは一緒だったし。
 でも、どうしても雪乃ちゃんを身近に感じていたかった。なんでかな…………?

陽乃「誕生日会ね」

八幡「そうですね。なんか二人とも気合い入っていましたよ」

陽乃「八幡は気合い入ってないの?」

八幡「こうして陽乃を連れ出す大役を果たしているじゃないですか。
   これ以上俺を働かせるつもりなんですか? やめてくださいよ」

陽乃「それもそうね。大変名誉な役割を務めているんだし、これだけに集中すべきね」

八幡「そうですね」

陽乃「こうやって八幡がわたしが準備をするのを邪魔しないようにって遠ざける役目を
   やるのが定番になってきちゃったわね。いつからだっけ?」

八幡「高3の時からですよ。クッキー事件があったあと、雪乃が一人で準備するからって、
   ……あぁ、由比ヶ浜も一応サポート要員として残ってたな。それでこれ以上陽乃さんが
   動かないようにって俺が外に連れ出したのが最初ですよ。
   で、去年は最初っから連れ出す役目を勤め、そして今年に至る」

陽乃「そうだったわね。懐かしいわ。でも、毎年誕生日当日には祝えていないんだから、
   べつにパーティーなんて大学の試験が終わってからでもいいのに」

八幡「今年はごたごたがあってそうでしたけど……」

陽乃「……それもそうね。去年の誕生日、懐かしいわね」

八幡「そうですか? 俺はあっちこっち連れ回されていたって記憶ばかり浮かんできますよ」

陽乃「そう? だったら、……明日の朝まで連れ回してもいいかしら?」

八幡「…………パーティーは夕方からですよ。さすがに行かないとまずいです」

陽乃「それもそうね」

八幡「でも、いくらなんでも今朝は早すぎません? もうちょっとゆっくりとしてから、
   せめて昼食を食べて、おやつも食べて、
   夕方になってパーティーが始まってから来てくだされば俺も楽できたんですがね」

 ふふふ……、いつもの八幡らしくなってきたな。でも、ちょっと表情が硬いかな? 
 その気持ち、わからなくもないけど、物足りないな。

陽乃「それは無理」

八幡「ですよねぇ〜」

陽乃「だって今朝の朝食当番は八幡だって聞いてたんですもの。だったら食べなくちゃダメでしょ」

八幡「ダメでしょって言われても」

陽乃「だから……、きちゃった」

八幡「……まあ、いいですよ。でも今度からは事前に連絡くださいよ」

陽乃「うん」

 わざとらしく憮然とした表情を向ける八幡にとびきりの笑顔をお見舞いしてやるっ。
 そしたら予想通り八幡は苦笑いと共に不器用な笑顔を見せてくれた。

979 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/20(木) 06:16:11.53 ID:hzyaEAjx0(6/6)


 この捻くれた笑顔に雪乃ちゃんはやられちゃったのかな? うん、わたしが虜になって
しまったんだから、似たような状態なんだろうけど、これは血筋かな? どうでもいいか。
 もしわたしが車を止めていれば見る事ができたかもしれなかった。
 バックミラーには、無邪気に笑う雪ノ下陽乃が存在していた。
 これが誰にもみせた事がない雪ノ下陽乃であり、自分を演技していない雪ノ下陽乃だと
したら、これが素の雪ノ下陽乃だったのかもしれなかった。
 とても無邪気で幼く、小学校に上がる前に放棄してしまった雪ノ下陽乃が、
今再び表舞台に出ようとしていた。それが正しいかなんてわからない。
 むしろ大人の世界に小さな子供を放り出そうだなんて凶器のさたともいえる。
 でも、この人にだけは私を知ってもらいたいと、心のどこかで切望していた。





第59章 終劇

第60章に続く




第59章 あとがき



今週も朝の更新となってしまい申し訳ありません。
今回は陽乃視点です。その意味はおいおいわかってくると思います。
1年以上の連載は長いですよね。
でも、他にも同時進行で書いてるのもあるわけで、定期更新で許して下さい。
来週も木曜日にアップできると思いますので
また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派



980 2015/08/20(木) 11:43:15.93 ID:EZ5pgTWso(1)
乙です
981 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/27(木) 06:12:38.33 ID:VmY0mOfo0(1/6)

第60章


 今日も気温はこれからますます上がっていくというのに、
駅から出てくるディスティニーランドへいくお客さん達のテンションは下がる事はない。
 灼熱の太陽が頭上に昇っていようと、これからももっと気温が上がっていこうと、
一時間以上もアトラクションの列に並ばなくてはならなくとも、
彼ら彼女らにとっては些細な出来事の一つのようだ。
 むしろ駅から出てディスティニーランドが視認したことで、電車の中で抑えていた
テンションを解放し、マックスだったテンションの上限がさらに跳ね上がったんじゃ
ないかって思えてしまう。冷房がよく効いた車内で冷静に観察している私にも、
彼らからにじみ出る笑顔を理解することができた。
 一方で、わたしの隣にいる冷めすぎている男は、そんなはしゃぎまくっている
みんなを見て、真冬の視線を送ってはいたけど、それはそれで嫌いではないのよね。

八幡「暑いのに元気ですね。俺だったらこのまま車の中で本を読んでいますよ。
   電車できたとしたら、冷房が効いている電車から出た瞬間にもう一度電車に
   乗り直すって断言できますね」

陽乃「それだと家に帰れないんじゃないかな?」

八幡「ですね。だったら、帰りの電車に乗りますって事でお願いします」

陽乃「さすがの八幡も暑さにやられて、いつものきれがないわね」

八幡「暑さにやられてっていうのはあってはいますが、
   今は冷房がほどよく効いた車ですけどね」

陽乃「そうね。まあ、冷房が程良く効いた車で読書にふけるのもいいけど、
   さすがに車内だと窮屈じゃない?」

八幡「まじめに受け答えないでくださいよ。こっちが恥ずかしくなるじゃないですか?
   いや、わざとですよね?」

陽乃「うん、わざとに決まってるじゃない」

 これからディスティニーランドに行く人々の笑顔にも負けないほどの激しい笑みを
送ると、露骨に嫌そうな笑顔を返してくる。
 ある意味枯れてるって評価をしてもいいんだけど、わたしも付き合いで炎天下の中
遊びに行くのはご遠慮したいから、八幡の気持ちもわからなくはないのよね。
 自分で作ってしまった雪乃陽乃というイメージだけれど、他人の評価を気にしすぎる
のも面倒なのよね。いくら破天荒で予測がつかないっていわれようと、
人付き合いをないがしろにはできないのが難点ではある。
 これが八幡と遊びに行くのなら、今すぐにもUターンして真夏のディスティニーランド
だろうとおもいっきり楽しめる自信はあるけどね。

八幡「じゃあ、今度からはやめていただけると助かります」

陽乃「それじゃあつまらないじゃない。そ・れ・に、八幡も楽しんでるでしょ?」

八幡「陽乃さんだけですよ、楽しんでいるのは」

陽乃「ん、ん〜……。陽乃、さん?」

八幡「陽乃だけですよ。楽しんでいるのは」

陽乃「うん、よろしい」

 雪乃ちゃんの前では遠慮しちゃうけど、私の前だけだったら遠慮しないわよ。
 そもそもふたりっきりでいられる事自体が少ないんだもの。
 貴重な時間は有効活用していかないとね。

八幡「人って、外は暑いってわかっているのに、なんで頑張って遊びに行くんで
   しょうね、苦行が好きなんですか?」

陽乃「いくらなんでも、今からディスティーランドに行く人たちは苦行だとは思って
   いないと思うわよ。そうね、夏だからじゃないかしら?」

八幡「夏じゃなくても人は遊びに行ってるじゃないですか。むしろ秋なんて気候も
   落ち着いているから、外で活動するにはもってこいの季節じゃないですかね。
   だとすれば、夏よりは秋の方が遊びに行くには適していますよ」

陽乃「じゃあ、夏休みだから、かな?」

八幡「休みって、名がついているんですから、遊びに行って無駄な体力を
   消費するよりも、家で体力を回復させる為に休むべきです」

陽乃「べつにこのままわたしの家まで戻って、ゆっくりと休んでもいいわよ?」

八幡「ほんとですか?」

陽乃「ええ、今日は両親がお客さんを家に招いているから、わたしも家に戻ったら
   挨拶くらいしないといけないと思うけど、……挨拶さえしておけば、
   あとはゆっくりとわたしの部屋で休憩できるわよ?」
982 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/27(木) 06:13:39.95 ID:VmY0mOfo0(2/6)

八幡「それってくつろげない気もするんですが」

陽乃「大丈夫よ。お父さんもお母さんも接客で忙しいから」

八幡「そういう意味ではないんですけどね」

 あら、わかった? わざとはぐらかしたのだけれど、やっぱり八幡には通じないのよね。
 だったら……。

陽乃「でも、八幡も家に来たのだから、八幡もお客さんに挨拶しないとね」

八幡「えっ? 俺がですか?」

陽乃「ええ、もちろん」

八幡「部外者の俺が出ていっても、ご迷惑なだけかと思うのですが」

陽乃「大丈夫よ。わたしのフィアンセって事にしておけば身内になるわ」

八幡「……えっと」

 あら? 固まっちゃったのね。それもそうか。……そうだよね。

八幡「やっぱり知らない相手に会うと疲れるので、
   ご実家に訪問するのはまたということでお願いします」

陽乃「まあいいわ」

八幡「ありがとうございます。……この季節ですから、
   花火大会とかの打ち合わせとかですかね?」

陽乃「どうかしら? とくに聞いてはいないけど、雪乃ちゃんが言ってたのかしら?」

八幡「いや、さっき花火大会のポスターがあったので、なんとなくです」

陽乃「そっか。雪乃ちゃんちのそばでやる花火大会ももうすぐだったわね」

八幡「そうですね」

陽乃「今年はどうするのかしら?」

八幡「雪乃は、由比ヶ浜と見に行くらしいですよ。もうチケットも買ったみたいですし、
   浴衣も今度見に行くとか言ってましたね」

陽乃「八幡は花火見に行かないの?」

八幡「俺は…………、俺は人混みが苦手なのと、暑いのが苦手なので、
   今年も遠慮させてもらおうかなと、思ってます」

陽乃「……そう。そっか。じゃあ、今年も静かに見る予定なんだ」

八幡「ええ、まあ、部屋から花火見えますからね。部屋から見えるのにわざわざ外に
   出て、しかもチケットを買って見に行きたいなんて思いませんよ」

陽乃「そうね。今年も静かに見られるといいわね」

八幡「…………そうですね」

 これ以上わたしたちの会話は続く事はなかった。
 もともと八幡から話しかけてくることなんてまれだし、
わたしも無駄に話を引き延ばしたいタイプでもない。
 ただ黙って二人でいるのも嫌いではないし、むしろその沈黙さえも微笑ましく思えてしまう。
 だけど、今わたしたちの間にある沈黙は、
これ以上の言葉を紡げないでいるだけだって、私も比企谷君も理解していた。








 ようやく監視という名の拷問から解放された俺は、
陽乃さんに腕をひかれるまま自宅マンションへと向かっていった。
 太陽はまだまだ輝き足りないとほざき、西日が容赦なく俺達を焦がそうとする。
もう十分すぎるほど頑張ったから、とっとと海に沈んで欲しいほどなのに、
俺の儚い願いは叶う事はないのだろう。
 もうね、サマータイムや朝型勤務が話題に上るようになってきたのだから、
太陽さんも働きすぎないで夕方になったら早く仕事を切り上げるべきだよな。むしろ推奨。
 日本人以上に仕事大好きな太陽さんって、俺には理解できんな。
 とまあ、どうしようもない事を考え現実逃避をしようと、暑っ苦しいのに陽乃さんの
胸に抱きかかえられた俺の腕は、文句を言わずになされるままその恩恵を受け取っていた。


983 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/27(木) 06:14:06.70 ID:VmY0mOfo0(3/6)

陽乃「ただいま雪乃ちゃん」

雪乃「おかえりなさい。ちょうどいいタイミングで帰ってきたわね。八幡も御苦労さま」

八幡「お、おう……」

 俺の返事も、相変わらず俺にへばりついている陽乃さんを見ると、
雪乃は眉を吊り上げ、抗議の視線を俺に送ってくる。
 俺に抗議しても無駄なんだけどな。こういうのは俺の管轄じゃないそ。
そもそも決定権は俺にはないってわかっているだろうに。
俺は上の命令に従って動いているだけの下っぱなんだし。
 だから抗議は陽乃さんにしてくださると助かります。

雪乃「まあいいわ。姉さんに振り回されて疲れているでしょうし」

八幡「そう思っているんなら、もっといたわってほしいんですけどね」

 ご奉仕しろとか、疲れた体をほぐす為にマッサージしろとか言わんが、
せめてのそのきっつい視線だけはよしてください。
 …………ほんと、お願いしますよ。

陽乃「あら? 八幡も楽しんでいたじゃない」

雪乃「どういうことかしら?」

八幡「ちょっと待て。仮に楽しんだとして、なにが問題があるんだよ。俺は陽乃さんが
   楽しむことで雪乃達の準備を邪魔させない為に派遣されたんだろ? だったら、
   仮に俺が楽しんで、陽乃さんも楽しめたとしたらなにも問題はないはずだ」

雪乃「それもそうね」

 うしっ。チョロインにクラスチェンジしたんじゃないかってほど、
うまく話題をそらせることに成功したな。
 そういやチョロインってなんだ? 
こうやって話題をうまくそらす事が出来る相手の事だよな?
 となると、由比ヶ浜なんてチョロイン筆頭とか?

雪乃「…………それで姉さん。八幡はなにを楽しんだのかしら?」

 …………ですよねぇ。ぬか喜びでした。

陽乃「楽しんだっていうか、一緒に買い物に行っただけよ」

八幡「そうだぞ雪乃。船橋のショッピングモールで大人しく時間をつぶすべく、
   ぶらぶらと買い物をしていただけだ」

陽乃「そしてこの紙袋に入っているのが今日の戦利品よ。
   あとで雪乃ちゃんにも見せてあげるわね」

雪乃「お洋服でも買ったのかしら?」

陽乃「まあ、服といったら服よね。あと八幡のも私が選んであげたんだから、
   八幡のも見せてあげなさいよ」

八幡「いや、俺は、いいですよ。むしろ俺のなんか見せたら目が腐りますから」

雪乃「あら? 八幡ったら、いつになく自虐的なのね。そう言われてしまうと、
   かえってみたくなってしまうわ」

 どうしてこういうときばっかり俺の事を腐ってるとか、目が腐るとか、
腐臭がするとか毒舌を吐かないんだよ。
 あれか? 毒舌っていうよりは、俺が嫌がる事をしたいってやつか?
 それって好きな子をいじめたくなるやつだよな?
 …………となると、しょうがないか。
 雪乃は俺の事好きなはずだし。…………って、のろけてどうするよ!

陽乃「でも、雪乃ちゃんは見慣れているんじゃないかな?」

雪乃「一緒に暮らしているわけだし、八幡が好きな服装はたいてい見ているはずよね。
   となると、八幡が普段着ないようなジャンルの服装にでもしたのかしら?」

陽乃「そういうわけでもないわ。見慣れているっていうのは、……そうね、
   案外引き締まった体をしているっていう意味よ。たしかに室内にばかりいて、
   暇ができても読書ばかりで外出しないから肌が白いというのは貧弱そうに
   見えてしまうけれど」

雪乃「それって……」

陽乃「ええ、そうよ。水着を買ってきたの。だって、夏だもの」

雪乃「そうかもしれないけれど」

陽乃「それに、去年の水着は着られないのよ」

984 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/27(木) 06:14:33.01 ID:VmY0mOfo0(4/6)


雪乃「別に姉さんが去年着た水着なんて覚えている人はいないわ。
   だから去年と同じ水着でもいいのではないかしら?」

 たしかに女って毎年水着買いたがるよな。
 雪乃は水着そのものっていうか、マンションの目の前にある海にさえ行こうとしないけど。

陽乃「わたしも去年の水着でもよかったのよ」

雪乃「だったらなおさらわざわざ買いに行かなくもよかったのではないかしら? 
   それとも衝動買いとでも言い訳をするのかしらね」

陽乃「ううん。もともと水着は買わなくてはいけなかったのよ」

雪乃「太ったのね?」

陽乃「ある意味太ったとも言えるかな?」

雪乃「姉さんもいつまでも若くはないのだから、定期的に運動をしないといけないわ。
   とくに年とともに胸の贅肉が垂れ下がってきて、
   見ている方としてはかわいそうに思う事があるわ」

 雪乃さん。それはない人が言う負け犬の遠吠え……っていう負けフラグなのではないでしょうか?
 しかも、垂れる心配がない胸を突き出しても虚しい……、睨まないでください。
ごめんなさい。もう言いませんから。

陽乃「そうねえ、今のところは垂れてきてはいないから問題はないわ。でもねぇ、
   また胸のサイズが大きくなったのよね。水着だけはなく、
   ブラも買い直さなくてはならないのは面倒ね。
   これはこれで新しいのを選ぶ喜びを得られると思えば問題ないかな」

 ピキッと空気が裂ける音がした。
 絶対に幻聴だってわかっているのに、その発信源たる雪乃を見ると、
幻聴ではないと錯覚してしまう。
 今の鬼のような形相を見れば、
いつも俺に向けてくる威嚇なんて可愛いものだと今なら判断できる。
 まあ、可愛いと言ってもライオンがじゃれついてきたら、誰だって怖がると思うが。

雪乃「そ……、そ、そ。……はぁ」

 深呼吸しないと立ち直れないレベルなのかよっ。
 見た目以上にショックを受けてやがるな。たしかにいまだに胸が成長していると
聞かされたら、とうの昔に胸の成長が止まってしまった、いや、成長したかさえ
疑わしい雪乃からすれば再起不能レベルの一撃だったのだろう。
 だとすれば、深呼吸程度で復活するとは、さすが雪ノ下家の血筋だなと尊敬してしまう。

雪乃「はぁ……。姉さん。それは太ったというべきではないかしら? 
   いくらなんでも姉さんの年齢で胸が成長するとは思えないわ」

陽乃「たしかに年齢的側面からすれば成長は止まったと考えるべきね」

雪乃「なら、太ったと判断すべきではないかしら。姉さん。太ったと認めるのは酷では
   あるけれど、人はいつまでも体型を維持できるものではないわ」

 おそらく雪乃もわかっていたのだろう。
 雪乃の声は震えていた。つまり、雪乃は虚勢を張っていたともいう。
 ここで俺が横から発言なんてしたら、セクハラやら胸大好き人間やらとののしられ
そうだから言わないが、胸の成長は年齢以外にも起因している。
 俺が勉強している隣で、俺のことなんていないかのごとく友人と話していた
由比ヶ浜情報だから、真実かどうかはわからんが。

陽乃「雪乃ちゃん」

雪乃「なにかしら?」

陽乃「胸はね、女性ホルモンの増加によっても大きくなる事があるのよ。げんに出産した
   女性の胸は赤ちゃんに母乳を飲ませる為に大きくなるじゃない。わたしは妊娠も
   出産もしたわけでもないから、そこまで顕著に大きくなってはいないけれど」

雪乃「……っく」

 あっ、やっぱり。雪乃も気が付いていたんだな。

陽乃「というわけで、新しいブラも必要だったから、それも買ってきたわ。雪乃ちゃん、見る?」

雪乃「結構よ。……あっ、もしかして」

陽乃「大丈夫よ。さすがに八幡に下着を試着したところは見てもらってもないわ」

雪乃「当然よ。場を考えなさい」

陽乃「でもね、どれにするかは選んでもらったのよね」


985 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/27(木) 06:15:06.93 ID:VmY0mOfo0(5/6)

 あっ。……うっ。すんません。逆らえなかったいいいますか、なんといいますか。
 俺はこれで何度目になったかわからない土下座の為に膝を折ったのだった。
一応土下座して床にこすりつけている俺の頭を雪乃が脚で踏みつけた事だけは記載しておこう。

陽乃「でもねぇ、水着もブラも今日買おうとは思ってはいなかったのよ。たまたま
   行ったお店に気にいったのがあって、しかも雪乃ちゃんが戻って来てもいいって
   指定する時間はまださきだったし、最初は見るだけでもと思っていたのよ」

八幡「俺からすれば、男の俺を水着売り場なんていう男厳禁の場所に
   連れ込まないでほしかったですよ」

陽乃「あら? 彼氏連れで来ている子たちいたじゃない」

八幡「いたとしても少数派であり、どこであっても少数派の肩身は狭いんですよ。
   しかも下着売り場にはカップル連れなんていなかったですよね?」

陽乃「でも、八幡に試着室に入ってもらうのは諦めてあげたじゃない。それで八幡も
   納得してくれたはずだと思うんだけどなぁ。あっそれと、下着売り場であって
   もカップルで見に来ている人達いるわよ。だ・か・ら、また行こうね」

 うわぁ……。いきなり爆弾発言投下しないでくださいよ。
 っていうか、下着売り場に潜入した事をげろったのは俺か。ついっていうか、
陽乃さんの話術に流されちまったというか。つまり、やばい状態です。
 対抗心丸出しの妹君が睨みつけていらっしゃいますよ。これは、あれだ。
 たぶん雪乃の羞恥心が許可は出さないだろうけど、
水着だったら試着室まで入ってきなさいって一度は言いだしかねないぞ。
 下着は対抗心でさえ一緒に行くなんて言わないだろうが。

雪乃「姉さん…………」

 暗く、人を押しつぶす声が押し寄せ、俺達を威嚇する。
けれど、やはりそこは陽乃さんなわけで、雪乃の一撃を笑顔で握りつぶした。

陽乃「でもねえ、試着した水着はしっかりと八幡に見てもらったわよ。
   で、これが八幡が選んでくれた水着で〜す」

 効果音まで聞こえてきそうな勢いで雪乃に見せつける水着は、
俺が選んだわりには陽乃さんによく似合っているものだと我ながら感心してしまう。
 藍色と水色のグラデーションで染まっているそのビキニは、一目見てこの水着を
着た陽乃さんを見てみたいと思えたしまった。だから、これ以上の水着はないわけで、
他の水着も見て欲しいと言われても困ってしまった。
 ただ、いくら困っても、その水着が最高だと誉めたたえようと、陽乃さんによる
ファッションショーは時間短縮されることはなかったが。
 むしろしてもいないアンコールが繰り返されてしまったのはどうしてでしょうか。
 まあ、陽乃さんという素材がよすぎるって事もあり、どの水着を着ても似合ってしまう。
 それでも今回選んだ水着は、俺が最初にイメージした陽乃さんの水着姿そのものであった。

雪乃「はぁ……、水着は今度ゆっくりみさせてもらうわ。でも、そろそろ由比ヶ浜さんも
   スーパーから戻ってくる頃でしょうから、姉さんもみっともない真似は
   しないでくれないかしら」

陽乃「つれないなぁ雪乃ちゃんは」

雪乃「私は姉さんよりも常識的なだけだよ」

陽乃「わたしにだって常識くらいはあるわよ」

雪乃「だったら露出癖を疑われる言動は控えて欲しいものね。八幡もいつまでも
   土下座していないで、パーティーの準備を手伝いなさい。
   むしろ自分のやった過ちを償う為に働きなさい」

 でしたら、俺の後頭部におありになるおみ足をどかしてはもらえませんでしょうか?

陽乃「過ちって。それはひどいんじゃないかな?」

雪乃「そうかしら?」

陽乃「最近雪乃ちゃんも八幡の事を比企谷君ではなくて八幡って呼ぶようになって、
   雪乃ちゃんの言葉遣いも柔らかくなったかなぁって思ってはいたんだけれど、
   どうも名前で呼ぶようになっても、それは形だけのようね」

雪乃「どういう意味かしら?」

 俺を挟んで戦争を始めないで下さいませんか? せめて正座の解除を……。
 くそっ。さっきお許しが出た時に、とっとと立ちあがればよかったな。

陽乃「お母さんを見てみなさい」

雪乃「お母さんを?」

陽乃「お母さんはお父さんの事を呼ぶ時、仕事用、親しい人用、家用、
   そして、二人っきり用と、全て使い分けているわ」

 あの女帝なら完璧に使い分けていそうだけど、二人っきり用っていうのは聞きたくないかも。
986 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/08/27(木) 06:15:37.49 ID:VmY0mOfo0(6/6)


雪乃「別に呼び方をその場その場で使い分けている人はお母さんに限らず
   たくさんいると思うわ」

陽乃「使い分けている人はたくさんいるでしょうけど、お母さんほどその落差ともいうの
   かしら? 呼び方によって感情の込め方が違う人はいないと思うわ」

 うわぁ……、これ以上は聞きたくねえな。だいたい予想はできるけど、
聞いてしまったら生きては帰れないっていうか。

陽乃「そうね。雪乃ちゃんは、お母さんがお父さんと二人っきりの時の呼び方って知ってる?」

雪乃「名前で呼び合っているのではないかしら? 私たちの前ではいつも名前だし」

陽乃「お父さんはお母さんの事を名前で呼んでいるみたいだけど、お母さんは違うわ」

 陽乃さんがわざとらしくそこで言葉を止めるものだから、
俺も雪乃も場の雰囲気にのまれて無意識に唾を飲む。
 それだけあの女帝がどう変化するかを知るのが怖かった。
 そして、もしあの女帝がデレるのであったら、
この人こそが地上最強のツンデレであると、俺は命をかける事が出来た。

陽乃「お母さんはね。お父さんの事をあだ名で呼ぶのよ」

雪乃「あだ名?」

陽乃「そうあだ名。お母さんは…………」

 この後の事は俺は覚えてはいない。
 由比ヶ浜がスーパーから戻って来たら、俺も雪乃も放心状態であったらしい。
 それでも雪乃は俺よりも早く立ち直り、精神を保つためにパーティーの準備を進めていたとか。
 一方俺はというと、パーティーが始まる直前に平塚先生が来るまで意識がとんでいたみたいだ。
 幸いなのかわからないが、女帝が親父さんをどう呼んでいるかっていう記憶は、
俺の中では封印され、思いだす事が出来なくなっていた。





第60章 終劇
第61章に続く








第60章 あとがき


すみません。もうしばらく更新時間が不安定になります。木曜更新は維持する予定です。
暑い……。冬はまだ来ないのでしょうか? 迷子センターにいますかね……。

来週も木曜日にアップできると思いますので
また読んでくださると大変嬉しく思います。


黒猫 with かずさ派



987 2015/08/27(木) 08:41:55.26 ID:BOdAPfk3o(1)
乙です
988 2015/08/27(木) 11:03:25.87 ID:/qvx7W0Zo(1)
乙です
989 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/09/03(木) 06:01:28.67 ID:DdbHCPdS0(1/5)

第61章


7月17日 日曜日


 日曜日。誰の元にも平等に贈られるはずの休日の朝。
 寝苦しい夏であっても惰眠に精を出し、
朝はとことん寝倒すのが正しい休日の過ごし方だと信じている。
 目覚まし時計をセットなんてするやつは馬鹿だと言ってやりたい。
 目ざまし時計とは、いわば社畜養成ギブスである。小さな時からこつこつと
毎日時間に管理され、そしてみごと就職した時には会社に管理されるというわけだ。
 子供の時から気がつかないように管理されていたら大人になったら
なおさら管理されることへの苦痛など気がつかないだろう。
むしろ大人こそ管理される喜びを享受していると大声で叫びたいっ。
 そんな休日大好きSTOP目ざまし時計人間の俺が、
どうしてデパートの開店時間に合わせて千葉までやって来ているのだろうか?
 本来の俺ならば、休日の午前10時などまだまだ早朝だと判断すべき時間だ。
…………まあ、雪乃と同棲しだしてからは日曜だろうと平日と同じ時間に起こされるんだが、
今はそれも些細な事実だ。決して尻に敷かれているわけではない事だけは明記しておく。

八幡「俺ってなんで朝っぱらからこんなところにいるんだろうな」

 俺の愚痴を瞬時に察知した雪乃は、手に取っていた茶碗を棚に戻してから振り返る。

雪乃「なにを言っているのかしら?」

八幡「ん? 現状把握、だな? たぶんそんなところだと思うぞ」

雪乃「だとしたら、八幡の現状把握は根本から間違っているといえるわね。
   だから優しい私が訂正してあげるわ。今は午前10時30分になるところだから、
   すでに朝早くとはいえない時間帯よ」

 一応陽乃さんも機敏に察知して振り返ったが、雪乃とは違ってにやにやと
笑みを送ってくるだけだ。
 ……いや、ね。文句があるのでしたら雪乃みたいにストレートに言って下さいよ。
そうやって無言でプレッシャーを与えくるほうが、よっぽど精神にずどんときますから。
 俺は無意味だとわかっていても一つ咳払いをすると、陽乃さんのプレッシャーから目を
そらしながら、これもまた無駄な言い訳を最後の抵抗としてぶちまける。

八幡「だったらなんでデパートの、しかも食器売り場になんてやってきたんだよ。
   ……あれか? 陽乃さんから聞いたんだな?」

雪乃「なにをかしら? というよりも、なにか隠し事があることのほうが問題よね?」

 あれ? 墓穴掘ったの? いやまて。俺落ち着け。
大丈夫、大丈夫。何も悪いことなんてしてないよ、八幡。

八幡「隠し事ってなんのことだよ? 俺が言いたかった事は、こんなデパートの、
   しかも庶民が買うことなんてない高級食器売り場になんのようがあるんだよって
   ことだ。見ているだけでも間違ってぶつかって壊してしまうんじゃないかと
   びくびくして落ち着かないぞ」

 まあ、近くに店員がいるが、俺が庶民である事には違いがない。
むしろ庶民代表としていってやりたい。
 白米を食べる茶碗なんて100円ショップで買ったものでいいほどなのに、
どうして一万以上もする茶碗を買わないといけないのだ。
陽乃さんがさっき見ていた茶碗なんて、ペアで三万超えてるぞ。
ここは百歩譲って100円ショップの茶碗はなしとしよう。ただ、それでもその辺の店で
1000円とか2000円くらいの茶碗で十分すぎるだろうよ。
 なにが楽しくて食事の時間に精神的圧迫を受けねばならないのだ。
 一万円も超える茶碗を普段から使うなんて、どういう神経してるんだよ。

雪乃「あら? 案外小心者だったのね。
   いつもふてぶてしく生きているものだから、てっきり……」

 憐みとも嘲笑ともとれるその頬笑みに、俺はあやうく一歩身を引きそうになる。
 しかしここはデパートの高級食器売り場なわけで、俺の背中に鎮座するお高級食器さま
に私目の体が触れる事を恐れて身を硬直させるだけにとどめた。
 しかし、窮地に陥っている俺を放っておいてくれない陽乃さんは
追撃とばかりにとどめを刺しにきた。

陽乃「自分は庶民だといっている八幡には悪いのだけど、八幡が今使っている茶碗を
   はじめお箸や食器。それにキッチン道具にいたっても、それなりの値段が
   するものがそろえられているわよ?
   それに、このことは以前八幡とここに来た時にも教えたじゃない」

八幡「たしかそんなことも言っていたような気も……」

 うん、たしかに陽乃さんが言ってたな。でも、あまりにも衝撃発言過ぎて、
日常生活に支障をきたすと判断して記憶を封印したんだっけな。
 普段から弁償も出来そうにない食器に囲まれて生活なんて、
まともな精神構造じゃできやしないぞ。

990 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/09/03(木) 06:01:57.23 ID:DdbHCPdS0(2/5)
陽乃「それに、雪乃ちゃんがもし八幡がそれらの食器を使う事で壊してしまうかもと
   心配するのであれば、最初から使わせていないはずよ」

雪乃「姉さんの言う通りよ。そもそも形あるものは壊れる運命だもの。それの値段が
   高くても、壊れるときは壊れてしまうわ。だから、値段の事なんて気にしないで、
   器の美しさとそれに盛られている料理に意識を向けて欲しいわ」

陽乃「それにね。せっかく八幡の為に料理を作ったというのに、愛情を込めた料理
   よりも、ただ値段が高いだけの器に興味を示すなんてひどいと思わないかな?」

八幡「たしかに二人の言う通りだ。俺が気にしすぎていたのかもしれない」

雪乃「ええ、そのようね。…………ほら八幡。このお茶碗なんてどうかしら?」

八幡「お、おう…………」

 口では気にしないと言ってはみたが、やはりお金を支払う前の商品ともなれば
緊張を捨て去ることなんてできやしないでいた。
 こんな事を言ってしまえば雪ノ下家に寄生するヒモだと罵られそうだが、
たとえ与えられたものであっても自分のものであれば諦めもつく。しかし。店で売られて
いる商品ともなれば当然の事だが自分のものではなく弁償せねばならない運命だ。
 つまり、他人のものは勝手には壊せないわけで……。まあ、自分の物であっても
壊したくはないが……、つ〜か、なんだか金額が飛びすぎて頭が回らん。
 やはり他人様には迷惑かけられんだろ。
 だから俺は雪乃の呼びかけに応じて、
おそるおそる手の震えをなかった事にしながら茶碗を受け取った。

雪乃「どうかしら?」

八幡「どう?と聞かれても……。まあ、絵柄はよくわからんがシンプルでいいんじゃ
   ないか? そうだな……、手になじむっていうか持ちやすいな、これ」

雪乃「そのようね。手になじむように作ってあるそうよ」

八幡「もしかして、この茶碗ってどっかの有名な焼き物だとか?
   俺そういうのはわからないから宝の持ち腐れだぞ?」

 おいおい、この茶碗。やっぱお高いだけあるんだな。

雪乃「どうかしら? ただ、そこのパネルに書かれている説明文を読んだだけなのだけれど」

 小首を傾げて俺を見つめるその姿に、思わず体のバランスを崩しそうになる。
 しかし、ここが高級食器売り場であることを瞬時に想いだした俺は、
すかさずバランスの回復に努めた。

八幡「あぁ〜……そう。まあ、そうだよな。うん、そんなところだろうと思っていたよ」

陽乃「どう八幡?」

 俺のボケなど気にもせず、陽乃さんはいたってマイペースで茶碗の感想を聞いてくる。
 やはり料理とくれば俺へのちょっかいも減ってしまうのだろう。
 だって料理は陽乃さんにとって神聖なものだし。

八幡「えっと、どれもこれも悪くはないといいますか、いいもの過ぎてどれでもいいと
   いうか。それに雪ノ下家で使う俺達専用の食器でしたら、今使っている来客用の
   食器でもいいですよ? ただ来客用の食器をいつまでも使うわけにもいかないか。
   だとしたら、それこそスーパーで売ってる食器で十分ですよ。俺のなんて」

陽乃「そうもいかないわ。お母さんがいるときにお母さんの機嫌を損ねるような食器を
   テーブルに置くことなんてできないわ。それこそ母への嫌がらせで
   したいというのならば止めないけど……」

八幡「そんな無謀な事できないってわかってて言ってますよね?」

陽乃「あら、そう?」

八幡「すっごく意地が悪そうでいて、なおかつ最高に機嫌な良さそうな笑顔を
   前にしてしまうと、どんな鈍感男でもわざとだと気がついてしまいますよ」

陽乃「そうかしら? でも、美人の笑顔を見られてうれしいくせに」

 だからぁ、ここは危険地帯なんですから、普段みたいに俺を腕でつついてこないで
くださいよ。あなたの魅力があふれまくっている体が俺に触れるたびに
過剰反応してしまうんですから。

八幡「そうですね。美人の笑顔はみたいですけど、
   俺の心が朗らかにしてくれる笑顔でしたら毎日でも見たかったですよ」

陽乃「…………そうね。ごめんね。お姉ちゃんちょっと舞い上がっちゃってて」

八幡「いやその、俺の方も言いすぎてすみませんでした」

 陽乃さんのしおらしい態度に俺の方が悪者になり下がってしまう。
 俺の予想ではもう少し陽乃さんがちょっかいかけてくると思っていたのに、
ましてや笑顔を曇らせるとは思いもしなかった。
991 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/09/03(木) 06:02:23.68 ID:DdbHCPdS0(3/5)

 しゅんっと肩を落とす姿はまさしく親に叱られた子供のようだった。

八幡「とりあえず茶碗、みそ汁用の椀、それに箸ですかね。
   箸もいつまでも来客用のとか割り箸とか使ってられないでしょうし」

陽乃「そうね。あとは湯のみ茶碗が必要かしら? 紅茶やコーヒーのものは
   家にたくさんあるけれど、湯のみ茶碗くらいもそろえておきたいわね」

八幡「じゃあ、その辺を中心に見ておきますね」

 ここで今あげたものを全部買ったらいくらになるかなんてことは考えないでおこう。
 もうこの姿そのものが昔あこがれていた主夫の姿の一端かもしれないが、
自分で稼いだお金で買えない事に不安を覚えていた。
 雪乃も陽乃さんも正確に言えば雪ノ下家の金を使っているにすぎない。
おそらく親父さんから渡されているクレジットカードや現金を使うのだろうけど、
そこは家族だし、親父さんは親でもある。
 けれど俺は他人であり、いくら将来を考えた交際をしていようと、
あくまで他人にすぎないのだ。
 この状況からすると、寄生はいやだけど養われたいなんて無謀どころか
俺にはあっていないとさえ思えてしまう。
 ぼっちは自分の責任でやっていたとするのならば、やはり大人になって生活していく
としても自分の稼ぎでやり抜かなければと考えてしまう。
 高校生だった俺ならば、主夫も仕事の一つであり、社会的にも認められた職業だと
反論してくるだろう。だけど、主夫の一端を経験してしまった俺としては、
養われるという他人依存にどうしても心が落ち着かないでいた。

陽乃「どうかしら。心に残ったものくらいはでてきたかな?」

 俺が目の前の食器以外の事に思い悩んでいるのを真剣に茶碗を見ていると
錯覚してくれた陽乃さんは、進捗具合を聞いてきた。
まあ、陽乃さんのことだから、俺が他の事を考えていた事さえ気が付いていたかもしれない。
 そして、俺が深みにはまらないように……、いや、もう考えるのはよそう。
陽乃さんもさっきまでの陰りをぬぐい去ろうとしてくれているのだし。

八幡「そうですね。もう少し見比べてみます」

陽乃「わかったわ。雪乃ちゃんは?」

雪乃「私は……」

陽乃「別に夫婦茶碗にこだわらなくてもいいのに」

雪乃「こだわってなどいないわ」

 雪乃は静かな売り場には似合わない大声をあげてしまい、数少ない客も、
客の数と同じくらいの店員も一斉に俺達に注目してしまう。
 俺は気にはしないが、雪乃は自分の失態にみるみると顔を赤らめ首をすくめる。
 陽乃さんは雪乃の失態には気にもかけていない態度を取り、
いつも通りの妹大好きお姉ちゃん対応をしてくるのかなと思い見やると、
下唇を軽く噛み締めきつい目つきで雪乃を見つめる陽乃さんがそこにはいた。
 しかし、俺の視線に気がついたのか、陽乃さんは今さっきまでの
表情などなかったかのようにいつもの陽乃スマイルを作りだしていた。
 ぞっとするほど自然な笑みに俺は恐怖を覚える。
 こんな気持ちはいつ以来だろうか。
 背筋が凍るほどの違和感が俺に寄りかかり、
陽乃さんに距離を取られてしまったと気がついてしまう。
ただ、そんな違和感も、俺の警戒を機敏に察知した陽乃さんは、物悲しそうとも、笑顔を
作るのを失敗したともとれる微妙な頬笑みを俺に向けながら近寄ってこようとしてはくれた。

八幡「まっ、雪乃が夫婦茶碗を中心に選んでくれるんなら、それはそれでいいんじゃないか?」

雪乃「そうなの?」

八幡「まあなんだ、俺は茶碗の良しあしなんてわからないし、そもそも100円ショップ
   の茶碗を出されたって高級茶碗どころか普通のスーパーに売っている茶碗と
   さえ区別がつかないほどだ」

雪乃「そこは区別してほしいところであり、
   胸を張って言うべきところではない気もするのだけれど」

八幡「いちいち突っ込みを入れるなって」

雪乃「それでなにを言いたいのかしら?」

八幡「つまりだな。俺が選んでもメリットが何もないって事なんだよ。
   茶碗を選ぼうにも、値段くらいしか判断基準がない。
   そうなると安くて、……あとはそうだな丈夫そうなのを選ぶことになると思うぞ」

雪乃「残念にも、そうなってしまいそうね」

八幡「だったら、最初から雪乃が俺のも一緒に選んでくれた方がいいんじゃないかって
   事だ。あとついでにみそ汁用の茶わんと箸も一緒に選んでくれると助かる。
   ……あと湯のみも頼む」

992 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/09/03(木) 06:02:51.79 ID:DdbHCPdS0(4/5)

雪乃「はぁ……。最初からそうなりそうな予感はしていたのよね。わかったわ。
   私が選ぶわ。でも、一応最後に八幡も確認してほしいわ」

八幡「そのくらいは任せてくれ」

雪乃「まったく、もぅ……」

 柔らかな頬笑みを交えたため息をつく雪乃を見て、俺の方もほっと胸を下ろす。
 俺が言ったことは嘘ではないが、別に茶碗を選べないわけでもない。
 だけど俺が選ぶよりは雪乃が選んだほうがいいって判断しただけだ。
 そこには陽乃さんが言ったように、雪乃が夫婦茶碗にこだわる意図も起因してはいる。
きっと俺との繋がりを求めているのだろう。それだけ最近の陽乃さんの行動は
突出していて、雪乃も安心できていない気もしてしまう。
 ならば俺が雪乃を安心させ、なおかつ陽乃さんへのフォローもしっかりすれば
いいだけなのだが、それも簡単にはいかない。
 俺も雪乃も陽乃さんが好きであり、大切な家族という認識だけは譲れなく、
一概に陽乃さんを拒絶すればいいだけではないからだ。
 だが俺は、今すぐには解決できない問題を棚上げにして、
今にも鼻歌まで歌い出しそうな雪乃が差し出す茶碗に、適当な感想を返していく。
どれも適当すぎて時々雪乃も顔をしかめはするが、その辺の俺事情は雪乃も想定済みだ。
 それでも俺も雪乃も笑みを浮かべながら選定作業を続けたのだから、
俺達二人にとっては、この買い物は成功だったのだろう。




雪乃「満足がいく品物があってよかったわ」

 ようやく目的の品を買った俺達は、階を移動して紅茶専門カフェで疲れを癒していた。
 ただ、疲れているのは俺一人で、体力がないはずの雪乃は
疲れなど見せずに優雅にティーカップを口に運べているのはどうしてだろうか。
 やっぱあれか? 楽しんでやる事の体力は別枠ってやつか? 

八幡「そりゃあ店に入ってから午前中全てをあそこですごしたんだから、選んで
   くれないと困る。さすがに疲れたっての。それに、あそこもそれなりの大きさの
   フロアだとは思うが、2時間も見続けるほどの商品はないと思うんだが」

雪乃「それは八幡がなにも考えないで見ているからよ。
   しっかりとした目的をもって見ていれば、2時間でもたりないほどよ」

八幡「すみません。2時間で終わらせてください。
   午後からもう一度ってやつだけは勘弁してください」

雪乃「もう全て買ったのだから買う必要などないわ。
   でも八幡がまだ見たいというのならば、付き合ってあげるわ」

八幡「いや、けっこうだ。もういい」

雪乃「そこまで拒絶しなくてもいいと思うのだけれど」

八幡「もう見なくても、なんとなくでいいんならどんなものがあったか言えるほどだぞ。
   だから、今さらもう一度行く必要なんてない」

雪乃「だったら、隣のデパートに行こうかしら?
   そこならば違う食器が売っていると思うわよ?」

八幡「せ、せめて食器以外でお願いします」

雪乃「もう……、だから必要な物は全て買ったと言っているのに、しょうがない人ね」

 しょうがないと申してはいますが、
わたくしめは最初からもう見たくないと言っただけではないですか。
 それなのにほじくり返すように俺の事をいびってきたのは雪乃であり、
雪乃のせいで俺が気が休まらないだけだぞ。
 でも、まあいいか。
 雪乃も待望の夫婦茶碗が買えたみたいだし、今もなんだかんだいって機嫌がいいしな。
ただ、気がかりがあるとすれば、思い過ごしであってほしいが、陽乃さんが雪乃の選定
作業に飽きて他の売り場に行くあたりから、陽乃さんに元気がないような気がすることだ。
たしかに俺も疲れてしまったし、陽乃さんも疲れて飽きてしまったとも考える事はできる。
 しかしなんていうか、陽乃さんが買ってきた爪切りが包丁メーカーの品物で、切れ味が
すごいとか楽しそうに俺に説明する姿が、以前ここに一緒に来て包丁を見た時の
陽乃さんとは異なっているように見えてしまった事だけは間違いではなかったはずだ。
 俺が陽乃さんの微妙な変化を気にしたのはこの時だけであり、
午後からの強行軍の中では俺はただただ圧倒的なパワーのうねりに身を任せていた。
 一応どうにか隣のデパートに行く事は免除された。
 そのかわりなのだろうか。それとも最初からの予定だったのだろうか。
おそらく後者だとは思うが、俺は雪乃と陽乃さんの秋服を見る為に夕方まで連れ回される事になる。
 いくら新作の秋服が出始めたばかりだからといって、どういう神経で秋服を見たいと
思うのか俺にはわからない。外は夏だし、8月になればさらに暑くなる事だろう。
それなのにどうして暑っ苦しい秋服を見たいと思うのだろうか。駐車場から店内に行くまでの
数分間でさえ夏の暑さにやられたというのに、俺からすれば冷房が効いた店内に入ろうと、
新作の秋服を見ようと、気持ちだけを秋にすることなんて不可能だ。
 それに、いくら新作だろうと、買ったところで今の時期着る事が出来ない服を買うなんて
理解できない。たしかに数ヵ月後には着るだろうが、その頃にはまた違う服が欲しくなるだろう。
993 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/09/03(木) 06:03:27.10 ID:DdbHCPdS0(5/5)

ましてやその時今買った服が着たいと思う保証なんてないのだから。
 ……なんて心の中で愚痴ばっかり言っていたら、
どういうわけか女性水着売り場に連れてこられてしまった。
 この女の楽園での気まずさは最悪だった。それをわかっていて連れてこられたのだろうが、
いくら他にも彼氏連れのカップルがいようと、俺の心を軽くする効果は著しく弱い。
 しかも、どうしてこういうときばっかり姉妹の仲が良くなるんだよ、と叫びたい。
普段はチームワークなんて最悪なのに。
 ただ……それよりも、人の心を読むのはやめていただけませんか?
 俺が失礼な事を考えたことに対する嫌がらせだろうけど、もう少し穏便にお願いします。







第61章 終劇
第62章に続く






第61章 あとがき



来週もこのスレを使えたら使って、その後次スレへ移る予定です。
来週も木曜日にアップできると思いますので
また読んでくださると大変嬉しく思います。


次スレ建てていたのですが、落ちてしまったので建てなおしました。


やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第三部(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている )
vip2chスレ:news4ssnip



黒猫 with かずさ派



994 2015/09/03(木) 11:58:42.47 ID:how9ltvyo(1)
乙です
995 2015/09/03(木) 21:42:45.25 ID:DijZQkltO携(1)

996 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/09/10(木) 02:20:12.41 ID:jH3eRuI/0(1/5)

第62章


八幡「今日はさすがに疲れたな。なのになんで雪乃達は元気なんだよ」

雪乃「八幡はほとんど立っていただけじゃない」

八幡「動かないでいるのもエネルギーを消費するんだよ」

 陽乃さんが運転する車の助手席に雪乃が座り、後部座席には荷物番として俺が座る。
……まあ、朝も同じ座席ではあったが、トランクに荷物を突っ込んで壊れるよりはいいだろう。
 俺達は夕方までデパートに居座り、ショッピングとしては大変楽しめたとおもう。
主に女性陣が、だが。
 一応俺も店を見て回っている時の二人の姿を見て、普段見せないような表情が見られて
楽しめてはいる。高校時代の俺ならば気になっていた天敵たる店員も、ちょっかいばかり
掛けてくる陽乃さんや雪乃の助力もあって敵意を見せることなどまったくなかった。
 その分気苦労も増えてはいるが、不審人物認定されなくなったことはいいことだろう。
店側からしても、不審人物がいたら他の客が入りにくいしな。

雪乃「それもそうね。でも、ベンチで座っているときもあったのではないかしら? 
   店を移動しようと店舗を出たら、八幡がいないときがあったわよね。
   最初はいるくせに、途中から消えてしまうのよね」

八幡「今日は長期戦だったからな。だから省エネを心がけたまでだ。エコの精神は大事だぞ」

雪乃「どこがエコの精神かはわかないけれど、
   文句を言わずに付き合ってくれたことには感謝しているわ」

八幡「そうか? けっこう文句言っていたと思うがな」

雪乃「それは朝店に着いた直後でしょ? それくらいはいつものことよ。
   でも、私と姉さんが見始めてからは言っていないじゃない」

八幡「どうだったかな……」

雪乃「そうだったのよ」

陽乃「……そうね。比企谷君は案外人の心をしっかりと捉えているし、
   心遣いもしっかりしているわね」

八幡「陽乃さんまで持ちあげすぎですよ」

陽乃「そうかしら? だって比企谷君は私たちが楽しんでいるのに水をさすような行為は
   しなかったじゃない。本当にショッピングに来るのが嫌ならば、
   最初の目的のお茶碗を買った後あたりから家に帰りたいと訴えていたはずよ」

八幡「それは違いますよ。諦めて午後も付き合う事にしただけです」

陽乃「本当に?」

 バックミラーから覗かれる瞳が鈍く迫る。いつもの陽乃さんの追求であるはずなのに、
どうも棘が鋭い気がしてしまう。
 だからというわけでもないが、俺はしどろもどろに返事を返すのがやっとであった。

八幡「本当ですって」

陽乃「まあいいわ。でも、ご機嫌取りをしようとしているわけではないとは思うけど、
   相手の気持ちに対して臆病になりすぎるのはよくはないと思うわよ」

八幡「俺には由比ヶ浜みたいに場の空気を読む力なんてないですよ。文句を言わないで
   ついていったのは、俺が雪乃に飼いならされただけじゃないですかね」

陽乃「……そうかもしれないわね」

 「そうかもしれない。」
 本当にそう思ってくれているのだろうか。俺でさえ適当に答えたと思っているのに、
あの陽乃さんが納得しているとは思えなかった。
 でも、これ以上追及する気はないようだ。西日が当たる陽乃さんの表情は赤く染まり、
どんな表情をしているかはわからなかった。
それと同時に、表情が読みとれなくてほっとしている自分がいることに、
俺はショックを覚えていた。

雪乃「姉さん。道が間違っているのではないかしら?」

陽乃「あっているわよ。雪乃ちゃんって方向音痴なのよね。大学では完ぺきだとみんなに
   称賛されてはいるけど、案外致命的な弱点もあるのよね。
   そこが可愛いっていう人も若干一名知ってはいるけど」

雪乃「失礼ね」

陽乃「でも、方向音痴なのは事実よね」

雪乃「それは…………」

997 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/09/10(木) 02:20:38.56 ID:jH3eRuI/0(2/5)

 俺が勝手に沈んでいると、
前の座席ではいつものように姉妹のコミュニケーションが通常運転で行われている。
 先ほどまで陽乃さんが見せていたとげとげしさは抜け落ちて、
丸みを帯びた表情で雪乃と会話を楽しんでいるようだ。
 ただ、毎度ながら、俺を巻きこむのはよしてくれませんかね。

陽乃「完璧すぎないで意外な弱点がある方が殿方には好評のようよ。ね、比企谷君」

八幡「俺に振らないでくださいって」

陽乃「ありゃりゃ……。でも、嫌いではないのでしょ? むしろ好きで、
   大好きって感じかしら? うん、愛してるって叫んでもいいよ。許可してあげます」

八幡「ノーコメントで。それと、そんな許可はいりません」

陽乃「雪乃ちゃん。比企谷君は愛してるって耳元で囁きたいって」

 ノーコメントだと言ったじゃないですかっ。

陽乃「ノーコメントってことは、言いにくいコメントだって白状しているだけじゃない。
   つまり今回のケースだと、雪乃、愛してる、でしょ?」

人の心を読まないでくださいよ。しかも、心の中の言葉とさえ会話するのはいかがなものかと。

八幡「ノーコメントで」

陽乃「やっぱり可愛いってさ」

雪乃「……もうっ」

陽乃「このこのっ。雪乃ちゃん、照れちゃって」

雪乃「姉さん。前を見て運転してくれないかしら。事故を起こしたら大変よ」

陽乃「はぁ〜い」

 陽乃さんが雪乃をいじっている間も車は問題なく進む。
しかし窓の外を見ると雪乃の指摘通り雪ノ下邸に行く方向とは明らかに違っていた。
 さすがに方向音痴の雪乃といえども間違えようもない…………と思う。たぶんだけど。

八幡「陽乃さん」

陽乃「なにかな?」

八幡「やっぱり方向違いません?」

陽乃「あってるわよ」

八幡「でも、実家とは逆方向ですよね?」

陽乃「ああ、そういうことか」

八幡「というと?」

陽乃「だから、雪乃ちゃんにも言った通り道は間違ってはいないわ。
   だって雪乃ちゃんのマンションに向かっているんだもの」

八幡「そうなんですか? てっきりこのあと実家で一緒に食事をするのだとばかり思っていました」

陽乃「それは悪い事をしたわね。でも今実家では仕事の関係者を呼んでいるのよ。
   だから悪いけど実家は使えないの」

八幡「じゃあ、うちで一緒に食事をしてから帰るんですよね? 遅くまででしたら
   お義母さんが色々言ってくるでしょうからあまり遅くまではいられないでしょうけど」

陽乃「それもごめんさない」

雪乃「姉さん?」

 雪乃がつい呼びかけてしまったのも理解できる。俺もなにか違和感を感じたのだから。

陽乃「ん? ごめん雪乃ちゃん。今日はお母さんに呼ばれているのよ。最近わたしも家の方の
   お仕事をおろそかにしていたものだから、出ないわけにはいかないのよ。
   ……ほら、ストーカー騒動もあってあまり外には出ないようにしていたから」

雪乃「それならば仕方がないわね。でも姉さん。私も今度からはなるべく出席するわ。
   姉さんの代りができるとは思ってはいないけれど、少しは姉さんの負担を減らしたいわ。
   だから、その事をお母さんにも言っておいて。
   ほんとうは私が直接出向いて言うべきなのだろうけれど」

陽乃「大丈夫よ。でも、ありがとうね」

雪乃「姉さんが言ってくれないのならば、あまり気乗りはしないけれど、私が直接言うわよ?」

998 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/09/10(木) 02:21:19.66 ID:jH3eRuI/0(3/5)


陽乃「わかったわ。帰ったら言っておくわ。
   でも、最終的には雪乃ちゃんが直接言わないければいけないのよ?」

雪乃「わかってるわ」

陽乃さんの顔をいたって平常で、いつも俺達に見せる表情は崩れてはいない。これが演技だと
は疑いたくはないが、どうしても普通すぎて俺も雪乃もこれ以上の追及は出来ないでいた。
ただ、雪乃を雪ノ下家の仕事に今は関わらせたくないという姉の気遣いならばありえはする。
歯切れが悪いのも、今夜の実家での事を黙っていた事も、雪乃を遠ざけた事さえも、
正しすぎて受け入れざるを得なかった。






7月16日月曜日



 いつもの朝と同じように俺を挟んで雪乃と陽乃さんの核戦争は行われている。
せめて俺を間に挟まずに姉妹喧嘩とも言えてしまうだろう言い争いをやってほしいところだが、
これが朝の微笑ましい日課だと思えば悪くはない日課だと思えてしまっていた。
 雪乃も陽乃さんも本気で相手を叩きのめそうとしているわけでもないし、俺が口を挟むべき
でもない。ただ、何も知らない第三者が聞いたら鳥肌がたつ内容ではあるけれど……。

八幡「昨日の帰りは道が混んでいるようでしたけど、帰りが遅くなって何かいわれませんでしたか?」

陽乃「あら? 比企谷君は優しいのね。雪乃ちゃんとは大違い」

八幡「そうでもないですよ。昨日家に着いてから雪乃が心配していたんですよ」

雪乃「八幡っ」

 たしか内緒だったけな。……すまん。あとで1時間のお説教うけるから勘弁してくれ。
俺を一睨みした雪乃はこれ以上の被害を出さない為か、すぐさま白旗をあげ、素直に認めた。

雪乃「まあいいわ。私達を送ったせいで姉さんが遅れたのならば申し訳ないと思っただけよ。
   さすがの姉さんもお母さんの小言を聞きたくはないでしょうし」

陽乃「大丈夫よ。雪乃ちゃん達を送って行った時は帰りの道は混んでいるように見えたけど、
   ちょうどタイミングが良かったせいか、それほど渋滞には捕まらなかったわ。
   だからお母さんにも何も言われなかったわ」

雪乃「ならいいわ」

 朝から過激なコミュニケーションをとる奇妙な姉妹だとは俺でも思う。
けれど、その姉妹の絆は世間の兄弟姉妹以上に強固なのだろう。
 上辺だけの絆ならば必要以上に関わろうとはしない。学校であろうと、職場であろうと、
ましてやそれが家族であっても、必要な時だけ関わり合いを持って、
あとは無関心を貫くのが人間関係を円滑に送る処世術だ。
だから、雪乃と陽乃さんの関係は一見過激であろうと、仲がいい証拠なのだと俺は思っていた。



 昼休み。今日もいつものように弁当会が行われる。
ただ、いつもと違うところがあるとしたら、それは陽乃さんがいないことだろうか。
 陽乃さんは大学院生であるし、院の方を優先しないといけない事もある。
 雪乃によると、なにか教授に頼まれた事があり、これから忙しくなるそうだ。
 優秀な陽乃さんの事だ。教授にも頼りにされているのだろう。
俺は面倒事を押し付けられるのは嫌だが、教授の目にとまっておけばなにかしらの
コネができるかもしれないか、と思うくらいであった。
 そして放課後。陽乃さんの相当忙しいらしく、帰りはハイヤーで帰る事になった。







7月18日水曜日



月曜日の帰りは陽乃さんはハイヤーで帰ったが、翌朝はいつもの通りに俺達が迎えに行った。
まあ、英語のDクラスの補習は今でもやっているわけで、
その手伝いをしてくれる陽乃さんを迎えに行くのは当然とも言える。
 ただ、院のほうが忙しいのならば無理に手伝わなくてもいいと言った時、
なにか寂しそうな表情を見せたのは見間違いだったのだろうか。
 その表情も一瞬であり、すぐさま笑顔に塗り替えられていく陽乃さんの表情に、
その時の俺は全く心にとどめておく事すらできないでいた。
 しかし、今朝のメールを見れば、俺であっても気がついてしまう。

999 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/09/10(木) 02:22:10.45 ID:jH3eRuI/0(4/5)

 陽乃さんに避けられていると。
いくら院の方の勉強や手伝いで忙しいといっても、俺達の送り迎えを遠慮する理由にはならない。
 俺と雪乃は別に時間に縛られてはいない。大学の講義には出なくてはいけないが、
それ以外は自由だ。大学で自習していようと、自宅で自習していようと、
勉強する場所さえ確保できればどこであってもできるのだ。
 だから、朝の出発時間が早くなろうと、帰りの時間が遅くなろうと、俺達は陽乃さんの予定
に全てあわせられてしまう。そういう事情があるから、本来陽乃さんは俺達に言うべき
言葉は、先に行っていいではなく、送迎の時間を変更してほしいであるべきだ。
 俺はいつ、選択を間違えてしまったのだろうか?
 どの時点から陽乃さんは俺から顔を背けてしまっていたのだろうか?
 俺はなにをやらかしてしまったのだろうか?
 わからない。俺も雪乃も特筆すべき行動なんてしてこなかったはずだ。
 いつものように陽乃さんと一緒にいて、いつものように陽乃さんにちゃかされて、
いつものように陽乃さんと笑って、いつものように食事をして。
 いつものように、いつものように…………三人一緒にいた。
 そう、なにも変わらない日常だと思っていた。
 だからこそ俺は気が付けない。
 だからこそ雪乃は安心できていた。
 だからこそ俺達は鈍感過ぎてしまった。
 俺と雪乃が笑いあい、じゃれ合っている姿を、誰よりもそばで見ていたのは
陽乃さんであり、誰よりも傷ついていたのは陽乃さんだったのだから。
 だから俺は、陽乃さんに無神経でいる事ができてしまった。

雪乃「今日も姉さんお昼こなかったわね」

八幡「院の方が忙しいんだろ?」

雪乃「今日も先に帰っていいそうよ。姉さんはハイヤーで帰るみたいね」

八幡「しょうがないんじゃないか?」

 放課後。三人ではなく二人で歩くキャンパスは、
どこか殺風景で、遠くの方から聞こえてくる笑い声が耳触りに感じてしまう。
 いつもなら俺達の方が雑音を撒き散らす方であるのに身勝手な感想ではあるのだが、
人とは身勝手すぎる生き物のようだ。

雪乃「本当にそう思っているのかしら?」

 俺の顔を下から覗きこむ瞳に、俺は脚を止めてしまう。雪乃もすぐさま脚を止め、
俺の方に振り替えると、さらに俺に詰めより俺を逃がさない。

八幡「わぁったよ。……思ってない。嘘だと思ってる。いや、嘘ではないか。たぶん何かしら
   用事を見つけてきてはいるんだろうよ。嘘をつくにしても、その嘘を本当にする人だからな」

雪乃「ええ、八幡の言う通りだったわ」

八幡「調べてきたのかよ?」

雪乃「人聞きが悪いわね。ちょっと見学に行っただけよ」

 陽乃さんのテリトリーに見学なんて行ったことなんてあったかよ……、とは言わない。
今は冗談や軽口さえ言えない状態であった。
それほど陽乃さんを追い詰めてしまった事に、俺達は気がつくのがおくれてしまっているから。

八幡「それでどうだったんだ?」

雪乃「一応橘教授の手伝いをしているそうよ」

八幡「担当教授ではないよな? そもそも学部が違うし」

雪乃「そうだけれど、姉さんの研究テーマと重なる所があるのよ。それに、姉さんは橘教授と
   仲がいいみたいだから色々と指導を受けてもいるみたいよ」

八幡「その辺の事情はよくわからないが、事実としてはそうなんだろうな」

雪乃「そうね……」

 俺の反応に雪乃は冷たい。俺も俺自身の反応に冷たさを感じているので、
雪乃が俺にきつく当たってくる理由がよくわかる。
 だけど俺は雪乃の彼氏であって陽乃さんの彼氏ではない。いくら雪乃の姉であっても、
無神経に踏み込んでいいのだろうか?
 …………いまさらか。いままでの陽乃さんとの関係が彼氏と彼女の姉の関係だけとは
到底思えない。陽乃さんの好意を突き離さないように延命処置をしてきたつけが
今になって訪れたとも言える。

八幡「……なんだよ?」

雪乃「なんでもないとはいわないわ」

八幡「だったらはっきり言ったらどうだ」

雪乃「私の口から言って欲しいのかしら?」


1000 黒猫 ◆7XSzFA40w. [saga] 2015/09/10(木) 02:23:48.99 ID:jH3eRuI/0(5/5)

八幡「わかったよ。橘教授のところに行ってみるか」

雪乃「ええ、その方がいいようね」

八幡「だけど、一つだけ言っておきたい」

雪乃「…………ええ」

 俺を見つめる雪乃の瞳には、俺がこれから言う言葉が見えているのだろう。
ただ、いつだって俺の先を見つめるその瞳は、今日はちょっとだけ寂しげで心細げだ。
 だから、これから俺が言う言葉をわかってはいるけど、
どちらかというよりはその言葉を望んでいる。雪乃の瞳から俺はそう感じ取れてしまった。

八幡「俺は…………俺は雪乃の彼氏だからな。それだけだ」

雪乃「ええ、わかっているわ」

 雪乃はそこで言葉を切り、下唇を噛みながら一歩俺に詰め寄ると、
残りの言葉を全て吐き出した。

雪乃「でも、なぜ今さらそれを言ったのかしら?」

八幡「……そうだな。道に迷わない為だろうな」

雪乃「そう。……だったら、手をつないでおけば大丈夫よ」

八幡「そうかもしれない」

雪乃「ええ、そうよ」

八幡「でも、……雪乃は方向音痴だから、俺が道に迷ったら終わりじゃね?」

雪乃「そうね。でも、八幡とだったら迷ってみても面白いかもしれないわ」

八幡「かもしれないな」

 俺は雪乃の手を取ると、橘教授の研究室へと歩き出す。
今まで来た道を真っ直ぐ戻り、迷いなく歩み始めた。
 迷わない人間などいない。道を間違わない人間もいない。
道を間違えた事さえ気がつかない場合だって多々あるのだ。
 だったら俺が道を間違える事は当然の結果の一つとも言える。
 だけど俺には間違えを教えてくれる彼女がいる。今までも間違えまくったし、
小町だけでなく、雪乃や由比ヶ浜達を散々傷つけたりもした。
 だから俺は、間違えを正すことでもっと深く傷つく結果になろうと、
間違いを正さなければならなかった。それが俺のエゴだといしても。







7月19日木曜日



 今朝も陽乃さんはハイヤーで大学へと通学した。それについてはもはや何も言う事はない。
そして昼食もこれないことが既に雪乃にメールがきていた。
 陽乃さんが嘘を言っているわけではない事は、昨日橘教授から確認は取れている。
だけど、事実を言ってくれているわけでもないことは明らかである。だから俺はここに来た。
 以前ここに来た時は、雪乃と陽乃さんも一緒だった。
その時も今と同じように俺はドアをなかなかノックできずに立ちすくんでいた。
 でも、あの時は陽乃さんがこのドアを開けてくれた。
今は一人で来ているので、いつまでたっても陽乃さんが明けてくれるという奇跡は望めないだろう。
 昼食時間が終わって、中から出てくるとき以外は。

八幡「失礼します」

 大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐くと、俺は軽くドアにノックをし、
中からの返事も待たずにドアを開ける。元々この部屋の主の了解をとっているわけで、
ノックさえする必要はなかったが、癖というか身についた習慣は省けないようだ。







次スレ

やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第三部(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている )
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